涙(銀土)

「お前が先だ!」
「いーや!絶対にお前の方が先
だ!」

土方と映画を観た後に寄ったカウンターで始まった、どっちが先に泣いたかというしょうもない争い。
アニキの新作が今日からだと、朝からウキウキしている土方と対して期待していない俺。
だったのだが、脚本家か監督が変わったのか、アクションだけでなくとんでもない感動巨編に仕上がっていて、気が付いたら感動で泣いていた。まぁ、土方はいわずもがな、である。
二人揃って、ズビズビ鼻を鳴らしながら居酒屋に入って、パンフを読みながらまた泣き始める。酒も入って少し落ち着いてきた頃に「どちらが先に泣いたか」で喧嘩が始まった。
実に下らないが、酒の力と負けず嫌いを発揮して、先に相手を泣かせた方が勝ち。負けたら1つだけなんでも言うことを聞く」という勝負に発展した。涙目まではセーフ。一粒でも涙が流れたらアウト。
危害を加えたり、生理的な涙は除いて後は自由。
「気持ちいいと泣いちゃう土方くんはよかったでちゅね〜」と煽ったら「うるせぇ」と殴られた。涙目になったけど、危害を加えられたからこれはノーカン。
その日を境に攻防戦が始まる。ペドロ一気観賞、たまねぎ作戦、感動する話エトセトラエトセトラ。
思い付く限りの泣かせる方法をお互いに仕掛けていく。江戸で1番怖いというなればお化け屋敷に二人で入って、ヨレヨレになりながら出てくれば土方の目が潤んでる。「よっしゃ!」と期待するけど、なぜか俺の視界も歪んでる。その日はお互いに見て見ぬふりをした。


下らない勝負を続けていたある日大喧嘩をした。喧嘩なんて珍しくもないけれど、あんなに怒鳴り合った喧嘩は後にも先にもこの時だけだと思う。売り言葉に買い言葉。けんかの理由なんてわすれてしまって、お互いに溜まっていた鬱憤だとかをぶつけ合い始めてしまった。

「うるせぇ!じゃあもう、胸のデカイ姉ちゃんとガキ作って幸せな家族作ってやるよ!ガキも生めねぇ、お前には無理だもんな!もうテメェとは終いだ!!金輪際顔見せんな!」

言ってしまえばもう遅い。本心じゃなくとも、言葉にしてしまった。

「そうか。…今までありがとよ」

それだけ言って万事屋を出て行ってしまった。
なぁ、なんでそんな泣きそうな面しんのに泣かねぇんだよ、土方。


喧嘩別れして、気紛れに夜のお姉ちゃん達に癒しを求めてみたり、酒を飲んでみたりしても、全然気持ちが晴れない。虚しさばかりが募る。寂しくて泣き出しそうだ。謝りたいのに屯所に行く勇気も持てない。鼻クソみたいなプライドが邪魔をする。そのくせ、町に出れば姿を探してしまう。見付からなくて落胆する、の繰り返し。

「銀さん、まだウジウジしてるんですか?」
「だってよ〜絶対に土方くんに嫌われたもん。絶対無理だって。謝る所か会ってもくれねぇよ…」
「銀ちゃん、そんなにトシに酷い事言ったアルか?」

じぃっ、と青い大きな瞳で見上げてくる神楽に根負けして何を仕出かしたか洗いざらい話した。大バカ者だと罵ってくれ。

「私は銀ちゃんの事、家族だと思ってるアル。新八も定春も姉御もみんな家族ネ。かぶき町のみんなも家族みたいなものネ。血の繋がり、ってそんなに大事アルか?私は銀ちゃんのこと、家族だと思ってたけど、そうじゃなかったアルか?」

子供というのは時に真理を付いてくる。何度も大事な事に気付かされたのは己の方だ。

「新八、神楽。ちょっと出てくるわ」
「いってらしゃい!」
「トシに宜しくアル!」
「ワン!」

さぁ、もう一人の大切な家族に会いに行こう。

※※※※※

「やっと来ましたか」

屯所で出迎えたのは、やはりと言うべきかジミーだった。顔には出ていないが、随分と御立腹のようだ。

「旦那も知ってますよね?あの人は誰かの幸せのためなら、自分の幸せを簡単に捨てる人だって」
「あぁ、だから来た。今度は間違えねぇ」
「次は許しませんから」
「肝に命じとく」

ジミーの後に、付いて副長室へと向かう。何度も通った場所だというのに、初めて来たみたいに不安が渦巻く。
ジミーが「入りますよ」と声をかけ、障子を開けると昼間だというのに土方は眠っていた。枕元には薬がおいてある。隈は酷く、顔色も悪い。以前よりも確実に痩せている。

「副長、倒れたんです。飯もろくに食わず、休みもせず、ずっと働きずめで。泣きそうな顔をするクセに泣こうともしない」

睨まれて苦笑するしかない。これが、俺が招いた結果なのだから。
それだけ言って部屋に二人きりにしてくれた。
土方の側に腰を下ろし、すっかり艶の無くなった髪を撫でてやると瞼が持ち上がった。

「…よろ…ず…や?なんで?ゆめ…か…?」
起きたばかで夢現な土方を力強く抱き締めた。
「ごめん土方!!遅くなっちまってこないだのアレは本心なんかじゃねぇ!!お前の事が好きだ!!好きなんかじゃ足りねぇ!!愛してんだ!!」
「は…?お前ほんと、によろずやか…?よろずやは俺のこと嫌いになって…」
「違うそうじゃねぇんだ!信じてくれねぇかもしれねぇが、愛してるんだ、誰よりもお前のこと!!お前が居ないなんてもう耐えられねぇ!!」
「ははっ、お前何泣いてんだよ…。俺の勝ちだな…」
「お前も泣いてんじゃねぇかよ…!」
「そうだな…俺の…負け…か…」
「もうどっちでもいい。俺の負けでいい。でも、お願い聞いてくれる?」
「…言ってみろよ」
「土方、俺と結婚して。家族になって。ずっとずっとしわくちゃのジジイになるまでずっと一緒に居て…!!」
「うん…喜んで」

土方は泣き笑いの幸せいっぱいの笑顔だった。
お前の笑顔を見られるなら、俺はずっと負けでいいよ。
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