星詠み【side story】
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ー微睡 に沈みゆく...
今度は鮮明に、物語を焼き付けた...ー
ーーーーー
「日寄様。緊張しておられますか?」
そう側近の侍女に問いかけられた日寄はどきりと心臓を跳ねさせた。
「もちろんよ。翌朝には私の許嫁 が決まってしまうんだもの。私まだ9つなのに...なのに、そんなに先の事を今決められるだなんて、あんまりだわ。」
少女は浮かない顔をして、はぁと溜息をついた。そんな彼女の心中を察した侍女は、ゆっくりと歩み寄り優しく頭を撫でる。
「左様でございますね。まだ幼い貴女様には荷が重いでしょう。ですが、許嫁が決まったからといってその先の人生も全て決まってしまうとも限りません。ヒノカミ様を信じましょう、日寄様。」
代々格式の高い巫一族の女児としてこの世に生を受けた日寄は、幼いながらに家のしきたりに従い教育されてきた。
基本的な英才教育は一通り習い、7歳になる頃には先代の母に寄り添い、奉納の儀といわれる公務を全うし、奉納の舞を踊る。
そして、10歳を迎える日の夜明け、ヒノカミ様の思し召しによって、星詠みの巫女達は許嫁を定められる。
かくいう日寄もまた...
ー明日には齢10の誕生日を迎える身であったー
「わかってるわ..わかっているけど。不安なの」
ー恐らく継国家から出るのだろう。日寄様の許嫁はー
ーすると巌勝殿だろうか...年も近いのだしー
ー最終的には、【ヒノカミ様】がお決めになるのだ。我々がどうこう出来るものではあるまいー
ーしかし、日寄様も御可哀想に..たかが【占い】で将来を共にする伴侶 を決められてしまうとはなー
大人達は口々にそう言った。可哀想、籠の鳥、自由など皆無。だが仕方ないのだ。そういう家に生まれ今もなおその風習は色濃く根付いているのだから。
私は...
人の子であって、人の子とは限りなく遠い存在だ。なれば運命というものを、黙って受け入れる他ないのだと思う。
ー翌朝早朝ー
やけに騒々しい朝を迎えて、廊下をバタバタと駆け抜ける音で日寄は目覚めた。
瞼を擦りながら僅かに障子を開けると、父の怒号が聞こえてきた。
「あり得んではないか!それが真実ならば継国家には跡取り候補がもう1人いたと言う事になるんだぞ?!」
「っしかし...神託ではそう印されているのです。継国家は一人息子ではなく【双子】だった。そして..日寄様の許嫁には、その弟である継国縁壱殿を認めるようにと」
父が激昂するのも無理はなく、今まで最も懇意にしていた継国家はあたかも一人息子である事を装い、巫一族と接してきたのだった。
星詠みの巫女を娶る。それはその一族にとってとても名誉高いものだった。
故に、高名な一族の長は競って名乗りをあげた。
武家として名高い継国家もその一つ。是非将来の日寄の伴侶にと推してきたのは、長男として育てられてきた継国巌勝という少年だったのに..
儀式でヒノカミ様が選んだのは、存在すら明かされていなかった、双子として産まれ忌み嫌われてきた弟の縁壱の方であったのだ。
ー星詠みの巫女と【太陽を宿す者】が結ばれた時、災いは消え、星の恵みが与えられんー
そう古くより言い伝えられてきた。この占いの儀で選ばれるのは、そういう殿方であるが故、この出来事は一族内で波紋 を呼んだ。
ー噂によると、縁壱殿は言葉も未だに喋れないそうだ。ずっと母親と離れで暮らしているから、ろくに教育も受けていないだろうー
ー教養も剣術もからっきしでは、日寄様の旦那は務まるまいー
ーしかし...儀式で名が出たという事は、ヒノカミ様がお選びになったという事。神託に背くというのはいかがなものかー
バンっ!!
日寄は我慢ならず乱暴に障子を開きその場を去った。
もううんざりだった。
今まで日寄が我慢出来たのは、【これはヒノカミ様の教えでありご意志なのだ】そう思うようにしていたからだ。
けれどそれがどうだ。結局、自分達の思い通りといかない結果が出た途端にこれだ。大人達は身勝手だ。
私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれない癖にっ!!!
気付けば日寄はある納戸の前で立ち尽くしていた。
大人の言う事も、神が言う事も、もう関係ない。
ー私の人生は、私自身がこの目で見てこの耳で聞いて、決めていくー
少女は意を決して戸を叩いた。
「いらっしゃるんでしょう縁壱様!この戸を開けてくださいな!」
しばらく間を置いて、ゆっくりと目の前の戸が横に引かれた。
中から顔を覗かせたのは、少女より数個歳下と思われるあどけない少年で、なるほど額に痣のようなものがありすぐに彼である事はわかった。
驚いた様子で日寄を見つめる少年に、日寄はこう発した。
「私は巫日寄と申します。そして、貴方の将来の妻とされた女です。でも..こんな神託当てにならないわ。だから」
ー貴方とお友達になりに来たのー
少女はにこりと微笑み少年に手を差し伸べた。
貴方の事がよく知りたいのと笑顔で手を差し伸べる少女を見た縁壱は、突然現れた歳近い女の子にそんな事を言われ、照れ気味にたじろいだ。
縁壱にとって外界と接する機会というのは、兄の巌勝が時折訪ねて来てくれる時だけだったから。
「君が、友達になってくれるの?」
か細い声で縁壱がそう尋ねると、日寄は驚きに目を瞬かせた。
「貴方...喋る事が出来たの?」
そう問われ、確かに母以外の他人と喋った事はなかったなぁとふと思った。
こくりと頷くと、少女はそれはそれは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そっか、それは良かったわ。これから宜しくね。縁壱」
ーしかし、その出会いこそが運命を狂わしていく事になろうとは、お互い知る由もなかったー
それからしばらくの間、日寄は父の目を盗んでは彼の元へと通って、子供らしい会話や遊びを楽しんでいた。結局神託の件は両家で折り合いがつけられず、保留となったようだか、幼い2人にとってはそんな事は心底どうでもよかった。
話してみると、良い意味で彼はごく普通の少年だった。確かに世間知らず故に興味の矛先は突拍子もない所があったけれど、大人達が言う程変な子でもないと思った。
それに...
何だか彼と話していると、心が安らぎ温かな気持ちになる。
小さな三畳の一間で、日の光が当たる場所でもなかったけど、まるで仲良く日向ぼっこをしているような、そんな気分になった。
ーそんなある日の事ー
いつものように2人で部屋で遊んでいると、別の誰かが訪ねてきた。
一瞬家の者に密会がバレてしまったのかと日寄は肝を冷やしたが、現れたのは彼の双子の兄である巌勝であった。
「..あ...え、日寄様?」
彼は目を丸くして日寄を見つめていたが、彼女が貴方も縁壱に会いに来たの?と尋ねるとさっと視線をそらしてしまった。
「何で貴女がここに?」
「うーん..私と縁壱は友達だから!たまに遊びに来るのよ」
それを聞いた巌勝は何やらショックを受けたように複雑そうな顔で2人を交互に見やった。
「こんな事がバレたら大事ですよ!確かに神託では貴女の許嫁は..縁壱と出ましたが、お互い父上も母上も納得していないのだから。」
そう言えば、わかっているわと困ったように眉を下げるも、彼女は強い意志を持ってこう告げる。
「私は、例え親でも神であっても、他人に何を運命 られてももう迷わない。自分の人生は自分で判断し決めると誓ったの」
巌勝は無邪気に笑い合う2人を見て、黒い感情に蝕まれていく感覚に戸惑う。
日寄の許嫁の件は、巌勝にとっては非常にショックなものであった。
誰しもが日寄の許嫁は、剣術の名門である継国家の長男である巌勝と信じて疑わなかった。
例え家同士の政略結婚だとしても構わない。
巌勝は純粋に、日寄という1人の少女を恋い慕っていた....
一年に一度、陽光山の頂上に佇む日孁 神社で行われる奉納の儀。
その一年の無病息災、自然の恵、大豊作の祈りをヒノカミ様に捧げる儀式。
巌勝がその儀式で彼女を見たのは、昨年の事であった。
その年初めて儀式への参列を許された巌勝は、祭壇を上がり切り陽光に照らし出された彼女の横顔を見て、一瞬で恋に落ちてしまった。
ー何て綺麗な子なんだろう...ー
同じ人間とは思えなかった。
美しく流れるような白練色の髪、眩いばかりに白く反射する巫女服のせいもあっただろうが、
まるで..
【太陽の精霊のようだった】
聞くところによれば、彼女の家は名のある占星術師を代々産出しており、星詠みの一族と謳われていたようだが、継国家と同じくヒノカミ様を信仰している。
ふと彼女がこちらに目線をよこし、微笑みを溢した。
自分に対してかはわからない。恐らく違うと思うけど、その時の巌勝は都合よくそれを解釈して彼女に微笑み返した。
以来、時々彼女と会う事があると、たわいのない話をしたり、年相応な遊びを楽しんだりした。
彼女の瞳は、近くで見ると日本人離れした、向日葵のような目をしていた。
やはり美しかった。自分より少々歳上だったけれど、しおらしい話し方も、柔らかな微笑みも、全部が巌勝を引き付けてやまなかった。
「巌勝様は、兄弟はいらっしゃらないのよね?」
「はい。何故そのような事を?」
親からは縁壱の事は口が裂けても話すなとキツく言いつけられていたので、それだけは一切話さなかった。なので、一瞬どこかで無意識に喋ってしまったのではないかと焦ったが。
「いえ、ただ..何となく下に兄弟でもいるような気がしただけよ。よく気が効くし優しいし、とても面倒見がいいのね」
ふふふと笑ってそう話す彼女を見て、気恥ずかしくなった。縁壱には悪いが、彼女の事は自分が貰い受ける気でいたから、この束の間の幸せは譲れない。
そう思っていたのに..
【何故お前はこうもあっさりと、私の欲しい物を奪い去っていくのか】
自分を差し置いて彼女と懇意にしている弟が許せなかったが、それでもまだ巌勝は自分を保っていられた。
それは、一族の跡取り息子が己である事に変わりは無かったからだ。
教養もなければ言葉も喋らず、着るものもみすぼらしい。そんな男の元に、いくらヒノカミ様のお告げといえど巫一族が大切な1人娘を嫁に出すとは到底考えられなかったし、どう足掻いても自分が優位な立場である事は確かだ。そう思っていた。
ーあの日までは...ー
「っ!..縁壱、居たのか」
庭で素振りをしていた時、何気なく振り向くと音もなく縁壱が木の幹の横に佇んでいた。
「兄上の夢はこの国で1番強い侍になる事ですか?」
巌勝は産まれて初めて弟の声を聞いたような気がした。こんなにも流暢に言葉を喋るとは思ってもみなかったのだ。日寄と共に居る時は知らないが、少なくとも...
「私も、兄上と同じような強い侍になりたいです」
そう蔓延の笑みで語る弟。少なくとも、こんなに感情豊かな子であったなんて気付かなかった。なんて純真無垢な笑顔を浮かべるのだ。こんなにも、優劣をつけられてまで...人間じゃないと思った。気味が悪かった。
それから、巌勝が剣技の稽古をしている時に、たまたま彼が木刀を握る機会があった。
そして....歴然とした差を見せつけられたのだ。これは、【天才と凡人】、努力等では到底埋め尽くせないであろう圧倒的なまでの優劣。
ー足元が崩れ、一気に地獄に突き落とされたような気分になったー
「縁壱殿の件は報告を受けました。巫一族としましては、やはり日寄の許嫁はヒノカミ様のお告げ通り、縁壱殿へ。これは...」
ー日寄本人も、同意しております故ー
信じたくなかった。
彼女も、縁壱を選んだと言うのか?一族のしきたりも神の思し召しも関係ないと言った日寄様が、と言う事は...
紛れもなく、彼女自身の意思で...
その夜、巌勝は色んな感情がぐちゃぐちゃになり過ぎて、床に入っても眠る事が出来なかった。
継国家が件 の要望を受け入れれば、間違いなく縁壱が跡継ぎに変わる。
そうすれば、私はあの三畳間へ押し込まれ、10歳になったら家を出されてしまう。
日寄様の寵愛 を受けるのも、私ではなく...
恐ろしさに吐き気すら催してきた。そんな時
「兄上」
静かな声色で尋ねて来たのは、今最も会いたくなかった人物だった。
ーーーーー
日寄が縁壱が家を出た事を知ったのは、屋敷でその噂が持ちきりになってからだった。
最初聞いた時は信じられなかった。だってそんな事、彼は一言も...
「巌勝様!ご存知だったの?彼が家を出ること」
兄である巌勝にそう縋るように尋ねると、彼は無気力にこう返した。
「縁壱がここを経つ晩に、本人から私を訪ねてきました。」
「...お止めにならなかったの?だって、密かに縁壱の元へ来てくれていたのも、彼を思っての事だったのでしょう?貴方にとって大切な家族なのでしょう?」
日寄がそう問うと彼は何かが気に障ったらしく、額にびきりと青筋をたてて荒々しく吠えた。
「っ貴女に私達の何がわかるんですか!!」
びくりと肩を震わせ、怯えたように瞳を揺らす。
日寄のそんな反応を見て、すぐにしまったというような顔に変わると彼はこう発した。
「申し訳ありません...。貴女に八つ当たりしても仕方のない事なのに。一つ、お願いがあります。」
「何?」
「金輪際 、縁壱の話を私の前ではしないで頂きたい。」
彼はそれだけ言うと、失礼しますと頭を下げて去って行った。
そして、縁壱が消息をたち数年の月日が経った頃
正式に巌勝様は継国一族の跡取り息子となり、日寄もまた彼の許嫁として認められ、お互い成長していった。
巌勝様はとても聡明で、武術にも長けた申し分のない殿方であった。
彼の言う通り一切縁壱の話をしなければ、彼はとても優しかった。
許嫁とはいえ、きちんと段階を踏んで参りましょうと手を差しのべてくれた。
「お慕いしております日寄様」
まさか恋情を抱いてくれていたとは思わず、最初は驚きのあまりもう一度言ってくれと促してしまったものだが、何度聞いても彼の想いは同じであった。
そんな彼に根負けしたのもあり、正式に恋仲となった2人だったが...
巌勝様の成長していくお姿を見る度に、優しく純粋な瞳を向けてくれる度に、ふと考えるのは縁壱の事だった。
彼もまた、優しく純粋な少年だった。
家族思いで、全ての物に対して慈しみを持てる人。
今頃何処で何をしているのかはわからない。
日寄の中で時は止まったままだけれど、巌勝様を見ていると成長した彼もきっと、こんなに優しげな瞳を向けてくださるのかもしれないと思った。
そして気付いたのだ
ー私は無意識に、巌勝様に縁壱の面影を重ね見ている事に...ー
ーーーーー
ずっと前から日寄に恋情を抱いていた巌勝にとって、彼女と恋仲になれた事はまさに夢心地だったが、彼女にとって、恋仲と許嫁は等しいものではなかった。想いを告げて二つ返事で了承を貰ったわけではなく、めげずに何度も愛を囁き、ようやく首を縦に振ってくれたのだ。
嬉しかった
しかし、日を追うごとに巌勝は妙な違和感を覚える。
彼女が自分を見つめる瞳の色が、どこか虚 に感じる時があった。
まるで....
自分以外の誰かを見ているような
胸が騒ついた。その違和感が杞憂 であれば良いとどんなに願った事か...
ーーーー
「っぁ....巌勝様...おやめください」
巌勝は皆が寝静まった夜を見計らい、日寄を床に押し倒していた。
涙目で制する彼女を見て罪悪感を抱かなかった訳ではないが、辛抱出来なかった。
【彼女を手に入れたい】という狂いそうな程の欲求を、どうにか満たしたくて仕方なかったのだ。
「貴女は今年で16を迎えており、私も14となりました。世間的にはいつ婚姻の契りを結んでもおかしくはない年齢です。」
恋仲になっても、いくら優しい微笑みを向けられても、どこか心の奥にぽっかりと穴が空いているような感覚だけはどうしても拭えない。
ならば、彼女を縛り付けるしかないのではないか?歪んだ巌勝の愛情は、いつしか己の理性をも蝕んでいた。
「優しく施します。痛いようには決して致しません。ですからあわよくば、私の子を孕んで欲しい。日寄...」
この時、初めて彼女の名前を敬称を外して呼んだ。
すると彼女は目を見開き、つーーと一筋の涙を零しポツリとこう呟いた。
「....縁壱様...」
その瞬間、頭をがつんと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「...今、何て...」
彼女はハッとして口元を掌で覆う。しかしもう時既に遅し、巌勝の耳にはしっかりと先程の言葉が届いてしまった。もう何年も、彼女の口から聞いていなかった者の名前を。
ー憎き忌むべき者の名前をー
興醒めだった。巌勝はゆっくりと彼女の上から体を起こす。
彼女が虚な眼差しで自分を見ていたのは、縁壱を重ねて見ていたからなのか?
やはり日寄様は、私ではなく縁壱の温もりを求めているのか。巌勝は悔しさと憎悪にギリッと唇を噛んだ。
「何故...貴女は縁壱を求めるっ。私では貴女を満たす事は叶わないのか?!」
そう問うと彼女はぼろぼろと泣き、ただ一言だけを絞り出した。
「ごめんなさい..」
ーーーーー
今度は鮮明に、物語を焼き付けた...ー
ーーーーー
「日寄様。緊張しておられますか?」
そう側近の侍女に問いかけられた日寄はどきりと心臓を跳ねさせた。
「もちろんよ。翌朝には私の
少女は浮かない顔をして、はぁと溜息をついた。そんな彼女の心中を察した侍女は、ゆっくりと歩み寄り優しく頭を撫でる。
「左様でございますね。まだ幼い貴女様には荷が重いでしょう。ですが、許嫁が決まったからといってその先の人生も全て決まってしまうとも限りません。ヒノカミ様を信じましょう、日寄様。」
代々格式の高い巫一族の女児としてこの世に生を受けた日寄は、幼いながらに家のしきたりに従い教育されてきた。
基本的な英才教育は一通り習い、7歳になる頃には先代の母に寄り添い、奉納の儀といわれる公務を全うし、奉納の舞を踊る。
そして、10歳を迎える日の夜明け、ヒノカミ様の思し召しによって、星詠みの巫女達は許嫁を定められる。
かくいう日寄もまた...
ー明日には齢10の誕生日を迎える身であったー
「わかってるわ..わかっているけど。不安なの」
ー恐らく継国家から出るのだろう。日寄様の許嫁はー
ーすると巌勝殿だろうか...年も近いのだしー
ー最終的には、【ヒノカミ様】がお決めになるのだ。我々がどうこう出来るものではあるまいー
ーしかし、日寄様も御可哀想に..たかが【占い】で将来を共にする
大人達は口々にそう言った。可哀想、籠の鳥、自由など皆無。だが仕方ないのだ。そういう家に生まれ今もなおその風習は色濃く根付いているのだから。
私は...
人の子であって、人の子とは限りなく遠い存在だ。なれば運命というものを、黙って受け入れる他ないのだと思う。
ー翌朝早朝ー
やけに騒々しい朝を迎えて、廊下をバタバタと駆け抜ける音で日寄は目覚めた。
瞼を擦りながら僅かに障子を開けると、父の怒号が聞こえてきた。
「あり得んではないか!それが真実ならば継国家には跡取り候補がもう1人いたと言う事になるんだぞ?!」
「っしかし...神託ではそう印されているのです。継国家は一人息子ではなく【双子】だった。そして..日寄様の許嫁には、その弟である継国縁壱殿を認めるようにと」
父が激昂するのも無理はなく、今まで最も懇意にしていた継国家はあたかも一人息子である事を装い、巫一族と接してきたのだった。
星詠みの巫女を娶る。それはその一族にとってとても名誉高いものだった。
故に、高名な一族の長は競って名乗りをあげた。
武家として名高い継国家もその一つ。是非将来の日寄の伴侶にと推してきたのは、長男として育てられてきた継国巌勝という少年だったのに..
儀式でヒノカミ様が選んだのは、存在すら明かされていなかった、双子として産まれ忌み嫌われてきた弟の縁壱の方であったのだ。
ー星詠みの巫女と【太陽を宿す者】が結ばれた時、災いは消え、星の恵みが与えられんー
そう古くより言い伝えられてきた。この占いの儀で選ばれるのは、そういう殿方であるが故、この出来事は一族内で
ー噂によると、縁壱殿は言葉も未だに喋れないそうだ。ずっと母親と離れで暮らしているから、ろくに教育も受けていないだろうー
ー教養も剣術もからっきしでは、日寄様の旦那は務まるまいー
ーしかし...儀式で名が出たという事は、ヒノカミ様がお選びになったという事。神託に背くというのはいかがなものかー
バンっ!!
日寄は我慢ならず乱暴に障子を開きその場を去った。
もううんざりだった。
今まで日寄が我慢出来たのは、【これはヒノカミ様の教えでありご意志なのだ】そう思うようにしていたからだ。
けれどそれがどうだ。結局、自分達の思い通りといかない結果が出た途端にこれだ。大人達は身勝手だ。
私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれない癖にっ!!!
気付けば日寄はある納戸の前で立ち尽くしていた。
大人の言う事も、神が言う事も、もう関係ない。
ー私の人生は、私自身がこの目で見てこの耳で聞いて、決めていくー
少女は意を決して戸を叩いた。
「いらっしゃるんでしょう縁壱様!この戸を開けてくださいな!」
しばらく間を置いて、ゆっくりと目の前の戸が横に引かれた。
中から顔を覗かせたのは、少女より数個歳下と思われるあどけない少年で、なるほど額に痣のようなものがありすぐに彼である事はわかった。
驚いた様子で日寄を見つめる少年に、日寄はこう発した。
「私は巫日寄と申します。そして、貴方の将来の妻とされた女です。でも..こんな神託当てにならないわ。だから」
ー貴方とお友達になりに来たのー
少女はにこりと微笑み少年に手を差し伸べた。
貴方の事がよく知りたいのと笑顔で手を差し伸べる少女を見た縁壱は、突然現れた歳近い女の子にそんな事を言われ、照れ気味にたじろいだ。
縁壱にとって外界と接する機会というのは、兄の巌勝が時折訪ねて来てくれる時だけだったから。
「君が、友達になってくれるの?」
か細い声で縁壱がそう尋ねると、日寄は驚きに目を瞬かせた。
「貴方...喋る事が出来たの?」
そう問われ、確かに母以外の他人と喋った事はなかったなぁとふと思った。
こくりと頷くと、少女はそれはそれは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そっか、それは良かったわ。これから宜しくね。縁壱」
ーしかし、その出会いこそが運命を狂わしていく事になろうとは、お互い知る由もなかったー
それからしばらくの間、日寄は父の目を盗んでは彼の元へと通って、子供らしい会話や遊びを楽しんでいた。結局神託の件は両家で折り合いがつけられず、保留となったようだか、幼い2人にとってはそんな事は心底どうでもよかった。
話してみると、良い意味で彼はごく普通の少年だった。確かに世間知らず故に興味の矛先は突拍子もない所があったけれど、大人達が言う程変な子でもないと思った。
それに...
何だか彼と話していると、心が安らぎ温かな気持ちになる。
小さな三畳の一間で、日の光が当たる場所でもなかったけど、まるで仲良く日向ぼっこをしているような、そんな気分になった。
ーそんなある日の事ー
いつものように2人で部屋で遊んでいると、別の誰かが訪ねてきた。
一瞬家の者に密会がバレてしまったのかと日寄は肝を冷やしたが、現れたのは彼の双子の兄である巌勝であった。
「..あ...え、日寄様?」
彼は目を丸くして日寄を見つめていたが、彼女が貴方も縁壱に会いに来たの?と尋ねるとさっと視線をそらしてしまった。
「何で貴女がここに?」
「うーん..私と縁壱は友達だから!たまに遊びに来るのよ」
それを聞いた巌勝は何やらショックを受けたように複雑そうな顔で2人を交互に見やった。
「こんな事がバレたら大事ですよ!確かに神託では貴女の許嫁は..縁壱と出ましたが、お互い父上も母上も納得していないのだから。」
そう言えば、わかっているわと困ったように眉を下げるも、彼女は強い意志を持ってこう告げる。
「私は、例え親でも神であっても、他人に何を
巌勝は無邪気に笑い合う2人を見て、黒い感情に蝕まれていく感覚に戸惑う。
日寄の許嫁の件は、巌勝にとっては非常にショックなものであった。
誰しもが日寄の許嫁は、剣術の名門である継国家の長男である巌勝と信じて疑わなかった。
例え家同士の政略結婚だとしても構わない。
巌勝は純粋に、日寄という1人の少女を恋い慕っていた....
一年に一度、陽光山の頂上に佇む
その一年の無病息災、自然の恵、大豊作の祈りをヒノカミ様に捧げる儀式。
巌勝がその儀式で彼女を見たのは、昨年の事であった。
その年初めて儀式への参列を許された巌勝は、祭壇を上がり切り陽光に照らし出された彼女の横顔を見て、一瞬で恋に落ちてしまった。
ー何て綺麗な子なんだろう...ー
同じ人間とは思えなかった。
美しく流れるような白練色の髪、眩いばかりに白く反射する巫女服のせいもあっただろうが、
まるで..
【太陽の精霊のようだった】
聞くところによれば、彼女の家は名のある占星術師を代々産出しており、星詠みの一族と謳われていたようだが、継国家と同じくヒノカミ様を信仰している。
ふと彼女がこちらに目線をよこし、微笑みを溢した。
自分に対してかはわからない。恐らく違うと思うけど、その時の巌勝は都合よくそれを解釈して彼女に微笑み返した。
以来、時々彼女と会う事があると、たわいのない話をしたり、年相応な遊びを楽しんだりした。
彼女の瞳は、近くで見ると日本人離れした、向日葵のような目をしていた。
やはり美しかった。自分より少々歳上だったけれど、しおらしい話し方も、柔らかな微笑みも、全部が巌勝を引き付けてやまなかった。
「巌勝様は、兄弟はいらっしゃらないのよね?」
「はい。何故そのような事を?」
親からは縁壱の事は口が裂けても話すなとキツく言いつけられていたので、それだけは一切話さなかった。なので、一瞬どこかで無意識に喋ってしまったのではないかと焦ったが。
「いえ、ただ..何となく下に兄弟でもいるような気がしただけよ。よく気が効くし優しいし、とても面倒見がいいのね」
ふふふと笑ってそう話す彼女を見て、気恥ずかしくなった。縁壱には悪いが、彼女の事は自分が貰い受ける気でいたから、この束の間の幸せは譲れない。
そう思っていたのに..
【何故お前はこうもあっさりと、私の欲しい物を奪い去っていくのか】
自分を差し置いて彼女と懇意にしている弟が許せなかったが、それでもまだ巌勝は自分を保っていられた。
それは、一族の跡取り息子が己である事に変わりは無かったからだ。
教養もなければ言葉も喋らず、着るものもみすぼらしい。そんな男の元に、いくらヒノカミ様のお告げといえど巫一族が大切な1人娘を嫁に出すとは到底考えられなかったし、どう足掻いても自分が優位な立場である事は確かだ。そう思っていた。
ーあの日までは...ー
「っ!..縁壱、居たのか」
庭で素振りをしていた時、何気なく振り向くと音もなく縁壱が木の幹の横に佇んでいた。
「兄上の夢はこの国で1番強い侍になる事ですか?」
巌勝は産まれて初めて弟の声を聞いたような気がした。こんなにも流暢に言葉を喋るとは思ってもみなかったのだ。日寄と共に居る時は知らないが、少なくとも...
「私も、兄上と同じような強い侍になりたいです」
そう蔓延の笑みで語る弟。少なくとも、こんなに感情豊かな子であったなんて気付かなかった。なんて純真無垢な笑顔を浮かべるのだ。こんなにも、優劣をつけられてまで...人間じゃないと思った。気味が悪かった。
それから、巌勝が剣技の稽古をしている時に、たまたま彼が木刀を握る機会があった。
そして....歴然とした差を見せつけられたのだ。これは、【天才と凡人】、努力等では到底埋め尽くせないであろう圧倒的なまでの優劣。
ー足元が崩れ、一気に地獄に突き落とされたような気分になったー
「縁壱殿の件は報告を受けました。巫一族としましては、やはり日寄の許嫁はヒノカミ様のお告げ通り、縁壱殿へ。これは...」
ー日寄本人も、同意しております故ー
信じたくなかった。
彼女も、縁壱を選んだと言うのか?一族のしきたりも神の思し召しも関係ないと言った日寄様が、と言う事は...
紛れもなく、彼女自身の意思で...
その夜、巌勝は色んな感情がぐちゃぐちゃになり過ぎて、床に入っても眠る事が出来なかった。
継国家が
そうすれば、私はあの三畳間へ押し込まれ、10歳になったら家を出されてしまう。
日寄様の
恐ろしさに吐き気すら催してきた。そんな時
「兄上」
静かな声色で尋ねて来たのは、今最も会いたくなかった人物だった。
ーーーーー
日寄が縁壱が家を出た事を知ったのは、屋敷でその噂が持ちきりになってからだった。
最初聞いた時は信じられなかった。だってそんな事、彼は一言も...
「巌勝様!ご存知だったの?彼が家を出ること」
兄である巌勝にそう縋るように尋ねると、彼は無気力にこう返した。
「縁壱がここを経つ晩に、本人から私を訪ねてきました。」
「...お止めにならなかったの?だって、密かに縁壱の元へ来てくれていたのも、彼を思っての事だったのでしょう?貴方にとって大切な家族なのでしょう?」
日寄がそう問うと彼は何かが気に障ったらしく、額にびきりと青筋をたてて荒々しく吠えた。
「っ貴女に私達の何がわかるんですか!!」
びくりと肩を震わせ、怯えたように瞳を揺らす。
日寄のそんな反応を見て、すぐにしまったというような顔に変わると彼はこう発した。
「申し訳ありません...。貴女に八つ当たりしても仕方のない事なのに。一つ、お願いがあります。」
「何?」
「
彼はそれだけ言うと、失礼しますと頭を下げて去って行った。
そして、縁壱が消息をたち数年の月日が経った頃
正式に巌勝様は継国一族の跡取り息子となり、日寄もまた彼の許嫁として認められ、お互い成長していった。
巌勝様はとても聡明で、武術にも長けた申し分のない殿方であった。
彼の言う通り一切縁壱の話をしなければ、彼はとても優しかった。
許嫁とはいえ、きちんと段階を踏んで参りましょうと手を差しのべてくれた。
「お慕いしております日寄様」
まさか恋情を抱いてくれていたとは思わず、最初は驚きのあまりもう一度言ってくれと促してしまったものだが、何度聞いても彼の想いは同じであった。
そんな彼に根負けしたのもあり、正式に恋仲となった2人だったが...
巌勝様の成長していくお姿を見る度に、優しく純粋な瞳を向けてくれる度に、ふと考えるのは縁壱の事だった。
彼もまた、優しく純粋な少年だった。
家族思いで、全ての物に対して慈しみを持てる人。
今頃何処で何をしているのかはわからない。
日寄の中で時は止まったままだけれど、巌勝様を見ていると成長した彼もきっと、こんなに優しげな瞳を向けてくださるのかもしれないと思った。
そして気付いたのだ
ー私は無意識に、巌勝様に縁壱の面影を重ね見ている事に...ー
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ずっと前から日寄に恋情を抱いていた巌勝にとって、彼女と恋仲になれた事はまさに夢心地だったが、彼女にとって、恋仲と許嫁は等しいものではなかった。想いを告げて二つ返事で了承を貰ったわけではなく、めげずに何度も愛を囁き、ようやく首を縦に振ってくれたのだ。
嬉しかった
しかし、日を追うごとに巌勝は妙な違和感を覚える。
彼女が自分を見つめる瞳の色が、どこか
まるで....
自分以外の誰かを見ているような
胸が騒ついた。その違和感が
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「っぁ....巌勝様...おやめください」
巌勝は皆が寝静まった夜を見計らい、日寄を床に押し倒していた。
涙目で制する彼女を見て罪悪感を抱かなかった訳ではないが、辛抱出来なかった。
【彼女を手に入れたい】という狂いそうな程の欲求を、どうにか満たしたくて仕方なかったのだ。
「貴女は今年で16を迎えており、私も14となりました。世間的にはいつ婚姻の契りを結んでもおかしくはない年齢です。」
恋仲になっても、いくら優しい微笑みを向けられても、どこか心の奥にぽっかりと穴が空いているような感覚だけはどうしても拭えない。
ならば、彼女を縛り付けるしかないのではないか?歪んだ巌勝の愛情は、いつしか己の理性をも蝕んでいた。
「優しく施します。痛いようには決して致しません。ですからあわよくば、私の子を孕んで欲しい。日寄...」
この時、初めて彼女の名前を敬称を外して呼んだ。
すると彼女は目を見開き、つーーと一筋の涙を零しポツリとこう呟いた。
「....縁壱様...」
その瞬間、頭をがつんと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「...今、何て...」
彼女はハッとして口元を掌で覆う。しかしもう時既に遅し、巌勝の耳にはしっかりと先程の言葉が届いてしまった。もう何年も、彼女の口から聞いていなかった者の名前を。
ー憎き忌むべき者の名前をー
興醒めだった。巌勝はゆっくりと彼女の上から体を起こす。
彼女が虚な眼差しで自分を見ていたのは、縁壱を重ねて見ていたからなのか?
やはり日寄様は、私ではなく縁壱の温もりを求めているのか。巌勝は悔しさと憎悪にギリッと唇を噛んだ。
「何故...貴女は縁壱を求めるっ。私では貴女を満たす事は叶わないのか?!」
そう問うと彼女はぼろぼろと泣き、ただ一言だけを絞り出した。
「ごめんなさい..」
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