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幾光年恋したひ
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〜13【我儘だって言いたいけど】〜
「うげっ..」
配布された成績表を見て善逸は苦い顔をする。それを興味津々で隣から覗き見ていた伊之助だったが、やがて開き直ったように紙を乱暴にリュックに詰めた。
「いつまでもうじうじ数字気にしてたって仕方ねぇだろ紋逸。見つめてたって変わりゃしねぇんだ。なぁそれより今日マ○ド行こうぜ!」
「お前はもうちょっと気にした方がいいと思うけどな伊之助!言っとくけどその丸の数尋常じゃねぇよ!いい方の丸じゃねぇから、頭ヤバい方の丸だからぁぁ!」
そんなコントのようなやり取りをしていたが、ふと善逸がお前はどうだったんだよと炭治郎を肘で小突いた。
「あぁ俺は」
「どれどれー!」
この三人の間柄にプライバシーなんてものはほぼなく、善逸は炭治郎の手から呆気なく成績表の紙切れを持ち上げる。そしてふるふると小刻みに肩を震わせた。
「ばっ!お前まじで、学年3位って...凄えな。お前は本当に俺の友達か?」
解せぬとばかりに震える指を向ける彼を、炭治郎はジト目で睨みながら、返してくれとばかりに紙をもぎ取った。
「お前さては、日向子さんに手取り足取り教えて貰ったんだろ?そうなんだろ?」
「っ~!..そういう言い方よせ。それに彼女に教えて貰ったわけじゃない。ちゃんと自分で勉強したぞ。日向子姉さんだって自分の勉強があるのに、邪魔するような真似は出来ない」
そりゃあ善逸の言うように、彼女にマンツーマンで勉強を教えてもらうシチュエーションとか、そんな美味しい展開を望んでないわけじゃない。寧ろそんな夢ばかり膨らむ。
けれど日向子姉さんだって、ただでさえ普段は自分の時間の確保すら難しいくらい毎日を忙しくしているのに、そんな中俺の我儘に付き合わせるのはおかしい。
自分の事は自分でやるのだと、炭治郎はそう決めている。
善逸はそんな炭治郎の思いを感じ取ったのか、そっかぁと罰が悪そうに呟いた。
「ところで日向子さんてどのくらい頭いいんだろう?」
「何言ってるんだ善逸!彼女は学年一位と二位を争う程の秀才だ。家の事情で塾にも行けないって言うのに、本当に凄いよなぁ」
恍惚とした表情でそう褒め称える友人を見て、いよいよ彼の恋心は末期だなと苦笑いする善逸だったが、ふとした瞬間に変わった炭治郎の音に冷や汗を垂らす。
「でも、その争う相手が生徒会長っていうのが納得出来ない..」
早くバーガー食いに行くぞと割って入ってくれた伊之助に、善逸は全力で感謝したのだった。
ーーーーー
〜14【淡き恋心】〜
「うん、うんわかった。えー..兄さん心配症だなぁ。そんな遅くならないから、はい、じゃあね。」
相手の返答を待たず無一郎はスマホの通話終了ボタンを押した。
今日こそは彼女が居るかもしれないと、淡い期待を込めて、すっかり通い慣れた喫茶店の引き戸に手をかける。
カランカランと来客を知らせる扉のベルが鳴ると、奥からいらっしゃいませと可憐な声が聞こえてきた。
(居た...)
「あ、無一郎君!いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
にこりと柔らかい笑みで店内に招き入れてくれた彼女の名前は竈門日向子さん。このレトロな喫茶店で時々アルバイトをしているウェイトレスさんだ。聞く所によると、彼女は自分と同じ学園の高等部の生徒らしく、テスト期間中は全くシフトに入っていなかった為、久しぶりに顔を見れた事に思わず頬が緩む。
いつもの席に腰をかけ、やはりいつもと同じミルクティーを注文する。
「かしこまりました。少々お待ち下さいね」
手慣れたように達筆な走り書きで注文を取ると、彼女はフリルのついたエプロンをひらりと翻してカウンター内へと入っていった。
その後ろ姿を無意識に目で追ってしまう。
(いつ見ても、可愛いよなぁ..)
無一郎は惚けたように頬杖をついた。
彼女に出会ったのは本当に偶然で、何気なくこの大正浪漫を思わせるレトロな雰囲気に惹かれてこの店に入ったのがきっかけだった。その時、接客を対応してくれたのが日向子さんだったのだ。
初めて彼女を目にした時、何故だかわからないけれど、きゅうっと胸が締め付けられて時が止まったような感覚に陥った。
俗に言う、一目惚れってやつだったのかもしれない。
それからと言うもの、常連客になるくらい夢中で通い詰めた。最初の頃は遠くから見つめるばかりだったけど、ようやくたわいのない世間話が出来るようになるまで距離を縮めることが出来た。
「そう言えば春の大会、団体戦優勝したんだってね。おめでとう!」
「ありがとう。まぁ..兄さんと組んだのも大きいけどね。」
「それにしたって凄いわ。周りが言うように才能もあると思うけど、きっと努力の結果ね。」
そう言って彼女は無一郎の大きく詰まった鞄を指差した。
「毎回ここに来る度に将棋の本見てたでしょう?」
「っ..」
くすくすと笑う彼女がとても愛おしく思えた。
何せ、きっかけがなくなかなか声をかけれずにいた期間も
【自分の事を見てくれていたのだから】
ーーーーー
〜15【期待】〜
火照る顔を冷ますように、冷たいミルクティーを一気に吸い上げた。
勿論、彼女の柔らかい雰囲気だとか、見た目も..正直僕の好みだっていうのもあるけど、話していくにつれ最も惹かれたのはこういうところ。
日向子さんは、僕が皆まで言わなくても抱えているものを察してくれて、こうやって優しい言葉をかけてくれる。口が達者な方ではない僕にとって、とても居心地がいい時間を自然と作り出してくれる。そんな女性だった。
「日向子さん..、次はいついます?」
「ん?あ...そっか、無一郎君には言ってなかったけど、私ここのバイト今日までなんだ」
「...え」
思わずつまんでいたストローをポロリと落とす。あまりにも突然の事に同様しつつも理由を伺うと、学生らしい単純な理由であった。
「私今年で高三だから、勉強だけはちゃんとしとかないといけないかなって。ここのバイトは家にお金入れる為だったけど、辞める事は家族も賛成してくれてるの。」
何でもない風にソーサーを磨きながらさらさらとそう述べる彼女に無一郎は、そっかと返すのが精一杯だった。そりゃそうだ。勉学を優先するのは学生の本分だし、ましては受験生ともなれば当たり前。
ただ...
ただ、もう彼女が入れた紅茶も飲めないし気軽に会うことも出来なくなるのかと思うと、ショックでたまらなかった。
ここは他の海外進出してきたようなチェーン店とは違い、地元のごく一握りの人間しか知らない。所謂 穴場のようなカフェだから、人の目に敏感な無一郎にとって、彼女と落ち着いた時間が過ごせる唯一の場所だった。
「勉強頑張って下さい、応援してます。」
「うん、ありがとう。無一郎君も棋戦 頑張ってね!そうだ、いつもここに来てもらってばかりだったから、良かったら私の家にも来て欲しいな」
ッブ!
突然の爆弾発言に口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。あらあらと奥から追加のおしぼりを取り出してきた彼女から、狼狽 しつつペコペコと頭を下げてそれを受け取る。
どういう意味で言っているんだ彼女は、ただ単に遊びに来てねという意味か、それとも..
いや、いやいやいや!日向子さんに限ってそれはないっ。
ある筈が..
「うちね、パン屋なの。とっても美味しいから今度無一郎君にも食べて欲しい」
にこりと微笑んでそう話す彼女を見てそういう事かと理解した。僅かでも期待した自分を殴りたい。
「じゃあ..今度お邪魔します」
ーーーーー
〜16【不自然な赤み】〜
「ここ..かなぁ」
辿り着いた場所は、駅前通りから少しそれた所にある閑静な住宅街の一角だった。落ち着いた雰囲気を醸し出しているこの辺りは、大通りの喧騒とは異なり実に長閑だった。
店の名前は(KAMADOベーカリー)というらしい。余談だが、日向子さんが同級生の竈門禰豆子さんのお姉さんである事を知り、ちゃんと場所も確認済みだからまず間違いない。
無一郎は意を決して店の扉を引いた。
ちりんちりんと可愛らしいベルが鳴るのはあのカフェと同じだった。
ドキドキしながら店に足を踏み入れると、すぐに焼き立てパンの芳ばしい匂いが漂ってきた。食欲をそそる良い匂いだ。
「いらっしゃいませー!今ちょうどメロンパンが焼き上がったところですよ!良かったらどうぞ!」
「っ!」
元気よく奥から話しかけて来たのは、コックベレー帽を被った無一郎よりやや歳上に見える男の子。
丸みを帯びた目は少し禰豆子さんに似てる。って事は...
「君、日向子さんの弟さん?」
そう問いかけると、彼は目をぱちくりして無一郎を凝視した。そしてややあって、あ!と声を上げたのだった。
「君は将棋の大会でこの前テレビに出てた、えーと..時透君だっけ?俺と同じ学園って聞いてちょっと気になってたんだ!じゃあ...日向子姉さんが言ってたよくカフェに来る子って君だったんだね」
彼の名前は竈門炭治郎と言うらしい。僕よりも一つばかり歳上で今は高等部一年生とのことだ。
何でもここのベーカリーのパンは殆ど彼が作っているらしく、ツヤツヤとした光沢を放つパンの一つ一つを見てつい感激してしまう。
「このちくわと味噌だれのパン、凄く美味しそうだね」
「あぁ、それ考案したのは」
「あ、無一郎君!来てくれたのね!」
奥からチェック柄のエプロン姿で日向子さんがやってきた。
「紹介するわね。彼、この前話した時透無一郎君。こっちは弟の炭治郎。お互い仲良くしてあげてね。」
パッと手早く紹介を済ませた日向子さんは、そのパンがいいの?と目を輝かせて言った。
「それね、私が考えたんだ。勿論炭治郎と一緒に試行錯誤して作ったから味は保証するわ。ねぇ炭治郎、今日はお代貰わないであげて?いつもバイト先に来てくれてたからお礼がしたいの」
彼女はお願いと手を合わせ可愛らしく首を傾げる。炭治郎は勿論だと首を縦に振ったが、その頬は赤く染まっていた。
ん?
ちょっと、不自然だと思うのは気のせいだろうか..
ーーーーー
「うげっ..」
配布された成績表を見て善逸は苦い顔をする。それを興味津々で隣から覗き見ていた伊之助だったが、やがて開き直ったように紙を乱暴にリュックに詰めた。
「いつまでもうじうじ数字気にしてたって仕方ねぇだろ紋逸。見つめてたって変わりゃしねぇんだ。なぁそれより今日マ○ド行こうぜ!」
「お前はもうちょっと気にした方がいいと思うけどな伊之助!言っとくけどその丸の数尋常じゃねぇよ!いい方の丸じゃねぇから、頭ヤバい方の丸だからぁぁ!」
そんなコントのようなやり取りをしていたが、ふと善逸がお前はどうだったんだよと炭治郎を肘で小突いた。
「あぁ俺は」
「どれどれー!」
この三人の間柄にプライバシーなんてものはほぼなく、善逸は炭治郎の手から呆気なく成績表の紙切れを持ち上げる。そしてふるふると小刻みに肩を震わせた。
「ばっ!お前まじで、学年3位って...凄えな。お前は本当に俺の友達か?」
解せぬとばかりに震える指を向ける彼を、炭治郎はジト目で睨みながら、返してくれとばかりに紙をもぎ取った。
「お前さては、日向子さんに手取り足取り教えて貰ったんだろ?そうなんだろ?」
「っ~!..そういう言い方よせ。それに彼女に教えて貰ったわけじゃない。ちゃんと自分で勉強したぞ。日向子姉さんだって自分の勉強があるのに、邪魔するような真似は出来ない」
そりゃあ善逸の言うように、彼女にマンツーマンで勉強を教えてもらうシチュエーションとか、そんな美味しい展開を望んでないわけじゃない。寧ろそんな夢ばかり膨らむ。
けれど日向子姉さんだって、ただでさえ普段は自分の時間の確保すら難しいくらい毎日を忙しくしているのに、そんな中俺の我儘に付き合わせるのはおかしい。
自分の事は自分でやるのだと、炭治郎はそう決めている。
善逸はそんな炭治郎の思いを感じ取ったのか、そっかぁと罰が悪そうに呟いた。
「ところで日向子さんてどのくらい頭いいんだろう?」
「何言ってるんだ善逸!彼女は学年一位と二位を争う程の秀才だ。家の事情で塾にも行けないって言うのに、本当に凄いよなぁ」
恍惚とした表情でそう褒め称える友人を見て、いよいよ彼の恋心は末期だなと苦笑いする善逸だったが、ふとした瞬間に変わった炭治郎の音に冷や汗を垂らす。
「でも、その争う相手が生徒会長っていうのが納得出来ない..」
早くバーガー食いに行くぞと割って入ってくれた伊之助に、善逸は全力で感謝したのだった。
ーーーーー
〜14【淡き恋心】〜
「うん、うんわかった。えー..兄さん心配症だなぁ。そんな遅くならないから、はい、じゃあね。」
相手の返答を待たず無一郎はスマホの通話終了ボタンを押した。
今日こそは彼女が居るかもしれないと、淡い期待を込めて、すっかり通い慣れた喫茶店の引き戸に手をかける。
カランカランと来客を知らせる扉のベルが鳴ると、奥からいらっしゃいませと可憐な声が聞こえてきた。
(居た...)
「あ、無一郎君!いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
にこりと柔らかい笑みで店内に招き入れてくれた彼女の名前は竈門日向子さん。このレトロな喫茶店で時々アルバイトをしているウェイトレスさんだ。聞く所によると、彼女は自分と同じ学園の高等部の生徒らしく、テスト期間中は全くシフトに入っていなかった為、久しぶりに顔を見れた事に思わず頬が緩む。
いつもの席に腰をかけ、やはりいつもと同じミルクティーを注文する。
「かしこまりました。少々お待ち下さいね」
手慣れたように達筆な走り書きで注文を取ると、彼女はフリルのついたエプロンをひらりと翻してカウンター内へと入っていった。
その後ろ姿を無意識に目で追ってしまう。
(いつ見ても、可愛いよなぁ..)
無一郎は惚けたように頬杖をついた。
彼女に出会ったのは本当に偶然で、何気なくこの大正浪漫を思わせるレトロな雰囲気に惹かれてこの店に入ったのがきっかけだった。その時、接客を対応してくれたのが日向子さんだったのだ。
初めて彼女を目にした時、何故だかわからないけれど、きゅうっと胸が締め付けられて時が止まったような感覚に陥った。
俗に言う、一目惚れってやつだったのかもしれない。
それからと言うもの、常連客になるくらい夢中で通い詰めた。最初の頃は遠くから見つめるばかりだったけど、ようやくたわいのない世間話が出来るようになるまで距離を縮めることが出来た。
「そう言えば春の大会、団体戦優勝したんだってね。おめでとう!」
「ありがとう。まぁ..兄さんと組んだのも大きいけどね。」
「それにしたって凄いわ。周りが言うように才能もあると思うけど、きっと努力の結果ね。」
そう言って彼女は無一郎の大きく詰まった鞄を指差した。
「毎回ここに来る度に将棋の本見てたでしょう?」
「っ..」
くすくすと笑う彼女がとても愛おしく思えた。
何せ、きっかけがなくなかなか声をかけれずにいた期間も
【自分の事を見てくれていたのだから】
ーーーーー
〜15【期待】〜
火照る顔を冷ますように、冷たいミルクティーを一気に吸い上げた。
勿論、彼女の柔らかい雰囲気だとか、見た目も..正直僕の好みだっていうのもあるけど、話していくにつれ最も惹かれたのはこういうところ。
日向子さんは、僕が皆まで言わなくても抱えているものを察してくれて、こうやって優しい言葉をかけてくれる。口が達者な方ではない僕にとって、とても居心地がいい時間を自然と作り出してくれる。そんな女性だった。
「日向子さん..、次はいついます?」
「ん?あ...そっか、無一郎君には言ってなかったけど、私ここのバイト今日までなんだ」
「...え」
思わずつまんでいたストローをポロリと落とす。あまりにも突然の事に同様しつつも理由を伺うと、学生らしい単純な理由であった。
「私今年で高三だから、勉強だけはちゃんとしとかないといけないかなって。ここのバイトは家にお金入れる為だったけど、辞める事は家族も賛成してくれてるの。」
何でもない風にソーサーを磨きながらさらさらとそう述べる彼女に無一郎は、そっかと返すのが精一杯だった。そりゃそうだ。勉学を優先するのは学生の本分だし、ましては受験生ともなれば当たり前。
ただ...
ただ、もう彼女が入れた紅茶も飲めないし気軽に会うことも出来なくなるのかと思うと、ショックでたまらなかった。
ここは他の海外進出してきたようなチェーン店とは違い、地元のごく一握りの人間しか知らない。
「勉強頑張って下さい、応援してます。」
「うん、ありがとう。無一郎君も
ッブ!
突然の爆弾発言に口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。あらあらと奥から追加のおしぼりを取り出してきた彼女から、
どういう意味で言っているんだ彼女は、ただ単に遊びに来てねという意味か、それとも..
いや、いやいやいや!日向子さんに限ってそれはないっ。
ある筈が..
「うちね、パン屋なの。とっても美味しいから今度無一郎君にも食べて欲しい」
にこりと微笑んでそう話す彼女を見てそういう事かと理解した。僅かでも期待した自分を殴りたい。
「じゃあ..今度お邪魔します」
ーーーーー
〜16【不自然な赤み】〜
「ここ..かなぁ」
辿り着いた場所は、駅前通りから少しそれた所にある閑静な住宅街の一角だった。落ち着いた雰囲気を醸し出しているこの辺りは、大通りの喧騒とは異なり実に長閑だった。
店の名前は(KAMADOベーカリー)というらしい。余談だが、日向子さんが同級生の竈門禰豆子さんのお姉さんである事を知り、ちゃんと場所も確認済みだからまず間違いない。
無一郎は意を決して店の扉を引いた。
ちりんちりんと可愛らしいベルが鳴るのはあのカフェと同じだった。
ドキドキしながら店に足を踏み入れると、すぐに焼き立てパンの芳ばしい匂いが漂ってきた。食欲をそそる良い匂いだ。
「いらっしゃいませー!今ちょうどメロンパンが焼き上がったところですよ!良かったらどうぞ!」
「っ!」
元気よく奥から話しかけて来たのは、コックベレー帽を被った無一郎よりやや歳上に見える男の子。
丸みを帯びた目は少し禰豆子さんに似てる。って事は...
「君、日向子さんの弟さん?」
そう問いかけると、彼は目をぱちくりして無一郎を凝視した。そしてややあって、あ!と声を上げたのだった。
「君は将棋の大会でこの前テレビに出てた、えーと..時透君だっけ?俺と同じ学園って聞いてちょっと気になってたんだ!じゃあ...日向子姉さんが言ってたよくカフェに来る子って君だったんだね」
彼の名前は竈門炭治郎と言うらしい。僕よりも一つばかり歳上で今は高等部一年生とのことだ。
何でもここのベーカリーのパンは殆ど彼が作っているらしく、ツヤツヤとした光沢を放つパンの一つ一つを見てつい感激してしまう。
「このちくわと味噌だれのパン、凄く美味しそうだね」
「あぁ、それ考案したのは」
「あ、無一郎君!来てくれたのね!」
奥からチェック柄のエプロン姿で日向子さんがやってきた。
「紹介するわね。彼、この前話した時透無一郎君。こっちは弟の炭治郎。お互い仲良くしてあげてね。」
パッと手早く紹介を済ませた日向子さんは、そのパンがいいの?と目を輝かせて言った。
「それね、私が考えたんだ。勿論炭治郎と一緒に試行錯誤して作ったから味は保証するわ。ねぇ炭治郎、今日はお代貰わないであげて?いつもバイト先に来てくれてたからお礼がしたいの」
彼女はお願いと手を合わせ可愛らしく首を傾げる。炭治郎は勿論だと首を縦に振ったが、その頬は赤く染まっていた。
ん?
ちょっと、不自然だと思うのは気のせいだろうか..
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