◆第漆章 香しき空へ消えぬ星屑
貴女のお名前を教えてください
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〜188【禰豆子の炎】〜
触れた血の刃が次々に灼け落ちていくが、
日向子は徐々に巫の効力が失われていくのを感じていた。
ここさえ食い止めればいいのだ
だから...もって....お願だからっ
「うぅーー!」
「っ!」
目を向けると禰豆子がひしっと抱きついていた。
直後、炎が燃え盛り炭治郎と日向子を包み込むように広がっていく。
その紅い炎は、失われつつある日向子の力を再び呼び起こし、ついに最後の鎌を消滅させるに至った。
「..禰豆子...ありがとう」
ぐらりと傾いた体を禰豆子がぐっと支えてくれる。
気を失っている炭治郎と日向子の顔を交互に見て、涙をぽろぽろと流し始めた。
そんな彼女の頭をポンポンと優しく撫でる。
「大丈夫だよ、兄ちゃんも姉ちゃんも生きてるから..」
禰豆子の血鬼術は本当に摩訶 不思議だった。
鬼でありながら、血鬼術を退ける力を持つなんて..この力はどこか巫の異能と似ている。
鬼は倒したと思うけれど、まだ安心出来ない。
伊之助と宇随さんはまだ毒におかされている。
早く、助けなければ..
杖代わりにしようと、側に落ちていた日輪刀を拾い上げようとし気づいた。
「色が..」
いまだに白銀色の輝きを放つ日輪刀を茫然と見下ろした。巫の効力自体は完全に消滅している。
今までは、すぐに日輪刀の色は元の紺桔梗に戻っていたのに..
悲鳴を上げる体に鞭を打って、よっと腰を持ち上げ刀の先を地面に突き刺す。
こうでもしないと、さすがに歩く事さえままならなかった。
「禰豆子は炭治郎を見ててくれる?私は伊之助達の所に行かなきゃ」
その時、不意に炭治郎の目蓋がゆっくりと開いた。
「禰豆子...日向子、姉さん..」
目を開けると、まず目に入ったのは禰豆子の心配そうな顔だった。そして、意識を保っているのが不思議なくらい全身血まみれで立っている日向子姉さんの姿。
飛び起きて彼女の具合を気にかけると、殆どは鬼の返り血だから大丈夫だと言う。
辺りは全壊した家屋の瓦礫 が散らばっていて悲惨な光景だった。
..そう言えば
「..あの、助けてくれてありがとう日向子姉さん」
不謹慎 かもしれないけど、あの感触感覚を思い出すと顔が熱くなった。
さすがの彼女も顔を赤くしてどもりながら、こちらこそ申し訳ないと謝るものだから、お互いの間に妙な空気が流れる。
それを打ち消したのは、善逸の泣き叫ぶ声だった。
ーーーーー
〜189【稀少な力】〜
「たんじろぉぉぉ~日向子さぁぁ~ん」
向こうの瓦礫から弱々しい善逸の声が絶え間なく聞こえてくる。
ただ炭治郎も日向子も自分の脚では満足に歩けない状態であった為、禰豆子が2人をひょいと背負い彼の元へ走ってくれた。
いつもの善逸の調子だ。
本当に戦闘時の記憶が飛んでいるらしく、目覚めた後の自分の状況が受け入れられない様子だった。
しかし、そんな事よりも伊之助が危ないのだと彼は必死に訴える。
指し示す方向へ急いで向かうと、だらりと手足が垂れており炭治郎が心音を確認してもほとんど音が響いてこなかった。
「伊之助!しっかりしろ伊之助!」
すると日向子姉さんが彼の側で屈んで猪頭を外す。
いつもの覇気は何処へやら、整った顔立ちは既に土気 色に変わっており、一刻を争うのは明らかだった。
彼女が行おうとしている【行為】が何なのかはわかる。
でも、しないと伊之助はこのまま放って置いたら死んでしまうだろう。
今からしのぶさんに烏を飛ばしても、夜明けを待ってもまず間に合わない。
ー堪えなきゃいけないー
炭治郎に止められる権利はない。
可能性があるとしたら、彼女の呼吸が頼みの綱 だ...
伊之助は大切な仲間だ。こんなところで、俺だってみすみす彼を死なせたくなどない。
日向子姉さんが伊之助の口元に顔を近づけていく。彼女の髪の毛がさらりと耳から落ちた。
その瞬間、炭治郎はどうにも耐えきれずその光景から顔を背け、目をぎゅっとつむった。
禰豆子はそんな兄を見上げ、何かを察したようにグイーっと日向子の身体を押しやる。
驚きに目を瞬かせる彼女に構わず、禰豆子が手を伊之助に当てると先程と同様にぼぅっと炎が立ち昇った。
そして、みるみるうちに毒による皮膚のただれが軽快していき、伊之助は意識を取り戻したのだ。
「腹減った!!何か食わせろ!!」
瀕死とは思えないいつもの彼の調子に戻り、2人は喜びに手を取り合って伊之助に抱き付いた。
照れ隠しなのか、彼はやめろと声を上げながら日向子達を押し戻そうとしていたが、とにかく喜びが勝った。
「嫌ぁぁぁぁ死なないで天元様ぁぁぁ!!」
その時、遠くで須磨が泣き叫んだ。
こちらも事態は深刻で、鬼の毒は強靭な肉体をもつ宇随をも刻一刻と蝕んでいた。
そこにひょっこりと現れた禰豆子が、同様に血鬼術を放ち毒を中和させる。
ー日向子の巫の力と類似した禰豆子の血鬼術ー
その効果は、とても稀少な現象であった
ーーーーー
〜190【不毛な感情】〜
「こりゃ一体どういう事だ?..毒が消えた」
禰豆子の炎はたちまち鬼の毒を消し去った。
今までの禰豆子の血鬼術は、自らの血を爆ぜさせて発現させていたが、今回は体に手を触れたのみでその効果を発揮した。
ふふんと得意げにふんぞり返る禰豆子を見て、日向子はある推測をする。
ー無惨の追跡を逃れた力ー
ー鬼の血鬼術を消滅させる力ー
ー燃え上がる紅い炎ー
日向子が星詠みの巫女なら、
言うなれば彼女は【太陽の巫女】
そしてその力は、彼女自身が大切だと思う人達が、傷付けられる度、守ろうとする度に強まっているように思う。
星は、自らを輝かす物と、太陽の光を受けて輝く物とあるという。
古くからヒノカミ神を信仰し、その身に宿してきた巫一族は前者とされてきたが、
日向子は、炭治郎や禰豆子達と出会って、彼等から特に影響されていると感じていた。
出会うべくして出会ったような、
そんな気がしてならないのだ。
「俺は鬼の頚を探します。確認するまではまだ安心出来ない」
一つの油断も許さない真面目な性格の炭治郎は、力強い眼差しでそう告げた。
禰豆子がひょいと炭治郎を再度担ぎ上げた時、日向子は待ってと彼等を呼び止める。
「私も連れて行って欲しいの。私も確かめたい。それと...もしまだあの鬼が生きてたら、伝えなきゃいけない事がある」
「...禰豆子、お願い出来るか?」
炭治郎がそう問いかけると、禰豆子はこっくりと頷いて彼女の体を引っ張り上げた。
炭治郎の鼻で鬼の匂いを嗅ぎ分けながら、禰豆子を誘導する。
そして、とかく匂いが濃くなった付近を指差すと禰豆子はすたこらと向かって行った。
そこには、頚だけの状態で向き合い罵り合っている兄妹鬼がいた。
見たところ、その頚も徐々に細胞が崩れてる為、今度こそはとどめを刺せたと思って良さそうだが..
「あんたみたいな醜い奴がアタシの兄妹なわけないわ!だって全然似てないもの!」
だんだんとエスカレートしていく言い争いに、炭治郎達は顔をしかめていった。
ー家族ではないー
そう面と向かって言われた妓夫太郎は、酷くショックを受けたような顔で、反論する。
「うるせぇ!お前みたいな奴を今まで庇ってきた事が心底悔やまれるぜ!お前さえいなけりゃ俺の人生はもっと違ってた!【お前さえいなけりゃ】あな!」
あぁ...この罵り合いも、不毛 だ。負の感情からは何も生まれない。
ー日寄さんは、彼にそれを伝えたかったのだと思うー
ーーーーー
〜191【来世では】〜
「何で俺がお前の尻拭いばっかりしなきゃならねぇんだ!お前なんて生まれてこなければ、よかっ!..
妓夫太郎が言ってはならない一言を浴びせようとした瞬間、炭治郎が彼の口元を押さえこう言った。
「嘘だよ。本当はそんな事思ってないよ..仲良くしよう、この世でたった2人の【兄妹】なんだから」
炭治郎にとっては、見るに耐えない光景だろう。
血を分け合った自分達と同じ兄と妹が、些細なきっかけで心にもない言葉によって傷つけ合っているというのは。
鼻が効く彼は、彼等の本音がわかっている。
側で佇む禰豆子も悲しそうな顔をしていた。
「うわぁぁあん!うるさいんだよぉぉ!私達に説教垂れるなクソ餓鬼がどっか行けぇぇぇ!悔しいよぉ..何とかしてよぉお兄ちゃんっ、お兄
わーんと泣き叫んでいた彼女は、兄を頼る言葉を発する途中で、無情にも散っていった。
それを見た妓夫太郎は思わず声を張り上げる。
「っ梅!!!」
最後の最後にこんな結末となってしまい、彼は悲愴感を滲ませる。
ー梅ー
きっと、妹の本当の名前なのだろう
今まで相対してきた鬼達は、その姿を失う時、人間時の記憶を取り戻す者が多かった。
それを、炭治郎は特に敏感に感じとり、慈悲の思いを寄せる。
日向子もまたそれらを感じとれてしまうのだ。
【後悔】の念に苛まれた者達の
日向子は妓夫太郎の側に寄り、腰を下ろした。
「貴方に気絶させられた時、夢の中で私は日寄さんと話しました。
彼女は、決して今の貴方達を【蔑んで】などいなかった。
ただただ...悔いていたわ。道を正してあげられなくて申し訳なかったと」
妓夫太郎は日向子の言葉を聞くと、初めてはらりと一筋の涙を落とした。
「これは私の考えだけれど、生まれながらに醜い者も汚い者も居ないと思う。皆、純粋だから。だから..
道を照らしてくれる人が必要なの。人は、1人きりでは絶対に生きてはいけない。貴方達は..よく必死で生きて来たと思う。
ただ、奪ってしまった者達はもう戻らない。悲しみはまた悲しみを呼ぶ。
負の連鎖だから、私達はどうしても止めなきゃいけなかった。
罪を償 ってください。
どんなに苦しくても。償いきった時、そしたら来世は..
ー今度こそ、幸せを掴める筈だからー
ふわりと笑った日向子の顔が、不意に愛しい人の影に重なった。
妓夫太郎もまた、安らかな笑みを浮かべる。
「あんたとも梅とも、出逢えて良かった..」
最後にそう言い残し、彼は姿を無くした。
ーーーーー
〜192【星屑の祈り】〜
はらはらと夜空に舞い上がっていく破片を、炭治郎達はただ見つめ続けた。
すぐ成仏というわけにはいかないかもしれない、でも彼等2人一緒にいれば、今度こそ何事にも耐えうるだろう。
夜風に消える星屑 に、日向子は祈りを捧げるように手を胸に合わせた。
「仲直り出来たかな..」
「...うん。きっと」
禰豆子も大きくこくりと首を縦に振った。
はぁーと両腕を伸ばし日向子は後ろにばたりと寝転ぶ。
一瞬ぎょっとして見た炭治郎だったが、彼もまた大きく溜息を吐いてそれに続き、禰豆子も、兄と姉に寄り添いぽすんと仰向けに転んだ。
三人して並んで見上げた夜空は、薄く白み始めていた。
長い夜が..ようやく明ける。
「終わったな。でも、疲れた...」
「そうだね。でも、私達ちゃんと生きてる...」
そうだ、俺達は生きてる。
誰一人として欠けることなく生き延びたんだ。
それは何よりも、誇らしく思うべき事。
「約束、お互い守れて良かったね。
色々あったけど、結果オーライって事で」
細かいことはこの期に及んでもういいだろうと、晴々とした笑顔を浮かべる彼女を見ていたら、何となく触れ合いたい衝動に駆られ、おずおずと彼女にこう問いかけた。
「日向子姉さん、手...握ってもいいか?」
「...右手はボロボロでしょう?」
「ぁ、そっか..」
思えば酷い有様だ。
よく生きてるなと思うくらいには、重症なんだった。
残念だ..。しゅんとしていると、日向子姉さんが手を伸ばしてきて、炭治郎の頭をゆっくりと撫でた。
「よく頑張ったね炭治郎。生きてくれてありがとう。
私は、それだけでも十分嬉しいよ。またこれからも一緒にいられる。私にとっての幸せは、貴方達の側にいる事だから」
この言葉を素で言っているのだとしたら、彼女はとんでもない天然の殺し屋だ。
多分、もっと今の自分が軽傷だったなら、無我夢中で腕の中に抱き締めているところだった。
彼女と時間を共にすればする程に、
困難や苦難を乗り越えていく程に、
日向子姉さんに、触れられれば触れられる分だけ....
炭治郎の中の、彼女への想いは
日に増して大きくなり身を焦 がす。
いつだって彼女は、炭治郎が欲しい言葉をくれる。温もりをくれる。
真剣に悩んでいた事も、何でもない風に思わせてくれて心を軽くしてくれる。
好き...
好きだ..
大好き
いや..もうそんな言葉では表せないくらいの想いだから、俺は吐き出す機会を逃してしまうのだ
ーーーーー
〜193【夜明けの兆し】〜
「おーい炭治郎~!禰豆子ちゃ~ん日向子さ~ん!」
ボロボロの体を引いて善逸と伊之助が近づいてきた。
善逸が雪崩れ込むように彼等に抱き付き、伊之助もされるがままに肩を抱かれている。
皆、泣きながらお互いの生存を喜び合った。
「宇随さん達は、大丈夫かな..」
「蛇柱の伊黒さんが駆けつけてくれたみたいだ...それより俺らは自分自身の心配しよう..。多分もうすぐ隠の人達が来るからそれまでっ...おい、伊之助ぇ..しっかりしろよぉ!」
いきなりがっくりと力が抜けた伊之助は、意識を失っていた。この中で1番出血量が多い傷だった為、無理も無い。
即死を免れたとしても、皆このままでは危険だ。
早く応急処置しないとっ
日向子は己の日輪刀を探すが、その前に視界が大きく歪んだ。
音が遠のいていく..眠っちゃいけない
いけないのに.....
炭治郎...
善逸君...
肩に回されている炭治郎の腕が、徐々に重くのしかかって来る。
日向子もそれにつられるように、全身の力が失われていった
「お前ら..!すぐにこいつらを蝶屋敷へ運ぶぞ!急げ!」
先程までの静けさとは一変し、慌ただしい空気感が漂う。禰豆子を除き、5人寄り添い気を失っていた所を隠の後藤が真っ先に見つけた。
瞬時に状況を察すると、てきぱきと指示を出して彼等を連れ出していく。
伊黒はこの死闘の中生き延びたという彼等の姿を視線で追った。
ー竈門炭治郎ー
ー竈門日向子ー
彼等が宇随と共に任務に就き、そして上弦の鬼と対峙していると鎹烏から報告を受け、柱の中で最も近くで巡回していた伊黒が急遽駆けつけた。
近くといっても数刻でつける距離でもなく、到着した時には既に彼等は戦闘を終えていたのだ。
皆総じて重症だったが、彼等は上弦の鬼を撃破した。
口では宇随にねちねちと文句を垂れたものの、
内心では見事だと思っていた。
だがまさか、その鬼が【陸 】だったとは..
正直言うと、宇随がここまで追い詰められる程の強敵なら、参ないし弍くらいの数字を与えられた鬼でもおかしくはないと思っていた。
これが、十二鬼月・上弦の鬼の力。
更に五体もこれ以上の実力を持つ鬼が控えている言うのか..
「俺は引退する」
彼の言葉がにわかには信じ難かったのは事実だ。
同時に危機感を覚える。
今の鬼殺隊の実力を考えると..ひょっとしたら鬼舞辻を追い込むのは夢のまた夢なのではと
けれど、彼等は生き残った。
これが...お館様の言う【兆し】となれば良いが
ーーーーー
触れた血の刃が次々に灼け落ちていくが、
日向子は徐々に巫の効力が失われていくのを感じていた。
ここさえ食い止めればいいのだ
だから...もって....お願だからっ
「うぅーー!」
「っ!」
目を向けると禰豆子がひしっと抱きついていた。
直後、炎が燃え盛り炭治郎と日向子を包み込むように広がっていく。
その紅い炎は、失われつつある日向子の力を再び呼び起こし、ついに最後の鎌を消滅させるに至った。
「..禰豆子...ありがとう」
ぐらりと傾いた体を禰豆子がぐっと支えてくれる。
気を失っている炭治郎と日向子の顔を交互に見て、涙をぽろぽろと流し始めた。
そんな彼女の頭をポンポンと優しく撫でる。
「大丈夫だよ、兄ちゃんも姉ちゃんも生きてるから..」
禰豆子の血鬼術は本当に
鬼でありながら、血鬼術を退ける力を持つなんて..この力はどこか巫の異能と似ている。
鬼は倒したと思うけれど、まだ安心出来ない。
伊之助と宇随さんはまだ毒におかされている。
早く、助けなければ..
杖代わりにしようと、側に落ちていた日輪刀を拾い上げようとし気づいた。
「色が..」
いまだに白銀色の輝きを放つ日輪刀を茫然と見下ろした。巫の効力自体は完全に消滅している。
今までは、すぐに日輪刀の色は元の紺桔梗に戻っていたのに..
悲鳴を上げる体に鞭を打って、よっと腰を持ち上げ刀の先を地面に突き刺す。
こうでもしないと、さすがに歩く事さえままならなかった。
「禰豆子は炭治郎を見ててくれる?私は伊之助達の所に行かなきゃ」
その時、不意に炭治郎の目蓋がゆっくりと開いた。
「禰豆子...日向子、姉さん..」
目を開けると、まず目に入ったのは禰豆子の心配そうな顔だった。そして、意識を保っているのが不思議なくらい全身血まみれで立っている日向子姉さんの姿。
飛び起きて彼女の具合を気にかけると、殆どは鬼の返り血だから大丈夫だと言う。
辺りは全壊した家屋の
..そう言えば
「..あの、助けてくれてありがとう日向子姉さん」
さすがの彼女も顔を赤くしてどもりながら、こちらこそ申し訳ないと謝るものだから、お互いの間に妙な空気が流れる。
それを打ち消したのは、善逸の泣き叫ぶ声だった。
ーーーーー
〜189【稀少な力】〜
「たんじろぉぉぉ~日向子さぁぁ~ん」
向こうの瓦礫から弱々しい善逸の声が絶え間なく聞こえてくる。
ただ炭治郎も日向子も自分の脚では満足に歩けない状態であった為、禰豆子が2人をひょいと背負い彼の元へ走ってくれた。
いつもの善逸の調子だ。
本当に戦闘時の記憶が飛んでいるらしく、目覚めた後の自分の状況が受け入れられない様子だった。
しかし、そんな事よりも伊之助が危ないのだと彼は必死に訴える。
指し示す方向へ急いで向かうと、だらりと手足が垂れており炭治郎が心音を確認してもほとんど音が響いてこなかった。
「伊之助!しっかりしろ伊之助!」
すると日向子姉さんが彼の側で屈んで猪頭を外す。
いつもの覇気は何処へやら、整った顔立ちは既に
彼女が行おうとしている【行為】が何なのかはわかる。
でも、しないと伊之助はこのまま放って置いたら死んでしまうだろう。
今からしのぶさんに烏を飛ばしても、夜明けを待ってもまず間に合わない。
ー堪えなきゃいけないー
炭治郎に止められる権利はない。
可能性があるとしたら、彼女の呼吸が頼みの
伊之助は大切な仲間だ。こんなところで、俺だってみすみす彼を死なせたくなどない。
日向子姉さんが伊之助の口元に顔を近づけていく。彼女の髪の毛がさらりと耳から落ちた。
その瞬間、炭治郎はどうにも耐えきれずその光景から顔を背け、目をぎゅっとつむった。
禰豆子はそんな兄を見上げ、何かを察したようにグイーっと日向子の身体を押しやる。
驚きに目を瞬かせる彼女に構わず、禰豆子が手を伊之助に当てると先程と同様にぼぅっと炎が立ち昇った。
そして、みるみるうちに毒による皮膚のただれが軽快していき、伊之助は意識を取り戻したのだ。
「腹減った!!何か食わせろ!!」
瀕死とは思えないいつもの彼の調子に戻り、2人は喜びに手を取り合って伊之助に抱き付いた。
照れ隠しなのか、彼はやめろと声を上げながら日向子達を押し戻そうとしていたが、とにかく喜びが勝った。
「嫌ぁぁぁぁ死なないで天元様ぁぁぁ!!」
その時、遠くで須磨が泣き叫んだ。
こちらも事態は深刻で、鬼の毒は強靭な肉体をもつ宇随をも刻一刻と蝕んでいた。
そこにひょっこりと現れた禰豆子が、同様に血鬼術を放ち毒を中和させる。
ー日向子の巫の力と類似した禰豆子の血鬼術ー
その効果は、とても稀少な現象であった
ーーーーー
〜190【不毛な感情】〜
「こりゃ一体どういう事だ?..毒が消えた」
禰豆子の炎はたちまち鬼の毒を消し去った。
今までの禰豆子の血鬼術は、自らの血を爆ぜさせて発現させていたが、今回は体に手を触れたのみでその効果を発揮した。
ふふんと得意げにふんぞり返る禰豆子を見て、日向子はある推測をする。
ー無惨の追跡を逃れた力ー
ー鬼の血鬼術を消滅させる力ー
ー燃え上がる紅い炎ー
日向子が星詠みの巫女なら、
言うなれば彼女は【太陽の巫女】
そしてその力は、彼女自身が大切だと思う人達が、傷付けられる度、守ろうとする度に強まっているように思う。
星は、自らを輝かす物と、太陽の光を受けて輝く物とあるという。
古くからヒノカミ神を信仰し、その身に宿してきた巫一族は前者とされてきたが、
日向子は、炭治郎や禰豆子達と出会って、彼等から特に影響されていると感じていた。
出会うべくして出会ったような、
そんな気がしてならないのだ。
「俺は鬼の頚を探します。確認するまではまだ安心出来ない」
一つの油断も許さない真面目な性格の炭治郎は、力強い眼差しでそう告げた。
禰豆子がひょいと炭治郎を再度担ぎ上げた時、日向子は待ってと彼等を呼び止める。
「私も連れて行って欲しいの。私も確かめたい。それと...もしまだあの鬼が生きてたら、伝えなきゃいけない事がある」
「...禰豆子、お願い出来るか?」
炭治郎がそう問いかけると、禰豆子はこっくりと頷いて彼女の体を引っ張り上げた。
炭治郎の鼻で鬼の匂いを嗅ぎ分けながら、禰豆子を誘導する。
そして、とかく匂いが濃くなった付近を指差すと禰豆子はすたこらと向かって行った。
そこには、頚だけの状態で向き合い罵り合っている兄妹鬼がいた。
見たところ、その頚も徐々に細胞が崩れてる為、今度こそはとどめを刺せたと思って良さそうだが..
「あんたみたいな醜い奴がアタシの兄妹なわけないわ!だって全然似てないもの!」
だんだんとエスカレートしていく言い争いに、炭治郎達は顔をしかめていった。
ー家族ではないー
そう面と向かって言われた妓夫太郎は、酷くショックを受けたような顔で、反論する。
「うるせぇ!お前みたいな奴を今まで庇ってきた事が心底悔やまれるぜ!お前さえいなけりゃ俺の人生はもっと違ってた!【お前さえいなけりゃ】あな!」
あぁ...この罵り合いも、
ー日寄さんは、彼にそれを伝えたかったのだと思うー
ーーーーー
〜191【来世では】〜
「何で俺がお前の尻拭いばっかりしなきゃならねぇんだ!お前なんて生まれてこなければ、よかっ!..
妓夫太郎が言ってはならない一言を浴びせようとした瞬間、炭治郎が彼の口元を押さえこう言った。
「嘘だよ。本当はそんな事思ってないよ..仲良くしよう、この世でたった2人の【兄妹】なんだから」
炭治郎にとっては、見るに耐えない光景だろう。
血を分け合った自分達と同じ兄と妹が、些細なきっかけで心にもない言葉によって傷つけ合っているというのは。
鼻が効く彼は、彼等の本音がわかっている。
側で佇む禰豆子も悲しそうな顔をしていた。
「うわぁぁあん!うるさいんだよぉぉ!私達に説教垂れるなクソ餓鬼がどっか行けぇぇぇ!悔しいよぉ..何とかしてよぉお兄ちゃんっ、お兄
わーんと泣き叫んでいた彼女は、兄を頼る言葉を発する途中で、無情にも散っていった。
それを見た妓夫太郎は思わず声を張り上げる。
「っ梅!!!」
最後の最後にこんな結末となってしまい、彼は悲愴感を滲ませる。
ー梅ー
きっと、妹の本当の名前なのだろう
今まで相対してきた鬼達は、その姿を失う時、人間時の記憶を取り戻す者が多かった。
それを、炭治郎は特に敏感に感じとり、慈悲の思いを寄せる。
日向子もまたそれらを感じとれてしまうのだ。
【後悔】の念に苛まれた者達の
日向子は妓夫太郎の側に寄り、腰を下ろした。
「貴方に気絶させられた時、夢の中で私は日寄さんと話しました。
彼女は、決して今の貴方達を【蔑んで】などいなかった。
ただただ...悔いていたわ。道を正してあげられなくて申し訳なかったと」
妓夫太郎は日向子の言葉を聞くと、初めてはらりと一筋の涙を落とした。
「これは私の考えだけれど、生まれながらに醜い者も汚い者も居ないと思う。皆、純粋だから。だから..
道を照らしてくれる人が必要なの。人は、1人きりでは絶対に生きてはいけない。貴方達は..よく必死で生きて来たと思う。
ただ、奪ってしまった者達はもう戻らない。悲しみはまた悲しみを呼ぶ。
負の連鎖だから、私達はどうしても止めなきゃいけなかった。
罪を
どんなに苦しくても。償いきった時、そしたら来世は..
ー今度こそ、幸せを掴める筈だからー
ふわりと笑った日向子の顔が、不意に愛しい人の影に重なった。
妓夫太郎もまた、安らかな笑みを浮かべる。
「あんたとも梅とも、出逢えて良かった..」
最後にそう言い残し、彼は姿を無くした。
ーーーーー
〜192【星屑の祈り】〜
はらはらと夜空に舞い上がっていく破片を、炭治郎達はただ見つめ続けた。
すぐ成仏というわけにはいかないかもしれない、でも彼等2人一緒にいれば、今度こそ何事にも耐えうるだろう。
夜風に消える
「仲直り出来たかな..」
「...うん。きっと」
禰豆子も大きくこくりと首を縦に振った。
はぁーと両腕を伸ばし日向子は後ろにばたりと寝転ぶ。
一瞬ぎょっとして見た炭治郎だったが、彼もまた大きく溜息を吐いてそれに続き、禰豆子も、兄と姉に寄り添いぽすんと仰向けに転んだ。
三人して並んで見上げた夜空は、薄く白み始めていた。
長い夜が..ようやく明ける。
「終わったな。でも、疲れた...」
「そうだね。でも、私達ちゃんと生きてる...」
そうだ、俺達は生きてる。
誰一人として欠けることなく生き延びたんだ。
それは何よりも、誇らしく思うべき事。
「約束、お互い守れて良かったね。
色々あったけど、結果オーライって事で」
細かいことはこの期に及んでもういいだろうと、晴々とした笑顔を浮かべる彼女を見ていたら、何となく触れ合いたい衝動に駆られ、おずおずと彼女にこう問いかけた。
「日向子姉さん、手...握ってもいいか?」
「...右手はボロボロでしょう?」
「ぁ、そっか..」
思えば酷い有様だ。
よく生きてるなと思うくらいには、重症なんだった。
残念だ..。しゅんとしていると、日向子姉さんが手を伸ばしてきて、炭治郎の頭をゆっくりと撫でた。
「よく頑張ったね炭治郎。生きてくれてありがとう。
私は、それだけでも十分嬉しいよ。またこれからも一緒にいられる。私にとっての幸せは、貴方達の側にいる事だから」
この言葉を素で言っているのだとしたら、彼女はとんでもない天然の殺し屋だ。
多分、もっと今の自分が軽傷だったなら、無我夢中で腕の中に抱き締めているところだった。
彼女と時間を共にすればする程に、
困難や苦難を乗り越えていく程に、
日向子姉さんに、触れられれば触れられる分だけ....
炭治郎の中の、彼女への想いは
日に増して大きくなり身を
いつだって彼女は、炭治郎が欲しい言葉をくれる。温もりをくれる。
真剣に悩んでいた事も、何でもない風に思わせてくれて心を軽くしてくれる。
好き...
好きだ..
大好き
いや..もうそんな言葉では表せないくらいの想いだから、俺は吐き出す機会を逃してしまうのだ
ーーーーー
〜193【夜明けの兆し】〜
「おーい炭治郎~!禰豆子ちゃ~ん日向子さ~ん!」
ボロボロの体を引いて善逸と伊之助が近づいてきた。
善逸が雪崩れ込むように彼等に抱き付き、伊之助もされるがままに肩を抱かれている。
皆、泣きながらお互いの生存を喜び合った。
「宇随さん達は、大丈夫かな..」
「蛇柱の伊黒さんが駆けつけてくれたみたいだ...それより俺らは自分自身の心配しよう..。多分もうすぐ隠の人達が来るからそれまでっ...おい、伊之助ぇ..しっかりしろよぉ!」
いきなりがっくりと力が抜けた伊之助は、意識を失っていた。この中で1番出血量が多い傷だった為、無理も無い。
即死を免れたとしても、皆このままでは危険だ。
早く応急処置しないとっ
日向子は己の日輪刀を探すが、その前に視界が大きく歪んだ。
音が遠のいていく..眠っちゃいけない
いけないのに.....
炭治郎...
善逸君...
肩に回されている炭治郎の腕が、徐々に重くのしかかって来る。
日向子もそれにつられるように、全身の力が失われていった
「お前ら..!すぐにこいつらを蝶屋敷へ運ぶぞ!急げ!」
先程までの静けさとは一変し、慌ただしい空気感が漂う。禰豆子を除き、5人寄り添い気を失っていた所を隠の後藤が真っ先に見つけた。
瞬時に状況を察すると、てきぱきと指示を出して彼等を連れ出していく。
伊黒はこの死闘の中生き延びたという彼等の姿を視線で追った。
ー竈門炭治郎ー
ー竈門日向子ー
彼等が宇随と共に任務に就き、そして上弦の鬼と対峙していると鎹烏から報告を受け、柱の中で最も近くで巡回していた伊黒が急遽駆けつけた。
近くといっても数刻でつける距離でもなく、到着した時には既に彼等は戦闘を終えていたのだ。
皆総じて重症だったが、彼等は上弦の鬼を撃破した。
口では宇随にねちねちと文句を垂れたものの、
内心では見事だと思っていた。
だがまさか、その鬼が【
正直言うと、宇随がここまで追い詰められる程の強敵なら、参ないし弍くらいの数字を与えられた鬼でもおかしくはないと思っていた。
これが、十二鬼月・上弦の鬼の力。
更に五体もこれ以上の実力を持つ鬼が控えている言うのか..
「俺は引退する」
彼の言葉がにわかには信じ難かったのは事実だ。
同時に危機感を覚える。
今の鬼殺隊の実力を考えると..ひょっとしたら鬼舞辻を追い込むのは夢のまた夢なのではと
けれど、彼等は生き残った。
これが...お館様の言う【兆し】となれば良いが
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