高X子
「チョコが欲しい…」
呪詛でも吐くような声色で高杉が呟いた。それに「嫌みか?」と返そうとしたが、高杉が貰ったチョコはちゃっかり胃の中に納めた銀時だ。すべりそうな口を塞ぐ為に、いちご牛乳のパックに刺さったストローを噛んだ。
高杉が欲しいと言っているのは本命のチョコである。銀時が食べた中には高級ブランドや気合いの入った手作りのケーキまであった。明らかに本命であるが、高杉の言う本命とは違う。彼が欲しいのは、彼女である土方十四子からのチョコである。
彼女が居るのにチョコを貰うなよ、と言いたい所だが勝手に下駄箱や机に入れられたものはどうしようもない。公言もしているのだがいまいち浸透していないらしい。高杉が貰ったチョコを食べるのは毎年の事だからいいのだが、こうして隣で呪詛を吐かれるのは初めての事である。
チョコなんて興味ない、面倒くさい、彼女なんていらない。とまで言っていた高杉にまさか彼女が出来るなんて。しかも一目惚れだ。どんな美女か、きっと大人のお姉さんに違いないと盛り上がったのだが、蓋を開けてみればまん丸としたぷにぷにボディの同級生の女子生徒だった。
冗談かと思ったが惚れ込みようは本気だった。まず、毎日登校するようになった。それから初めてバイトをするようになって、バイト代で告白する為に花を買った。
恋とは人をこんなにも変える物かと驚いたものだ。風紀委員でもある土方に釣り合うようにか、それとも単なる男の見栄かは分からない。だが、高杉が実は純情な少年である所は好ましく思う。
さて、問題の土方なのだが朝から会えていないのである。興奮して眠れなかった純情少年高杉くんは一時間目から真面目に登校した。だが、高杉を見つけた女子からチョコを断る事に時間を取られて会いに行く前にチャイムが鳴ってしまった。
さらに追い討ちをかけるかのように土方もまたチョコ攻撃に合っていた。面倒見がよくて姉御肌な彼女は周りから慕われている。特に下級生にはファンが多く、日頃のお礼も兼ねてだったりとお菓子を渡しに来るのだ。
そういう訳で休み時間になる度に誰かが来る。対応している内にチャイムが鳴ってしまう。それを繰り返してあっという間に昼休みになった。用事がない限りは一緒に下校するんだからまだチャンスはある。だが、期待し過ぎたせいで絶望感が凄いらしい。
「チョコくれねぇのかなぁ…」
「まだ昼休みだろ?帰りがあるって」
チョコよりもキノコの方が似合いそうな高杉の肩を叩いて慰めてやった。
「近藤さん、いつもありがとうな」
「トシー!俺の方こそありがとう!!」
たかがチョコ一つで涙と鼻水を流して抱きついてこないで欲しい。チョコを贈るのは毎年の事だがその度に嬉し泣きするのもそろそろ止めて欲しい。
日頃から世話になっている友人にはチョコを渡し終えた。例年ならこれで終わりなのだが、今年はもう一人渡さなければいけない人物が居る。
「十四子ちゃん、ちゃんと渡せたの?」
「いや……まだ」
「駄目よ!早く渡さないと!」
肩を掴んで揺さぶってくるのは、幼馴染みでもあるミツバだ。華奢な彼女のどこにそんな力があるのか、というくらいに激しく揺さぶられていた。
「ミ、ミツバ…!吐く、吐く!」
「あら、私ったらごめんなさい!」
吐きそうだと訴えると慌ててその手を離した。何度か深呼吸すると吐き気は治まってきた。
「でも、早くしないと学校が終わってしまうわよ?」
「そうなんだけどな…」
マヨネーズ柄のトートバックに一つだけ残ったチョコレート。淡い紫色の不織布でラッピングされたそれは初めて手作りしたチョコだ。
近藤さんや総悟には市販の物を用意しているのだが「彼氏には手作りよ!」とミツバが譲らなかった。結局、根負けして手作りキットとラッピング資材まで用意する事になった。
一応、高杉と付き合っている。一応、と付くのは確信が持てないのと自分がとう思っているのかよく分からないからである。
一緒に過ごしてみて嫌われてはないと思うし、嫌いではないとは思う。前よりは好感は持てているが、それは果たして恋愛感情と言ってもいいのだろうか。うっかりほっぺにチューなどしてしまったが、あれはその場の勢いというかあれ以来そういう触れあいはない。
悩んでる内にHRも終わってしまった。一人二人と部活や帰宅していくクラスメイトを見送る。覚悟を決めるしかないかと重い腰を上げたのだが。
「トシ!なんかあったのか?いつもは一番に来てるのに」
「へっ?」
教室の入り口から近藤が覗いている。なんの事かと不思議に思っていると。
「委員会の会議が今日に変更になったろ?」
「あ!!悪ぃ近藤さん!!」
伊藤先生の都合で会議の日が変更されたのをすっかり忘れていた。急いで鞄に荷物を詰めると席を立った。
会議が終わる頃には外はすっかり暗くなっている。冬は日が落ちるので致し方ない。
近藤と総悟と三人で揃って校門をくぐると視界の端に何かが動いたのが見えた。
「晋助!?」
「よぉ…」
寒そうに踞って震える高杉がそこに居た。元気そうに振る舞ってはいるが、身体は震えているし鼻水をすする音がした。「先に帰るように」という連絡をし忘れていた為にずっと待っていたらしい。完全に自分の失態である。
「バカッ!先に帰ればよかっただろ!」
「だって、一緒に帰りたかったし…」
子供みたいに拗ねる高杉の鼻から鼻水が垂れる。
「ああもう!ほら鼻水!」
鞄からポケットティッシュを取り出すと鼻をかんでやった。これでは彼女というより母親ではないか。
「土方さん、俺たち先に帰りますんで仲良く乳繰り合っててくだせぇ」
「高杉!トシの事よろしくな!」
「ちち…!?あ、待て総悟!!近藤さんも!!」
二人は高杉と土方を残して走って帰ってしまった。彼らなりの気遣いなのかもしれないけれど。
鼻をかんで貰った高杉はご満悦だったようで、やっぱり子供みたいだと思う。乳繰り合うというより、子供の世話の方が正しくないだろうか。
はぁ、と息を吐いてせめてもの罪滅ぼしに一緒に帰ろうと高杉に手を差し出した。握り返された高杉の手は氷みたいに冷たくてこちらまで震えてしまう。
「こんなになるまで待ってたのかよ…バカ」
「だって彼氏と彼女は一緒に帰るもんだろ」
至極真顔でそう言われた。ドラマとか少女漫画のような世界だ。
未だにこの気持ちが分からなくて少女漫画よりも子育て漫画な気もするけれど、嫌だとかそういう気持ちは全くしない。
告白された後は、早く誤解を解いて別れようと思っていたのに気がついたら一緒にに帰るのが当たり前になっていた。
彼氏だからと逆方向なのに家の前まで送ってくれた。「晩飯まだなら食ってく?」とお詫びも兼ねて声をかけたが「まだご家族に挨拶なんて出来ねぇ!」と変に遠慮されてしまった。
「じゃあ、また学校でな」
高杉はくるりと踵を返した。こういう所は妙にあっさりとしている。
「晋助っ…!」
振り返る高杉の胸にチョコを押し付けた。「うっ」と呻き声が漏れたので、少々力を入れすぎたかもしれない。
「……今日はその……待っててくれて、ありがと」
きっと真っ赤になっているだろう顔を隠す為に俯いた。それを高杉は押し付けられたチョコと交互に見返す。
「こ、これ…これって…」
「ちゃんと……来月返せよ」
「十四子ー!!」
「うるせぇ!!」
大声で抱き付いてきたものだから、反射的に怒鳴りながら殴ってしまった。
それでも嬉しそうに抱き付いてくる高杉を無下になんて出来ず、この体温から離れたくないなんて思ってしまった。
呪詛でも吐くような声色で高杉が呟いた。それに「嫌みか?」と返そうとしたが、高杉が貰ったチョコはちゃっかり胃の中に納めた銀時だ。すべりそうな口を塞ぐ為に、いちご牛乳のパックに刺さったストローを噛んだ。
高杉が欲しいと言っているのは本命のチョコである。銀時が食べた中には高級ブランドや気合いの入った手作りのケーキまであった。明らかに本命であるが、高杉の言う本命とは違う。彼が欲しいのは、彼女である土方十四子からのチョコである。
彼女が居るのにチョコを貰うなよ、と言いたい所だが勝手に下駄箱や机に入れられたものはどうしようもない。公言もしているのだがいまいち浸透していないらしい。高杉が貰ったチョコを食べるのは毎年の事だからいいのだが、こうして隣で呪詛を吐かれるのは初めての事である。
チョコなんて興味ない、面倒くさい、彼女なんていらない。とまで言っていた高杉にまさか彼女が出来るなんて。しかも一目惚れだ。どんな美女か、きっと大人のお姉さんに違いないと盛り上がったのだが、蓋を開けてみればまん丸としたぷにぷにボディの同級生の女子生徒だった。
冗談かと思ったが惚れ込みようは本気だった。まず、毎日登校するようになった。それから初めてバイトをするようになって、バイト代で告白する為に花を買った。
恋とは人をこんなにも変える物かと驚いたものだ。風紀委員でもある土方に釣り合うようにか、それとも単なる男の見栄かは分からない。だが、高杉が実は純情な少年である所は好ましく思う。
さて、問題の土方なのだが朝から会えていないのである。興奮して眠れなかった純情少年高杉くんは一時間目から真面目に登校した。だが、高杉を見つけた女子からチョコを断る事に時間を取られて会いに行く前にチャイムが鳴ってしまった。
さらに追い討ちをかけるかのように土方もまたチョコ攻撃に合っていた。面倒見がよくて姉御肌な彼女は周りから慕われている。特に下級生にはファンが多く、日頃のお礼も兼ねてだったりとお菓子を渡しに来るのだ。
そういう訳で休み時間になる度に誰かが来る。対応している内にチャイムが鳴ってしまう。それを繰り返してあっという間に昼休みになった。用事がない限りは一緒に下校するんだからまだチャンスはある。だが、期待し過ぎたせいで絶望感が凄いらしい。
「チョコくれねぇのかなぁ…」
「まだ昼休みだろ?帰りがあるって」
チョコよりもキノコの方が似合いそうな高杉の肩を叩いて慰めてやった。
「近藤さん、いつもありがとうな」
「トシー!俺の方こそありがとう!!」
たかがチョコ一つで涙と鼻水を流して抱きついてこないで欲しい。チョコを贈るのは毎年の事だがその度に嬉し泣きするのもそろそろ止めて欲しい。
日頃から世話になっている友人にはチョコを渡し終えた。例年ならこれで終わりなのだが、今年はもう一人渡さなければいけない人物が居る。
「十四子ちゃん、ちゃんと渡せたの?」
「いや……まだ」
「駄目よ!早く渡さないと!」
肩を掴んで揺さぶってくるのは、幼馴染みでもあるミツバだ。華奢な彼女のどこにそんな力があるのか、というくらいに激しく揺さぶられていた。
「ミ、ミツバ…!吐く、吐く!」
「あら、私ったらごめんなさい!」
吐きそうだと訴えると慌ててその手を離した。何度か深呼吸すると吐き気は治まってきた。
「でも、早くしないと学校が終わってしまうわよ?」
「そうなんだけどな…」
マヨネーズ柄のトートバックに一つだけ残ったチョコレート。淡い紫色の不織布でラッピングされたそれは初めて手作りしたチョコだ。
近藤さんや総悟には市販の物を用意しているのだが「彼氏には手作りよ!」とミツバが譲らなかった。結局、根負けして手作りキットとラッピング資材まで用意する事になった。
一応、高杉と付き合っている。一応、と付くのは確信が持てないのと自分がとう思っているのかよく分からないからである。
一緒に過ごしてみて嫌われてはないと思うし、嫌いではないとは思う。前よりは好感は持てているが、それは果たして恋愛感情と言ってもいいのだろうか。うっかりほっぺにチューなどしてしまったが、あれはその場の勢いというかあれ以来そういう触れあいはない。
悩んでる内にHRも終わってしまった。一人二人と部活や帰宅していくクラスメイトを見送る。覚悟を決めるしかないかと重い腰を上げたのだが。
「トシ!なんかあったのか?いつもは一番に来てるのに」
「へっ?」
教室の入り口から近藤が覗いている。なんの事かと不思議に思っていると。
「委員会の会議が今日に変更になったろ?」
「あ!!悪ぃ近藤さん!!」
伊藤先生の都合で会議の日が変更されたのをすっかり忘れていた。急いで鞄に荷物を詰めると席を立った。
会議が終わる頃には外はすっかり暗くなっている。冬は日が落ちるので致し方ない。
近藤と総悟と三人で揃って校門をくぐると視界の端に何かが動いたのが見えた。
「晋助!?」
「よぉ…」
寒そうに踞って震える高杉がそこに居た。元気そうに振る舞ってはいるが、身体は震えているし鼻水をすする音がした。「先に帰るように」という連絡をし忘れていた為にずっと待っていたらしい。完全に自分の失態である。
「バカッ!先に帰ればよかっただろ!」
「だって、一緒に帰りたかったし…」
子供みたいに拗ねる高杉の鼻から鼻水が垂れる。
「ああもう!ほら鼻水!」
鞄からポケットティッシュを取り出すと鼻をかんでやった。これでは彼女というより母親ではないか。
「土方さん、俺たち先に帰りますんで仲良く乳繰り合っててくだせぇ」
「高杉!トシの事よろしくな!」
「ちち…!?あ、待て総悟!!近藤さんも!!」
二人は高杉と土方を残して走って帰ってしまった。彼らなりの気遣いなのかもしれないけれど。
鼻をかんで貰った高杉はご満悦だったようで、やっぱり子供みたいだと思う。乳繰り合うというより、子供の世話の方が正しくないだろうか。
はぁ、と息を吐いてせめてもの罪滅ぼしに一緒に帰ろうと高杉に手を差し出した。握り返された高杉の手は氷みたいに冷たくてこちらまで震えてしまう。
「こんなになるまで待ってたのかよ…バカ」
「だって彼氏と彼女は一緒に帰るもんだろ」
至極真顔でそう言われた。ドラマとか少女漫画のような世界だ。
未だにこの気持ちが分からなくて少女漫画よりも子育て漫画な気もするけれど、嫌だとかそういう気持ちは全くしない。
告白された後は、早く誤解を解いて別れようと思っていたのに気がついたら一緒にに帰るのが当たり前になっていた。
彼氏だからと逆方向なのに家の前まで送ってくれた。「晩飯まだなら食ってく?」とお詫びも兼ねて声をかけたが「まだご家族に挨拶なんて出来ねぇ!」と変に遠慮されてしまった。
「じゃあ、また学校でな」
高杉はくるりと踵を返した。こういう所は妙にあっさりとしている。
「晋助っ…!」
振り返る高杉の胸にチョコを押し付けた。「うっ」と呻き声が漏れたので、少々力を入れすぎたかもしれない。
「……今日はその……待っててくれて、ありがと」
きっと真っ赤になっているだろう顔を隠す為に俯いた。それを高杉は押し付けられたチョコと交互に見返す。
「こ、これ…これって…」
「ちゃんと……来月返せよ」
「十四子ー!!」
「うるせぇ!!」
大声で抱き付いてきたものだから、反射的に怒鳴りながら殴ってしまった。
それでも嬉しそうに抱き付いてくる高杉を無下になんて出来ず、この体温から離れたくないなんて思ってしまった。