星詠み【side story】
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少しずつ巫一族の事がわかってきたと、日向子姉さんは嬉しそうにはにかんでいた。
きっと、日孁神社に足を運んだ事は彼女にいい影響を与えたのだろうし、時折夢の中に出てくる日寄さんの正体も明瞭となってきて、ずっと
何はともあれ、彼女の心が安定の方向に向かっているのならそれでいい。
日向子姉さんの、こういう表情を眺めている時が、俺にとっても至福の時だから...
そんな惚けた事を考えながら彼女を見つめていると、日向子姉さんは何かを思い出したようにハッと顔を上げた。
「あ、そう言えばね!この前やっと巫の異能を使いこなせるようになったの。今までは能力の解放までは何とか出来てたけど、姿見まで自由に変えることは出来なかったから。やっと胡蝶様や珠世さんに血を渡すことが出来た。これが禰豆子を人間に戻す、前進になるといいのだけど」
「そうなのか、凄いじゃないか!きっと前進になるよ、間違いない。ありがとう..日向子姉さん」
きっと、禰豆子の為を思って必死に頑張ってくれたんだろう。少しでも自分が力になれたらと、昔から彼女はそういう人だ。大切な人の為なら努力も労力も惜しまない。
そんな彼女の背中を見ながら育った俺も、人の為に尽くし大切なものを守れる男になりたいと思うようになった。
そう意気込む俺に、日向子姉さんは常に一歩前から振り返り、優しく手を差し伸べてくれたのだ。
あの頃の俺には大きく見えたその手も、今ではか弱く小さな手の平。
今度は俺が、その手を包み込むように握り返して引いていきたい。
(いつからだろうな..そう思うようになったのは)
こんなにも昔と今の景色は違うし、気持ちの重みも全然違う。
彼女への愛しさがこみ上げる度に、胸が軋むような疼くような、不思議な感覚に囚われる。
自分を制御しきれなくなりそうな恐怖にもかられるが、それでもこの感情は、単純にとても暖かく心地がいいのだ。
だから、どんどん
全て溶けきったらどうなってしまうのだろう?そんな不安など片鱗も感じない。それはそうだろう、何故なら快感でしかないのだから...
「ねぇ日向子姉さん」
「ん?」
「今この場で異能使ってってお願いしたら、怒るか?日向子姉さんのあの姿、思えばいつも戦闘中だったからまじまじと見た事ないんだ。見てみたい」
巫一族の真の姿。
白練色の髪の毛に、七色の星の光を放つ瞳。あれは本当に、美しかった。もう一度見たい。凄く見たい。
ダメ元でそうお願いすると、彼女は快く返事をしてくれた。
「いいよ。少しだけね?」
日向子姉さんはすっと眼を閉じると、全集中と似たような呼吸を意識し始めた。周囲の空気圧が僅かに変化する。
圧倒されたように、ただじっと彼女を見つめていると、やがて根元から徐々に髪の毛の色が抜けていき、彼女自身が発光源になったかのように淡く光のオーラを放っていた。
そして、ゆっくりと開かれたその瞳を見た時、炭治郎は息をするのを忘れる程に、食い入るような眼差しでその双眼を見つめた。
ーやっぱり、綺麗だな..ー
よく見るとそれは七色の深い光を放っていて、その瞳の奥へと、引き寄せられるような強いエネルギーを感じる。
それはどこか懐かしくもあり、泣きそうな感覚すらも覚える。
星の呼吸が、
彼女の瞳からはこの星の、この世界の、永く壮大な歴史の流れを感じる。
全ては...ここから始まっていったのだと思わせる。
【あぁ...触れたい】
無意識に彼女の髪の毛へと手を伸ばす。さらさらと指と指の間を滑るように抜けていく感触が、自分の髪質とは正反対で凄く魅力的だった。
一心不乱にその行為を続けている炭治郎に、日向子は黙って身を任せていた。時折くすぐったそうに目を細め、気持ちよさそうにしていて、そんな無抵抗な様子に気をよくした炭治郎は、ぐっと顔を近付ける。
さすがに驚いた様子で彼女は目を見開いた。
「っ炭治郎?...」
「...」
吸い込まれそうな瞳から一瞬たりとも目がそらせなかった。この距離からであれば、彼女の眼には俺の顔がはっきりと映りこんでいるのがわかる。
日向子さんの中に俺が入り込んでいる。認識してくれている。そう思うだけで、ゾクゾクとした精神的快楽に震える。ドクドクと心臓が脈打ち、やがてある衝動に駆られた。
(彼女の眼球を舐めてみたい)
この美しい眼の視界を奪って、一瞬でもいい。全てを支配してみたい。そして、何を馬鹿な事を考えているのかと自己嫌悪に陥る。
そんな..そんな非人道的な行為が許される筈がないだろう。
眼を舐めたいなんて、思う俺はどうかしてるに違いない。人間の行為じゃない、そもそも舐められる方は冗談じゃないだろう。
昔、
あぁ...でも美味しそうだなぁ
飴細工の様に透き通った色合い、舐めたら口内に甘さが染み渡りそうだ。それに..その行為を行う様を客観的に想像すると、興奮する。
日向子姉さんに触れるという行為ですらおこがましいというのに、背徳的な行為は時に興奮材料になり得る。
どうも俺は、少なからずそういう
「あの...炭治郎。」
「?」
彼女は困ったように眉を下げ、頬を赤らめていた。そして、我慢ならないというようにぎゅっと目を瞑り視線をフイと逸らす。
よもや怯えさせてしまったのではと炭治郎は焦る。無理もない。完全に先程まで、捕食の対象として彼女を見ていた。慌てて弁解の意を唱えようとした時、衝撃の事実を知る事になる。
「そのね、前に...この姿になると、五感が凄く冴えるって話をしたの。覚えてる?」
「あぁ、覚えてるよ」
「そっか、そう...」
この日向子姉さんの態度。どうやら何かを俺に察して欲しいらしいが..
この姿になると、匂いや音の感知能力が普段と比べ格段に上がるのだと言っていたのを思い出した。
それは俺や善逸のような、特異体質に近いものだという事も言っていた。人の感情がおおよそ分かる程の
【人の感情...】
「っ‼」
ある推測に至り、急いで彼女と距離を取る。日向子姉さんは突然の事にあからさまに体をびくつかせた。
炭治郎はと言うと、湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にして、明らかに動揺したようにパクパクと口を開け閉じしていた。
この推測通りなら、恥ずかしいなんてものではない。
だって、だって..
ー【全部】彼女に伝わってしまっていたという事だー
俺もわかる。人の、大体の感情の揺れ動く様は。だとしたら、筒抜けだったという事になってしまう。
彼女の容姿に悩殺された事実も、アブノーマルな欲求を向けていた事も全て..
彼女には匂い、音、視覚、触覚ありとあらゆる感覚で俺の感情が知られてしまった事になる。
「違う、違うんだそのッ!」
何が違うというのだ。もう遅い。何を言っても手遅れだ。
顔を真っ赤に染めた彼女の表情を見ればわかる..
ーーー
日向子side
異能を使った姿を見せて欲しいという炭治郎のお願いを快く受け入れた。
これは全集中の呼吸の応用だ。まず体の中心に取り込んだ酸素を集中させる。そして暖かい核をイメージして圧縮し、一気に全身へと放出する。
一瞬体の体温が急上昇し、ある一定の温度を保つようになると成功だ。
私は少しずつ眼を開けていった。
炭治郎が、瞬き一つせず食い入るように見つめていた。
その赫い眼は
彼の目は、どうにも直視出来ない時があるのだ。今もそう、見つめ返せば捕われ抗えない。
炭治郎は、時折そんな狩猟者の眼差しを向ける事がある。
その理由も意図もわかっているから、尚更意識してしまうのかもしれないけど...
内心悶々としていると、不意に炭治郎が右手を伸ばした。その手は日向子の髪の毛に触れ、繰り返し髪を梳いたり持ち上げたりしていた。
多分、珍しい髪色に興味を示したのだろう。異国人のような髪は、自分自身も最初は驚き鏡を顔にくっつけたものだ。
炭治郎の手付きはとても優しくて、気持ちよさについうっとりと顔を緩めてしまう。ずっとされるがままで居たいなぁとぼんやり思っていた時、彼が更に距離を縮めて来たので驚いた。
「っ炭治郎?...」
若干腰引き気味に彼の名を呼んだが、炭治郎は黙ったまま至近距離で日向子の眼を見つめ続けていた。
ドクリ..
聴き慣れない音に体を硬らせる。その直後、ぶわりと濃い甘い匂いが目の前から押し寄せてきた。思わずぱちぱちと瞬きし、何が起こったのか冷静に考えようとした。
しかしその間もなく、今度は炭治郎の眼球の動きや呼吸する際の胸の動きなどに目が行き気になって仕方なくなってしまう。
突然やってきた鋭い五感の感覚に情報処理が追いつかなかった。
ただわかるのは、炭治郎からその全てが発せられているという事だ。
彼の心臓は忙しなく動き、ひっきりなしに血液を送っている音と、荒い息遣いが鼓膜を震わす。
甘い匂いは止まることを知らず、熱風のように絶え間なく鼻腔を擽る。
彼の僅かな挙動さえも目が捉えて逃さない。
ようやくそれらの情報を集約し終わった時、彼の感情をより正確に読み取る事が出来た。羞恥で縮こまりそうだった。
まさか今の私を見た事がきっかけで、彼が性的に興奮してるだなんて、そんな状況を知って私はどう対処したらいいのか...
例えば、鼻の効く炭治郎はよくこう表現していた。
(甘い匂いがする...)
その言葉を聞くたびに、彼は切羽詰まった眼差しを日向子に向けてきた。
基本的に炭治郎は、あまり挙動や言葉で感情を表に出さない子だ。けれどそういう状態になるという事は、その甘い匂いが彼にとって【期待通り】の意味合いを持っていたという事。
期待通りとは要するに、(好意の感情)であったり(羞恥心)であったり。いずれにしろ私が炭治郎に対して激しく感情を揺さぶられた時だった。
なら、今私が現在進行形で嗅いでいる、部屋全体が砂糖菓子で固められたかのように漂ってくる強烈な香りは...彼の相当強い想いの現れという事になるではないか。
「っ...」
私はみくびっていたのかもしれない。彼の想いを。
正直これ程までとは思ってもみなかった。
五感で感じれば痛いくらいにわかる。それは自身に絶えず警告を鳴らす。
ー【喰われてしまう..】ー
冗談抜きでそう思った。
ドキドキと鳴り響く炭治郎の心臓が、すぐ隣にある錯覚に陥る。
あぁ...そんなに、そんなに打ち鳴らさないで。耳が貴方の鼓動を覚えてしまう。私も釣られてしまいそうになるから。
お願い炭治郎。
ー私、おかしくなりそうだよ...ー
堪らずフイと顔を逸らすと、炭治郎は不安気に眉を下げた。
「どうしよう..怖がらせただろうか?」
はっきりとそんな台詞が脳内に浮かび上がるくらい、彼はあからさまに動揺の匂いや音を混じらせた。
意を決して、遠回しに今の自分の状況を伝えると、一瞬ポカンとした表情をしていたが、何かに気付いた途端彼は私からのけぞるように距離を取り、顔は音が立ちそうなくらい真っ赤に蒸発していた。
「違う、違うんだそのッ‼」
必死に言い訳を探しているみたいだったが、この程度の距離では全く隠せていない。それどころかこの焦りよう、どんどん墓穴を掘っていく。
それが彼もわかっているようで、なかなかその先の言葉を口に出来ないでいた。私は急いで異能の力を解く。
「..俺の気持ち、全部今ので気付いた?」
「..えっと、と言うと」
彼が指しているものと、私が捉えたものが同一の感情かわからない以上、下手に出たら思わぬ誤解を招いたり、場合によっては今後の関係性に影響すると思うと、上手く言えなかった。
それは炭治郎も同じみたいで、一つ深呼吸した後こう述べた。
「ごめん、やっぱり言わなくて大丈夫だ。あまり、貴女に知られたくないものもあったから。」
ーーーー
ー炭治郎sideー
彼女にどこまでを知られ、悟られずに済んだのか分からない。俺の嗅覚の経験から察するに、細かい複雑な心情は、心が読めるわけじゃないから分からないが、
【強い感情】に関しては粗方分類出来る。
例えば怒りの感情、嫉妬や欲望なんかも強い。いずれも人間の本能が色濃く出る感情だ。
ー俺の感情はそれだ、きっとバレてる。少なくとも欲の対象として見ていた事は感付かれてる筈ー
ただ、(舐めたい、美味しそう)そんな歪な狂気までは悟られていないと願いたい。
俺の我儘でこの姿を見せてくれたというのに、こんな気まずい空気になって本当に申し訳ない。
本当はどこまで彼女が感じ取ってしまったのか、気になって仕方なかったが、これ以上踏み込んでも墓穴を掘るだけなので諦めた。
知られたものは仕方ない。寧ろ前向きに捉えるなら、一体俺がどれ程彼女の事を想っているのか、これでおおよそ理解してくれた筈だ。
もう開き直るしかないか....
【これで少しは、俺の事を意識して】
なんて期待を掛けてもバチは当たらない筈だ
炭治郎は恐る恐る日向子を見据えた。
視線が合わさると彼女は明らかに狼狽たが、ここで逸らしたら悪いと思っているのか、懸命に見つめ返して来る。
既に姿なりは、いつもの見慣れた日向子姉さんに戻っていた。
ー冷静に、冷静に..ー
何とか落ち着きを取り戻し、炭治郎は口を開いた。
「すまない。俺は、貴女の前では
「..!」
「俺!貴女の事がっ..本当に大好きなので!どうしてもこういう気持ちになってしまったりするけど、日向子姉さんがちゃんと振り向いてくれるまで、内に留めておくから。どうか誤解しないでください。貴女が怖がる事嫌がる事はしたくないんだ。本当だ。」
ありのままの気持ちを伝えると、彼女は更に顔を紅色に染めた。色々と悩んでいたようだが、考えた末にこう述べた。
「貴方の気持ちはよくわかった。炭治郎のそれは..当たり前だと思うよ?お、男の子だし...そういう..っごめん!異性を好きになった事のない私が言えた義理じゃないんだけど..」
指をもじもじさせながら辿々しくそういう日向子姉さん。
あぁ..やっぱり殆ど知られてしまっていたんだ。
うぅ..恥ずかしい、凄くむず痒い。
とにもかくにも、もう巫の異能を使用する事を俺からお願いする事は後にも先にもないだろう。
ーーーーー