名家の跡取り高杉くんと同級生の土方くん
「でっけぇー……」
立派な門構えを見上げると自然とそんな言葉が口に出ていた。テレビでしか見たことのないような立派なお屋敷。古そうな木で出来た門の表札には「高杉」と書かれている。
門にインターフォンが付いていなければ、途方に暮れた所だった。ここから大声で呼んだとしても、家までは聞こえないだろうし、とても中に入る勇気はない。
ボタンを押す手が震える。押すのが初めてな訳ではないし、よろしくはないがピンポンダッシュもやった事がある。呼び出す相手は同級生で、緊張する理由などないはずなのだ。
だが、知ってはいても実際に目にすると足がすくむ。
高杉家は地元の名家である。地主で議員だったり、大企業の社長だったり。とにかく絵に書いたような家である。
そこの息子の高杉晋助は長男。所謂跡取り息子である。それなら地元でなく私立や有名な高校に行けばいいのに、家の方針だとかでごく普通の高校に入学している。
幼少からの英才教育や武術で文武両道。顔も良く女生徒のファンも多いこれまた漫画の主人公か、と思う存在である。
しかし、高杉が誰かと一緒に居るという所を見た事がない。家柄からか、その雰囲気からか人を寄せ付けないオーラがあった。人と関わりたくないのかもしれない。喋っても業務連絡のような印象だ。
では、人に対して冷たいかと言えばそうではないし、高杉晋助という人物には謎の部分が多い。
土方自身も高杉と関わった事は殆んどない。同じクラスではあるが、交わした会話は一言二言。高杉が家の都合で休んだ翌日、日直だった土方が提出物の話をしただけである。
そうして今日もたまたま日直であった土方が、高杉の家までプリントを届けに来る事になってしまった。
提出は明日だから緊急で届けて欲しいと、担任に押し付けられてしまった。ならなぜもっと早く渡さなかったのかと言えば
「忘れてた。大串くん仲良かったよな?」
とのたまった。
とことんやる気のない担任教師に呆れて突き返そうとしたが、恐ろしい速さで逃げられた。普段はナマケモノみたいな速度のくせに逃げ足だけは速いのだ。
そうして、断わる事も出来ず元来責任感の強い土方は不満を垂らしながらも高杉の家の前までやって来たのである。
インターフォンを押して、プリントを渡してさっさと帰ろうと思っていたのだが、大きな門構えに足がすくんだのである。
知らない人が見ればヤのつく自由業のような家だ。普通の民家かマンションのドアしか見たことのない土方にとっては、それだけで気圧されていた。
かといってここでずっと立ちっぱなしという訳にはいかない。制服を着ているから、さすがに不審者には見られないだろうが。注文していたアニキのDVDも家族が受け取っている筈だ。その為にも早く家に帰りたい。
大好きなアニキはこんな事で臆する事はない、とインターフォンを押した。返事が返ってくるまでの無音の時間がやけに長く感じる。心臓を吐き出してしまうような感覚だ。
「……お待たせしました。どちら様でしょうか?」
「あ、えと。高杉くんと同じ学校の土方といいますが、プリントを届けに来ました…!」
声が上擦った。高杉くんと言ってしまったが、ここの家は皆、高杉である。同じ学校と言ったので伝わるとは思うがどうにも不安しかない。
「ちょっと待ってろ」
急に相手がぶっきらぼうな言い方になった。それに、心臓がギュッとなる。失礼があって怒らせてしまったのだろうか。プリントだけ置いて帰る事も考えたが「待ってろ」と言われた以上は待つしかない。
「悪い。待たせた」
実際にはせいぜい五分程度だったのだろうが、体感では一時間くらい待つと門が開いて高杉が出てきた。
薄い紫色の着物。少し気だるげな表情。ドラマに出てくる若旦那、というような出で立ちに不覚にも見惚れてしまった。
「……どうした?」
「い、いや!あ、これプリント!」
訝しげな声にハッとなり慌てて鞄からプリントを取り出した。
「わざわざ悪かったな。………これ期限明日じゃねぇか」
「あーその、悪い……」
「どうせ銀八が忘れてた、とかだろ」
「ははっ……」
正にその通りで乾いた笑いしか出ない。
プリントも渡し終えたし「それじゃ」と帰ろうとすると腕を捕まれた。
「お前、時間ある?」
「え」
「ジジイどもの話は退屈で仕方ねぇ。上がってけよ」
「い、いや俺は……」
「茶くらい出すから」
ニコッと笑うとそのまま引き摺られる形で高杉家の門を潜る事になってしまった。
門から立派な庭を通ると、これまた立派な玄関に着いた。感覚がバクリそうである。
「お邪魔しまーす……」
家に上がるだけというのに、動作がぎこちない。何か一つでも粗相があれば命を落とすんじゃないか、というくらいの緊張感。
長い廊下を歩いていると何人か使用人らしき人間とすれ違った。皆、高杉が通ると端に寄り頭を下げる。
「友達が来たから部屋に行く。後で茶と適当に菓子を持ってきてくれるか」
「かしこまりました」
その内の一人に高杉が声をかける。友達、というのが自分だと理解するのに少し時間がかかった。
高杉の部屋に着くまで、まるで死刑囚みたいな心地でいつの間にか息を止めて歩いていた。
「狭い部屋だがゆっくりしてくれ」
案内された部屋は和室だった。狭い、と言っていたが内のリビングくらいはありそうでやはり感覚が違うのだろう。
奥には本棚と机。鞄と制服が鴨居にかけられているくらいで、他には何もない。近藤さんの家に遊びに行った時とはの真逆の部屋である。
物がない。それがこの部屋の印象だった。高校生なら漫画本の一つくらいありそうだが、そんな物はなさそうな雰囲気だ。厳格な家であるからそういう物は持ち込めないのかもしれない。
「立ってねぇで座れよ」
「あ、ああ」
高杉が座布団を押し入れから出してきた。汚れ一つない高級そうな座布団である。百均で買った自分の座布団とは全く違う。それに、恐る恐る正座した。自然と背中がまっすぐになる。
次に、高杉は折り畳み式の小さな丸テーブルを出してきた。普段は使わないから押し入れに閉まっているらしい。
高杉も腰を下ろしたがその様子だけで全然動きが違った。時代劇に出てくる侍とかそういうような感じだった。
「失礼します」
「入れ」
座ったものの、どうすればいいのかと思案している所に使用人の人が入ってきた。音も立てずに目の前にお茶と菓子が置かれる。特殊な訓練でも受けているのだろう。
頭を下げて部屋を出ていくと、また高杉と二人きりになった。
「食えよ。味は確かだ」
目の前には練り切りと呼ばれる和菓子が置かれている。それと、これを切る為だろう小さな木製のナイフみたいな物。
練り切りは見たことも食べた事もある。だが、それはスーパーで売っている安価な物だったし、手掴みで食べてしまった。
どう食べるのが正しいのかが分からない。当然、手掴みなんて駄目だろうし。そこで、気付かれないようにチラリと高杉を盗み見た。高杉の目の前にも同じ物が置かれているのだ。ならば、同じように食べればいい。
「え…?」
「あ?」
が、予想に反して高杉は手掴みで丸ごといってしまった。見た目を楽しむとか味わうとかそんな雰囲気は一切なかった。
「俺しかいねぇんだ。手で食えばいい」
視線と反応の意味に気付いたらしく、クスッと笑った。それに恥ずかしさを覚えながらも口に放り込んだ。
「悪いな。スナック菓子の一つでもありゃあいいんだが、うちはそんなんばっかでよォ」
不満を吐きながらもどこか嬉しそうに高杉がこちらを見ていた。こうやって見てみると、年相応の少年といった感じだ。
「いや……うま…美味しかった、です」
「いいって、いいって。普通に話してくれ。これじゃ、ジジイ共から逃げてきた意味がねぇ」
そう言うと、高杉は正座を崩して胡座をかいて、テーブルに頬杖をついた。なんというかガラリと雰囲気が変わってしまった。
それに面食らっていると、高杉が可笑しそうに吹き出した。
「な、何で笑うんだよ…!」
「くくっ…悪ぃ悪ぃ。お前があんまり鳩が豆鉄砲食らったような顔するからよ…ふふっ」
「んな顔してねぇ!」
怒ればさらに高杉は笑った。大人びて近寄りがたかった高杉は、なんの事はない同い年の少年だった。
「なぁ、土方。お前ファミコン持ってる?」
「ファミコン……?」
「持ってねぇな……」
知ってはいるが、なぜわざわざファミコンなのかと疑問に思った。まぁ、世の中には昔のゲームが好きという人間は多い。手触りだけで何のゲームか当てる人間がいる程だ。
「……そうか。ポートピア連続殺人事件の犯人が知りてぇんだが、途中で銀八がソフト失くしやがったんだよ」
銀八と知り合いだったのに驚いた。剣道の道場が一緒だったようで、昔からあの先生はいい加減だったらしい。
こういう家柄故か、ゲームや漫画などの娯楽が殆んどない。銀八がこっそりやらせてくれたそれが唯一のゲームだった。
自分で買おうにも厳重に管理されてそういう物は買わせて貰えない。スマホは連絡のみで、ネットはほぼ使えないと言ってもいい。
自分だったらこんな生活発狂しそうだと思う。高杉の場合は最初からそういう世界で、多数の習い事やらで家以外の人間と関わりが少なかった。羨ましいと思わなかったといえば嘘になる。だが、それが当たり前でいつしかその思いを閉じ込めるようになっていた。
久しぶりに同年代と喋ったと言った、高杉は本当に楽しそうだった。実際に喋ってみれば、高杉はどこにでもいる同い年の少年でしかなかった。
もう少し、高杉の事を知りたいと思う。
「ファミコンはねぇけど、スイッチなら……」
「スイッチ……?」
「スプラっていうすっげぇ面白いゲームがあるんだ。今度さ俺の家でやろうぜ?」
「……!!おう、やる!!」
高杉の目が見開いて、それから今日一番嬉しそうに笑った。
高杉のスマホの連絡先に土方の名前が追加された。仰々しい名前が並ぶなか、土方の名前はなんだか窮屈そうだ。政治家のジジイとか会社のジジイとかの中に、友達とあるのはどうにも照れ臭い。
高杉は何度も何度も連絡先を眺めては笑っていた。あまりにも嬉しそうだから、LINEのお気に入りのスタンプをプレゼントしたのに「なんだこりゃ?」と怪訝な顔をするのはどうかと思う。
『もうすぐご飯よ』
という姉からのメッセージに、もうとっくに日が暮れている事に気が付いた。
『わかった。友達の家に居るからこれから帰るよ』
返信して、高杉に帰る事を告げると凄く寂しそうな顔をされてしまった。
高杉はわざわざ門まで送ってくれた。家の者に送らせると言われたが、黒塗りの高級車に乗る勇気はまだ持てない。
暫く歩いて振り返っていると、まだ高杉は門の前に居た。電灯の淡い光の中にその姿が浮かんでいる。
「また、明日な!!」
大声で大きく手を振った。声は返ってこなかったが、手を振り替えしてくれた事だけで充分だ。
スマホを取り出すと
『DVD届いてたわよ』
と返事が来ていた。
『ありがとう。今度さ友達を家に呼んでいい?』
『いいわよ。いつでも呼びなさいな』
それにスタンプを送ると足早に家へと向かった。
立派な門構えを見上げると自然とそんな言葉が口に出ていた。テレビでしか見たことのないような立派なお屋敷。古そうな木で出来た門の表札には「高杉」と書かれている。
門にインターフォンが付いていなければ、途方に暮れた所だった。ここから大声で呼んだとしても、家までは聞こえないだろうし、とても中に入る勇気はない。
ボタンを押す手が震える。押すのが初めてな訳ではないし、よろしくはないがピンポンダッシュもやった事がある。呼び出す相手は同級生で、緊張する理由などないはずなのだ。
だが、知ってはいても実際に目にすると足がすくむ。
高杉家は地元の名家である。地主で議員だったり、大企業の社長だったり。とにかく絵に書いたような家である。
そこの息子の高杉晋助は長男。所謂跡取り息子である。それなら地元でなく私立や有名な高校に行けばいいのに、家の方針だとかでごく普通の高校に入学している。
幼少からの英才教育や武術で文武両道。顔も良く女生徒のファンも多いこれまた漫画の主人公か、と思う存在である。
しかし、高杉が誰かと一緒に居るという所を見た事がない。家柄からか、その雰囲気からか人を寄せ付けないオーラがあった。人と関わりたくないのかもしれない。喋っても業務連絡のような印象だ。
では、人に対して冷たいかと言えばそうではないし、高杉晋助という人物には謎の部分が多い。
土方自身も高杉と関わった事は殆んどない。同じクラスではあるが、交わした会話は一言二言。高杉が家の都合で休んだ翌日、日直だった土方が提出物の話をしただけである。
そうして今日もたまたま日直であった土方が、高杉の家までプリントを届けに来る事になってしまった。
提出は明日だから緊急で届けて欲しいと、担任に押し付けられてしまった。ならなぜもっと早く渡さなかったのかと言えば
「忘れてた。大串くん仲良かったよな?」
とのたまった。
とことんやる気のない担任教師に呆れて突き返そうとしたが、恐ろしい速さで逃げられた。普段はナマケモノみたいな速度のくせに逃げ足だけは速いのだ。
そうして、断わる事も出来ず元来責任感の強い土方は不満を垂らしながらも高杉の家の前までやって来たのである。
インターフォンを押して、プリントを渡してさっさと帰ろうと思っていたのだが、大きな門構えに足がすくんだのである。
知らない人が見ればヤのつく自由業のような家だ。普通の民家かマンションのドアしか見たことのない土方にとっては、それだけで気圧されていた。
かといってここでずっと立ちっぱなしという訳にはいかない。制服を着ているから、さすがに不審者には見られないだろうが。注文していたアニキのDVDも家族が受け取っている筈だ。その為にも早く家に帰りたい。
大好きなアニキはこんな事で臆する事はない、とインターフォンを押した。返事が返ってくるまでの無音の時間がやけに長く感じる。心臓を吐き出してしまうような感覚だ。
「……お待たせしました。どちら様でしょうか?」
「あ、えと。高杉くんと同じ学校の土方といいますが、プリントを届けに来ました…!」
声が上擦った。高杉くんと言ってしまったが、ここの家は皆、高杉である。同じ学校と言ったので伝わるとは思うがどうにも不安しかない。
「ちょっと待ってろ」
急に相手がぶっきらぼうな言い方になった。それに、心臓がギュッとなる。失礼があって怒らせてしまったのだろうか。プリントだけ置いて帰る事も考えたが「待ってろ」と言われた以上は待つしかない。
「悪い。待たせた」
実際にはせいぜい五分程度だったのだろうが、体感では一時間くらい待つと門が開いて高杉が出てきた。
薄い紫色の着物。少し気だるげな表情。ドラマに出てくる若旦那、というような出で立ちに不覚にも見惚れてしまった。
「……どうした?」
「い、いや!あ、これプリント!」
訝しげな声にハッとなり慌てて鞄からプリントを取り出した。
「わざわざ悪かったな。………これ期限明日じゃねぇか」
「あーその、悪い……」
「どうせ銀八が忘れてた、とかだろ」
「ははっ……」
正にその通りで乾いた笑いしか出ない。
プリントも渡し終えたし「それじゃ」と帰ろうとすると腕を捕まれた。
「お前、時間ある?」
「え」
「ジジイどもの話は退屈で仕方ねぇ。上がってけよ」
「い、いや俺は……」
「茶くらい出すから」
ニコッと笑うとそのまま引き摺られる形で高杉家の門を潜る事になってしまった。
門から立派な庭を通ると、これまた立派な玄関に着いた。感覚がバクリそうである。
「お邪魔しまーす……」
家に上がるだけというのに、動作がぎこちない。何か一つでも粗相があれば命を落とすんじゃないか、というくらいの緊張感。
長い廊下を歩いていると何人か使用人らしき人間とすれ違った。皆、高杉が通ると端に寄り頭を下げる。
「友達が来たから部屋に行く。後で茶と適当に菓子を持ってきてくれるか」
「かしこまりました」
その内の一人に高杉が声をかける。友達、というのが自分だと理解するのに少し時間がかかった。
高杉の部屋に着くまで、まるで死刑囚みたいな心地でいつの間にか息を止めて歩いていた。
「狭い部屋だがゆっくりしてくれ」
案内された部屋は和室だった。狭い、と言っていたが内のリビングくらいはありそうでやはり感覚が違うのだろう。
奥には本棚と机。鞄と制服が鴨居にかけられているくらいで、他には何もない。近藤さんの家に遊びに行った時とはの真逆の部屋である。
物がない。それがこの部屋の印象だった。高校生なら漫画本の一つくらいありそうだが、そんな物はなさそうな雰囲気だ。厳格な家であるからそういう物は持ち込めないのかもしれない。
「立ってねぇで座れよ」
「あ、ああ」
高杉が座布団を押し入れから出してきた。汚れ一つない高級そうな座布団である。百均で買った自分の座布団とは全く違う。それに、恐る恐る正座した。自然と背中がまっすぐになる。
次に、高杉は折り畳み式の小さな丸テーブルを出してきた。普段は使わないから押し入れに閉まっているらしい。
高杉も腰を下ろしたがその様子だけで全然動きが違った。時代劇に出てくる侍とかそういうような感じだった。
「失礼します」
「入れ」
座ったものの、どうすればいいのかと思案している所に使用人の人が入ってきた。音も立てずに目の前にお茶と菓子が置かれる。特殊な訓練でも受けているのだろう。
頭を下げて部屋を出ていくと、また高杉と二人きりになった。
「食えよ。味は確かだ」
目の前には練り切りと呼ばれる和菓子が置かれている。それと、これを切る為だろう小さな木製のナイフみたいな物。
練り切りは見たことも食べた事もある。だが、それはスーパーで売っている安価な物だったし、手掴みで食べてしまった。
どう食べるのが正しいのかが分からない。当然、手掴みなんて駄目だろうし。そこで、気付かれないようにチラリと高杉を盗み見た。高杉の目の前にも同じ物が置かれているのだ。ならば、同じように食べればいい。
「え…?」
「あ?」
が、予想に反して高杉は手掴みで丸ごといってしまった。見た目を楽しむとか味わうとかそんな雰囲気は一切なかった。
「俺しかいねぇんだ。手で食えばいい」
視線と反応の意味に気付いたらしく、クスッと笑った。それに恥ずかしさを覚えながらも口に放り込んだ。
「悪いな。スナック菓子の一つでもありゃあいいんだが、うちはそんなんばっかでよォ」
不満を吐きながらもどこか嬉しそうに高杉がこちらを見ていた。こうやって見てみると、年相応の少年といった感じだ。
「いや……うま…美味しかった、です」
「いいって、いいって。普通に話してくれ。これじゃ、ジジイ共から逃げてきた意味がねぇ」
そう言うと、高杉は正座を崩して胡座をかいて、テーブルに頬杖をついた。なんというかガラリと雰囲気が変わってしまった。
それに面食らっていると、高杉が可笑しそうに吹き出した。
「な、何で笑うんだよ…!」
「くくっ…悪ぃ悪ぃ。お前があんまり鳩が豆鉄砲食らったような顔するからよ…ふふっ」
「んな顔してねぇ!」
怒ればさらに高杉は笑った。大人びて近寄りがたかった高杉は、なんの事はない同い年の少年だった。
「なぁ、土方。お前ファミコン持ってる?」
「ファミコン……?」
「持ってねぇな……」
知ってはいるが、なぜわざわざファミコンなのかと疑問に思った。まぁ、世の中には昔のゲームが好きという人間は多い。手触りだけで何のゲームか当てる人間がいる程だ。
「……そうか。ポートピア連続殺人事件の犯人が知りてぇんだが、途中で銀八がソフト失くしやがったんだよ」
銀八と知り合いだったのに驚いた。剣道の道場が一緒だったようで、昔からあの先生はいい加減だったらしい。
こういう家柄故か、ゲームや漫画などの娯楽が殆んどない。銀八がこっそりやらせてくれたそれが唯一のゲームだった。
自分で買おうにも厳重に管理されてそういう物は買わせて貰えない。スマホは連絡のみで、ネットはほぼ使えないと言ってもいい。
自分だったらこんな生活発狂しそうだと思う。高杉の場合は最初からそういう世界で、多数の習い事やらで家以外の人間と関わりが少なかった。羨ましいと思わなかったといえば嘘になる。だが、それが当たり前でいつしかその思いを閉じ込めるようになっていた。
久しぶりに同年代と喋ったと言った、高杉は本当に楽しそうだった。実際に喋ってみれば、高杉はどこにでもいる同い年の少年でしかなかった。
もう少し、高杉の事を知りたいと思う。
「ファミコンはねぇけど、スイッチなら……」
「スイッチ……?」
「スプラっていうすっげぇ面白いゲームがあるんだ。今度さ俺の家でやろうぜ?」
「……!!おう、やる!!」
高杉の目が見開いて、それから今日一番嬉しそうに笑った。
高杉のスマホの連絡先に土方の名前が追加された。仰々しい名前が並ぶなか、土方の名前はなんだか窮屈そうだ。政治家のジジイとか会社のジジイとかの中に、友達とあるのはどうにも照れ臭い。
高杉は何度も何度も連絡先を眺めては笑っていた。あまりにも嬉しそうだから、LINEのお気に入りのスタンプをプレゼントしたのに「なんだこりゃ?」と怪訝な顔をするのはどうかと思う。
『もうすぐご飯よ』
という姉からのメッセージに、もうとっくに日が暮れている事に気が付いた。
『わかった。友達の家に居るからこれから帰るよ』
返信して、高杉に帰る事を告げると凄く寂しそうな顔をされてしまった。
高杉はわざわざ門まで送ってくれた。家の者に送らせると言われたが、黒塗りの高級車に乗る勇気はまだ持てない。
暫く歩いて振り返っていると、まだ高杉は門の前に居た。電灯の淡い光の中にその姿が浮かんでいる。
「また、明日な!!」
大声で大きく手を振った。声は返ってこなかったが、手を振り替えしてくれた事だけで充分だ。
スマホを取り出すと
『DVD届いてたわよ』
と返事が来ていた。
『ありがとう。今度さ友達を家に呼んでいい?』
『いいわよ。いつでも呼びなさいな』
それにスタンプを送ると足早に家へと向かった。
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