Chapter1 深海に迷い込んだ熱帯魚
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「あ、先ぱ―――」
「なんか変なのがいるって思ったら、やっぱり。式典中にヤドカリみたいに泡吹いて、倒れた子だー。しかも、開いた教科書を頭に乗っけたままこっち見るとか、もろヤドカリじゃん」
「泡を吹いた?!」
「そうそう。みんなの前で倒れて、白目剥いたまま、口から泡を出しながら、運ばれていったの。覚えてないの?」
「白目を剥きながら、泡を吹きながら……」
超面白かったから、もう一回見せてよ、とへらへらと笑いながら、無茶振りをする先輩に乾いた苦笑いすら出なかった。
誰が運んでくれたか分からない。だけど、そんな恥ずかしい姿を見られたと思うと、泡だけじゃなくて、顔から火が吹き出そうだ。
一目見たときは気が付かなかったけど、あれほど、しっかりと結ばれていたネクタイは何処かへと消え、ボタンも外されており、ちらりと鎖骨が覗いており、目のやり場に困ってしまう。
逃れるように視線を下に向けると、ズボンからシャツの裾が出ていることにも気が付いた。
一晩のうちに随分とはっちゃけていらっしゃるといいますか。
イメチェンだろうか。いや、まさか。
新入生ならまだしも、二年生の先輩がイメチェンしたって、今更って感じがするし。外見だけじゃない。物腰柔らかな落ち着いた口調は消え、ずけずけと物を言うとげとげしい、いや、ゆるっとした口調へと色を変えてしまっている。
紳士的で大人な雰囲気が漂う先輩だと思ったけど、違ったようだ。
年相応の言葉使いに立ち振る舞い。何処にでもいる普通の男子高校生。
昨日、見た先輩はきっとあれだ。初対面の相手に対して、いきなり、フランクな口調で話しかけるのは気が引けるから、初めは礼儀正しく振る舞っておこう。という考えから、出来上がった人物に違いない。
きっとそうだ。昨日見見たのは、初めまして用の先輩。本当の先輩は、今、目の前で魔法薬学の教科書を読んでいる先輩であって……。ちょっと、待って。何で、先輩が私の教科書を読んでいるの。
軽くなった頭を抑えながら、「いつの間に……」とあっけに取られていると、心底つまらなそうに「昼飯食いながら、よくこんなもの読めるね」と先輩は顔を顰めた。
とか言いつつ、読んでいるじゃないですか。とパラパラとページを捲っていく先輩に突っ込みを入れる。
「こういうの、ジェイドが得意そう……って、やっぱり。魔法薬学の教科書じゃん」
ジェイドが得意そうって。そりゃ、自分のことですから、当たり前でしょうよ。
「先輩は魔法薬学が得意なんですか。さっき、ちょっとだけ、教科書を覗いてみたんですけど、数字の羅列だらけで、もう、何が何だか」
「は?何言ってんの。オレ、魔法薬学なんて得意でも何でもないんだけど」
「いや、でもさっき先輩、得意って」
「だから、得意なのはジェイドだって。オレは得意なんて一言も言ってないし。話聞いてた?ひょっとして、三歩歩いたら、三秒前のことを忘れちゃうタイプ?」
「……その言葉、そっくりそのままお返しします!今さっき、魔法薬学が得意だと、先輩、言ったじゃないですか。それなのに、得意だとか得意じゃないとか、ころころと意見を変えて。ホタルイカじゃあるまいし……。も、もう!昨日に引き続き、からかうのも大概にしてください!」
頭がこんがらがってきた。
いくら、先輩といえども、こればかりは見逃せない。見逃してたまるものか。背が高いからといって、絶対に怯むものか。
少しでも心を奮い立たせようと腕組みをし、腹に力を入れて、キッと睨み上げる。これだけじゃ駄目だと思い、椅子から立ち上がり、対等に話せるように距離を縮めようとするが、立ったところで何も変わらなかった。
それどころか、先輩は明らかに不機嫌と言わんばかりのため息をつき、ぎろりと獲物を狩るような目でこちらを見下ろした。
「なあに?その顔」
刹那、その刃物のような視線に心臓を鷲掴みされたかのような感覚に襲われた。
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