星詠み【side story】
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「ねぇ炭治郎、お願いがあるんだけど、模擬訓練に付き合ってくれない?」
「模擬訓練?」
数日前に仲直りをして、それから共に
そんな最中に、日向子姉さんからこんな提案があった。
どんなものかを伺えば、カナヲとやり合う前に同じやり方を模した練習をしてみたいということだった。
炭治郎はちょうど昨日、カナヲとの反射訓練を突破したばかりだ。
自分に出来る事なら喜んで協力すると、二つ返事で了承した。
「もちろん、俺で良ければ相手になるよ!」
「ありがとう!」
蔓延の笑みで礼を言う日向子を見て、胸がむずむずと
好きな人に頼られる、感謝されるというのはやっぱり男としては凄く嬉しい。
ただ、彼女の心は鼻が効く俺でもいまいちわからない。
口で言う通り家族愛止まりなのか、異性として意識してくれてる部分があるのか...
兎にも角にも、この戦いが終わり禰豆子を元に戻すまではそんな気を起こす気はないと言われてしまった手前、あんまりがっつくのは良くないかなと理性をフル回転させてる、つもりだ。
俺..ちゃんと今自然に笑えてるかなぁ
そう思う瞬間は、正直度々あった。
変な気は起こさないように、冷静に..冷静に
けれど。この模擬訓練とやらが炭治郎にとって思わぬ
「じゃあ、お願いします!駄目な所があったら指摘してね!」
礼儀正しく声を張り頭を下げる日向子に対し、炭治郎もまた頭を下げる。
まずは反射訓練、湯飲みの中は何も入れてない以外は本番と同じだ。
お互い同じタイミングで頭を上げる。
彼女のいつもとは違う真剣で強気な眼差しを見て、炭治郎は不覚にもどきりと心臓を跳ねさせた。
ー日向子姉さん...こんな目もするのかー
「炭治郎?」
「っ!ごめん..やろうか」
いけない、見惚れてる場合じゃない。これは訓練、日向子姉さんの為の訓練なのだから。煩悩は捨てろ炭治郎..。
そう己を律しながらいざ訓練を開始させた。
すると、日向子は数日前とは段違いの成長を見せる。
炭治郎も気を抜かない、いや、抜けなかった。
お互い本番さながらの、本気の攻防戦を繰り広げていると、ふとした瞬間に彼女の手と己の手が触れ合った。
「ッ!」
炭治郎は反射的に手を引っ込める。
すると当然だが、日向子の持つ湯飲みが持ち上げられ炭治郎へと突き出された。
日向子は
持っていた湯飲みを元の場所へことりと置いて、ふうと溜息を吐いた。
「炭治郎今、意図的に手を引かなかった?困るわ、それじゃ訓練にならないじゃない」
「...ごめん、つい。もう一度!」
脈打つ心臓を完全に無視して、炭治郎はそうチャンスを乞う。
内心驚いていたのは炭治郎も同じだった。カナヲやアオイを相手してる時は、手が触れたって全然気にならなかったのに、その相手が日向子になった瞬間、こんなにも意識してしまうだなんて、正直思わなかった。
それから何度か訓練を重ねた。やっぱり不意に肌が触れ合うのは避けられず、先程のようにあからさまに反応しないように気を付けはしたが、本気で勝とうとしてくる彼女には僅かに動作が遅れてしまう。
結果、炭治郎が勝てたのは10戦中僅か3勝。
これにはさすがの日向子も、炭治郎の調子を疑い始めてしまう。
「一体どうしたの、今日あまり調子良くない?具合悪いの?」
そう心配そうに眉を下げる彼女を見て、申し訳なさに胸がいっぱいになりつつ、ふるふると首を横に振った。
まさか、貴女と手が触れ合って緊張してしまい本気が出せませんでした。なんて口が裂けても言えない。情けない..。
「ならいいけど..じゃあ次は全身訓練やろうか!」
気を取り直してと言うようにぐっと拳を握る日向子。
そうだな..気を取り直して、気を...
そこではたと気づく。
たいして全身訓練も、炭治郎的には状況はあまり変わらない。
何故ならこれは鬼ごっこ。という事は、【どちらかが相手の体に触れない限り】終わらない。
「じゃあ日向子姉さんが攻める側をやってくれ!俺が逃げる方をやる。本番を考えたら捕らえる方をイメージ出来た方がいいだろう?」
攻守は炭治郎の方からすかさず提案した。
深い意味合いはあまり考えていないだろう彼女は、快く了承する。
どちらかをやれと言うなら、まずこの選択肢以外はあり得ない。
彼女の体に触れる、という事がそもそも俺にとっては
「炭治郎」
「?」
「本気で捕まえに行くから、炭治郎も本気で相手してね。」
っ!
日向子姉さんはいたって真剣なんだ。遊びじゃない。
それなのに、密かにこの触れ合いに
全身訓練は日向子の思うようにはなかなかいかなかった。
というのも、炭治郎は先程の反射訓練とは打って変わって動きが俊敏になり、日向子が伸ばした手を
「うー..悔しい。あと少しなんだけど」
「でもかなり良くなってるよ!足かな..足にもっとグッと力を込める感じで、血を巡らすというか」
炭治郎は説明下手なりにもアドバイスを送ると、日向子もまたふむふむと相槌を打ってイメージを作りあげるように、すうーと息を吸ってゆっくりと息を吐いた。
その時炭治郎は、大きく膨らむ彼女の胸元や額に滲む汗にふと目が奪われてしまった。
ー...まずいー
思わずバッと視線を逸らす。
「よし、何となくわかった気がする。炭治郎もう一回お願いします!」
「っ..あ、あぁ...」
すくりと日向子が立ち上がり、再度炭治郎に向き直る。この短時間で変化した彼の心境などわかる筈もなく、彼女は正面からダッと駆け出してきた。
一度意識してしまうとてんで駄目で、彼女のそれらから気を逸らすのが精一杯。
徐々に対決は日向子の優勢に変わっていく。
ピッ
僅かに日向子の指先が炭治郎の袖を掠めたその瞬間、彼女の眼の色が変わった。
「逃がさないんだから!!」
「ッ!」
その言葉を聞いて眼の色を変えたのは、炭治郎も同じであった。
パシッと日向子の手が炭治郎の腕を掴み取った瞬間、掴んだ勢いで日向子の体は後ろ倒れに、一瞬フリーズし力が抜けた炭治郎の体は吊られるように同じ方向へ傾いた。
ドタリと二人諸共床に倒れ込む。
その衝撃の痛みに顔を歪めた日向子が目を開くと、炭治郎が上に被さるような形で視界を覆っていた。
お互い全力で体を動かしていた為、肩で息をする荒い呼吸音が辺りに響く。
いつもなら
いつもの炭治郎なら、すぐに謝ってさっと体を退かしてくれる筈だった。
なのに一向にその気配がない。
それどころか..
眼の色はいつもの彼ではなく、赫い虹彩は妖しい光を放ち揺らいでいた。
「炭治郎、どいてくれる?」
「....うん」
心ここにあらずという感じの返事だ。居た堪れなくなりもぞもぞと這い出ようとするとガシッと腕を掴まれた。それは、文字通り逃がさないと言っているような力加減で
「日向子姉さん、俺も」
ー俺も逃がさないー
彼の発したその言葉が果たしてどういう意味なのかわからないまま、たまたま居合わせたアオイにこの場を強制的に収めさせられたのだった。
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