◆第伍章 それぞれの想い
貴女のお名前を教えてください
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94〜【ニ人で見上げた星空】〜
あれから15日後...
炭治郎は屋根の大棟に腰掛け、瞑想を行なっていた。
以前よりも体力は向上している気はするし、肺も強くなってきている気がしたから、多分、前進はしていると思う。
けれど、未だに常に全集中の呼吸を行う事は出来ていない。
最近は、すみちゃん達のサポートも得つつ鍛錬している。日向子姉さんも一緒にどうかと誘ったけれど、断られた。
これは、自分と一緒にやりたくないという意味なのだろうかと、内心炭治郎はショックを受けていたのだ。
彼女の事となると、マイナス思考になってしまって、駄目だ...。
ーあぁーっしっかりしろ炭治郎!ー
パンと頬を叩いて己を叱咤 する。
すみちゃん達と共にいる時は、日向子姉さんはあまり姿を現さない。
少し余所余所しくて、匂いもなんだか..極力関わりたくないといっているように仄かな拒絶も感じられる。
あまりに堪えた為、善逸に相談を持ちかけた夜もあったが、お前本当女心がわからないやつだなぁと怒られた。
「炭治郎、それさ..多分嫉妬されてるんじゃね?」
嫉妬?
他の女の子達と一緒に楽しくしてたら、そりゃいくら家族でも気を悪くさせるのは当たり前だと言う。
「本人に聞いたわけじゃないからわかんないけどな。日向子さんはお前を取られたような気分になってるんだよきっと。」
....
それはもしかして
いや..日向子姉さんに限って、それは
そうだったら、いいのになぁ...
炭治郎は、そんな淡い期待を抱いてしまったのだ。
もどかしい思いを抱えながら、炭治郎は再度呼吸を意識して息を吸い込んだ、その時。
「こんな所にいたんだね炭治郎。」
反射的に横を向くと、日向子姉さんが佇んでいた。
瞑想をして集中していたからか、彼女の匂いに気付かなかったのだ。
つい先程まで、彼女の事を考えていたから、心の臓が飛び出るくらい驚いた。
そんな炭治郎の様子に笑いながら、日向子姉さんは隣に腰を下ろした。
なんだか、久々に心からの笑顔を見たような、そんな気がする。
空を見上げると、雲ひとつない夜空をキャンパスに、いつの日か見たような満天の星空が広がっていた。
気付かなかった..今日はこんなに星が綺麗だったのか。なんだか物凄く懐かしい気分になってしまう...
横目に彼女を見ると、やはり何かを懐かしむような眼差しで同じように見上げている。
2人きりで星を見たあの日の夜が蘇る。
まるで砂時計が巻き戻るように
幸せな...時間だ
ーーーーー
〜95【永遠を求め】〜
「懐かしいね。前にも、炭治郎と一緒に星空を見た。あの時は、夜は外に出てはいけないと父さん達から言われていたのに、炭治郎が駄々をこねたから、皆の目を盗んで行ったんだっけ。実を言うとね?子供ながらになんだかいけない事をしているみたいで..私も少し、わくわくしてたんだ。」
無邪気にそう笑う日向子姉さんは、年相応で可愛らしかった。
あの時、そんな事を思っていたんだ。
「その時は腕でまだ抱い込めるくらい小さかったのにさ、大きくなったねぇ炭治郎。」
背比べをするような仕草でそう言う彼女は、今では自分よりも僅かに小さくて、体付きも華奢 だ。
あぁ、女の子なんだなぁと、思い知らされる。
あの夜よりも、数年経って背が同じくらいになって、そしてそれから2年以上の月日を経て、炭治郎は彼女より大きくなった。
背はもちろん、手足の大きさだって、今では日向子姉さんのそれを包み込めそうなくらいに成長した。
しばらく会えなかった時期があったからか、
尚更そんな、自然な時の流れさえ、尊いものに感じてしまう。
むず痒いような気持ちになってしまう。
ふと彼女の方を見ると、ふふふと笑っていた。
「どうしたんだ日向子姉さん?」
「いやぁ...まさか、またこうして一緒の時を過ごしていられるとは思わなかったから。凄く、幸せだなぁって、噛み締めてるだけよ。」
その笑顔は、心底幸せそうな笑みだった。
柔らかい...
俺が昔から大好きな、彼女の表情。
日向子姉さんは、炭治郎の記憶の中の、可愛らしい桃の花のような笑顔から
純真無垢な、すずらんのように揺れる清らかな笑顔へと変わっていた。
それを見た時、またしてもあの感覚が炭治郎を襲う。
彼女のすべてに、五感を奪われるような感覚。
手を伸ばして包み込んでしまいたい衝動。
「...っ...ぁー...そろそろ身体も冷えてきたし、戻ろうか?」
それを悟ったかのように、日向子姉さんは、突然そう切り出した。
すくりと立ち上がろうとしたそのか細い腕を逃すまいと、炭治郎は反射的に掴み取る。
彼女は、落ち着いた声色で発した。
「炭治郎...離して?」
「嫌だ..」
「炭治郎っ」
語気を強くされても、炭治郎は手の力を緩めなかった。
離せと言われても、この時この瞬間を、逃したくなどなかった。
もう少し、もう少しだけでいいから
「ごめん...貴女と2人きりの時間を、味わっていたいんだ」
ーーーーー
〜96【心と理性の狭間】〜
炭治郎は、またあの時と同じような眼差しを向けた。内なる欲望を秘めた眼差しだ。
私は、この瞳がどうしても苦手だった。
私達は家族なのに、姉と弟なのに、
禰豆子も周りの人達も皆、私達2人をそう見ている。そう信じて疑わないのに。
彼の、禁断を破り捨てんとするこの眼差しが..受け入れられなかった。
何故、壊そうとするの?
お願い炭治郎、やめて
そんな日向子の切なる願いも虚しく、
彼は握り締める手の力を強めるばかりだ。
不思議と、服越しから炭治郎の温もりが伝わってくる。そんなの、あり得ないのに
このまま腕を引かれれば、私は..
きっと、抗えない
そんな言い要れぬ恐怖が脳裏をよぎったその時
「もしもし、お取り込み中のところすみません。」
「「っ!!」」
いきなり現れた気配の元へ同時に顔を向ける。しのぶがふわりとした笑みを浮かべこちらを見ていた。
驚いた..
けれど、助かった。
炭治郎は少し複雑そうな表情をしていたが、胡蝶様に何かを耳打ちされ気を取り直したようだ。
「君達姉弟は、とっても仲が良いのですね。...いいことです。お友達2人はどこかへ行ってしまったようですが、頑張っていますね。」
彼女がここで2人に話しかけた理由は、
聞くところによると、ある夢を託す為だと言う。
それは
【鬼と人間が仲良く出来る道】を探す事。
胡蝶様もやはり
大切な家族を鬼に殺されたという。その人は、
鬼と共存出来る世界を、今際の時まで切に願っていた。その意思を継いでいると言うが...
彼女の心と理性が、せめぎあって
苦しめているのだ。
私達竈門家はどうだろう?
今は、禰豆子が鬼として生きながらえているから、希望を捨てずに前を向き続けられる。
でも、もし禰豆子さえも虐殺されていたとしたら?その希望を胸に抱き続けられただろうか?
ふと、そう思ってしまった。
人間の感情は正直だ。彼女の思いは痛いほどわかる。疲れてしまったという気持ちも、頷ける。だからこそ...
私達がその意思を継ぐべきだ。
「どうか禰豆子さんを守り抜いてね。あなた達が頑張ってくれていると思うと、私は安心する。気持ちが、楽になる」
炭治郎は思った。
しのぶさんが、時折感情を捨て物事を対処しているように感じたのは、心の声と理性が一致していなかったが故の、彼女なりの防衛反応だったのだ。
辛かった筈だ。自分の中に矛盾が生じた時ほど、苦しいものはないのだから...
ー必ず俺達が、その夢を
叶えて見せますー
ーーーーー
〜97【混沌】〜
あれから数日、炭治郎は全集中の呼吸を常に保つ訓練を怠らなかった。
そして、あれ程びくともしなかった大きなひょうたんも...
「~~ッ‼~ッ」
「炭治郎さん!頑張ってっ!」
バンッ!!
内圧で爆発したように砕け散ったひょうたんを見て、すみちゃん達も一緒になって喜んでくれた。
善逸から指摘はあったものの、正直言うと親切心で支えてくれる彼女達の事を炭治郎は無我には出来ず、状況は以前とあまり変わらなかった。
それを..まさかこんな形で後悔することになろうとは、思いもしなかったのだ。
対カナヲ戦で順調に勝ち星を上げていく炭治郎。
残るは、薬湯をかけ合うあの反射訓練のみ。
残像すら残らないようなスピードで繰り広げられるそれに皆固唾 を飲む。
そして
抜けたっ!
カナヲの手が湯呑みを押さえる前にそれを持ち上げる。いける!後はこれを彼女に向かって
コト...
炭治郎は持ち上げた湯呑みをカナヲの頭の上に静かに乗せた。さすがにこれを女の子にかけるのは理性が許さなかったのだ。
だって、何度も浴びて思い続けてきたが、相当に臭いから。
きょとんとした表情で微動だにしないカナヲ。
周りは炭治郎の勝利に沸き立った。
ふとその場にいた日向子姉さんに目を向ける。しかし、彼女は笑ってはいなかった。
「っ....」
距離があるから、詳しい彼女の心情は匂いではわからなかったけど、無表情の日向子姉さんを見たのは、初めてかもしれない。
どうしたというのか..
彼女も鬼ごっこは今日やっとカナヲに勝利していた。後は、この薬湯の掛け合いのみだ。
日向子姉さんは前へ歩み寄り、カナヲと向き合うように座ってぺこりと頭を下げた。
「宜しくお願いします。」
いつも通り変わらずニコニコとした笑みを浮かべているカナヲ。すみちゃん達の声援を受けて、いざ尋常に勝負が行われた。
彼女も炭治郎に負けず劣らずのスピードで、カナヲともほぼ互角だった。
これならいけるっ!
そう思ったけれど、カナヲが一瞬の隙をついて湯呑みを取り上げた。そうなってしまってはもう回避しようがない。
パシャンッ!!
容赦なくカナヲの薬湯が日向子姉さんへとかけられる。
頭からポタポタと液体を垂らして、俯いてしまった。たまらず炭治郎は彼女の元へと駆け寄る。
「日向子姉さん、大丈...」
肩をぐいと引いて表情を確認し言葉を失った。
彼女は....
大粒の涙を流し泣いていたのだ。
ーーーーー
あれから15日後...
炭治郎は屋根の大棟に腰掛け、瞑想を行なっていた。
以前よりも体力は向上している気はするし、肺も強くなってきている気がしたから、多分、前進はしていると思う。
けれど、未だに常に全集中の呼吸を行う事は出来ていない。
最近は、すみちゃん達のサポートも得つつ鍛錬している。日向子姉さんも一緒にどうかと誘ったけれど、断られた。
これは、自分と一緒にやりたくないという意味なのだろうかと、内心炭治郎はショックを受けていたのだ。
彼女の事となると、マイナス思考になってしまって、駄目だ...。
ーあぁーっしっかりしろ炭治郎!ー
パンと頬を叩いて己を
すみちゃん達と共にいる時は、日向子姉さんはあまり姿を現さない。
少し余所余所しくて、匂いもなんだか..極力関わりたくないといっているように仄かな拒絶も感じられる。
あまりに堪えた為、善逸に相談を持ちかけた夜もあったが、お前本当女心がわからないやつだなぁと怒られた。
「炭治郎、それさ..多分嫉妬されてるんじゃね?」
嫉妬?
他の女の子達と一緒に楽しくしてたら、そりゃいくら家族でも気を悪くさせるのは当たり前だと言う。
「本人に聞いたわけじゃないからわかんないけどな。日向子さんはお前を取られたような気分になってるんだよきっと。」
....
それはもしかして
いや..日向子姉さんに限って、それは
そうだったら、いいのになぁ...
炭治郎は、そんな淡い期待を抱いてしまったのだ。
もどかしい思いを抱えながら、炭治郎は再度呼吸を意識して息を吸い込んだ、その時。
「こんな所にいたんだね炭治郎。」
反射的に横を向くと、日向子姉さんが佇んでいた。
瞑想をして集中していたからか、彼女の匂いに気付かなかったのだ。
つい先程まで、彼女の事を考えていたから、心の臓が飛び出るくらい驚いた。
そんな炭治郎の様子に笑いながら、日向子姉さんは隣に腰を下ろした。
なんだか、久々に心からの笑顔を見たような、そんな気がする。
空を見上げると、雲ひとつない夜空をキャンパスに、いつの日か見たような満天の星空が広がっていた。
気付かなかった..今日はこんなに星が綺麗だったのか。なんだか物凄く懐かしい気分になってしまう...
横目に彼女を見ると、やはり何かを懐かしむような眼差しで同じように見上げている。
2人きりで星を見たあの日の夜が蘇る。
まるで砂時計が巻き戻るように
幸せな...時間だ
ーーーーー
〜95【永遠を求め】〜
「懐かしいね。前にも、炭治郎と一緒に星空を見た。あの時は、夜は外に出てはいけないと父さん達から言われていたのに、炭治郎が駄々をこねたから、皆の目を盗んで行ったんだっけ。実を言うとね?子供ながらになんだかいけない事をしているみたいで..私も少し、わくわくしてたんだ。」
無邪気にそう笑う日向子姉さんは、年相応で可愛らしかった。
あの時、そんな事を思っていたんだ。
「その時は腕でまだ抱い込めるくらい小さかったのにさ、大きくなったねぇ炭治郎。」
背比べをするような仕草でそう言う彼女は、今では自分よりも僅かに小さくて、体付きも
あぁ、女の子なんだなぁと、思い知らされる。
あの夜よりも、数年経って背が同じくらいになって、そしてそれから2年以上の月日を経て、炭治郎は彼女より大きくなった。
背はもちろん、手足の大きさだって、今では日向子姉さんのそれを包み込めそうなくらいに成長した。
しばらく会えなかった時期があったからか、
尚更そんな、自然な時の流れさえ、尊いものに感じてしまう。
むず痒いような気持ちになってしまう。
ふと彼女の方を見ると、ふふふと笑っていた。
「どうしたんだ日向子姉さん?」
「いやぁ...まさか、またこうして一緒の時を過ごしていられるとは思わなかったから。凄く、幸せだなぁって、噛み締めてるだけよ。」
その笑顔は、心底幸せそうな笑みだった。
柔らかい...
俺が昔から大好きな、彼女の表情。
日向子姉さんは、炭治郎の記憶の中の、可愛らしい桃の花のような笑顔から
純真無垢な、すずらんのように揺れる清らかな笑顔へと変わっていた。
それを見た時、またしてもあの感覚が炭治郎を襲う。
彼女のすべてに、五感を奪われるような感覚。
手を伸ばして包み込んでしまいたい衝動。
「...っ...ぁー...そろそろ身体も冷えてきたし、戻ろうか?」
それを悟ったかのように、日向子姉さんは、突然そう切り出した。
すくりと立ち上がろうとしたそのか細い腕を逃すまいと、炭治郎は反射的に掴み取る。
彼女は、落ち着いた声色で発した。
「炭治郎...離して?」
「嫌だ..」
「炭治郎っ」
語気を強くされても、炭治郎は手の力を緩めなかった。
離せと言われても、この時この瞬間を、逃したくなどなかった。
もう少し、もう少しだけでいいから
「ごめん...貴女と2人きりの時間を、味わっていたいんだ」
ーーーーー
〜96【心と理性の狭間】〜
炭治郎は、またあの時と同じような眼差しを向けた。内なる欲望を秘めた眼差しだ。
私は、この瞳がどうしても苦手だった。
私達は家族なのに、姉と弟なのに、
禰豆子も周りの人達も皆、私達2人をそう見ている。そう信じて疑わないのに。
彼の、禁断を破り捨てんとするこの眼差しが..受け入れられなかった。
何故、壊そうとするの?
お願い炭治郎、やめて
そんな日向子の切なる願いも虚しく、
彼は握り締める手の力を強めるばかりだ。
不思議と、服越しから炭治郎の温もりが伝わってくる。そんなの、あり得ないのに
このまま腕を引かれれば、私は..
きっと、抗えない
そんな言い要れぬ恐怖が脳裏をよぎったその時
「もしもし、お取り込み中のところすみません。」
「「っ!!」」
いきなり現れた気配の元へ同時に顔を向ける。しのぶがふわりとした笑みを浮かべこちらを見ていた。
驚いた..
けれど、助かった。
炭治郎は少し複雑そうな表情をしていたが、胡蝶様に何かを耳打ちされ気を取り直したようだ。
「君達姉弟は、とっても仲が良いのですね。...いいことです。お友達2人はどこかへ行ってしまったようですが、頑張っていますね。」
彼女がここで2人に話しかけた理由は、
聞くところによると、ある夢を託す為だと言う。
それは
【鬼と人間が仲良く出来る道】を探す事。
胡蝶様もやはり
大切な家族を鬼に殺されたという。その人は、
鬼と共存出来る世界を、今際の時まで切に願っていた。その意思を継いでいると言うが...
彼女の心と理性が、せめぎあって
苦しめているのだ。
私達竈門家はどうだろう?
今は、禰豆子が鬼として生きながらえているから、希望を捨てずに前を向き続けられる。
でも、もし禰豆子さえも虐殺されていたとしたら?その希望を胸に抱き続けられただろうか?
ふと、そう思ってしまった。
人間の感情は正直だ。彼女の思いは痛いほどわかる。疲れてしまったという気持ちも、頷ける。だからこそ...
私達がその意思を継ぐべきだ。
「どうか禰豆子さんを守り抜いてね。あなた達が頑張ってくれていると思うと、私は安心する。気持ちが、楽になる」
炭治郎は思った。
しのぶさんが、時折感情を捨て物事を対処しているように感じたのは、心の声と理性が一致していなかったが故の、彼女なりの防衛反応だったのだ。
辛かった筈だ。自分の中に矛盾が生じた時ほど、苦しいものはないのだから...
ー必ず俺達が、その夢を
叶えて見せますー
ーーーーー
〜97【混沌】〜
あれから数日、炭治郎は全集中の呼吸を常に保つ訓練を怠らなかった。
そして、あれ程びくともしなかった大きなひょうたんも...
「~~ッ‼~ッ」
「炭治郎さん!頑張ってっ!」
バンッ!!
内圧で爆発したように砕け散ったひょうたんを見て、すみちゃん達も一緒になって喜んでくれた。
善逸から指摘はあったものの、正直言うと親切心で支えてくれる彼女達の事を炭治郎は無我には出来ず、状況は以前とあまり変わらなかった。
それを..まさかこんな形で後悔することになろうとは、思いもしなかったのだ。
対カナヲ戦で順調に勝ち星を上げていく炭治郎。
残るは、薬湯をかけ合うあの反射訓練のみ。
残像すら残らないようなスピードで繰り広げられるそれに皆
そして
抜けたっ!
カナヲの手が湯呑みを押さえる前にそれを持ち上げる。いける!後はこれを彼女に向かって
コト...
炭治郎は持ち上げた湯呑みをカナヲの頭の上に静かに乗せた。さすがにこれを女の子にかけるのは理性が許さなかったのだ。
だって、何度も浴びて思い続けてきたが、相当に臭いから。
きょとんとした表情で微動だにしないカナヲ。
周りは炭治郎の勝利に沸き立った。
ふとその場にいた日向子姉さんに目を向ける。しかし、彼女は笑ってはいなかった。
「っ....」
距離があるから、詳しい彼女の心情は匂いではわからなかったけど、無表情の日向子姉さんを見たのは、初めてかもしれない。
どうしたというのか..
彼女も鬼ごっこは今日やっとカナヲに勝利していた。後は、この薬湯の掛け合いのみだ。
日向子姉さんは前へ歩み寄り、カナヲと向き合うように座ってぺこりと頭を下げた。
「宜しくお願いします。」
いつも通り変わらずニコニコとした笑みを浮かべているカナヲ。すみちゃん達の声援を受けて、いざ尋常に勝負が行われた。
彼女も炭治郎に負けず劣らずのスピードで、カナヲともほぼ互角だった。
これならいけるっ!
そう思ったけれど、カナヲが一瞬の隙をついて湯呑みを取り上げた。そうなってしまってはもう回避しようがない。
パシャンッ!!
容赦なくカナヲの薬湯が日向子姉さんへとかけられる。
頭からポタポタと液体を垂らして、俯いてしまった。たまらず炭治郎は彼女の元へと駆け寄る。
「日向子姉さん、大丈...」
肩をぐいと引いて表情を確認し言葉を失った。
彼女は....
大粒の涙を流し泣いていたのだ。
ーーーーー