◆第玖章 呼吸の歴史
貴女のお名前を教えてください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜254【先祖の涙】〜
炭治郎が放った一撃は見事人形の頚に命中したが、刀はその衝撃で真っ二つに折れてしまった。
地面に勢いよく尻餅をついた炭治郎は、苦悶の表情を浮かべながらズキズキと痛む仙骨部を押さえる。
「ごめんっ...借りた刀、折れちゃった」
そんな事は気にしなくていいのだと小鉄は首を振って、日向子と共に彼の元へ駆け寄る。
「大丈夫?..炭治郎」
「っあぁ...日向子姉さん。格好悪いところを見られてしまったな。」
恥ずかしそうに顔を背ける炭治郎が、よっこらせと大勢を整えようとしたその時、ピシリと亀裂の入る嫌な音が辺りに響いた。
そして、絡繰人形がガラガラと音を立て崩れ落ちていく。その肢体の中心から現れたのは
「これは...刀?」
三人が目の当たりにしたのは、かなり年季の入った一本の刀であった。
一瞬の間を置いて、小鉄が少なくとも三百年以上前のものであると見定めると、炭治郎と共に興奮しながらその場で小躍りする。
「こ、これ炭治郎さん貰っちゃっていいんじゃないでしょうか?!ももも貰ってください是非!」
「え、やややや駄目でしょ?!今までの蓄積された斬撃があって、俺の時偶々壊れただけだと思うし!」
そんな運が良いってだけで頂けないよと炭治郎は遠慮するが、質の良い刀と聞いて物欲しそうな様を隠し切れていないのは、やはり剣士の性 というものなのだろう。
「ちょっと抜いてみます?!」
「そうだね見たいよね!!」
小鉄が興味津々でそう提案すれば、待ってましたとばかりに賛同した。
緊張した面持ちで刀を手に持ち正座すると、炭治郎は日向子も近くへ呼ぼうと声をかけようとした時、彼女の異変に気付く。
「日向子姉さん?..っどうした!?」
炭治郎は刀を放り咄嗟に彼女の元へと走る。頭を両手で押さえ苦しそうに眉根を寄せている日向子の姿が目に入ったからだ。
「..っ..」
「大丈夫か?頭が痛いのか?っなんでいきなり...」
炭治郎が彼女の肩を抱えると、酷い耳鳴りと頭痛を苦し紛れに訴えた。
そして...
彼女の瞳からは、ぼろぼろと止めどなく涙が溢れては落ちていく。
「....縁壱...様....」
ーっー
炭治郎は微かに彼女の口から漏れ出た言葉を聞き逃さなかった。
その声色は歓喜と悲哀に満ちており、縋るような眼差しは、辿っていくと先程の古びた刀を求めているようだった。
「日寄さん...なのか?」
その問いかけを境に、彼女は炭治郎の腕の中で意識を失った。
※side story 日寄の過去を読む事を推奨します。
ーーーーー
〜255【独白】〜
私は太陽を求めた。
そう、造られていたのだわ。
どんなに頑なに自分を保とうとも、月光の寵愛を受けようとも、やはり浮かぶのは日輪の暖かな日差しの中。
けれど...気付いた時にはもう遅くて、
私は多くの者達を裏切り、捨て去り、そして遠ざけた。
そんな私が、人並みの幸せを掴む資格など無い。
太陽も、月も、どちらも私には選ぶ事は出来なかった。
私が狂わした歯車は、もう戻る事はない。
その後の人生は数奇 なもので、あぁ、いっそこのまま死に絶えた方がいいのだわと思った。
でも、一筋の光が差した時、それまで耐えてきたものを全て吐き出した。
幸せになってもいいのだと教えてくれた。
あなたと出会えた事に後悔はない。
ただ...あなたには私と同じ道を歩んで欲しくはない。
普通の平凡な、長閑 な日常さえ送ってくれれば、それ以上の願いはないのだから。
私には果たす事が出来なかった。
大切な人を救済する事はついに叶わなかった。
悲しい運命を辿らせてごめんなさい。
苦しい思いをさせてごめんなさい。
でも、あなたならきっと...
きっとこの不条理な世界を変える事が出来ると信じているわ。
ーーーーー
〜256【どうか笑って】〜
長い長い時空の旅を経たような...そんな微睡 から覚醒した日向子は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
すぐ横で腰掛けていた炭治郎は、いち早く日向子の様子に気付き身を案じる。
「日向子姉さん!...良かった目が覚めて。具合はどうだ?一応鉄珍様にも報告してあるけど、しばらく様子を見ていて大丈夫だろうって言われたから」
眉をハの字にし心配そうな眼差しで日向子を見つめる炭治郎。その横には禰豆子も同じような様子で座り込んでいた。
「大丈夫...ありがとう。迷惑かけたね」
布団から上体を起こそうとすると、彼は慌てて近寄り日向子の背中を支えてくれた。
倒れる前の頭痛も耳鳴りも既に治っていて、倦怠感も全くない。
体には別段問題は見られなかった。
残っていたのは脳に濃く刻まれた
【彼女の思い】
「私...全部わかったわ。」
「え?」
「日寄さんが過去何を経験したのかも、私に...何を伝えたがっていたのかも、全部わかったのよ。」
長年外の空気に触れる事なく眠っていたあの日輪刀。あれは間違いなく、継国縁壱さんの刀だ。
彼の魂と誇りが、今もなお内に秘められていた。
それが引き金となり、日向子の中にいる【彼女】が鮮明に現れたのだ。
日寄さんは
ただ私を....
日向子はおもむろに立ち上がり、月明かりの光が差し込む窓辺へ歩いて行った。
そしてガラス窓を開け、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!」
いきなり大声で叫び出した彼女を見て、何をしだしたのかと炭治郎も禰豆子もぎょっとする。
日向子は息が切れる直前まで叫び倒すと、続け様にこう発した。
「私はっ!!禰豆子を人間に戻す!!鬼をこの世から失くす!!そして二度とっ!....【大切な人と決別しない、皆が幸せになれる平和な世の中を造って見せる】!!」
はぁはぁと肩で息をしながらそう言い切った彼女。
日向子姉さんらしくない、感情を露わにした心の叫び声。
でも何だかその言霊 に、炭治郎はとてつもない勢いで引き込まれた。
切ない...。
「日向子姉さんだけに、背負わせないよ。」
炭治郎は立ち上がり、背中からそっと彼女を抱きしめる。
「俺も同じ気持ちだ。そんな素敵な夢を叶える為の宿命を、俺にも背負わせてくれないか?」
炭治郎は優しい声色でそう囁いた。
あぁ...きっと私は大丈夫です。だから、貴女もどうか笑ってください。
日寄さん
ーーーーー
〜256【痛い】〜
「...」
ふわりと香った炭治郎の匂いも、包み込まれるような暖かな温もりも、全てが心地よく感じて、しばらくされるがままになっていた。
背中越しに彼の鼓動がトクトクと伝わってくる。
密着しているからよくわかった。安心する響き...けれど少しだけ、早いような気もする。
彼の表情はわからない。ただかえってそれが、色んな想像を掻き立てるから...
たまらず日向子は炭治郎に声をかける。
「ねぇ...そろそろ離してくれる?炭治郎。」
首元に回っている彼の腕をそっと退けようと試みるが、どうやら聞き入れてくれるつもりはないらしい。
何故なら
「....嫌じゃないんだろう?そんな匂いがする。」
あぁ..
鼻が効く炭治郎の体質は、こういう時にこそ厄介だ。
近くにいればいる程、彼には私の心中が手に取るようにわかってしまうのだろう。
彼は、基本的に私の嫌がる事はしてこない。
本気で突き放せば、それ以上踏み込んでくる事はまずない。
でも逆を言えば、本音でないのなら日向子がどんなに口や体で制したとしても、炭治郎は一切引くことなく手を伸ばしてくる。
「もう少し..このままで居たいなぁ。駄目か?」
穏やかな声色でそう甘えられてしまっては、もはや日向子にはどうする事も出来ない。
私は、不意に見せる炭治郎のこういう所にすこぶる弱いのだ。
片腕を上げて、彼の頭をゆっくりと撫でてやれば、息を詰めた後、はぁーと深く吐いて更に体を寄せつけてきた。
ただ、あんまりいいわいいわで油断していると、また、【前のような】展開になるかもしれない事を学習しているから....
「っ!...」
今度は強行突破。するりと彼の腕から体を抜き取り、一言こう発する。
「甘えてくれるのは嬉しいけど、節操が無いのは駄目よ。わかるわね?」
彼女のその言葉を聞いた途端、しょんぼりと項垂れてこくんと頷く炭治郎。
日向子は彼に対して、決して長男という言葉は使わない。よっぽどの事がない限り怒ることもない。ただ、物事の分別をつけさせる時には容赦ない。それは、どの子にも平等にしてきた事だ。
勿論、炭治郎の想いは痛い程わかっているけれど...
貴方を誑 かすようなまねをしたくないのよ。
わかってね..炭治郎。
ちゃんと真剣に、向き合いたいから。
だからお願い、そんなに辛そうな顔をしないで欲しいの。
ーーーーー
〜257【純粋なる願望】〜
最近は、本当に我慢が効かない。
つい無意識に彼女を求めてしまう。
何故なら、彼女から発される匂いに僅かな変化が見られたからだ。
日向子姉さん自身は、ひょっとしたら気付いてないかもしれないけど、以前よりも確実に
ー匂いが、甘くなっているー
それは、春風に漂う花の蜜のように微かなものだけれど、炭治郎にとっては大きな変化であり、つい触れたくて堪らない衝動効果をもたらす。
最も、まだ炭治郎の想いと同等とは行かないが..
着実に彼女の心の中に入り込む事を許されつつあると感じ、歓喜に震えた。
それがわかってしまえば、狂おしい想いを抱えて来た自分に抑える事など出来る筈もない。
だけど、彼女にはまだはっきりとした線引きがあるようだ。
この間のような事があってはならないと。
ふしだらではしたない行為という先入観があるのだろうか?
或いは、炭治郎の気持ちを受け止めきれる覚悟をまだ持たないが故の配慮なのか?
どちらにせよ、互いの求める範囲というものは合致しない。
それは単に気持ちの問題か、性分の問題か、男女の違いによるものか。
どのみち、彼女を好いた時点で長期戦は覚悟の上、耐えなければならない...
ーーーー
今は禰豆子の髪の毛を結ってあげている日向子姉さんを、炭治郎は横目にぼんやりと眺める。
「はい、出来たよ禰豆子。甘露寺様と同じ三つ編みよ。凄く可愛いわ、鏡で見てごらん?」
禰豆子は初めて結ってもらえた三つ編みを見て、ルンルンとはしゃいでいる。
そして、今度は日向子姉さんと同じポニーテールがいいのだと訴えるように、彼女のリボンをピシッと指差した。
意図を汲んだ彼女は快く了承し、再び禰豆子の髪の毛を下ろして櫛 で溶かし始める。
その甲斐甲斐しい所作と、優しげな横顔を見て、炭治郎は不意にこう口にしてしまった。
「....結婚したいな」
「...?何か言った炭治郎」
首を傾げそう問いかけられて初めて、自分が今何を呟いたのか、はたと気付いた。
「っ...何でもないっ!」
ぶわりと顔に血が集まり、思い切り彼女から視線をそらしてしまった。
まさかこんな事、面と向かって口にしてしまうだなんて。
幸い伝わってはいなかったようだが...
散々善逸の結婚願望に呆れた様を見せていた自分だけど、今、ようやく彼の気持ちがわかったような気がした。
日向子姉さんと夫婦 になりたい。
それは紛れもない炭治郎の本音であった。
ーーーーー
炭治郎が放った一撃は見事人形の頚に命中したが、刀はその衝撃で真っ二つに折れてしまった。
地面に勢いよく尻餅をついた炭治郎は、苦悶の表情を浮かべながらズキズキと痛む仙骨部を押さえる。
「ごめんっ...借りた刀、折れちゃった」
そんな事は気にしなくていいのだと小鉄は首を振って、日向子と共に彼の元へ駆け寄る。
「大丈夫?..炭治郎」
「っあぁ...日向子姉さん。格好悪いところを見られてしまったな。」
恥ずかしそうに顔を背ける炭治郎が、よっこらせと大勢を整えようとしたその時、ピシリと亀裂の入る嫌な音が辺りに響いた。
そして、絡繰人形がガラガラと音を立て崩れ落ちていく。その肢体の中心から現れたのは
「これは...刀?」
三人が目の当たりにしたのは、かなり年季の入った一本の刀であった。
一瞬の間を置いて、小鉄が少なくとも三百年以上前のものであると見定めると、炭治郎と共に興奮しながらその場で小躍りする。
「こ、これ炭治郎さん貰っちゃっていいんじゃないでしょうか?!ももも貰ってください是非!」
「え、やややや駄目でしょ?!今までの蓄積された斬撃があって、俺の時偶々壊れただけだと思うし!」
そんな運が良いってだけで頂けないよと炭治郎は遠慮するが、質の良い刀と聞いて物欲しそうな様を隠し切れていないのは、やはり剣士の
「ちょっと抜いてみます?!」
「そうだね見たいよね!!」
小鉄が興味津々でそう提案すれば、待ってましたとばかりに賛同した。
緊張した面持ちで刀を手に持ち正座すると、炭治郎は日向子も近くへ呼ぼうと声をかけようとした時、彼女の異変に気付く。
「日向子姉さん?..っどうした!?」
炭治郎は刀を放り咄嗟に彼女の元へと走る。頭を両手で押さえ苦しそうに眉根を寄せている日向子の姿が目に入ったからだ。
「..っ..」
「大丈夫か?頭が痛いのか?っなんでいきなり...」
炭治郎が彼女の肩を抱えると、酷い耳鳴りと頭痛を苦し紛れに訴えた。
そして...
彼女の瞳からは、ぼろぼろと止めどなく涙が溢れては落ちていく。
「....縁壱...様....」
ーっー
炭治郎は微かに彼女の口から漏れ出た言葉を聞き逃さなかった。
その声色は歓喜と悲哀に満ちており、縋るような眼差しは、辿っていくと先程の古びた刀を求めているようだった。
「日寄さん...なのか?」
その問いかけを境に、彼女は炭治郎の腕の中で意識を失った。
※side story 日寄の過去を読む事を推奨します。
ーーーーー
〜255【独白】〜
私は太陽を求めた。
そう、造られていたのだわ。
どんなに頑なに自分を保とうとも、月光の寵愛を受けようとも、やはり浮かぶのは日輪の暖かな日差しの中。
けれど...気付いた時にはもう遅くて、
私は多くの者達を裏切り、捨て去り、そして遠ざけた。
そんな私が、人並みの幸せを掴む資格など無い。
太陽も、月も、どちらも私には選ぶ事は出来なかった。
私が狂わした歯車は、もう戻る事はない。
その後の人生は
でも、一筋の光が差した時、それまで耐えてきたものを全て吐き出した。
幸せになってもいいのだと教えてくれた。
あなたと出会えた事に後悔はない。
ただ...あなたには私と同じ道を歩んで欲しくはない。
普通の平凡な、
私には果たす事が出来なかった。
大切な人を救済する事はついに叶わなかった。
悲しい運命を辿らせてごめんなさい。
苦しい思いをさせてごめんなさい。
でも、あなたならきっと...
きっとこの不条理な世界を変える事が出来ると信じているわ。
ーーーーー
〜256【どうか笑って】〜
長い長い時空の旅を経たような...そんな
すぐ横で腰掛けていた炭治郎は、いち早く日向子の様子に気付き身を案じる。
「日向子姉さん!...良かった目が覚めて。具合はどうだ?一応鉄珍様にも報告してあるけど、しばらく様子を見ていて大丈夫だろうって言われたから」
眉をハの字にし心配そうな眼差しで日向子を見つめる炭治郎。その横には禰豆子も同じような様子で座り込んでいた。
「大丈夫...ありがとう。迷惑かけたね」
布団から上体を起こそうとすると、彼は慌てて近寄り日向子の背中を支えてくれた。
倒れる前の頭痛も耳鳴りも既に治っていて、倦怠感も全くない。
体には別段問題は見られなかった。
残っていたのは脳に濃く刻まれた
【彼女の思い】
「私...全部わかったわ。」
「え?」
「日寄さんが過去何を経験したのかも、私に...何を伝えたがっていたのかも、全部わかったのよ。」
長年外の空気に触れる事なく眠っていたあの日輪刀。あれは間違いなく、継国縁壱さんの刀だ。
彼の魂と誇りが、今もなお内に秘められていた。
それが引き金となり、日向子の中にいる【彼女】が鮮明に現れたのだ。
日寄さんは
ただ私を....
日向子はおもむろに立ち上がり、月明かりの光が差し込む窓辺へ歩いて行った。
そしてガラス窓を開け、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!」
いきなり大声で叫び出した彼女を見て、何をしだしたのかと炭治郎も禰豆子もぎょっとする。
日向子は息が切れる直前まで叫び倒すと、続け様にこう発した。
「私はっ!!禰豆子を人間に戻す!!鬼をこの世から失くす!!そして二度とっ!....【大切な人と決別しない、皆が幸せになれる平和な世の中を造って見せる】!!」
はぁはぁと肩で息をしながらそう言い切った彼女。
日向子姉さんらしくない、感情を露わにした心の叫び声。
でも何だかその
切ない...。
「日向子姉さんだけに、背負わせないよ。」
炭治郎は立ち上がり、背中からそっと彼女を抱きしめる。
「俺も同じ気持ちだ。そんな素敵な夢を叶える為の宿命を、俺にも背負わせてくれないか?」
炭治郎は優しい声色でそう囁いた。
あぁ...きっと私は大丈夫です。だから、貴女もどうか笑ってください。
日寄さん
ーーーーー
〜256【痛い】〜
「...」
ふわりと香った炭治郎の匂いも、包み込まれるような暖かな温もりも、全てが心地よく感じて、しばらくされるがままになっていた。
背中越しに彼の鼓動がトクトクと伝わってくる。
密着しているからよくわかった。安心する響き...けれど少しだけ、早いような気もする。
彼の表情はわからない。ただかえってそれが、色んな想像を掻き立てるから...
たまらず日向子は炭治郎に声をかける。
「ねぇ...そろそろ離してくれる?炭治郎。」
首元に回っている彼の腕をそっと退けようと試みるが、どうやら聞き入れてくれるつもりはないらしい。
何故なら
「....嫌じゃないんだろう?そんな匂いがする。」
あぁ..
鼻が効く炭治郎の体質は、こういう時にこそ厄介だ。
近くにいればいる程、彼には私の心中が手に取るようにわかってしまうのだろう。
彼は、基本的に私の嫌がる事はしてこない。
本気で突き放せば、それ以上踏み込んでくる事はまずない。
でも逆を言えば、本音でないのなら日向子がどんなに口や体で制したとしても、炭治郎は一切引くことなく手を伸ばしてくる。
「もう少し..このままで居たいなぁ。駄目か?」
穏やかな声色でそう甘えられてしまっては、もはや日向子にはどうする事も出来ない。
私は、不意に見せる炭治郎のこういう所にすこぶる弱いのだ。
片腕を上げて、彼の頭をゆっくりと撫でてやれば、息を詰めた後、はぁーと深く吐いて更に体を寄せつけてきた。
ただ、あんまりいいわいいわで油断していると、また、【前のような】展開になるかもしれない事を学習しているから....
「っ!...」
今度は強行突破。するりと彼の腕から体を抜き取り、一言こう発する。
「甘えてくれるのは嬉しいけど、節操が無いのは駄目よ。わかるわね?」
彼女のその言葉を聞いた途端、しょんぼりと項垂れてこくんと頷く炭治郎。
日向子は彼に対して、決して長男という言葉は使わない。よっぽどの事がない限り怒ることもない。ただ、物事の分別をつけさせる時には容赦ない。それは、どの子にも平等にしてきた事だ。
勿論、炭治郎の想いは痛い程わかっているけれど...
貴方を
わかってね..炭治郎。
ちゃんと真剣に、向き合いたいから。
だからお願い、そんなに辛そうな顔をしないで欲しいの。
ーーーーー
〜257【純粋なる願望】〜
最近は、本当に我慢が効かない。
つい無意識に彼女を求めてしまう。
何故なら、彼女から発される匂いに僅かな変化が見られたからだ。
日向子姉さん自身は、ひょっとしたら気付いてないかもしれないけど、以前よりも確実に
ー匂いが、甘くなっているー
それは、春風に漂う花の蜜のように微かなものだけれど、炭治郎にとっては大きな変化であり、つい触れたくて堪らない衝動効果をもたらす。
最も、まだ炭治郎の想いと同等とは行かないが..
着実に彼女の心の中に入り込む事を許されつつあると感じ、歓喜に震えた。
それがわかってしまえば、狂おしい想いを抱えて来た自分に抑える事など出来る筈もない。
だけど、彼女にはまだはっきりとした線引きがあるようだ。
この間のような事があってはならないと。
ふしだらではしたない行為という先入観があるのだろうか?
或いは、炭治郎の気持ちを受け止めきれる覚悟をまだ持たないが故の配慮なのか?
どちらにせよ、互いの求める範囲というものは合致しない。
それは単に気持ちの問題か、性分の問題か、男女の違いによるものか。
どのみち、彼女を好いた時点で長期戦は覚悟の上、耐えなければならない...
ーーーー
今は禰豆子の髪の毛を結ってあげている日向子姉さんを、炭治郎は横目にぼんやりと眺める。
「はい、出来たよ禰豆子。甘露寺様と同じ三つ編みよ。凄く可愛いわ、鏡で見てごらん?」
禰豆子は初めて結ってもらえた三つ編みを見て、ルンルンとはしゃいでいる。
そして、今度は日向子姉さんと同じポニーテールがいいのだと訴えるように、彼女のリボンをピシッと指差した。
意図を汲んだ彼女は快く了承し、再び禰豆子の髪の毛を下ろして
その甲斐甲斐しい所作と、優しげな横顔を見て、炭治郎は不意にこう口にしてしまった。
「....結婚したいな」
「...?何か言った炭治郎」
首を傾げそう問いかけられて初めて、自分が今何を呟いたのか、はたと気付いた。
「っ...何でもないっ!」
ぶわりと顔に血が集まり、思い切り彼女から視線をそらしてしまった。
まさかこんな事、面と向かって口にしてしまうだなんて。
幸い伝わってはいなかったようだが...
散々善逸の結婚願望に呆れた様を見せていた自分だけど、今、ようやく彼の気持ちがわかったような気がした。
日向子姉さんと
それは紛れもない炭治郎の本音であった。
ーーーーー