灯籠流し(高土)

 水面に灯りがゆらゆらと揺れる。
 人は死ぬと何処へ行くのだろうか。

 お盆の終わり。灯籠を持って祭りへと向かった。夜とはいえ、まだ蒸し暑い。ほんの僅かな時間であっても、額から一筋汗が流れ落ちる程だ。
 屋台からはいい香りがし、浴衣を着たお姉さんたちは目の保養だ。賑やかではあるが、どこか落ち着いた雰囲気もある。
 この祭りのメインは灯籠流しである。お盆の終わりの死者を弔い送る。近年は花火やらアイドルのステージもあったりで、騒ぐというイメージが強かったが今年は本来の目的に近いような気がする。
 ターミナルでの決戦から初めて迎えるお盆である。今も正確な死傷者、行方不明者の人数は分からないままだ。
 復興が順調に進んでいるとはいえ、工事中に仏様が見つかるなんて事もままある。見つかればいい方だ。何も残らず、死んでいる事も知られずにいる者もいるはずである。
 灯籠流しの会場は遠くに祭りの喧騒は聞こえるものの、静かである。静かにしましょう、というルールはないのだが皆一様に騒ぐ事をせず、静かに水面を眺めている。
 母親と娘が灯籠を流した。灯籠はゆっくりと流れに乗って少しずつ離れていく。
 母親は祈り、娘は手を振る。あの日に父親か兄弟かを亡くしたのだろうか。
 そんな人達が多くいた。今年は特にそう感じる。考えすぎかもしれないが、やはり今年はそういう意味合いが強いのだろう。
 得たものより、守ったもよりも。帰って来なかったもの、失くしたものの方が多い戦いだったように思う。
 いずれこの事も少しずつ風化していくのだろうけど。人間が生きている限り、あの悲しい男が生まれてしまう可能性もない訳ではない。

 灯籠を受け取り自分たちも同じように水面に浮かべた。いつも賑やかな神楽でさえ静かにその光景を眺めている。神楽も新八も出会った頃よりも大人びていた。
 その静寂の中で「ぐぅ」と腹の虫か鳴いた。神楽の腹から聞こえたそれに、笑いが抑えられてなくなる。
「もう我慢出来ないアル!」
「あっちょっと神楽ちゃん!!」
 この雰囲気を壊さないように我慢していたらしいが、とうとう根を上げたようだ。屋台に向かって全力疾走する神楽を新八が追いかける。
 大人になったと思ったが、まだ中身はそのままでなんとなく安心してしまう。
 あっという間に見えなくなった二人を追いかけようと、立ち上がると視界の端に見知った顔が写った。
 屋台のある場所と違って、明かりは絞られていて少し距離が空くと顔が見えにくくなる。それでも、視界に入った人間が誰かくらいは嫌でも分かってしまう。
「よう、お前も参加してたのか」
「万事屋か。たまたま休みになってな」
 珍しい事もあるものだ。祭りとなれば必ず制服姿の土方を見る。だが、今日は濃紺の浴衣を着ていた。その浴衣も初めて見る。
 土方の手にも先ほど自分たちが流した灯籠と同じ物があった。
 川縁に土方が音もなくしゃがむ。それを見て立っているのもと思い、同じようにしゃがんだ。
 土方は水面にそれを浮かべるとゆっくりと手を離した。
 横目に見た土方は手を合わせ、祈る姿は憂いを帯びている。
 対テロリストの武装警察となれば、一般的な同心に比べると格段に死亡率は上がる。
 鬼だと言われても誰よりも隊士の死に胸を痛め悲しんだのは土方だ。罵られようとも、石を投げられようと、それも全部受け止めて失った命を背負って真っ直ぐに立っている。
 そして、沖田の姉の事も。言葉にはしないが今も特別な存在として、土方の中で生きている。
 きっと彼らと彼女に祈っているのだ、と思うのに何故か違うような気がして仕方がない。
 理由は分からない。けれど、纏う雰囲気が、表情が、初めて見た浴衣が。いつも見てきた土方と違う、と本能が言って
「危ないっ!」
「きゃっ!」
「すみませんっ!お怪我はありませんでしたか!?」
 しゃがんでいた土方に女の子がぶつかってしまったようだ。尻餅をついてしまったその子に土方が手を貸している。
「大丈夫だ。…嬢ちゃん立てるか?」
「うん。お兄さんごめんなさい…」
 どうやら祭りと灯篭の雰囲気にはしゃいで走り出してしまったらしい。
「こっちこそ浴衣を汚しちまってすまねぇ。……綺麗な蝶々の柄だな」
「うん!お母さんがね作ってくれた、私の宝物なの!」
 ぶつかってしまって沈んだ表情を浮かべていた女の子の顔がパアッと明るくなる。女の子でもおばあちゃんでもこういう事を無自覚に言うから、隠れファンを増やし初恋を奪っていくのだ。
 母親は頭を下げ、女の子は手を振りながら去っていく。それに土方は「気にしないでください。夜道はお気をつけて」と返しながら手を小さく振った。
 気が付いてしまった。土方が蝶の柄を見た時に雰囲気が変わった。
 気のせいだと言われればそうかもしれない。だが、暗がりでも、遠くからでも分かる程に土方の事をずっと見ていたから、分かってしまった。
 時折見せたあの表情も、深い溜め息も。遠くを見詰めていた目も。
 そうさせていたのは土方の胸の中にいる、あの男なのだと確信した。
 まさか、とは思うが自分の勘は当たる。そういった機微を見逃さないのが戦場で生きていく為の術でもあったからだ。
 納得できるような理由は見つからなくとも、確信してしまった。理屈ではなく本能で理解してしまった。
「万事屋?」
 土方が訝しげな顔でこちらを見ていた。急に黙りこんで、動かないとなれば誰でもそうなるだろう。
「あ、あぁ。あー……何か食いに行かね?腹減っちまってさぁ」
「ははっ、なんだそりゃ」
 先ほどの雰囲気はなかったかのように土方が笑った。
「ほら、行こうぜ!」
「おい、そんなに腹減ってたのか?」
 手を掴み走り出すと困惑しながらも土方は素直にそれに倣った。声も嫌そうではなく、長年連れ添った友人みたいな反応だった。
 
 きっと土方は知らない。
 不思議な赤子が鬼兵隊の元に居る事を。
 それを伝えるべきか。黙っておくべきか。
 あの男の魂は今どこに居るのだろうか。

 
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