Chapter1 深海に迷い込んだ熱帯魚
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学園長が言っていた通り。海で育った生徒が腰を抜かす意味が理解できた。陸と海では重力の壁があって、世界が違いすぎる。やっとこさ、まともに歩けるようになったというのに、こんなのあんまりだ。いじめだ。拷問だ。それをさも楽しむかのように放った学園長の言葉を忘れやしない。
―――種族いじめ、ダメ絶対。
ノロノロとウミウシも驚く遅さで歩きながら、そんなスローガンを頭の中で掲げていると、少し前を歩いていた副寮長ことジェイド先輩が立ち止まり、こちらを振り向き、「お持ちましょうか」と一言。
「……い、いえ、大丈夫です」
気持ちはありがたいけれど、ここは我慢。
先輩にご迷惑を掛けるわけにはいかない。そして、この状況をプラスに考えてみよう。陸の暮らしに慣れるためだと思えば、なんのこれしき……と思ったけど、前言撤回、やっぱり重い。腕がもげるなんてもんじゃない。脱臼してしまいそうだ。
遂には腕だけじゃなく、指先の感覚まで麻痺してきた。もう限界だ。重力に身を任せようかと思ったときだった。
「いくら、陸の暮らしに早く慣れたいからと言って、無理は禁物ですよ」
あれほど腕にのしかかっていた教科書が忽然と姿を消した。いや、違う。先輩が私の腕から教科書を持ち上げたのだ。少しも表情を歪めることなく、空気を掴むかのように軽々と。
「すみません。あの、せめて半分だけでも」
「お気になさらず。女性に重たい荷物を運ばせるわけにはいきませんから」
「じょ、女性っ……?!」
一度もかけられたことのない単語にまたしても思考回路が切れそうなるが、寸前のところで踏みとどまる。
落ち着け、わたし。いくら、父親と学校の先生以外の男の人と関わった経験が無いからといって、話したことが無いからといって、何度も回路を断線させてどうするの。
先輩は親切な人なだけ。紳士的な人なだけであって、いちいち彼の言動に舞い上がっちゃ駄目だ。
そう。先輩にとって、こうして教科書を運んでくれることも、歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれていることも、学長室での出来事だって、全て当然のことをしたまでに過ぎないのだから。全部、当然のこと、当然のこと……。
「モニカさん、でしたっけ?」
「……え、ああ、はい!」
いけない。完全に自分の世界に入りかけていた。
気を取り直して、何ですか?と先輩の方へと顔を向ける。
「式典中に体調を崩されておりましたが、大丈夫ですか?」
「ああ……、その節はお騒がせしました。ですが、今はこの通り、ピンピンですので!」
「そうですか。あまりにも、派手に見事に、さもお手本かのようにお倒れになられていたので、心配でして。転倒の実技科目では主席間違いなしですね」
ちょっと、待って。派手にのところまでなら、まだわかるけど、見事にとか、お手本だとか。しまいには転倒の科目で主席間違いなしと笑顔で太鼓判を押されましても……。
お言葉ですが、ちっとも嬉しくないのですが。でも、そもそも、転倒の授業って何?いかに美しいフォームを描いて倒れるとか、誰が一番早く倒れることができるかを競う授業なのだろうか。
流石、ナイトレイブンカレッジ。変わった授業があると耳にしたことがあるけど、まさか、そんな授業があるとは。
何をともあれ、頑張ろう。せっかく、憧れの学校に入ることができたんだ。ここで学べることはちゃんと吸収して、自分のものにしなくちゃ。
部屋に行ったら、ベッドを使って、倒れる練習をしようと考えていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「……なんちゃって。嘘ですけど」
「え?」
「転倒なんて危ない授業、あるはずないじゃないですか」
「でも、さっき、先輩。転倒の授業があるって……」
「冗談ですよ。まさか、本気で信じたのですか?」
先輩は怪しげに目を細め、喉の奥で愉快そうに笑った。
◆◇◆
「―――今日は色々、疲れた」
投げ出すようにベッドに倒れ込めば、沈んでいく自分の体。
パタパタと意味もなく、足を動かす。傷一つない、真っ白な肌。足先は五本の指が生えており、まるでイソギンチャクみたい。
なんとか歩けるようにはなったとはいえ、陸の世界は海の世界と違いすぎて、見るもの全てが新しいものだらけ。
特に学園長と副寮長のジェイド先輩。
後者に関しては、はじめは真面目で優しい先輩だと思ったけれど、まさか、あんな冗談を言う人とは。真顔で言われるものだから、本当にあるかと思っちゃうじゃん。
「それにしても、あんなに笑わなくたって、いいのに」
今日は早めに寝るとしよう。
寝坊をして、朝食を食べそびれて、また倒れたりなんかしたら大変だ。
明日から始まる憧れの学校での学園生活に高揚していく我が身を落ち着かせるよう、ベッドに潜った。
―――種族いじめ、ダメ絶対。
ノロノロとウミウシも驚く遅さで歩きながら、そんなスローガンを頭の中で掲げていると、少し前を歩いていた副寮長ことジェイド先輩が立ち止まり、こちらを振り向き、「お持ちましょうか」と一言。
「……い、いえ、大丈夫です」
気持ちはありがたいけれど、ここは我慢。
先輩にご迷惑を掛けるわけにはいかない。そして、この状況をプラスに考えてみよう。陸の暮らしに慣れるためだと思えば、なんのこれしき……と思ったけど、前言撤回、やっぱり重い。腕がもげるなんてもんじゃない。脱臼してしまいそうだ。
遂には腕だけじゃなく、指先の感覚まで麻痺してきた。もう限界だ。重力に身を任せようかと思ったときだった。
「いくら、陸の暮らしに早く慣れたいからと言って、無理は禁物ですよ」
あれほど腕にのしかかっていた教科書が忽然と姿を消した。いや、違う。先輩が私の腕から教科書を持ち上げたのだ。少しも表情を歪めることなく、空気を掴むかのように軽々と。
「すみません。あの、せめて半分だけでも」
「お気になさらず。女性に重たい荷物を運ばせるわけにはいきませんから」
「じょ、女性っ……?!」
一度もかけられたことのない単語にまたしても思考回路が切れそうなるが、寸前のところで踏みとどまる。
落ち着け、わたし。いくら、父親と学校の先生以外の男の人と関わった経験が無いからといって、話したことが無いからといって、何度も回路を断線させてどうするの。
先輩は親切な人なだけ。紳士的な人なだけであって、いちいち彼の言動に舞い上がっちゃ駄目だ。
そう。先輩にとって、こうして教科書を運んでくれることも、歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれていることも、学長室での出来事だって、全て当然のことをしたまでに過ぎないのだから。全部、当然のこと、当然のこと……。
「モニカさん、でしたっけ?」
「……え、ああ、はい!」
いけない。完全に自分の世界に入りかけていた。
気を取り直して、何ですか?と先輩の方へと顔を向ける。
「式典中に体調を崩されておりましたが、大丈夫ですか?」
「ああ……、その節はお騒がせしました。ですが、今はこの通り、ピンピンですので!」
「そうですか。あまりにも、派手に見事に、さもお手本かのようにお倒れになられていたので、心配でして。転倒の実技科目では主席間違いなしですね」
ちょっと、待って。派手にのところまでなら、まだわかるけど、見事にとか、お手本だとか。しまいには転倒の科目で主席間違いなしと笑顔で太鼓判を押されましても……。
お言葉ですが、ちっとも嬉しくないのですが。でも、そもそも、転倒の授業って何?いかに美しいフォームを描いて倒れるとか、誰が一番早く倒れることができるかを競う授業なのだろうか。
流石、ナイトレイブンカレッジ。変わった授業があると耳にしたことがあるけど、まさか、そんな授業があるとは。
何をともあれ、頑張ろう。せっかく、憧れの学校に入ることができたんだ。ここで学べることはちゃんと吸収して、自分のものにしなくちゃ。
部屋に行ったら、ベッドを使って、倒れる練習をしようと考えていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「……なんちゃって。嘘ですけど」
「え?」
「転倒なんて危ない授業、あるはずないじゃないですか」
「でも、さっき、先輩。転倒の授業があるって……」
「冗談ですよ。まさか、本気で信じたのですか?」
先輩は怪しげに目を細め、喉の奥で愉快そうに笑った。
◆◇◆
「―――今日は色々、疲れた」
投げ出すようにベッドに倒れ込めば、沈んでいく自分の体。
パタパタと意味もなく、足を動かす。傷一つない、真っ白な肌。足先は五本の指が生えており、まるでイソギンチャクみたい。
なんとか歩けるようにはなったとはいえ、陸の世界は海の世界と違いすぎて、見るもの全てが新しいものだらけ。
特に学園長と副寮長のジェイド先輩。
後者に関しては、はじめは真面目で優しい先輩だと思ったけれど、まさか、あんな冗談を言う人とは。真顔で言われるものだから、本当にあるかと思っちゃうじゃん。
「それにしても、あんなに笑わなくたって、いいのに」
今日は早めに寝るとしよう。
寝坊をして、朝食を食べそびれて、また倒れたりなんかしたら大変だ。
明日から始まる憧れの学校での学園生活に高揚していく我が身を落ち着かせるよう、ベッドに潜った。