ビューティフルガール
「さあーかあーたあー!!」
「あー?うっせぇなぁ」
「会議すっぽかすたぁどういうつもりだ!!」
「仕方ねぇだろ。あそこで逃げる訳には行かなかったんだよ」
「まさか、攘夷浪士か!?」
「確変からの魚群だぞ。逃げられるかよ」
「仕事中にパチンコしてんじゃねええええええ!!!」
ガミガミくどくどダラダラとお説教。ちょーっと巡回中にパチンコやっただけじゃねぇか。真剣勝負から逃げられる訳がないだろう。
「聞いてんのか坂田!!」
「へーへー。よくもまぁ毎回飽きないもんですね」
何かあるたびに、すーぐ切れてすーぐ小言やお説教だ。ああ本当に飽きねぇな。
俺の態度が気にくわないのか、目の前でギャンギャンと吠えているのが、俺と同じ真選組副長の土方十四郎。
名前は男だが生物学上で言えば女になる。聞くところによると生まれた家のしきたりだとか、ゴタゴタで男の名前を与えられ育てられたらしい。まぁ、興味ないけど。
名は体を表すというべきか、持って生まれたものなのか。「お前生まれる性別間違えたろ」というレベルで中身は男、もはやゴリラと言っても過言ではないだろう。
喧嘩大好き、刀を振り回すのも大好き。目付きが悪く短気ですぐに怒鳴る。殴る蹴るは当たり前。口も悪い。タバコは吸いすぎ。酒も好き。がに股で歩くし、胡座をかいて脚を広げるのも当たり前。腹筋バキバキに割れてるし。着物は黒ばっかで、合わせがガバガバなんもだから見れたもんじゃない。マヨラーで味覚最悪だし、家事なんてひとつもできやしない。
いいのは見た目だけだ。流れるような黒髪をひとつにまとめて、肩で風を切って歩く。顔の作りは女優顔負けだし、高身長でスレンダーなモデル体型。胸はないが、形のいい尻をしている。
女性や子供には優しいので、ちまたでは「男装の麗人」「王子様」なんて呼ばれているらしい。
何も知らない人間は楽でいいな、と思う。
中身ゴリラで鬼の副長とも呼ばれる女が王子様なんだからどんなフィルター通して見ているんだ、と問いたくなる。
ゴリラじゃ生ぬるいから、キングコングにでもしないとゴリラに失礼だ。
『お前俺のところに来い』
頭ではあんなキングコングが女なんかではないと否定するのに、この身を土方に拾われたその時から心はあの女を求めている。
どんなに綺麗で胸の大きなお姉さんを見ても、吉原のトップクラスの花魁にしなだれかかれても、反応するのは土方だけなのだ。
「おい、坂田!!さっさと俺の部屋に来い!!」
「いってええ!!殴るんじゃねぇよ、このキングコング!!」
「誰がキングコングだと…?」
「部屋に来い」というのもお誘いであったらどんなにいいか。
殴られた頭をさすりながらこれ以上はたまらないと重い腰を上げた。
「トシぃ~~~~よおおおく似合ってんじゃねぇかぁ!」
「そ、そうか?」
巡回から帰ってみれば、ヤクザみたいなおっさんが満足気な表情で大広間を占拠していた。かなり上等そうな着物が畳が見えなくなるほどに置かれている。
その部屋の中心には、着物を纏った土方の姿。これまた立派で大きな姿見の前でクルクル回ったり、ちょっと微笑んでみたりしている。普段は自分の事を女だと思ってないような素振りを見せるのに、今は満更でもない表情をしていてそれがどうにも腹立たしい。
傍に控えた山崎がやりとげた表情をしていたのも腹が立つ。お前の腕じゃなくて上等な着物と素材の良さだろ。
おっさんの足元をよく見れば見合い写真らしき物が置かれている。機嫌はさらに悪くなる。
そんな事は知らぬとばかりに、おっさんはまた別の着物を渡した。この色ならこの帯はどうか、ならこの簪はどうか、と何度も合わせてこれがいい、これは違うと繰り返す。
真選組に下りてくる見合い話なんて形式的な物や裏で組をいいように操ろうとしているのが殆どだ。俺や近藤には適当にやるくせに、娘のような土方の相手は徹底的に調べあげる。難関をくぐり抜けてもその先にはお断りしかないのに、見合いの申し出は後を断たないらしい。断らても何度も申し込んでくるような強者もいるという話だ。
3人は着物選びに夢中になっているようだ。見合い写真を拾い上げ、手触りのいいカバーを開いた。そこにはなんの特徴もないし、かっこよくも悪くもない、良くていい人止まりの優しそうな男の写真があった。
「馬子にも衣装、ってか?」
「あ"?んだとコラ」
「別にお前に言ったつもりないんだけど、もしかして自覚あった?」
「ちょっと表出ろや」
「副長その格好で暴れないでくださいよ!!」
「暴力沙汰はおじさんが許さないよ?3秒以内にやめろ。ほら、いーち」
ドォン!ドォン!ドォン!
「「「2と3はあああ!?」」」
おっさんが発砲したが、奇跡的に着物は全て無傷。物によっては俺の給料の3ヶ月分はするような物もあったらしい。少しでも汚れていれば、俺の給料から差し引かれていそうで本当に何もなくて良かった。
土方は恋愛にも結婚にも興味がないのだと思っていた。そもそも嫁の貰い手があるとも思っていなかった。たった一度だけ聞いた事がある。
約束、なのだと言った。故郷の親友が土方の晴れ姿を見たいと言った。自分の命はそう長くはないからと。ある種の呪いにも思える約束を土方は大切にしてきた。自身は呪いだなんて一つも感じていない。ただ約束を果たしたいと願っている。
その親友も今は鬼籍に入ってしまい、総一郎くんと二人で墓参りに行く姿をいつも見送っている。
組の為に生きて、親友の為に生きて。
それはお前の幸せか。お前の自身の幸せなのか。
お前はお前の為に生きているのか。
似合いもしない上等な着物に顔を綻ばせる姿など見たくない。
「あ~やっちまった。やっちまったなぁ、おい」
秘密裏に監察方に探らせていた攘夷浪士に動きがあったと連絡を受けた。小さな組織ではあるが、急に動きが活発になり天人の犯罪組織と繋がりを持っている、という噂があった。
結論から言うと、噂は意図して流されたもの絶賛大ピンチである。
アジトに潜伏した浪士は少数でただの烏合の衆と聞いていた。警備に割かれている人数も飾りのようなもの。秘密裏だし一人で楽勝でしょ、特別ボーナス丸儲けじゃん、と意気揚々と乗り込んだ。蓋を開けてみれば、聞いていた人数の倍以上いるわ、過激派のやつが指揮をとってるわ、ヤバそうな天人もいて、あちこちに監視カメラやら警報器もトラップも用意されていた。
偽の情報を掴まされたのか、それともグルだったか。それを確認しようにも探らせていた監察方はもう息をしていない。仕事が終わったら酒の一杯でも奢ってやろうと思っていたが、墓に備えてやることしかできない。
それも、生きて帰ればの話だが。
確かに一人一人の力量はお粗末な物であった。だが圧倒的な数による不利と頭の切れる指揮にトラップの数々。それは確実に体力を削る。致命傷でなくとも怪我をすればパフォーマンスは下がるし、刃に毒でも塗られていたのか出血が止まらない。止血できるものもなく、血痕によって簡単に追い付かれる。
廃墟ビルの構造を叩き込んできたが、実際には全くといっていいほどの別物だった。
こんなことなら他の誰かに任せてしまえばよかった。俺以外に出来そうなやつなんて思い付かないけれど。
断れないの知ってて、おっさんが話を振ってきたのも腹が立つし、断れない自分にも腹が立つ。
俺がやらないなら土方にやらせる、そう言えば必ず俺が頷くと知っての事だ。汚れ仕事など今更だろうけれど、土方の手を汚す事が減るならばいくらでも自分の手を汚そう。
出血で頭はクラクラするし、右腕ばかり執拗に狙われたお陰で使い物にはなりそうにない。脚の健は傷付いていないが傷が深く、不安定な足場で片脚を捻ってしまったようだ。
どうにか逃げ込んだこの場所も見付かるのは時間の問題だろう。物陰に座り込み死角になってはいると思うが、部屋の隅に監視カメラが付いているのが見える。
「こんな所に居たんですね"白夜叉"殿」
「トップ自ら来てくれるとは光栄だね」
ああ、ほらすぐに見付かってしまった。感じた絶望を誤魔化すように、笑って強気に軽口を叩いてみるも正直限界に近い。
そいつだけじゃなく部下も一気に部屋に入ってきて囲まれる。元気だったら全員倒せそうなんだけど、今はちょっと無理だ。
「あなたには死んで貰います」
「あー最初から俺狙いだったかー」
「いいえ、両方です」
かつて伝説とも言われた攘夷志士が幕府の狗に墜ちた、という現実は胸糞悪ぃよな。邪魔だわなそりゃ。俺でもそう思うもん。
伝説も白夜叉という名もお前らが勝手に担ぎ上げて、勝手に落胆してるだけじゃねぇか。
あー、マジで目が霞んできた。刀握れっかな。食堂の冷蔵庫のケーキ食われたらどうしよ。まだ喧嘩したかったな。最後くらい素直になればよかったかな。
案外、死というのは簡単に受け入れられる物だったのか。もっとみっともなく足掻く物だとも、未練があるものだとも思っていた。
せめて、一息にやって欲しい。苦しいのと痛いのはやめてくれねぇかな。そういうの苦手なんだよ。
刀を構えるのが見えた。一息でやっくれるようでよかった。
息を大きく吸って吐く。まぁ、それなりにいい人生だった。
そう覚悟を決めた筈なのに、目の前には瓦礫の山とこの場には似つかわしくない出で立ちの人物が庇うように仁王立ちしているではないか。轟音と共に状況は一変していた。
瓦礫の隙間から血がゆっくりとこちらに流れてくる。さっきまで目の前で俺を殺そうとしていた男は、可哀想に瓦礫の下敷きになってしまった。
上を見上げればあった筈の天井がなくなっている。ちょうど真下に居たから潰されたのか。いつも無茶苦茶をするんだ。人には無茶をするなと言う癖に。向こう見ずなのはお互い様だろう。
上等な着物が台無しじゃねぇか。それ、一番高いやつだろ。誰が弁償すると思ってんの。化粧もぐちゃぐちゃになってるだろう。せっかく綺麗にしてもらったのに。簪も折れてしまってもう使えねぇな。
「死にてぇやつからかかって来いよ!どうした?誰も来ねぇならこっちから行くぞ?」
突然の乱入者、さらに指揮を取っていたトップが死んだのだ。頭を失くした集団が混乱するのも無理もない。一人また一人と情けない断末魔が響く。さっきまで勢いはどこにいったのか、浪士たちは何もできずに死体に変わっていく。果敢に向かっていく者も実力差がありすぎて相手になっていない。有利なのは数だけだ。それもすぐになくなるだろうが。
「坂田!まだ死んでねぇだろうな!」
『クソガキ。まだ死んでねぇだろうな』
「ここでくたばったら俺が殺してやる!」
『ここでくたばる気なら俺がその命貰うぞ』
「手足が千切れても、這いつくばってでも生きろ!」
『手足がまだ付いてだろ。てめぇの手で掴め。てめぇの足で立て』
「てめぇは地獄の果てまで俺と一緒に行くんだよ!!」
『お前は俺と地獄に落ちる覚悟があるか?』
背を向けて戦う姿が出会った日の土方の姿と重なる。浪士崩れの男たちに襲われ、心も身体もぼろぼろで死ぬ事で終わらせようとうしていた俺を庇うように目の前に立つ姿。
その背中は実際には華奢なのにとてつもなく大きくて強く見えた。
その背中を見た時から俺は土方に堕ちていたのだ。
血塗れで土埃で汚れ。おおよそ女とは言えない汚い言葉。
着物だったものはもういくらの価値もないだろう。紅を差した口唇よりも浴びた鮮血の鮮やかさよ。
きっとどれだけ効果な着物を用意しようと。簪や宝石で飾り付けたところで、土方の美しさを越えるものなどこの世にはないだろう。
「おう。気が付いたか」
身体が揺れる感覚で目が覚めた。どうやらいつの間にか気を失ってしまったらしい。
眠っている間に鎮痛剤と解毒薬でも飲まされたのか、多少の痛みはあるものの血は止まっていた。同時に飲んだら危ないのではないか、と思ったが土方にそんな配慮があるとは思えない。だらりと垂れた自分の右腕にはドス黒く変色した着物だった物で止血されていた。一度、価値というものをしっかり教えるべきではないかと思ったが、きっと聞く耳を持たないだろう。
「いや、まじ、背負われてるとか…ちょっと傷付く…」
鍛えてあるとはいえ70kgはある成人男性を涼しい顔で背負っている、というのは男の稔侍とかプライド的なものが許さない。
平坦な場所ならまだしも、階段を降りるとなるとかなりの負担になる。ここ何階だと思ってるんだ。
「傷付く?何がだ?」
「カッコ悪ぃだろ…なんか」
「お前がいつ格好良かったんだ?」
「ヒデェ!」
「まぁ、下に着くまで我慢するこった。そろそろ、他のやつらも着いてるはずだ」
「はぁっ!?まさか一人で来たのか!?お前バカじゃねぇの!?」
「その言葉そのままバットで打ち返してやるよ」
楽勝だからと一人乗り込んで、まんまと罠にハマったのは俺でしたね。返す言葉もない。
「いやそれより見合いは!?」
「見合い?それならトイレ行ってくる、って言って抜け出した」
「本当にお前バカ過ぎるだろ…結構名のある家のやつなんだろ?玉の輿が…」
「玉の輿ぃ?そんなの興味ねぇよ」
「つーか…約束…だって…ある、だろ」
「あー…あれか。それなら果たせそうだから気にすんな」
聞きたくなかった言葉に心臓が跳ねる。全身の痛みがぶり返してしまいそうだ。
「地獄の果てまで一緒に来て貰う、って言ったろ?」
「はえっ!?」
ニヤリと笑う顔。ああ絶対に楽しんでる。
「本当に格好悪ぃ…死にてぇ…」
「一緒に地獄に堕ちような、坂田」
彼女にはきっと一生敵わない。
死んで二人で地獄に堕ちた後もきっと変わらない。
魂をかけて闘う愛しい貴女がこの世で一番美しい。
「あー?うっせぇなぁ」
「会議すっぽかすたぁどういうつもりだ!!」
「仕方ねぇだろ。あそこで逃げる訳には行かなかったんだよ」
「まさか、攘夷浪士か!?」
「確変からの魚群だぞ。逃げられるかよ」
「仕事中にパチンコしてんじゃねええええええ!!!」
ガミガミくどくどダラダラとお説教。ちょーっと巡回中にパチンコやっただけじゃねぇか。真剣勝負から逃げられる訳がないだろう。
「聞いてんのか坂田!!」
「へーへー。よくもまぁ毎回飽きないもんですね」
何かあるたびに、すーぐ切れてすーぐ小言やお説教だ。ああ本当に飽きねぇな。
俺の態度が気にくわないのか、目の前でギャンギャンと吠えているのが、俺と同じ真選組副長の土方十四郎。
名前は男だが生物学上で言えば女になる。聞くところによると生まれた家のしきたりだとか、ゴタゴタで男の名前を与えられ育てられたらしい。まぁ、興味ないけど。
名は体を表すというべきか、持って生まれたものなのか。「お前生まれる性別間違えたろ」というレベルで中身は男、もはやゴリラと言っても過言ではないだろう。
喧嘩大好き、刀を振り回すのも大好き。目付きが悪く短気ですぐに怒鳴る。殴る蹴るは当たり前。口も悪い。タバコは吸いすぎ。酒も好き。がに股で歩くし、胡座をかいて脚を広げるのも当たり前。腹筋バキバキに割れてるし。着物は黒ばっかで、合わせがガバガバなんもだから見れたもんじゃない。マヨラーで味覚最悪だし、家事なんてひとつもできやしない。
いいのは見た目だけだ。流れるような黒髪をひとつにまとめて、肩で風を切って歩く。顔の作りは女優顔負けだし、高身長でスレンダーなモデル体型。胸はないが、形のいい尻をしている。
女性や子供には優しいので、ちまたでは「男装の麗人」「王子様」なんて呼ばれているらしい。
何も知らない人間は楽でいいな、と思う。
中身ゴリラで鬼の副長とも呼ばれる女が王子様なんだからどんなフィルター通して見ているんだ、と問いたくなる。
ゴリラじゃ生ぬるいから、キングコングにでもしないとゴリラに失礼だ。
『お前俺のところに来い』
頭ではあんなキングコングが女なんかではないと否定するのに、この身を土方に拾われたその時から心はあの女を求めている。
どんなに綺麗で胸の大きなお姉さんを見ても、吉原のトップクラスの花魁にしなだれかかれても、反応するのは土方だけなのだ。
「おい、坂田!!さっさと俺の部屋に来い!!」
「いってええ!!殴るんじゃねぇよ、このキングコング!!」
「誰がキングコングだと…?」
「部屋に来い」というのもお誘いであったらどんなにいいか。
殴られた頭をさすりながらこれ以上はたまらないと重い腰を上げた。
「トシぃ~~~~よおおおく似合ってんじゃねぇかぁ!」
「そ、そうか?」
巡回から帰ってみれば、ヤクザみたいなおっさんが満足気な表情で大広間を占拠していた。かなり上等そうな着物が畳が見えなくなるほどに置かれている。
その部屋の中心には、着物を纏った土方の姿。これまた立派で大きな姿見の前でクルクル回ったり、ちょっと微笑んでみたりしている。普段は自分の事を女だと思ってないような素振りを見せるのに、今は満更でもない表情をしていてそれがどうにも腹立たしい。
傍に控えた山崎がやりとげた表情をしていたのも腹が立つ。お前の腕じゃなくて上等な着物と素材の良さだろ。
おっさんの足元をよく見れば見合い写真らしき物が置かれている。機嫌はさらに悪くなる。
そんな事は知らぬとばかりに、おっさんはまた別の着物を渡した。この色ならこの帯はどうか、ならこの簪はどうか、と何度も合わせてこれがいい、これは違うと繰り返す。
真選組に下りてくる見合い話なんて形式的な物や裏で組をいいように操ろうとしているのが殆どだ。俺や近藤には適当にやるくせに、娘のような土方の相手は徹底的に調べあげる。難関をくぐり抜けてもその先にはお断りしかないのに、見合いの申し出は後を断たないらしい。断らても何度も申し込んでくるような強者もいるという話だ。
3人は着物選びに夢中になっているようだ。見合い写真を拾い上げ、手触りのいいカバーを開いた。そこにはなんの特徴もないし、かっこよくも悪くもない、良くていい人止まりの優しそうな男の写真があった。
「馬子にも衣装、ってか?」
「あ"?んだとコラ」
「別にお前に言ったつもりないんだけど、もしかして自覚あった?」
「ちょっと表出ろや」
「副長その格好で暴れないでくださいよ!!」
「暴力沙汰はおじさんが許さないよ?3秒以内にやめろ。ほら、いーち」
ドォン!ドォン!ドォン!
「「「2と3はあああ!?」」」
おっさんが発砲したが、奇跡的に着物は全て無傷。物によっては俺の給料の3ヶ月分はするような物もあったらしい。少しでも汚れていれば、俺の給料から差し引かれていそうで本当に何もなくて良かった。
土方は恋愛にも結婚にも興味がないのだと思っていた。そもそも嫁の貰い手があるとも思っていなかった。たった一度だけ聞いた事がある。
約束、なのだと言った。故郷の親友が土方の晴れ姿を見たいと言った。自分の命はそう長くはないからと。ある種の呪いにも思える約束を土方は大切にしてきた。自身は呪いだなんて一つも感じていない。ただ約束を果たしたいと願っている。
その親友も今は鬼籍に入ってしまい、総一郎くんと二人で墓参りに行く姿をいつも見送っている。
組の為に生きて、親友の為に生きて。
それはお前の幸せか。お前の自身の幸せなのか。
お前はお前の為に生きているのか。
似合いもしない上等な着物に顔を綻ばせる姿など見たくない。
「あ~やっちまった。やっちまったなぁ、おい」
秘密裏に監察方に探らせていた攘夷浪士に動きがあったと連絡を受けた。小さな組織ではあるが、急に動きが活発になり天人の犯罪組織と繋がりを持っている、という噂があった。
結論から言うと、噂は意図して流されたもの絶賛大ピンチである。
アジトに潜伏した浪士は少数でただの烏合の衆と聞いていた。警備に割かれている人数も飾りのようなもの。秘密裏だし一人で楽勝でしょ、特別ボーナス丸儲けじゃん、と意気揚々と乗り込んだ。蓋を開けてみれば、聞いていた人数の倍以上いるわ、過激派のやつが指揮をとってるわ、ヤバそうな天人もいて、あちこちに監視カメラやら警報器もトラップも用意されていた。
偽の情報を掴まされたのか、それともグルだったか。それを確認しようにも探らせていた監察方はもう息をしていない。仕事が終わったら酒の一杯でも奢ってやろうと思っていたが、墓に備えてやることしかできない。
それも、生きて帰ればの話だが。
確かに一人一人の力量はお粗末な物であった。だが圧倒的な数による不利と頭の切れる指揮にトラップの数々。それは確実に体力を削る。致命傷でなくとも怪我をすればパフォーマンスは下がるし、刃に毒でも塗られていたのか出血が止まらない。止血できるものもなく、血痕によって簡単に追い付かれる。
廃墟ビルの構造を叩き込んできたが、実際には全くといっていいほどの別物だった。
こんなことなら他の誰かに任せてしまえばよかった。俺以外に出来そうなやつなんて思い付かないけれど。
断れないの知ってて、おっさんが話を振ってきたのも腹が立つし、断れない自分にも腹が立つ。
俺がやらないなら土方にやらせる、そう言えば必ず俺が頷くと知っての事だ。汚れ仕事など今更だろうけれど、土方の手を汚す事が減るならばいくらでも自分の手を汚そう。
出血で頭はクラクラするし、右腕ばかり執拗に狙われたお陰で使い物にはなりそうにない。脚の健は傷付いていないが傷が深く、不安定な足場で片脚を捻ってしまったようだ。
どうにか逃げ込んだこの場所も見付かるのは時間の問題だろう。物陰に座り込み死角になってはいると思うが、部屋の隅に監視カメラが付いているのが見える。
「こんな所に居たんですね"白夜叉"殿」
「トップ自ら来てくれるとは光栄だね」
ああ、ほらすぐに見付かってしまった。感じた絶望を誤魔化すように、笑って強気に軽口を叩いてみるも正直限界に近い。
そいつだけじゃなく部下も一気に部屋に入ってきて囲まれる。元気だったら全員倒せそうなんだけど、今はちょっと無理だ。
「あなたには死んで貰います」
「あー最初から俺狙いだったかー」
「いいえ、両方です」
かつて伝説とも言われた攘夷志士が幕府の狗に墜ちた、という現実は胸糞悪ぃよな。邪魔だわなそりゃ。俺でもそう思うもん。
伝説も白夜叉という名もお前らが勝手に担ぎ上げて、勝手に落胆してるだけじゃねぇか。
あー、マジで目が霞んできた。刀握れっかな。食堂の冷蔵庫のケーキ食われたらどうしよ。まだ喧嘩したかったな。最後くらい素直になればよかったかな。
案外、死というのは簡単に受け入れられる物だったのか。もっとみっともなく足掻く物だとも、未練があるものだとも思っていた。
せめて、一息にやって欲しい。苦しいのと痛いのはやめてくれねぇかな。そういうの苦手なんだよ。
刀を構えるのが見えた。一息でやっくれるようでよかった。
息を大きく吸って吐く。まぁ、それなりにいい人生だった。
そう覚悟を決めた筈なのに、目の前には瓦礫の山とこの場には似つかわしくない出で立ちの人物が庇うように仁王立ちしているではないか。轟音と共に状況は一変していた。
瓦礫の隙間から血がゆっくりとこちらに流れてくる。さっきまで目の前で俺を殺そうとしていた男は、可哀想に瓦礫の下敷きになってしまった。
上を見上げればあった筈の天井がなくなっている。ちょうど真下に居たから潰されたのか。いつも無茶苦茶をするんだ。人には無茶をするなと言う癖に。向こう見ずなのはお互い様だろう。
上等な着物が台無しじゃねぇか。それ、一番高いやつだろ。誰が弁償すると思ってんの。化粧もぐちゃぐちゃになってるだろう。せっかく綺麗にしてもらったのに。簪も折れてしまってもう使えねぇな。
「死にてぇやつからかかって来いよ!どうした?誰も来ねぇならこっちから行くぞ?」
突然の乱入者、さらに指揮を取っていたトップが死んだのだ。頭を失くした集団が混乱するのも無理もない。一人また一人と情けない断末魔が響く。さっきまで勢いはどこにいったのか、浪士たちは何もできずに死体に変わっていく。果敢に向かっていく者も実力差がありすぎて相手になっていない。有利なのは数だけだ。それもすぐになくなるだろうが。
「坂田!まだ死んでねぇだろうな!」
『クソガキ。まだ死んでねぇだろうな』
「ここでくたばったら俺が殺してやる!」
『ここでくたばる気なら俺がその命貰うぞ』
「手足が千切れても、這いつくばってでも生きろ!」
『手足がまだ付いてだろ。てめぇの手で掴め。てめぇの足で立て』
「てめぇは地獄の果てまで俺と一緒に行くんだよ!!」
『お前は俺と地獄に落ちる覚悟があるか?』
背を向けて戦う姿が出会った日の土方の姿と重なる。浪士崩れの男たちに襲われ、心も身体もぼろぼろで死ぬ事で終わらせようとうしていた俺を庇うように目の前に立つ姿。
その背中は実際には華奢なのにとてつもなく大きくて強く見えた。
その背中を見た時から俺は土方に堕ちていたのだ。
血塗れで土埃で汚れ。おおよそ女とは言えない汚い言葉。
着物だったものはもういくらの価値もないだろう。紅を差した口唇よりも浴びた鮮血の鮮やかさよ。
きっとどれだけ効果な着物を用意しようと。簪や宝石で飾り付けたところで、土方の美しさを越えるものなどこの世にはないだろう。
「おう。気が付いたか」
身体が揺れる感覚で目が覚めた。どうやらいつの間にか気を失ってしまったらしい。
眠っている間に鎮痛剤と解毒薬でも飲まされたのか、多少の痛みはあるものの血は止まっていた。同時に飲んだら危ないのではないか、と思ったが土方にそんな配慮があるとは思えない。だらりと垂れた自分の右腕にはドス黒く変色した着物だった物で止血されていた。一度、価値というものをしっかり教えるべきではないかと思ったが、きっと聞く耳を持たないだろう。
「いや、まじ、背負われてるとか…ちょっと傷付く…」
鍛えてあるとはいえ70kgはある成人男性を涼しい顔で背負っている、というのは男の稔侍とかプライド的なものが許さない。
平坦な場所ならまだしも、階段を降りるとなるとかなりの負担になる。ここ何階だと思ってるんだ。
「傷付く?何がだ?」
「カッコ悪ぃだろ…なんか」
「お前がいつ格好良かったんだ?」
「ヒデェ!」
「まぁ、下に着くまで我慢するこった。そろそろ、他のやつらも着いてるはずだ」
「はぁっ!?まさか一人で来たのか!?お前バカじゃねぇの!?」
「その言葉そのままバットで打ち返してやるよ」
楽勝だからと一人乗り込んで、まんまと罠にハマったのは俺でしたね。返す言葉もない。
「いやそれより見合いは!?」
「見合い?それならトイレ行ってくる、って言って抜け出した」
「本当にお前バカ過ぎるだろ…結構名のある家のやつなんだろ?玉の輿が…」
「玉の輿ぃ?そんなの興味ねぇよ」
「つーか…約束…だって…ある、だろ」
「あー…あれか。それなら果たせそうだから気にすんな」
聞きたくなかった言葉に心臓が跳ねる。全身の痛みがぶり返してしまいそうだ。
「地獄の果てまで一緒に来て貰う、って言ったろ?」
「はえっ!?」
ニヤリと笑う顔。ああ絶対に楽しんでる。
「本当に格好悪ぃ…死にてぇ…」
「一緒に地獄に堕ちような、坂田」
彼女にはきっと一生敵わない。
死んで二人で地獄に堕ちた後もきっと変わらない。
魂をかけて闘う愛しい貴女がこの世で一番美しい。
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