◆第伍章 それぞれの想い
貴女のお名前を教えてください
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〜90【しのぶの興味】〜
数日が経過し、日向子も順調に回復してきた頃。炭治郎達が再度部屋を訪れてくれた。
そこには伊之助の姿もあり、しばらく入り口付近で孫ついていたのを見て、日向子は側へ寄るように手招く。
「元気そうで良かった伊之助。頚を潰されたと聞いたから、心配だったんだよ。」
そう彼女が問いかけると、伊之助はふるふると震えた後、大声で返した。
「それはこっちの台詞だ馬鹿やろう!!お前が傷つく理由なんて、これっぽっちも無かったのに..悪かったなちくしょう!」
多少言葉遣いが荒っぽいが、これは伊之助の精一杯の謝罪なのだろうなという事がわかった。
日向子はこれだけ大声が出せれば心配いらないねと彼の猪頭を撫でる。
するとやっぱり、やめろと振り払われるものだからおかしくなってしまって日向子はくすりと笑う。
そんな様子を炭治郎も善逸も、微笑ましく見守っていたその時
「皆さん、順調に回復しているようですね?」
ニコニコ笑みを浮かべながらしのぶがやってきた。お陰様でと丁寧に礼を言うと、彼女は待ってましたと言わんばかりにある提案をする。
「ではそろそろ機能回復訓練に入りましょうか?善逸君はもう数日様子を見ましょう、まだ手足の感覚が戻らないでしょうから。
それ以外の3人は明日から、明日の朝8時に武道の間へいらしてください。
あぁ、それと日向子さんはこの後お話したい事がありますので、私について来てくださいね。」
「え..はい!」
もしや、時透様に言われた事に納得して頂けなかった?
そう考えを巡らしていたら彼女はすいっと踵を返すので、日向子は慌てて後を追って行った。
道中、無言で廊下を歩くしのぶに日向子は気まずさを覚えながらも、斜め後ろから彼女の横顔を伺い見る。
するとそれを察したかのように彼女はこう発した。
「時透さんから話は聞きました。貴女が目覚めたら知らせるとは言いましたけど、まさかあんなに早くいらっしゃるとは思わなかったもので、ごめんなさいね?
それから、これから話すのはそれとはまた別件ですよ。」
別件....
ようやく辿り着いた場所を見て、日向子は唖然とする。比較的物は少ない空間だったが、藤の花が所狭しと並べられていて、ところかしこに実験道具の試験管やらが立てられている。
ここが、胡蝶様の私室?いや、
実験室...
しのぶは手頃な座椅子にかけるように日向子を促すと、こう語り出した。
「あなたの巫の異能について、少し伺い知りたいんです。」
ーーーーー
〜91【鬼と人と】〜
「日向子さん、貴女が目覚める前、炭治郎君に聞いたんです。十二鬼月戦で一体何があったのか。
したらば、貴女の巫の異能で、髪の毛と日輪刀の色が変化したのだそうですね?
それは、あなた自身が操作出来るものですか?」
そう聞かれた日向子は、首を横に振る。
「いいえ。意図的に出来た事はありません。
あの時が、私も初めてです。物凄く体温が熱くなって、でも不思議と倦怠感とかは感じられなかった。」
「そうですか..。他に、何か引き金となる出来事などありませんでしたか?」
「..いや、特には...
ぁ..そう言えば、脳内に女性の声が聞こえました。身体に症状が出たのはその直後です。」
昔から、時折夢に出てきたある女性がいた。
声を聞いた事はなかったけれど、何となく、その夢の中の彼女なのではないかと思うのだ。
それこそ、ただの夢かも知れないけれど...
ふむとしのぶは考え込む。
「実はですね、単刀直入に言いますと、あなたにその症状が現れた時の血液を採取したいんです。目的は、【鬼を人間に戻す薬】の生成に役立てられないかと考えているから。それは...」
彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ呟いた。
「珠世という名の鬼をご存知ですね?彼女が今生成を試みているようです。鬼舞辻の抹殺の為..そして、あなた達竈門兄妹が喉から手が出るほど欲してる代物です。
あなたの血は既に採取済みのようですが、確認されてるのは鬼の血鬼術を中和させる効果のみ。その先に進めずどん詰まりのようです。」
しのぶが珠世の存在を知っている事実に日向子は驚いた。
いや、それに...
今の話を聞くと、鬼殺隊と鬼が協力体制を取っている例があると見れる。
これは一体どういうことなのか。
彼女は鬼を嫌っている筈だ。
「言っておきますが、私個人としては、不本意なのです。鬼と協力するだのと..綺麗事をのたまっていては、いつか足元を救われる方は、我々人間の方なのですから。」
彼女は、眉間に皺を寄せて吐き捨てるようにそう言った。この人は...何か後悔の念を抱えて生きているのだろう。
きっと、私達竈門家と同じで
結局その日、例の血を採取するには、
巫の異能の発動条件を明確にして、コントロールする他ないと言うことで、日向子は帰された。
鬼を人間に戻す薬
珠世さん達も頑張ってくれている
自分の血が役に立てるならば
それ程光栄な事はない
私も、頑張らなければ
日向子はそう決意を固くした。
ーーーーー
〜92【僅かな痛み】〜
ー機能回復訓練ー
日向子は正直甘く見ていた。
それは想像を遥かに超えたしんどさだったのだ。
柔軟運動と単純なゲーム、それをクリアすればよいだけの話。
けど、その単純な事がどうしても一筋縄ではいかない。
特に、あのカナヲって子。
なんなのだろう。あの尋常じゃない身体能力は...
もはや人じゃないのでは、最近はそう思ってしまう程だ。
勝ち星どころではない彼等はみるみるうちにやる気が削がれていくようだった。
ついに、善逸君と伊之助は道場に来なくなった。炭治郎も当初と比べると落ち込んでる雰囲気が丸わかりだ。
多分、彼女と自分達とでは、決定的に何かが違うのだろうけど、それがなんなのか....わからない。
今日も負け続けでビショビショの有様だ。
うーんと唸りながら日向子が廊下を歩いていると、眼前に、炭治郎と屋敷の女の子達の姿が見えた。
手拭いを渡しているのだろうか..
それを笑顔でありがとうと受け取る炭治郎。
「.....」
何だろう。
その光景を見て、胸の奥が少しチクリとした。
日向子は自分の些細な変化に思わず首を傾げる。
女の子達が去って行き、炭治郎がこちらの方へ歩み出すとようやく気づいたようだ。
ぱあっと顔色を明るくして駆け寄ってくる。
「日向子姉さん!っぁ...これ、少し使ってしまったんだが良かったら、今夜は少し冷えるから、姉さんは女の子だし体を冷やしたらいけない。」
「...ありがとう。でもすぐ湯浴みするし大丈夫だよ。炭治郎こそちゃんと拭いて風邪引かないようにね?」
手渡された手拭いをじっと見つめ、やがて日向子はやんわりとそれを断る。
炭治郎も無理にはそれを押し付けずに引いてくれた。
何で、私は彼の親切心を拒否したのかわからなかった。何となく..この手拭いを使いたくない気持ちになったんだ。
それから部屋まで並んで歩いていると、
不意に炭治郎はこう話し出す。
「日向子姉さん、全集中の呼吸って、四六時中やった事あるか?」
「え、四六時中?!...ないかな。
そんな事出来るの?」
聞くと、全集中の呼吸を四六時中出来るように鍛錬する事がまず基本となるらしい。
柱の人達、そして..あのカナヲもそれを会得しているのだと言う。
なるほど、やってみるといいのかもしれない。
まずはそのレベルに達する事が出来れば、その先が見えてくるのかも
「教えてくれてありがとう炭治郎!それは..あの子達から聞いたの?」
そう聞くと、炭治郎は僅かに瞳を揺らす
ーーーーー
〜93【長男の憂鬱】〜
「日向子姉さん、ひょっとして..怒ってるのか?」
焦った様子で不安気にそう問いかける炭治郎。
日向子は目を見開いた。
私が...怒ってる?
なんで、炭治郎はそう思うのだろう。
「怒って..そんな筈は、別に何もないよ。」
そう言ったけれど、確かに炭治郎の言う通りかもしれなかった。私は、炭治郎が他の子に笑いかけるのを目の当たりにして、嫌な気持ちになってそれで
まさか...
そんな筈はない。
だって彼は、家族なんだ。
弟なんだ。
日向子は不意に過った淡い感情を早々に打ち消した。
「そろそろ部屋に戻ろう、炭治郎。明日もまた朝が早いからね」
「...あぁ。」
炭治郎は、変わらぬ笑顔でそう言う日向子を見て、彼女から感じた先程の匂いは気のせいだろうかとすら思った。
本当に怒っていたのなら、炭治郎自身、何が原因なのか追求出来なければおちおち夜も眠れないくらいだ。
日向子姉さんが怒るところなど滅多に見ない。記憶に新しいのは、伊之助が那田蜘蛛山で無茶をした時くらい。
彼女は、自分以外の大切な人間に危害が加わった時に怒るけれど、今の状況で、いきなり感情が揺れるような事はなかった筈。
大丈夫だろうか?
何か別の理由で、悩みでもあるのだろうか。
思えば...
幼い頃から、日向子姉さんが思い悩んでいる場面はあまり見た事がない。
いつも、明るく太陽の元に照らされているような感覚を覚えているけれど、ひょっとしたら、人知れず悩みを抱えて来たのかもしれなかった。
いつか、日向子姉さんが安心して頼りに出来る、そんな男になりたいと、炭治郎は常日頃思い続けてきた。
少しはそんな理想に近付きつつあるかと思っていたが、まだまだなのか。
「日向子姉さん。」
「?」
「何か辛い事や悩みがあるなら、俺に話してくれないか。確かに、俺はまだまだ頼れる男なんかじゃないかも知れないけれど、日向子姉さんの...力になりたいから。」
真っ直ぐにそんな思いを伝えると、彼女は一瞬キョトンとしていたが、すぐにふわりとした笑顔を浮かべた。
「ありがとう。炭治郎の事頼りにしてるよ」
嘘だ。
確かに、禰豆子の事等は任せられている気はするけれど、肝心な、あなたの事は曝 け出してはくれない。
彼女はどこか根底の部分で、弱みを見せようとはしない。
それはあなたが長女だからなのか、
それとも、俺が歳下だから..子供っぽいからなのだろうか。
日向子姉さんにだけは、そうは見て欲しくないのに
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数日が経過し、日向子も順調に回復してきた頃。炭治郎達が再度部屋を訪れてくれた。
そこには伊之助の姿もあり、しばらく入り口付近で孫ついていたのを見て、日向子は側へ寄るように手招く。
「元気そうで良かった伊之助。頚を潰されたと聞いたから、心配だったんだよ。」
そう彼女が問いかけると、伊之助はふるふると震えた後、大声で返した。
「それはこっちの台詞だ馬鹿やろう!!お前が傷つく理由なんて、これっぽっちも無かったのに..悪かったなちくしょう!」
多少言葉遣いが荒っぽいが、これは伊之助の精一杯の謝罪なのだろうなという事がわかった。
日向子はこれだけ大声が出せれば心配いらないねと彼の猪頭を撫でる。
するとやっぱり、やめろと振り払われるものだからおかしくなってしまって日向子はくすりと笑う。
そんな様子を炭治郎も善逸も、微笑ましく見守っていたその時
「皆さん、順調に回復しているようですね?」
ニコニコ笑みを浮かべながらしのぶがやってきた。お陰様でと丁寧に礼を言うと、彼女は待ってましたと言わんばかりにある提案をする。
「ではそろそろ機能回復訓練に入りましょうか?善逸君はもう数日様子を見ましょう、まだ手足の感覚が戻らないでしょうから。
それ以外の3人は明日から、明日の朝8時に武道の間へいらしてください。
あぁ、それと日向子さんはこの後お話したい事がありますので、私について来てくださいね。」
「え..はい!」
もしや、時透様に言われた事に納得して頂けなかった?
そう考えを巡らしていたら彼女はすいっと踵を返すので、日向子は慌てて後を追って行った。
道中、無言で廊下を歩くしのぶに日向子は気まずさを覚えながらも、斜め後ろから彼女の横顔を伺い見る。
するとそれを察したかのように彼女はこう発した。
「時透さんから話は聞きました。貴女が目覚めたら知らせるとは言いましたけど、まさかあんなに早くいらっしゃるとは思わなかったもので、ごめんなさいね?
それから、これから話すのはそれとはまた別件ですよ。」
別件....
ようやく辿り着いた場所を見て、日向子は唖然とする。比較的物は少ない空間だったが、藤の花が所狭しと並べられていて、ところかしこに実験道具の試験管やらが立てられている。
ここが、胡蝶様の私室?いや、
実験室...
しのぶは手頃な座椅子にかけるように日向子を促すと、こう語り出した。
「あなたの巫の異能について、少し伺い知りたいんです。」
ーーーーー
〜91【鬼と人と】〜
「日向子さん、貴女が目覚める前、炭治郎君に聞いたんです。十二鬼月戦で一体何があったのか。
したらば、貴女の巫の異能で、髪の毛と日輪刀の色が変化したのだそうですね?
それは、あなた自身が操作出来るものですか?」
そう聞かれた日向子は、首を横に振る。
「いいえ。意図的に出来た事はありません。
あの時が、私も初めてです。物凄く体温が熱くなって、でも不思議と倦怠感とかは感じられなかった。」
「そうですか..。他に、何か引き金となる出来事などありませんでしたか?」
「..いや、特には...
ぁ..そう言えば、脳内に女性の声が聞こえました。身体に症状が出たのはその直後です。」
昔から、時折夢に出てきたある女性がいた。
声を聞いた事はなかったけれど、何となく、その夢の中の彼女なのではないかと思うのだ。
それこそ、ただの夢かも知れないけれど...
ふむとしのぶは考え込む。
「実はですね、単刀直入に言いますと、あなたにその症状が現れた時の血液を採取したいんです。目的は、【鬼を人間に戻す薬】の生成に役立てられないかと考えているから。それは...」
彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ呟いた。
「珠世という名の鬼をご存知ですね?彼女が今生成を試みているようです。鬼舞辻の抹殺の為..そして、あなた達竈門兄妹が喉から手が出るほど欲してる代物です。
あなたの血は既に採取済みのようですが、確認されてるのは鬼の血鬼術を中和させる効果のみ。その先に進めずどん詰まりのようです。」
しのぶが珠世の存在を知っている事実に日向子は驚いた。
いや、それに...
今の話を聞くと、鬼殺隊と鬼が協力体制を取っている例があると見れる。
これは一体どういうことなのか。
彼女は鬼を嫌っている筈だ。
「言っておきますが、私個人としては、不本意なのです。鬼と協力するだのと..綺麗事をのたまっていては、いつか足元を救われる方は、我々人間の方なのですから。」
彼女は、眉間に皺を寄せて吐き捨てるようにそう言った。この人は...何か後悔の念を抱えて生きているのだろう。
きっと、私達竈門家と同じで
結局その日、例の血を採取するには、
巫の異能の発動条件を明確にして、コントロールする他ないと言うことで、日向子は帰された。
鬼を人間に戻す薬
珠世さん達も頑張ってくれている
自分の血が役に立てるならば
それ程光栄な事はない
私も、頑張らなければ
日向子はそう決意を固くした。
ーーーーー
〜92【僅かな痛み】〜
ー機能回復訓練ー
日向子は正直甘く見ていた。
それは想像を遥かに超えたしんどさだったのだ。
柔軟運動と単純なゲーム、それをクリアすればよいだけの話。
けど、その単純な事がどうしても一筋縄ではいかない。
特に、あのカナヲって子。
なんなのだろう。あの尋常じゃない身体能力は...
もはや人じゃないのでは、最近はそう思ってしまう程だ。
勝ち星どころではない彼等はみるみるうちにやる気が削がれていくようだった。
ついに、善逸君と伊之助は道場に来なくなった。炭治郎も当初と比べると落ち込んでる雰囲気が丸わかりだ。
多分、彼女と自分達とでは、決定的に何かが違うのだろうけど、それがなんなのか....わからない。
今日も負け続けでビショビショの有様だ。
うーんと唸りながら日向子が廊下を歩いていると、眼前に、炭治郎と屋敷の女の子達の姿が見えた。
手拭いを渡しているのだろうか..
それを笑顔でありがとうと受け取る炭治郎。
「.....」
何だろう。
その光景を見て、胸の奥が少しチクリとした。
日向子は自分の些細な変化に思わず首を傾げる。
女の子達が去って行き、炭治郎がこちらの方へ歩み出すとようやく気づいたようだ。
ぱあっと顔色を明るくして駆け寄ってくる。
「日向子姉さん!っぁ...これ、少し使ってしまったんだが良かったら、今夜は少し冷えるから、姉さんは女の子だし体を冷やしたらいけない。」
「...ありがとう。でもすぐ湯浴みするし大丈夫だよ。炭治郎こそちゃんと拭いて風邪引かないようにね?」
手渡された手拭いをじっと見つめ、やがて日向子はやんわりとそれを断る。
炭治郎も無理にはそれを押し付けずに引いてくれた。
何で、私は彼の親切心を拒否したのかわからなかった。何となく..この手拭いを使いたくない気持ちになったんだ。
それから部屋まで並んで歩いていると、
不意に炭治郎はこう話し出す。
「日向子姉さん、全集中の呼吸って、四六時中やった事あるか?」
「え、四六時中?!...ないかな。
そんな事出来るの?」
聞くと、全集中の呼吸を四六時中出来るように鍛錬する事がまず基本となるらしい。
柱の人達、そして..あのカナヲもそれを会得しているのだと言う。
なるほど、やってみるといいのかもしれない。
まずはそのレベルに達する事が出来れば、その先が見えてくるのかも
「教えてくれてありがとう炭治郎!それは..あの子達から聞いたの?」
そう聞くと、炭治郎は僅かに瞳を揺らす
ーーーーー
〜93【長男の憂鬱】〜
「日向子姉さん、ひょっとして..怒ってるのか?」
焦った様子で不安気にそう問いかける炭治郎。
日向子は目を見開いた。
私が...怒ってる?
なんで、炭治郎はそう思うのだろう。
「怒って..そんな筈は、別に何もないよ。」
そう言ったけれど、確かに炭治郎の言う通りかもしれなかった。私は、炭治郎が他の子に笑いかけるのを目の当たりにして、嫌な気持ちになってそれで
まさか...
そんな筈はない。
だって彼は、家族なんだ。
弟なんだ。
日向子は不意に過った淡い感情を早々に打ち消した。
「そろそろ部屋に戻ろう、炭治郎。明日もまた朝が早いからね」
「...あぁ。」
炭治郎は、変わらぬ笑顔でそう言う日向子を見て、彼女から感じた先程の匂いは気のせいだろうかとすら思った。
本当に怒っていたのなら、炭治郎自身、何が原因なのか追求出来なければおちおち夜も眠れないくらいだ。
日向子姉さんが怒るところなど滅多に見ない。記憶に新しいのは、伊之助が那田蜘蛛山で無茶をした時くらい。
彼女は、自分以外の大切な人間に危害が加わった時に怒るけれど、今の状況で、いきなり感情が揺れるような事はなかった筈。
大丈夫だろうか?
何か別の理由で、悩みでもあるのだろうか。
思えば...
幼い頃から、日向子姉さんが思い悩んでいる場面はあまり見た事がない。
いつも、明るく太陽の元に照らされているような感覚を覚えているけれど、ひょっとしたら、人知れず悩みを抱えて来たのかもしれなかった。
いつか、日向子姉さんが安心して頼りに出来る、そんな男になりたいと、炭治郎は常日頃思い続けてきた。
少しはそんな理想に近付きつつあるかと思っていたが、まだまだなのか。
「日向子姉さん。」
「?」
「何か辛い事や悩みがあるなら、俺に話してくれないか。確かに、俺はまだまだ頼れる男なんかじゃないかも知れないけれど、日向子姉さんの...力になりたいから。」
真っ直ぐにそんな思いを伝えると、彼女は一瞬キョトンとしていたが、すぐにふわりとした笑顔を浮かべた。
「ありがとう。炭治郎の事頼りにしてるよ」
嘘だ。
確かに、禰豆子の事等は任せられている気はするけれど、肝心な、あなたの事は
彼女はどこか根底の部分で、弱みを見せようとはしない。
それはあなたが長女だからなのか、
それとも、俺が歳下だから..子供っぽいからなのだろうか。
日向子姉さんにだけは、そうは見て欲しくないのに
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