星詠み【side story】
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しとしとと振り続ける雨。ここ最近めっきり太陽の光を見なくなったような気がする。
一体この雨はいつまで振り続けるのか、梅雨はいつ明けるのだろうかと。
葵枝は寝室に横たわる父の看病をしながら、憂いの表情で窓辺を見つめていた。
ーこんなお天気では、良くなる物も良くなりゃしないわ..ー
葵枝はこの小さな町で繁栄してきた、医者の家系の長女として産まれた。
上に歳の離れた兄が一人と下に数人弟と妹がいるが、父が流行病で倒れてからは、稼ぎ頭となり忙しくしている母の代わりに葵枝がこうして看病を行う事が多かった。
「すまないなぁ..葵枝。お前も女学校で毎日忙しいだろうに、私がこんな体になってしまったせいで。お前だけじゃない。家族皆に迷惑をかけてしまっている」
「そんな事気にしないでよ。病はお父さんのせいじゃないわ。お父さんは立派に医者としてやっているわよ。私達の事なら大丈夫。お兄ちゃんもいるし、皆何とかやってるから」
そう言えば父は安心したように目を細めてまた眠りについた。
ちょうどその時、玄関をコンコンと叩く音が聞こえ、誰だろうと表に出てみると我が家ではすっかり見慣れた人物が佇んでおり、葵枝の姿を見るや否やぺこりと頭を下げた。
「炭十郎さん、ご無沙汰してます。まぁ、こんなお天気の日に山から降りたの?」
「最近ずっとこんな天気でなかなか町に行く事が出来なかったもので、今日はまだ小雨でマシな方でしたから。梅雨も冷えますからね、何かと入用ではないかと思いまして。古紙で包んできたのでしけてはないとは思いますが」
そう言った炭十郎に対し、葵枝は丁寧に礼を述べて、ある程度まとまった量の炭を買い込んだ。彼の言う通り、ここ数日の寒暖差に参っていたのは事実で、病を患っている父がいる事も大きかった。
「良かった。これで少し寒い日も暖を取る余裕が出来そうです。さっそく父の部屋にも炭を焚きます。」
「..お父様の体調はいかがでしょうか?」
そう問われれば葵枝は一瞬節目がちになったものの、すぐに笑顔を取り戻して大丈夫だと気丈に答えた。
炭十郎は僅かに目を細めたが、それ以上突っ込んで聞いてくることはなかった。
彼はちょっと不思議な人だ。
決して多くは語らないし控えめな人だけど、全て見通されているような..そんな気がする。
「では、俺はこれで」
炭十郎が再度頭を下げて庭先へ足を踏み出した時、思ったよりも外は雨脚が強くなっていた。
すかさず葵枝がしばらく雨宿りをしていってくださいと声をかける。やはり最初は遠慮していたが、葵枝がてこでも動かなかった為、炭十郎が折れた形となった。
奥から茶を持ってきた葵枝は、部屋に入った途端ぷっと吹き出す。
「炭十郎さん、もっと楽にしてくださっていいんですよ?」
「いえ、そういうわけには」
彼は礼儀正しくその場で正座しており、どことなくソワソワした様子で辺りを見回していた。いつもの落ち着いた雰囲気とはまた違った様子を垣間見たようで、何となく葵枝は心が綻んだような気がした。
「どうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
湯呑みを差し出せば、遠慮がちにそれを受け取って中身を啜った。
ふと目線を中庭の方へと向けた彼は、ある一角を惚けたように見つめる。
「タチアオイですね。綺麗だ。」
「ぁ、はい。日照不足で花を咲かせるか心配でしたけど。」
「葵の花はたくましいと聞きますから、ちょっとやそっとじゃへこたれないんでしょう。力強い花だ。もう少しで花が咲ききるのかな?梅雨明けもそろそろですかね」
にこりと優しく笑いかけた彼を見て、葵枝は何となく照れ臭い気持ちになりながらもこう返した。
「そうですね、早く私もお天道様が見たいです」
炭十郎は葵枝の表情を見て僅かに目を見開いた。慌てて彼は窓の外を見やると、雨はやみ日の光が差し込み始めていた。
「あ、よかった、雨上がりましたね!」
「...はい。では、あまり長居しても申し訳ないので帰りますね。」
急いで帰り支度を整えている炭十郎を不思議に思った葵枝はこう尋ねた。
「あら、もう山に帰られるんですか?いつもなら日が暮れる少し前に町を出られるのに」
ぎくりと肩を揺らして顔を上げた炭十郎は、驚く程顔を真っ赤に染め上げており、居た堪れなさそうに目を泳がせていた。
「っ」
「あの..その、今日はここに炭を持ってくる為に降りてきたので、本当は母にもこんな天気にと止められていたんですが..お父様の事もありましたし、それに..」
彼はええい言ってしまえとばかりにその後予想外の言葉を連ねた。
ー葵枝さんの顔を見たかったからー
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ープチ考察ー
【葵の花】
仰ぐ日という意味があり向日性。太陽に向かって顔を向ける。
花言葉は大望、野心、豊かな実り、気高く威厳に満ちた美。