◆第捌章 渇求
貴女のお名前を教えてください
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〜194【愛と憎しみの紙一重】〜
ー無限城ー
「入りたまえ」
「...失礼致す、無惨様」
黒死牟は言われた通り障子に手をかけると、洋装をまとった主がこちらに背を向けた状態で佇んでいた。
時折かちゃりとガラスが物にあたる音が聞こえてくる。何かの実験の最中だろうが一切振り向こうとはしなかった。
かわりに、嫌でも伝わってくる圧迫感が、目の前の主がそれほど機嫌がよろしくない事を物語っていた。
彼は冷徹 な声色でこう切り出す。
「お前には先に話しておこうと思う黒死牟。
【上弦の陸】が鬼狩りにやられた」
「..なんと」
ー陸....妓夫太郎と墜姫か...ー
黒死牟は大して驚きもせずに、無惨の言う事に耳を傾け続ける。
しかし彼が続けた言葉が、黒死牟に僅かな動揺をもたらした。
「彼等を殺したのは鬼殺隊の柱と、そして【耳飾りの少年】【巫一族の娘】だ」
黒死牟にとってその二つの言葉は、因縁 の記憶、忌まわしき記憶を彷彿 とさせるものであった。
それと同時に後者にいたっては、今となってはどす黒く変わり果てた憎悪の感情がつきまとう。
人間時の記憶を、鬼の中では一倍持ち得ている黒死牟。今までやられた鬼と決定的に異なる点は、
ーその記憶が【不変的な憎悪】で塗り固められているーところである
「今宵、上弦の鬼達を集う。産屋敷一族は早く滅ぼさねばならない。そして、耳飾りの少年と巫一族の生き残りもだ。
彼等を倒さない限り、私達鬼に不変的かつ絶頂の未来はない」
「...左様です。無惨様」
「もう次は無い、死ぬ気でやらせる。とかくお前には期待をしているのだ黒死牟。
鬼狩りが堪らなく憎いだろう。そして、自分を裏切り捨て去った一族の末裔も憎くて堪らないだろう?
例え【一度は愛した者】であってもな」
そこで初めてこちらを振り向き言葉を発した無惨は、黒死牟の反応を伺い見る。
彼は全てを知り得ていたようだ。当然と言えば当然だろうが、偉大な存在である彼ならば。
黒死牟は迷う事なくこう告げる。
「誠....憎き存在です」
複雑に絡みあった心は、鬼になった時にとうに捨て去った。
今、自身を保っているものは負の感情のみ....
ー【日寄】よ..
何故お前は弟を選んだ?全てはそこから歯車が狂っていったー
「それならば良い。お前は私の見込んだ通りという事だ。鬼にあだなすものは根絶やしにしなければならない。それを忘れるな」
無惨は薄く笑みを浮かべると、琵琶の音と共に姿を消した。
ーーーーー
〜195【お節介】〜
日向子が目覚めたのは、あれから1週間後の事であった。皆の状況を伺えば、それぞれ蝶屋敷で治療中だと言う。
ほっと胸を撫で下ろしたのは束の間で、特に伊之助と炭治郎はまだ目覚めておらず、容体は比較的安定しつつあるとは言え、予断を許さない状況らしい。
「私達の代わりに...あなた方をこんな目に合わせてしまって、本当に申し訳ありません」
アオイらしくもない、しゅんと落ち込んだ様子で悔しさに拳を握りしめていた。
そんな彼女に慌てて日向子は優しい言葉を投げかける。
「アオイさん達が気に病む事はないです。皆生きてますから、何の問題もありませんよ。ありがとう」
彼女はぶわりと涙を目に浮かべたが、ゴシゴシと袖で拭うと、手持ちの救急箱を取り出していつものてきぱきとした動作で看護にあたる。
「今は体を回復させる事に専念してください。その為に私達は全力を尽くしますから。私にはそれくらいしか、出来ないから..」
元々は剣士を志した彼女。初任務で鬼を間近に見た時に臆してしまった腰抜けだと自分を卑下 するけれど、日向子は彼女を決して弱いとは思わない。
強さとは別に、鬼と戦えるか否かではない。
自分と向き合う勇気、自分を受け入れ全力を尽せる精神力。
日向子は、それを強さだと思っている。
「それくらいだなんて言わないで?私にはこんなふうに人の治療は出来ないから、アオイさんは凄いです。
貴女達がいなければこうして生きていないかもしれない、だから..自信を持ってください」
「っ...あなたは、優しいんですね。お陰で少し心が軽くなりました。炭治郎さんがあなたを好きになるのも、わかる気がします」
アオイは少し寂しそうな表情を浮かべながらそう言った。いや、何故そこで炭治郎が...
「え..彼がそう言ってたんですか?」
「いえ、ただ誰が見てもわかりますよ。貴女も気付いてるのでは?彼の気持ち。
本当の弟じゃないのでしょう?私が言うのもなんですけど、彼が目覚めたら少し向き合ってみたらいかがです?」
それは..
確かにそうだけれど
「今はまだ、待ってくださいって伝えてます。彼には。あの子は真っ直ぐだから、気持ちはそりゃ...薄々知ってますけど」
「..すみません。お節介でしたね」
日向子が尻すぼみ気味でそう呟くと、アオイは軽くため息をはいて、まぁ当人達の問題ですからと腰を上げた。
「明日はしのぶ様がお見えになると思います。いくつかお話があるそうですよ」
ーーーーー
〜196【痣の伝承】〜
「体調はいかがですか?日向子さん。あら..」
翌日、定刻に訪れたしのぶが部屋に入ってくると、禰豆子さんもここに居たんですねと微笑ましそうに二人を見つめた。
「胡蝶様、毎度毎度本当に申し訳ないです..。お陰様で気分はいいですよ。体はあちこち痛いですけど。
禰豆子が居たらまずければ..アオイさん達に見てもらって」
「いいえ、彼女がいても問題ありませんよ。傷ばかりは仕方がありませんね。全治1カ月強ですから、今は安静にしてください」
日向子はお言葉に甘えることにして、ベッド横の椅子へかけて貰うようしのぶを促した。
「さて、話ですが...大きくわけると二つあります。
一つ目は、あなたの日輪刀です。隠の者が見つけた際、刃こぼれが酷かったので刀鍛冶に渡しています。
それと..どういうわけか日輪刀が真白の色を保っていたのです。刀は専門外ですので、それも含めて原因精査をお願いしています。」
「..そういえば、確かに色が..」
刀の色が変わると言えば、炭治郎の日輪刀もそうだった。彼のは元々黒色だけど、刀が爆ぜた後は紅に輝いた。ただすぐに色は戻ってしまっていたので、日向子のような例は、さすがにしのぶさんも前代未聞だと言う。
「そして二つ目は、やはり貴女の巫の異能に係る事ですが..もう一度、姿見が変わった時の様子をお聞かせ願えますか?」
「....禰豆子の暴走を止めなきゃと思った時に、心拍数が早くなり体が熱くなりました。
あ、ごめんなさい。その時の血は無我夢中だったので、採取する余裕はなかったんですけど。
それと、夢の中の女性が誰か..わかったんです。日寄という名の女性でした。
彼女は私の..先祖 です」
「...日寄。私は聞いたことがない名前ですね。先祖だと言うのは、何故わかったのです?」
日向子は、夢の中で彼女と会話をした事と、上弦の陸との戦いの様子を詳細に説明した。
不思議なこともあるものだと、しのぶは興味津々に頷いていたが、ある一点において引っかかるようだった。
「炭治郎君に、痣が出現したのですか?」
「..はい。やはり何か特別な力が?」
しのぶはしばらくの間思考していた。
「今聞いた事は全て、お館様に報告をあげます。それと、日寄さんがどの時代に生きていた人だったのかがわかれば、貴女のその力の謎も何か溶けそうですね。私も独自に調べてみましょう。ありがとうございます」
一瞬見せた深刻な表情を引っ込め、彼女は部屋を去っていった。
ーーーーー
〜197【求めてやまぬ人】〜
それからあっという間に2カ月近くが経った。
未だに昏睡状態から戻らない炭治郎を見舞う為、日向子は訓練の合間を縫っては度々部屋を訪れていた。
さすがにこんなに時間が経っても目覚めないのは、異常なのではと思い焦る。
善逸君はそろそろ任務復帰を果たすらしいし、あんなに重傷だった伊之助も、順調に回復の兆しを見せている。
彼だけが....未だに目醒めない。
日向子は炭治郎の顔をじっと見つめる。
綺麗な寝顔だけど、やはりぴくりともしない。
「炭治郎...早く起きてよ。禰豆子も寂しがってるわ」
ゆっくりと額を撫でながら、そう話し掛ける。
時折日向子は、彼に触れながら耳元で言葉を投げ掛けていた。
少しでも早く目醒めてくれる事を願って..
カタリ..
「!」
後ろの扉が開き中へと入ってきたのは、花を手に持ったカナヲだった。
「ぁ....ごめんなさい。後で来ます」
「待って」
急いで部屋を後にしようとした彼女を日向子は呼び止めた。
「時々ここに来て、いつも窓側に花を生けてくれてるの。カナヲちゃんだよね?ありがとう」
ふわりと微笑みながらそういう日向子を見て、カナヲはもじもじと照れ臭そうに呟く。
「いえ...私はそんな。ただ炭治郎が、早く目を覚ましてくれたらって思って」
「うん。炭治郎は鼻が効くから、花のいい香りを嗅げば、きっとすぐ目を覚ますわ。後はお願いしていいかな?」
彼女はそう言って立ち上がると、カナヲが何かを口にする前に部屋を後にした。
日向子さん
炭治郎のお姉さん。
そして多分、彼の....想い人。
カナヲはずきりと痛む胸を押さえる。
やっぱり日向子さんは、いつ見ても綺麗で優しくて、強い人だ。
...いけない
こんなに花を握りしめたら、萎 れちゃう
カナヲは急いで花瓶を手に取り廊下へと出た。
水が花瓶に溜まる様子をぼーっと見つめる。
私は...どうしたいんだろう。
そもそも、感情とは無縁の生活を送ってきた彼女には、それすらも分からなかった。
生けた花瓶を手に持ち改めて彼の部屋へ訪れる
花の香りを感じやすいよう、今日はもう少し近くに置いてみようと、ベッド脇へと近づく。
ーその時だったー
「日向子....姉..さ....」
ガシャン!
花瓶が音を立てて床に落下し、割れた破片と花々が飛び散る。彼を見やると、両目に薄ら涙が伝っていた。眠っていてもわかる。
彼が...求めてやまない対象が誰なのか
あぁ...やっぱり
彼女には敵 いっこないんだ
ーーーーー
ー無限城ー
「入りたまえ」
「...失礼致す、無惨様」
黒死牟は言われた通り障子に手をかけると、洋装をまとった主がこちらに背を向けた状態で佇んでいた。
時折かちゃりとガラスが物にあたる音が聞こえてくる。何かの実験の最中だろうが一切振り向こうとはしなかった。
かわりに、嫌でも伝わってくる圧迫感が、目の前の主がそれほど機嫌がよろしくない事を物語っていた。
彼は
「お前には先に話しておこうと思う黒死牟。
【上弦の陸】が鬼狩りにやられた」
「..なんと」
ー陸....妓夫太郎と墜姫か...ー
黒死牟は大して驚きもせずに、無惨の言う事に耳を傾け続ける。
しかし彼が続けた言葉が、黒死牟に僅かな動揺をもたらした。
「彼等を殺したのは鬼殺隊の柱と、そして【耳飾りの少年】【巫一族の娘】だ」
黒死牟にとってその二つの言葉は、
それと同時に後者にいたっては、今となってはどす黒く変わり果てた憎悪の感情がつきまとう。
人間時の記憶を、鬼の中では一倍持ち得ている黒死牟。今までやられた鬼と決定的に異なる点は、
ーその記憶が【不変的な憎悪】で塗り固められているーところである
「今宵、上弦の鬼達を集う。産屋敷一族は早く滅ぼさねばならない。そして、耳飾りの少年と巫一族の生き残りもだ。
彼等を倒さない限り、私達鬼に不変的かつ絶頂の未来はない」
「...左様です。無惨様」
「もう次は無い、死ぬ気でやらせる。とかくお前には期待をしているのだ黒死牟。
鬼狩りが堪らなく憎いだろう。そして、自分を裏切り捨て去った一族の末裔も憎くて堪らないだろう?
例え【一度は愛した者】であってもな」
そこで初めてこちらを振り向き言葉を発した無惨は、黒死牟の反応を伺い見る。
彼は全てを知り得ていたようだ。当然と言えば当然だろうが、偉大な存在である彼ならば。
黒死牟は迷う事なくこう告げる。
「誠....憎き存在です」
複雑に絡みあった心は、鬼になった時にとうに捨て去った。
今、自身を保っているものは負の感情のみ....
ー【日寄】よ..
何故お前は弟を選んだ?全てはそこから歯車が狂っていったー
「それならば良い。お前は私の見込んだ通りという事だ。鬼にあだなすものは根絶やしにしなければならない。それを忘れるな」
無惨は薄く笑みを浮かべると、琵琶の音と共に姿を消した。
ーーーーー
〜195【お節介】〜
日向子が目覚めたのは、あれから1週間後の事であった。皆の状況を伺えば、それぞれ蝶屋敷で治療中だと言う。
ほっと胸を撫で下ろしたのは束の間で、特に伊之助と炭治郎はまだ目覚めておらず、容体は比較的安定しつつあるとは言え、予断を許さない状況らしい。
「私達の代わりに...あなた方をこんな目に合わせてしまって、本当に申し訳ありません」
アオイらしくもない、しゅんと落ち込んだ様子で悔しさに拳を握りしめていた。
そんな彼女に慌てて日向子は優しい言葉を投げかける。
「アオイさん達が気に病む事はないです。皆生きてますから、何の問題もありませんよ。ありがとう」
彼女はぶわりと涙を目に浮かべたが、ゴシゴシと袖で拭うと、手持ちの救急箱を取り出していつものてきぱきとした動作で看護にあたる。
「今は体を回復させる事に専念してください。その為に私達は全力を尽くしますから。私にはそれくらいしか、出来ないから..」
元々は剣士を志した彼女。初任務で鬼を間近に見た時に臆してしまった腰抜けだと自分を
強さとは別に、鬼と戦えるか否かではない。
自分と向き合う勇気、自分を受け入れ全力を尽せる精神力。
日向子は、それを強さだと思っている。
「それくらいだなんて言わないで?私にはこんなふうに人の治療は出来ないから、アオイさんは凄いです。
貴女達がいなければこうして生きていないかもしれない、だから..自信を持ってください」
「っ...あなたは、優しいんですね。お陰で少し心が軽くなりました。炭治郎さんがあなたを好きになるのも、わかる気がします」
アオイは少し寂しそうな表情を浮かべながらそう言った。いや、何故そこで炭治郎が...
「え..彼がそう言ってたんですか?」
「いえ、ただ誰が見てもわかりますよ。貴女も気付いてるのでは?彼の気持ち。
本当の弟じゃないのでしょう?私が言うのもなんですけど、彼が目覚めたら少し向き合ってみたらいかがです?」
それは..
確かにそうだけれど
「今はまだ、待ってくださいって伝えてます。彼には。あの子は真っ直ぐだから、気持ちはそりゃ...薄々知ってますけど」
「..すみません。お節介でしたね」
日向子が尻すぼみ気味でそう呟くと、アオイは軽くため息をはいて、まぁ当人達の問題ですからと腰を上げた。
「明日はしのぶ様がお見えになると思います。いくつかお話があるそうですよ」
ーーーーー
〜196【痣の伝承】〜
「体調はいかがですか?日向子さん。あら..」
翌日、定刻に訪れたしのぶが部屋に入ってくると、禰豆子さんもここに居たんですねと微笑ましそうに二人を見つめた。
「胡蝶様、毎度毎度本当に申し訳ないです..。お陰様で気分はいいですよ。体はあちこち痛いですけど。
禰豆子が居たらまずければ..アオイさん達に見てもらって」
「いいえ、彼女がいても問題ありませんよ。傷ばかりは仕方がありませんね。全治1カ月強ですから、今は安静にしてください」
日向子はお言葉に甘えることにして、ベッド横の椅子へかけて貰うようしのぶを促した。
「さて、話ですが...大きくわけると二つあります。
一つ目は、あなたの日輪刀です。隠の者が見つけた際、刃こぼれが酷かったので刀鍛冶に渡しています。
それと..どういうわけか日輪刀が真白の色を保っていたのです。刀は専門外ですので、それも含めて原因精査をお願いしています。」
「..そういえば、確かに色が..」
刀の色が変わると言えば、炭治郎の日輪刀もそうだった。彼のは元々黒色だけど、刀が爆ぜた後は紅に輝いた。ただすぐに色は戻ってしまっていたので、日向子のような例は、さすがにしのぶさんも前代未聞だと言う。
「そして二つ目は、やはり貴女の巫の異能に係る事ですが..もう一度、姿見が変わった時の様子をお聞かせ願えますか?」
「....禰豆子の暴走を止めなきゃと思った時に、心拍数が早くなり体が熱くなりました。
あ、ごめんなさい。その時の血は無我夢中だったので、採取する余裕はなかったんですけど。
それと、夢の中の女性が誰か..わかったんです。日寄という名の女性でした。
彼女は私の..
「...日寄。私は聞いたことがない名前ですね。先祖だと言うのは、何故わかったのです?」
日向子は、夢の中で彼女と会話をした事と、上弦の陸との戦いの様子を詳細に説明した。
不思議なこともあるものだと、しのぶは興味津々に頷いていたが、ある一点において引っかかるようだった。
「炭治郎君に、痣が出現したのですか?」
「..はい。やはり何か特別な力が?」
しのぶはしばらくの間思考していた。
「今聞いた事は全て、お館様に報告をあげます。それと、日寄さんがどの時代に生きていた人だったのかがわかれば、貴女のその力の謎も何か溶けそうですね。私も独自に調べてみましょう。ありがとうございます」
一瞬見せた深刻な表情を引っ込め、彼女は部屋を去っていった。
ーーーーー
〜197【求めてやまぬ人】〜
それからあっという間に2カ月近くが経った。
未だに昏睡状態から戻らない炭治郎を見舞う為、日向子は訓練の合間を縫っては度々部屋を訪れていた。
さすがにこんなに時間が経っても目覚めないのは、異常なのではと思い焦る。
善逸君はそろそろ任務復帰を果たすらしいし、あんなに重傷だった伊之助も、順調に回復の兆しを見せている。
彼だけが....未だに目醒めない。
日向子は炭治郎の顔をじっと見つめる。
綺麗な寝顔だけど、やはりぴくりともしない。
「炭治郎...早く起きてよ。禰豆子も寂しがってるわ」
ゆっくりと額を撫でながら、そう話し掛ける。
時折日向子は、彼に触れながら耳元で言葉を投げ掛けていた。
少しでも早く目醒めてくれる事を願って..
カタリ..
「!」
後ろの扉が開き中へと入ってきたのは、花を手に持ったカナヲだった。
「ぁ....ごめんなさい。後で来ます」
「待って」
急いで部屋を後にしようとした彼女を日向子は呼び止めた。
「時々ここに来て、いつも窓側に花を生けてくれてるの。カナヲちゃんだよね?ありがとう」
ふわりと微笑みながらそういう日向子を見て、カナヲはもじもじと照れ臭そうに呟く。
「いえ...私はそんな。ただ炭治郎が、早く目を覚ましてくれたらって思って」
「うん。炭治郎は鼻が効くから、花のいい香りを嗅げば、きっとすぐ目を覚ますわ。後はお願いしていいかな?」
彼女はそう言って立ち上がると、カナヲが何かを口にする前に部屋を後にした。
日向子さん
炭治郎のお姉さん。
そして多分、彼の....想い人。
カナヲはずきりと痛む胸を押さえる。
やっぱり日向子さんは、いつ見ても綺麗で優しくて、強い人だ。
...いけない
こんなに花を握りしめたら、
カナヲは急いで花瓶を手に取り廊下へと出た。
水が花瓶に溜まる様子をぼーっと見つめる。
私は...どうしたいんだろう。
そもそも、感情とは無縁の生活を送ってきた彼女には、それすらも分からなかった。
生けた花瓶を手に持ち改めて彼の部屋へ訪れる
花の香りを感じやすいよう、今日はもう少し近くに置いてみようと、ベッド脇へと近づく。
ーその時だったー
「日向子....姉..さ....」
ガシャン!
花瓶が音を立てて床に落下し、割れた破片と花々が飛び散る。彼を見やると、両目に薄ら涙が伝っていた。眠っていてもわかる。
彼が...求めてやまない対象が誰なのか
あぁ...やっぱり
彼女には
ーーーーー