夏の思い出(銀土)

夏の思い出

 待ちに待った夏休み。セミは煩いくらいに鳴き、太陽の日差しが照り付ける。窓の外にはプールで泳ぐ水着ではしゃぐ女の子達が見えた。
(あーいいなぁ。プール気持ち良さそうだなぁ)
 なんてぼんやり眺めていたら頭に痛みが走る。
「いって!!角はヤメロ角は!!」
「ボーッとしてねぇでさっさと問題解け!」
 机の上には数式の書かれたプリントに目の前には担任教師。クーラーもない教室で補習を受けている。
 何が悲しいかな夏休みにまで勉強をしなければいけないのか。まあ、中間と期末で赤点を取り出席日数も微妙なラインだから自業自得としかいいようがない。
「つっても分かんねぇんだもん」
 教科書の角を受けて痛みを訴える額を抑えながら口を尖らせながら言った。
「さっき説明しただろうが…」
 先生は思い切り溜め息を吐くと、細く長い指で数式をなぞる。俺の目は数式ではなくその指の動きを追う。
「…で、ここに公式を当てはめてだ。おい、聞いてるのか坂田」
「聞いてる!聞いてる!」
 先生が教科書を構えた。右から左に説明は抜けていたが角は痛いので聞いてると答えた。
 先生に見られながら問題を解くのは緊張する。いつもは大勢の生徒を見ている目が、今はただ俺を見ている。
「ちゃんと出来るじゃねぇか」
 朧気な記憶を頼りになんとか問題を解いてみれば、どうやら正解だったようでホッと息を吐く。
「土方先生ーちょっといいですか?」
「ええ大丈夫ですよ。坂田ちょっと抜けるから残りの問題解いておけよ。分からない所は後で教えてやるから」
 ちょっと雰囲気良くなったと思った所に乱入してくる空気の読めない教師にイラッとする。服部の野郎、後で覚えておけよ。
 先生は先生で、さっさと教室を出てしまって一人になった教室にセミの声が響いた。 
(分からない所か…)
 分からない事しかない。授業中はあんたの事ばっかり見て勉強は入ってこない。みんなじゃなくて俺を見て欲しい。他の誰かと喋っているだけで嫉妬してしまう。怒った顔じゃなくて笑った顔が見たい。あの薄い口唇にキスをしたい。
 この気持ちはなんなのだろう。あんたに聞いたら教えてくれる?たくさん知ってる公式を使えば答えが分かる?
 分からない事ばかりだから答えを教えてくれよ。なあ、先生。
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