◆第拾章 未曾有の襲撃
貴女のお名前を教えてください
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〜294【阿吽の呼吸】〜
気付けばもう東雲 の刻だった。
本体の鬼は玄弥や禰豆子の猛追もことごとく避け、逃げ足がすこぶる速い。
このまま無意味ないたちごっこを続ける訳にはいかなかった。ただ犠牲者だけが増えていく。甘露寺さんももたない。
皆、限界なのだ...
一刻も早く討たなければと急く心のままに、炭治郎はぐっと脚に力を込めるが、負傷した箇所がずきりと激しく痛んだ。本体との距離は縮むどころかじわじわと離れていってる。何か、奴の頚に刃を届かす方法はっ
「!」
突如グイと体を横に引かれた。日向子は炭治郎の肩を寄せ身体を密着させると、真っ直ぐに前だけを見据えこう話した。
「私が持っていく。呼吸も動きも全部貴方に合わせる。だからあいつの頚を斬る事だけを考えて。鬼を滅する刃を振るうのは、貴方だわ炭治郎。」
二人の体を羽衣が包み込んだ。ふわりと宙に浮く様な浮遊感と共に、体が軽くなったのがわかる。
そして何より、日向子と触れ合っている箇所全てから彼女の筋の動きや呼吸の速さが伝わってきて、一心同体となったような錯覚を覚えた。
この体の芯から湧き上がる力は、彼女の身に宿されたヒノカミ神の力によるものだろうか?
刀を握る手の平が熱い。その熱は赫く爆ぜる刀にまで伝導しているかのようだった。
こんな時に高揚するのは不謹慎なのかもしれない。
けれど、炭治郎の心と体は大いに打ち震えた。
(この世界の源 である星の呼吸)
(太陽神に捧げる巫女の力)
偉大なるこの二つの力が、全て自分に注がれている。
全て【この刃に】注がれているのだ。
これが高揚せずにいられるだろうか。
寸分の狂いもなく合わせられた二人の呼吸。空気を切り裂き猛追すると、渾身の力が込められた赫刀が炭治郎の手により振り下ろされる。
刀から火の粉が舞い上がる度に、肉が徐々に焼け切れていくのがわかる。
ー斬れろ、斬れろー‼ー
今度こそは、そう炭治郎と日向子は祈りながら、決して油断はせず腕の力を一切緩めない。
だが無情にも、本体鬼は最後の悪あがきとばかりにムクムクと体を大きく膨らまし初めた。
「お前達は..儂がぁぁぁ...可哀想だとは思わんのかぁぁぁぁっ!!!!」
鬼は怨恨の篭った叫び声を上げながら大きな両の手で二人に飛びかかる。顎が軋んでも構わず、炭治郎は柄から手を離さぬまま日向子の状況を顧みた。そして顔面を蒼白させる。
小柄な彼女は、鼻まで覆われた状態で呼吸も出来ず苦しんでいた。
ーーーーー
〜295【許さない】〜
それを見た炭治郎は反射的に刀から手を離し、日向子の顔半分を覆う鬼の手に両腕を掛け必死に振り解こうとする。今はまだもがいている彼女も、呼吸が出来なければこのままではっ...
ガシッ!
「っ!」
その時、後ろから玄弥が助太刀に入ってくれた。鬼の細胞を取り込んだ彼の腕は、通常の人間よりも強大な力を発揮できる。
「てめぇの理屈は全部クソなんだよボケ野郎がぁぁ!!」
ビキビキと血管を浮き立たせ、玄弥は怒りをぶつける勢いで極限まで力を出し尽くす。鬼の手が僅かに弱まり、日向子はぷはっと大きく息を吸い上げた。
再び二人は刀の柄に手を戻し、お互い一切引かずに、均衡が続く予断を許さない状況であった。
鬼が大きく口を開けて攻撃をしかけた瞬間、上からビシャリと赤い血が降りかかった。
「ギャッ!」
たちまち鬼の体全体が炎に包まれる。禰豆子の血鬼術であった。炭治郎達を掴んでいた鬼の力が僅かに緩んだ。その隙を逃さず、玄弥が鬼の腕を一気に引きちぎる。
ぐらりと傾く巨躯と前のめりになる炭治郎と日向子。彼等の体を引き戻そうと禰豆子が手を伸ばすのも虚しく、皆諸共崖下へと落下していった。
砂埃が舞う谷底を悲愴な眼差しで見下ろす玄弥は、震えながら叫んだ。
「炭治郎っ...日向子さん!禰豆子ーー!!」
日向子は砂埃で咳込みながら、必死に炭治郎と禰豆子の姿を探した。ずるずると上体を引きずり目を凝らす。彼女は落下の最中、弐ノ型を繰り出す為呼吸を変えたがそれも十分ではなかったらしい。即死は辛うじて防いだが、両の足が折れている事は感覚で分かっていた。
「炭治郎...禰豆子...」
お願いだから、どうか生きていて..
やがて開けた視界へ、ニ丈程先に倒れ込んでいる禰豆子の姿が飛び込んできた。そしてその先には、炭治郎の放った刀身が刺さった状態のまま、ズルズルと向こうへ歩いていく鬼の姿。
何故こちらに目もくれないのか..理由は自ずと分かった。遠くに里の人間の姿が見える。
(一般人の肉を食らって、栄養を補給するつもりなんだわ)
奴の体力もそれ程に疲弊しているという事だが、この期に及んでまだ人の血肉を食うつもりでいる事に激しく憤る。
「待て...」
「!」
岩壁から生えている木の枝に、幸いにも体が引っかかり助かった炭治郎は、血走った眼で鬼を睨み付けていた。
「逃がさないぞ..地獄の果てまで逃げても追いかけて、頚を..斬るからな。お前は絶対に許さない」
ーーーーー
〜296【究極の選択】〜
炭治郎は自力で谷底に降り立つと、禰豆子と日向子の方を一瞥する。お互い無事と言っていいなりでもないが、意識がある事を確認すると炭治郎はぐっと上体を屈めた。その眼は忌まわしき鬼の背を捉えている。
その時、空を切るような音と共に一本の刀が地に突き刺さった。
「使え!!」
「っ!」
刀が飛んできた方向を見やると、無一郎が崖の上から必死に訴えかけていた。
「炭治郎それを使えっ!夜明けが近い、逃げられるぞ!!」
彼も見るからに満身創痍の状態だが、もう時間が残されていない事を承知で、体を押し、炭治郎に最後の頼みの綱 を投げ渡してくれた。
【継国縁壱さんの日輪刀】
手に取った途端、ぶわっと熱い炎が巻き上がった。永い時を経て、数々の記憶を刻み洗練されてきたその鋼は今まさに、炭治郎の掌にしっくりと収まった。
ーーありがとうーー
その言葉を、今まで炭治郎という存在を支え繋いできてくれた全ての者に対し捧げる。
(守る為の刃を今、全力で奮う)
凄まじい轟音を響かせ、炎の渦が日向子達の横を駆け抜けた。それが希望の焔 である事を本能的に感じる。
様々な思いを乗せたその一太刀は、鮮やかな一線を描いた。
やったっ...
思わず感極まって涙ぐんだけれど、すぐにその表情は強張る。
薄ら明るくなり始めていた東の空が、もう夜明けがすぐそこまで来ている事を示していた。
「禰豆子っ!」
咄嗟に彼女の方へと視線を向けると、むくりと起き上がり目を擦っていた。
駆け寄ろうと足に力を込めたが、叫び声を上げる程の激しい激痛が走り、膝が全く持ち上がらなかった。
そこで両足ともに折れていたのだという事に気付く。
ずるずると体を引きずるようにして妹へと手を伸ばした。
早く禰豆子を日の当たらない安全な場所へ..
炭治郎もまた禰豆子に迫る危機に気付いていた。必死に呼びかけようとするも、ゴホゴホと咳込み思うように声が出ないようだった。
禰豆子はしきりにウーーウーーと唸って一方向を指差す。まさかと思い恐る恐る視線を辿ると、その先には頚が斬られた筈の本体が、里の人間の方へと走っていく姿が見えた。
「日向子姉さんすまない!俺は鬼にとどめを刺すから禰豆子を」
「ごめん私、脚がっ...間に合わない」
「っ..」
ー鬼に襲われそうな里の人間の命を守るかー
ー日光から遠ざけ禰豆子の命を優先するかー
二人は究極の選択を迫られた
ーーーーー
〜297【玉依姫】〜
「ギャッ!」
「「っ!!」」
陽の光がぼんやりと丘から浮かび上がると、禰豆子は咄嗟に顔を腕で隠した。
その腕さえも、ジュウウと肌が焼け赤く爛 れていく。そんな彼女を守るように炭治郎と日向子は上から覆い被さった。
まだ日が昇りきっていないのにこれほどの熱傷を伴うなら、太陽が現れたら...
「禰豆子!縮め!体を小さくするんだ!」
炭治郎が必死にぐいぐいと禰豆子を抑え込むが、せいぜい幼子の大きさまでが限界であり、焼け爛れていく範囲は広くなるばかり。そして無情にも、遠くの方で里の人間の叫び声が上がる。
どちらも時間がないのに、炭治郎も日向子もまるで決断が出来なかった。
何かを救う為に何かを犠牲にするという考えは...どちらも救いたい、けどその術が思いつかない。
その時、禰豆子が日向子の頭をぐいと引き寄せた。
額と額を合わせ、彼女は何かを伝えようとしていた。
言葉を発せない禰豆子が
必死に...
ーーーーー
「もう禰豆子ったら、本当に日向ぼっこが好きなのね」
「お姉ちゃん!うん、お日様の光を浴びてると、何だか幸せな気持ちになるの。あったかくて、生きてるって感じがするから」
彼女はいつしか日向子にそう言った事があった。なんとも幸せそうな顔で美空を見上げるものだから、日向子もまた、蒼穹 を見つめてこう返したのだった。
「私も太陽が大好きよ。」
ー太陽ー
命の源となるその壮大なエネルギーを持つ星は、本来なら我々人間にとって大きな恵をもたらす筈のもの。禰豆子は昔から人一倍、そのような自然の恩恵という概念に敏感な子だった。
なのに、ある日いきなり鬼にされたばかりに、恵であった筈のものを脅威に変えられてしまったんだ。
本当に辛かった。私も炭治郎も、善逸君達だって、日の光を浴びれないなんて、そんな酷な事があるだろうか。
でも一番辛いのは、禰豆子本人である筈なのだ。今は幼子程度の自我しかないから何も感じていないようにきょとんとするけれど、これが普通ではないのだから。
ツーーと涙が日向子の頬を伝う。
こんな状況なのに、禰豆子は微笑んでいた。
触れ合っている額同士が、心地よい暖かかさを生む。
日向子はきゅっと炭治郎の袖を掴み、彼を見上げた。
「お兄ちゃん」
はっとして炭治郎は日向子を見た。大きく目を見開き放心していたが、やがてぽつりと呟く。
「...禰豆子」
ーーーーー
気付けばもう
本体の鬼は玄弥や禰豆子の猛追もことごとく避け、逃げ足がすこぶる速い。
このまま無意味ないたちごっこを続ける訳にはいかなかった。ただ犠牲者だけが増えていく。甘露寺さんももたない。
皆、限界なのだ...
一刻も早く討たなければと急く心のままに、炭治郎はぐっと脚に力を込めるが、負傷した箇所がずきりと激しく痛んだ。本体との距離は縮むどころかじわじわと離れていってる。何か、奴の頚に刃を届かす方法はっ
「!」
突如グイと体を横に引かれた。日向子は炭治郎の肩を寄せ身体を密着させると、真っ直ぐに前だけを見据えこう話した。
「私が持っていく。呼吸も動きも全部貴方に合わせる。だからあいつの頚を斬る事だけを考えて。鬼を滅する刃を振るうのは、貴方だわ炭治郎。」
二人の体を羽衣が包み込んだ。ふわりと宙に浮く様な浮遊感と共に、体が軽くなったのがわかる。
そして何より、日向子と触れ合っている箇所全てから彼女の筋の動きや呼吸の速さが伝わってきて、一心同体となったような錯覚を覚えた。
この体の芯から湧き上がる力は、彼女の身に宿されたヒノカミ神の力によるものだろうか?
刀を握る手の平が熱い。その熱は赫く爆ぜる刀にまで伝導しているかのようだった。
こんな時に高揚するのは不謹慎なのかもしれない。
けれど、炭治郎の心と体は大いに打ち震えた。
(この世界の
(太陽神に捧げる巫女の力)
偉大なるこの二つの力が、全て自分に注がれている。
全て【この刃に】注がれているのだ。
これが高揚せずにいられるだろうか。
寸分の狂いもなく合わせられた二人の呼吸。空気を切り裂き猛追すると、渾身の力が込められた赫刀が炭治郎の手により振り下ろされる。
刀から火の粉が舞い上がる度に、肉が徐々に焼け切れていくのがわかる。
ー斬れろ、斬れろー‼ー
今度こそは、そう炭治郎と日向子は祈りながら、決して油断はせず腕の力を一切緩めない。
だが無情にも、本体鬼は最後の悪あがきとばかりにムクムクと体を大きく膨らまし初めた。
「お前達は..儂がぁぁぁ...可哀想だとは思わんのかぁぁぁぁっ!!!!」
鬼は怨恨の篭った叫び声を上げながら大きな両の手で二人に飛びかかる。顎が軋んでも構わず、炭治郎は柄から手を離さぬまま日向子の状況を顧みた。そして顔面を蒼白させる。
小柄な彼女は、鼻まで覆われた状態で呼吸も出来ず苦しんでいた。
ーーーーー
〜295【許さない】〜
それを見た炭治郎は反射的に刀から手を離し、日向子の顔半分を覆う鬼の手に両腕を掛け必死に振り解こうとする。今はまだもがいている彼女も、呼吸が出来なければこのままではっ...
ガシッ!
「っ!」
その時、後ろから玄弥が助太刀に入ってくれた。鬼の細胞を取り込んだ彼の腕は、通常の人間よりも強大な力を発揮できる。
「てめぇの理屈は全部クソなんだよボケ野郎がぁぁ!!」
ビキビキと血管を浮き立たせ、玄弥は怒りをぶつける勢いで極限まで力を出し尽くす。鬼の手が僅かに弱まり、日向子はぷはっと大きく息を吸い上げた。
再び二人は刀の柄に手を戻し、お互い一切引かずに、均衡が続く予断を許さない状況であった。
鬼が大きく口を開けて攻撃をしかけた瞬間、上からビシャリと赤い血が降りかかった。
「ギャッ!」
たちまち鬼の体全体が炎に包まれる。禰豆子の血鬼術であった。炭治郎達を掴んでいた鬼の力が僅かに緩んだ。その隙を逃さず、玄弥が鬼の腕を一気に引きちぎる。
ぐらりと傾く巨躯と前のめりになる炭治郎と日向子。彼等の体を引き戻そうと禰豆子が手を伸ばすのも虚しく、皆諸共崖下へと落下していった。
砂埃が舞う谷底を悲愴な眼差しで見下ろす玄弥は、震えながら叫んだ。
「炭治郎っ...日向子さん!禰豆子ーー!!」
日向子は砂埃で咳込みながら、必死に炭治郎と禰豆子の姿を探した。ずるずると上体を引きずり目を凝らす。彼女は落下の最中、弐ノ型を繰り出す為呼吸を変えたがそれも十分ではなかったらしい。即死は辛うじて防いだが、両の足が折れている事は感覚で分かっていた。
「炭治郎...禰豆子...」
お願いだから、どうか生きていて..
やがて開けた視界へ、ニ丈程先に倒れ込んでいる禰豆子の姿が飛び込んできた。そしてその先には、炭治郎の放った刀身が刺さった状態のまま、ズルズルと向こうへ歩いていく鬼の姿。
何故こちらに目もくれないのか..理由は自ずと分かった。遠くに里の人間の姿が見える。
(一般人の肉を食らって、栄養を補給するつもりなんだわ)
奴の体力もそれ程に疲弊しているという事だが、この期に及んでまだ人の血肉を食うつもりでいる事に激しく憤る。
「待て...」
「!」
岩壁から生えている木の枝に、幸いにも体が引っかかり助かった炭治郎は、血走った眼で鬼を睨み付けていた。
「逃がさないぞ..地獄の果てまで逃げても追いかけて、頚を..斬るからな。お前は絶対に許さない」
ーーーーー
〜296【究極の選択】〜
炭治郎は自力で谷底に降り立つと、禰豆子と日向子の方を一瞥する。お互い無事と言っていいなりでもないが、意識がある事を確認すると炭治郎はぐっと上体を屈めた。その眼は忌まわしき鬼の背を捉えている。
その時、空を切るような音と共に一本の刀が地に突き刺さった。
「使え!!」
「っ!」
刀が飛んできた方向を見やると、無一郎が崖の上から必死に訴えかけていた。
「炭治郎それを使えっ!夜明けが近い、逃げられるぞ!!」
彼も見るからに満身創痍の状態だが、もう時間が残されていない事を承知で、体を押し、炭治郎に最後の頼みの
【継国縁壱さんの日輪刀】
手に取った途端、ぶわっと熱い炎が巻き上がった。永い時を経て、数々の記憶を刻み洗練されてきたその鋼は今まさに、炭治郎の掌にしっくりと収まった。
ーーありがとうーー
その言葉を、今まで炭治郎という存在を支え繋いできてくれた全ての者に対し捧げる。
(守る為の刃を今、全力で奮う)
凄まじい轟音を響かせ、炎の渦が日向子達の横を駆け抜けた。それが希望の
様々な思いを乗せたその一太刀は、鮮やかな一線を描いた。
やったっ...
思わず感極まって涙ぐんだけれど、すぐにその表情は強張る。
薄ら明るくなり始めていた東の空が、もう夜明けがすぐそこまで来ている事を示していた。
「禰豆子っ!」
咄嗟に彼女の方へと視線を向けると、むくりと起き上がり目を擦っていた。
駆け寄ろうと足に力を込めたが、叫び声を上げる程の激しい激痛が走り、膝が全く持ち上がらなかった。
そこで両足ともに折れていたのだという事に気付く。
ずるずると体を引きずるようにして妹へと手を伸ばした。
早く禰豆子を日の当たらない安全な場所へ..
炭治郎もまた禰豆子に迫る危機に気付いていた。必死に呼びかけようとするも、ゴホゴホと咳込み思うように声が出ないようだった。
禰豆子はしきりにウーーウーーと唸って一方向を指差す。まさかと思い恐る恐る視線を辿ると、その先には頚が斬られた筈の本体が、里の人間の方へと走っていく姿が見えた。
「日向子姉さんすまない!俺は鬼にとどめを刺すから禰豆子を」
「ごめん私、脚がっ...間に合わない」
「っ..」
ー鬼に襲われそうな里の人間の命を守るかー
ー日光から遠ざけ禰豆子の命を優先するかー
二人は究極の選択を迫られた
ーーーーー
〜297【玉依姫】〜
「ギャッ!」
「「っ!!」」
陽の光がぼんやりと丘から浮かび上がると、禰豆子は咄嗟に顔を腕で隠した。
その腕さえも、ジュウウと肌が焼け赤く
まだ日が昇りきっていないのにこれほどの熱傷を伴うなら、太陽が現れたら...
「禰豆子!縮め!体を小さくするんだ!」
炭治郎が必死にぐいぐいと禰豆子を抑え込むが、せいぜい幼子の大きさまでが限界であり、焼け爛れていく範囲は広くなるばかり。そして無情にも、遠くの方で里の人間の叫び声が上がる。
どちらも時間がないのに、炭治郎も日向子もまるで決断が出来なかった。
何かを救う為に何かを犠牲にするという考えは...どちらも救いたい、けどその術が思いつかない。
その時、禰豆子が日向子の頭をぐいと引き寄せた。
額と額を合わせ、彼女は何かを伝えようとしていた。
言葉を発せない禰豆子が
必死に...
ーーーーー
「もう禰豆子ったら、本当に日向ぼっこが好きなのね」
「お姉ちゃん!うん、お日様の光を浴びてると、何だか幸せな気持ちになるの。あったかくて、生きてるって感じがするから」
彼女はいつしか日向子にそう言った事があった。なんとも幸せそうな顔で美空を見上げるものだから、日向子もまた、
「私も太陽が大好きよ。」
ー太陽ー
命の源となるその壮大なエネルギーを持つ星は、本来なら我々人間にとって大きな恵をもたらす筈のもの。禰豆子は昔から人一倍、そのような自然の恩恵という概念に敏感な子だった。
なのに、ある日いきなり鬼にされたばかりに、恵であった筈のものを脅威に変えられてしまったんだ。
本当に辛かった。私も炭治郎も、善逸君達だって、日の光を浴びれないなんて、そんな酷な事があるだろうか。
でも一番辛いのは、禰豆子本人である筈なのだ。今は幼子程度の自我しかないから何も感じていないようにきょとんとするけれど、これが普通ではないのだから。
ツーーと涙が日向子の頬を伝う。
こんな状況なのに、禰豆子は微笑んでいた。
触れ合っている額同士が、心地よい暖かかさを生む。
日向子はきゅっと炭治郎の袖を掴み、彼を見上げた。
「お兄ちゃん」
はっとして炭治郎は日向子を見た。大きく目を見開き放心していたが、やがてぽつりと呟く。
「...禰豆子」
ーーーーー