◆第捌章 渇求
貴女のお名前を教えてください
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〜198【伝え往く者 往かざる者】〜
ーここは....夢か?誰かの夢...ー
桜が綺麗な季節だった。
最近ようやく慣れてきた手つきで、いそいそとお盆を縁側へと運んでいく。
「お茶が入りましたよ」
彼が呼びかけた背中は、物静かな声色でありがとうと礼を言った。
からりと....花札の耳飾りがそよ風に揺れる。
「すみませんね。客人に子守をさせてしまって、本当に申し訳ない」
彼はそう言いながら、抱かれている我が子を愛おしそうに見つめる。
「ぐっすり寝ているなぁ。余程あなたの腕の中が心地良いんですね」
そう微笑むと、今まで無表情だった男の顔に、僅かな笑みが浮かんだ気がした。
「これを飲んだら私は出て行く。いつまでもただ飯を食うのはしのびない」
遠慮するような言葉を連ねる男に、そんな事は気にしなくていいと首を横に振る。
「あなたは命の恩人だ。あなたが居なければ、俺たちどころか【この子】すら生まれていなかった。命を繋いでくれた。感謝してもしきれない」
そう伝えるも、男の意思は変わらず茶をすするばかりだった。それならばと彼はこう切り返す。
「わかりました。ならばせめて、あなたの事を後世に伝えます」
「...必要ない」
「っしかし..後を継ぐ方がいなくて困っておられるのでしょう?俺たちのように、救われる者がいる筈です。しがない炭焼きの俺には無理でも、いつか必ず誰かが..」
彼の気持ちが痛い程にわかった。
何故かはよくわからないけれど、目の前の男の偉大な力は、途絶えさせてはいけないと感じた。
誰かに語り継いで行かなければいけない、かけがえのない物であると強く思った。
けれど、男はやはり否定する。
「炭吉。道を極めた者が辿り着く場所は、【いつも同じ】だ。時代が変わろうとも、そこに至るまでの道のりが違おうとも、必ず同じ場所に辿り着く」
辿り着く場所...
「それは、諦めなければ決して途絶えぬ何かがあると言う事ですね?」
「あぁ..そうだ」
これは、炭吉という男の言葉か
それとも炭治郎自身が発した言葉だったのか...
「それなら、いいです...。例え力が無くとも、諦めが悪いのだけが、私の取り柄なので」
からりと笑いそう返すと、男はわずかに目を見開き、物思いにふけるような表情を見せた。
「私は、大切なものを何一つ守れず、人生において為すべき事を為せなかった男だ。何の価値もない男だが、炭吉..お前ならきっと...
あぁ
頼むからそんな顔をしないで欲しい
俺まで悲しくなってしまうよ...
ーーーーー
〜199【今だけは】〜
ー..炭治郎...早く目覚めて...
皆心配しているわ...ー
悲しみの彼方より、日向子姉さんの穏やかな声が聞こえてくる。
度々感じた温もりも匂いも、きっと気のせいではないような気がする。隣に居てくれた気がする。
早く戻らないと..彼女にこれ以上心配をかける前に
炭治郎が薄ら目蓋を開くと、白い天井が視界に広がる。
どうも寝ている間に泣いていたらしく、微かに視界が滲んでいた。
ーここは..どこだ...俺は..ー
不意に鼻を掠めた香りにつられ首を横に傾けると、どこか寂しげな表情をしているカナヲの姿があった。
彼女はハッとすると、目覚めて良かったとすぐに微笑む。
「もう2ヶ月近く意識が戻らなかったのよ、炭治郎」
「..そうなのか、そうか..」
まだ頭の中はぼーっとしていたが、少しずつここに至るまでの経緯を思い出す。
俺は、吉原で上弦の鬼と闘った。
勝利はしたが身体は瀕死の状態で、5人寄り添い生存を喜びあって...
そこから記憶がぱったりと途絶えていた。
恐らくすぐ気を失ってしまったのだろう。
「日向子姉さんは?禰豆子は?皆無事か?...」
カナヲは彼の言葉を聞くと辛そうに眉を寄せた。真っ先に彼の口から出たのは、日向子さんの名前。
彼は無意識かもしれないけれど..
炭治郎にとって彼女は、
実妹の禰豆子と同等か、或いはそれ以上の特別な存在なのだ。
あまりにも、カナヲはそれがショックだった
「カナヲ?...」
彼女の僅かな心情の変化を匂いで感じ取った炭治郎は、心配そうな眼差しで見つめた。
ー駄目だ、炭治郎にこんな顔をさせてどうするの私ー
自分でも何がなんだかわからない気持ちに無理やり蓋 をして、彼に向き直る。
「皆無事よ。だから炭治郎は、自分の体を回復させる事だけを考えてね」
カナヲはにこりと笑って彼にそう言い聞かせる。
それはカナヲ自身も無意識の事であったが、
とにかく、炭治郎を取り巻く周りの人間から、彼の気を逸らしたかっただけなのかもしれなかった。
だって....
だって今だけは
【私と炭治郎2人きりの空間なんだもの】
「あのー..これカステラ置いておくんで、しばらくしたら下げてください。傷みそうだったら食べちゃってもいいので」
不意に聞こえてきた第三者の声色。
それに対し舌足らずながら礼を言う炭治郎。
一瞬の間があいて後藤の叫び声が屋敷中に響き渡った。
「意識戻ってんじゃねーーか!もっと騒げやぁぁ!!」
ーーーーー
〜200【談笑】〜
「ふふ、それで屋敷の方がやけに賑やかだったわけですね」
「本当参っちまいますよ。カナヲちゃんも炭治郎が起きたならもっと騒いでくれたら良かったし、かと思えばあの伊之助?って奴は騒がし過ぎるくらいだしで」
お陰でどっと日頃の疲れが出た気分だとぐちぐち文句を垂れつつも、どこか嬉しそうな後藤。彼と談笑していた日向子も、ようやくほっと胸を撫で下ろした気分だった。
「でも良かった。このまま目覚めなかったらって、本当に思っちゃったんですよ..私。
カナヲちゃんに任せて私はあの後鍛錬に出ちゃって、きよちゃんが知らせてくれて慌てて戻った頃には、またすっかり夢の中。
でも..なんだか幸せそうな寝顔だったので安心しました」
日向子がふわりと微笑むと、後藤はカリカリと頭をかきこう告げた。
「きっと炭治郎は、早くあなたに会いたがってますよ。目が覚めたら、部屋に行ってやってください。あー..昼間のカステラはもうあいつらが食べちゃったんで無いですけど」
彼はすみませんねと謝るが、寧ろお心遣いに感謝するべきなのは日向子の方で、慌てて頭を下げた。
「そんな!後藤さんも忙しいでしょうに、度々炭治郎の元へ来てくださってありがとうございました」
「貴女も真面目な方ですねぇ。気にしないでください、俺がしたいと思ってやった事ですから。...俺は」
彼は何か言葉を言おうか言うまいか悩んでいたようだったが、やがてこう発した。
「正直最初は、あなたと炭治郎は合わないと思ってたんです。両方気真面目だと、ほら..窮屈でしょう?でも、寧ろお似合いですね。
あいつにはあなたみたいな、思いやりがあって心の豊かな女性がいいんだと思うんです。いつか、炭治郎の気持ちに寄り添ってあげてくれませんか?」
日向子は後藤の言葉を聞くと僅かに顔を曇らせる。
「..アオイさんにも同じような事を言われました。私と炭治郎が、本当は血の繋がってない姉弟だから、皆そう言うんですかね?私はただ..今は目的があるから、【そういう事】は避けたいのが本音なんですけど」
日向子は伏し目がちにそう呟く。
そんな様子を見て、こりゃあ一筋縄じゃいかないぞと、後藤は密かに炭治郎にエールを送ったのだった。
後藤が吉原で彼等を発見した時には、既に皆意識が無かった。
そんな状態にもかかわらず、炭治郎の右腕は日向子の体を抱えて離さなかったのだ。
その光景を見て察した。
ー炭治郎の、日向子に対する気持ちの重さがどれほどの物かをー
ーーーーー
〜201【月明かりの夢】〜
昏睡状態から目覚めたものの、また俺はいつの間にか眠ってしまったらしく、再び目が覚めた頃には窓の外は既に真っ暗闇だった。
時計がないので時間がわからないし、もちろん体内時計はあてにならない。
今何時なのだろうか...
とりあえずアオイさんあたりを呼ぼうと口を開けた時だった。
キィと扉が開き廊下の明かりが部屋の中へ漏れてくる。
顔を出してきたのは日向子姉さんだった。
炭治郎が起きているのに気付くやいなや、彼女はぱぁっと花咲くような笑顔を浮かべる。
「大丈夫?気分はどう炭治郎」
ベッド横の椅子に腰掛けそう問いかけてくる彼女を見ると、風呂上がりなのか、いつもは高い位置でポニーテールにしている髪の毛を下ろしていて、さらりと髪の毛が揺れる度に、シャンプーと彼女の香りが入り混じった匂いが炭治郎の鼻をくすぐる。
麻薬のように引きつけるその香りは、長い眠りから目覚めたばかりの炭治郎には些 か刺激が強すぎて、思わず掛け布団を顔半分までたくし上げた。
そうしないと、何だか変な気を起こしてしまいそうになったから
「心配かけてすまない..日向子姉さん。もう大丈夫だ。まだ少し頭はぼーっとするけど」
それなら良かったと彼女は安心したように目を細めた。
「本当に..このまま目が覚めないままなんじゃないかって思ったよ。待つ方って、こんなに辛いのね。炭治郎の気持ちがわかったよ。
これからは、私もなるだけ無理しないから。だから..炭治郎も、あまり無理しないで..。
時間はたくさんあるから、今はゆっくり体を癒してちょうだい」
炭治郎の腕に繋がれたいくつもの点滴の管や、傷を覆う包帯を痛々しそうに見つめそう話す。
そんな彼女になんとか大丈夫だと伝えたくて、炭治郎は辛うじて動かせる左手を持ち上げると、一瞬迷ったものの、日向子の頭をゆっくり優しい手付きで撫で下ろした。
「そんな顔をしないでくれ。ねぇ..日向子姉さんの顔を見たら、何だか元気が出てきたよ。だから...笑ってほしい。俺、日向子姉さんの笑顔が本当に大好きなんだ」
何度も彼女の艶やかな髪の毛を撫でていると、辛そうな顔から一変させ、年相応の無垢な笑顔を浮かべる。
普段は清廉..そんな言葉が似合う笑顔を浮かべる人なのに、時折見せる無邪気な笑顔が堪らなく可愛らしいと感じてしまう。
つい、顔を赤くさせてしまう程には、こればかりはなかなか耐性がつかない。
月明かり程度の暗がりで良かった....
ーーーーー
ーここは....夢か?誰かの夢...ー
桜が綺麗な季節だった。
最近ようやく慣れてきた手つきで、いそいそとお盆を縁側へと運んでいく。
「お茶が入りましたよ」
彼が呼びかけた背中は、物静かな声色でありがとうと礼を言った。
からりと....花札の耳飾りがそよ風に揺れる。
「すみませんね。客人に子守をさせてしまって、本当に申し訳ない」
彼はそう言いながら、抱かれている我が子を愛おしそうに見つめる。
「ぐっすり寝ているなぁ。余程あなたの腕の中が心地良いんですね」
そう微笑むと、今まで無表情だった男の顔に、僅かな笑みが浮かんだ気がした。
「これを飲んだら私は出て行く。いつまでもただ飯を食うのはしのびない」
遠慮するような言葉を連ねる男に、そんな事は気にしなくていいと首を横に振る。
「あなたは命の恩人だ。あなたが居なければ、俺たちどころか【この子】すら生まれていなかった。命を繋いでくれた。感謝してもしきれない」
そう伝えるも、男の意思は変わらず茶をすするばかりだった。それならばと彼はこう切り返す。
「わかりました。ならばせめて、あなたの事を後世に伝えます」
「...必要ない」
「っしかし..後を継ぐ方がいなくて困っておられるのでしょう?俺たちのように、救われる者がいる筈です。しがない炭焼きの俺には無理でも、いつか必ず誰かが..」
彼の気持ちが痛い程にわかった。
何故かはよくわからないけれど、目の前の男の偉大な力は、途絶えさせてはいけないと感じた。
誰かに語り継いで行かなければいけない、かけがえのない物であると強く思った。
けれど、男はやはり否定する。
「炭吉。道を極めた者が辿り着く場所は、【いつも同じ】だ。時代が変わろうとも、そこに至るまでの道のりが違おうとも、必ず同じ場所に辿り着く」
辿り着く場所...
「それは、諦めなければ決して途絶えぬ何かがあると言う事ですね?」
「あぁ..そうだ」
これは、炭吉という男の言葉か
それとも炭治郎自身が発した言葉だったのか...
「それなら、いいです...。例え力が無くとも、諦めが悪いのだけが、私の取り柄なので」
からりと笑いそう返すと、男はわずかに目を見開き、物思いにふけるような表情を見せた。
「私は、大切なものを何一つ守れず、人生において為すべき事を為せなかった男だ。何の価値もない男だが、炭吉..お前ならきっと...
あぁ
頼むからそんな顔をしないで欲しい
俺まで悲しくなってしまうよ...
ーーーーー
〜199【今だけは】〜
ー..炭治郎...早く目覚めて...
皆心配しているわ...ー
悲しみの彼方より、日向子姉さんの穏やかな声が聞こえてくる。
度々感じた温もりも匂いも、きっと気のせいではないような気がする。隣に居てくれた気がする。
早く戻らないと..彼女にこれ以上心配をかける前に
炭治郎が薄ら目蓋を開くと、白い天井が視界に広がる。
どうも寝ている間に泣いていたらしく、微かに視界が滲んでいた。
ーここは..どこだ...俺は..ー
不意に鼻を掠めた香りにつられ首を横に傾けると、どこか寂しげな表情をしているカナヲの姿があった。
彼女はハッとすると、目覚めて良かったとすぐに微笑む。
「もう2ヶ月近く意識が戻らなかったのよ、炭治郎」
「..そうなのか、そうか..」
まだ頭の中はぼーっとしていたが、少しずつここに至るまでの経緯を思い出す。
俺は、吉原で上弦の鬼と闘った。
勝利はしたが身体は瀕死の状態で、5人寄り添い生存を喜びあって...
そこから記憶がぱったりと途絶えていた。
恐らくすぐ気を失ってしまったのだろう。
「日向子姉さんは?禰豆子は?皆無事か?...」
カナヲは彼の言葉を聞くと辛そうに眉を寄せた。真っ先に彼の口から出たのは、日向子さんの名前。
彼は無意識かもしれないけれど..
炭治郎にとって彼女は、
実妹の禰豆子と同等か、或いはそれ以上の特別な存在なのだ。
あまりにも、カナヲはそれがショックだった
「カナヲ?...」
彼女の僅かな心情の変化を匂いで感じ取った炭治郎は、心配そうな眼差しで見つめた。
ー駄目だ、炭治郎にこんな顔をさせてどうするの私ー
自分でも何がなんだかわからない気持ちに無理やり
「皆無事よ。だから炭治郎は、自分の体を回復させる事だけを考えてね」
カナヲはにこりと笑って彼にそう言い聞かせる。
それはカナヲ自身も無意識の事であったが、
とにかく、炭治郎を取り巻く周りの人間から、彼の気を逸らしたかっただけなのかもしれなかった。
だって....
だって今だけは
【私と炭治郎2人きりの空間なんだもの】
「あのー..これカステラ置いておくんで、しばらくしたら下げてください。傷みそうだったら食べちゃってもいいので」
不意に聞こえてきた第三者の声色。
それに対し舌足らずながら礼を言う炭治郎。
一瞬の間があいて後藤の叫び声が屋敷中に響き渡った。
「意識戻ってんじゃねーーか!もっと騒げやぁぁ!!」
ーーーーー
〜200【談笑】〜
「ふふ、それで屋敷の方がやけに賑やかだったわけですね」
「本当参っちまいますよ。カナヲちゃんも炭治郎が起きたならもっと騒いでくれたら良かったし、かと思えばあの伊之助?って奴は騒がし過ぎるくらいだしで」
お陰でどっと日頃の疲れが出た気分だとぐちぐち文句を垂れつつも、どこか嬉しそうな後藤。彼と談笑していた日向子も、ようやくほっと胸を撫で下ろした気分だった。
「でも良かった。このまま目覚めなかったらって、本当に思っちゃったんですよ..私。
カナヲちゃんに任せて私はあの後鍛錬に出ちゃって、きよちゃんが知らせてくれて慌てて戻った頃には、またすっかり夢の中。
でも..なんだか幸せそうな寝顔だったので安心しました」
日向子がふわりと微笑むと、後藤はカリカリと頭をかきこう告げた。
「きっと炭治郎は、早くあなたに会いたがってますよ。目が覚めたら、部屋に行ってやってください。あー..昼間のカステラはもうあいつらが食べちゃったんで無いですけど」
彼はすみませんねと謝るが、寧ろお心遣いに感謝するべきなのは日向子の方で、慌てて頭を下げた。
「そんな!後藤さんも忙しいでしょうに、度々炭治郎の元へ来てくださってありがとうございました」
「貴女も真面目な方ですねぇ。気にしないでください、俺がしたいと思ってやった事ですから。...俺は」
彼は何か言葉を言おうか言うまいか悩んでいたようだったが、やがてこう発した。
「正直最初は、あなたと炭治郎は合わないと思ってたんです。両方気真面目だと、ほら..窮屈でしょう?でも、寧ろお似合いですね。
あいつにはあなたみたいな、思いやりがあって心の豊かな女性がいいんだと思うんです。いつか、炭治郎の気持ちに寄り添ってあげてくれませんか?」
日向子は後藤の言葉を聞くと僅かに顔を曇らせる。
「..アオイさんにも同じような事を言われました。私と炭治郎が、本当は血の繋がってない姉弟だから、皆そう言うんですかね?私はただ..今は目的があるから、【そういう事】は避けたいのが本音なんですけど」
日向子は伏し目がちにそう呟く。
そんな様子を見て、こりゃあ一筋縄じゃいかないぞと、後藤は密かに炭治郎にエールを送ったのだった。
後藤が吉原で彼等を発見した時には、既に皆意識が無かった。
そんな状態にもかかわらず、炭治郎の右腕は日向子の体を抱えて離さなかったのだ。
その光景を見て察した。
ー炭治郎の、日向子に対する気持ちの重さがどれほどの物かをー
ーーーーー
〜201【月明かりの夢】〜
昏睡状態から目覚めたものの、また俺はいつの間にか眠ってしまったらしく、再び目が覚めた頃には窓の外は既に真っ暗闇だった。
時計がないので時間がわからないし、もちろん体内時計はあてにならない。
今何時なのだろうか...
とりあえずアオイさんあたりを呼ぼうと口を開けた時だった。
キィと扉が開き廊下の明かりが部屋の中へ漏れてくる。
顔を出してきたのは日向子姉さんだった。
炭治郎が起きているのに気付くやいなや、彼女はぱぁっと花咲くような笑顔を浮かべる。
「大丈夫?気分はどう炭治郎」
ベッド横の椅子に腰掛けそう問いかけてくる彼女を見ると、風呂上がりなのか、いつもは高い位置でポニーテールにしている髪の毛を下ろしていて、さらりと髪の毛が揺れる度に、シャンプーと彼女の香りが入り混じった匂いが炭治郎の鼻をくすぐる。
麻薬のように引きつけるその香りは、長い眠りから目覚めたばかりの炭治郎には
そうしないと、何だか変な気を起こしてしまいそうになったから
「心配かけてすまない..日向子姉さん。もう大丈夫だ。まだ少し頭はぼーっとするけど」
それなら良かったと彼女は安心したように目を細めた。
「本当に..このまま目が覚めないままなんじゃないかって思ったよ。待つ方って、こんなに辛いのね。炭治郎の気持ちがわかったよ。
これからは、私もなるだけ無理しないから。だから..炭治郎も、あまり無理しないで..。
時間はたくさんあるから、今はゆっくり体を癒してちょうだい」
炭治郎の腕に繋がれたいくつもの点滴の管や、傷を覆う包帯を痛々しそうに見つめそう話す。
そんな彼女になんとか大丈夫だと伝えたくて、炭治郎は辛うじて動かせる左手を持ち上げると、一瞬迷ったものの、日向子の頭をゆっくり優しい手付きで撫で下ろした。
「そんな顔をしないでくれ。ねぇ..日向子姉さんの顔を見たら、何だか元気が出てきたよ。だから...笑ってほしい。俺、日向子姉さんの笑顔が本当に大好きなんだ」
何度も彼女の艶やかな髪の毛を撫でていると、辛そうな顔から一変させ、年相応の無垢な笑顔を浮かべる。
普段は清廉..そんな言葉が似合う笑顔を浮かべる人なのに、時折見せる無邪気な笑顔が堪らなく可愛らしいと感じてしまう。
つい、顔を赤くさせてしまう程には、こればかりはなかなか耐性がつかない。
月明かり程度の暗がりで良かった....
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