◆第壱章 はじまり
貴女のお名前を教えてください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜1【星空の記憶】〜
短い息遣いで吐く度に、白い霧が散らばる。
すっかり宵闇 に包まれた冬山は、
昼間とは打って変わり、覆いかぶさるような静寂 を醸し出す。
きっと今頃、妻が未だ帰らぬ自分に対し
不安で胸が騒いでいるに違いない。
背中いっぱいの薪を背負い直すと
男はまた一歩、雪下駄を踏み出した。
古くより、太陽が沈めば【鬼】が出るという
言い伝えがある。
炭十郎は、生まれてこの方その鬼という物を見たことがなかったが、先祖から伝えられている伝承を信じていないわけではなかった。
最も、何より怖いのは
代々火を使う生業を営んでいる以上
それによる災いの方であるのだが
そんな事を考えながら歩いていると
鬱蒼 と生茂 る木々の間から、やがてひらけた場所に出る。
この辺りまで来れば、もう家は目と鼻の先だ。
天を仰ぐと、今宵は満点の星空が広がっていた。
「美しいな..」
思わずぼそりとそう呟くほどに、こんなにも綺麗な星空を炭十郎は見たことがなかった。
しばらく呆けてふと視線を落とすと、
木の影に何やら包まれた白い布が置かれているのが目に止まった。何だろうか?
遠くからでは判断が難しく、近寄ってみると
炭十郎はぎょっとした。
そこには、雪に埋もれそうな状態で横たえられていた身包みがあり、その中はおよそ1歳にも満たないであろう赤ん坊が包まっていたのだった。
頬を触ってみると氷のように冷たく、辛うじて息があるものの、危険な状態だと判断した。
「誰がこんなに酷いことを」
彼は白い布ごとその赤ん坊を抱くと、家路へと急いだ。
見慣れた掘建 小屋が眼前に現れると、夫の帰りを待ちわびる様に戸が開いた。
妻が泣きそうな眼差しで駆け寄ってくる。
「あなた..良かったご無事で。日暮れになっても帰らないから、何かあったのだと」
「すまない、心配をかけたな葵枝。あぁ...この子を温めてあげてくれないか、どうやら捨て子なのだが、早く体温を上げてやらないと助からないかもしれない。」
彼女は驚いた様子を見せたが、
すぐに炉に薪を燃やし始め、腕から幼子を抱きとめると焚き木 の前に近寄った。
徐々に頬に色を戻し始めたのを見て、2人はほっと胸を撫で下ろす。
「可哀想に..こんなに小さな赤ん坊を、真冬の山に置き去りにするなんて、あなたが見つけてくれなければどうなっていたか。」
「この子の体調が回復したら、親を探してみることにしよう。」
夫の提案に、妻は快く賛成したのだった。
ーーーー
〜2【竈門家の長女】〜
物心ついてからの少女の最初の記憶は、
お腹の大きい母の姿であった。
父は日中は薪 を集めたり炭を作ったりと力仕事に忙しい毎日を送っている。
時折、麓 の村に炭を売りに行く為、日がな一日家を留守にする事も多く、その時は決まって父は少女の頭を撫でてこう言うのだ。
「母さんを頼んだぞ日向子」
名前を与えられ、竈門家の長女として育てられている日向子は今年で3歳を迎えた。
あの日以来、炭十郎と妻はこの子の両親を探し続けたが、ついに見つかることはなかった。
この時代に、子を捨てると言うのはそういう事なのだと、心の奥底ではわかっていながら。
迷いはなかった。二人はその赤ん坊を我が家の子として育てる事にした。
幼いながらに、日向子自身も拾い子である事はわかっていたがそれでも、
実子さながらの愛を与えてくれる両親が日向子は大好きだったのだ。
一つの家族の形として成していたのだった。
この時期に少しでも稼ぐべく、父はよく町へ出掛けた。今日も少女の頭を人撫でして山を下っていく。
母はお腹が大きいにもかかわらず、日向子の世話を何かと焼いてくれる。そんな母に
少しでも負担をかけまいとして、洗濯など出来る範囲の仕事を買って出る。
火の仕事は危ないからとさせてもらえないけれど、それでも、助かるわと頭を撫でてくれる母の手の平が好きだった。
時々、体調が優れなくて母は横になる事もあったので、涙目で抱き着きながら死んでしまうのかと問うた事があった。
すると側にいた父は笑ってこう言う。
「病気じゃないから大丈夫だ。母さんのお腹の中にはね、赤ん坊がいるんだ。その子が元気に生まれてくれば、母さんはまた良くなるし、日向子は、お姉ちゃんになるんだぞ」
「お姉ちゃん?私..お姉ちゃんになるの」
「そうよ。弟か妹が生まれたら上の子はそうなるのよ。お姉ちゃんになったら、下の子達を守ってあげてね?」
そう言われた事が、日向子はとても嬉しかった。家族が増える事が嬉しかったし、私も竈門家の一員としてよりいっそう認められた気がしたからだ。
あぁ...
まだ見ぬ弟、いや妹かなぁ
早く産まれてこないかなぁ
期待に胸を膨らませて、母のお腹を撫でるのだった。
ーーーー
〜3【日常の記憶】〜
今年で齢10になる炭治郎は、一通り炭焼きの仕事を教えられ、今日は初めて父と共に炭を麓の町に売りに行く日だ。
ヒノカミ様のお恵か、雲一つない晴天、絶好の商売日和で、炭治郎は心踊った。
炭焼きの家の長男として生まれ、一早く力仕事と商売が出来る体を身につけ家族の力になりたいと思っていた。
近頃頬が更にこけて来た父が、もう先長くない事を子供ながらに薄々感じ取っていた。
意気揚々と背負い籠を持ち上げて、戸に手をかけると待ってと後ろから声を掛けられた。
「1日かかってはお腹が空くでしょう?握り飯を父さんのと作ってあるから持って行ってね」
そう言って笹の葉の包みを渡したのは、姉である日向子。
「ありがとう姉さん」
笑顔でそれを受け取ると炭治郎は大事そうに懐の袋に仕舞い込んだ。
母の作る握り飯ももちろん好きだが、炭治郎は日向子の作った握り飯が大好物だった。
幼い頃より、母と同様に甲斐甲斐 しく面倒を見てくれた姉を、炭治郎は心から慕っていた。
下の子の世話を焼くのは、上に生まれたら者として当然の責務だという教えで育った竈門家らしい。
「気をつけてね?外は危険がいっぱいだから、獣もいるし滑り易い斜面も多い土地だから、父さんの言う事をちゃんと聞いてね」
心配そうに見つめてくる姉の瞳を、最近面と向かって見る事が出来ず、どぎまぎしてしまう。
綺麗な、深い紺色の中に輝く星達。
まるで、昔家族で一緒に見た一面の星空のようだった。
心なしか早まる鼓動から意識を背けるように、呼吸を整えこう返した。
「大丈夫、上手くやるよ!
早く一人前になって、姉さん達を楽にさせてあげたいから」
そう言うと、頼もしいねぇと笑い炭治郎の頭を撫でるのだった。この瞬間が、堪らなく大好きだ。
下の子達がわらわらと駆け寄ってきて、送り出してくれた。やれ早く帰ってきてねだの、僕も着いて行きたいだの駄々をこねる弟妹をあしらい父の元へと駆け寄る。
あぁ、幸せな光景だと思う。
俺は、日本一..いや世界一幸せな人間だ。
麓の町に着くと、順調に炭を売り捌き
お得意様は炭治郎を見るやいなや、嬉しそうにお宅の坊ちゃんも遂に商売初めかいと鼓舞した。
元来人当たりの良い炭治郎はあっという間に顔見知りを増やしたので、父は感嘆 の声を漏らす。
昼餉時となり、手頃な腰掛けを見つけ握り飯を頬張ることにした。
ーーーー
〜4【包みと文】〜
「炭治郎、お前は商売上手だなぁ。もう心置きなく全てを任せられそうだ。立派になったよ。」
そう不意に父に言われて照れ臭くなる反面、ムッとして見せる。
「父ちゃんに褒められるのは嬉しいけど、まだまだ一緒に商売するんだからそういう言い方しないでくれないか」
不貞腐 れたように握り飯に被りつくと、悪かったと笑って頭を撫でる父。
こういう時、父はずるいなぁと思う。物静かで起伏の激しい人ではないから、他人を宥めるのが上手だ。特に、炭治郎がこうされたら何も言い返せない事を知っている。
余命幾ばくもないのだろうか..。
隣で美空を見上げながら握り飯を頬張る父を横目で見る。
物静かで植物のようだと思うのは、まるで刻一刻と迫る死を揶揄 するような、
はたまた残りの生を出来る限り長らえる為のような..
そんな気がする度、炭治郎は恐怖するのだ。
医者の言う話では、父の病は原因不明の物らしい。そんなのあんまりだと思う。
まだまだ、父から学びたい事はたくさんあるというのに..
「さて、腹も満たした事だし、残りの炭を売り切って帰ろうか。日が落ちると危ない、母さん達も心配するだろう」
ハッとして炭治郎は気を取り直した。
ダメだダメだ、こんな気持ちになっていたんじゃ、俺は竈門家の長男なのだから。
炭治郎は頬を叩いた。
最後に立ち寄ったのは、時折残りの炭を買い占めてくれるお得意様の邸宅で、粛々 とした門構えからこの町一番と思われる程の屋敷だった。
呆気に取られながら炭治郎は、父の後ろについていきキョロキョロと周りを見渡した。どこも手入れの行き届いた立派な庭だった。
その屋敷の主人と思われる人は、想像していたよりも雰囲気の柔らかい人で、匂いで何となくだがそれが分かった。
「うちのせがれです。今後とも宜しくどうぞ」
「おぉー君が炭治郎君かね。彼からよく話を聞いているよ。いつも良質な炭を頂いていて助かってるよ。おーい!誠一郎ちょうどいいご挨拶しなさい。」
奥から顔を出したのは、物腰が涼しげな端正ないで立ちの青年だった。炭治郎より5つ以上は上であろう。彼は丁寧に会釈をする。
世間話を済ませ帰路に着こうとした時だった。
後ろから先程の青年が父を呼び止める。
「炭十郎さん、不躾 なお願いと承知なのですが..
どうかこれを日向子さんに渡しては頂けないでしょうか?」
それは片手で持てる程度の小さな包みと文だった。
ーーーー
短い息遣いで吐く度に、白い霧が散らばる。
すっかり
昼間とは打って変わり、覆いかぶさるような
きっと今頃、妻が未だ帰らぬ自分に対し
不安で胸が騒いでいるに違いない。
背中いっぱいの薪を背負い直すと
男はまた一歩、雪下駄を踏み出した。
古くより、太陽が沈めば【鬼】が出るという
言い伝えがある。
炭十郎は、生まれてこの方その鬼という物を見たことがなかったが、先祖から伝えられている伝承を信じていないわけではなかった。
最も、何より怖いのは
代々火を使う生業を営んでいる以上
それによる災いの方であるのだが
そんな事を考えながら歩いていると
この辺りまで来れば、もう家は目と鼻の先だ。
天を仰ぐと、今宵は満点の星空が広がっていた。
「美しいな..」
思わずぼそりとそう呟くほどに、こんなにも綺麗な星空を炭十郎は見たことがなかった。
しばらく呆けてふと視線を落とすと、
木の影に何やら包まれた白い布が置かれているのが目に止まった。何だろうか?
遠くからでは判断が難しく、近寄ってみると
炭十郎はぎょっとした。
そこには、雪に埋もれそうな状態で横たえられていた身包みがあり、その中はおよそ1歳にも満たないであろう赤ん坊が包まっていたのだった。
頬を触ってみると氷のように冷たく、辛うじて息があるものの、危険な状態だと判断した。
「誰がこんなに酷いことを」
彼は白い布ごとその赤ん坊を抱くと、家路へと急いだ。
見慣れた
妻が泣きそうな眼差しで駆け寄ってくる。
「あなた..良かったご無事で。日暮れになっても帰らないから、何かあったのだと」
「すまない、心配をかけたな葵枝。あぁ...この子を温めてあげてくれないか、どうやら捨て子なのだが、早く体温を上げてやらないと助からないかもしれない。」
彼女は驚いた様子を見せたが、
すぐに炉に薪を燃やし始め、腕から幼子を抱きとめると
徐々に頬に色を戻し始めたのを見て、2人はほっと胸を撫で下ろす。
「可哀想に..こんなに小さな赤ん坊を、真冬の山に置き去りにするなんて、あなたが見つけてくれなければどうなっていたか。」
「この子の体調が回復したら、親を探してみることにしよう。」
夫の提案に、妻は快く賛成したのだった。
ーーーー
〜2【竈門家の長女】〜
物心ついてからの少女の最初の記憶は、
お腹の大きい母の姿であった。
父は日中は
時折、
「母さんを頼んだぞ日向子」
名前を与えられ、竈門家の長女として育てられている日向子は今年で3歳を迎えた。
あの日以来、炭十郎と妻はこの子の両親を探し続けたが、ついに見つかることはなかった。
この時代に、子を捨てると言うのはそういう事なのだと、心の奥底ではわかっていながら。
迷いはなかった。二人はその赤ん坊を我が家の子として育てる事にした。
幼いながらに、日向子自身も拾い子である事はわかっていたがそれでも、
実子さながらの愛を与えてくれる両親が日向子は大好きだったのだ。
一つの家族の形として成していたのだった。
この時期に少しでも稼ぐべく、父はよく町へ出掛けた。今日も少女の頭を人撫でして山を下っていく。
母はお腹が大きいにもかかわらず、日向子の世話を何かと焼いてくれる。そんな母に
少しでも負担をかけまいとして、洗濯など出来る範囲の仕事を買って出る。
火の仕事は危ないからとさせてもらえないけれど、それでも、助かるわと頭を撫でてくれる母の手の平が好きだった。
時々、体調が優れなくて母は横になる事もあったので、涙目で抱き着きながら死んでしまうのかと問うた事があった。
すると側にいた父は笑ってこう言う。
「病気じゃないから大丈夫だ。母さんのお腹の中にはね、赤ん坊がいるんだ。その子が元気に生まれてくれば、母さんはまた良くなるし、日向子は、お姉ちゃんになるんだぞ」
「お姉ちゃん?私..お姉ちゃんになるの」
「そうよ。弟か妹が生まれたら上の子はそうなるのよ。お姉ちゃんになったら、下の子達を守ってあげてね?」
そう言われた事が、日向子はとても嬉しかった。家族が増える事が嬉しかったし、私も竈門家の一員としてよりいっそう認められた気がしたからだ。
あぁ...
まだ見ぬ弟、いや妹かなぁ
早く産まれてこないかなぁ
期待に胸を膨らませて、母のお腹を撫でるのだった。
ーーーー
〜3【日常の記憶】〜
今年で齢10になる炭治郎は、一通り炭焼きの仕事を教えられ、今日は初めて父と共に炭を麓の町に売りに行く日だ。
ヒノカミ様のお恵か、雲一つない晴天、絶好の商売日和で、炭治郎は心踊った。
炭焼きの家の長男として生まれ、一早く力仕事と商売が出来る体を身につけ家族の力になりたいと思っていた。
近頃頬が更にこけて来た父が、もう先長くない事を子供ながらに薄々感じ取っていた。
意気揚々と背負い籠を持ち上げて、戸に手をかけると待ってと後ろから声を掛けられた。
「1日かかってはお腹が空くでしょう?握り飯を父さんのと作ってあるから持って行ってね」
そう言って笹の葉の包みを渡したのは、姉である日向子。
「ありがとう姉さん」
笑顔でそれを受け取ると炭治郎は大事そうに懐の袋に仕舞い込んだ。
母の作る握り飯ももちろん好きだが、炭治郎は日向子の作った握り飯が大好物だった。
幼い頃より、母と同様に
下の子の世話を焼くのは、上に生まれたら者として当然の責務だという教えで育った竈門家らしい。
「気をつけてね?外は危険がいっぱいだから、獣もいるし滑り易い斜面も多い土地だから、父さんの言う事をちゃんと聞いてね」
心配そうに見つめてくる姉の瞳を、最近面と向かって見る事が出来ず、どぎまぎしてしまう。
綺麗な、深い紺色の中に輝く星達。
まるで、昔家族で一緒に見た一面の星空のようだった。
心なしか早まる鼓動から意識を背けるように、呼吸を整えこう返した。
「大丈夫、上手くやるよ!
早く一人前になって、姉さん達を楽にさせてあげたいから」
そう言うと、頼もしいねぇと笑い炭治郎の頭を撫でるのだった。この瞬間が、堪らなく大好きだ。
下の子達がわらわらと駆け寄ってきて、送り出してくれた。やれ早く帰ってきてねだの、僕も着いて行きたいだの駄々をこねる弟妹をあしらい父の元へと駆け寄る。
あぁ、幸せな光景だと思う。
俺は、日本一..いや世界一幸せな人間だ。
麓の町に着くと、順調に炭を売り捌き
お得意様は炭治郎を見るやいなや、嬉しそうにお宅の坊ちゃんも遂に商売初めかいと鼓舞した。
元来人当たりの良い炭治郎はあっという間に顔見知りを増やしたので、父は
昼餉時となり、手頃な腰掛けを見つけ握り飯を頬張ることにした。
ーーーー
〜4【包みと文】〜
「炭治郎、お前は商売上手だなぁ。もう心置きなく全てを任せられそうだ。立派になったよ。」
そう不意に父に言われて照れ臭くなる反面、ムッとして見せる。
「父ちゃんに褒められるのは嬉しいけど、まだまだ一緒に商売するんだからそういう言い方しないでくれないか」
こういう時、父はずるいなぁと思う。物静かで起伏の激しい人ではないから、他人を宥めるのが上手だ。特に、炭治郎がこうされたら何も言い返せない事を知っている。
余命幾ばくもないのだろうか..。
隣で美空を見上げながら握り飯を頬張る父を横目で見る。
物静かで植物のようだと思うのは、まるで刻一刻と迫る死を
はたまた残りの生を出来る限り長らえる為のような..
そんな気がする度、炭治郎は恐怖するのだ。
医者の言う話では、父の病は原因不明の物らしい。そんなのあんまりだと思う。
まだまだ、父から学びたい事はたくさんあるというのに..
「さて、腹も満たした事だし、残りの炭を売り切って帰ろうか。日が落ちると危ない、母さん達も心配するだろう」
ハッとして炭治郎は気を取り直した。
ダメだダメだ、こんな気持ちになっていたんじゃ、俺は竈門家の長男なのだから。
炭治郎は頬を叩いた。
最後に立ち寄ったのは、時折残りの炭を買い占めてくれるお得意様の邸宅で、
呆気に取られながら炭治郎は、父の後ろについていきキョロキョロと周りを見渡した。どこも手入れの行き届いた立派な庭だった。
その屋敷の主人と思われる人は、想像していたよりも雰囲気の柔らかい人で、匂いで何となくだがそれが分かった。
「うちのせがれです。今後とも宜しくどうぞ」
「おぉー君が炭治郎君かね。彼からよく話を聞いているよ。いつも良質な炭を頂いていて助かってるよ。おーい!誠一郎ちょうどいいご挨拶しなさい。」
奥から顔を出したのは、物腰が涼しげな端正ないで立ちの青年だった。炭治郎より5つ以上は上であろう。彼は丁寧に会釈をする。
世間話を済ませ帰路に着こうとした時だった。
後ろから先程の青年が父を呼び止める。
「炭十郎さん、
どうかこれを日向子さんに渡しては頂けないでしょうか?」
それは片手で持てる程度の小さな包みと文だった。
ーーーー
1/4ページ