はしご酒(銀土)

「なあ、覚えてっか?」
「なんだ唐突に」

万事屋の寝室で晩酌を楽しんでいると、銀時がそんな風に問いかけてきた。
いつもは事務所兼居間で飲んでいるが、今日は満月らしいからそれを見ながら飲もうとなった。
銀時と土方が万事屋で暮らし始めて20年近くになる。
お互いに歳を取りもう50を過ぎた。
その間に万事屋の子供達も旅立ち、自分達と同じように家族も出来た。
急に「覚えているか」と言われてもなんの事だか見当もつかない。

「昔はよぉ、よく飲みに行ったよな」
「あぁ、そうだな」
「はしご酒してベロンベロンに酔っ払って、ゴミ捨て場で寝てた時あったよな」
「自販機じゃなかったか?」
「いや、公園だったかも。長谷川さんの家で」

心当たりが多過ぎて、さてどの時の話だろうか。
あの頃はお互いに若くて、気付けば朝まで飲んでいた事もあったから酒の失敗は1度や2度では済まない。

「どうした急に。飲みに行きたくなったか?」
「いいや、今はこうしてお前と酒飲んでる方が好きだわ」
「俺もお前と2人で飲むのが1番好きだな」

「好き」という言葉が躊躇いもなく出るようになったのはお互いに丸くなったからか、それとも大人になったからか。
昔はお互いに意地を張って「好き」どころか「飲みに行こう」すら言えなかった。
お互いに相手が居ないかと居酒屋を回り、離れたくない少しでも一緒に居たいと、何件も飲み屋をはしごして結局何も伝えられないまま、朝を迎えてしまっていた。

一緒になってから何十年と経てば熟年夫夫というやつで。
「好き」も「愛してる」もちゃんと言えるし、その想いは年を重ねるごとに深くなっていると思う。

「俺らが付き合い始めた日の事、覚えてる?」
「さぁ、どうだったかなぁ」
「んだよ、覚えてねぇのかよ。ま、いいけど」

いつものように、2人ではしご酒して酔っ払ってフラフラしながら歩いたあの帰り道。
普段より近くい距離と感じる体温にドキドキとしながらも、また想いを伝えられなかったと、悲しくなってしまう。
酔って脳はまともな思考ができないほど、麻痺しているはずなのに悲しいという気持ちが肥大してぐるぐると渦巻いている。

(そういえばあの日も綺麗な満月だったな)

満月が2人で歩く夜道を照らしていた。
なぜか、飲み屋の音も光りも感じなくてこの世界にたった2人だけしかいないような不思議な感覚があった。

「月が綺麗ですね」
「へっ…!?」

銀時が持っていた猪口を落とし畳に染みを作る。
目を見開いたかと思ったら、顔が赤くなっていく。

「なんだ、もう酔っちまったか?夜はこれからだっての」
「てめっ…!しっかり覚えてんじゃねぇか!」

忘れる訳がないだろう。
今でも昨日の事のように覚えている。
その言葉を言う瞬間お前がどんな顔をしていたとか、五月蝿いくらいの心臓の鼓動まで、全て。

「それで?返事は?」

銀時が珍しく照れているのか、「あ〜もう!」と言いながら頭をガシガシと掻いている。
久しぶりに良いものが見えた。
ニヤリと笑うと観念したのか銀時が口を開く。

「月はずっと綺麗でしたよ」
1/1ページ
    スキ