◆第弐章 そして少年達は
貴女のお名前を教えてください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜26【夢の中の彼女】〜
日向子はまたも深い深い夢の底にいた。
覚ませ、早く目を..
この時日向子は、夢の中にいるある女性になり変わり見知らぬ景色を眺めていた。
上質そうな巫女服に身を包み、神楽を奏する大人達の間を一つ、また一つと祭壇 へ続く階段をあがっていく。
1番上に着くとやけに太陽が眩しく感じ、視界が白く霞んだ。
祭壇横に武家の剣士達が厳 かに控えている。
私は、いや..【夢の中の彼女】はその1人に向かって小さく微笑んだ。彼もまた僅かに笑みを浮かべた瞬間、さっと場面が変わる。
転じて大人達の怒号が交う、酷く醜い争いの景色。
彼女は涙を滲ませ何かを叫んだが、日向子にはどうしても聞こえない。
更に場面が切り替わる。
彼女の肌は皺々 に老いぼれていた。
両の手には亡骸。
手には頑なに外そうとしない一本の刀があった。
彼女が嘆き悲しみ、見上げた先に佇む黒い影は
あぁ
あんなに優しく微笑みかけてくれたあの人は
【憎き鬼へと変貌していた】
瞬間、グルグルと視界が反転していく。
最後の強烈なまでの激しい憎悪は、
日向子の身体にも刻と焼き付けられた。
憎い憎い憎い
お前達など、
ヒノカミ様の裁きに灼かれてしまえばいい
全身の血が沸沸と煮えたぎるような感覚に、日向子はカッと目を見開く。
蒸気が立ち上りそうなくらいの高温の体温をもろともせずに、日向子は全身に絡みつく無惨の血鬼術を焼き払う。
意識は完全に飛んでいた。
彼女を突き動かしていたのは、激しい怒り憎悪の感情。
まるで、彼女以外の何かが乗り移っているかのようだった。それはヒノカミ様か、或いは夢の中の少女か
ー日寄(ひより)...自分を保て、
深く呼吸するんだー
額に痣のある若い青年が日向子の脳内へ呼びかける。
あぁ、違う、私は日寄なんて名前じゃない。
竈門日向子という大事な名前があるもの。
あなたは誰なのだろう?
額に痣があるなんて、まるで炭治郎みたい。
あの子は火傷をしたんだけどね。
すると彼は、寂しそうに笑い呟いた。
ー私が無力なばかりにすまなかったー
彼女が自我を取り戻した時、気付けば朝露の湿る野原にへたり込んでいた。
どうやってあの檻から抜け出したのか全く思い出せない。
でも、きっと奴らは、血眼になって日向子を探すだろう。
今更泣き叫びそうになりながら、ぐっと涙を堪える。
これからどうしよう。どうしたら..
禰豆子、六太、炭治郎...
とにかく今はあなた達に会いたい
ーーーーー
〜27【安堵】〜
もう何時間歩いただろうか?
隣町に行く荷車もないようで歩くしかないのだが、さすがに疲労困憊 だ。
家がある町まではまだ先なのに空は既に茜色。
鬼達の追手が来ないのを見ると、どうやら彼女の位置は割れていないようだが
夜に野宿というのもさすがに萎えてしまう。
どこか近場で宿を探さないと..
だが無一文でこんなみすぼらしい自分を、
泊めてくれる親切な人などいるだろうか?
項垂 ながら歩いていたその時、後ろから荷馬車の音が聞こえたかと思うと
日向子のすぐ横で停車した。
中から現れたのは、どこか見覚えのある男性で
「あなたは、もしかして
竈門日向子さんではないでしょうか?」
丁寧な言葉遣いに涼しげな物腰。
日向子は、ハッとしたように目を見開いた。
「誠一郎さん?」
彼は穏やかに微笑みこくりと頷いた。
訳を話すと、あれよといううちに馬車へ乗せてくれた。民家はおろか人一人見かけなかったので助かった。
足に力が入らずよろけると、彼は咄嗟に日向子の肩を抱える。格好を見ると眉間に深い皺を作った。
「裸足で歩いていた女性がいたので、不思議に思って止めてみたら、あなたで驚きました。
僕は..もうとうに死んでしまったと思ってましたから。炭治郎君も禰豆子ちゃんも、きっとそう思ったでしょう。」
「っ!二人は、生きているのですか?」
まさか聞き間違いではないか、そう思い食い気味で問うと、確かにあの惨劇の翌日に彼等の姿を見たと言う。良かった..それが聞けただけでも嬉しかった。
「ただ、二人はもうあの町には居ませんよ。何か目的があるのだと言って旅に出ました。それから、彼は貴女を探していましたよ日向子さん。」
何でも、町では鬼が出たと大騒ぎになったらしい。
鬼殺隊と名乗る人々が、町中に夜は決して外へ出ぬよう呼びかけ回り、被害に遭った竈門家は
見るも無惨な状態だったようだ。
炭治郎と禰豆子以外の家族は全員鬼に殺されたと思われた。
ただ一人..日向子を除いて。
「誠一郎さん、炭治郎と禰豆子はどこに行ったのでしょうか?無事を知らせないと、きっと心配してると思うんです。それに、私も伝えなければいけない事が」
彼は一瞬悲しそうな表情をすると首を横に振った。
「わからないんだ。炭治郎君達は、目的も行き先も一切告げずに立ったよ。
それより日向子さん..貴女は自分をもっと労った方がいい。
行く宛がないなら今日はその..うちに泊まってはどうでしょうか?」
ーーーーー
〜28【想ふ】〜
彼の邸宅にお邪魔すると、家主の伯父様が驚いた表情で彼女を出迎えた。
彼もまた、竈門家の一件を気にしてくれていたようだ。
湯浴みと夕餉を勧められ、真新しい浴衣を渡されるがままに袖を通す。
「体調はどうですか?足の傷は..しばらく治りそうもありませんが」
悲しそうな表情でそう問いかける彼に対して、日向子は気丈に答える。
「大丈夫です。色々とお世話になってすみません。
ただ、明日にでもこの街を出る予定で居ます。
訳あって..追われる身なのと、炭治郎達を探さないと」
頂いた熱い茶を啜りながら話すと、誠一郎はまさかそんな言葉を発するとは思っても見なかったのだろう。
驚いた様子で考え直してくれないかと訴えかけた。
「そんな傷と疲労が溜まった体で無茶ですよ!
貴女はか弱い女性なんだ。女の一人旅など危険過ぎます。」
そう言われるとは思っていたが、日向子自身もテコでも動かないつもりだ。
またいつ鬼達がこの町を襲うかも分からないし、炭治郎と禰豆子がどこかで生きている事実を知った以上は、ここに留まる理由はない。
それをわかってもらいたいのに、なかなか彼も手強かった。
「誠一郎さん達にも危険が及ぶかもしれないのです。私がこの町にいることで、ですから..
「そんな事はいいんです!」
彼は拳を固く握り締めて声を荒げた。日向子も、見た事のない彼の言動に一瞬にして口をつぐむ。
やがて、弱々しい声色で発した。
「貴女は自分の事などお構いなしだ。
貴女が居なくなって、傷付いて..悲しむ人間がどれ程いると思いますか?
正気じゃいられなくなるほど、辛い思いをする者だっているんです。」
ポツリと小さな滴が地面に落ちる。
俯いていてわからなかったが、彼は泣いていた。
慌てて何か言葉をかけようと口を開くと、
彼は先程の涙が嘘のような晴れやかな笑顔を見せた。
「炭治郎君と禰豆子ちゃんに、会えるといいですね。
本当に貴女という人は、何よりも家族が大切なのは昔から変わらない。」
そんな所に惹かれたのですがねと悪戯っぽく言われて、不覚にも日向子は頬を赤くした。
さすがに面と向かって好意を示されれば、むず痒い思いになる。彼にそんな心境が伝わってしまったのか、さも嬉しそうに微笑んでいた。
「僕もいい加減、妻を娶 れと父から言われてるんです。
今日、貴女に会えてよかった、日向子さん。
これで僕もわだかまりなく生きていけそうです。」
ー炭治郎君に、宜しくお願いしますー。
ーーーーー
〜29【巫女の帰還】〜
翌朝、歩き始めて程なくして、急激な体調の変化に違和感を覚える。
全身の倦怠感と熱っぽさ..さすがに肉体が悲鳴をあげていたらしい。
けど、こんなところで引き下がれないし、せめて一休み出来る場所までは歩かなくては
そう思い懸命に歩を進めるも、とうとう限界が来て彼女はその場で倒れ込んだ。
次に目を覚ましたのは、見知らぬ家屋の天井だった。
誰かが介抱してくれたらしく、額には水で濡らした手拭いが置かれている。
気怠さの残る体を横に捻ると、ゆらゆら揺れる行燈の光が目に入り、障子の向こうに人影が見えた。
「お加減は如何でしょうか?旅のお方」
その人影は静かに障子を引いた。現れたのは市女傘を被った人物で、声からして初老と思われる年齢の女性だった。
彼女は水に浸した新しい手拭いを絞ると、手際良く交換してくれた。
優しい人だ..。助かった。
「ありがとうございます。見ず知らずの私を助けてくださって..あの、名前をお聞きしても?」
そう問いかけても、彼女は頑なに名乗ろうとはせず、顔さえ傘に隠れて見えなかったので、日向子は不思議に思う。
なんだか奇妙な感じだった。
人であると思うのに、人ならざるような..かといって鬼のように禍々しい存在でもない。とにかく不思議なのだ。
「道の真ん中で女子が倒れていたので、ただごとではないと思い、勝手ながら介抱しました。旅のお方。道中何があったのですか?」
抑揚 はないが、心地の良い声色で彼女はそう問いかけた。
日向子は何となく、この人になら全部を話しても構わないかもしれないと思った。
それから、
家族が鬼に殺されたこと。鬼に囚われ命からがら逃げ出したこと。
弟と妹はまだ生きていると知り、探す為に旅をしていることを話した。
彼女は意外にも日向子のいう言葉一つ一つに相槌 を打ち、辛かったわねと頭を撫でてくれたのだった。
不意に、母に撫でられた感触を思い出す。
途端に、ぶわりと涙が溢れ頬を伝い落ちた。
「鬼に囚われ、よく一人で無事に生き延びる事が出来ましたね。
殆どの人間は、殺されてしまうか食われるか..或いは鬼にされるかの道を余儀なくされますから。」
「そうなんですよね..でも、何故だか私は、鬼へ変える事が出来ない体質のようなんです。
無惨という名の鬼でしたが」
その瞬間、呆気にとられる光景を見た。彼女は市女傘を取り去り、日向子に向かってまるで、神に信仰を誓うかのように深々と床に頭をついたのだった。
ーーーーー
日向子はまたも深い深い夢の底にいた。
覚ませ、早く目を..
この時日向子は、夢の中にいるある女性になり変わり見知らぬ景色を眺めていた。
上質そうな巫女服に身を包み、神楽を奏する大人達の間を一つ、また一つと
1番上に着くとやけに太陽が眩しく感じ、視界が白く霞んだ。
祭壇横に武家の剣士達が
私は、いや..【夢の中の彼女】はその1人に向かって小さく微笑んだ。彼もまた僅かに笑みを浮かべた瞬間、さっと場面が変わる。
転じて大人達の怒号が交う、酷く醜い争いの景色。
彼女は涙を滲ませ何かを叫んだが、日向子にはどうしても聞こえない。
更に場面が切り替わる。
彼女の肌は
両の手には亡骸。
手には頑なに外そうとしない一本の刀があった。
彼女が嘆き悲しみ、見上げた先に佇む黒い影は
あぁ
あんなに優しく微笑みかけてくれたあの人は
【憎き鬼へと変貌していた】
瞬間、グルグルと視界が反転していく。
最後の強烈なまでの激しい憎悪は、
日向子の身体にも刻と焼き付けられた。
憎い憎い憎い
お前達など、
ヒノカミ様の裁きに灼かれてしまえばいい
全身の血が沸沸と煮えたぎるような感覚に、日向子はカッと目を見開く。
蒸気が立ち上りそうなくらいの高温の体温をもろともせずに、日向子は全身に絡みつく無惨の血鬼術を焼き払う。
意識は完全に飛んでいた。
彼女を突き動かしていたのは、激しい怒り憎悪の感情。
まるで、彼女以外の何かが乗り移っているかのようだった。それはヒノカミ様か、或いは夢の中の少女か
ー日寄(ひより)...自分を保て、
深く呼吸するんだー
額に痣のある若い青年が日向子の脳内へ呼びかける。
あぁ、違う、私は日寄なんて名前じゃない。
竈門日向子という大事な名前があるもの。
あなたは誰なのだろう?
額に痣があるなんて、まるで炭治郎みたい。
あの子は火傷をしたんだけどね。
すると彼は、寂しそうに笑い呟いた。
ー私が無力なばかりにすまなかったー
彼女が自我を取り戻した時、気付けば朝露の湿る野原にへたり込んでいた。
どうやってあの檻から抜け出したのか全く思い出せない。
でも、きっと奴らは、血眼になって日向子を探すだろう。
今更泣き叫びそうになりながら、ぐっと涙を堪える。
これからどうしよう。どうしたら..
禰豆子、六太、炭治郎...
とにかく今はあなた達に会いたい
ーーーーー
〜27【安堵】〜
もう何時間歩いただろうか?
隣町に行く荷車もないようで歩くしかないのだが、さすがに疲労
家がある町まではまだ先なのに空は既に茜色。
鬼達の追手が来ないのを見ると、どうやら彼女の位置は割れていないようだが
夜に野宿というのもさすがに萎えてしまう。
どこか近場で宿を探さないと..
だが無一文でこんなみすぼらしい自分を、
泊めてくれる親切な人などいるだろうか?
日向子のすぐ横で停車した。
中から現れたのは、どこか見覚えのある男性で
「あなたは、もしかして
竈門日向子さんではないでしょうか?」
丁寧な言葉遣いに涼しげな物腰。
日向子は、ハッとしたように目を見開いた。
「誠一郎さん?」
彼は穏やかに微笑みこくりと頷いた。
訳を話すと、あれよといううちに馬車へ乗せてくれた。民家はおろか人一人見かけなかったので助かった。
足に力が入らずよろけると、彼は咄嗟に日向子の肩を抱える。格好を見ると眉間に深い皺を作った。
「裸足で歩いていた女性がいたので、不思議に思って止めてみたら、あなたで驚きました。
僕は..もうとうに死んでしまったと思ってましたから。炭治郎君も禰豆子ちゃんも、きっとそう思ったでしょう。」
「っ!二人は、生きているのですか?」
まさか聞き間違いではないか、そう思い食い気味で問うと、確かにあの惨劇の翌日に彼等の姿を見たと言う。良かった..それが聞けただけでも嬉しかった。
「ただ、二人はもうあの町には居ませんよ。何か目的があるのだと言って旅に出ました。それから、彼は貴女を探していましたよ日向子さん。」
何でも、町では鬼が出たと大騒ぎになったらしい。
鬼殺隊と名乗る人々が、町中に夜は決して外へ出ぬよう呼びかけ回り、被害に遭った竈門家は
見るも無惨な状態だったようだ。
炭治郎と禰豆子以外の家族は全員鬼に殺されたと思われた。
ただ一人..日向子を除いて。
「誠一郎さん、炭治郎と禰豆子はどこに行ったのでしょうか?無事を知らせないと、きっと心配してると思うんです。それに、私も伝えなければいけない事が」
彼は一瞬悲しそうな表情をすると首を横に振った。
「わからないんだ。炭治郎君達は、目的も行き先も一切告げずに立ったよ。
それより日向子さん..貴女は自分をもっと労った方がいい。
行く宛がないなら今日はその..うちに泊まってはどうでしょうか?」
ーーーーー
〜28【想ふ】〜
彼の邸宅にお邪魔すると、家主の伯父様が驚いた表情で彼女を出迎えた。
彼もまた、竈門家の一件を気にしてくれていたようだ。
湯浴みと夕餉を勧められ、真新しい浴衣を渡されるがままに袖を通す。
「体調はどうですか?足の傷は..しばらく治りそうもありませんが」
悲しそうな表情でそう問いかける彼に対して、日向子は気丈に答える。
「大丈夫です。色々とお世話になってすみません。
ただ、明日にでもこの街を出る予定で居ます。
訳あって..追われる身なのと、炭治郎達を探さないと」
頂いた熱い茶を啜りながら話すと、誠一郎はまさかそんな言葉を発するとは思っても見なかったのだろう。
驚いた様子で考え直してくれないかと訴えかけた。
「そんな傷と疲労が溜まった体で無茶ですよ!
貴女はか弱い女性なんだ。女の一人旅など危険過ぎます。」
そう言われるとは思っていたが、日向子自身もテコでも動かないつもりだ。
またいつ鬼達がこの町を襲うかも分からないし、炭治郎と禰豆子がどこかで生きている事実を知った以上は、ここに留まる理由はない。
それをわかってもらいたいのに、なかなか彼も手強かった。
「誠一郎さん達にも危険が及ぶかもしれないのです。私がこの町にいることで、ですから..
「そんな事はいいんです!」
彼は拳を固く握り締めて声を荒げた。日向子も、見た事のない彼の言動に一瞬にして口をつぐむ。
やがて、弱々しい声色で発した。
「貴女は自分の事などお構いなしだ。
貴女が居なくなって、傷付いて..悲しむ人間がどれ程いると思いますか?
正気じゃいられなくなるほど、辛い思いをする者だっているんです。」
ポツリと小さな滴が地面に落ちる。
俯いていてわからなかったが、彼は泣いていた。
慌てて何か言葉をかけようと口を開くと、
彼は先程の涙が嘘のような晴れやかな笑顔を見せた。
「炭治郎君と禰豆子ちゃんに、会えるといいですね。
本当に貴女という人は、何よりも家族が大切なのは昔から変わらない。」
そんな所に惹かれたのですがねと悪戯っぽく言われて、不覚にも日向子は頬を赤くした。
さすがに面と向かって好意を示されれば、むず痒い思いになる。彼にそんな心境が伝わってしまったのか、さも嬉しそうに微笑んでいた。
「僕もいい加減、妻を
今日、貴女に会えてよかった、日向子さん。
これで僕もわだかまりなく生きていけそうです。」
ー炭治郎君に、宜しくお願いしますー。
ーーーーー
〜29【巫女の帰還】〜
翌朝、歩き始めて程なくして、急激な体調の変化に違和感を覚える。
全身の倦怠感と熱っぽさ..さすがに肉体が悲鳴をあげていたらしい。
けど、こんなところで引き下がれないし、せめて一休み出来る場所までは歩かなくては
そう思い懸命に歩を進めるも、とうとう限界が来て彼女はその場で倒れ込んだ。
次に目を覚ましたのは、見知らぬ家屋の天井だった。
誰かが介抱してくれたらしく、額には水で濡らした手拭いが置かれている。
気怠さの残る体を横に捻ると、ゆらゆら揺れる行燈の光が目に入り、障子の向こうに人影が見えた。
「お加減は如何でしょうか?旅のお方」
その人影は静かに障子を引いた。現れたのは市女傘を被った人物で、声からして初老と思われる年齢の女性だった。
彼女は水に浸した新しい手拭いを絞ると、手際良く交換してくれた。
優しい人だ..。助かった。
「ありがとうございます。見ず知らずの私を助けてくださって..あの、名前をお聞きしても?」
そう問いかけても、彼女は頑なに名乗ろうとはせず、顔さえ傘に隠れて見えなかったので、日向子は不思議に思う。
なんだか奇妙な感じだった。
人であると思うのに、人ならざるような..かといって鬼のように禍々しい存在でもない。とにかく不思議なのだ。
「道の真ん中で女子が倒れていたので、ただごとではないと思い、勝手ながら介抱しました。旅のお方。道中何があったのですか?」
日向子は何となく、この人になら全部を話しても構わないかもしれないと思った。
それから、
家族が鬼に殺されたこと。鬼に囚われ命からがら逃げ出したこと。
弟と妹はまだ生きていると知り、探す為に旅をしていることを話した。
彼女は意外にも日向子のいう言葉一つ一つに
不意に、母に撫でられた感触を思い出す。
途端に、ぶわりと涙が溢れ頬を伝い落ちた。
「鬼に囚われ、よく一人で無事に生き延びる事が出来ましたね。
殆どの人間は、殺されてしまうか食われるか..或いは鬼にされるかの道を余儀なくされますから。」
「そうなんですよね..でも、何故だか私は、鬼へ変える事が出来ない体質のようなんです。
無惨という名の鬼でしたが」
その瞬間、呆気にとられる光景を見た。彼女は市女傘を取り去り、日向子に向かってまるで、神に信仰を誓うかのように深々と床に頭をついたのだった。
ーーーーー