名家の跡取り高杉くんと同級生の土方くん

「出ていけ。お前のような者は高杉家にはいらん」
 そう告げると父は背を向け一切こちらを見なかった。事実上の勘当というやつだ。ここで反論だの、駄々をこねるなど愚策でしかない。
 一度決めたなら考えは曲げない。高杉家を体現したような父であるから尚更だ。
「……分かりました」
 せめて声が震えてしまわないように答えた。静かに父の前から去る。
 とりあえず自室へと入り、修学旅行用に買った旅行鞄に私物を詰める。結局、修学旅行には行けなかったが、捨てずにいてよかったと思う。
 着替えと教科書類を詰めるだけで荷造りはあっさり終わった。スマホはもう使えなくなっているだろうし、財布や口座も駄目だろう。
 普通の高校生なら好きな漫画やゲームの一つもあるだろうが、自分には何もない。頼る人間もツテも何もない。高杉家という後ろ楯をなくした俺はこの身一つで放り出されるのだ。
 自室を出ると使用人が冷ややかな目でこちらを見た。世話になったと小さく頭を下げたが、冷たい視線を返されるばかりだった。
 もうすでに家中に知れ渡ったらしい。
 高杉家を継ぐ為の人間でありながら婚約者を裏切り、男を好きになってしまった、と。
 小さな頃から世話になっていた使用人の何人かは、軽蔑ではなく同情のような視線を送る者もいた。だが、誰も父の決定には逆らえない。逆らえば、路頭に迷うのは目に見えているからだ。
 門を出た。もうこの門をくぐる事はないのだと思うと少し寂しくなる。生まれてからずっと暮らしてきた家なのだから、情が沸くのはごく自然の事だ。
 もう日が落ちかけている。雲は厚く泣き出しそうだった。とりあえず明日は普通に学校に行けばいいと思うが、それまで何処で過ごせばいいか。出来れば雨が凌げる場所がいい。
 真っ先に浮かんだのは土方の顔だった。
 土方ならきっと自分を迎え入れてくれる。だが、勘当の原因は土方だ。土方を好きになってしまった。初めての感情に嘘をつくなど出来なくて、親に決められた婚約者に他に好きな人間がいると言ってしまった。
 頭では駄目だと分かっていても、足は自然に土方の家へと向かう。頼れる場所はそこしかないのも確かで、そこに行っては駄目だというのも事実だった。


「高杉!?何やってんだこんな所で!!
 ぼんやりと土方の家を見上げていると、土方の声がした。そちらを見ると雨に濡れた土方が驚いた表情をしていた。
「あぁ…」
「あぁ、じゃねぇよ!びしょ濡れじゃねぇか!とりあえず家に入れ!」
 濡れてるのはお前の方じゃないかと思ったが、反論する前に腕を引かれた。捕まれた所だけが異様に熱い。
「ただいま!姉さん!先にシャワーと着替え!」
「お帰りなさい…ってそんなに慌ててどうしたの?えっちょっと高杉くん!?」
 のんびりした声が聞こえたかと思うと、また驚いた声が上がった。だが、状況を直ぐに理解したのか、何枚かバスタオルを持って戻ってくる。
「スイッチ入れたから早くシャワー浴びてきなさい!」
 二人がかりで俺は浴室に閉じ込められた。土方も濡れてはいたが、大したことないからと適当に拭いた後に着替えを取りに行ったらしい。
 
 結局、夕飯までご馳走になってしまった。土方家の人間は優しいが少々押しが強い部分がある。どうにか回避しようとしたがそのタイミングで土方の「兄」に玄関を塞がれどうにもならなくなった。
 当然何か聞かれるのかと身構えていたが、何も聞いては来なかった。ただ、普通に今日は何があったとか、ごくごく普通の会話しかしていない。けれど、いつも仕事や政治の話ばかりだったから聞いているだけで楽しかった。
「俺の部屋狭くて悪ぃな」
「そうだな」
「否定しろよ!」
 当然ながら土方と同じ部屋で寝る事になった。部屋が狭いから必然的に土方と距離が近くなる。おまけに、鞄に詰めていた私服は全滅していたせいで着替えは土方の物を借りている。
 そんな状況で平静でいられる筈がない。さらにベッドの使用を断ったら、床に布団を敷いて並んで寝ると言って聞かない。無理矢理に敷いたから、布団が重なる程に距離が近い。
 そんな俺の気持ちを知らない土方はあっさりと寝てしまった。横を向けばすぐ近くに寝顔がある。
 眠る前に「修学旅行以来だ」なんて言っていたが、そもそも誰かと眠るのは小さな頃以来だ。
 家でも学校でもいつも一人で。高杉の家を追い出されれば、何一つ自分の物は持っていなかった。
 ならばこの感情は初めて自分の物なのだと言えよう。
「好きだ、土方」
 起こさないように小さく呟いた。
 
 
2/3ページ
スキ