冬の思い出(銀土)
冬の思い出
土方十四郎は鬼教師である。
先生とは高校生の時に出会った。入学式の日、並ぶ教員の中で一際輝いていた先生に目を奪われた。中身など知るよしもない俺は単純に「綺麗だ」と思ったのだが……
先生は鬼だった。
風紀委員の顧問で生活指導も担当し、数学の授業は進学校でもないのに超スパルタ。
朝一番に校門に立ち身だしなみと遅刻チェックされ、校則違反が見つかればすぐにお説教なり反省文を書かされる。自分にも他人にも厳しく、顧問でもある剣道はめちゃくちゃに強い。その為並みの不良では歯が立たない。担任が土方かつ剣道部の人間はさぞや地獄であっただろう。
見た目はかなりいいのに、その厳しさ故にあまり好かれている方ではなかった。それでも見た目の良さや「叱られたい♡」と思う奇特な人間もいるので不思議なものである。
しかし、そんな先生に惚れてしまう事件が起きた。
知り合いの居酒屋の2階に下宿しているのだが、その主人であるババアに「すぐに手伝って欲しい」と言われた。この日の手伝いは終わっていたので何事かと下に降りればカウンターに突っ伏した男の子が1人。酔っ払いである。
ババアと従業員のたまには成人男性は荷が重い。キャサリンは面倒だといつのまにか帰っていたらしい。
閉店作業はババア達に任せ、ひとまず酔っ払いを起こそうとゆすってみる。「んんっ」と小さく声が聞こえたのでどうやら起きてはくれたらしい。
起きた所でまともに思考が働いてはいないだろうから、ここからが大変なのだが。
「んー?さかたかぁ?」
「えっ!?」
酔っ払いが顔を上げるとそれは鬼教師で。
いつも見ている仏頂面でなく、フニャフニャした顔で笑うものだから別人かと思った。だが何度も遅刻や校則違反で注意されてきたからまず見間違える事はない。
「んふふっやっぱふわふわだなぁ」
酔っ払いは俺がパニック状態などお構い無しに、コンプレックスである髪を楽しそうに触っている。
「さかたは、えらいなぁ」
「へ?」
「ちゃんとおうちのてつだいしててえらいなぁ」
「先生、俺が手伝いしてるの知ってんの!?」
「あたりまえだろお?このまえさんくみのしむらたすけてたのもしってるぞお」
「何でそれも!?」
「だってせんせえだからな!」
とても先生とは思えないような辿々しさと理由である。そして相変わらずわしゃわしゃと髪を触り続けている。
「さかたいがいもしってるぞ。かつらはちょっとやべぇとこあるけど、かいちょーとしてがんばってるし、たかすぎはやんきーだけどかだんのせわしてくれてるし、さかもとはこえがでかいな」
それからも先生の口からは生徒のいい所がどんどん語られていく。担任のクラスならまだわかるが、他クラスの俺の事まで知っているなんてただただ驚くしかなかった。
一通り言ったと思ったらまたカウンターに突っ伏して今度は本当に眠ってしまった。
先生の家なんて知らないし、どうにもならぬと自分の部屋まで背負ってベッドに寝かせた。明日は土曜日だしまあいいだろう。
そうして翌日、目覚めた先生はハムスターみたいな可愛さで俺に謝ってきた。
あんな鬼のような先生が、ひたすらに可愛くて誰よりも生徒思いだった事実に見事にやられてしまったのだった。
「ただいま~」
「おかえ…酒くさっ!まーた飲まされたの!?」
「のんれねぇよ?ほらぎんとき!まめとえほーまきかってきたぞ!」
「先生、酒弱いんだから飲まされるな、っていつも言ってるだろ?」
「んー?」
あれから先生を口説き落とし、大学生になった俺は先生と一緒に暮らすようになった。
酒に弱いのに飲み会になると飲まされるからいつも酔っ払って帰ってくる。こんなに可愛い姿を他のやつに見られるなんて嫌だし、わかってて飲ませてるのに違いない。
「ぎんとき!まめまくぞー」
「明日!掃除大変だから明日にしよう、ね?」
「えー」
「それに俺は坂田だから豆撒かなくてもいいの」
「そうなのかーぎんときはものしりだなぁ」
普段は鬼教師である先生を追い出すなんて真似は絶対にしたくない。こんなに可愛くて愛しい鬼は家に居てくれればいい。
土方十四郎は鬼教師である。
身だしなみや遅刻に厳しいが、そのおかげで面接では誰よりも身だしなみが整っていて、誰も遅刻するような者はいなかった。数学の試験を落とす事はないという。不良を何人も更正させたし、剣道部は今や全国レベルの強豪校にもなった。
土方十四郎は鬼の仮面を被った不器用なかわいい男なのである。
土方十四郎は鬼教師である。
先生とは高校生の時に出会った。入学式の日、並ぶ教員の中で一際輝いていた先生に目を奪われた。中身など知るよしもない俺は単純に「綺麗だ」と思ったのだが……
先生は鬼だった。
風紀委員の顧問で生活指導も担当し、数学の授業は進学校でもないのに超スパルタ。
朝一番に校門に立ち身だしなみと遅刻チェックされ、校則違反が見つかればすぐにお説教なり反省文を書かされる。自分にも他人にも厳しく、顧問でもある剣道はめちゃくちゃに強い。その為並みの不良では歯が立たない。担任が土方かつ剣道部の人間はさぞや地獄であっただろう。
見た目はかなりいいのに、その厳しさ故にあまり好かれている方ではなかった。それでも見た目の良さや「叱られたい♡」と思う奇特な人間もいるので不思議なものである。
しかし、そんな先生に惚れてしまう事件が起きた。
知り合いの居酒屋の2階に下宿しているのだが、その主人であるババアに「すぐに手伝って欲しい」と言われた。この日の手伝いは終わっていたので何事かと下に降りればカウンターに突っ伏した男の子が1人。酔っ払いである。
ババアと従業員のたまには成人男性は荷が重い。キャサリンは面倒だといつのまにか帰っていたらしい。
閉店作業はババア達に任せ、ひとまず酔っ払いを起こそうとゆすってみる。「んんっ」と小さく声が聞こえたのでどうやら起きてはくれたらしい。
起きた所でまともに思考が働いてはいないだろうから、ここからが大変なのだが。
「んー?さかたかぁ?」
「えっ!?」
酔っ払いが顔を上げるとそれは鬼教師で。
いつも見ている仏頂面でなく、フニャフニャした顔で笑うものだから別人かと思った。だが何度も遅刻や校則違反で注意されてきたからまず見間違える事はない。
「んふふっやっぱふわふわだなぁ」
酔っ払いは俺がパニック状態などお構い無しに、コンプレックスである髪を楽しそうに触っている。
「さかたは、えらいなぁ」
「へ?」
「ちゃんとおうちのてつだいしててえらいなぁ」
「先生、俺が手伝いしてるの知ってんの!?」
「あたりまえだろお?このまえさんくみのしむらたすけてたのもしってるぞお」
「何でそれも!?」
「だってせんせえだからな!」
とても先生とは思えないような辿々しさと理由である。そして相変わらずわしゃわしゃと髪を触り続けている。
「さかたいがいもしってるぞ。かつらはちょっとやべぇとこあるけど、かいちょーとしてがんばってるし、たかすぎはやんきーだけどかだんのせわしてくれてるし、さかもとはこえがでかいな」
それからも先生の口からは生徒のいい所がどんどん語られていく。担任のクラスならまだわかるが、他クラスの俺の事まで知っているなんてただただ驚くしかなかった。
一通り言ったと思ったらまたカウンターに突っ伏して今度は本当に眠ってしまった。
先生の家なんて知らないし、どうにもならぬと自分の部屋まで背負ってベッドに寝かせた。明日は土曜日だしまあいいだろう。
そうして翌日、目覚めた先生はハムスターみたいな可愛さで俺に謝ってきた。
あんな鬼のような先生が、ひたすらに可愛くて誰よりも生徒思いだった事実に見事にやられてしまったのだった。
「ただいま~」
「おかえ…酒くさっ!まーた飲まされたの!?」
「のんれねぇよ?ほらぎんとき!まめとえほーまきかってきたぞ!」
「先生、酒弱いんだから飲まされるな、っていつも言ってるだろ?」
「んー?」
あれから先生を口説き落とし、大学生になった俺は先生と一緒に暮らすようになった。
酒に弱いのに飲み会になると飲まされるからいつも酔っ払って帰ってくる。こんなに可愛い姿を他のやつに見られるなんて嫌だし、わかってて飲ませてるのに違いない。
「ぎんとき!まめまくぞー」
「明日!掃除大変だから明日にしよう、ね?」
「えー」
「それに俺は坂田だから豆撒かなくてもいいの」
「そうなのかーぎんときはものしりだなぁ」
普段は鬼教師である先生を追い出すなんて真似は絶対にしたくない。こんなに可愛くて愛しい鬼は家に居てくれればいい。
土方十四郎は鬼教師である。
身だしなみや遅刻に厳しいが、そのおかげで面接では誰よりも身だしなみが整っていて、誰も遅刻するような者はいなかった。数学の試験を落とす事はないという。不良を何人も更正させたし、剣道部は今や全国レベルの強豪校にもなった。
土方十四郎は鬼の仮面を被った不器用なかわいい男なのである。
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