星詠み【side story】
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ーーーーー
自分が生まれつき人よりも鼻が効くというのは、物心ついた頃から気付いていた。
炭を焼く時には出来上がる頃合がすぐわかったし、道なき道を歩いていても家路の方向や獣の匂いもわかり、山暮らしをする上でこの力はとても重宝した。
だけど...少し困った事もあった。
「日向子!ちょっとこっちを見てちょうだい」
「はーい!」
母に呼ばれてとたとたと御勝手に向かって行った日向子姉さん、炭治郎のすぐ横を通り過ぎた。その時、ふわりと鼻腔をくすぐる何とも心地の良い香りが漂ってきた。
「っ...」
彼女の匂いは他の家族とは全く別物であり、同じ物を食べて同じ家に住んでいるのにもかかわらず、何故だろうと思った。この頃から、炭治郎にとって彼女は
【特別な女の子】になった
事あるごとに彼女から発せられる香りはとても心地良いけれど、時に炭治郎を緊張させた。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる時、一緒に手を繋いで山を歩いている時、同じ寝床で横になっている時、
私生活を送る上で距離が縮まる事は日時茶飯事で、彼女の柔らかい笑みを見る度に、香りを嗅ぐ度に、幼い炭治郎の心臓をどきりと跳ねさせた。
「..どうしたの?炭治郎」
「っ何でもない」
時折、跳ねるだけでは治まらず、持続的に鼓動が速まる時もあった。すると日向子姉さんはきょとんとした顔をした後、変なのーとカラカラ笑うので、そんな表情を見ては、己の変化に狼狽るのだった。
自分はどうしてしまったんだろう?
家族なのに、姉なのに、こんなに緊張したり動揺するなんておかしいな。そう悩む事が多くなった。
他の兄弟達は何も感じないのだろうか?
そんな最中、決定的な出来事が起きた。
日向子姉さん宛に贈られた、文と簪。
それは、彼女に恋慕する男がしたためた物だった。腸 が煮え繰り返る思いをしたのを覚えている。
他の家族は、姉さんが簪をつけ微笑む姿を見て、綺麗だの似合うだのと騒いでいた。けど炭治郎は、今すぐにその簪を奪い取りどこかに放り投げたいくらいの衝動に駆られていたのだ。
明らかに自分だけが、この場で浮いていた。
周りの喧騒 が遠い音のように感じた。
当然、そんな乱暴が働けるわけもなく、炭治郎はその場から無我夢中で走り去った。
ーあんな簪、綺麗なわけあるかー
ー日向子姉さんも何であんな風に笑うんだー
ーあんな男の、どこがっ!ー
そんな八つ当たりのような言葉を、心の中で繰り返していた。
「炭治郎...」
わけがわからず泣き出しそうな心を必死に繋ぎ止めていた時、背後から父の優しい声色が聞こえてきた。
振り向けば、やはり優しい笑みを称えてこちらを見つめる父。しかしその表情にはどこか悲しい色が見えた。
何故父さんは、こんなに悲しい匂いを漂わせるのか。
その意味は自ずとわかってしまった。
この時、自分達竈門家の人間と、日向子姉さんは血が繋がっていない事を知ったのだ。
彼女は昔、赤子の時に父さんに拾われたのだと言う。
なんだ、そういう事だったのかと全て合点がいって、何だか晴れ晴れとした気分だった。
ー彼女の匂いが特別なのは、血が繋がってないからー
ーだからこんなにも心が震える事があるのかー
なんだ...俺は何もおかしくなんてなかった。
なのに何で父さんは謝るのだろうか?
【いつか】なんて言葉を選ぶのだろうか。
それじゃまるで、まるで...
今は、何も気付くなと言ってるみたいじゃないか
だから、父や他の家族を悲しませたくない一心で、何より日向子姉さんを困らせたくない一心で、炭治郎は己の心に無理やり蓋をしようと試みた。
既に気づき初めてしまった感情の片鱗 も、今ならまだ押し殺すことが出来る、間に合うからとそう言い聞かせた。
ー言い聞かせたんだ...俺はー
「炭治郎!今手空いてるかしら?通り雨が降ってきそうだから、急いで洗濯物を入れてくれる?」
「わかったよ!」
助かるわと礼を言われて、意気揚々と次々と洗濯物を取り込んでいく。その時、ふわりといつもの愛しい香りがしてトクンと胸が高鳴った。
ー日向子姉さんの羽織りだったー
手に取ると、洗濯したばかりな筈なのに、それは彼女の匂いを纏っていた。無意識に口元へとそれを手繰り寄せた時
「やだ降ってきちゃったわー!」
「....っ!」
咄嗟に右手に彼女の羽織を引っ掴み、左腕には籠を囲い込んで家の中へと戻った。
何をやってるんだ、俺は...
幸いにもバクバクと脈打つ心音は母にはバレなかったようで、籠を下ろす場所だけ指示するとパタパタと駆けていった。
右手には、なおも彼女の羽織りを握り締めていた。
これはいけない事だ
そう理性ではわかっていたけれど、炭治郎はその羽織を改めて己の鼻と口元へと近づけた。
なんていい匂いなのだろう...堪らない。
歯止めなんて効かず、恍惚としたような面持ちで、一心不乱にその香りを堪能した。
俺はこの時もう既に、どうにも抜け出せない程入れ込んでしまっていたのだと思う。
それから、事あるごとに家族の目を盗んでは日向子姉さんの羽織の匂いを嗅ぐという、今思えばそんな最低極まりない習慣が根付いてしまった。
日向子姉さんへの想いに蓋をしようとした手前、彼女自身に近づく事は控えるようになった。
それまでは時たま一緒の布団で寝ていたけれど、一切拒否するようになったし、食事の席も前までは下の子達を差し置いて真横を陣取っていたけれど、1番遠くに座る。
わかる人にはわかってしまったようだが、母と父は顔を見合わせつつも、特に何も言っては来なかった。
事情を知っているし、せいぜい少し早い思春期に突入してしまったか、くらいに思われたかもしれない。
けれど、そんな努力も完全に水の泡だ。
結局、彼女を求めて【こんな事】をやっているようでは本末転倒もいい所だ。
情けない、けどその習慣だけはどうしても止められなかった。
こうして炭治郎は着々と、日向子への想いを募らせていったのだ。
そんなある日の事、ついに呼び方にも違和感を持つようになってしまった炭治郎は彼女にこうお願いをする。
「日向子姉さん。」
「炭治郎..どうしたの?」
「あの、今度から姉さんじゃなくて、日向子さんって呼んでもいいだろうか?」
単純に、彼女の事を姉として見れないのだ。どうしても1人の女の子として接してしまうし見てしまう。だから、そうお願いした。
えっと言葉に詰まった彼女は、しばらく黙り込むと俯いてしまった。
「っ...」
すると、彼女から悲しい寂しいという不穏な匂いがしてきた。慌てて炭治郎はどうしたのかと問いかける。したらばこう語り始めた。
「炭治郎..最近余所余所しいわ。私の事も、避けているでしょう?私、何か変な事したかな?怒らせた事があるなら謝るわ。だから...だからそんな事言わないで?」
ついにはらはらと泣き出してしまった。
泣かせるつもりなんて毛頭なかったので、先ほどの言葉は撤回せざるを得なかった。
「ごめんっ!わかった、日向子姉さんって呼ぶから。姉さんは何もしてないよ?俺怒ってないよ、避けたりしないよ、だから..お願いだから泣かないでくれ。」
あぁ、自分の行動が彼女をこんなにも不安にさせてしまっていたのかと深く後悔した。
日向子姉さんの泣き顔なんて見たくないよ。こんな顔させてしまうなんて、男として失格だ。
こんな顔をさせるくらいなら
ー彼女への想いを自覚して、上手く付き合っていくしかないんだー
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自分が生まれつき人よりも鼻が効くというのは、物心ついた頃から気付いていた。
炭を焼く時には出来上がる頃合がすぐわかったし、道なき道を歩いていても家路の方向や獣の匂いもわかり、山暮らしをする上でこの力はとても重宝した。
だけど...少し困った事もあった。
「日向子!ちょっとこっちを見てちょうだい」
「はーい!」
母に呼ばれてとたとたと御勝手に向かって行った日向子姉さん、炭治郎のすぐ横を通り過ぎた。その時、ふわりと鼻腔をくすぐる何とも心地の良い香りが漂ってきた。
「っ...」
彼女の匂いは他の家族とは全く別物であり、同じ物を食べて同じ家に住んでいるのにもかかわらず、何故だろうと思った。この頃から、炭治郎にとって彼女は
【特別な女の子】になった
事あるごとに彼女から発せられる香りはとても心地良いけれど、時に炭治郎を緊張させた。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる時、一緒に手を繋いで山を歩いている時、同じ寝床で横になっている時、
私生活を送る上で距離が縮まる事は日時茶飯事で、彼女の柔らかい笑みを見る度に、香りを嗅ぐ度に、幼い炭治郎の心臓をどきりと跳ねさせた。
「..どうしたの?炭治郎」
「っ何でもない」
時折、跳ねるだけでは治まらず、持続的に鼓動が速まる時もあった。すると日向子姉さんはきょとんとした顔をした後、変なのーとカラカラ笑うので、そんな表情を見ては、己の変化に狼狽るのだった。
自分はどうしてしまったんだろう?
家族なのに、姉なのに、こんなに緊張したり動揺するなんておかしいな。そう悩む事が多くなった。
他の兄弟達は何も感じないのだろうか?
そんな最中、決定的な出来事が起きた。
日向子姉さん宛に贈られた、文と簪。
それは、彼女に恋慕する男がしたためた物だった。
他の家族は、姉さんが簪をつけ微笑む姿を見て、綺麗だの似合うだのと騒いでいた。けど炭治郎は、今すぐにその簪を奪い取りどこかに放り投げたいくらいの衝動に駆られていたのだ。
明らかに自分だけが、この場で浮いていた。
周りの
当然、そんな乱暴が働けるわけもなく、炭治郎はその場から無我夢中で走り去った。
ーあんな簪、綺麗なわけあるかー
ー日向子姉さんも何であんな風に笑うんだー
ーあんな男の、どこがっ!ー
そんな八つ当たりのような言葉を、心の中で繰り返していた。
「炭治郎...」
わけがわからず泣き出しそうな心を必死に繋ぎ止めていた時、背後から父の優しい声色が聞こえてきた。
振り向けば、やはり優しい笑みを称えてこちらを見つめる父。しかしその表情にはどこか悲しい色が見えた。
何故父さんは、こんなに悲しい匂いを漂わせるのか。
その意味は自ずとわかってしまった。
この時、自分達竈門家の人間と、日向子姉さんは血が繋がっていない事を知ったのだ。
彼女は昔、赤子の時に父さんに拾われたのだと言う。
なんだ、そういう事だったのかと全て合点がいって、何だか晴れ晴れとした気分だった。
ー彼女の匂いが特別なのは、血が繋がってないからー
ーだからこんなにも心が震える事があるのかー
なんだ...俺は何もおかしくなんてなかった。
なのに何で父さんは謝るのだろうか?
【いつか】なんて言葉を選ぶのだろうか。
それじゃまるで、まるで...
今は、何も気付くなと言ってるみたいじゃないか
だから、父や他の家族を悲しませたくない一心で、何より日向子姉さんを困らせたくない一心で、炭治郎は己の心に無理やり蓋をしようと試みた。
既に気づき初めてしまった感情の
ー言い聞かせたんだ...俺はー
「炭治郎!今手空いてるかしら?通り雨が降ってきそうだから、急いで洗濯物を入れてくれる?」
「わかったよ!」
助かるわと礼を言われて、意気揚々と次々と洗濯物を取り込んでいく。その時、ふわりといつもの愛しい香りがしてトクンと胸が高鳴った。
ー日向子姉さんの羽織りだったー
手に取ると、洗濯したばかりな筈なのに、それは彼女の匂いを纏っていた。無意識に口元へとそれを手繰り寄せた時
「やだ降ってきちゃったわー!」
「....っ!」
咄嗟に右手に彼女の羽織を引っ掴み、左腕には籠を囲い込んで家の中へと戻った。
何をやってるんだ、俺は...
幸いにもバクバクと脈打つ心音は母にはバレなかったようで、籠を下ろす場所だけ指示するとパタパタと駆けていった。
右手には、なおも彼女の羽織りを握り締めていた。
これはいけない事だ
そう理性ではわかっていたけれど、炭治郎はその羽織を改めて己の鼻と口元へと近づけた。
なんていい匂いなのだろう...堪らない。
歯止めなんて効かず、恍惚としたような面持ちで、一心不乱にその香りを堪能した。
俺はこの時もう既に、どうにも抜け出せない程入れ込んでしまっていたのだと思う。
それから、事あるごとに家族の目を盗んでは日向子姉さんの羽織の匂いを嗅ぐという、今思えばそんな最低極まりない習慣が根付いてしまった。
日向子姉さんへの想いに蓋をしようとした手前、彼女自身に近づく事は控えるようになった。
それまでは時たま一緒の布団で寝ていたけれど、一切拒否するようになったし、食事の席も前までは下の子達を差し置いて真横を陣取っていたけれど、1番遠くに座る。
わかる人にはわかってしまったようだが、母と父は顔を見合わせつつも、特に何も言っては来なかった。
事情を知っているし、せいぜい少し早い思春期に突入してしまったか、くらいに思われたかもしれない。
けれど、そんな努力も完全に水の泡だ。
結局、彼女を求めて【こんな事】をやっているようでは本末転倒もいい所だ。
情けない、けどその習慣だけはどうしても止められなかった。
こうして炭治郎は着々と、日向子への想いを募らせていったのだ。
そんなある日の事、ついに呼び方にも違和感を持つようになってしまった炭治郎は彼女にこうお願いをする。
「日向子姉さん。」
「炭治郎..どうしたの?」
「あの、今度から姉さんじゃなくて、日向子さんって呼んでもいいだろうか?」
単純に、彼女の事を姉として見れないのだ。どうしても1人の女の子として接してしまうし見てしまう。だから、そうお願いした。
えっと言葉に詰まった彼女は、しばらく黙り込むと俯いてしまった。
「っ...」
すると、彼女から悲しい寂しいという不穏な匂いがしてきた。慌てて炭治郎はどうしたのかと問いかける。したらばこう語り始めた。
「炭治郎..最近余所余所しいわ。私の事も、避けているでしょう?私、何か変な事したかな?怒らせた事があるなら謝るわ。だから...だからそんな事言わないで?」
ついにはらはらと泣き出してしまった。
泣かせるつもりなんて毛頭なかったので、先ほどの言葉は撤回せざるを得なかった。
「ごめんっ!わかった、日向子姉さんって呼ぶから。姉さんは何もしてないよ?俺怒ってないよ、避けたりしないよ、だから..お願いだから泣かないでくれ。」
あぁ、自分の行動が彼女をこんなにも不安にさせてしまっていたのかと深く後悔した。
日向子姉さんの泣き顔なんて見たくないよ。こんな顔させてしまうなんて、男として失格だ。
こんな顔をさせるくらいなら
ー彼女への想いを自覚して、上手く付き合っていくしかないんだー
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