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幾光年恋したひ
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〜35【姉の心境】〜
私が竈門家に引き取られてから今日まで、新しい家族の皆はとても優しくて、面白くて、賑やかで毎日が楽しい。とても幸せな日々だった。
皆良くしてくれるけれど、特に長男の炭治郎は特別世話を焼いてくれる事が多かったように思う。
あの痛ましい事故が起こってから、まだ幼かった私は毎日泣いてて、突然変わった環境に体と精神が追い付かなくて体調を悪くしたりと散々だった。
そんな私の側に寄り添ってくれて、彼は優しい言葉や温もりをくれた。
「辛い時はたくさん泣いた方がいいんだ。だから思い切り泣いてくれ。日向子姉さんが落ち着くまで、俺が片時も離れないでいるよ。大丈夫だよ」
にこりと笑ってそう言った炭治郎は、さながら太陽のようだった。
不思議と彼の前では、自分の弱さも情けないところも曝け出せたのだ。彼は、参っていた私の心をよく理解してくれていた。
まるで過去に同じ境遇を経験してきたかのように、自分の事のように悩み慰めてくれたから。
今こうして笑顔を取り戻せたのは、炭治郎のお陰と言っても過言ではない。
「炭治郎」
「ん?」
「私、貴方と会えて良かったよ。」
ーありがとう..ー
以前、そう今までの感謝を面と向かって伝えた時があった。彼は目を丸くして日向子をただただ見つめ返す。その様子に僅かながら違和感を覚えた日向子は、再度彼の名を呼びかける。
「炭治郎?」
「..あぁ..ごめん。うん、俺も日向子姉さんと会えて良かったと思うよ。本当に..良かった」
彼は喜びを噛み締めるような、そんな儚げな笑みを浮かべて日向子の頬へと手を伸ばした。
「何故かわからないけど、日向子姉さんと会った時、不思議と初めて会った気がしなかったんだ。昔何処かで会ったような懐かしさを感じた。そんなわけないんだけどな。でも俺はきっと、日向子姉さんの事ずっと前から...」
炭治郎はそこまで言うと、いきなり口をつぐんで言葉を切った。覚えているのは、彼の真っ赤な顔と、切なげに揺れた赫色の眼。
結局、彼がその先に何と言うつもりだったのかは今も聞けずじまいだが、事あるごとに感じる...炭治郎の私に向けた視線は
ー他の弟妹 とは明らかに違っていたー
何度も【可能性】はよぎった。でも私はその意味を敢えて考えないようにして来た。
ただ最近、その違和感が一層強まっていってる気がする。
ー炭治郎は、私に何を求めているのか?
私を、どう思っているのだろうか...ー
ーーーーー
〜36【ジンクス】〜
キメツ学園の文化祭は、中高等部同時開催の全行程3日間に及ぶ一大イベントだ。
初夏の7月に行われる理由は、それまでの準備などをクラス全体で一丸となって協力し合い、親睦を深めるという目的らしいが...
「お、やった!今年もあるんだな後夜祭!炭治郎、今年こそは禰豆子ちゃんと二人きりで、その..」
ようやく公にされた今年の文化祭プログラムを見て、急にもじもじとし出した親友に辛辣 な眼差しを向けると、案の定そんなにドン引かなくてもいいじゃないと善逸はギャン泣きした。
「禰豆子は毎年後夜祭は家族と花火するのが恒例なんだ。俺からは何も言えない。そんなに一緒の時間過ごしたいなら直接禰豆子を誘ったらいいじゃないか?」
「...はい、ごもっともですお兄様」
炭治郎が正論で論破すれば、善逸は意気消沈して項垂れた。そしてすぐに頑張って誘うぞと目の色を変えて開き直るのだから、彼は本当に単純だ。
「あ、それはそうとお前は今年どうすんの?」
「何がだ?」
「決まってんじゃんかよー!日向子さんを誘わないのかって事だよ」
「っ!..いや、俺は...」
口籠る炭治郎に痺れを切らした善逸は、ぐいと彼の肩を引き寄せこう耳打ちした。
「日向子さんは今年で文化祭最後なんだから、もうこれがラストチャンスだろ?何も告白するわけじゃないんだからさ、少しでも距離を近づけて意識して貰わなきゃ駄目だろうが。後夜祭はちょっとした夏の風物詩だから結構雰囲気も出るしさ。」
ぐうの音も出ない。こればかりは確かに善逸の言う通りだった。彼女は高三だから、これからの一年のイベントは全部泣いても笑っても最後。炭治郎にとっては、少しだってチャンスを無駄には出来ない。
キメツ学園の後夜祭。
暗黙の了解で、生徒達の間では【好きな人】を誘って一緒の時を過ごすと、その恋が実るというジンクスがあった。
それが当たるか当たらないかっていう確率はさておき、噂を知っている者は当然意識するわけだから、実際、文化祭後に晴れてカップルとなる男女達も多いと聞く。
そんなわけで、善逸が炭治郎の背中を押してくれてるのはわかる。わかるのだが...
良い返事なら万々歳だが、もし断られでもしたら..
ー多分暫く、立ち直れないー
でも確かに、いつまでもこのままじゃ彼女との仲は一向に進展しないままなのも事実。思考の末、炭治郎はきゅっと拳を握り締めた。
「うん、頑張って誘ってみるよ」
ーーーーー
〜37【誘いたいのは】〜
そう自分の心に固く決意して臨んだその日の夜。炭治郎は隙を見て彼女を捕まえるべく観察していた。
いつものように日向子姉さんはてきぱきとルーチンの仕事を終えて、下の弟妹達と一緒にテレビを見ながら寛いでいる
ー..わかってはいたけど、なかなか二人きりにはなれないかー
炭治郎はがっくり項垂れる。
後夜祭は毎年家族みんなで花火をしたり屋台飯を食べたりと共通の時間を過ごしているので今年も皆そのつもりでいる。ただでさえ勇気のいる誘いなのに、他の家族の目がある場所ではどうも切り出しづらい。
だから、二人きりになれる時間を狙っているが...結局その日は全く隙が出来ずに就寝時刻を迎えてしまった。
「仕方ないよな...明日。頑張ろう」
そう仕切り直して、炭治郎は瞼を閉じたのだった。
ところが、
翌日もほぼ同じ流れで誘えず仕舞いとなってしまった。1日また1日とただただ時間だけが過ぎていく毎に、炭治郎は焦る。
何故なら、こうして自分がもたついている間に、彼女が他の人に誘われる可能性も無きにしも非ずだからだ。
彼女は優しいから、恐らく誘われたらきっと断れない。要するに、このイベントは争奪戦だ。
人気のある生徒ほど先約も埋まりやすい。
だから、早く誘いの言葉をかけなきゃいけないのに...
「ねぇねぇ聞いてよ!昨日先輩を後夜祭誘ったらOK貰えたのー」
「まじで?凄いじゃん!」
「あんたも早く誘った方がいいよ、サッカー部のキャプテン超人気だから!」
「あーわかってるんだけどさぁ」
廊下ですれ違った女子生徒達の黄色い声が聞こえる。
文化祭まであと一週間。
この頃になると、本気で誰かを誘おうと思ってる人達はほぼ行動に移している。己の意気地なさに呆れた。
その日の昼、善逸は禰豆子から了承を貰えた話を嬉しそうに話していた。既に妹から聞いてた内容ばかりだったけど、幸せそうな親友を見て思わず笑みが溢れる。そして、やはり彼は炭治郎の進捗 を伺ってきた。
「えー!?!?まだ誘えてないのかよ!!」
「....うん」
信じられないと驚く善逸。だってチャンスは作ろうと思えばいくらでもあるだろうと言う。確かにそうだ。
実際チャンスは何度か訪れた。なのに、誘えなかった。それは何気ない雑談の中の、彼女のこの一言が原因だった。
「炭治郎も誰か誘いたい人がいたら誘っていいんだよ。私達家族の事は気にしないでね」
まさか、その誘いたい人が貴女ですなんて、言えなかった。
ーーーーー
〜38【側に居てくれるなら】〜
禰豆子が男子と二人きりで後夜祭を過ごすと知った日向子姉さんは、それなら年頃の炭治郎もそういう対象の相手がいるのではと思ったのだろう。
何も毎年のように家族全員が揃わなくていいと、もしそこを気にかけてるなら心配いらないと、善意で彼女がそう言ってくれているのはわかってる。
ーでも...そんな事言うなんて、ずるいー
「私達家族の事は気にしないでね」
その言葉は、肯定しても否定しても、俺が日向子姉さんと二人きりで後夜祭を過ごすのは難しい事を意味する。
是と答えれば、俺は彼女以外の他の女の子に想いを寄せてる風に見えてしまうし、否と答えれば、そんな対象なんていないから家族皆で過ごそうという話になってしまう。
結局その問いに関しては、曖昧な返答で流すしかなかったのだ。
「うん、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。それより...そんな日向子姉さんは、誰かに誘われたりしたの?」
ずっと気になっていたことを意を決して尋ねると、まさかの絶望的な返事が返ってきた。
「え?あー...まぁね」
照れ臭そうに目線を逸らしながらそう呟く日向子。炭治郎は居ても立っても居られず咄嗟に彼女の肩を掴み声を荒げる。
「っ誰なんだ?ひょっとしてまさか、生徒会長か?了承..したのか」
彼女は炭治郎のあまりの変わりように目を丸くしていたが、ふっと笑みを溢すと日向子は炭治郎の肩をやんわりと押し返した。
「生徒会長も含め何人かに誘われたけど、全部断っちゃった。禰豆子も今年は善逸君と過ごすのだし、貴方はどうするか好きに選んでいいけど、せめて私くらいは六太達と一緒に居てあげないとさ、申し訳ないかなって思って」
何人かに誘われてるんだなぁとか、やはり生徒会長は日向子姉さんの事を..とか、色々言いたい事聞きたい事はたくさんあった。
けれど、一先ずは【他の誰とも二人きりの時間を過ごすつもりはない】彼女の心算に安心感を覚えた。
それだけで救いがあった。
だから...
「そっか。じゃあ俺も家族と過ごすよ。日向子姉さんがそのつもりなら、俺もそうしたい」
炭治郎が正直な思いを告げると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が見れただけでも、この選択は正しかったのだと思えた。
もうあえて二人きりの約束に漕ぎ着けるつもりもない。善逸は微妙な顔をしていたが、炭治郎はそれでも構わなかった。
「いいんだよ..例え二人で過ごせなくても、彼女が側に居てくれるなら俺はそれでいいんだ」
ーーーーー
〜39【馬鹿みたい】〜
ー日向子sideー
「あの、竈門さん!俺と後夜祭一緒に過ごしてくださいませんか?」
大体の人が、まるで愛の告白をするかのように頬を赤らめながら口々に同じセリフを発した。これはほぼ毎年の出来事である。言われた張本人はと言うと、もう慣れっこで、そして申し訳ないとは思いながらも決まってこう返すのだ。
「ごめんなさい。後夜祭はいつも家族と過ごしてるから」
....
ーーーー
「やぁ日向子さん、また断ったんだ?」
「!....誠一郎さん。聞いてたの?」
罰が悪そうに目を背ける日向子に対して、穏やかな口調でそう問いかけた誠一郎は、僅かに目を細めてつい先程彼女に断られ意気消沈しながら去っていく男子生徒の背中を見つめていた。
「ごめん、盗み聴きするつもりはなかったんだけど。毎年君は家族と後夜祭を過ごしてるよね。後夜祭の、噂を知らないわけじゃないだろう?彼等はもしかしたら本気かもしれないのに。それとも、他に誰か意中の相手がいるのかな?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど...。ただ、誰か一人を選ぶって事が難しいだけで。」
「あぁなるほど。そっか、それならいいんだ...」
「?」
僅かに空気が変わったのを察した日向子は、誠一郎に向き直ると、彼は予想外の一言を続け様に発した。
「僕が誘っても、返事は同じかな?」
「...え?それは...」
オロオロと目線を彷徨わせながら狼狽える彼女を見て、彼はおかしそうに笑った。
「いいんだ、君を困らせたくて言ったわけじゃあない。ただ..少しくらいは意識してくれるのかなぁって、思っただけさ」
ー文化祭、お互い楽しもうねー
彼は笑顔でそう言うと、タッとその場を去った。
ポツンと残された日向子は、先程言われた言葉の意味を必死で考えた。そして、自ずとある仮説に辿り着き、ぼっと顔を染める。
「ぇ....そんな...全然気づかなかった」
彼の事は、ただの良き友人としか思っていなかった。今までも接触の機会が多々あるなぁとは思っていたし、親切にしてくれる彼にときめいた事が無かったわけではないが、相手にまさかそんな...
ーちょっと待ってー
そもそもちゃんとした告白を受けてすらいないのに、【彼が私の事を好きかどうかなんて】わからないんじゃないのか?ただの私の自惚れ、思い上がりかもしれない。なのにこんな悶々として
「馬鹿みたい..」
日向子は唸りながら己の頭を叩き、廊下をひた走った。
ーーーーー
私が竈門家に引き取られてから今日まで、新しい家族の皆はとても優しくて、面白くて、賑やかで毎日が楽しい。とても幸せな日々だった。
皆良くしてくれるけれど、特に長男の炭治郎は特別世話を焼いてくれる事が多かったように思う。
あの痛ましい事故が起こってから、まだ幼かった私は毎日泣いてて、突然変わった環境に体と精神が追い付かなくて体調を悪くしたりと散々だった。
そんな私の側に寄り添ってくれて、彼は優しい言葉や温もりをくれた。
「辛い時はたくさん泣いた方がいいんだ。だから思い切り泣いてくれ。日向子姉さんが落ち着くまで、俺が片時も離れないでいるよ。大丈夫だよ」
にこりと笑ってそう言った炭治郎は、さながら太陽のようだった。
不思議と彼の前では、自分の弱さも情けないところも曝け出せたのだ。彼は、参っていた私の心をよく理解してくれていた。
まるで過去に同じ境遇を経験してきたかのように、自分の事のように悩み慰めてくれたから。
今こうして笑顔を取り戻せたのは、炭治郎のお陰と言っても過言ではない。
「炭治郎」
「ん?」
「私、貴方と会えて良かったよ。」
ーありがとう..ー
以前、そう今までの感謝を面と向かって伝えた時があった。彼は目を丸くして日向子をただただ見つめ返す。その様子に僅かながら違和感を覚えた日向子は、再度彼の名を呼びかける。
「炭治郎?」
「..あぁ..ごめん。うん、俺も日向子姉さんと会えて良かったと思うよ。本当に..良かった」
彼は喜びを噛み締めるような、そんな儚げな笑みを浮かべて日向子の頬へと手を伸ばした。
「何故かわからないけど、日向子姉さんと会った時、不思議と初めて会った気がしなかったんだ。昔何処かで会ったような懐かしさを感じた。そんなわけないんだけどな。でも俺はきっと、日向子姉さんの事ずっと前から...」
炭治郎はそこまで言うと、いきなり口をつぐんで言葉を切った。覚えているのは、彼の真っ赤な顔と、切なげに揺れた赫色の眼。
結局、彼がその先に何と言うつもりだったのかは今も聞けずじまいだが、事あるごとに感じる...炭治郎の私に向けた視線は
ー他の
何度も【可能性】はよぎった。でも私はその意味を敢えて考えないようにして来た。
ただ最近、その違和感が一層強まっていってる気がする。
ー炭治郎は、私に何を求めているのか?
私を、どう思っているのだろうか...ー
ーーーーー
〜36【ジンクス】〜
キメツ学園の文化祭は、中高等部同時開催の全行程3日間に及ぶ一大イベントだ。
初夏の7月に行われる理由は、それまでの準備などをクラス全体で一丸となって協力し合い、親睦を深めるという目的らしいが...
「お、やった!今年もあるんだな後夜祭!炭治郎、今年こそは禰豆子ちゃんと二人きりで、その..」
ようやく公にされた今年の文化祭プログラムを見て、急にもじもじとし出した親友に
「禰豆子は毎年後夜祭は家族と花火するのが恒例なんだ。俺からは何も言えない。そんなに一緒の時間過ごしたいなら直接禰豆子を誘ったらいいじゃないか?」
「...はい、ごもっともですお兄様」
炭治郎が正論で論破すれば、善逸は意気消沈して項垂れた。そしてすぐに頑張って誘うぞと目の色を変えて開き直るのだから、彼は本当に単純だ。
「あ、それはそうとお前は今年どうすんの?」
「何がだ?」
「決まってんじゃんかよー!日向子さんを誘わないのかって事だよ」
「っ!..いや、俺は...」
口籠る炭治郎に痺れを切らした善逸は、ぐいと彼の肩を引き寄せこう耳打ちした。
「日向子さんは今年で文化祭最後なんだから、もうこれがラストチャンスだろ?何も告白するわけじゃないんだからさ、少しでも距離を近づけて意識して貰わなきゃ駄目だろうが。後夜祭はちょっとした夏の風物詩だから結構雰囲気も出るしさ。」
ぐうの音も出ない。こればかりは確かに善逸の言う通りだった。彼女は高三だから、これからの一年のイベントは全部泣いても笑っても最後。炭治郎にとっては、少しだってチャンスを無駄には出来ない。
キメツ学園の後夜祭。
暗黙の了解で、生徒達の間では【好きな人】を誘って一緒の時を過ごすと、その恋が実るというジンクスがあった。
それが当たるか当たらないかっていう確率はさておき、噂を知っている者は当然意識するわけだから、実際、文化祭後に晴れてカップルとなる男女達も多いと聞く。
そんなわけで、善逸が炭治郎の背中を押してくれてるのはわかる。わかるのだが...
良い返事なら万々歳だが、もし断られでもしたら..
ー多分暫く、立ち直れないー
でも確かに、いつまでもこのままじゃ彼女との仲は一向に進展しないままなのも事実。思考の末、炭治郎はきゅっと拳を握り締めた。
「うん、頑張って誘ってみるよ」
ーーーーー
〜37【誘いたいのは】〜
そう自分の心に固く決意して臨んだその日の夜。炭治郎は隙を見て彼女を捕まえるべく観察していた。
いつものように日向子姉さんはてきぱきとルーチンの仕事を終えて、下の弟妹達と一緒にテレビを見ながら寛いでいる
ー..わかってはいたけど、なかなか二人きりにはなれないかー
炭治郎はがっくり項垂れる。
後夜祭は毎年家族みんなで花火をしたり屋台飯を食べたりと共通の時間を過ごしているので今年も皆そのつもりでいる。ただでさえ勇気のいる誘いなのに、他の家族の目がある場所ではどうも切り出しづらい。
だから、二人きりになれる時間を狙っているが...結局その日は全く隙が出来ずに就寝時刻を迎えてしまった。
「仕方ないよな...明日。頑張ろう」
そう仕切り直して、炭治郎は瞼を閉じたのだった。
ところが、
翌日もほぼ同じ流れで誘えず仕舞いとなってしまった。1日また1日とただただ時間だけが過ぎていく毎に、炭治郎は焦る。
何故なら、こうして自分がもたついている間に、彼女が他の人に誘われる可能性も無きにしも非ずだからだ。
彼女は優しいから、恐らく誘われたらきっと断れない。要するに、このイベントは争奪戦だ。
人気のある生徒ほど先約も埋まりやすい。
だから、早く誘いの言葉をかけなきゃいけないのに...
「ねぇねぇ聞いてよ!昨日先輩を後夜祭誘ったらOK貰えたのー」
「まじで?凄いじゃん!」
「あんたも早く誘った方がいいよ、サッカー部のキャプテン超人気だから!」
「あーわかってるんだけどさぁ」
廊下ですれ違った女子生徒達の黄色い声が聞こえる。
文化祭まであと一週間。
この頃になると、本気で誰かを誘おうと思ってる人達はほぼ行動に移している。己の意気地なさに呆れた。
その日の昼、善逸は禰豆子から了承を貰えた話を嬉しそうに話していた。既に妹から聞いてた内容ばかりだったけど、幸せそうな親友を見て思わず笑みが溢れる。そして、やはり彼は炭治郎の
「えー!?!?まだ誘えてないのかよ!!」
「....うん」
信じられないと驚く善逸。だってチャンスは作ろうと思えばいくらでもあるだろうと言う。確かにそうだ。
実際チャンスは何度か訪れた。なのに、誘えなかった。それは何気ない雑談の中の、彼女のこの一言が原因だった。
「炭治郎も誰か誘いたい人がいたら誘っていいんだよ。私達家族の事は気にしないでね」
まさか、その誘いたい人が貴女ですなんて、言えなかった。
ーーーーー
〜38【側に居てくれるなら】〜
禰豆子が男子と二人きりで後夜祭を過ごすと知った日向子姉さんは、それなら年頃の炭治郎もそういう対象の相手がいるのではと思ったのだろう。
何も毎年のように家族全員が揃わなくていいと、もしそこを気にかけてるなら心配いらないと、善意で彼女がそう言ってくれているのはわかってる。
ーでも...そんな事言うなんて、ずるいー
「私達家族の事は気にしないでね」
その言葉は、肯定しても否定しても、俺が日向子姉さんと二人きりで後夜祭を過ごすのは難しい事を意味する。
是と答えれば、俺は彼女以外の他の女の子に想いを寄せてる風に見えてしまうし、否と答えれば、そんな対象なんていないから家族皆で過ごそうという話になってしまう。
結局その問いに関しては、曖昧な返答で流すしかなかったのだ。
「うん、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。それより...そんな日向子姉さんは、誰かに誘われたりしたの?」
ずっと気になっていたことを意を決して尋ねると、まさかの絶望的な返事が返ってきた。
「え?あー...まぁね」
照れ臭そうに目線を逸らしながらそう呟く日向子。炭治郎は居ても立っても居られず咄嗟に彼女の肩を掴み声を荒げる。
「っ誰なんだ?ひょっとしてまさか、生徒会長か?了承..したのか」
彼女は炭治郎のあまりの変わりように目を丸くしていたが、ふっと笑みを溢すと日向子は炭治郎の肩をやんわりと押し返した。
「生徒会長も含め何人かに誘われたけど、全部断っちゃった。禰豆子も今年は善逸君と過ごすのだし、貴方はどうするか好きに選んでいいけど、せめて私くらいは六太達と一緒に居てあげないとさ、申し訳ないかなって思って」
何人かに誘われてるんだなぁとか、やはり生徒会長は日向子姉さんの事を..とか、色々言いたい事聞きたい事はたくさんあった。
けれど、一先ずは【他の誰とも二人きりの時間を過ごすつもりはない】彼女の心算に安心感を覚えた。
それだけで救いがあった。
だから...
「そっか。じゃあ俺も家族と過ごすよ。日向子姉さんがそのつもりなら、俺もそうしたい」
炭治郎が正直な思いを告げると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が見れただけでも、この選択は正しかったのだと思えた。
もうあえて二人きりの約束に漕ぎ着けるつもりもない。善逸は微妙な顔をしていたが、炭治郎はそれでも構わなかった。
「いいんだよ..例え二人で過ごせなくても、彼女が側に居てくれるなら俺はそれでいいんだ」
ーーーーー
〜39【馬鹿みたい】〜
ー日向子sideー
「あの、竈門さん!俺と後夜祭一緒に過ごしてくださいませんか?」
大体の人が、まるで愛の告白をするかのように頬を赤らめながら口々に同じセリフを発した。これはほぼ毎年の出来事である。言われた張本人はと言うと、もう慣れっこで、そして申し訳ないとは思いながらも決まってこう返すのだ。
「ごめんなさい。後夜祭はいつも家族と過ごしてるから」
....
ーーーー
「やぁ日向子さん、また断ったんだ?」
「!....誠一郎さん。聞いてたの?」
罰が悪そうに目を背ける日向子に対して、穏やかな口調でそう問いかけた誠一郎は、僅かに目を細めてつい先程彼女に断られ意気消沈しながら去っていく男子生徒の背中を見つめていた。
「ごめん、盗み聴きするつもりはなかったんだけど。毎年君は家族と後夜祭を過ごしてるよね。後夜祭の、噂を知らないわけじゃないだろう?彼等はもしかしたら本気かもしれないのに。それとも、他に誰か意中の相手がいるのかな?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど...。ただ、誰か一人を選ぶって事が難しいだけで。」
「あぁなるほど。そっか、それならいいんだ...」
「?」
僅かに空気が変わったのを察した日向子は、誠一郎に向き直ると、彼は予想外の一言を続け様に発した。
「僕が誘っても、返事は同じかな?」
「...え?それは...」
オロオロと目線を彷徨わせながら狼狽える彼女を見て、彼はおかしそうに笑った。
「いいんだ、君を困らせたくて言ったわけじゃあない。ただ..少しくらいは意識してくれるのかなぁって、思っただけさ」
ー文化祭、お互い楽しもうねー
彼は笑顔でそう言うと、タッとその場を去った。
ポツンと残された日向子は、先程言われた言葉の意味を必死で考えた。そして、自ずとある仮説に辿り着き、ぼっと顔を染める。
「ぇ....そんな...全然気づかなかった」
彼の事は、ただの良き友人としか思っていなかった。今までも接触の機会が多々あるなぁとは思っていたし、親切にしてくれる彼にときめいた事が無かったわけではないが、相手にまさかそんな...
ーちょっと待ってー
そもそもちゃんとした告白を受けてすらいないのに、【彼が私の事を好きかどうかなんて】わからないんじゃないのか?ただの私の自惚れ、思い上がりかもしれない。なのにこんな悶々として
「馬鹿みたい..」
日向子は唸りながら己の頭を叩き、廊下をひた走った。
ーーーーー