◆第拾壱章 吊り合いゆく天秤
貴女のお名前を教えてください
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〜327【本音を言うなら】〜
まるで時が止まったかのような空間の中で、二人は至近距離で見つめ合う。
そしてその距離は、どちらからともなく惹かれゆく事により徐々に縮まっていった。
視 えているのは目の前の想い人のみ。考えるのは相手とどうなりたいか、ただそれだけ。
そんな状態だから、それ以外の気配など気づくはずもなかった。
ー実際に第三者の声が割って入るまでは...ー
「おいっ!!」
「「ッッ!!」」
反射的に体を引き剥がし何でもないフリをしたのは日向子、炭治郎はと言うと彼女にぐいっと押しのけられた状態で顔を反対方向を向けさせられていた。
内心パニック状態の二人の元へ駆け寄って来たのは、概ね傷は癒えたものの、度々蝶屋敷で治療にかかっていたらしい鋼鐡塚であった。
彼は興奮気味に、だが心底嬉しそうな声色でこう発する。
「聞いたぞ!日向子、父親の日輪刀が見つかったってな!炭治郎が探してくれたんだっ....どうしたお前ら、二人して地に尻餅ついて」
「ぁ!これは、私が転びそうになった所を炭治郎が支えてくれて、何でもないんです!」
日向子はぶんぶんと顔の前で両手を振る。苦し紛れの言い訳であったが、鋼鐡塚はふーんと首を傾げただけだった。
相手が良かったようで、どうやら大した不信感も与えずにこの場を切り抜けられたらしい。
一方、あははと笑ってごまかす日向子を見た炭治郎は、敢えて少しむくれた表情を見せる。
確かに、恋仲になった事実は周りに内密にすると約束し合ったから、彼女の反応は自然と言えば自然なのかもしれないけれど
(こんな徹底的に隠さなければいけないなんて)
ーせっかく良い雰囲気だったのに...ー
言い出したのは自分である事をすっかり棚に上げ、炭治郎は口を尖らせた。
勿論、約束は約束だから他言するつもりは一切ないが、今後彼女に言い寄る悪い虫が出ないとも限らないから、牽制 の意味でも周りに見せつけてやりたい。この子は俺のなのだと。
そんな気持ちも正直無くはない...。
(こんな事今更日向子さんには、言えないけれど)
そんな炭治郎の複雑な心中を他所に、鋼鐡塚は彼らに対して話を続ける。
「その鍔、お前の日輪刀に付け替えてやる」
「え、いいんですか?!」
問題ない、寄越しなと言う彼の手に、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせながら炭治郎から受け取った鍔を渡した。もやりとした心も、そんな日向子の顔を見たら何処かへ消え去り、炭治郎はゆるりと口元に弧を描いた。
ーーーーー
〜328【茜色の予兆】〜
鋼鐡塚は鍔を受け取ると、太陽光に翳 したり指で擦ったりして状態を確認していた。
その手つき目つきは職人さながらで、日向子も炭治郎もその光景を固唾を飲んで見守る。
「よし、今は錆び付いてるが研磨すれば元通りに近い状態に戻るだろう。それに、籠目模様の鍔は巫一族の剣士の証だ。これは実に鉄の質がいい..刀身もそれ相当のものだったに違いない。素晴らしい!」
(そんな特別な刀だったんだ...父さんの刀は)
「あぁ...その、刀身は残念ながら根本からぱっきり折れてて、辺りも探したが見つけられなかった。日向子さっ...姉さん。すまない」
炭治郎が俯き加減でそう告げた。慌てて日向子は首をふるふると左右に振る。
炭治郎が気負う必要などない。寧ろ感謝してもしきれない。本当はこの闘いが終わったら、自ら探しに行こうと思っていた。
二枚舌だったあの鬼の言う事の、どこまでが真実だったかもわからない、そもそも根拠もなかった。
それでも構わなかった。日向子は実の親の面影を求めて、あの山へ還るつもりでいたから...
「何であなたが謝るの?私は、これを見つけてきてくれただけで、それだけで十分よ炭治郎。本当に嬉しかった。あなたが居なければ、私は父さんと再会を果たせなかったかもしれない。だからね、会わせてくれてありがとう。」
弾けるような笑みを浮かべて彼女は炭治郎の手をぎゅっと握り締める。それを受けた彼は一瞬どきまぎとしつつも、次第に顔全体を緩ませていった。
「うん、どういたしまして。日向子姉さんが喜んでくれたなら、それだけで俺も満足だ。」
和やかに笑い合っていると、こほんと横で鋼鐡塚さんが咳払いをする音が聞こえ、二人はハッとなる。
気のせいか、あまり機嫌が宜しそうではない。
日向子も炭治郎も慌てて互いに距離を取り、気まずそうに目線を逸らした。
「とにかく、これはしばらく俺が預かり受ける。3日もあればいい」
「はい、宜しくお願いします!」
ちょうど日向子もあと1週間弱もすれば通常の生活が出来るようになるとしのぶから言われており、時期に鍛錬への参加も認められていた。
鋼鐡塚と別れると、日向子はくるりと炭治郎の方へ向き直る。
「炭治郎はいつから柱稽古に参加するの?さすがに今日はもう夕方だし、明日以降かしら?」
「そうだな..うん」
炭治郎は節目がちにそう呟くと、意を決したように彼女を見据えた。
「今夜、話したいな。二人きりで...」
ーーーーー
〜329【後悔はしたくない】〜
ー話したい、二人きりで...ー
そう伝えれば彼女は快く了承してくれた。
でも俺が敢えて【二人きりで】と言った意図まで、伝わっただろうか。
明日から稽古に入れば、また暫くの間日向子さんと離れ離れになるし、鍛錬に明け暮れれば気軽に会う事は叶わない。この機を逃したら、またいつ二人の時間を過ごせるかわからない。
本当に申し訳ないけど、今は善逸や伊之助達も居ないから、比較的彼女に接近しやすい。
今夜が彼女を独占出来る数少ないチャンスだと思うと、絶対に逃したくないのだ。
ー日向子さんは、その事気付いてるのかなー
見た感じも匂いも、こうして話してる分には普段と変わらない。いつもの見慣れた日向子さん。本当に彼女は、俺の事を好きなんだよな?
ほんの少し、それが不安になったりする。やっぱり俺ばかりが、彼女のことを好きなんじゃないかって思ってしまう時もあるけど、そんな日向子さんも少しスイッチが入ると蕩 けた表情を見せてくれて、その気になってくれているのかなと思う。
それがどうしようもなく俺の興奮を掻き立てる。
だから...
【誰にも邪魔されない空間に、彼女を誘い込みたい】
あぁ、本当に浅ましい。俺ってこんな奴だったのか。理性とは裏腹に下心ばかりが先立っていく。でも、我慢したくない...
ー「俺達って、いつ死ぬかわからないからさ。出来るだけ悔いのないように今を生きたいんだよねぇ」ー
いつしか善逸がぼやいていた言葉を思い出す。今なら間髪入れずに返すだろう。まったくもってその通りだと。
明日生きているという保証が、常人に比べて低い仕事をしている俺達は、【後悔】というものをなるべくしない方向で生きていくべきだ。
好物をたらふく食すのもいいし、思い出の場所に足を運ぶのもいい。大切な人達との時間を目一杯過ごすのも大事だ。家族、仲間、恩師、そして最愛の恋人
卑しくなっても構わない。手を伸ばそうと思えば届くものが近くにあるのに、自らそれを躊躇う事に意味は無い。
ちゃんと度を理解した上で、少しの我儘くらいならきっと、心優しい日向子さんなら許してくれる。
きっと...
「禰豆子」
日が沈みきった頃、そっと箱の外から呼び掛けると、ひょっこりと禰豆子が顔を出した。
どうしたのと首を傾ける妹に対し、気恥ずかしいながらもこう発する。
「すまない、今夜はここで留守番しててくれないか。俺、少し日向子姉さんの所に行ってくるよ」
ーーーーー
〜330【親心】〜
そう伝えれば、禰豆子は微笑ましそうにこくりと頷いた。でも彼女はきっと気付いていないと思う。ただ単に、俺は【姉さん】と会うだけと思ってる。まさか自分の姉と兄が、知らぬ間に恋人同士になってるなんて思いもしないだろう。
ーすまない...禰豆子ー
実の妹の事を思うと、少し後ろめたくなる。
鬼になる以前に、日向子さんへの本当の気持ちは禰豆子には一切話した事がない。おいそれと言えるような内容ではなかった。
あのまま家族が被害に遭わず皆健在で、一つ屋根の下暮らし続けていられたなら、彼女への恋情は意地でも自分の中にひた隠しにしていたのかもしれないと思った事さえある。
それまでの幸せは竈門家皆のもの、家族として既に調和が取れていた。それを壊したり掻き乱したりして、周りを巻き込む勇気はとても無かった。まさに日向子さんが前に言っていたことだ。
だが今となっては、俺と禰豆子と日向子さんだけが生き残り、妹の方はせいぜい幼子程度の思考力しかもたなくなってしまった。この点においては完全に俺の都合だけど、躊躇うしがらみが無くなった。
「禰豆子、お前を人に戻したら...したら全てを話すからな。だからそれまではごめん。こんな兄ちゃんを許してくれ」
全て
母さんと弟妹達はもうこの世にいない事。
あの吹雪の夜の出来事。禰豆子が鬼と成り果てた経緯。
俺達が刀を取り共に戦ってきた記憶。
仲間や尊敬する人達との出会い。
日向子姉さんへの想い、恋仲になった事実。
そしてそれらを禰豆子に伝えた時。自分と日向子さん二人共が生き残り、それから先の人生において、彼女の側に居る事が出来ると、守って行けると胸を張って言えた暁には..
ー【俺は彼女に結婚を申し込みたい】ー
例え日向子さんがどんな反応をしようと、どんな返事が返ってこようとも、男として彼女を生涯支えていきたいという俺の意志は変わらない。
変わらないんだ..。
ー「お前が日向子にいつしか簪を贈ったとしても、何も不思議に思わない。炭治郎、お前が1人の人間としてそう思ったのなら..止める事はしないし、それはきっと母さん達も同じだろう」ー
父さん...
あの時はああ言ってくれてありがとう。
今思えば、父さんには全部お見通しだったに違いない。あの言葉が無ければ俺は、今頃二の足を踏んでいただろうから。
「じゃあ、先に休んでていいからな禰豆子。」
妹の頭を一撫でして、炭治郎はすくりと立ち上がった。
ーーーーー
まるで時が止まったかのような空間の中で、二人は至近距離で見つめ合う。
そしてその距離は、どちらからともなく惹かれゆく事により徐々に縮まっていった。
そんな状態だから、それ以外の気配など気づくはずもなかった。
ー実際に第三者の声が割って入るまでは...ー
「おいっ!!」
「「ッッ!!」」
反射的に体を引き剥がし何でもないフリをしたのは日向子、炭治郎はと言うと彼女にぐいっと押しのけられた状態で顔を反対方向を向けさせられていた。
内心パニック状態の二人の元へ駆け寄って来たのは、概ね傷は癒えたものの、度々蝶屋敷で治療にかかっていたらしい鋼鐡塚であった。
彼は興奮気味に、だが心底嬉しそうな声色でこう発する。
「聞いたぞ!日向子、父親の日輪刀が見つかったってな!炭治郎が探してくれたんだっ....どうしたお前ら、二人して地に尻餅ついて」
「ぁ!これは、私が転びそうになった所を炭治郎が支えてくれて、何でもないんです!」
日向子はぶんぶんと顔の前で両手を振る。苦し紛れの言い訳であったが、鋼鐡塚はふーんと首を傾げただけだった。
相手が良かったようで、どうやら大した不信感も与えずにこの場を切り抜けられたらしい。
一方、あははと笑ってごまかす日向子を見た炭治郎は、敢えて少しむくれた表情を見せる。
確かに、恋仲になった事実は周りに内密にすると約束し合ったから、彼女の反応は自然と言えば自然なのかもしれないけれど
(こんな徹底的に隠さなければいけないなんて)
ーせっかく良い雰囲気だったのに...ー
言い出したのは自分である事をすっかり棚に上げ、炭治郎は口を尖らせた。
勿論、約束は約束だから他言するつもりは一切ないが、今後彼女に言い寄る悪い虫が出ないとも限らないから、
そんな気持ちも正直無くはない...。
(こんな事今更日向子さんには、言えないけれど)
そんな炭治郎の複雑な心中を他所に、鋼鐡塚は彼らに対して話を続ける。
「その鍔、お前の日輪刀に付け替えてやる」
「え、いいんですか?!」
問題ない、寄越しなと言う彼の手に、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせながら炭治郎から受け取った鍔を渡した。もやりとした心も、そんな日向子の顔を見たら何処かへ消え去り、炭治郎はゆるりと口元に弧を描いた。
ーーーーー
〜328【茜色の予兆】〜
鋼鐡塚は鍔を受け取ると、太陽光に
その手つき目つきは職人さながらで、日向子も炭治郎もその光景を固唾を飲んで見守る。
「よし、今は錆び付いてるが研磨すれば元通りに近い状態に戻るだろう。それに、籠目模様の鍔は巫一族の剣士の証だ。これは実に鉄の質がいい..刀身もそれ相当のものだったに違いない。素晴らしい!」
(そんな特別な刀だったんだ...父さんの刀は)
「あぁ...その、刀身は残念ながら根本からぱっきり折れてて、辺りも探したが見つけられなかった。日向子さっ...姉さん。すまない」
炭治郎が俯き加減でそう告げた。慌てて日向子は首をふるふると左右に振る。
炭治郎が気負う必要などない。寧ろ感謝してもしきれない。本当はこの闘いが終わったら、自ら探しに行こうと思っていた。
二枚舌だったあの鬼の言う事の、どこまでが真実だったかもわからない、そもそも根拠もなかった。
それでも構わなかった。日向子は実の親の面影を求めて、あの山へ還るつもりでいたから...
「何であなたが謝るの?私は、これを見つけてきてくれただけで、それだけで十分よ炭治郎。本当に嬉しかった。あなたが居なければ、私は父さんと再会を果たせなかったかもしれない。だからね、会わせてくれてありがとう。」
弾けるような笑みを浮かべて彼女は炭治郎の手をぎゅっと握り締める。それを受けた彼は一瞬どきまぎとしつつも、次第に顔全体を緩ませていった。
「うん、どういたしまして。日向子姉さんが喜んでくれたなら、それだけで俺も満足だ。」
和やかに笑い合っていると、こほんと横で鋼鐡塚さんが咳払いをする音が聞こえ、二人はハッとなる。
気のせいか、あまり機嫌が宜しそうではない。
日向子も炭治郎も慌てて互いに距離を取り、気まずそうに目線を逸らした。
「とにかく、これはしばらく俺が預かり受ける。3日もあればいい」
「はい、宜しくお願いします!」
ちょうど日向子もあと1週間弱もすれば通常の生活が出来るようになるとしのぶから言われており、時期に鍛錬への参加も認められていた。
鋼鐡塚と別れると、日向子はくるりと炭治郎の方へ向き直る。
「炭治郎はいつから柱稽古に参加するの?さすがに今日はもう夕方だし、明日以降かしら?」
「そうだな..うん」
炭治郎は節目がちにそう呟くと、意を決したように彼女を見据えた。
「今夜、話したいな。二人きりで...」
ーーーーー
〜329【後悔はしたくない】〜
ー話したい、二人きりで...ー
そう伝えれば彼女は快く了承してくれた。
でも俺が敢えて【二人きりで】と言った意図まで、伝わっただろうか。
明日から稽古に入れば、また暫くの間日向子さんと離れ離れになるし、鍛錬に明け暮れれば気軽に会う事は叶わない。この機を逃したら、またいつ二人の時間を過ごせるかわからない。
本当に申し訳ないけど、今は善逸や伊之助達も居ないから、比較的彼女に接近しやすい。
今夜が彼女を独占出来る数少ないチャンスだと思うと、絶対に逃したくないのだ。
ー日向子さんは、その事気付いてるのかなー
見た感じも匂いも、こうして話してる分には普段と変わらない。いつもの見慣れた日向子さん。本当に彼女は、俺の事を好きなんだよな?
ほんの少し、それが不安になったりする。やっぱり俺ばかりが、彼女のことを好きなんじゃないかって思ってしまう時もあるけど、そんな日向子さんも少しスイッチが入ると
それがどうしようもなく俺の興奮を掻き立てる。
だから...
【誰にも邪魔されない空間に、彼女を誘い込みたい】
あぁ、本当に浅ましい。俺ってこんな奴だったのか。理性とは裏腹に下心ばかりが先立っていく。でも、我慢したくない...
ー「俺達って、いつ死ぬかわからないからさ。出来るだけ悔いのないように今を生きたいんだよねぇ」ー
いつしか善逸がぼやいていた言葉を思い出す。今なら間髪入れずに返すだろう。まったくもってその通りだと。
明日生きているという保証が、常人に比べて低い仕事をしている俺達は、【後悔】というものをなるべくしない方向で生きていくべきだ。
好物をたらふく食すのもいいし、思い出の場所に足を運ぶのもいい。大切な人達との時間を目一杯過ごすのも大事だ。家族、仲間、恩師、そして最愛の恋人
卑しくなっても構わない。手を伸ばそうと思えば届くものが近くにあるのに、自らそれを躊躇う事に意味は無い。
ちゃんと度を理解した上で、少しの我儘くらいならきっと、心優しい日向子さんなら許してくれる。
きっと...
「禰豆子」
日が沈みきった頃、そっと箱の外から呼び掛けると、ひょっこりと禰豆子が顔を出した。
どうしたのと首を傾ける妹に対し、気恥ずかしいながらもこう発する。
「すまない、今夜はここで留守番しててくれないか。俺、少し日向子姉さんの所に行ってくるよ」
ーーーーー
〜330【親心】〜
そう伝えれば、禰豆子は微笑ましそうにこくりと頷いた。でも彼女はきっと気付いていないと思う。ただ単に、俺は【姉さん】と会うだけと思ってる。まさか自分の姉と兄が、知らぬ間に恋人同士になってるなんて思いもしないだろう。
ーすまない...禰豆子ー
実の妹の事を思うと、少し後ろめたくなる。
鬼になる以前に、日向子さんへの本当の気持ちは禰豆子には一切話した事がない。おいそれと言えるような内容ではなかった。
あのまま家族が被害に遭わず皆健在で、一つ屋根の下暮らし続けていられたなら、彼女への恋情は意地でも自分の中にひた隠しにしていたのかもしれないと思った事さえある。
それまでの幸せは竈門家皆のもの、家族として既に調和が取れていた。それを壊したり掻き乱したりして、周りを巻き込む勇気はとても無かった。まさに日向子さんが前に言っていたことだ。
だが今となっては、俺と禰豆子と日向子さんだけが生き残り、妹の方はせいぜい幼子程度の思考力しかもたなくなってしまった。この点においては完全に俺の都合だけど、躊躇うしがらみが無くなった。
「禰豆子、お前を人に戻したら...したら全てを話すからな。だからそれまではごめん。こんな兄ちゃんを許してくれ」
全て
母さんと弟妹達はもうこの世にいない事。
あの吹雪の夜の出来事。禰豆子が鬼と成り果てた経緯。
俺達が刀を取り共に戦ってきた記憶。
仲間や尊敬する人達との出会い。
日向子姉さんへの想い、恋仲になった事実。
そしてそれらを禰豆子に伝えた時。自分と日向子さん二人共が生き残り、それから先の人生において、彼女の側に居る事が出来ると、守って行けると胸を張って言えた暁には..
ー【俺は彼女に結婚を申し込みたい】ー
例え日向子さんがどんな反応をしようと、どんな返事が返ってこようとも、男として彼女を生涯支えていきたいという俺の意志は変わらない。
変わらないんだ..。
ー「お前が日向子にいつしか簪を贈ったとしても、何も不思議に思わない。炭治郎、お前が1人の人間としてそう思ったのなら..止める事はしないし、それはきっと母さん達も同じだろう」ー
父さん...
あの時はああ言ってくれてありがとう。
今思えば、父さんには全部お見通しだったに違いない。あの言葉が無ければ俺は、今頃二の足を踏んでいただろうから。
「じゃあ、先に休んでていいからな禰豆子。」
妹の頭を一撫でして、炭治郎はすくりと立ち上がった。
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