星詠み【side story】
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「はぁぁぁぁ~告白されたぁぁ?!」
「しっ、声が大きいぞ善逸。」
これだから言いたくなかったのだと炭治郎はやれやれと肩を竦める。
「しかもその子って、この前鬼から助けためちゃくちゃ可愛い子だったじゃない!何だよ本当、神様って不公平だよな本当!あーあぁそんな自慢話聞きたくなかったなぁ!」
「偶然一緒にいるとこ見たから気になってしつこく聞いて来たのは善逸じゃないか。」
そう言い返せば善逸はぐぬぬと拳を握り締めて、はいはいそうでしたねごめんなさいねーと半ばヤケになり大きな溜息を吐いた。
「で?何て答えたのさ。」
「勿論、丁重にお断りした。」
「ふーん、まぁそうだろうなぁ。」
当たり前だろうと言わんばかりに平然とそう答える炭治郎に、今度は善逸が肩を竦める番となった。
善逸は既に炭治郎の想いを知っている。
それこそ、いくらその告白された女の子が可愛いからといって、簡単に心変わりするような生半可な気持ちでは無いことも承知している。
その子には気の毒だけど、好いた相手が悪かったということだ。
「それにしても、その場に日向子さんいなくて良かったな。あの人の事だから、聞いてたらきっとお前の事差し出そうとするだろうし。」
「...あぁ、そうだな」
炭治郎はあからさまに気落ちした素振りを見せた。
その姿を見て、慌ててこの事は絶対に伏せるからと約束するけれど、一度その光景を想像してしまったであろう彼は傷付いたような表情からいつもの明るい表情に戻る事はなかった。
「ご、ごめん炭治郎...」
炭治郎は日向子さんにはっきりとした懸想を抱いてる。けれど、肝心の日向子さんはと言うと、彼の事をただの家族としか思っていないようだ。二人の思いには格差があり過ぎる。
だから、炭治郎にもしいい人が出来れば、彼女は心の底から祝福するだろうし、応援する姿勢を示すだろう。
ただそれが、炭治郎にとってどれほど酷い仕打ちであるかをわかっていないのだ。天然なのか、敢えてなのか、もし後者ならば目も当てられないけれど..
(俺はお前のこと応援してるよ)
そう伝えれば、彼が発するノイズ音が僅かに和らいだ気がした。
「ありがとう、善逸」
多少物悲しそうではあるが、炭治郎はほっとしたような笑みを善逸に向けた。今まで人知れず己の中のみで感情を抱え込んできた彼だから、他の人間とそれを共有できるだけでも少しは気持ちを楽に出来るだろうか。そうだったらいい...。
噂をすればとはよく言ったもので、善逸と別れた炭治郎が日向子にばったり出会したのはそれから程なくの事だった。
「あ、炭治郎。」
いつもの柔らかい笑みを向けながらブンブンと手を振る彼女に気付くと、炭治郎は花が咲き綻ぶような笑顔で駆け寄った。我ながらわかりやすい奴だとは思う。
さっきまでもの凄い落ち込み様だったのに、彼女の顔を見た瞬間そんな負の感情が吹き飛んだ。
しかし、そんな炭治郎の表情はすぐに崩れることとなった。
「聞いたわ。貴方、以前助けた呉服屋の娘さんに告白されたんだってね」
「っ..だ、誰から聞いたんだ」
驚きのあまりそう聞き返す。まさか善逸が言うとは思えない。じゃあ他に誰かに聞かれてたのか?何にせよ、出来れば日向子姉さんには知られたくはなかった。
それで少しは(意識)してくれるなら願ったり叶ったりだが、彼女はそういう性質とは思えない。
なら、告白されたなんて事実は黙ったまま今まで通り接していた方がマシだった。
「たまたまその子に会ったんだ。びっくりしたよ、開口一番に炭治郎さんのお姉さんですよね?って両手取られたの。」
(...あの子か)
依にもよって本人だったのか..完全に盲点だった。
炭治郎が頭を抱え込んでいると、日向子はほんの少し儚げな目をしてこう発した。
「いい子じゃない、あの子。歳も禰豆子と同じ歳くらいだし、凄く可愛らしかったわ。私はいいと思うけどなぁ。」
ー【私はいいと思うけどなぁ】ー
そう言われた瞬間、鈍器で頭を殴られたような感覚がした。彼女は何の悪気なしにそう口にした。恐る恐る日向子の顔を見上げると、いつもと同じ様に和かな表情で炭治郎を見つめている。
お得意の鼻も全く機能しないくらい、全身が麻痺してしまったかのように激しく動揺する。
震える声で炭治郎はこう返した。
「俺は..断ったんだ。あの子には申し訳ないと思ったけど」
「...炭治郎にはああいう子が合ってると思うのに、残念だわ。あの子は結構本気みたいよ。そんな悲しい事言わないで、友達から始めてみたら?」
言葉通り、眉を下げ残念そうな顔をして見せた彼女は、そんな辛辣 な提案を述べた...
日向子がアオイに頼まれた日用品の買い出しで町に出ていた時の事。後ろからあっと声が聞こえてパタパタとこちらに駆け寄ってくる音に咄嗟に振り向くと、見覚えのある少女が息を切らして立っていた。
ー彼女は確か...ー
「貴女は、先日の任務でお会いした..」
彼女は覚えてくれていたことに安堵 すると、ぱっと日向子の手を取りこう話し始めた。
「お久しぶりです日向子さん。あの、日向子さんは炭治郎さんのお姉さんなんですよね?あ、ごめんなさい。この間は鬼から命を助けてくださってありがとうございました。それで..その...炭治郎さんの事なんですが」
頬を紅色に染め言い淀む彼女を見て、何かにピンと来た日向子は控えめに尋ねる。
「間違ってたらごめんなさい。もしかして貴女..炭治郎の事」
そう言いかけただけだけど、彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にして俯いてしまった。これは..まさに図星というやつだろうか。
(この子は炭治郎に惚れている)
そう見て間違いなさそうだった。まぁ、自分がこういうことに疎いだけであって、普通の女の子なら危なかった命を鮮やかに救ってくれた異性に惹かれるというのは自然な流れだろうし。
「私...炭治郎さんに告白したんです。」
「!..そうなの?」
「はい、でも..お断りされてしまいました。初めは鬼狩りなんてしてる自分の事を好いても私が傷付くだけだって、そう言われたんですが。何だかちょっと府に落ちなくて、他に理由があるのではと思い聞いたのです。そしたら」
(彼、もうずっと前から好いてる人がいるのだと)
「っ...。」
「その時の炭治郎さんの顔、凄く切なそうで、私、そんなに想われてる女性が本当に羨ましくて。だけど!私すんなり諦めきれないんです。往生際が悪いのはわかってるのですが、せめてその相手がどんな人なのかくらいは確かめてみたいんです。ですから..お姉さんである日向子さんにご協力いただけたら嬉しいんですけど」
これは..
正直、困った。
彼女からのお願いを聞いてあげたいけれど、様々な気持ちが複雑に入り組んで、どう返したらいいのかわからない。
本当に何の因果か...十中八九、炭治郎の想い人は恐らく自分。けど目の前の少女は、私の事を炭治郎とは本当に血の繋がった家族だと思っているようだ。炭治郎の想い人が他の誰かと信じて疑わない。
そんな状況で私は..
どんな顔をして、この少女に協力したらいいのだろうか。悩んだ末に日向子はこう口を開いた。
「わかったわ、協力する。」
「本当ですか?炭治郎さんが好いてる人って誰なんでしょう..」
「ううん、そっちの協力じゃなくて、炭治郎の事諦めないで一緒に頑張りましょうって事。」
少女は一瞬きょとんとしていたが、それならそうと有難いとばかりに蔓延の笑みで礼を述べた。
日向子はずっと前から考えてきた事があった。炭治郎には、いつか自分以外のいい人を見つけて添い遂げてほしいと。
相手はそうだな...歳下の、守ってあげたくなるような儚なげ女の子がいい。些細な事で一喜一憂するような、感情豊かな可愛らしい女の子がいい。
何より、いつ何時でも彼が帰る場所を守り続けてくれるような、そんな人が良いだろう。
日向子が思い描く彼の理想の相手はそんな人だ。目の前の少女はまさにその条件に合致する。
これを機に、炭治郎さえ心変わりしてくれれば万々歳じゃないかと、勝手ながら妙案だとして日向子は一人満足気に頷いた。
老婆心 ながらというのは百も承知だが
ーこれも炭治郎を思うからこそなのだ。
彼の、幸せを願うからこそ...ー
「ねぇねぇ兄ちゃんはどんな人をお嫁さんにしたい?」
「私も気になるー!」
茂と花子が興味津々で炭治郎に尋ねていた事を思い出す。当の本人はそう聞かれると、あからさまに目を泳がせ狼狽ていた。
一瞬日向子の方を見たが、目線がかち合うとすぐに顔を背けた。
その彼の横顔は、赤みがかった髪色と同じ色に染まっていたから、何となく気まずくなってその場から逃げるように背を向けたその時、炭治郎はこう答えた。
「鈴蘭のようで柴犬みたいな人...かなぁ」
ー鈴蘭、柴犬ー
何とも抽象的 だけど、花と動物に例えるのは、とても彼らしい表現でもあった。
鈴蘭と言えば、小ぶりな花弁が可愛らしい花。柴犬と言えば、古くから家を守る番犬のようなイメージを持っていた。
彼が当時答えた好みの女性の特徴は、今の日向子とは似ても似つかないような気がする。
私はお世辞にも鈴蘭みたいに可憐じゃないし、柴犬みたいに家族のために家を守るどころか、いつ外の世界で死ぬかわからない立場を突き進んでいる。
だから、尚更彼の事がわからない。
ただ、幼い頃から常日頃接してきた異性がたまたま私だったと言うだけで、もしかしたら今後彼の理想の女性像を併せ持った人が現れれば、ときめくのかもしれない。
【炭治郎、私はただ貴方を解き放ってあげたいの】
日向子姉さんからは、そんな匂いがする。
勿論、あの告白してくれた女の子の気持ちを汲んでということもあるだろうが、彼女なりに俺を思っての配慮や気遣いである事も事実なんだろう。
俺はまだ、面と向かって彼女に想いを告げたわけではないけど、恐らく薄々勘付かれてはいる。
それなのに、そんな事を言うというのは、彼女の中で答えが決まりきっている証拠だった。
ー自分以外の子を好きになる事が、俺にとっての幸せなんだと、そう決め付けているー
それがどういう思いからなのかまではわからない。単に俺を家族という位置づけでしか見れないのか。自分に自信がないのか。
ただわかるのは、
【俺の気持ちなんて全くもって考えちゃいない】という事だ。
「友達からと言っても...俺は全くそういう気になれない。だから断った。逆にそんな中途半端な気持ちで彼女とお付き合いするのは、彼女にも失礼だろう。」
「今はそうかもしれないけど、先の事はわからないでしょう?あの子は炭治郎の好みに合うと思うの」
「いや..だから俺は、今も好いてる人が!」
はっとして彼女を見る、黙って俺を見つめ返している。誰なの?とか、野暮 な事は聞き返してこない。
嫌な予感がした。
「炭治郎は、もっと色んな世界を見たほうがいい。そして、本当にこれだと思った物を掴んだ方がいいわ。今見ているものが、全てとは限らないから」
その言葉を聞いた瞬間、ついに炭治郎は声を荒げた。
「っ俺が誰を想っても勝手じゃないか!!!」
怒りと悲しみのあまりじわりと涙が滲み出る。こんな風に感情を露わにするつもりなんて無かったのに、ひとたび堰 が切れれば、止めどなく溢れていく。
何も俺と同等の想いを返してくれなんておこがましい事を述べているわけじゃないのに、一方的に想い続けることすらも許されないなんて、そんな酷い話があるだろうか。無理矢理、貴女への想いを断ち切れと言うのか。
酷い、酷い酷いっ!!!
「俺の事をわかってるような口ぶりはやめてくれ!貴女に何がわかる、俺の気持ちなんて何一つわかってない癖に!なのに大きなお世話なんだよっ!」
「た、炭治郎..」
「あの子に告白されたのは俺だ、どうするかは自分で決める。日向子姉さんに、とやかく言われる筋合いはない..」
彼女は酷く傷付いた表情をしていた。
今更ながら言い過ぎたと後悔したが、それでもこれらの言葉を撤回する気にはなれなかった。
どうにも居た堪れず、炭治郎は踵 を返すようにその場を立ち去った。
初めて、日向子姉さんに向かって感情を爆発させるように言葉をぶつけた。
反抗的な態度を取った。
いつだって優しく接したい、そう思っていた相手なのに..。
様々な思いが渦巻き、胸の痛みに耐え兼ね、心も頭も全て空っぽにしたくて無我夢中で走った。
やがて、大きく胸が上下する程息を切らしたところで、木の幹に手をつき俯くと、ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。
「っぅ....うぅ..」
ずるずると腰が崩れ落ちていく。傷付いた表情を浮かべる彼女の顔が頭から離れない。あんな顔をさせたかったわけじゃないけれど、どうしても我慢ならなかった。
俺の想いがまるで偽物みたいな扱いで、一時の気の迷いだと言われているような気がした。
それに物凄くショックを受けたし、衝撃を通り越して激しい憤りを感じた。彼女は軽んじてる、俺だって感情のある一人の人間なのだ。何でも言う事を聞くと思われたなら心外だ。
この恋情だけは、誰に何と言われようとも、例えそれが日向子姉さんであっても、否定する事は許さない。
ー俺がどれだけ...貴女の事をー
「炭治郎..」
今はこんな顔見せられないと、急いで袖で涙を拭い彼女に背を向ける。
しかし、日向子はそんな炭治郎の心境などお構いなしに、優しく体を引き正面に向き合わせた。
「っ..!」
赤く充血した炭治郎の眼を見ると、彼女は酷く顔を歪め瞳を潤ませた。
「ごめん。確かに、炭治郎の気持ちは炭治郎にしか計れない。貴方が決めた事に、思うことに..口出しをする権利は私になかった。余計な事言ってしまって、本当にごめんね。許してください。」
「....。」
謝っても無言の状態を続ける炭治郎を見ると、相当彼を傷付けてしまっていた事がわかる。
焦った日向子は彼の体を離して、気まずそうに口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
どうしよう..ここまで怒らせてしまった彼を宥める方法が、思い付かな
「誓ってくれ」
「...ぇ?」
「俺が、誰に懸想を抱いても、誰と添い遂げるつもりでも、金輪際 否定しないと。それを誓ってくれるのなら、さっきの事は全部許すよ。少なくとも、俺の幸せは俺に自分で選ばせてくれ。」
日向子が迷わずこくこくと頷くと、ようやく彼は機嫌を取り戻してくれたのだった。
「俺、本当に傷付いたんです。」
「ぅ..ごめんなさい。」
「だから」
炭治郎はぐいと日向子を抱き寄せて首元に顔を埋 めた。そして、思い切りすぅっと彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込む。
突然の事にどぎまぎしていると、炭治郎はくすりと笑った。
「ころころ匂いが変わってる。俺も、自分の心の感情制御が出来なくて、姉さんを振り回してすまなかった。日向子姉さんは優しい人だから、全部俺を考えての計らいのつもりだったこともちゃんとわかってるよ。それだけ、俺の事を大切に思ってくれてるんだよな。」
「もちろんだよ..。私の幸せは...炭治郎の幸せだから。大切だし、とってもかけがえのない...人だから」
それを聞くと炭治郎は満足そうに微笑んで見せた。こんな、心の底から幸せですというような笑顔を向けられると、調子が狂ってしまう。
あぁ..彼は本当にー
私以外に目を向けるつもりなんて更々ない気だ。
何を選ぶのも一人の人間である炭治郎次第。それがどんな茨の道でも、困難がひしめく道であっても。その道の先に自分が思い描く幸せがあると信じるならば。厭わない。
それは...彼女もまた同様であるのだ。
いつか私は、彼の手を取るのだろうか?それともまた別の誰かに手を差し出すのだろうか?それは誰にもわからない。わからないけれど、今を生きる為には今を信じるしかないのだ。
「しっ、声が大きいぞ善逸。」
これだから言いたくなかったのだと炭治郎はやれやれと肩を竦める。
「しかもその子って、この前鬼から助けためちゃくちゃ可愛い子だったじゃない!何だよ本当、神様って不公平だよな本当!あーあぁそんな自慢話聞きたくなかったなぁ!」
「偶然一緒にいるとこ見たから気になってしつこく聞いて来たのは善逸じゃないか。」
そう言い返せば善逸はぐぬぬと拳を握り締めて、はいはいそうでしたねごめんなさいねーと半ばヤケになり大きな溜息を吐いた。
「で?何て答えたのさ。」
「勿論、丁重にお断りした。」
「ふーん、まぁそうだろうなぁ。」
当たり前だろうと言わんばかりに平然とそう答える炭治郎に、今度は善逸が肩を竦める番となった。
善逸は既に炭治郎の想いを知っている。
それこそ、いくらその告白された女の子が可愛いからといって、簡単に心変わりするような生半可な気持ちでは無いことも承知している。
その子には気の毒だけど、好いた相手が悪かったということだ。
「それにしても、その場に日向子さんいなくて良かったな。あの人の事だから、聞いてたらきっとお前の事差し出そうとするだろうし。」
「...あぁ、そうだな」
炭治郎はあからさまに気落ちした素振りを見せた。
その姿を見て、慌ててこの事は絶対に伏せるからと約束するけれど、一度その光景を想像してしまったであろう彼は傷付いたような表情からいつもの明るい表情に戻る事はなかった。
「ご、ごめん炭治郎...」
炭治郎は日向子さんにはっきりとした懸想を抱いてる。けれど、肝心の日向子さんはと言うと、彼の事をただの家族としか思っていないようだ。二人の思いには格差があり過ぎる。
だから、炭治郎にもしいい人が出来れば、彼女は心の底から祝福するだろうし、応援する姿勢を示すだろう。
ただそれが、炭治郎にとってどれほど酷い仕打ちであるかをわかっていないのだ。天然なのか、敢えてなのか、もし後者ならば目も当てられないけれど..
(俺はお前のこと応援してるよ)
そう伝えれば、彼が発するノイズ音が僅かに和らいだ気がした。
「ありがとう、善逸」
多少物悲しそうではあるが、炭治郎はほっとしたような笑みを善逸に向けた。今まで人知れず己の中のみで感情を抱え込んできた彼だから、他の人間とそれを共有できるだけでも少しは気持ちを楽に出来るだろうか。そうだったらいい...。
噂をすればとはよく言ったもので、善逸と別れた炭治郎が日向子にばったり出会したのはそれから程なくの事だった。
「あ、炭治郎。」
いつもの柔らかい笑みを向けながらブンブンと手を振る彼女に気付くと、炭治郎は花が咲き綻ぶような笑顔で駆け寄った。我ながらわかりやすい奴だとは思う。
さっきまでもの凄い落ち込み様だったのに、彼女の顔を見た瞬間そんな負の感情が吹き飛んだ。
しかし、そんな炭治郎の表情はすぐに崩れることとなった。
「聞いたわ。貴方、以前助けた呉服屋の娘さんに告白されたんだってね」
「っ..だ、誰から聞いたんだ」
驚きのあまりそう聞き返す。まさか善逸が言うとは思えない。じゃあ他に誰かに聞かれてたのか?何にせよ、出来れば日向子姉さんには知られたくはなかった。
それで少しは(意識)してくれるなら願ったり叶ったりだが、彼女はそういう性質とは思えない。
なら、告白されたなんて事実は黙ったまま今まで通り接していた方がマシだった。
「たまたまその子に会ったんだ。びっくりしたよ、開口一番に炭治郎さんのお姉さんですよね?って両手取られたの。」
(...あの子か)
依にもよって本人だったのか..完全に盲点だった。
炭治郎が頭を抱え込んでいると、日向子はほんの少し儚げな目をしてこう発した。
「いい子じゃない、あの子。歳も禰豆子と同じ歳くらいだし、凄く可愛らしかったわ。私はいいと思うけどなぁ。」
ー【私はいいと思うけどなぁ】ー
そう言われた瞬間、鈍器で頭を殴られたような感覚がした。彼女は何の悪気なしにそう口にした。恐る恐る日向子の顔を見上げると、いつもと同じ様に和かな表情で炭治郎を見つめている。
お得意の鼻も全く機能しないくらい、全身が麻痺してしまったかのように激しく動揺する。
震える声で炭治郎はこう返した。
「俺は..断ったんだ。あの子には申し訳ないと思ったけど」
「...炭治郎にはああいう子が合ってると思うのに、残念だわ。あの子は結構本気みたいよ。そんな悲しい事言わないで、友達から始めてみたら?」
言葉通り、眉を下げ残念そうな顔をして見せた彼女は、そんな
日向子がアオイに頼まれた日用品の買い出しで町に出ていた時の事。後ろからあっと声が聞こえてパタパタとこちらに駆け寄ってくる音に咄嗟に振り向くと、見覚えのある少女が息を切らして立っていた。
ー彼女は確か...ー
「貴女は、先日の任務でお会いした..」
彼女は覚えてくれていたことに
「お久しぶりです日向子さん。あの、日向子さんは炭治郎さんのお姉さんなんですよね?あ、ごめんなさい。この間は鬼から命を助けてくださってありがとうございました。それで..その...炭治郎さんの事なんですが」
頬を紅色に染め言い淀む彼女を見て、何かにピンと来た日向子は控えめに尋ねる。
「間違ってたらごめんなさい。もしかして貴女..炭治郎の事」
そう言いかけただけだけど、彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にして俯いてしまった。これは..まさに図星というやつだろうか。
(この子は炭治郎に惚れている)
そう見て間違いなさそうだった。まぁ、自分がこういうことに疎いだけであって、普通の女の子なら危なかった命を鮮やかに救ってくれた異性に惹かれるというのは自然な流れだろうし。
「私...炭治郎さんに告白したんです。」
「!..そうなの?」
「はい、でも..お断りされてしまいました。初めは鬼狩りなんてしてる自分の事を好いても私が傷付くだけだって、そう言われたんですが。何だかちょっと府に落ちなくて、他に理由があるのではと思い聞いたのです。そしたら」
(彼、もうずっと前から好いてる人がいるのだと)
「っ...。」
「その時の炭治郎さんの顔、凄く切なそうで、私、そんなに想われてる女性が本当に羨ましくて。だけど!私すんなり諦めきれないんです。往生際が悪いのはわかってるのですが、せめてその相手がどんな人なのかくらいは確かめてみたいんです。ですから..お姉さんである日向子さんにご協力いただけたら嬉しいんですけど」
これは..
正直、困った。
彼女からのお願いを聞いてあげたいけれど、様々な気持ちが複雑に入り組んで、どう返したらいいのかわからない。
本当に何の因果か...十中八九、炭治郎の想い人は恐らく自分。けど目の前の少女は、私の事を炭治郎とは本当に血の繋がった家族だと思っているようだ。炭治郎の想い人が他の誰かと信じて疑わない。
そんな状況で私は..
どんな顔をして、この少女に協力したらいいのだろうか。悩んだ末に日向子はこう口を開いた。
「わかったわ、協力する。」
「本当ですか?炭治郎さんが好いてる人って誰なんでしょう..」
「ううん、そっちの協力じゃなくて、炭治郎の事諦めないで一緒に頑張りましょうって事。」
少女は一瞬きょとんとしていたが、それならそうと有難いとばかりに蔓延の笑みで礼を述べた。
日向子はずっと前から考えてきた事があった。炭治郎には、いつか自分以外のいい人を見つけて添い遂げてほしいと。
相手はそうだな...歳下の、守ってあげたくなるような儚なげ女の子がいい。些細な事で一喜一憂するような、感情豊かな可愛らしい女の子がいい。
何より、いつ何時でも彼が帰る場所を守り続けてくれるような、そんな人が良いだろう。
日向子が思い描く彼の理想の相手はそんな人だ。目の前の少女はまさにその条件に合致する。
これを機に、炭治郎さえ心変わりしてくれれば万々歳じゃないかと、勝手ながら妙案だとして日向子は一人満足気に頷いた。
ーこれも炭治郎を思うからこそなのだ。
彼の、幸せを願うからこそ...ー
「ねぇねぇ兄ちゃんはどんな人をお嫁さんにしたい?」
「私も気になるー!」
茂と花子が興味津々で炭治郎に尋ねていた事を思い出す。当の本人はそう聞かれると、あからさまに目を泳がせ狼狽ていた。
一瞬日向子の方を見たが、目線がかち合うとすぐに顔を背けた。
その彼の横顔は、赤みがかった髪色と同じ色に染まっていたから、何となく気まずくなってその場から逃げるように背を向けたその時、炭治郎はこう答えた。
「鈴蘭のようで柴犬みたいな人...かなぁ」
ー鈴蘭、柴犬ー
何とも
鈴蘭と言えば、小ぶりな花弁が可愛らしい花。柴犬と言えば、古くから家を守る番犬のようなイメージを持っていた。
彼が当時答えた好みの女性の特徴は、今の日向子とは似ても似つかないような気がする。
私はお世辞にも鈴蘭みたいに可憐じゃないし、柴犬みたいに家族のために家を守るどころか、いつ外の世界で死ぬかわからない立場を突き進んでいる。
だから、尚更彼の事がわからない。
ただ、幼い頃から常日頃接してきた異性がたまたま私だったと言うだけで、もしかしたら今後彼の理想の女性像を併せ持った人が現れれば、ときめくのかもしれない。
【炭治郎、私はただ貴方を解き放ってあげたいの】
日向子姉さんからは、そんな匂いがする。
勿論、あの告白してくれた女の子の気持ちを汲んでということもあるだろうが、彼女なりに俺を思っての配慮や気遣いである事も事実なんだろう。
俺はまだ、面と向かって彼女に想いを告げたわけではないけど、恐らく薄々勘付かれてはいる。
それなのに、そんな事を言うというのは、彼女の中で答えが決まりきっている証拠だった。
ー自分以外の子を好きになる事が、俺にとっての幸せなんだと、そう決め付けているー
それがどういう思いからなのかまではわからない。単に俺を家族という位置づけでしか見れないのか。自分に自信がないのか。
ただわかるのは、
【俺の気持ちなんて全くもって考えちゃいない】という事だ。
「友達からと言っても...俺は全くそういう気になれない。だから断った。逆にそんな中途半端な気持ちで彼女とお付き合いするのは、彼女にも失礼だろう。」
「今はそうかもしれないけど、先の事はわからないでしょう?あの子は炭治郎の好みに合うと思うの」
「いや..だから俺は、今も好いてる人が!」
はっとして彼女を見る、黙って俺を見つめ返している。誰なの?とか、
嫌な予感がした。
「炭治郎は、もっと色んな世界を見たほうがいい。そして、本当にこれだと思った物を掴んだ方がいいわ。今見ているものが、全てとは限らないから」
その言葉を聞いた瞬間、ついに炭治郎は声を荒げた。
「っ俺が誰を想っても勝手じゃないか!!!」
怒りと悲しみのあまりじわりと涙が滲み出る。こんな風に感情を露わにするつもりなんて無かったのに、ひとたび
何も俺と同等の想いを返してくれなんておこがましい事を述べているわけじゃないのに、一方的に想い続けることすらも許されないなんて、そんな酷い話があるだろうか。無理矢理、貴女への想いを断ち切れと言うのか。
酷い、酷い酷いっ!!!
「俺の事をわかってるような口ぶりはやめてくれ!貴女に何がわかる、俺の気持ちなんて何一つわかってない癖に!なのに大きなお世話なんだよっ!」
「た、炭治郎..」
「あの子に告白されたのは俺だ、どうするかは自分で決める。日向子姉さんに、とやかく言われる筋合いはない..」
彼女は酷く傷付いた表情をしていた。
今更ながら言い過ぎたと後悔したが、それでもこれらの言葉を撤回する気にはなれなかった。
どうにも居た堪れず、炭治郎は
初めて、日向子姉さんに向かって感情を爆発させるように言葉をぶつけた。
反抗的な態度を取った。
いつだって優しく接したい、そう思っていた相手なのに..。
様々な思いが渦巻き、胸の痛みに耐え兼ね、心も頭も全て空っぽにしたくて無我夢中で走った。
やがて、大きく胸が上下する程息を切らしたところで、木の幹に手をつき俯くと、ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。
「っぅ....うぅ..」
ずるずると腰が崩れ落ちていく。傷付いた表情を浮かべる彼女の顔が頭から離れない。あんな顔をさせたかったわけじゃないけれど、どうしても我慢ならなかった。
俺の想いがまるで偽物みたいな扱いで、一時の気の迷いだと言われているような気がした。
それに物凄くショックを受けたし、衝撃を通り越して激しい憤りを感じた。彼女は軽んじてる、俺だって感情のある一人の人間なのだ。何でも言う事を聞くと思われたなら心外だ。
この恋情だけは、誰に何と言われようとも、例えそれが日向子姉さんであっても、否定する事は許さない。
ー俺がどれだけ...貴女の事をー
「炭治郎..」
今はこんな顔見せられないと、急いで袖で涙を拭い彼女に背を向ける。
しかし、日向子はそんな炭治郎の心境などお構いなしに、優しく体を引き正面に向き合わせた。
「っ..!」
赤く充血した炭治郎の眼を見ると、彼女は酷く顔を歪め瞳を潤ませた。
「ごめん。確かに、炭治郎の気持ちは炭治郎にしか計れない。貴方が決めた事に、思うことに..口出しをする権利は私になかった。余計な事言ってしまって、本当にごめんね。許してください。」
「....。」
謝っても無言の状態を続ける炭治郎を見ると、相当彼を傷付けてしまっていた事がわかる。
焦った日向子は彼の体を離して、気まずそうに口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
どうしよう..ここまで怒らせてしまった彼を宥める方法が、思い付かな
「誓ってくれ」
「...ぇ?」
「俺が、誰に懸想を抱いても、誰と添い遂げるつもりでも、
日向子が迷わずこくこくと頷くと、ようやく彼は機嫌を取り戻してくれたのだった。
「俺、本当に傷付いたんです。」
「ぅ..ごめんなさい。」
「だから」
炭治郎はぐいと日向子を抱き寄せて首元に顔を
突然の事にどぎまぎしていると、炭治郎はくすりと笑った。
「ころころ匂いが変わってる。俺も、自分の心の感情制御が出来なくて、姉さんを振り回してすまなかった。日向子姉さんは優しい人だから、全部俺を考えての計らいのつもりだったこともちゃんとわかってるよ。それだけ、俺の事を大切に思ってくれてるんだよな。」
「もちろんだよ..。私の幸せは...炭治郎の幸せだから。大切だし、とってもかけがえのない...人だから」
それを聞くと炭治郎は満足そうに微笑んで見せた。こんな、心の底から幸せですというような笑顔を向けられると、調子が狂ってしまう。
あぁ..彼は本当にー
私以外に目を向けるつもりなんて更々ない気だ。
何を選ぶのも一人の人間である炭治郎次第。それがどんな茨の道でも、困難がひしめく道であっても。その道の先に自分が思い描く幸せがあると信じるならば。厭わない。
それは...彼女もまた同様であるのだ。
いつか私は、彼の手を取るのだろうか?それともまた別の誰かに手を差し出すのだろうか?それは誰にもわからない。わからないけれど、今を生きる為には今を信じるしかないのだ。