Red thread of fate~赫石の奇跡~
君の名前は?
この小説の夢小説設定※この夢小説は90年代に大ヒットした某ラブロマンス映画(タイタニック)と鬼滅の刃(炭治郎夢)のパロディです。
※都合により和名。和と洋の世界観が入り混じっているので、完全に異世界IFです。
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ー【特別船室】ー
「お嬢様、こちらですか?」
「いいえ違うわ、えーと...確か顔が三つ描いてあるの。あぁ!これこれ」
「持って来られた絵画は、全てお開けします?」
「そうね、お部屋を華やかにしたいから」
楽しそうに次々とキャンバスを持ち上げてはうっとりとした眼差しを向ける日向子を見て、ワイングラスを片手に取った婚約者が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ扉の前に立っていた。
「また随分と絵を買い込んだね。まるで無駄遣いだ」
「趣味の違いね、貴方にはわからないんだわ」
「あぁわからない。しかも無名の作家だろう?それなんか特にちょっと気味が悪いな。僕の趣味じゃない」
失礼な物言いの彼に我慢ならなくなった日向子は、とうとう顔を上げて口を尖らせた。
「文句があるならご自分の部屋へお戻りになって?」
侍女を連れて寝室の方へと消えて行った日向子。執事は僅かに眉を上げるだけで、再びテキパキと荷解きの指示へと戻る。
なんとなく罰が悪い事を悟った彼は、ぐいっとグラスを煽ると吐き捨てるようにこう言った。
「まぁ安い女で助かるがな」
巫日向子は良家のお嬢様でありながら、確かに少し変わった趣味嗜好を持ち合わせていた事は否めない。
ただ良く言えば、真の通った強く賢い女性であった。
そんな彼女は、上流階級の掟が窮屈に感じる事もしばしば。
お洒落や煌びやかな宝石、花々に身を包む事にはあまり喜びを感じない。
それよりも、こうしてただ一つ大好きなものに埋もれて暮らしていた方がよっぽど有意義な時間だ。
趣味の絵画も有名ところはごく一部。殆どが無名だし作者名すらうろ覚えである始末だが、己のインスピレーションでいい物かどうかは決めている。
どんなに無価値でも、他人からしたらゴミ同然と扱われていたとしても、日向子にとっては唯一無二の宝物であるものも多い。
「ねぇ」
「何でしょうお嬢様?」
「私は変わってるでしょ?それは自分でもわかってるの。でも、そんな私でもいいと言ってくれる人と出会えたらどんなに幸せかと..ふと考えてしまうのよ」
「...お嬢様」
彼女の言わんとしている事がわかり、侍女は悲しそうに眉を下げる。
「ごめんなさいね!こんな事今更口にしたって、貴女も困るだけなのに。今のは忘れてちょうだい」
ーそりゃあ女だもの。私だって想い描く夢はたくさんあるわ。でも夢ならいくら描いたってー
「いいわよね..」
ーーーー
「へぇ!じゃあ貴方がこの船の設計を?素晴らしいわ」
「いえいえそんな。ご婦人方に快適な船の旅を満喫していただけて、製作者の一人としては光栄の極みです」
「あらあら紳士な殿方だこと。ところで..」
日向子はテーブルを飛び交う大人の見え透いた社交辞令にうんざりしつつ、グラスを口につける。
「日向子さんは婚約者なされたんですってね?おめでとうございます。彼ならきっと楽させてくれるわよ。幸せになれるわ、ねぇ?」
「あはは、勿論。日向子さんは僕が責任を持ってお守りしますよ」
ー本当にそうかしら?..ー
日向子は内心そう悪態をつきながら、目を細め彼を見る。そんな娘の様子に気づいたのか、隣にいた母親がはぁと溜息を吐いた。
「日向子、いい加減になさい。皆様が気を遣ってくれてるのがわからないの?」
「...私、少し気分が悪いので外の空気を吸ってきます。失礼」
「あら大丈夫なの?それなら貴方、彼女の側について
「結構ですわ」
日向子は殆ど豪華な食事にも手をつけず、騒つく周りに目もくれないで席を立った。
気分が悪いというのは、あながち嘘でもない。
あの場に居ると吐気さえ催した。
貴族主義なんて蹴って抜け出したい。
あぁ...せっかく自由の国へと旅立つ航海だというのに、何で私は
ー見栄や欲に塗れた檻の中で身を抱いていなければいけないのかしら...ー
ーーーーー
「いやぁーいい船だな本当...周りの人間も、いい音してるわー..幸せそうな安らぐ音。最高に心地良いよ」
「へぇ、お前耳がいいのか?」
「はい。えーと..」
「申し遅れたな、俺は後藤だ宜しくな?」
「我妻善逸です。ちなみにこっちは鼻が...おい炭治郎。また絵描いてるのか?好きだなお前も」
善逸と後藤が挨拶を交わしている途中も、一心不乱にスケッチブックを片手に甲板に佇む親子の姿から目を離さなかったが、話を振られて炭治郎は慌てて目を向け会釈をする。
「あ、すみません。俺は竈門炭治郎と言います。」
「あぁ宜しく。お前、絵描きが商売なのか?」
「いや、これは趣味で....」
「?」
炭治郎が目を向けている方へつられると、一人の若い女性が風に髪を靡かせながら遠くを見やっていた。
風貌は明らかに上流階級の娘。
後藤は残念そうに首を横に振る。
「あぁやめておけ、あれは。捕まえようとしてもひらひらと、天使のように空へ舞い上がっちまうような女さ」
「....」
ー何故だろう、目が離せない...ー
美しい女性だった。容姿や身なりは勿論だが、それだけじゃない。この豪華客船の中で、彼女だけが一際存在感を放っているような気がした。
今まであまり女の人に興味を示さなかった自分だが、彼女の事は一目見て綺麗だ、あわよくば話してみたいと、そう思った。でもどこか...
【どこか、悲しそうだな】
ぼーっと彼女を見つめ続ける炭治郎の顔の前で、後藤がさっさと手を振るが、瞬きすらせずに微動だにしない彼を見て、こりゃ完全に落ちたなと善逸に耳打ちした。
「!」
ちらりと彼女がこちらに目線を寄越し、目が合った。
その瞬間心臓が高鳴った。
遠目だったけど確かにこちらを見た...ような気がする。
やはり、悲しそうな眼差しだ。
きっとお金もあって、暖かくてふわふわなベッドで寝ていて、好きなものを好きなだけ食べられる。そんな何不自由ない暮らしをしているだろう。幸せな筈、それなのに...
何故彼女は、あんな表情を浮かべるのか。
知りたい
しかしすぐ彼女は水平線へと視線を戻してしまう。
ちょうどその時後ろから見知らぬ男が彼女の元へと歩み寄って行った。
タキシードに身を包んだ小綺麗な服装で、恐らく彼女の夫か彼氏のどちらか...何となく直感的にそう思った。
その時の心情と言えば、ショックと言うよりも、どちらかと言えば無心に近かった。
頭は自然の摂理だと、すんなりと理解していたのだ。
ーそりゃ、そうだ。お嬢様ならきっと、それ相応の身分の男と一緒になるに決まっているだろう。俺なんかあの男の足元にも及ばない...ー
「おい、おい炭治郎。」
「っ!」
ハッとして顔を戻すと、親友がにやけ顔で小突いてきた。
「あの子の事好きになったのか?本当に」
「へ?いやっ!そんな、そういうわけじゃ」
「照れんなって、めちゃくちゃ可愛かったじゃんあの子。俺はお前の事応援してるからさ、頑張れよ!」
バンと背中を叩かれると、みるみるうちに顔が火照っていくのがわかった。
もし、本当に善逸の言う通りなら...これが俗に言う一目惚れってやつなのだろう。
けど
「俺とあの子じゃ、きっと生きるべき世界が違うと思うよ。後藤さんの言う通り、仮に捕まえようとしても手からすり抜けてしまう。」
「..わかんねぇじゃん。あの子はもしかしたら、寧ろ狭い籠から出たがってる鳥かもしれない。」
「....」
「お前の悪いところ、それ。踏み出す前に諦めるなよ」
ーーーー
「日向子、そろそろ戻ろう。具合が悪いなんて嘘だろう?皆心配しているんだ」
「...お願い、一人にしてちょうだい」
婚約者が迎えに来ても、日向子は塞ぎ込むように彼の腕からすり抜けていった。
ー私が心配なんて、嘘だ。私があの場に戻らなければ自分の顔が立たないから。所詮は自分の体裁の為ー
そんな事、本当は思いたくもないのに。見るもの聞くもの全てが虚偽のように思えてならない。私は..おかしいのだろうか?
母に迷惑をかけてしまってるのもわかっている。ちゃんと振る舞わなければいけないのもわかってる。けど体が、心が...言う事を聞いてくれない。どうして
こんな自分、消えて無くなってしまえばいいのに...
いつしか日向子はそう思うようになっていた。
この世界で自分だけが孤立し、浮いている。
いつも同じ顔ぶれと、遊びや生産性のない雑談話に花を咲かせるだけの日々。全くもって面白みのない。
いつも崖っぷちに立たされているような気分。
【誰も私の心の悲鳴になど気づいてくれない...もう、限界だった】
「お嬢様っ!!」
夜風が甲板をさらう中、日向子は泣きながら無我夢中で駆け出していた。
サテンのドレスに皺が寄っても、髪型が崩れても構わない。息を切らして、この囲われた船内からは逃げられないと分かっていても、走らずにはいられなかった。
「はぁっ..はぁ...ぅっ..うぅ」
やがて船尾までやって来ると、思わず両手で顔を覆う。荒波のように押し寄せる負の感情。堪らなくなって星が煌めく夜空を仰ぎ見る。
一歩、また一歩と足を前に進め、最後尾までくると手すりに手をかける。深く暗い水面が遥か眼下で激しくざわめいていた。
まるで自分を誘っているかのように....
【ここを飛び降りたら....この苦しみからも解放されるのかしら?】
楽になりたい
そう思ったら、体が自然と動いてしまっていた。
手すりの棒によじ登り、ロープに手をかけ、靡く髪とドレスの裾は船の進行方向とは真反対の暗闇に向かって流れていく。
この手を離せば、瞬く間に暗い海に身を呑まれてしまうだろう。
どくどくと嫌な音を立てる心臓を叩きつけるつもりで、ごくりと生唾を飲み込む。
「ッ...」
ぎゅっと目を瞑った、その時。
「やめるんだ」
「っ!!」
彼女がバッと後ろを振り向くと、赤みがかった髪色の一人の青年が、強ばった表情でこちらを見つめながら立っていた。
ーーーー