桜(高土)

『そりゃあ見事桜があんだ。来年見に行くぞ』
珍しくほろ酔いの高杉が口にした約束。死ぬか生きるかの毎日で、明日でさえ分からない自分たちにとってはきっと無意味だ。それに明日になればそんな事を言った記憶は綺麗さっぱり忘れて、情人から敵同士に戻っているに違いない。
「そうだな」と適当に返事をすれば、機嫌がよさそうに高杉は少しだけ笑った。

案の定、来年の花見などなかった。
忘れていたのではなく、高杉がこの世界から居なくなってしまったからだ。
ターミナルから帰ってきた人間の中に高杉の姿はどこにもなかった。
もとより覚悟していた事ではある。
翌年、桜は一人で見る事になった。



「待たせたな」
目線を下に下げるとそこには紫がかった髪の少年がいる。
「いいや、今来た所だ」
高杉の頭を撫でようとすると「ガキ扱いするな!」と怒る。だか見た目は12.3歳程の少年である。誰が見たって子供にしか見えない。
「ほら切符だ」
「ああ…子供用じゃねぇか!ふざけんな!」
「仕方ねぇだろ、今はガキなんだから」
「土方、後で覚えておけよ」
高杉は憤慨しながらも切符を奪い改札へと向かった。

ガタンゴトン。列車の揺れは心地よく、春の陽気もあってか、うつらうつらとしてくる。この日の為に仕事を詰めすぎたせいかもしれない。
高杉は車窓から景色を目に焼き付けるように見ている。連れて外を見れば所々に桜が咲いているのが見えた。
「どうして電車にしたんだ?」
「なんとなくのんびりしたかったからな」
平日の観光シーズンでもない電車はガラリとしていた。
大人と子供の奇妙な組み合わせでも上手く日常に溶け込めている筈だ。
「そうか」
「ああ」
ゆっくりと時間は流れる。以前はこんな穏やかな時間はないに等しかった。
会えばお互い貪るように求め、翌日には刀を交える。そんな関係だった。でも確かに好きだったのだ、高杉の事が。
「やっとお前と桜が見えるな」
「あ?」
「約束したろ、見事な桜があるから見に行こう、って」
「覚えてたのか」
「俺ァ守れねぇ約束はしねぇよ」
少年には似つかわしくない笑顔を見せた。中身は高杉なのだから仕方ないが、もっと屈託のない笑顔を見せられないのかと時々思う。
「随分と待たせちまったがな」
「………待ってなんかねぇよ」
別にどうという事はない。どれだけ敵対しようと高杉は約束を破る事はしなかった。
きっとどこかで信じていたのだ。だからいくらでも待てた。5分でも半年でも5年でも。
見た目は変わってしまったが、こうして高杉と桜を見に行く事が出来たのだ。一緒に酒が飲めないのが少々残念ではあるが。
「どうした、土方」
「なんでもねぇよ」
来年もまた二人で桜を見たいと思った。


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