幾光年恋したひ【side story】
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「あれ?ひな姉携帯鳴ってるよ?」
「うん、今出るよ」
末っ子の六太とパズルで遊んでいた日向子は、禰豆子にそう指摘されるとテーブルの上に置いてあったスマホを手に取り画面を見る。
「あー..あの人だ。ごめん禰豆子、ちょっと六太と遊んでてくれる?」
そう言って彼女は慌てて階段を駆け上がり自室へと向かう。またかと炭治郎は溜息を吐く。あまり心穏やかとは言えなかった。その不穏は妹達の会話で更に加速する。
「ねぇねぇもしかして、例の保育園で仲良くなったって言ってたって人じゃない?!」
「え?あー..よくお迎えの時に会うって言ってた。」
「学校は違うみたいだけど、境遇はひな姉と似てるよね?」
「へぇ、だから話が合うのかな?」
心臓をもがれるような不快感。どうやら女同士では姉さんもこういう類の話をしているようだ。最近やけに携帯に固執していると思ったら...
ー気に食わないー
「なぁ、もしかしてその人と...付き合ってたりするのか?」
居ても立っても居られずそう禰豆子達に問いかけると、わからないと肩をすくめられてしまう。
「何?お兄ちゃん気になるのー?」
「...いや..」
何だか気まずくなり、炭治郎はそそくさとリビングを出た。正直、物凄く気になる。その相手に会ったこともないのに、既に激しい嫌悪感を抱いていた。
偶然会ったからなんだ。ちょっと境遇が彼女と似ているからなんだ。
家族団欒の最中に無遠慮に連絡なんか寄越してきて図々しいったらないじゃないか。
そんな理不尽なイライラを募らせながら、気付けば炭治郎は彼女の部屋の前にやって来ていた。本当に無意識の間に、炭治郎は耳を扉へ押し付けるようにして、懸命に中の音を拾おうとする。自分が今している事が非常識だとしても、そうせずにはいられなかった。
ーとにかく、日向子姉さんが相手の事をどう思っているのか、どんな関係なのかだけでも知りたいー
「..でね...そう....」
「...」
「六太と○○ちゃん仲良いんだねぇ。よくしてもらってて助かるわ。そう、え?うん!うちはパン屋なの。かまどベーカリーって名前なんだけど..本当?来てくれるの嬉しいなぁ」
ーっ!ー
どうやら例の男が、今度うちに来たいという話をしているようだ。これは..いい機会だ。
【姉さんを誑かす男がどんなやつか見定めてやる】
カランカラン..
「いらっしゃいませー!あ...○○君来てくれたのね?」
「やぁ竈門さん、久しぶり!」
来た...
レジ番をしていた日向子姉さんがパタパタと入口の方へ向かっていく。厨房にいた炭治郎はちらりと相手の顔を覗き見る。染髪料など無遠の純黒髪に柔和な笑顔、すらりと高い背。絵に描いたような美男子優等生で苛立ちはことさら募った。
奥からドタドタと下の弟妹達が流れ込んできて、彼に群がる。六太は特に懐いているようで抱っこを強請る程だ。
いいぞーと快く六太を抱き上げて、楽しそうに日向子姉さんと笑い合っていた。
ームカつく..ムカつくムカつくムカつく!!ー
その光景は非常に腹立たしかった。あの場所はまさにいつも俺が居る場所だ。竈門家の長男である俺のっ...!
みんなはわちゃわちゃと楽しそうでも、炭治郎には家族ぐるみで仲良くなろうとしている魂胆が見え見えだった。現に彼からする匂いは、純粋な人間からする潔白とした爽やかな匂いではなく、少し裏があるような掴めない..気持ち悪い匂いがする。
「兄ちゃんー!兄ちゃん今来れるー?」
竹雄がひょこっと顔を出して炭治郎に向かって手招きする。しかしとても表に出る気になれず、適当な理由をつけて遠慮する。
「すまない竹雄、もうすぐパンが焼けるから無理だ」
オーブンからパンを出すタイミングを誤ることがいかに命取りになるかを心得ている竈門家。竹雄も素直に引き下がりそれ以上とやかく言われる事はなかった。
やがてカランカランと再度入口のベルがなりその人は去って行った。
「あの人超イケてるね!あれ有名な進学校の制服でしょ?ひな姉とお似合いじゃん」
「付き合ったりしないの?」
禰豆子と花子がそう日向子を茶化すが、茂はぽつりとこう呟いた。
「んー..でもちょっと馴れ馴れしくなかった?」
どうやら茂は坊主頭を彼に撫でられたのに少し抵抗があったようだ。完全に女子と男子では意見が食い違い反発を生んでいた。炭治郎は当然、内心竹雄と茂に加担していた。ぽっと出のどこの馬の骨ともわからない男に、簡単に俺たち家族の中に溶け込まれて溜まるかと思った。
きっとあの男は、日向子姉さんに気があるのだろう。そうでなければ、連絡先を知るわけもないし、わざわざ家にまで来る理由もない。
ー日向子姉さんをあんな得体の知れない男なんかに渡すもんか..ー
竈門家では賛否両論ある例の彼の印象、しかし姉さん本人はどうか?気になった炭治郎は、彼女が居ない場所で、それとなく禰豆子に伺う事にした。
「なぁ禰豆子。日向子姉さんはあの人の事、どう思ってるのかな?」
「え?あぁ、良い人って言ってたけど。どう思うってどういう事?」
どんな意図で兄がそう聞いてきたのか、確認するようにそう返す禰豆子。迷ったものの、炭治郎は正直に異性としてどう思ってるのかというのを付け加えた。
するとふむふむと言った様子で頷きこう答えた。
「恋愛感情はまだ無いって言ってたよ。でも告白されたら付き合うの?って聞いたらその時考えるって。まぁ私はお似合いだと思うけど、お兄ちゃんはどう思う?」
「どこが?姉さんとは合わない」
純粋にそう投げかけてきた妹には申し訳ないが、炭治郎は反射的に否定の意を示す。あまりに強く否定した彼を見て禰豆子は驚きに目を見開く。
「...どうしたの?お兄ちゃん。何か今日変だよ」
「ぁ...いや、ごめん。でもあの人、遠慮が無くて凄く強引に俺たち竈門家の中に入ってくるから兄ちゃんは好きになれない。図々しいというか。六太は何故か懐いてるけど..」
ボソボソとそう答えたら、禰豆子は唐突にこう返してきた。
「...お兄ちゃん、それってやきもち?」
「...」
「あー..ごめんね?お兄ちゃんの気持ち考えもしないでこんな事聞いて。私、お姉ちゃんに素敵な彼氏が出来たらいいなぁってそればっかりで。皆が一番に好きなのはお兄ちゃんだよ!だから大丈夫!」
何故か禰豆子は親指をぐっと立ててそう自己完結する。一人固まっている炭治郎を置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。若干の勘違いをされた気がしたが、それでも概ね禰豆子の指摘した事は図星だった。
ーやきもち...それは否定出来ないー
たとえ日向子姉さんに恋愛感情が芽生えてなくても、あの人に対する印象が好印象である時点で、心は黒い感情に支配されていく。
ひょっとしたら最悪、付き合おうかって話にならないとも限らない。お互い両想いで無くとも、何となく付き合い始めて徐々に仲を深めていくのは今のご時世よくある事だ。
こういう不安に駆られると、彼女と家族関係にある事実が嫌になる。
日向子姉さんが好きなのは、俺だって同じなのに
「彼氏が出来るなんて...想像もしたくないよ」
それでも、彼女が誰かを選ぶ日が来たら、俺はどうしたらいいのだろうか?俺は、笑っていられるのだろうか...
ーーー
「えぇぇぇ!?それってやばいじゃんか!!」
「...善逸声大きいぞ。ここ繁華街だから」
下校中に道端で親友の善逸へと一連の出来事を告白すれば、予想通り頓狂な声を上げたので、炭治郎はしっと指を口に当てる素振りをする。善逸はハッとして口を押さえたが、しかし只事ではないと身を乗り出してくる。
「なぁ、それって日向子さんはそいつに告白されたらOKするかもって事?お前、それでいいのかよ炭治郎」
「いいわけないじゃないか。姉さんが他の誰かのものになるなんて、嫌だよ」
「なら阻止しないとじゃん!俺も協力するし、まずは..」
善逸は必死に妙案を模索してくれる。こんなに親身になってくれる親友がいて、自分は幸せ者だと炭治郎はふっと笑みを溢した。ただ、この件に関しては色々と考え、幾夜も悩みに悩んだ。
ー果たして、本当に自分の身勝手で個人的な感情のみで、大好きな人を振り回して良いものか?ー
「ありがとう善逸、気持ちはとても嬉しい。でも思ったんだ。俺が相手の事良く思わないのは当然だけど、日向子姉さんにとっては本当に優しくて、良い人なのかもしれない。そうだとしたら、彼女の幸せを俺に奪う権利って、普通に考えたらないよなって。」
そう伝えれば、善逸は解せないといった表情で炭治郎を見つめた。
「見守るって事?確かにそうかもしれないけど..それはお前の本音じゃないだろ?」
「本音じゃなくても仕方ない。我慢するしかないんだ。止められるとしたら俺が彼女に想いを伝える時....」
炭治郎は不意にコンビニの前でたむろしている男子学生のグループに釘付けとなっていた。善逸もまたつられてそちらを見やる。
「誰、知り合い?」
「あの人だ」
「え?!まじ..」
相手の方は炭治郎達には全く気付いておらず、数人で囲み合い笑い声をあげながら駄弁っていた。コンビニ前の道幅を多く陣取っている彼等は明らかに通行人の妨げとなっており、周りは迷惑そうに眉をひそめていたがそんな様子には全く気付いていない。今の姿からは優等生ぶりの欠片も見受けられなかった。
それだけでも炭治郎にとっては怒りのボルテージが上がる条件として十分なものだったが、ある決定的な話題が耳に入った。それは炭治郎にとってあまりにも衝撃的で、一瞬のうちに怒りが振り切れる。
「あはは!そうそう、竈門日向子って女。あいつはなかなか落ちなくてさぁ。あぁやめとけやめとけ、すげーファミコンでイラッとするから」
けらけらと笑い合う男が今しがた発した言葉は、紛れもなく日向子への侮辱であった。彼女が竈門家の皆を愛する気持ちさえも否定した。
彼女の好意と尊厳を、土足で踏みにじるような男の言動に、言いようのない怒りの感情がぶわっと広がっていく。
その状況を音で感じ取ったのか、善逸はひっと小さな悲鳴を上げて震えていた。血走った眼をかっ開き、射殺すような鋭い視線をターゲットの男に向かって投げかけている親友の姿は、いつもの見慣れた穏やかな様子とは正反対のものだった。
「た、炭治郎...」
恐る恐る声を掛ける善逸の言葉は、もはや炭治郎の耳に届いてはいない。彼はぐぐっと利き手の拳を固く握り締めていた。そんな炭治郎を他所に、男は愚かにも口を回し続ける。
「竈門日向子ってキメツ学園では結構人気ある女子らしいから近づいてみたんだけどさー、蓋開けてみりゃ、面白みがなくてつまんないわ。まぁ顔は可愛いから、せいぜいお飾りだな。口を開けば家族の事ばかりでさぁ」
「善逸。すまないが鞄頼む」
「え、えぇ?!ちょっおい!」
善逸が止めるも虚しく、炭治郎は乱暴に鞄を預けると、その場から駆け出していった。
反吐が出るような憎たらしい顔面目掛けて、炭治郎は思い切り拳を振り上げる。
「あの女を好きになるようなやつは、似た物同士のつまらない男dっ
ばきッ!!
一瞬の間に炭治郎が力任せに放った拳は、見事男の頬にクリーンヒットし相手の体は勢いよく地面に叩き付けられた。友人や騒つく通行人の目などお構い無しに炭治郎はすぐさま倒れ込んだ相手の胸ぐらを掴み上げ馬乗りになる。
何が起きたのか未だに訳がわかっていない男に対し、容赦ない怒号を浴びせた。
「この糞野郎ッ!!!お前、自分がどんなに最低な事してるかわかってるのか?遊び半分であの人に近付いたって言うのか?!お前のそんな下らないゲームに姉さんを巻き込んで、優しさや好意を無にしやがって、何様のつもりだ!!」
「っ!..お前..日向子nっ
パンッ!
「その汚い口で二度と姉さんの名前を口にするなっ」
彼が日向子の名前を口にした瞬間、再び炭治郎は手を上げ平手打ちをかます。凄まじい炭治郎の気迫を前に相手の連れ合いも唖然とするしかなかった。警察を呼んだ方がいいかと騒ぎ始めた野次馬を見て、見兼ねた善逸が慌てて炭治郎を取り押さえる。一方的なこの状況は、側から見れば炭治郎の方が不利だった。
それからたまたま近くにあった交番から警察がやってきて、大人の介入によりその場はそれ以上の大事にはならずに事なきを得た。
幸い相手の怪我自体は打撲程度で大したものではなかったが、他校生徒同士の小競り合いということもあり、両者の親と教師が呼ばれる事案に発展してしまった。
「本当に申し訳ありませんでした。ほら、炭治郎も謝りなさい」
母親にそう促された炭治郎は、素直に頭を下げて謝罪の言葉を述べた。相手の親はそれでも納得がいって無かったようだったが、殴られた張本人である息子はあまりこの件を大ごとにしたくは無かったようで、もういいからと母親を宥める。一刻も早く炭治郎達の前から姿を消したいと言わんばかりに、視線は一切合う事はなかった。
被害者側の親子が校長室を出て行った後、葵枝は再度学園長に向かって謝罪する。
「学園長先生、この度は息子がお騒がせして大変申し訳ありませんでした。今後こういった事がないようにしっかりと言い聞かせますので」
「まぁ、今回は相手方が謝罪を受け入れてくださったから話し合いで済みましたが、二度はありません。くれぐれも親御さんもその辺はご承知おきください。」
「はい..」
ぺこぺこと頭を下げる母親を見て、申し訳なさが込み上げたのか、炭治郎は先程から顔を俯かせて険しく眉を寄せていた。そんな様子を見て先生はやれやれと深いため息をついた。
「君らしくないな竈門君。まさか暴力沙汰とは。君の普段の行いからは先生想像もつかなかったよ。何があったかはわからないが暴力だけはいけない。それは君もわかるね?」
「..はい、すみませんでした」
「うむ、分かればよろしい。さぁ、今日の所はもう帰りなさい」
学校からの帰宅途中、葵枝は未だに落ち込んだ様子の息子に向かって優しく問いかけた。
「炭治郎。あの相手の子、この間うちに来てた日向子と仲が良い男の子よね?どうして殴ったりなんかしたの?怒らないから、母さんに理由を教えて?」
しかし炭治郎はだんまりを決め込み口を割ろうとしなかった。ようやく発せられたのは、理由を伏せた上での謝罪のみだった。
「ごめん、言えない。でももう二度とこんな事しないから」
「...わかった、無理には聞かないわ」
思春期の息子の事だ。我慢出来なかった事の一つや二つあるだろうと片付ける事にした葵枝だったが、やはり心配の種は残る。今まで誰かに手をあげるなんてなかった長男をここまで感情的にした理由とは一体...
帰宅した二人を心配そうな眼差しで出迎える弟妹達。炭治郎は合わせる顔がないと、一目散に二階へと上がっていってしまった。今更ながら手を挙げたことに関して後悔する。親だけじゃかい、先生方や善逸にも迷惑をかけた。日向子姉さんだって、きっとこの事を知ったら軽蔑するだろう。いくら彼女を侮辱された事に腹を立てたからとは言え。
ー俺は、なんて事を...ー
でも、日向子姉さんをあんな言い方されてしまっては黙ってなどいられなかった。あいつは、自分の価値をあげる為だけに姉さんに近付き利用しようとした。あの程度で済んで寧ろ命拾いしたと思って貰ってもいいくらいだ。
あの男の女子の好みなど知った事ではないが、いくら期待外れだったからと言ってあの言い草はないだろう。今思い出しただけでも怒りが煮えたぎってくる。
彼女の方は信頼を寄せていたんだ。なのに...
(そもそも、姉さんの魅力がわからないなんてどうかしてるのはあっちの方だ。あんなにも家族思いで、優しくて、可愛らしい上に美しく、おまけに家庭的で気立もいい。そんな完璧な女性、日向子さんの他に居ないじゃないか)
「...ッ..」
俺は...そう簡単に日向子さんの彼氏になれるような立場じゃない。俺が喉から手が出る程欲しい場所に、容易に手が届く人達はたくさんいるのに。
ー悔しい...もの凄く悔しいー
そんな恵まれた立場にいるにもかかわらず、嘲笑うような言動を取った例の男は、やはり炭治郎の中では許し難かったが、キツいお灸を据えれた結果になったと思えばまだ救いがあった。
とにかく、日向子姉さんにはちゃんと伝えないといけない。あの男は頼むからよしてくれと
コンコン
「っ!はい」
部屋の戸をノックする音にびくりと反応し慌てて返答を返すと、ゆっくりと開いた戸の向こうには、姉が心配そうな面持ちで立っていた。
「炭治郎、入ってもいい?少し話がしたいの」
「...うん」
タイミングが良いのか悪いのか、どうやら今日あった出来事を聞いた彼女は慌てて炭治郎の元へやってきたらしい。相手が相手なので、少なからず自分も関わっているのかもしれないと思ったようだ。
「母さんから聞いたよ。今日、喧嘩したんですって。一体どうしたの?あの人に連絡してもね、着信拒否されてるのか全然通じなくて。母さんにも詳細は話してないんでしょう?私にも...話せない事?」
日向子はお願いだから話してくれと懇願するように、炭治郎の隣へと膝をついた。
炭治郎から発言するのを静かにじっと待っている日向子。母と同様無理には口を開かせたりする事はなかった。ただ穏やかな表情でちょこんと隣に居座り続ける。彼女のそんな気遣いに、すぅっと心が暖かくなっていくのを感じた。炭治郎は、ようやく複雑な心境を吐露し始めた。
「あの人が、姉さんの事馬鹿にしたから」
「..え?」
予想外の言葉に目をぱちくりさせる日向子、しかし炭治郎は至って真剣な表情で理由を述べていく。
「だって腹立つだろう?姉さんの事何も知らない癖に、好き勝手言われたのが耐えられなかったんだ。なぁ..お願いだから、あの人とはもう関わらないでくれ。良い人なんかじゃないんだ。そう装ってただけだ。貴女には合わない。だから、..姉さん?」
一所懸命炭治郎が説きつけようとしている横で、何故か日向子はくすくすと笑い出してしまった。俺は真剣に話しているんだとむっとする炭治郎に、ごめんごめんと謝りながらも、嬉しそうに笑みを溢していた。
「そうだったのね、そっか...。炭治郎、私の為に怒ってくれたんだね。」
「っ!...えっと..」
日向子姉さんの為。その通りだった。その通りなんだけども、いざ本人の口からそれを口されると照れ臭いものがあった。赤面しながらあたふたしている炭治郎に、日向子はこう発した。
「炭治郎が誰かに手をあげるなんて、正直私も想像つかなかったんだよ。よっぽど嫌な事を言われたり、されたりしたのかなって思ったけど、いくら考えてもその理由の検討がつかなかったから。だから...今の話を聞いて少し意外だったけど、何だろうな。あの人には悪いけど、私はちょっと嬉しかったかも。貴方は自分の事では怒らない。けど、家族とか近しい人の為には本気で怒ってくれる。そういう優しい子だもんね。私は..貴方のそういう所好きよ」
「っ..日向子姉さん」
「あの人とはもう連絡は取らないよ。顔もなるべく合わせないようにする。貴方が嫌な人だと感じたなら、きっとそうなんだろうな。それにしても、私って男の子の見る目ないんだなぁ」
彼女はけらけらとそう笑いながら、その場でスマホを取り出して躊躇することなく相手のアカウントをブロックした。
「さて、一階におりようか?皆心配そうにしてたよ。」
ほら立ってと差し伸べられた柔い手を、炭治郎はぎゅっと握り返した。もう離さないと言わんばかりに強く...
ー日向子姉さん..やっぱり俺は
【恋人として貴女の側に立っていたいです】ー
ーーーーー