◆第拾壱章 吊り合いゆく天秤
貴女のお名前を教えてください
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〜323【隠し事】〜
炭治郎と恋仲となり約1週間。怪我が治ってからにしなさいと釘を刺した事もあり、あれから彼が部屋に来る事はなかった。自分で言った癖に寂しいと思うなんて、我ながら勝手だなと日向子は1人溜息をつく。
「久々に外の空気吸いに行こうかな」
鍛錬の成果か、飛躍的に回復が早まっているのを実感する。足の骨折以外は以前とほぼ同様に動かせるようになっていた。
日向子は上半身を器用に使い車椅子へ移乗すると、慣れない手付きではありつつも車輪を動かし廊下へと出る。
玄弥は既に回復し、早くも柱稽古へ参加しているらしいので、今は炭治郎だけが療養中の筈だ。ふとその部屋の扉を見た。
「...開いてる」
僅かに扉が開いていた。不思議に思いそっと部屋の中を見ると、もぬけの殻で炭治郎の姿も見えない。もう普通に歩けるくらいまで回復してるという事か?
ー..なら、ちょっとくらい顔を出してくれたっていいのになぁー
日向子はむすりと頬を膨らました。ちょっとだけもやもやした心を抱えたまま、日向子は屋敷の外へと出る。カラッとした良い天気だった。
「..気持ちいい」
ー皆今頃、柱稽古に参加しているんだ..ー
あれ程駄々をこねていた善逸君も何とか頑張っているみたいだ。自分も早く体を治して参加しないと大きく遅れを取ってしまう。頑張らなければ...
腕のリハビリがてら、もう少し湖の方へ行こうと方向転換しようとしたが、運悪く砂利道に車輪をとられて顔を青くする。
あぁ...こんな事なら大人しく屋敷内までに留めておくのだったと後悔しながら悪戦苦闘していると、誰かが後ろからぐいっと車椅子を押して助け出してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
くるりと首を後ろに向けると、予想外の人物の顔に日向子は目を丸くする。
「...冨岡様」
水柱の冨岡様だ。けど、何だか前と少し変わったような...
「様は付けなくていい」
相変わらずな口調だったが、どこか彼は吹っ切れたような顔色をしていた。
「では冨岡さん、えーと..今日は非番ですか?」
そう問いかけると、彼はふるふると首を横に振る。
「ただでさえ遅れを取った。休んでる暇はない。さっきまで炭治郎と話をしていた。」
「炭治郎と..彼は、今どこに?」
「さぁな、詳しい事は言わなかったが、あの炭治郎がお前に何も言わずというのも珍しい」
それを聞いて日向子は不安げに瞳を揺らす。
考えたくはないが、何か私に隠している事でもあるのか..
ーーーーー
〜234【不器用ながら】〜
嫌な想像をして節目がちになった日向子を見かねた義勇が口を開く。
「そう気を落とすな。炭治郎がお前を裏切る事はない。何かあいつなりに考えがあるんだろう」
「...はい」
彼は精一杯の励ましの意を込めて、ぽんと日向子の頭に手を乗せた。
ーーーー
ー先刻ー
なんやかんやでざる蕎麦早食い勝負をする事になってしまった義勇が、蕎麦屋を後にし炭治郎と並んで歩いていた時のこと。
「炭治郎、色々とすまなかった。遅くなったが、俺もこれから柱稽古に参加する。お前もそろそろ復帰許可が下りるのか?」
柱稽古への参加意向を示すと、炭治郎は心底嬉しそうな笑みを浮かべて良かったですと述べた。そしてその後の問いに対しても首を縦に振ったが、どうやらすぐに柱稽古に参加するわけでもなさそうだった。
炭治郎の事だ、体が動かせるようになったら即日にでも鍛錬に入るつもりだろうと思っていたから、少し意外だった。不思議に思っていると、彼は真面目な顔付きでこう話し始めた。
「本当はすぐにでも鍛錬に入りたいとは思うんです。でもどうしても、この機にやっておかないと気がすまない事がありまして。お館様には先日許可を貰いました。柱稽古、諸々片付いたら参加するので、その時は宜しくお願いします、義勇さん!」
にこりと笑ってそう言う弟弟子を見たら、何も言えなくなってしまった。
何をするつもりでいるのかは皆目見当がつかなかったが、彼がこう言うのなら義勇に止める義理はない。
「そうか、わかった」
義勇が短くそう言うと、やがて炭治郎は大きく手を振りながら去って行った。
何はともあれ、怪我も快調に向かっているようで一安心だ。内密にしたい事があるようだが、恐らく日向子には伝えるだろう。
炭治郎にとって彼女は、俺が錆兎や蔦子姉さんに大きな信頼を寄せているように、特別な存在だと認識している。そう思っていたから、彼女が炭治郎の行方を知らない様子を見て、少し驚いたのは事実だ。
俺と違ってその辺は器用な奴だと思っていた。
日向子を不安がらせるのは炭治郎が一番嫌がる筈だ。
でも先程の彼の顔は、後ろめたい事があるようにも隠し事があるようにも見えなかったから。そこは信じていいだろうと思う。ただそれを上手く口では伝えられないのが日向子には申し訳ない。
「その内顔を見せるだろう。お前も早く怪我を治す事だ」
あぁ..蔦子姉さんが隣にいたら、女の子を励ますならもっと上手くやりなさいと怒られそうだ。
ーーーーー
〜235【古びた星】〜
冨岡さんと話して数日が経過した頃、脚もようやく軽快し松葉杖をつけば歩き回れるくらいまで回復した。
あれからアオイちゃんやすみちゃん達にも炭治郎の場所を尋ねたが、何でもお館様と胡蝶様しか居場所を知らないらしく、教えてはくれなかった。
蝶屋敷にもいない、柱稽古にも参加していないとなると、本当に他に思い当たる節がない。
怪我はもう問題無いのだろうか?鍛錬するより、日向子に会うより、優先すべき大事な物が彼の中にあるという事なのだろうか?
あぁ、冨岡さんはああ言ってくれたけれど...
「何処に行っちゃったのよ、炭治郎...」
すっかり葉も色付いた庭を見つめながら、縁側で一人溜息をついていると、何やら表の方が騒がしい事に気付いた。
ー何だろうか...?ー
立て掛けておいた松葉杖を手に取ってすくりと立ち上がる。顔を上げたその視線の先に、探し求めていた人物の姿を見た。
その一瞬の間に、澄み渡るような初秋の微風 が二人の髪を撫ぜる。日向子を見つめるその瞳は、彼女の心配を杞憂と思わせるように、数日前と変わらず優しい色をしていた。
「ただいま日向子さん。黙って此処を離れてしまってすまなかった」
「...炭治郎、何処に行ってたの?怪我はもう大丈夫なの?誰も居場所を知らないから、凄く心配したわ」
「ごめん、怪我はもう大丈夫だ。俺の勝手だったんだけど、どうしてもやらないと気が済まない事があったんです。でも...胸を張って戻ってこれたから、良かった」
「...何のこと?」
最初は彼の言っている意味がよくわからなかった。
ゆっくりと歩みを進めてこちらに近づいてくる。そして、日向子の目の前までやってくると、炭治郎は懐からあるものを取り出した。
それが何なのかを理解した瞬間、日向子ははっと口元に手を当てる。
その顔は徐々に感激に歪み、目は美しい夜空を閉じ込めたビー玉のように、ふるふると揺れ動いた。そしてやがてはそこからぽろぽろと大粒の雫を溢していく。
そんな彼女の反応を見た炭治郎は、愛おしげにその手を取り、大事な宝物を受け渡すかのようにそっと押し当てた。
それは長年砂埃や雨風にさらされていたであろう、一つの古びた刀の鍔 であった。
籠目模様の鍔。禍除けの紋様。日向子
は一目見て直感的に感じる。
【それがかつて父が最期まで、家族を守る為に振るった刃 の一部である事を...】
ーーーーー
〜236【果たすべき約束】〜
「炭治郎...わざわざ雲取山に帰って、見つけてくれたの?」
日向子が未だ信じられないというような眼差しで炭治郎を見つめるが、彼は力強く首を縦に振った。
「貴方のご両親が、どんな生き様だったのかを知ったから、どうしてもこれを探して渡してあげたかった。見つかる可能性なんて無いに等しい事はわかってたんだけど、それでも行動に移さなかったら一生後悔すると思ったんだ。
でも良かった...奇跡って本当にあるのかもしれないな。それか、日向子さんのお父さんが、自ら俺に居場所を教えてくれたのかもしれなっ...
炭治郎は驚いたように目を見開くと咄嗟に腕を大きく広げた。そこへ松葉杖を放り投げた日向子が勢いよく飛び込んだ。
「っ...」
彼女はうわぁんと声を上げながら、炭治郎の羽織をぎゅうっと掴む。ただ何度も、ありがとうと繰り返し彼の胸の中で涙を流した。
そんな彼女を前に、炭治郎もまた愛しさがこみ上げ、小さく震える体を優しく包み込むように腕を回す。
「約束したから、貴女のご両親は俺が探すと。だからせめて...魂だけは返してあげたかったし、繋いであげたかった。この鍔はきっと、日向子さんを守ってくれるよ」
炭治郎は穏やかな声色でそう伝えた。
確かに、前にそんなやり取りをした事があった。
例え日向子の父と母が、既にこの世を去っていたのだとしても、彼にとっては【果たすべき大事な約束】だったのだ。
ー覚えてくれていたんだ...ー
「炭治郎」
「ん?」
「ありがとう」
「うん」
「..炭治郎」
日向子はぽすんと彼の胸板に顔を埋 めた。そしてぽつりと..だが確かな音で発する。
「好きよ」
その瞬間、心臓が鷲掴みにされたようにきゅっと窄まる。
彼女の口から【この言葉】を聞く事は、炭治郎にとって果てしない幸福感を生み、満ちゆく充足感を感じさせるものであった。
堪らず胸元から引き離し、その愛しい顔を間近に見つめる。本当にぽろりと出てしまった言葉のようで、言った本人は耳の付け根まで真っ赤にしながら驚きに身を固めていた。
しかし日向子は、否定もはぐらかしもせず炭治郎をじっと見つめ返す。
あぁ....もう、覚えた。
日向子さんがするこの表情..この匂いは...
ー受け入れの意を示している時だー
「俺も好きだっ」
必死に抑え込んだのに、かなり早急な声音になってしまう。誰がいつ何時現れるかわからない場所なのを忘れ、炭治郎は彼女の頬に手を添えた。
ーーーーー
炭治郎と恋仲となり約1週間。怪我が治ってからにしなさいと釘を刺した事もあり、あれから彼が部屋に来る事はなかった。自分で言った癖に寂しいと思うなんて、我ながら勝手だなと日向子は1人溜息をつく。
「久々に外の空気吸いに行こうかな」
鍛錬の成果か、飛躍的に回復が早まっているのを実感する。足の骨折以外は以前とほぼ同様に動かせるようになっていた。
日向子は上半身を器用に使い車椅子へ移乗すると、慣れない手付きではありつつも車輪を動かし廊下へと出る。
玄弥は既に回復し、早くも柱稽古へ参加しているらしいので、今は炭治郎だけが療養中の筈だ。ふとその部屋の扉を見た。
「...開いてる」
僅かに扉が開いていた。不思議に思いそっと部屋の中を見ると、もぬけの殻で炭治郎の姿も見えない。もう普通に歩けるくらいまで回復してるという事か?
ー..なら、ちょっとくらい顔を出してくれたっていいのになぁー
日向子はむすりと頬を膨らました。ちょっとだけもやもやした心を抱えたまま、日向子は屋敷の外へと出る。カラッとした良い天気だった。
「..気持ちいい」
ー皆今頃、柱稽古に参加しているんだ..ー
あれ程駄々をこねていた善逸君も何とか頑張っているみたいだ。自分も早く体を治して参加しないと大きく遅れを取ってしまう。頑張らなければ...
腕のリハビリがてら、もう少し湖の方へ行こうと方向転換しようとしたが、運悪く砂利道に車輪をとられて顔を青くする。
あぁ...こんな事なら大人しく屋敷内までに留めておくのだったと後悔しながら悪戦苦闘していると、誰かが後ろからぐいっと車椅子を押して助け出してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
くるりと首を後ろに向けると、予想外の人物の顔に日向子は目を丸くする。
「...冨岡様」
水柱の冨岡様だ。けど、何だか前と少し変わったような...
「様は付けなくていい」
相変わらずな口調だったが、どこか彼は吹っ切れたような顔色をしていた。
「では冨岡さん、えーと..今日は非番ですか?」
そう問いかけると、彼はふるふると首を横に振る。
「ただでさえ遅れを取った。休んでる暇はない。さっきまで炭治郎と話をしていた。」
「炭治郎と..彼は、今どこに?」
「さぁな、詳しい事は言わなかったが、あの炭治郎がお前に何も言わずというのも珍しい」
それを聞いて日向子は不安げに瞳を揺らす。
考えたくはないが、何か私に隠している事でもあるのか..
ーーーーー
〜234【不器用ながら】〜
嫌な想像をして節目がちになった日向子を見かねた義勇が口を開く。
「そう気を落とすな。炭治郎がお前を裏切る事はない。何かあいつなりに考えがあるんだろう」
「...はい」
彼は精一杯の励ましの意を込めて、ぽんと日向子の頭に手を乗せた。
ーーーー
ー先刻ー
なんやかんやでざる蕎麦早食い勝負をする事になってしまった義勇が、蕎麦屋を後にし炭治郎と並んで歩いていた時のこと。
「炭治郎、色々とすまなかった。遅くなったが、俺もこれから柱稽古に参加する。お前もそろそろ復帰許可が下りるのか?」
柱稽古への参加意向を示すと、炭治郎は心底嬉しそうな笑みを浮かべて良かったですと述べた。そしてその後の問いに対しても首を縦に振ったが、どうやらすぐに柱稽古に参加するわけでもなさそうだった。
炭治郎の事だ、体が動かせるようになったら即日にでも鍛錬に入るつもりだろうと思っていたから、少し意外だった。不思議に思っていると、彼は真面目な顔付きでこう話し始めた。
「本当はすぐにでも鍛錬に入りたいとは思うんです。でもどうしても、この機にやっておかないと気がすまない事がありまして。お館様には先日許可を貰いました。柱稽古、諸々片付いたら参加するので、その時は宜しくお願いします、義勇さん!」
にこりと笑ってそう言う弟弟子を見たら、何も言えなくなってしまった。
何をするつもりでいるのかは皆目見当がつかなかったが、彼がこう言うのなら義勇に止める義理はない。
「そうか、わかった」
義勇が短くそう言うと、やがて炭治郎は大きく手を振りながら去って行った。
何はともあれ、怪我も快調に向かっているようで一安心だ。内密にしたい事があるようだが、恐らく日向子には伝えるだろう。
炭治郎にとって彼女は、俺が錆兎や蔦子姉さんに大きな信頼を寄せているように、特別な存在だと認識している。そう思っていたから、彼女が炭治郎の行方を知らない様子を見て、少し驚いたのは事実だ。
俺と違ってその辺は器用な奴だと思っていた。
日向子を不安がらせるのは炭治郎が一番嫌がる筈だ。
でも先程の彼の顔は、後ろめたい事があるようにも隠し事があるようにも見えなかったから。そこは信じていいだろうと思う。ただそれを上手く口では伝えられないのが日向子には申し訳ない。
「その内顔を見せるだろう。お前も早く怪我を治す事だ」
あぁ..蔦子姉さんが隣にいたら、女の子を励ますならもっと上手くやりなさいと怒られそうだ。
ーーーーー
〜235【古びた星】〜
冨岡さんと話して数日が経過した頃、脚もようやく軽快し松葉杖をつけば歩き回れるくらいまで回復した。
あれからアオイちゃんやすみちゃん達にも炭治郎の場所を尋ねたが、何でもお館様と胡蝶様しか居場所を知らないらしく、教えてはくれなかった。
蝶屋敷にもいない、柱稽古にも参加していないとなると、本当に他に思い当たる節がない。
怪我はもう問題無いのだろうか?鍛錬するより、日向子に会うより、優先すべき大事な物が彼の中にあるという事なのだろうか?
あぁ、冨岡さんはああ言ってくれたけれど...
「何処に行っちゃったのよ、炭治郎...」
すっかり葉も色付いた庭を見つめながら、縁側で一人溜息をついていると、何やら表の方が騒がしい事に気付いた。
ー何だろうか...?ー
立て掛けておいた松葉杖を手に取ってすくりと立ち上がる。顔を上げたその視線の先に、探し求めていた人物の姿を見た。
その一瞬の間に、澄み渡るような初秋の
「ただいま日向子さん。黙って此処を離れてしまってすまなかった」
「...炭治郎、何処に行ってたの?怪我はもう大丈夫なの?誰も居場所を知らないから、凄く心配したわ」
「ごめん、怪我はもう大丈夫だ。俺の勝手だったんだけど、どうしてもやらないと気が済まない事があったんです。でも...胸を張って戻ってこれたから、良かった」
「...何のこと?」
最初は彼の言っている意味がよくわからなかった。
ゆっくりと歩みを進めてこちらに近づいてくる。そして、日向子の目の前までやってくると、炭治郎は懐からあるものを取り出した。
それが何なのかを理解した瞬間、日向子ははっと口元に手を当てる。
その顔は徐々に感激に歪み、目は美しい夜空を閉じ込めたビー玉のように、ふるふると揺れ動いた。そしてやがてはそこからぽろぽろと大粒の雫を溢していく。
そんな彼女の反応を見た炭治郎は、愛おしげにその手を取り、大事な宝物を受け渡すかのようにそっと押し当てた。
それは長年砂埃や雨風にさらされていたであろう、一つの古びた刀の
籠目模様の鍔。禍除けの紋様。日向子
は一目見て直感的に感じる。
【それがかつて父が最期まで、家族を守る為に振るった
ーーーーー
〜236【果たすべき約束】〜
「炭治郎...わざわざ雲取山に帰って、見つけてくれたの?」
日向子が未だ信じられないというような眼差しで炭治郎を見つめるが、彼は力強く首を縦に振った。
「貴方のご両親が、どんな生き様だったのかを知ったから、どうしてもこれを探して渡してあげたかった。見つかる可能性なんて無いに等しい事はわかってたんだけど、それでも行動に移さなかったら一生後悔すると思ったんだ。
でも良かった...奇跡って本当にあるのかもしれないな。それか、日向子さんのお父さんが、自ら俺に居場所を教えてくれたのかもしれなっ...
炭治郎は驚いたように目を見開くと咄嗟に腕を大きく広げた。そこへ松葉杖を放り投げた日向子が勢いよく飛び込んだ。
「っ...」
彼女はうわぁんと声を上げながら、炭治郎の羽織をぎゅうっと掴む。ただ何度も、ありがとうと繰り返し彼の胸の中で涙を流した。
そんな彼女を前に、炭治郎もまた愛しさがこみ上げ、小さく震える体を優しく包み込むように腕を回す。
「約束したから、貴女のご両親は俺が探すと。だからせめて...魂だけは返してあげたかったし、繋いであげたかった。この鍔はきっと、日向子さんを守ってくれるよ」
炭治郎は穏やかな声色でそう伝えた。
確かに、前にそんなやり取りをした事があった。
例え日向子の父と母が、既にこの世を去っていたのだとしても、彼にとっては【果たすべき大事な約束】だったのだ。
ー覚えてくれていたんだ...ー
「炭治郎」
「ん?」
「ありがとう」
「うん」
「..炭治郎」
日向子はぽすんと彼の胸板に顔を
「好きよ」
その瞬間、心臓が鷲掴みにされたようにきゅっと窄まる。
彼女の口から【この言葉】を聞く事は、炭治郎にとって果てしない幸福感を生み、満ちゆく充足感を感じさせるものであった。
堪らず胸元から引き離し、その愛しい顔を間近に見つめる。本当にぽろりと出てしまった言葉のようで、言った本人は耳の付け根まで真っ赤にしながら驚きに身を固めていた。
しかし日向子は、否定もはぐらかしもせず炭治郎をじっと見つめ返す。
あぁ....もう、覚えた。
日向子さんがするこの表情..この匂いは...
ー受け入れの意を示している時だー
「俺も好きだっ」
必死に抑え込んだのに、かなり早急な声音になってしまう。誰がいつ何時現れるかわからない場所なのを忘れ、炭治郎は彼女の頬に手を添えた。
ーーーーー