◆第玖章 呼吸の歴史
貴女のお名前を教えてください
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〜230【同期との再会】〜
「聞いてよ~私そこで無視されたの!挨拶したのに無視されたの~」
わっと泣き出す蜜璃に、誰とすれ違ったのかと聞いてもわからないと首を横に振る。
どうしたものかと困ってしまい、話を逸らすように夕餉の献立を伝えると、彼女は途端に機嫌をよくして嵐のように去っていった。
しかし、一体誰だったんだろう?
すれ違ったという事はその人物はこの道を登って行ったのか。急いで駆け上がり目的地に着くと、何か硬いものがこつりと頭に当たった。
「何だ?」
跳ねた物を拾い上げギョッとした。
それは人の歯だった。何故こんなものが?
湯けむりが立ち込める方を見ると、誰かが立っている。視界を凝らせば、ようやくその人物が誰かわかった。
特徴的な容姿に平均よりも高い背丈。
「不死川玄弥っ!」
炭治郎の声に気付き彼はバッと振り返るが、その瞬間罵声を浴びせられた。
彼とは何せ初対面が最悪だった。
玄弥の反応は納得の出来るものだったが、炭治郎はそれでもめげずに急いで衣服を脱ぎ捨てざぶりと湯の中に飛び込む。
「久しぶり!元気でやってた?風柱と名字一緒だね!」
初めて会った時は彼の所業がよろしくなかったのだから仕方がない。
でも彼とは鬼殺隊の同期であるし、仲違いしたままでいる意味もないので、炭治郎はどうにか距離を縮めたかったのだが...
生憎向こうにその気はないようでさっさと湯から上がって行ってしまったのだ。
「うーん、人間関係って難しいなぁ..」
パシャパシャとバタ足をして温泉を楽しむ禰豆子を眺めながら炭治郎はため息を吐いた。
「俺も陽光山に行こうかな..でも、まずは鋼鐵塚さんを探して日輪刀を打ってもらわないと」
急く思いはあるが、本末転倒になってはならない。炭治郎はひとまずの目的を決めた。
温泉を堪能した後宿に戻ると、既に夕餉のいい匂いが立ち込めており、たまたま居合わせた甘露寺さんと共に部屋食を取る事になった。
「さっき甘露寺さんがすれ違った人は不死川玄弥という俺の同期でしたよ?」
あらそうなの?と驚いたように彼女は口元に手を当てる。
「でも、不死川さん弟いないって言ってたわ。仲があまり良くないのかしらね?」
それって悲しいわと蜜璃は眉をハの字にする。
彼女も兄弟が多い家庭らしく、彼等の事に関しては胸を痛めているようだ。
そう言えばと、炭治郎は気になってしまった事を尋ねた。
「あの...俺が日向子姉さんの事好きかって、何で聞いたんですか?」
ーーーーー
〜231【彼女の好きなところ】〜
「あぁ、それはねー...この間日向子ちゃんと一緒に温泉に入ったのね?その時に見ちゃったのよ」
っ!
日向子姉さんと温泉、なんて羨まっ...
じゃなくて見ちゃったって、何をだ?
そのフレーズに炭治郎は生唾を飲み、次の言葉を待った。すると、衝撃の事実を聞く事になる。
「日向子ちゃんの首に口吸い痕をつけたの、炭治郎君なんでしょう?覚えてないの?」
「え...えぇぇぇぇっ//!?!?」
全く気付かなかった。言い訳をするわけではないが、あの夜は炭治郎自身も理性が飛んでいて、無我夢中で噛み付いてしまったのだから。
そんな馬鹿なっ
いや、でも確かに付いてしまってもおかしくない事をした。あぁ、なんて事を..
炭治郎の狼狽 具合を見て、全てを悟った蜜璃はこう話した。
「炭治郎君が日向子ちゃんの事大好きなのはとてもよくわかったわ。
それだけ我慢してた想いだったのよね?でも、女の子を怖がらせることだけはしちゃ駄目よ?今回は隊服を着ていれば気付かない場所だったけど、そういう所も、配慮してあげてね?」
「...はい、すみません」
「あぁ!ごめんね?そんなに落ち込まないで炭治郎君!人を好きになるってとっても素晴らしい事なのよ?蜜璃はあなたの事も応援するから、頑張ってね!日向子ちゃん可愛いしいい子だから、他の殿方に取られないように」
そう激励され、ありがとうございますと彼女に礼を伝えた。
甘露寺さんは、ふわふわしてて天真爛漫なので歳下みたいな感覚で接していた部分も正直あったけれど、いけない事はいけないと叱ってくれて、いい事はちゃんと肯定してくれる。
とてもよいお姉さんだった。
「ねぇ、それより炭治郎君は日向子ちゃんのどこを好きになったの?いつから好きなの?」
キラキラと目を輝かせてそう問いかけてくるので、カーーッと顔を熱くさせた。
話してくれるまで離さないわよとでも言うような気迫を感じたので、観念しポツリポツリと語り始める。
「えーと...多分、物心ついた時から好きです。家族想いで優しくて、日溜りみたいに暖かくて笑顔が素敵な所、とか。あと頑張り屋で信念があって凄く尊敬出来るんです。ただ..時々危なっかしくて、たまに弱くなる時もあって、そこが可愛らしくて...俺」
ハッとして蜜璃を見る、しまった
ついつい饒舌 になって..
「本当に日向子ちゃんの事大好きなのねぇ。
お姉さんキュンキュンしちゃう。炭治郎君の恋、実るといいわね!」
ーーーーー
〜232【俺の方が】〜
ー翌朝ー
鋼鐵塚さんを探す為、炭治郎は早々と外に繰り出した。それと、昨夜甘露寺さんに言われた(強くなる為の秘密の武器)とやらも気になった。
お得意の鼻も、温泉の匂いがキツいせいで効きづらい。探すにしてもどうするべきか、うーんと考えあぐねていた時だった。
「?」
何やら林の向こうに人影が見え、言い争っているような雰囲気だ。1人の姿は幹の影に隠れて見えないが、もう1人は明らかに子供だった。
喧嘩なら止めなければいけない。そう思い駆け寄ろうとした時、角度が変わりもう1人の姿が現れた。
その人物を見て、炭治郎は胸がざわついた。
「あれは...」
ー霞柱の、時透無一郎ー
日向子姉さん絡みの兼ね合いで、炭治郎もよく知っている柱の1人だった。
まさか彼がこの里にいるなんて...一体何故?
「何があっても鍵は渡さない!使い方も絶対教えないからなっ!」
ひょっとこのお面を被った少年が、果敢 にも無一郎に向かってそう叫ぶ。
すると彼は、すっと手をかざし少年の首に手刀を叩きつけた。
とんでもない人畜非道な行為に、いてもたってもいられず炭治郎はつかつかと駆け寄る。
「何してるんだっ!手を離せっー!」
なおも少年の襟首を掴んで離さない無一郎の腕を、今度は炭治郎ががしっと掴む。
炭治郎の存在に気付いた彼は、僅かに目を見開いたが、すぐにいつもの興味なさげな目の色に戻ってしまった。
「⁉」
おかしい、何て力だろう。
俺よりも背も低くて小柄なのに、腕がびくともしない。
いや..それどころか
「手、離してよ」
ドグッっと鈍い音をたてて無一郎は炭治郎のみぞおちを的確に狙い肘鉄をした。
「うっ...」
ドサっとその場に倒れ込んだ炭治郎は、こみ上げる胃液を吐き出す。信じられない威力だった。喘鳴 を漏らしながら、ギッと無一郎を睨みつける。
「弱いね、よく鬼殺隊に入れたな。そんなんじゃ日向子の事だって守れるわけないよね」
「っ!」
ー弱いー
そう言われた事に腹が立ったわけではない。
ただ、面と向かって【その程度では日向子姉さんの事を守れない】そう言われた事に対して炭治郎は酷く打ちのめされた。
確かに、今の炭治郎では目の前の柱である無一郎に遠く及ばない。それは、紛れもない事実だからだ。
「何で、君の方が日向子の側にいれるのに...ムカつくなぁ。俺ならもっと、日向子の事守れるのに」
無一郎は蔑んだ眼差しで炭治郎を見下ろした。
ーーーーー
〜233【価値観の相違】〜
自分は柱だ。
多くの人間を救わなければいけない。守らなければならない。そういう使命を課されている。
限られた人員でこの日本中に蔓延る鬼を制圧する為には、一人で担う守備範囲が広い。
故に柱は多忙であり、私用で行動出来る時間は著しく少ない。
出来る事なら、日向子の近くには自分がいてあげたいし守りたい。傷付けるものはどんな奴であろうと許さない。
なのに...
日向子は常に家族である炭治郎達の側にいたがる。
日向子の近くにいる事が最も許される存在の癖に、恵まれている立場の癖に、
【俺よりも弱い男が、彼女の側にいる】
それがどうしても許せない
記憶が時折曖昧になる無一郎でも、日向子と炭治郎の事だけは片時も忘れた事はない。
それだけ、彼にとって2人の存在は重要であるからだ。
無一郎が炭治郎が背負う桐の箱に触れようとした時、バシッと勢いよく彼の手を払った。
「触るなっ」
「.....」
ビリビリと痺れる手をじっと見つめていると、不意に右手が軽くなった。
一瞬の隙に炭治郎は少年を奪い返していたのだ。くるっと振り返り、無一郎に向かってこう発する。
「確かに...俺はまだ君より弱い。才能だって時透さんの方がずっとあると思う。けど、大切な人達を守る為に強くなりたいという気持ちは誰にも負けない!」
炭治郎はぐっと握り拳を作った。
彼の言うことは概ね正しいと思う、ぐうの音も出ない。
でも、この気持ちだけは蔑ろにされたくはなかった。
日向子姉さんを守りたい、支えたい、傷付けたくない、その思いだけは。
しかし、そんな炭治郎の思いは無一郎に響く事はなかった。彼もまた...
日向子を想う1人の男だからだ。
「俺は認めないから。実力が無ければ、何の意味もない」
「っ離せよ!」
バッと炭治郎の胸板を押し戻し、這い出た少年はブルブルと震えながら無一郎に向かってこう叫んだ。
「お..お前が何の為にそんなに意固地になってるか知らないけどな!誰にも鍵は渡さない!あれは....次で壊れる」
その言葉を聞くと無一郎は、今度は炭治郎から少年へと矛先を変えた。
「意固地になってるのは君の方だよ。壊れるから何?また作ったら?君がそうやって下らないことを言ってるうちに、何人死ぬと思ってるわけ?【鬼から人々を守れる実力がない人間と、柱の時間価値】は全く違うんだよ」
ーーーーー
「聞いてよ~私そこで無視されたの!挨拶したのに無視されたの~」
わっと泣き出す蜜璃に、誰とすれ違ったのかと聞いてもわからないと首を横に振る。
どうしたものかと困ってしまい、話を逸らすように夕餉の献立を伝えると、彼女は途端に機嫌をよくして嵐のように去っていった。
しかし、一体誰だったんだろう?
すれ違ったという事はその人物はこの道を登って行ったのか。急いで駆け上がり目的地に着くと、何か硬いものがこつりと頭に当たった。
「何だ?」
跳ねた物を拾い上げギョッとした。
それは人の歯だった。何故こんなものが?
湯けむりが立ち込める方を見ると、誰かが立っている。視界を凝らせば、ようやくその人物が誰かわかった。
特徴的な容姿に平均よりも高い背丈。
「不死川玄弥っ!」
炭治郎の声に気付き彼はバッと振り返るが、その瞬間罵声を浴びせられた。
彼とは何せ初対面が最悪だった。
玄弥の反応は納得の出来るものだったが、炭治郎はそれでもめげずに急いで衣服を脱ぎ捨てざぶりと湯の中に飛び込む。
「久しぶり!元気でやってた?風柱と名字一緒だね!」
初めて会った時は彼の所業がよろしくなかったのだから仕方がない。
でも彼とは鬼殺隊の同期であるし、仲違いしたままでいる意味もないので、炭治郎はどうにか距離を縮めたかったのだが...
生憎向こうにその気はないようでさっさと湯から上がって行ってしまったのだ。
「うーん、人間関係って難しいなぁ..」
パシャパシャとバタ足をして温泉を楽しむ禰豆子を眺めながら炭治郎はため息を吐いた。
「俺も陽光山に行こうかな..でも、まずは鋼鐵塚さんを探して日輪刀を打ってもらわないと」
急く思いはあるが、本末転倒になってはならない。炭治郎はひとまずの目的を決めた。
温泉を堪能した後宿に戻ると、既に夕餉のいい匂いが立ち込めており、たまたま居合わせた甘露寺さんと共に部屋食を取る事になった。
「さっき甘露寺さんがすれ違った人は不死川玄弥という俺の同期でしたよ?」
あらそうなの?と驚いたように彼女は口元に手を当てる。
「でも、不死川さん弟いないって言ってたわ。仲があまり良くないのかしらね?」
それって悲しいわと蜜璃は眉をハの字にする。
彼女も兄弟が多い家庭らしく、彼等の事に関しては胸を痛めているようだ。
そう言えばと、炭治郎は気になってしまった事を尋ねた。
「あの...俺が日向子姉さんの事好きかって、何で聞いたんですか?」
ーーーーー
〜231【彼女の好きなところ】〜
「あぁ、それはねー...この間日向子ちゃんと一緒に温泉に入ったのね?その時に見ちゃったのよ」
っ!
日向子姉さんと温泉、なんて羨まっ...
じゃなくて見ちゃったって、何をだ?
そのフレーズに炭治郎は生唾を飲み、次の言葉を待った。すると、衝撃の事実を聞く事になる。
「日向子ちゃんの首に口吸い痕をつけたの、炭治郎君なんでしょう?覚えてないの?」
「え...えぇぇぇぇっ//!?!?」
全く気付かなかった。言い訳をするわけではないが、あの夜は炭治郎自身も理性が飛んでいて、無我夢中で噛み付いてしまったのだから。
そんな馬鹿なっ
いや、でも確かに付いてしまってもおかしくない事をした。あぁ、なんて事を..
炭治郎の
「炭治郎君が日向子ちゃんの事大好きなのはとてもよくわかったわ。
それだけ我慢してた想いだったのよね?でも、女の子を怖がらせることだけはしちゃ駄目よ?今回は隊服を着ていれば気付かない場所だったけど、そういう所も、配慮してあげてね?」
「...はい、すみません」
「あぁ!ごめんね?そんなに落ち込まないで炭治郎君!人を好きになるってとっても素晴らしい事なのよ?蜜璃はあなたの事も応援するから、頑張ってね!日向子ちゃん可愛いしいい子だから、他の殿方に取られないように」
そう激励され、ありがとうございますと彼女に礼を伝えた。
甘露寺さんは、ふわふわしてて天真爛漫なので歳下みたいな感覚で接していた部分も正直あったけれど、いけない事はいけないと叱ってくれて、いい事はちゃんと肯定してくれる。
とてもよいお姉さんだった。
「ねぇ、それより炭治郎君は日向子ちゃんのどこを好きになったの?いつから好きなの?」
キラキラと目を輝かせてそう問いかけてくるので、カーーッと顔を熱くさせた。
話してくれるまで離さないわよとでも言うような気迫を感じたので、観念しポツリポツリと語り始める。
「えーと...多分、物心ついた時から好きです。家族想いで優しくて、日溜りみたいに暖かくて笑顔が素敵な所、とか。あと頑張り屋で信念があって凄く尊敬出来るんです。ただ..時々危なっかしくて、たまに弱くなる時もあって、そこが可愛らしくて...俺」
ハッとして蜜璃を見る、しまった
ついつい
「本当に日向子ちゃんの事大好きなのねぇ。
お姉さんキュンキュンしちゃう。炭治郎君の恋、実るといいわね!」
ーーーーー
〜232【俺の方が】〜
ー翌朝ー
鋼鐵塚さんを探す為、炭治郎は早々と外に繰り出した。それと、昨夜甘露寺さんに言われた(強くなる為の秘密の武器)とやらも気になった。
お得意の鼻も、温泉の匂いがキツいせいで効きづらい。探すにしてもどうするべきか、うーんと考えあぐねていた時だった。
「?」
何やら林の向こうに人影が見え、言い争っているような雰囲気だ。1人の姿は幹の影に隠れて見えないが、もう1人は明らかに子供だった。
喧嘩なら止めなければいけない。そう思い駆け寄ろうとした時、角度が変わりもう1人の姿が現れた。
その人物を見て、炭治郎は胸がざわついた。
「あれは...」
ー霞柱の、時透無一郎ー
日向子姉さん絡みの兼ね合いで、炭治郎もよく知っている柱の1人だった。
まさか彼がこの里にいるなんて...一体何故?
「何があっても鍵は渡さない!使い方も絶対教えないからなっ!」
ひょっとこのお面を被った少年が、
すると彼は、すっと手をかざし少年の首に手刀を叩きつけた。
とんでもない人畜非道な行為に、いてもたってもいられず炭治郎はつかつかと駆け寄る。
「何してるんだっ!手を離せっー!」
なおも少年の襟首を掴んで離さない無一郎の腕を、今度は炭治郎ががしっと掴む。
炭治郎の存在に気付いた彼は、僅かに目を見開いたが、すぐにいつもの興味なさげな目の色に戻ってしまった。
「⁉」
おかしい、何て力だろう。
俺よりも背も低くて小柄なのに、腕がびくともしない。
いや..それどころか
「手、離してよ」
ドグッっと鈍い音をたてて無一郎は炭治郎のみぞおちを的確に狙い肘鉄をした。
「うっ...」
ドサっとその場に倒れ込んだ炭治郎は、こみ上げる胃液を吐き出す。信じられない威力だった。
「弱いね、よく鬼殺隊に入れたな。そんなんじゃ日向子の事だって守れるわけないよね」
「っ!」
ー弱いー
そう言われた事に腹が立ったわけではない。
ただ、面と向かって【その程度では日向子姉さんの事を守れない】そう言われた事に対して炭治郎は酷く打ちのめされた。
確かに、今の炭治郎では目の前の柱である無一郎に遠く及ばない。それは、紛れもない事実だからだ。
「何で、君の方が日向子の側にいれるのに...ムカつくなぁ。俺ならもっと、日向子の事守れるのに」
無一郎は蔑んだ眼差しで炭治郎を見下ろした。
ーーーーー
〜233【価値観の相違】〜
自分は柱だ。
多くの人間を救わなければいけない。守らなければならない。そういう使命を課されている。
限られた人員でこの日本中に蔓延る鬼を制圧する為には、一人で担う守備範囲が広い。
故に柱は多忙であり、私用で行動出来る時間は著しく少ない。
出来る事なら、日向子の近くには自分がいてあげたいし守りたい。傷付けるものはどんな奴であろうと許さない。
なのに...
日向子は常に家族である炭治郎達の側にいたがる。
日向子の近くにいる事が最も許される存在の癖に、恵まれている立場の癖に、
【俺よりも弱い男が、彼女の側にいる】
それがどうしても許せない
記憶が時折曖昧になる無一郎でも、日向子と炭治郎の事だけは片時も忘れた事はない。
それだけ、彼にとって2人の存在は重要であるからだ。
無一郎が炭治郎が背負う桐の箱に触れようとした時、バシッと勢いよく彼の手を払った。
「触るなっ」
「.....」
ビリビリと痺れる手をじっと見つめていると、不意に右手が軽くなった。
一瞬の隙に炭治郎は少年を奪い返していたのだ。くるっと振り返り、無一郎に向かってこう発する。
「確かに...俺はまだ君より弱い。才能だって時透さんの方がずっとあると思う。けど、大切な人達を守る為に強くなりたいという気持ちは誰にも負けない!」
炭治郎はぐっと握り拳を作った。
彼の言うことは概ね正しいと思う、ぐうの音も出ない。
でも、この気持ちだけは蔑ろにされたくはなかった。
日向子姉さんを守りたい、支えたい、傷付けたくない、その思いだけは。
しかし、そんな炭治郎の思いは無一郎に響く事はなかった。彼もまた...
日向子を想う1人の男だからだ。
「俺は認めないから。実力が無ければ、何の意味もない」
「っ離せよ!」
バッと炭治郎の胸板を押し戻し、這い出た少年はブルブルと震えながら無一郎に向かってこう叫んだ。
「お..お前が何の為にそんなに意固地になってるか知らないけどな!誰にも鍵は渡さない!あれは....次で壊れる」
その言葉を聞くと無一郎は、今度は炭治郎から少年へと矛先を変えた。
「意固地になってるのは君の方だよ。壊れるから何?また作ったら?君がそうやって下らないことを言ってるうちに、何人死ぬと思ってるわけ?【鬼から人々を守れる実力がない人間と、柱の時間価値】は全く違うんだよ」
ーーーーー