◆第弐章 そして少年達は
貴女のお名前を教えてください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜30【彼女が剣士になる理由】〜
「巫女様よくぞ..お戻りに」
何がなんだかわからず、日向子はその場で上体を起こし訳を聞くと、自分が何故拾い子なのかも、無惨を退けた理由も、ようやく合点がいった。
私は、【ヒノカミ神を祀る禍除けの一族】の遠い子孫にあたるらしいのだ。
一族の名を、巫(かんなぎ)と言った。
古くからヒノカミ神を信仰しており、その家に産まれる女児は、鬼などの禍を退ける力を持ち、
男児は、鬼を滅する力を助ける星の呼吸を操る剣士であったらしい。
しかし、ある時期より
著しく族力は衰退し、やがて通称星詠みの一族と謳われていた巫家は後継を残す事なく滅びたとされた。なのに..
「何故私は、巫家の血を継いでいるというのでしょうか?」
彼女は遠い景色を視るかのような眼差しで、こう答えた。
「表向きには滅びたとされたのです。それは、日の呼吸を操る者が鬼に殺されたから。
でも、我々は..きっと新たに日の呼吸を司る者が現れると信じています。
鬼を滅する力を持つのは、数ある呼吸の中でも太陽の息吹のみ。
そして、星詠みの巫女は太陽と共にあらんとされる存在なのです。」
「日の呼吸...」
何だろう、遠い記憶の片隅に
思い浮かぶ気がするの...でも、思い出せない。
「私の使命は、日の呼吸を操る者を探し共に添い遂げる、そういう事ですか?」
「..左様でございます。」
日向子はしばらく考えた末、きっぱりとこう告げた。
「残念ですが、私にその使命は務まりません。私は、生き別れた弟と妹を捜し、守らなければいけないという使命があるんです。
私は..もう巫ではありません。竈門日向子ですから。
ただ、助けていただいた御恩は、一生忘れません。本当にありがとうございました。」
日向子が丁寧に頭を下げると、彼女は面食らったような顔をする。
やがてくすりと笑い和やかな微笑みを称えるとこんな事を言った。
「あなたは真の強く思いやりのある方ですね。でも、力が無ければ守りたい者を守ることすら出来ませんよ。」
「っ!..それは、そうですね..」
うぐっと言葉をつまらせると、とうとう堪えきれないというように彼女は笑い出した。
最初は聖女のような人だと思ったけれど、どうやら意外な一面があるようだ。
「力が欲しいのなら、私が貴女の手助けとなりましょう。星の呼吸を身に付ける素質はある筈です」
「...あなたは一体何者なのですか?」
日向子が問うと彼女はこう答えた。
「私は、しがない一剣士です」
ーーーーー
〜31【星の呼吸】〜
こうして日向子は彼女の元で、巫家としては異例の、女児として産まれた身で一族に伝わる呼吸を身に付けるべく剣術を学び修行に明け暮れた。
代々、彼女は巫家の乳母兼教育係を行う家系の出である事を知った。
彼女の事は、便宜上師範と呼ぶ事にするが
星の呼吸の剣士として、若かりし頃は鬼殺隊に入っていたらしい。
鬼殺隊といえば日向子も聞き覚えがある。
「鬼殺隊は、文字通り鬼を滅する為に生まれた組織です。
鬼に関する情報を得るなら、隊に属する方が早いでしょう。もしかしたら弟さん達の居所も掴めるかも知れません。が..
正直私は勧められない。何故なら、あなたは
鬼舞辻無惨と、接触してしまっている。
こちらから情報を取り易ければ、向こうからも同じという事です。
巫家の特異体質を知られた事は非常にまずいことなのですよ..日向子。」
なるほどと思った..
無惨は、理由は定かではないが
彼女の能力に目をつけ利用したがっていた。
反対に脅威と判断されれば殺されるだろう。
危険だと思う。一族を根絶やしにしようとするかもしれない。でも...
「彼等と再会できる可能性があるのなら、私は鬼殺隊に入ります。そして、鬼舞辻を倒します。」
深々と首を垂れると、彼女はそういうと思っていたと少し寂しそうに笑った。
一通り剣術と体術を学び、様になってきた頃
星の呼吸について師範は教えてくれた。
「星の呼吸は、他の呼吸とは似て非なるものです。はじまりの呼吸..つまり日の呼吸から派生した多くの呼吸とは別に、星の呼吸もいわば源の呼吸なのです。
本来は、この世のあらゆる万物を司る宇宙(そら)の呼吸という意味と、日と共に生きるという意味があります。」
「あらゆる万物、日と共に生きる..
っ!だから星なのですね、星って、日に生きると書きますから」
閃いたと思いそう意気揚々と話すと、師範は確かにそうですねぇと笑っていた。
星の呼吸というのは不思議だ。
この星にあるあらゆる生命の息吹が手に取るようにわかる気がするし、水の流れ、大地の揺れ、風の声など自然と一体化するような感覚になる。
そしてそこには、常に煌々と照らし出す太陽があった。心地が良かった..。
修行を始めて一年半過ぎたころ。日向子は鬼殺隊の最終選別に送り出されることになる。
「では行って参ります。」
「日向子..この市女傘をつけていきなさい。巫家が代々禍避けに使っているものです。必ずや、生きて戻って」
日向子の背を見送った後、彼女は一羽の白鴉を飛ばした。
ーーーーー
〜32【炭治郎の真意〜side story〜】〜
「誠一郎、見合いの話は考えたか?いい加減先方に伝えなければまずいだろう」
父から呆れ気味にそう言われ、彼は唇をつぐんだ。
断ってくれと伝えると頭を抱えるようにこう言うのだ。
「こんな事は言いたくはないが、お前もそろそろ妻を娶って腰を落ち着かせたらどうなんだ。日向子さんにその気がないのなら、お前がいくら思ったところで仕方がないのだから」
わかっている、そんな事は..
それでも、誠一郎はどうしても諦められずにいる。
3年前に彼女へ贈った文の返事は、彼女らしい最もな理由と丁寧な言葉選びでしたためられていた。
それならば仕方ないとして、数年が経つが、
相変わらず彼女は誰に対しても靡 ない、そんな女性だった。
その時、屋敷に人が訪ねて来た。
彼等は鬼殺隊と名乗り、異常事態が起きた事を知らせた。
「この町の近くで鬼が出現し人が殺されました。夜は決して外へ出ぬように。」
彼等はそう言うが、いきなり鬼が出たなど理解が追いつく筈もない。誰が殺されたのかと父が問いただすと
耳を疑うような内容だった。
「竈門家の一家です。」
そんな...
まさか、そんな事があるわけ
彼等は伝える事を伝え風のように去っていった。
町中大騒ぎで、特に三郎爺さんはやはり出た..鬼がと狂ったように叫んでいた。
茫然とするしかない時間を過ごしていると、
程なくして炭治郎と禰豆子の姿を見かけ、彼は思わず呼び止めた。
「炭治郎君!!君達、無事だったのか」
炭治郎は振り返ると、目を見開いてこちらを見ていた。
彼とは時折、炭を売りに来てくれていた時に会っていたが、どうやら誠一郎は彼によく思われていないらしく、どうしたものかと思う悩みの種でもあった。
しかしなりふり構っていられない。
日向子の安否がどうしても気になったから。
「竈門家は..日向子さんは無事かい?」
そう問いかけると、炭治郎は途端に顔色を曇らせて俯く。やがてこう発した。
「日向子姉さんは何処にも居ません。
殺されたのかも生きているのかもわからない。町にはいないのですね?」
こくりと頷くと、そうですかとだけ呟き
彼等はこの町を出るつもりなのだと話す。
詳しくは言わなかったが、ある目的がある事と、姉を探す旅に出ると。
日向子の名前を口にした時、
弟がするには何とも切な過ぎる表情をするものだから、何となくだが誠一郎は察した。
彼は、本当に彼女の事が大好きなのだ。
その想いは、血縁の垣根を超えているような気がした。
ーーーーー
〜33【家族】〜
炭治郎は黙って日向子の話を聞いていた。
なんて壮絶な経験をしてきたと言うのだろう。
彼女は、家族が殺される様を目の当たりにし、生身で鬼に立ち向かい、傷付き、身体を病み、運命を背負って、俺よりも短い期間で最終選別に昇り詰めるほどのキツい修行を積んできた。
あぁ..己が情けなくやるせない。
過去には戻れないし帰れないとわかっているが
彼女が辛い時に自分は気付いてやることも側にいて助ける事すら出来なかった。
女の子の日向子姉さんに、随分と酷な思いを、させてしまった事を、深く後悔した。
「まぁ、そんな事があって..って、ちょっと炭治郎!?」
炭治郎は勢いよく地面に頭をつけて土下座をし始めたのだから、日向子は驚き慌てて制する。それでも炭治郎は姿勢を崩さない。
「申し訳ない日向子姉さん。あなただけにそんなに辛い思いをさせて、あの時俺が山を降りていなかったら俺が家族を守れるくらい強かったら何か変わっていたか、後悔する度にそう思う。今度は姉さんだけに辛い思いはさせないから、俺も一緒にあなたと運命を....共に........」
あれ、俺は今ひょっとして
物凄く恥ずかしい事を言っているのでは?
ただ、彼女だけに重い荷物を背負って欲しくなくて、枷があるなら俺が取っ払ってあげたいと、そう思って発した言葉だったけれど、
かぁーっと顔が熱くなるのを感じた。日向子姉さんはじっとこちらを見ている。
あぁ..穴があったら入りたい。
「うん、これからはずっと一緒だよ。
だって私達..家族だもんね」
そう言って日向子は炭治郎の頭を撫でる。
懐かしい感覚に涙が滲む。
彼女は少しだけ父に似ている。
こちらの一喜一憂を知ってか知らずか、少しの動作で心を宥めてくれる。
「ねぇ炭治郎..あなたに言ってなかった事っていうのはね、私は実は拾い子で竈門家とは血が繋がっていないということなの。
そんなでも..家族と思ってくれる?」
彼女は不安気にそう問いかける。
そんなもの、当たり前なのに..この人は。
「日向子姉さんは竈門家の人間で、俺たちの家族なのは昔から変わらない。
誰がなんと言おうとそうだ。実を言うと、俺は知ってたんだ..ごめん、言ってなくて」
そう答えると日向子はなんだと安堵したように、蔓延 の笑みでありがとうと言った。
あぁ、秘密裏にしてる事があるのは、どちらかと言えば自分の方だ。家族と予防線を張り、
この笑みを見るたびに抑えがたい感情がある事を、ひた隠しているのだから
ーーーーー
〜34【苦悩】〜
あれから数日、何体か鬼と対峙したが、
初日の鬼には及ばず、改めてどれだけ手強い鬼であったのか実感する。
とは言え、夜通し神経を尖らせて遭遇した鬼と戦闘するというのは、かなり身体にこたえており、それは日向子姉さんも同様であるようだった。
山には鬼だけでなく、獣も普通に見かけたので、仕方なく手頃な太い木の上で身体を休める事もしばしば。
「炭治郎」
「どうした?日向子姉さん」
彼女は少し気まずそうに言い淀んでいると、しばらくして意を決したようにこんな事を言った。
「あのね、さすがに身体を清めたいんだけど..ちょっとここで休んでて貰ってもいいかな?もちろん炭治郎もそうしてくれていいから!」
...それは、
近場の小川で水浴びをしたいという訴えに他ならなかった。
いや、そりゃあ姉さんも女の子だから気にすると思うし、男の俺から言わなかったのは気が効かなくて申し訳ないなと思う。
勿論構わないと言うと、礼を行って立ち去ろうとするので慌てて引き留めた。
「あ!...えと、鬼じゃなくても獣や、他の剣士達と鉢合わせるかもしれないから、俺、見張ってるよ」
日向子姉さんは一瞬きょとりとしていたが、
それはさすがに...と視線を逸らすので、慌てて弁明する。
「ごめん!そうじゃなくて、絶対見ないから!
鼻が効く距離で待ってた方が、俺も安心なんだ」
そう言うことならとようやく理解してくれたようで、お言葉に甘えようかという話になった。
いや見るつもりとか全然これっぽっちもなかったけど..非常に気まずい。
炭治郎は岩陰の後ろで目を瞑り、控えていた。
衣ずれの音が時折聴こえる度に、心臓が跳ねる思いだった。
やがて、冷たーっと叫ぶ声と共に水面が揺れる音がする。
家にいた頃は、もちろんこういう場面は意識して避けてたし、向こうも同じだったと思うけど、なんだかムズムズする感覚を覚える。
こういう時ばかり、五感が敏感に冴えるようで
嫌になるなと思う。
しばらくすると、彼女はありがとうと言い戻ってくる。服は仕方ないので同じものを着るしかないそうだが、姉さんはちょっぴり不満そうだ。
元来綺麗好きだったからなぁ、炭治郎がすすで顔を汚す度に拭いてくれていたのを思い出した。
水が滴る髪の毛を見てドキッとする。
何となく見てはダメだと思い目線を逸らした。
「炭治郎も浴びておいで?気持ちいいよ」
あぁ、日向子姉さんの声がむず痒い。
7日目の朝はまだだろうか、炭治郎は空を仰いだ。
ーーーーー
「巫女様よくぞ..お戻りに」
何がなんだかわからず、日向子はその場で上体を起こし訳を聞くと、自分が何故拾い子なのかも、無惨を退けた理由も、ようやく合点がいった。
私は、【ヒノカミ神を祀る禍除けの一族】の遠い子孫にあたるらしいのだ。
一族の名を、巫(かんなぎ)と言った。
古くからヒノカミ神を信仰しており、その家に産まれる女児は、鬼などの禍を退ける力を持ち、
男児は、鬼を滅する力を助ける星の呼吸を操る剣士であったらしい。
しかし、ある時期より
著しく族力は衰退し、やがて通称星詠みの一族と謳われていた巫家は後継を残す事なく滅びたとされた。なのに..
「何故私は、巫家の血を継いでいるというのでしょうか?」
彼女は遠い景色を視るかのような眼差しで、こう答えた。
「表向きには滅びたとされたのです。それは、日の呼吸を操る者が鬼に殺されたから。
でも、我々は..きっと新たに日の呼吸を司る者が現れると信じています。
鬼を滅する力を持つのは、数ある呼吸の中でも太陽の息吹のみ。
そして、星詠みの巫女は太陽と共にあらんとされる存在なのです。」
「日の呼吸...」
何だろう、遠い記憶の片隅に
思い浮かぶ気がするの...でも、思い出せない。
「私の使命は、日の呼吸を操る者を探し共に添い遂げる、そういう事ですか?」
「..左様でございます。」
日向子はしばらく考えた末、きっぱりとこう告げた。
「残念ですが、私にその使命は務まりません。私は、生き別れた弟と妹を捜し、守らなければいけないという使命があるんです。
私は..もう巫ではありません。竈門日向子ですから。
ただ、助けていただいた御恩は、一生忘れません。本当にありがとうございました。」
日向子が丁寧に頭を下げると、彼女は面食らったような顔をする。
やがてくすりと笑い和やかな微笑みを称えるとこんな事を言った。
「あなたは真の強く思いやりのある方ですね。でも、力が無ければ守りたい者を守ることすら出来ませんよ。」
「っ!..それは、そうですね..」
うぐっと言葉をつまらせると、とうとう堪えきれないというように彼女は笑い出した。
最初は聖女のような人だと思ったけれど、どうやら意外な一面があるようだ。
「力が欲しいのなら、私が貴女の手助けとなりましょう。星の呼吸を身に付ける素質はある筈です」
「...あなたは一体何者なのですか?」
日向子が問うと彼女はこう答えた。
「私は、しがない一剣士です」
ーーーーー
〜31【星の呼吸】〜
こうして日向子は彼女の元で、巫家としては異例の、女児として産まれた身で一族に伝わる呼吸を身に付けるべく剣術を学び修行に明け暮れた。
代々、彼女は巫家の乳母兼教育係を行う家系の出である事を知った。
彼女の事は、便宜上師範と呼ぶ事にするが
星の呼吸の剣士として、若かりし頃は鬼殺隊に入っていたらしい。
鬼殺隊といえば日向子も聞き覚えがある。
「鬼殺隊は、文字通り鬼を滅する為に生まれた組織です。
鬼に関する情報を得るなら、隊に属する方が早いでしょう。もしかしたら弟さん達の居所も掴めるかも知れません。が..
正直私は勧められない。何故なら、あなたは
鬼舞辻無惨と、接触してしまっている。
こちらから情報を取り易ければ、向こうからも同じという事です。
巫家の特異体質を知られた事は非常にまずいことなのですよ..日向子。」
なるほどと思った..
無惨は、理由は定かではないが
彼女の能力に目をつけ利用したがっていた。
反対に脅威と判断されれば殺されるだろう。
危険だと思う。一族を根絶やしにしようとするかもしれない。でも...
「彼等と再会できる可能性があるのなら、私は鬼殺隊に入ります。そして、鬼舞辻を倒します。」
深々と首を垂れると、彼女はそういうと思っていたと少し寂しそうに笑った。
一通り剣術と体術を学び、様になってきた頃
星の呼吸について師範は教えてくれた。
「星の呼吸は、他の呼吸とは似て非なるものです。はじまりの呼吸..つまり日の呼吸から派生した多くの呼吸とは別に、星の呼吸もいわば源の呼吸なのです。
本来は、この世のあらゆる万物を司る宇宙(そら)の呼吸という意味と、日と共に生きるという意味があります。」
「あらゆる万物、日と共に生きる..
っ!だから星なのですね、星って、日に生きると書きますから」
閃いたと思いそう意気揚々と話すと、師範は確かにそうですねぇと笑っていた。
星の呼吸というのは不思議だ。
この星にあるあらゆる生命の息吹が手に取るようにわかる気がするし、水の流れ、大地の揺れ、風の声など自然と一体化するような感覚になる。
そしてそこには、常に煌々と照らし出す太陽があった。心地が良かった..。
修行を始めて一年半過ぎたころ。日向子は鬼殺隊の最終選別に送り出されることになる。
「では行って参ります。」
「日向子..この市女傘をつけていきなさい。巫家が代々禍避けに使っているものです。必ずや、生きて戻って」
日向子の背を見送った後、彼女は一羽の白鴉を飛ばした。
ーーーーー
〜32【炭治郎の真意〜side story〜】〜
「誠一郎、見合いの話は考えたか?いい加減先方に伝えなければまずいだろう」
父から呆れ気味にそう言われ、彼は唇をつぐんだ。
断ってくれと伝えると頭を抱えるようにこう言うのだ。
「こんな事は言いたくはないが、お前もそろそろ妻を娶って腰を落ち着かせたらどうなんだ。日向子さんにその気がないのなら、お前がいくら思ったところで仕方がないのだから」
わかっている、そんな事は..
それでも、誠一郎はどうしても諦められずにいる。
3年前に彼女へ贈った文の返事は、彼女らしい最もな理由と丁寧な言葉選びでしたためられていた。
それならば仕方ないとして、数年が経つが、
相変わらず彼女は誰に対しても
その時、屋敷に人が訪ねて来た。
彼等は鬼殺隊と名乗り、異常事態が起きた事を知らせた。
「この町の近くで鬼が出現し人が殺されました。夜は決して外へ出ぬように。」
彼等はそう言うが、いきなり鬼が出たなど理解が追いつく筈もない。誰が殺されたのかと父が問いただすと
耳を疑うような内容だった。
「竈門家の一家です。」
そんな...
まさか、そんな事があるわけ
彼等は伝える事を伝え風のように去っていった。
町中大騒ぎで、特に三郎爺さんはやはり出た..鬼がと狂ったように叫んでいた。
茫然とするしかない時間を過ごしていると、
程なくして炭治郎と禰豆子の姿を見かけ、彼は思わず呼び止めた。
「炭治郎君!!君達、無事だったのか」
炭治郎は振り返ると、目を見開いてこちらを見ていた。
彼とは時折、炭を売りに来てくれていた時に会っていたが、どうやら誠一郎は彼によく思われていないらしく、どうしたものかと思う悩みの種でもあった。
しかしなりふり構っていられない。
日向子の安否がどうしても気になったから。
「竈門家は..日向子さんは無事かい?」
そう問いかけると、炭治郎は途端に顔色を曇らせて俯く。やがてこう発した。
「日向子姉さんは何処にも居ません。
殺されたのかも生きているのかもわからない。町にはいないのですね?」
こくりと頷くと、そうですかとだけ呟き
彼等はこの町を出るつもりなのだと話す。
詳しくは言わなかったが、ある目的がある事と、姉を探す旅に出ると。
日向子の名前を口にした時、
弟がするには何とも切な過ぎる表情をするものだから、何となくだが誠一郎は察した。
彼は、本当に彼女の事が大好きなのだ。
その想いは、血縁の垣根を超えているような気がした。
ーーーーー
〜33【家族】〜
炭治郎は黙って日向子の話を聞いていた。
なんて壮絶な経験をしてきたと言うのだろう。
彼女は、家族が殺される様を目の当たりにし、生身で鬼に立ち向かい、傷付き、身体を病み、運命を背負って、俺よりも短い期間で最終選別に昇り詰めるほどのキツい修行を積んできた。
あぁ..己が情けなくやるせない。
過去には戻れないし帰れないとわかっているが
彼女が辛い時に自分は気付いてやることも側にいて助ける事すら出来なかった。
女の子の日向子姉さんに、随分と酷な思いを、させてしまった事を、深く後悔した。
「まぁ、そんな事があって..って、ちょっと炭治郎!?」
炭治郎は勢いよく地面に頭をつけて土下座をし始めたのだから、日向子は驚き慌てて制する。それでも炭治郎は姿勢を崩さない。
「申し訳ない日向子姉さん。あなただけにそんなに辛い思いをさせて、あの時俺が山を降りていなかったら俺が家族を守れるくらい強かったら何か変わっていたか、後悔する度にそう思う。今度は姉さんだけに辛い思いはさせないから、俺も一緒にあなたと運命を....共に........」
あれ、俺は今ひょっとして
物凄く恥ずかしい事を言っているのでは?
ただ、彼女だけに重い荷物を背負って欲しくなくて、枷があるなら俺が取っ払ってあげたいと、そう思って発した言葉だったけれど、
かぁーっと顔が熱くなるのを感じた。日向子姉さんはじっとこちらを見ている。
あぁ..穴があったら入りたい。
「うん、これからはずっと一緒だよ。
だって私達..家族だもんね」
そう言って日向子は炭治郎の頭を撫でる。
懐かしい感覚に涙が滲む。
彼女は少しだけ父に似ている。
こちらの一喜一憂を知ってか知らずか、少しの動作で心を宥めてくれる。
「ねぇ炭治郎..あなたに言ってなかった事っていうのはね、私は実は拾い子で竈門家とは血が繋がっていないということなの。
そんなでも..家族と思ってくれる?」
彼女は不安気にそう問いかける。
そんなもの、当たり前なのに..この人は。
「日向子姉さんは竈門家の人間で、俺たちの家族なのは昔から変わらない。
誰がなんと言おうとそうだ。実を言うと、俺は知ってたんだ..ごめん、言ってなくて」
そう答えると日向子はなんだと安堵したように、
あぁ、秘密裏にしてる事があるのは、どちらかと言えば自分の方だ。家族と予防線を張り、
この笑みを見るたびに抑えがたい感情がある事を、ひた隠しているのだから
ーーーーー
〜34【苦悩】〜
あれから数日、何体か鬼と対峙したが、
初日の鬼には及ばず、改めてどれだけ手強い鬼であったのか実感する。
とは言え、夜通し神経を尖らせて遭遇した鬼と戦闘するというのは、かなり身体にこたえており、それは日向子姉さんも同様であるようだった。
山には鬼だけでなく、獣も普通に見かけたので、仕方なく手頃な太い木の上で身体を休める事もしばしば。
「炭治郎」
「どうした?日向子姉さん」
彼女は少し気まずそうに言い淀んでいると、しばらくして意を決したようにこんな事を言った。
「あのね、さすがに身体を清めたいんだけど..ちょっとここで休んでて貰ってもいいかな?もちろん炭治郎もそうしてくれていいから!」
...それは、
近場の小川で水浴びをしたいという訴えに他ならなかった。
いや、そりゃあ姉さんも女の子だから気にすると思うし、男の俺から言わなかったのは気が効かなくて申し訳ないなと思う。
勿論構わないと言うと、礼を行って立ち去ろうとするので慌てて引き留めた。
「あ!...えと、鬼じゃなくても獣や、他の剣士達と鉢合わせるかもしれないから、俺、見張ってるよ」
日向子姉さんは一瞬きょとりとしていたが、
それはさすがに...と視線を逸らすので、慌てて弁明する。
「ごめん!そうじゃなくて、絶対見ないから!
鼻が効く距離で待ってた方が、俺も安心なんだ」
そう言うことならとようやく理解してくれたようで、お言葉に甘えようかという話になった。
いや見るつもりとか全然これっぽっちもなかったけど..非常に気まずい。
炭治郎は岩陰の後ろで目を瞑り、控えていた。
衣ずれの音が時折聴こえる度に、心臓が跳ねる思いだった。
やがて、冷たーっと叫ぶ声と共に水面が揺れる音がする。
家にいた頃は、もちろんこういう場面は意識して避けてたし、向こうも同じだったと思うけど、なんだかムズムズする感覚を覚える。
こういう時ばかり、五感が敏感に冴えるようで
嫌になるなと思う。
しばらくすると、彼女はありがとうと言い戻ってくる。服は仕方ないので同じものを着るしかないそうだが、姉さんはちょっぴり不満そうだ。
元来綺麗好きだったからなぁ、炭治郎がすすで顔を汚す度に拭いてくれていたのを思い出した。
水が滴る髪の毛を見てドキッとする。
何となく見てはダメだと思い目線を逸らした。
「炭治郎も浴びておいで?気持ちいいよ」
あぁ、日向子姉さんの声がむず痒い。
7日目の朝はまだだろうか、炭治郎は空を仰いだ。
ーーーーー