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幾光年恋したひ
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〜48 【シチュは美味しいです】〜
「おぉー!ここが炭治郎のクラス?やっぱ雰囲気出てるねぇ」
「あぁ、少し並んでるな。最後尾はあっちだ」
二人揃って後列に並んでいると、出口から出てきた生徒が今しがた起きた事の感想を言い合ってるのが聞こえてきた。
「生徒の作り物だと思って舐めてたけど、結構こえぇよな?まさか生物室の壺があるとか思わんかったし、カナエ先生赴任してきてから【あの】噂は聞かなくなったけど、俺ちびるかと思ったわ」
「確かに!でも謝花さんの鬼姿はやっぱり可愛かったなぁ。」
「ははっ!わかる!」
ハイテンションなまま去って行ったその男子生徒達の会話を聞いて、炭治郎はおかしいなと唸った。
「どうしたの?炭治郎」
「あ、いや...生物室の壺なんて借りる話聞いてなかったから。俺が知らないうちにそういう流れになったのかな?」
少し腑に落ちなかったが、あまり深くは考えない事にした。一部の生徒の思いつきで急遽計画が変わったりする事は、文化祭ではよくあることだ。
そうこうしているうちに列は進み、入り口の係りのクラスメイトが炭治郎達の姿に気付くと、おーいとぶんぶん手を振って近づいて来た。
「竈門!当番変わってくれてさんきゅーな!実は明日他校の彼女が急遽来てくれるって事になってさ。って...何だよ、お前も可愛い彼女連れてるじゃんか。」
「ッ違う!彼女は...俺の姉さんだ」
「こんにちはー。竈門日向子です」
赤面しながら慌てて訂正する炭治郎の横で、日向子はひらひらと手を振る。慌てて目の前の男子生徒は失礼しましたと頭を下げた。
どうやら名前も彼女の評判も聞いてはいたらしいが、顔は知らなかったらしい。
彼女と並んで歩いていると、こうして関係性を知らない者にはよく恋人同士だと勘違いされる事もある。正直、嬉しさと恥ずかしさが半々といった所だ。事実を訂正するときは少し悲しいけど...
一本の懐中電灯を持たされて、二人はいざ中へと足を踏み入れた。
「日向子姉さんはこういうの怖くないのか?なんか、結構いつも通りだから」
「ん?まぁ、全然怖くないわけじゃないけど。お化けより寧ろ暗くて狭い場所の方が私は苦手かなぁ。」
「そうなんだ..」
恐怖から手や腕を掴まれたりしたら、いいなぁって密かに理想を思い描いていた。自分は構造やコースは頭に入っているので、彼女をリードできるチャンスだったけど、どうやら彼女はそういうタイプではないようだ。
ーちょっと、残念かなって思ったり..ー
ーーーーー
〜49【恨めしや】〜
鬼役に変した生徒が大声をあげたり脅かして来たりする度、日向子姉さんはびっくりしたぁと驚いた様子は見せていたけれど、やはり手を掴んだりはして来なかった。
ーうーん、逞 しいな..ー
やがて膝をついて屈みながらやっと通れるくらいの狭いトンネルゾーンに差し掛かる。ここは一人ずつ前後縦になって通らないといけない。
「結構狭いね、ここ通らなきゃいけないの?」
「うん、大丈夫か?」
「大丈夫...あ、私先に行ってもいい?」
「えっそれは出来ない!!」
俺が突然大きな声を出したので彼女は驚いていたが、出来ない訳を懸命に伝えると、そっかと納得してくれた。
この姿勢、制服の格好で彼女が先行ったら、多分確実に下着が見えてしまう。
それは、良くない。非常に良くない...。
「俺が先に行くから、姉さんは後ろについて来てくれ」
「うん、分かったわ」
少し不安そう様子でそう返す日向子姉さん。暗所閉所恐怖症の彼女からすれば当たり前の反応だ。支えながら一緒に進めないのは男として心苦しい..。
後ろの様子を気にしながら前進していると、急に彼女が悲鳴を上げ、同時にガシッと足を掴まれる。
「!?」
「たたた炭治郎ッ...何か、凄いひんやりしたのに脚掴まれてる...今も」
この場所でお客さんの体を掴むのは危険だからやめようとクラス内で事前に取り決めていた筈だ。
色んな意味でパニックに陥っている彼女が炭治郎の方へぐいぐい寄って来る。
とにかく落ち着かせようと狭い空間内でどうにか彼女の体を引き寄せる途中、微かにしわがれた声が鼓膜を震わした。
(嫉まし...嫉ましい....)
こんな演出は知らない。急いで両脚を確認したが足を掴まれてる様子は見受けられなかった。やがて、消え入るように恨みのこもったその声は遠くなっていく。
「姉さ...」
思いの外顔の距離が近かった為、ひゅっと喉が鳴った。不謹慎だが、目の前で小さく震えてる彼女とは恐らく別の意味でバクバクと心臓が鳴り響く。
どき...
どき...
忙しなく働く鼓動を無視して深呼吸すると、姉の背中を何度も優しく撫で下ろす。
「大丈夫だ、俺がついてる。大丈夫..」
そうしていると彼女の呼吸は次第に落ち着きを取り戻し始めたのがわかった。
ぼんやりした眼差しで炭治郎を見つめていた日向子は、安心したようにふにゃりと笑った。
「ありがとう、炭治郎」
ーーーーー
〜50【どんな想いで】〜
ー....
俺はずっと、日向子姉さんが怯えていたり悲しんでいたりする時は、とにかく側に寄り添ってその苦しみを緩和させたかった。
ずるい考えかもしれないが、彼女の唯一になる為なら手段は選ばない。
とことん優しくして、甘やかして、背中を撫でてやって。
よくお前は、誰にでも優し過ぎると善逸に言われた事があるが、日向子姉さんの前にいる俺と比較したらそれは幻想でしかない。
俺無くしてはいられないようにする。日向子姉さんの心が揺れるのをひたすら待つ。そうまでしてでも俺は、
【彼女の心が欲しかった】。
けれど...
未だに姉さんはなかなか掴めない。
家族という意味では、唯一無二の存在になれたとしても、彼女の特別にはなれていない。
俺が喉から手が出るほど欲しい関係性には程遠い。
どうしてもこの壁が壊せなくて、なのに彼女に言い寄る者は年々増えていくばかりで、焦りだけが募っていく。
ー今までのやり方では、生易し過ぎるのか。
そういうことなのか?ー
今見ているこの表情も凄く可愛いけど、あぁ...頼られてるなってわかるけど、それ以上の意味は持たない。
じゃなきゃ、こんな無防備に抱かれたまま無邪気に笑っていられないだろう。俺がどんな想いで、貴女を見つめているかも知らずに....
カチ...
フッと懐中電灯の明かりが消えた為、彼女は僅かにぴくっと肩を震わす。
「あれ..炭治郎、懐中電灯今消した?」
「...」
「炭...治郎?」
様子がおかしいと思ったのか、不安気に彼の名を呼ぶ。炭治郎は返答の代わりに、彼女の体をぎゅっと抱き寄せた。
「!」
真っ暗闇で互いの表情は見えない。だが、気配は何となくわかる。彼の耳飾りがすぐ側でカラリと揺れる音がした。鼻先が僅かに触れ合う。息がかかる。
次にやってくる感触は、容易に想像がついた。
ーどう、して...ー
「ちょっとあんたたち!イチャイチャしてないでさっさと進みなさいよ!」
「「っ!!」」
トンネルの出口へ二人同時に顔を向けると、鬼仕様のメイクを施した謝花梅が苛々した様子でスマホの懐中電灯を向けながら仁王立ちしていた。
「ちょっ、梅ちゃん。私達一応お化け役で..」
「うっさい!こいつらが進まないから後がつかえてんでしょ?」
やーやー梅達が話してる横で、咄嗟に日向子と距離を離した炭治郎は天井に頭をぶつけてしまいガンと辺りに物凄い音が響く。
「大丈夫?炭治郎」
「だだッ、大丈夫です!」
ーさっき俺、何をっー
ーーーーー
〜51【憂いの眼差し】〜
あまりにも無防備な彼女の笑顔を間近に見た時、思い知らせてやりたくなったのだ。
これだけ近くで密着していて、雰囲気にも助けられた今がチャンスだと思った。
わざわざ明かりを消し、事故に見せかけたような予防線を張ってまで、俺は彼女の唇に触れようとしていた。その意味は
【この気持ちに気付いて欲しい】
【異性として意識して欲しい】
という切実な思いの現れだった。
ストレートにキスという行為なら、日向子姉さんの鉄壁過ぎる心も揺さぶれると思ったし、単純に....したかった。
意図的だったのか、或いは無意識だったのか自分でもよくわからないけど、彼女が愛おしいと感じた時、確かに俺はそう思った。
謝花さんに止められていなければ、きっと....
ー俺は彼女にキスしていた...キス
出来てたのに...ー
「炭治郎、進もう?ごめん..私が騒ぎ立てちゃったからだよね。もう大丈夫だから」
「...あぁ」
未だに鳴り止まぬ鼓動を抑え、謝花さんに睨まれつつ二人は先を急いだ。
後のルートはほとんどどう進んだか、頭が真っ白であまり覚えていない。当然、隣を歩く日向子姉さんの顔も見る事が出来なかった。
先程の件について彼女は何も触れて来ない。それがかえって少し怖かった。
ー俺が何しようとしたのか、貴女は気付いてますか?もし気付いてたとしたら...どう思いましたか?嫌でしたか..それともー
そう、問いたくてたまらない。
やがて明かりが見え、黒カーテンを潜り外へと出ると、お疲れ様ー!と係のクラスメイトがテキパキと懐中電灯を回収した。
周りは何事もなかったように、変わらずお祭り気分を演出する。
自分達だけが、まるで長い時空の旅を超えて来たかのような、濃密な時を経たような錯覚を覚える。
炭治郎は意を決して、日向子の顔をちらりと見た。そして、予想外の光景に目を丸くする事になる。
「...ぇ」
それはいつもの見慣れた日向子姉さんでは無かった。
今まで見た事がないくらい、耳まで顔を真っ赤に染めて小さく横で佇んでいた。
炭治郎の視線に気付くと、あからさまにびくりと肩を跳ねさせてふいと目を逸らす。
「...日向子姉さん」
「...っ炭治郎。【あれ】は、事故でしょう?」
「..ッ」
「そうなのよね?それなら仕方ない事だから...」
「ッ...ちょっと待ってくれ!」
炭治郎はたまらず彼女の両肩を掴む。
こちらを見上げる姉さんの眼差しは、僅かに憂いを帯びていた。
ーーーーー
「おぉー!ここが炭治郎のクラス?やっぱ雰囲気出てるねぇ」
「あぁ、少し並んでるな。最後尾はあっちだ」
二人揃って後列に並んでいると、出口から出てきた生徒が今しがた起きた事の感想を言い合ってるのが聞こえてきた。
「生徒の作り物だと思って舐めてたけど、結構こえぇよな?まさか生物室の壺があるとか思わんかったし、カナエ先生赴任してきてから【あの】噂は聞かなくなったけど、俺ちびるかと思ったわ」
「確かに!でも謝花さんの鬼姿はやっぱり可愛かったなぁ。」
「ははっ!わかる!」
ハイテンションなまま去って行ったその男子生徒達の会話を聞いて、炭治郎はおかしいなと唸った。
「どうしたの?炭治郎」
「あ、いや...生物室の壺なんて借りる話聞いてなかったから。俺が知らないうちにそういう流れになったのかな?」
少し腑に落ちなかったが、あまり深くは考えない事にした。一部の生徒の思いつきで急遽計画が変わったりする事は、文化祭ではよくあることだ。
そうこうしているうちに列は進み、入り口の係りのクラスメイトが炭治郎達の姿に気付くと、おーいとぶんぶん手を振って近づいて来た。
「竈門!当番変わってくれてさんきゅーな!実は明日他校の彼女が急遽来てくれるって事になってさ。って...何だよ、お前も可愛い彼女連れてるじゃんか。」
「ッ違う!彼女は...俺の姉さんだ」
「こんにちはー。竈門日向子です」
赤面しながら慌てて訂正する炭治郎の横で、日向子はひらひらと手を振る。慌てて目の前の男子生徒は失礼しましたと頭を下げた。
どうやら名前も彼女の評判も聞いてはいたらしいが、顔は知らなかったらしい。
彼女と並んで歩いていると、こうして関係性を知らない者にはよく恋人同士だと勘違いされる事もある。正直、嬉しさと恥ずかしさが半々といった所だ。事実を訂正するときは少し悲しいけど...
一本の懐中電灯を持たされて、二人はいざ中へと足を踏み入れた。
「日向子姉さんはこういうの怖くないのか?なんか、結構いつも通りだから」
「ん?まぁ、全然怖くないわけじゃないけど。お化けより寧ろ暗くて狭い場所の方が私は苦手かなぁ。」
「そうなんだ..」
恐怖から手や腕を掴まれたりしたら、いいなぁって密かに理想を思い描いていた。自分は構造やコースは頭に入っているので、彼女をリードできるチャンスだったけど、どうやら彼女はそういうタイプではないようだ。
ーちょっと、残念かなって思ったり..ー
ーーーーー
〜49【恨めしや】〜
鬼役に変した生徒が大声をあげたり脅かして来たりする度、日向子姉さんはびっくりしたぁと驚いた様子は見せていたけれど、やはり手を掴んだりはして来なかった。
ーうーん、
やがて膝をついて屈みながらやっと通れるくらいの狭いトンネルゾーンに差し掛かる。ここは一人ずつ前後縦になって通らないといけない。
「結構狭いね、ここ通らなきゃいけないの?」
「うん、大丈夫か?」
「大丈夫...あ、私先に行ってもいい?」
「えっそれは出来ない!!」
俺が突然大きな声を出したので彼女は驚いていたが、出来ない訳を懸命に伝えると、そっかと納得してくれた。
この姿勢、制服の格好で彼女が先行ったら、多分確実に下着が見えてしまう。
それは、良くない。非常に良くない...。
「俺が先に行くから、姉さんは後ろについて来てくれ」
「うん、分かったわ」
少し不安そう様子でそう返す日向子姉さん。暗所閉所恐怖症の彼女からすれば当たり前の反応だ。支えながら一緒に進めないのは男として心苦しい..。
後ろの様子を気にしながら前進していると、急に彼女が悲鳴を上げ、同時にガシッと足を掴まれる。
「!?」
「たたた炭治郎ッ...何か、凄いひんやりしたのに脚掴まれてる...今も」
この場所でお客さんの体を掴むのは危険だからやめようとクラス内で事前に取り決めていた筈だ。
色んな意味でパニックに陥っている彼女が炭治郎の方へぐいぐい寄って来る。
とにかく落ち着かせようと狭い空間内でどうにか彼女の体を引き寄せる途中、微かにしわがれた声が鼓膜を震わした。
(嫉まし...嫉ましい....)
こんな演出は知らない。急いで両脚を確認したが足を掴まれてる様子は見受けられなかった。やがて、消え入るように恨みのこもったその声は遠くなっていく。
「姉さ...」
思いの外顔の距離が近かった為、ひゅっと喉が鳴った。不謹慎だが、目の前で小さく震えてる彼女とは恐らく別の意味でバクバクと心臓が鳴り響く。
どき...
どき...
忙しなく働く鼓動を無視して深呼吸すると、姉の背中を何度も優しく撫で下ろす。
「大丈夫だ、俺がついてる。大丈夫..」
そうしていると彼女の呼吸は次第に落ち着きを取り戻し始めたのがわかった。
ぼんやりした眼差しで炭治郎を見つめていた日向子は、安心したようにふにゃりと笑った。
「ありがとう、炭治郎」
ーーーーー
〜50【どんな想いで】〜
ー....
俺はずっと、日向子姉さんが怯えていたり悲しんでいたりする時は、とにかく側に寄り添ってその苦しみを緩和させたかった。
ずるい考えかもしれないが、彼女の唯一になる為なら手段は選ばない。
とことん優しくして、甘やかして、背中を撫でてやって。
よくお前は、誰にでも優し過ぎると善逸に言われた事があるが、日向子姉さんの前にいる俺と比較したらそれは幻想でしかない。
俺無くしてはいられないようにする。日向子姉さんの心が揺れるのをひたすら待つ。そうまでしてでも俺は、
【彼女の心が欲しかった】。
けれど...
未だに姉さんはなかなか掴めない。
家族という意味では、唯一無二の存在になれたとしても、彼女の特別にはなれていない。
俺が喉から手が出るほど欲しい関係性には程遠い。
どうしてもこの壁が壊せなくて、なのに彼女に言い寄る者は年々増えていくばかりで、焦りだけが募っていく。
ー今までのやり方では、生易し過ぎるのか。
そういうことなのか?ー
今見ているこの表情も凄く可愛いけど、あぁ...頼られてるなってわかるけど、それ以上の意味は持たない。
じゃなきゃ、こんな無防備に抱かれたまま無邪気に笑っていられないだろう。俺がどんな想いで、貴女を見つめているかも知らずに....
カチ...
フッと懐中電灯の明かりが消えた為、彼女は僅かにぴくっと肩を震わす。
「あれ..炭治郎、懐中電灯今消した?」
「...」
「炭...治郎?」
様子がおかしいと思ったのか、不安気に彼の名を呼ぶ。炭治郎は返答の代わりに、彼女の体をぎゅっと抱き寄せた。
「!」
真っ暗闇で互いの表情は見えない。だが、気配は何となくわかる。彼の耳飾りがすぐ側でカラリと揺れる音がした。鼻先が僅かに触れ合う。息がかかる。
次にやってくる感触は、容易に想像がついた。
ーどう、して...ー
「ちょっとあんたたち!イチャイチャしてないでさっさと進みなさいよ!」
「「っ!!」」
トンネルの出口へ二人同時に顔を向けると、鬼仕様のメイクを施した謝花梅が苛々した様子でスマホの懐中電灯を向けながら仁王立ちしていた。
「ちょっ、梅ちゃん。私達一応お化け役で..」
「うっさい!こいつらが進まないから後がつかえてんでしょ?」
やーやー梅達が話してる横で、咄嗟に日向子と距離を離した炭治郎は天井に頭をぶつけてしまいガンと辺りに物凄い音が響く。
「大丈夫?炭治郎」
「だだッ、大丈夫です!」
ーさっき俺、何をっー
ーーーーー
〜51【憂いの眼差し】〜
あまりにも無防備な彼女の笑顔を間近に見た時、思い知らせてやりたくなったのだ。
これだけ近くで密着していて、雰囲気にも助けられた今がチャンスだと思った。
わざわざ明かりを消し、事故に見せかけたような予防線を張ってまで、俺は彼女の唇に触れようとしていた。その意味は
【この気持ちに気付いて欲しい】
【異性として意識して欲しい】
という切実な思いの現れだった。
ストレートにキスという行為なら、日向子姉さんの鉄壁過ぎる心も揺さぶれると思ったし、単純に....したかった。
意図的だったのか、或いは無意識だったのか自分でもよくわからないけど、彼女が愛おしいと感じた時、確かに俺はそう思った。
謝花さんに止められていなければ、きっと....
ー俺は彼女にキスしていた...キス
出来てたのに...ー
「炭治郎、進もう?ごめん..私が騒ぎ立てちゃったからだよね。もう大丈夫だから」
「...あぁ」
未だに鳴り止まぬ鼓動を抑え、謝花さんに睨まれつつ二人は先を急いだ。
後のルートはほとんどどう進んだか、頭が真っ白であまり覚えていない。当然、隣を歩く日向子姉さんの顔も見る事が出来なかった。
先程の件について彼女は何も触れて来ない。それがかえって少し怖かった。
ー俺が何しようとしたのか、貴女は気付いてますか?もし気付いてたとしたら...どう思いましたか?嫌でしたか..それともー
そう、問いたくてたまらない。
やがて明かりが見え、黒カーテンを潜り外へと出ると、お疲れ様ー!と係のクラスメイトがテキパキと懐中電灯を回収した。
周りは何事もなかったように、変わらずお祭り気分を演出する。
自分達だけが、まるで長い時空の旅を超えて来たかのような、濃密な時を経たような錯覚を覚える。
炭治郎は意を決して、日向子の顔をちらりと見た。そして、予想外の光景に目を丸くする事になる。
「...ぇ」
それはいつもの見慣れた日向子姉さんでは無かった。
今まで見た事がないくらい、耳まで顔を真っ赤に染めて小さく横で佇んでいた。
炭治郎の視線に気付くと、あからさまにびくりと肩を跳ねさせてふいと目を逸らす。
「...日向子姉さん」
「...っ炭治郎。【あれ】は、事故でしょう?」
「..ッ」
「そうなのよね?それなら仕方ない事だから...」
「ッ...ちょっと待ってくれ!」
炭治郎はたまらず彼女の両肩を掴む。
こちらを見上げる姉さんの眼差しは、僅かに憂いを帯びていた。
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