星詠み【side story】
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俺が目下全身から冷や汗を吹き出させている理由を教えてあげようと思う。
それは、現在進行系で隣から発せられてる、おっそろしい音のせいなんだよ。
なんなのこの音、唸る様な低い濁音の羅列。この世に存在していい音とは思えない。ましてや
(炭治郎が発している音だなんて誰が信じられよう)
恐る恐るといった風に彼の方へ視線をチラつかせる。
ヒッと思わず怯えた声が己の喉から吐き出された。案の定、炭治郎は鋭い目つきのままある一方向を悔しげに睨みつけていた。
その向こうには、炭治郎の姉であり想い人でもある竈門日向子さんと、楽しそうに談義に花を咲かせている村田さんの姿があった。
実は俺はここに最初から居たわけではない。ただならぬ様子ですっ飛んできた炭治郎に半ば強引に手を引かれてやってきたのだ。
「なぁ、善逸なら日向子姉さん達が何を話しているか聞こえるだろ?教えてくれ、何話してるのだろう。あんな、あんな楽しそうに...」
楽しそう、そう言葉にした途端更に不穏な音が増したような気がした。
勿論、この距離からでも音に敏感な善逸なら何を話しているかはわかる。話の内容はともかくとして、
彼にとってみれば日向子さんと自分以外の男が一緒の空間で楽しそうに話しているというだけで、嫉妬の対象になり得るのだろう。
そんなに気になるなら割って入ればいいのに、それをあえてしないのは、大方、感情的になっている自分を見て日向子さんに呆れられたくないと思ってるのだと思う。
俺なら迷わず飛び込んでいってしまうだろうが、炭治郎はそういうタイプじゃない。
聞いてるのか善逸?と発言を催促されてしまったので、慌てて俺はこう発した。
「聞こえるけど、ただ趣味の
ぐえっとカエルが潰れたような声が出る。待ってくれとばかりに炭治郎が後ろから隊服の襟を引っ張ったのだ。
何すんだよおぉと怒り半分呆れ半分に言うと、炭治郎はハッとしてすまないと謝罪した。
「ど、どうにかして二人を離す事は出来ないだろうか..」
「は?いやお前、さすがにそこまで干渉したら可哀想でしょ。日向子さんにもああいう興味のある話題に花を咲かせる時間が必要だよ。」
「わかってるけど!あれ以上二人が親密になったらと思うと俺、気が気じゃなくて。」
そう溢す炭治郎は、本当に参っているような素振りと泣きそうな表情を浮かべるので、さすがの善逸も声を詰まらせた。
「はぁ...わかったよ。さり気なく離せばいいんだろ?お前も来いよ」
「ありがとう善逸!」
そんなこんなで友人の恋路の為に一肌脱ぐ事になった善逸は、偶然通りかかった風を装って二人の前にやってきた。
談笑を止めて顔をあげた日向子さんが俺達に気づき声を掛けてくれる。すると不穏だった炭治郎の心音は僅かに落ち着きを取り戻した。
そして、気のせいで無ければ辺りにいい香りが漂っている気がする。
炭治郎は近づく途中で鼻を吸っていたので、とうに気付いているようだったが
「日向子さん、さっきしのぶさんが姿を見かけなかったかと聞いてきました。探しているのかもしれないですよ」
嘘も方便だ。彼女が尊敬している柱の彼女の名前を出せば、そうなの?と慌てた様子で立ち上がった。
「私行かないと。あ、村田さん!良かったらこれ」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、橙色の細かい花が液体で満たされた小瓶だった。
恐らくさっき感じた匂いの正体はこれだ。中身は
「金木犀の香油なんですが、リラックス効果もあるんです。色々と神経お使いになられて大変かなと思いまして、さっき頂いた椿油のお礼です」
差し出された小瓶を見て、少し頬を染めて嬉しそうにする彼がそれを受け取る直前、炭治郎が素早く間に入って阻止した。
日向子さんと俺には背を向けているので炭治郎の表情はわからないけど、今どんな顔をしてるかは村田さんの怯えた表情を見れば一目瞭然だったし、何より音が全てを物語っている。
(一緒に話してるだけで嫉妬するのに、物を交換し合ってる現場なんて見たらそりゃこうなるわな..)
「あ、俺、用事思い出した...じゃ、じゃあ!」
震えた声でそう言うと彼は振り向きもせずにその場を走り去って行った。しばらく茫然としていた日向子さんは、炭治郎の腕を掴むと善逸に向かってこう言った。
「ちょっと炭治郎と二人で話があるんだけど、いいかな?」
そう言われた俺はこくこくと首を縦に振るしかなかった。だって..
ほんのちょっぴり、日向子さんから怒っているような音がしたからだ。
炭治郎はと言うと、生えてるはずのない獣耳が垂れてるのが見えそうなくらい酷い落ち込みようだった。
ー本当、日向子さんの事になると我慢出来ないんだよなぁー
人気のない所まで彼を連れてくると日向子はくるりと振り向く。
「炭治郎、あれはさすがに村田さんに失礼だわ。あんな風に突っぱねるなんて。思慮深い貴方ならわかると思うんだけど?」
わざとらしく語尾を強めると、炭治郎はわかりやすく肩をすぼめた。
「...はい。ごめんなさい。」
猛省してる彼を見ているとなんだか可哀想になってきて、うっと言葉を詰まらせる。
「そんなに私が他の人と関わるのが嫌なの?」
「...我慢出来る範囲はあるけど、今のは。だって、お互いの匂いを交換し合ってるみたいだった。それに俺の前であの香水つけてた事ない。」
彼にしては珍しく弱々しい声でそう呟いた。
炭治郎にとって【匂い】はとても重要な価値を持つ。
それこそ、動物的な本能によるところが大きいようで、それを日向子が他の人間と交換し合うという行為を許容出来ない。
彼の思いが、何でもないただの友愛ならば大した問題でもないだろうが、そうではないのが日向子の頭を大いに悩ませる要因だ。
ちなみに後半の言葉は、単なる独占欲による物だろう。日向子に関する事は何でも【自分が一番でないと】嫌がる。それを表に出す出さないは別として。
場合によっては毛を逆立てる勢いで怒り狂うから、少々難儀する。
「この香水はね、私がまだ師範の元で修行していた時に作り方を教えてもらったんだ。もしかしたら、鬼殺隊に入る気満々の私に、師範は女性らしい事をさせたかったのかもしれないけど」
そう言ってコロコロと小瓶を指で転がして見せる。
炭治郎は黙ってその様子を見つめていた。
「貴方の前でつけなかったのは理由があるよ。炭治郎は鼻が利くから、金木犀の強い香りを覚えたら鬼狩りにも影響してしまうかもしれないと思って。だけど、かえって嫌な思いをさせたみたいでごめんね。椿油もあとで村田さんにお返しするわ。」
「謝るのは俺の方だ!本当にごめんなさい。ただの俺の我儘で..」
「私が、一つ貴方の事でこうしようって決めてる事があるんだ」
自分のせいでと己を責め立ててる炭治郎に、日向子はあっけらかんとしてこう伝えた。
「我慢強い炭治郎が、どうしても我慢出来ない事は受け入れてあげる。私がそうしたいと思ってるんだから、貴方はもうこれ以上気にしないのよ。さ!この話はこれでおしまい。」
にこりと笑いかけてやれば、彼はぼっと顔を赤く染めて俯いてしまった。
後日、炭治郎から詫びも兼ねて椿油の香油をプレゼントされたのはここだけの話だ。