名家の跡取り高杉くんと同級生の土方くん
「何してんだ?」
机に向かってウンウンと唸っている土方に聞いてみる。一時間前も同じように真っ白なハガキを前に頭をひねっているのを見た。そこから格好も、ハガキにも変化がない。
「何って見りゃ分かんだろ。年賀状だよ、年賀状。流石に毎年だとネタも尽きんだよ」
諦めたようにそのまま後ろへと倒れこむ。寝転がり口を尖らせて呻いている。転がっていたスマホを見ながら「これは違うな」「これは……一昨年やったような」と呟いている。
「スマホで送りゃあいいだろ」
「スマホでも送るけど、近藤さんの道場には世話になってるしスマホって訳にもいかねぇよ」
「めんどくさくねぇのか?」
「昔からの習慣だから今さら止めるのもなぁ。結構好きだし」
土方は身体を起こすと再びハガキに向かった。ペンを取っては置き、置いては取るを繰り返す。隣の試し書き用の紙だけが埋まっていく。
「高杉は送んねぇの?」
「送る相手がいねぇ」
「じゃあ、俺に送れよ」
「一緒に住んでんのにか」
「別に構わねぇだろ。よし、俺もお前に送ろ」
ほら、と真っ白なハガキが差し出される。それを受け取ると土方の向いに座った。
「高杉って今まで年賀状送ったりした事ねぇの?」
「あるが殆ど家関係だな」
「手書き?」
「印刷」
「えー心籠ってねぇじゃん」
「一言添えろって言われて渋々手書きしてたが、心は一度も籠もってねぇ」
否定的な視線を寄越す土方を無視してハガキに向かう。思えば親族や家関係の人間に年賀状を機械的に出した事はある。だが、友人と呼べるような相手には一度も出した事がない。一応、許嫁と銀八には出した事があるが、アレは友人とは呼べない。
であれば、高杉にとって初めて友人に送る年賀状という事になる。土方を好きになってから、初めて経験する事ばかりだ。あの家に居たままだったら、こんなにも人間らしい生活は出来なかっただろう。金に困る事も地位も名誉もある。だが、自由はなく人形のように一生を終えていたかもしれない。
机に転がっていた筆ペンを取った。使った事はないが、筆と同じ要領で大丈夫だろう。試し書きをしていると、視線を感じて顔を上げた。すると、興味深げな土方と目が合った。
ハガキに筆ペンを滑らせる。筆とは違うが悪くはない。
「うわー達筆過ぎて読めねぇ」
土方の第一声はそれだった。書道でもやっていない限りは高校生では見慣れないだろう。文字だけは書いようでイタズラ心が沸いた。
「おまっ…!隣に並べんな!!俺の字が下手に見えるだろ!!」
「別に下手じゃねぇだろ。ちゃんと読める」
クツクツと笑うと拗ねてしまったようだ。興味ありません、とでも言うようにまたハガキに視線を落とした。
年始の挨拶だけでは味気ない。かといって絵心がある訳でもない。いつも印刷済みの年賀状が用意されていたから、案外頭を悩ませる物だというのも初めて分かった。
絵を入れるかは後にして添える一言を考える事にした。暫く考えてみたが、浮かばない。親戚や家関係の人間に送る美辞麗句ならいくつでも知っているのに。一人の友人に送る言葉は何も知らないのだ。
さらに言えば友人以上の感情を抱いている相手だ。伝えたいことは山程ある。それでも言いたい事に蓋をして、ありふれた言葉を書いた。「今年もよろしく」今はそれだけで十分だと思ったからだ。
「そうだ、高杉も近藤さんの所の餅つき行こうぜ」
「俺もいいのか?」
「いいに決まってるだろ。その方が近藤さんも喜ぶし」
「じゃあ行く」
「でさ、お前も剣道やろうぜ?な?手合わせだけでもいいからさ!」
「そっちは遠慮しておく」
「えー、なんでだよ。減るもんじゃねぇし」
減るのだ色々と。一度、土方に連れられて道場に行った事がある。借り物ではあるが道着に袖を通すと身が締まる思いがした。無心で竹刀を振るのもいいと思った。土方を見るまでは。
はっきり言えば興奮した。いつもと違う出で立ちに、心拍数が上がったのだ。「和服姿の高杉に見惚れてしまった」と言った土方の気持ちが今なら分かる。ただ、土方は純粋な感情だが、高杉は思い切り不純である。
その後は浮かんだ邪な欲望を必死に抑える事になった。結局、近藤の道場に行ったのはそれきりである。夏祭りで浴衣姿を見る羽目になるのだが、心の準備をしていた事と土方の身の上話でそれ所ではなくなった。
「年賀状書けたら出すついでに、コンビニで肉まん買わねぇ?」
「ああ、いいな。さっさと書けよ。俺は終わったぞ」
「早くね!?まだ一枚しか書けてねぇんだけど!」
「そりゃ、お前の分しかねぇからなァ」
「なら近藤さんと総悟のも書け」
「あ?俺からのなんて要らねぇだろ」
「いいんだよ。ハガキ余ってるし、年賀状の返事で切手シート当たるかもしれねぇだろ」
最後の一言は聞かなかった事にして、差し出されたハガキを受け取った。近藤はともかく、沖田には目の敵にされているような節がある。土方にちょっかいをかける癖に、他の人間がやるのは気にくわないらしい。せっかくだから宣戦布告でもしてやろうか、という気になってくる。
「高杉、なんか楽しそうだな」
「そうだな、悪くねぇ」
家を追い出された時は絶望的な気持ちでしかなかった。それが、今はこうしてどんな形であれ好いた相手と同じ時間を過ごせるのだ。
年が変われば最終学年。土方にも道があり、ずっと世話になる訳にもいかない。確実に別れの日は来る。
「土方、来年もよろしくな」
「おう!」
それまでは、今ある時間を大切に過ごそうと思う。
机に向かってウンウンと唸っている土方に聞いてみる。一時間前も同じように真っ白なハガキを前に頭をひねっているのを見た。そこから格好も、ハガキにも変化がない。
「何って見りゃ分かんだろ。年賀状だよ、年賀状。流石に毎年だとネタも尽きんだよ」
諦めたようにそのまま後ろへと倒れこむ。寝転がり口を尖らせて呻いている。転がっていたスマホを見ながら「これは違うな」「これは……一昨年やったような」と呟いている。
「スマホで送りゃあいいだろ」
「スマホでも送るけど、近藤さんの道場には世話になってるしスマホって訳にもいかねぇよ」
「めんどくさくねぇのか?」
「昔からの習慣だから今さら止めるのもなぁ。結構好きだし」
土方は身体を起こすと再びハガキに向かった。ペンを取っては置き、置いては取るを繰り返す。隣の試し書き用の紙だけが埋まっていく。
「高杉は送んねぇの?」
「送る相手がいねぇ」
「じゃあ、俺に送れよ」
「一緒に住んでんのにか」
「別に構わねぇだろ。よし、俺もお前に送ろ」
ほら、と真っ白なハガキが差し出される。それを受け取ると土方の向いに座った。
「高杉って今まで年賀状送ったりした事ねぇの?」
「あるが殆ど家関係だな」
「手書き?」
「印刷」
「えー心籠ってねぇじゃん」
「一言添えろって言われて渋々手書きしてたが、心は一度も籠もってねぇ」
否定的な視線を寄越す土方を無視してハガキに向かう。思えば親族や家関係の人間に年賀状を機械的に出した事はある。だが、友人と呼べるような相手には一度も出した事がない。一応、許嫁と銀八には出した事があるが、アレは友人とは呼べない。
であれば、高杉にとって初めて友人に送る年賀状という事になる。土方を好きになってから、初めて経験する事ばかりだ。あの家に居たままだったら、こんなにも人間らしい生活は出来なかっただろう。金に困る事も地位も名誉もある。だが、自由はなく人形のように一生を終えていたかもしれない。
机に転がっていた筆ペンを取った。使った事はないが、筆と同じ要領で大丈夫だろう。試し書きをしていると、視線を感じて顔を上げた。すると、興味深げな土方と目が合った。
ハガキに筆ペンを滑らせる。筆とは違うが悪くはない。
「うわー達筆過ぎて読めねぇ」
土方の第一声はそれだった。書道でもやっていない限りは高校生では見慣れないだろう。文字だけは書いようでイタズラ心が沸いた。
「おまっ…!隣に並べんな!!俺の字が下手に見えるだろ!!」
「別に下手じゃねぇだろ。ちゃんと読める」
クツクツと笑うと拗ねてしまったようだ。興味ありません、とでも言うようにまたハガキに視線を落とした。
年始の挨拶だけでは味気ない。かといって絵心がある訳でもない。いつも印刷済みの年賀状が用意されていたから、案外頭を悩ませる物だというのも初めて分かった。
絵を入れるかは後にして添える一言を考える事にした。暫く考えてみたが、浮かばない。親戚や家関係の人間に送る美辞麗句ならいくつでも知っているのに。一人の友人に送る言葉は何も知らないのだ。
さらに言えば友人以上の感情を抱いている相手だ。伝えたいことは山程ある。それでも言いたい事に蓋をして、ありふれた言葉を書いた。「今年もよろしく」今はそれだけで十分だと思ったからだ。
「そうだ、高杉も近藤さんの所の餅つき行こうぜ」
「俺もいいのか?」
「いいに決まってるだろ。その方が近藤さんも喜ぶし」
「じゃあ行く」
「でさ、お前も剣道やろうぜ?な?手合わせだけでもいいからさ!」
「そっちは遠慮しておく」
「えー、なんでだよ。減るもんじゃねぇし」
減るのだ色々と。一度、土方に連れられて道場に行った事がある。借り物ではあるが道着に袖を通すと身が締まる思いがした。無心で竹刀を振るのもいいと思った。土方を見るまでは。
はっきり言えば興奮した。いつもと違う出で立ちに、心拍数が上がったのだ。「和服姿の高杉に見惚れてしまった」と言った土方の気持ちが今なら分かる。ただ、土方は純粋な感情だが、高杉は思い切り不純である。
その後は浮かんだ邪な欲望を必死に抑える事になった。結局、近藤の道場に行ったのはそれきりである。夏祭りで浴衣姿を見る羽目になるのだが、心の準備をしていた事と土方の身の上話でそれ所ではなくなった。
「年賀状書けたら出すついでに、コンビニで肉まん買わねぇ?」
「ああ、いいな。さっさと書けよ。俺は終わったぞ」
「早くね!?まだ一枚しか書けてねぇんだけど!」
「そりゃ、お前の分しかねぇからなァ」
「なら近藤さんと総悟のも書け」
「あ?俺からのなんて要らねぇだろ」
「いいんだよ。ハガキ余ってるし、年賀状の返事で切手シート当たるかもしれねぇだろ」
最後の一言は聞かなかった事にして、差し出されたハガキを受け取った。近藤はともかく、沖田には目の敵にされているような節がある。土方にちょっかいをかける癖に、他の人間がやるのは気にくわないらしい。せっかくだから宣戦布告でもしてやろうか、という気になってくる。
「高杉、なんか楽しそうだな」
「そうだな、悪くねぇ」
家を追い出された時は絶望的な気持ちでしかなかった。それが、今はこうしてどんな形であれ好いた相手と同じ時間を過ごせるのだ。
年が変われば最終学年。土方にも道があり、ずっと世話になる訳にもいかない。確実に別れの日は来る。
「土方、来年もよろしくな」
「おう!」
それまでは、今ある時間を大切に過ごそうと思う。
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