七夕(高土)

「トシー!笹分けて貰ったから今から七夕するぞ!」
「いや俺今仕事中なんだけど」
 バタバタと走る音がするから何事かと思えば、満面の笑みの近藤さんがそう言った。手には色とりどりの短冊がある。
「トシは何色がいい?」
「だから仕事中だって言ってんだろ」
 指先で報告書を指せば「うっ」と言葉を詰まらせたが、こんな事では近藤さんは止まらなかった。
「それ急ぎじゃないんだろ?」
「そうだが…」
 早めにやっておかなければ溜まりまくって痛い目を見るのは毎回あんただろと思う。
「はい!じゃあ今日のお仕事終わり!今からトシは俺たちと七夕やりまーす!」
 報告書を取り上げられ、代わりに短冊を持たされる。近藤さんは期待に満ちた目で俺を見てくる。勘弁してくれ…と溜め息を付いたが仕事は諦めるしかないようだ。

 庭に隊士たちが笹を中心にして集まっている。笹には短冊が所狭しに吊り下げられていて笹なのか短冊なのかもうよくわからない。
『世界が平和になりますように』
『彼女が欲しい』
『チェリーボーイを卒業できますように』
『お妙さんと結婚したい!!』
『土方死ね』
『上司のパワハラがなくなりますように』
 様々な願いが吊るされた笹に自分も吊り下げる。
「土方さんなんて書いたんですかぃ?『マヨネーズのプールに入りたい』…もう少しマトモな願いは書けねぇんですか?」
「『土方死ね』って書いたのお前だろ!?お前にだけは言われたくねぇわ!!」
「うるせぇなぁ。死ねよ土方」
「もうトシも総悟も落ち着けって!食堂で七夕ゼリー出るからそれでも食べような?」
「「「七夕ゼリー!?」」」
 近藤さんの「七夕ゼリー」に反応した隊士たちが一斉に食堂へと走っていく。願いごとよりと食い気が勝ったようで、情緒もクソもない。
「あれ?これ何も書いてないですね」
 出遅れた山崎が何も書かれていない短冊を見つけた。
「別にいいんじゃねぇか?絶対に書かないと駄目って訳じゃねぇだろ」
 懐から煙草を取り出して火を付ける。宇宙(そら)を見上げると天の川が見える。何も書かれていない紫色の短冊が風に揺れた。


※※※※※

「晋助さまー!七夕やるっスよ!」
 長く宇宙に居ると季節感というものがない。言われて初めて今日が七夕である事を知った。
 来島が抱えたその植物は笹に酷似していて、既にいくつかの短冊が吊るされていた。
 短冊一つで願いが叶うとは思わないが、こういった行事は嫌いではない。子供の頃には「あいつに勝ちたい」と短冊に願ったのを思い出した。
「何色がいいっスか?」
と来島の手には色とりどりの短冊が握られている。少し不恰好なのは自分の手で作った物だからだろうか。
 少し迷って深い緑色の短冊を手に取った。己の願いは何だろうかと考えて、何も書かずに笹に吊るす。
「何も書かれないんッスか?」
「俺の願いは俺だけが知ってりゃあいいだよ」
「流石は晋助様!考える事が違うッス!」
 その返事に満足したのか来島は笹を飾りに行くと言って部屋を出ていった。
 窓の外を見ると星の海が広がっている。雨が降ると天の川が見えず不満であったが、宇宙に天気はなくいつでも星を見る事が出来る。
 遠くに青く美しい惑星が見えた。織姫や彦星のように年に一度しか会えないのはロマンチックであるがそれで満足できる筈がない。文明も科学技術の発達した現代ならば、いくらでも天の川を超えてゆけるのだから。
 自分たちの間にある隔たりはそんな生易しい物ではないが、会いにいかぬという理由にはなり得なかった。


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