花火(高土)

 この男はいつだって唐突に現れる。

「よう、花火しようぜ」
「はぁ?」
 私邸の縁側で一人酒を飲んでいた時だった。夏も終わりとはいえ、夜になっても汗が滲む程に蒸し暑い。久しぶりにゆっくりとした時間を過ごせると思ったのだが、暗がりから現れた男にそれは難しくなってしまったようだ。
 高杉の手には手持ち花火のセットが握られていた。派手で祭り好きであるから花火も勿論好きではあるのだが、これはあまりに似合わなかった。
 しない、と言った所で素直に頷く男ではないのは重々承知だ。下手に断っても後々面倒になるのも非常に困る。休みの日まで仕事をしたくなどない。
「おい、どこ行くんだ」
「花火するならバケツいるだろ。うちを火事にでもする気か」
 重い腰を上げてバケツの代わりに風呂桶を持って戻ると、縁側で大人しく座って待っている高杉がいた。それがまるで子供のように見えて思わず吹き出してしまった。
「なに笑ってんだ」
「別に。テメェがガキみてぇだと思っただけだ」
「あぁ?」
「ほら、花火するんだろ?」
 ガキと言われて眉間にシワが寄るのも子供みたいだ。機嫌が悪くならないうちに興味を逸らせる。
 パッケージを開けて花火を取り出す。今は種類も増えているようで少し感心してしまった。小さな頃はもっと地味な物ばかりだった気がする。
 男二人で庭で花火とはなんともシュールな光景ではないか。キャーとかワーとか言うでもなく、ただ無言で花火に火をつけ消えたら新しい花火に火をつける。楽しいかはよくわからないがつまらないとも思わなかった。
 最後はやっぱりというか線香花火になった。これに火を点けたらこの時間は終わってしまう。そう思ったら急に寂しくなってしまう。たぶんこれが終わったら高杉は帰ってしまうのだろう。
 高杉はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、淡々と花火に火を点ける。火花が散る姿は美しいのに、その美しさは一瞬で終わってしまう。
 やがて丸い火種が産まれた。誰が一番長く持つかなんて勝負もしたなとふと思い出す。
「なあ土方」
 高杉が沈黙を破った。緑色の目がじっとこちらを見ている。
「この火種が落ちたら、俺と心中しねぇか?」
 その言葉に息を飲んだ。心臓が止まったようにも思えた。高杉の目は冗談とも本気ともとれる。
何をバカなと思う自分と頷けるなら頷いてやりたいと思う自分がいる。
 迷ってはいけないはずの問いに迷ってしまう。
「……警察とテロリストが心中なんて笑えねぇだろ」
「……そうだな」
 俺の返事を待っていたかのように火種がポトリと地に落ちる。この答えは間違っていないと思うのに、どうしようもなく自信がない。
 火の始末をすると高杉はまた暗がりへと消えてしまった。
 あの時、頷いていたら頷く事が出来たなら。もしも出会う順番が違っていたなら、俺はお前の傍に居たのだろうか。
 その答えを知る者は誰もいない。

 
 
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