◆第壱章 はじまり
貴女のお名前を教えてください
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〜9【夜明けと絶望】〜
三郎爺さんから有無を言わさず小屋に連れてこられたものの、どうしても家族の事が気掛かりでならなかった。
確かに思い返せば、炭治郎自身も夜は【禍】が現れると言われたことがあり、出歩いてはならないとされた。それが、その鬼なのか?...
多少陽が落ちたって、幼い頃から鼻が効いた炭治郎は、家の方向もわかるし平気だと豪語 したこともあった。
でも、滅多に言葉尻をキツくしない父が注意したくらいなのだから相当な事なのかもしれない
「鬼狩り様が鬼を切ってくれるんだよ。昔からな..」
三郎爺さんは葉巻をふかしながらそう呟いた。
その背中を床から見つめていた炭治郎は、
うとうとする頭でぼんやりと考える。
きっと家族を亡くして一人暮らしだから寂しいのだろう。
鬼やら、鬼狩りやら..炭治郎だって生まれてこの方見たこともなければ他人から噂に聞いた事だってない。ただの迷信なんだよ、三郎爺さん..。
大切な家族を失くせば、自分だって闇の淵 にいるような気分になるに違いない。
今度、姉さんや禰豆子達を連れてこよう、大勢で楽しい時を過ごせば、
きっと.....
そんな事を思いながら、
炭治郎は深い眠りに落ちていった。
翌朝、目覚めて早々に身支度を整え雪山の中に
繰り出す。
あぁ、今日も吹雪そうな天気だなぁ。
冬晴れは好きだが、雪の日はどうも気持ちも億劫になってしまい、苦手だ。
昨日は結局帰れなかったから家族に心配をかけてしまい申し訳ない。
日向子姉さん...
ああ見えて男勝りな所があり、無茶をする人だからな。まさか俺を探して外に出るなんて事は、ないとは思うけれど..。
そう思えば急に不安に駆られた。
昨日は曇天だから星を詠んで方角をみるなんてことも出来なかった筈だ。
早く帰って無事を知らせないと
急く思いを胸に炭治郎は足を進める。
その時
思わず鼻を押さえたくなるような刺激臭が襲う。何だろう..この匂い、これは
血の匂い..?
あぁ、現実とはなんでこんなにも無慈悲なのだろうか。
「っ!...禰豆子!六太!..
どうしたっ、ど..どうしたんだ!」
血塗れで倒れ込む妹と弟に雪崩れるように駆け寄る。恐る恐る左手の家の中に目を向けると、見るも無残な姿で息絶えている家族の姿があった。
こんな地獄絵図..なんで、何が、誰が..
母ちゃん
竹雄
花子
茂
「....日向子姉さん..」
混乱した頭で不意に姉の名を呼ぶ。
居ない。
どこにも
死体さえ見つからない
ーーーーー
〜10【失いたくないもの】〜
なんで、姉さんの姿だけがないんだ。
まさか..いやそれはあり得ない。
あんな太陽のように優しくて清らかな匂いを纏う日向子姉さんに限って、よもやそれはない。
さっきから蛇のように絡みつく酷く悍 ましい匂いがある。この人間でも獣でもない異様な匂い..
そいつが殺したのか?
許せない...許せないけど
炭治郎は、辛うじてまだ温もりの残っている禰豆子をおぶって無我夢中で山を駆け下りていた。
苦渋の選択だったが、日向子姉さんを探すよりも目の前の命の灯が尽きまいとするのを優先した。
冷たい冷気に肺が凍りそうになりながらも、とにかく家族を失いたくない。
助けたい一心で
「っ!!」
背中にいた禰豆子が突如唸り声を上げ暴れだす。
その拍子に足を滑らせ気付いた時には数メートル崖下に落ちて、チカチカする世界を見上げていた。
「禰豆子!」
大怪我を負っているというのに、二の足で佇む妹はどこか様子がおかしかった。
匂いもいつもの禰豆子と、違う。
駆け寄ろうとしたその時だった。
バッと顔を上げた禰豆子の目の色が、凶暴な生き物と化していた。
まるで
まるで【鬼】のような...
「!っ」
咄嗟に前へ突き出した斧の柄に容赦なく喰らいつく禰豆子。その勢いで炭治郎にのし掛かる。
物凄い力に圧倒されながらすんでの所で耐えていた。
「どうしてだ、禰豆子!」
ぐるぐる巡る思考と軋むような腕の痛みの中、炭治郎は必死に妹へ呼び掛けた。
「鬼なんかになるな!しっかりしろ!頑張れ!」
するとまるで、何かとせめぎあっているように、震えだすとやがてポロポロと涙を溢した。
その姿を見て、苦しくて悔しくて..激しく慟哭 しそうになる。
あぁ、俺があと少し早く帰っていれば何かが変わっていたのだろうか。家族にこんな惨い思いをさせずに済んだのか...
その時、禰豆子の後方から振りかぶるような影を見る。その影は俺達を
「!.....」
いや、【禰豆子】を殺そうとしたのか。
咄嗟に禰豆子を庇う動作をした炭治郎を見て、
その影、黒色の長髪を後ろに束ねた男は、刀を握りながら色のない瞳をゆらりと向けた。
「何故庇う」
凛とした淡白な声色で男はそう問うた。
「妹だ!俺の妹なんだ」
本気の間合いで殺しにかかってきた。闘い方に精通していない炭治郎でもわかる。
この男は、本気だ。
炭治郎は禰豆子をどう守るべきか必死に考えた。
そこで気付いたのだ
そもそも【守る力】など
今の俺には...
ーーーーー
〜11【覚悟】〜
「大丈夫だぞ皆。兄ちゃんが守ってやるからな」
父が亡くなったその日、炭治郎は悲しみの渦の中で泣き叫ぶ妹弟達にそう言った。
父は偉大だったのだ。そんな人がある日を境に旅立ったまま戻らないのだから、その穴埋めをなんとかしてやらねば下の子達は立ち直れない。
いつだってその思いを胸に抱きながら、やってきたつもりだった。
日向子姉さんに、炭治郎は泣かないのねと言われた事がある。
泣いてなどいられない。皆俺を頼ってくれているからと言ったら、静かに抱き締めてくれた。
「それなら、私の前では存分に泣きなさい。
大丈夫...二人だけの秘密にするからね」
そうやって人差し指を口元に当てて笑った彼女は、さながら天女のようで、安心しきったのかもしれなかった。
それまでの全ての思いを吐き出すように、炭治郎は泣いた。
強がっていた部分もあった。
自分の力量以上の事を常にやろうとし続けた。
何故なら、自分は父のように全てを守れるような強い人間では無かったから。
今だってこうだ。
俺は肝心な時に、大切な物を守れていない。
圧倒的な力を前にして、なす術もなく首を垂れるしかないのだから...
そんな炭治郎を見て、義勇はギリと唇を噛む。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
びくりと肩を震わす炭治郎。彼は立て続けに捲し立てた。それは絶望しきっている少年を畳み掛けるには十分だった。義勇自身、そんな姿を見たいわけではない..
辛い事はよくわかっている。情け容赦ないことも重々承知。だからこそ、奮い立たせて欲しい。覚悟が見たいのだ。
【過去の自分】と生写しな少年の
護りたいという覚悟を...
義勇は禰豆子の脇腹に刀を突き刺した。
うめき苦しむ禰豆子を見た途端、炭治郎は
ハッと目覚めたように大声を上げた。
「やめろーーーっ!!!」
大切な物を傷つけた者に対する、人間の単純な動き。見切るのは容易と思われた。
案の定懐に向かってきた炭治郎の背を、義勇は勢いよく柄の部分を突き立て動きを封じこんだ。
しかし、違和感を覚える。
斧は何処だ?
微かに空を切る音に気付き頭上を見る。
こいつは..
どかりと木にささる斧を見て、炭治郎が身を呈して義勇を討ち取りにきたのだと分かった。
自分の命と引き換えにしても守りたい物を守り抜く強さ..戦闘能力はまだまだからっきしだがそれでも彼には...
ーーーーー
〜12【運命を切り拓く者達】〜
気付けば禰豆子は、暗闇の中にいた。
ついさっきまで側にいた母さんや姉、弟妹達がいない。寒くて、寂しくて、涙がにじむ。
「お兄ちゃん..何処なの?早く帰ってきてよ」
朗 らかに笑う兄の面影を求めるように、手を伸ばし辺りを右往左往する。
すると何かにつまずいた。足元を見ると、大好きな兄が眠るように横たわっている。
「嫌だ。死なないでお兄ちゃん..私を置いて行かないで?お兄ちゃんてば」
ドクリ..
何かの衝動が突然禰豆子を襲う。
飲み込まれそう。でも、抗わなきゃ..
お兄ちゃんが守ってくれた、私が今度は守らなきゃ
「っ!!」
義勇は一瞬の隙をついてもがき出した禰豆子に蹴りを入れられ体勢が崩れる。
間髪入れずに炭治郎へ向かっていく禰豆子を見て、あぁ喰われると思ったが
一体どういうことであろうか
両手を広げ守る動作をする
こんな重度の飢餓状態で捕食行動を抑えていられる鬼を、見たことがなかった。
だが現にこの娘は俺を威嚇 し、肉親の人間を守るようにしている。
この兄妹は、何か違うかもしれない。
.........
気絶から目覚めた炭治郎は、咄嗟に隣に眠る禰豆子の着物を掴む。
これは..眠っている。
起きたかと声をかけてきたのは、先程まで対峙していた男だった。彼は、冨岡義勇といった。詳しく素性は名乗らなかったが、鱗滝という老人を訪ねるようにとだけ言われる。
いきなり突き付けられた現実に頭が追いつかない状態で、炭治郎は去っていく男の背を見つめた。
だが今の彼には従うほか無かった。
禰豆子を鬼から人間に戻せる可能性がある。それなら迷う理由なんて一つもないんだ。
吐き気すら催すような惨劇が起きた家に、禰豆子を連れて戻る。家族の屍を丁寧に土葬すると、炭治郎は両手を合わせた。
「禰豆子...日向子姉さんの死体がやっぱり見つからないんだ。何処に行ったのかお前は知ってるか?」
そう妹に問いかけるも、彼女はさっきからボーーッと呆けた表情のまま微動だにしない。
日向子姉さんの匂いはなかった。手当たり次第周りを探したが遂に見つける事は叶わなかった。
ずっと昔から慣れ親しんで来た愛しい匂いを、間違おう筈もない。
炭治郎は諦めたように息を吐く。
せめて、何処かで生きていてくれたら..
炭治郎のやる事は決まった。
妹を元に戻す。居なくなった姉を探す。
その為に俺は...
【強くならねばいけない】
決意と希望を胸に炭治郎は禰豆子の手を引いた。
ーーーーー
三郎爺さんから有無を言わさず小屋に連れてこられたものの、どうしても家族の事が気掛かりでならなかった。
確かに思い返せば、炭治郎自身も夜は【禍】が現れると言われたことがあり、出歩いてはならないとされた。それが、その鬼なのか?...
多少陽が落ちたって、幼い頃から鼻が効いた炭治郎は、家の方向もわかるし平気だと
でも、滅多に言葉尻をキツくしない父が注意したくらいなのだから相当な事なのかもしれない
「鬼狩り様が鬼を切ってくれるんだよ。昔からな..」
三郎爺さんは葉巻をふかしながらそう呟いた。
その背中を床から見つめていた炭治郎は、
うとうとする頭でぼんやりと考える。
きっと家族を亡くして一人暮らしだから寂しいのだろう。
鬼やら、鬼狩りやら..炭治郎だって生まれてこの方見たこともなければ他人から噂に聞いた事だってない。ただの迷信なんだよ、三郎爺さん..。
大切な家族を失くせば、自分だって闇の
今度、姉さんや禰豆子達を連れてこよう、大勢で楽しい時を過ごせば、
きっと.....
そんな事を思いながら、
炭治郎は深い眠りに落ちていった。
翌朝、目覚めて早々に身支度を整え雪山の中に
繰り出す。
あぁ、今日も吹雪そうな天気だなぁ。
冬晴れは好きだが、雪の日はどうも気持ちも億劫になってしまい、苦手だ。
昨日は結局帰れなかったから家族に心配をかけてしまい申し訳ない。
日向子姉さん...
ああ見えて男勝りな所があり、無茶をする人だからな。まさか俺を探して外に出るなんて事は、ないとは思うけれど..。
そう思えば急に不安に駆られた。
昨日は曇天だから星を詠んで方角をみるなんてことも出来なかった筈だ。
早く帰って無事を知らせないと
急く思いを胸に炭治郎は足を進める。
その時
思わず鼻を押さえたくなるような刺激臭が襲う。何だろう..この匂い、これは
血の匂い..?
あぁ、現実とはなんでこんなにも無慈悲なのだろうか。
「っ!...禰豆子!六太!..
どうしたっ、ど..どうしたんだ!」
血塗れで倒れ込む妹と弟に雪崩れるように駆け寄る。恐る恐る左手の家の中に目を向けると、見るも無残な姿で息絶えている家族の姿があった。
こんな地獄絵図..なんで、何が、誰が..
母ちゃん
竹雄
花子
茂
「....日向子姉さん..」
混乱した頭で不意に姉の名を呼ぶ。
居ない。
どこにも
死体さえ見つからない
ーーーーー
〜10【失いたくないもの】〜
なんで、姉さんの姿だけがないんだ。
まさか..いやそれはあり得ない。
あんな太陽のように優しくて清らかな匂いを纏う日向子姉さんに限って、よもやそれはない。
さっきから蛇のように絡みつく酷く
そいつが殺したのか?
許せない...許せないけど
炭治郎は、辛うじてまだ温もりの残っている禰豆子をおぶって無我夢中で山を駆け下りていた。
苦渋の選択だったが、日向子姉さんを探すよりも目の前の命の灯が尽きまいとするのを優先した。
冷たい冷気に肺が凍りそうになりながらも、とにかく家族を失いたくない。
助けたい一心で
「っ!!」
背中にいた禰豆子が突如唸り声を上げ暴れだす。
その拍子に足を滑らせ気付いた時には数メートル崖下に落ちて、チカチカする世界を見上げていた。
「禰豆子!」
大怪我を負っているというのに、二の足で佇む妹はどこか様子がおかしかった。
匂いもいつもの禰豆子と、違う。
駆け寄ろうとしたその時だった。
バッと顔を上げた禰豆子の目の色が、凶暴な生き物と化していた。
まるで
まるで【鬼】のような...
「!っ」
咄嗟に前へ突き出した斧の柄に容赦なく喰らいつく禰豆子。その勢いで炭治郎にのし掛かる。
物凄い力に圧倒されながらすんでの所で耐えていた。
「どうしてだ、禰豆子!」
ぐるぐる巡る思考と軋むような腕の痛みの中、炭治郎は必死に妹へ呼び掛けた。
「鬼なんかになるな!しっかりしろ!頑張れ!」
するとまるで、何かとせめぎあっているように、震えだすとやがてポロポロと涙を溢した。
その姿を見て、苦しくて悔しくて..激しく
あぁ、俺があと少し早く帰っていれば何かが変わっていたのだろうか。家族にこんな惨い思いをさせずに済んだのか...
その時、禰豆子の後方から振りかぶるような影を見る。その影は俺達を
「!.....」
いや、【禰豆子】を殺そうとしたのか。
咄嗟に禰豆子を庇う動作をした炭治郎を見て、
その影、黒色の長髪を後ろに束ねた男は、刀を握りながら色のない瞳をゆらりと向けた。
「何故庇う」
凛とした淡白な声色で男はそう問うた。
「妹だ!俺の妹なんだ」
本気の間合いで殺しにかかってきた。闘い方に精通していない炭治郎でもわかる。
この男は、本気だ。
炭治郎は禰豆子をどう守るべきか必死に考えた。
そこで気付いたのだ
そもそも【守る力】など
今の俺には...
ーーーーー
〜11【覚悟】〜
「大丈夫だぞ皆。兄ちゃんが守ってやるからな」
父が亡くなったその日、炭治郎は悲しみの渦の中で泣き叫ぶ妹弟達にそう言った。
父は偉大だったのだ。そんな人がある日を境に旅立ったまま戻らないのだから、その穴埋めをなんとかしてやらねば下の子達は立ち直れない。
いつだってその思いを胸に抱きながら、やってきたつもりだった。
日向子姉さんに、炭治郎は泣かないのねと言われた事がある。
泣いてなどいられない。皆俺を頼ってくれているからと言ったら、静かに抱き締めてくれた。
「それなら、私の前では存分に泣きなさい。
大丈夫...二人だけの秘密にするからね」
そうやって人差し指を口元に当てて笑った彼女は、さながら天女のようで、安心しきったのかもしれなかった。
それまでの全ての思いを吐き出すように、炭治郎は泣いた。
強がっていた部分もあった。
自分の力量以上の事を常にやろうとし続けた。
何故なら、自分は父のように全てを守れるような強い人間では無かったから。
今だってこうだ。
俺は肝心な時に、大切な物を守れていない。
圧倒的な力を前にして、なす術もなく首を垂れるしかないのだから...
そんな炭治郎を見て、義勇はギリと唇を噛む。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
びくりと肩を震わす炭治郎。彼は立て続けに捲し立てた。それは絶望しきっている少年を畳み掛けるには十分だった。義勇自身、そんな姿を見たいわけではない..
辛い事はよくわかっている。情け容赦ないことも重々承知。だからこそ、奮い立たせて欲しい。覚悟が見たいのだ。
【過去の自分】と生写しな少年の
護りたいという覚悟を...
義勇は禰豆子の脇腹に刀を突き刺した。
うめき苦しむ禰豆子を見た途端、炭治郎は
ハッと目覚めたように大声を上げた。
「やめろーーーっ!!!」
大切な物を傷つけた者に対する、人間の単純な動き。見切るのは容易と思われた。
案の定懐に向かってきた炭治郎の背を、義勇は勢いよく柄の部分を突き立て動きを封じこんだ。
しかし、違和感を覚える。
斧は何処だ?
微かに空を切る音に気付き頭上を見る。
こいつは..
どかりと木にささる斧を見て、炭治郎が身を呈して義勇を討ち取りにきたのだと分かった。
自分の命と引き換えにしても守りたい物を守り抜く強さ..戦闘能力はまだまだからっきしだがそれでも彼には...
ーーーーー
〜12【運命を切り拓く者達】〜
気付けば禰豆子は、暗闇の中にいた。
ついさっきまで側にいた母さんや姉、弟妹達がいない。寒くて、寂しくて、涙がにじむ。
「お兄ちゃん..何処なの?早く帰ってきてよ」
すると何かにつまずいた。足元を見ると、大好きな兄が眠るように横たわっている。
「嫌だ。死なないでお兄ちゃん..私を置いて行かないで?お兄ちゃんてば」
ドクリ..
何かの衝動が突然禰豆子を襲う。
飲み込まれそう。でも、抗わなきゃ..
お兄ちゃんが守ってくれた、私が今度は守らなきゃ
「っ!!」
義勇は一瞬の隙をついてもがき出した禰豆子に蹴りを入れられ体勢が崩れる。
間髪入れずに炭治郎へ向かっていく禰豆子を見て、あぁ喰われると思ったが
一体どういうことであろうか
両手を広げ守る動作をする
こんな重度の飢餓状態で捕食行動を抑えていられる鬼を、見たことがなかった。
だが現にこの娘は俺を
この兄妹は、何か違うかもしれない。
.........
気絶から目覚めた炭治郎は、咄嗟に隣に眠る禰豆子の着物を掴む。
これは..眠っている。
起きたかと声をかけてきたのは、先程まで対峙していた男だった。彼は、冨岡義勇といった。詳しく素性は名乗らなかったが、鱗滝という老人を訪ねるようにとだけ言われる。
いきなり突き付けられた現実に頭が追いつかない状態で、炭治郎は去っていく男の背を見つめた。
だが今の彼には従うほか無かった。
禰豆子を鬼から人間に戻せる可能性がある。それなら迷う理由なんて一つもないんだ。
吐き気すら催すような惨劇が起きた家に、禰豆子を連れて戻る。家族の屍を丁寧に土葬すると、炭治郎は両手を合わせた。
「禰豆子...日向子姉さんの死体がやっぱり見つからないんだ。何処に行ったのかお前は知ってるか?」
そう妹に問いかけるも、彼女はさっきからボーーッと呆けた表情のまま微動だにしない。
日向子姉さんの匂いはなかった。手当たり次第周りを探したが遂に見つける事は叶わなかった。
ずっと昔から慣れ親しんで来た愛しい匂いを、間違おう筈もない。
炭治郎は諦めたように息を吐く。
せめて、何処かで生きていてくれたら..
炭治郎のやる事は決まった。
妹を元に戻す。居なくなった姉を探す。
その為に俺は...
【強くならねばいけない】
決意と希望を胸に炭治郎は禰豆子の手を引いた。
ーーーーー