臆病者に口付け

「土方、火ィくれや」
「あ"?またかよ」
「仕方ねぇだろ、ライター壊れちまったんだから」
「どんだけ壊れんだよ」

文句を言いながらも、土方は火の付いた煙草を向けてくる。
その火が移り、吸い込む。あぁ、美味い。

「討ち入り後の一服は美味ぇな。生きてる、って気がするわ」
「お前でも冗談言うんだな」
「どういう意味だ」
「また、やってるんですかぃ。ホモ副長さんたち」

うえぇっ…とご丁寧に吐く真似をして、沖田がやってきた。涼しい顔をしているが、返り血で全身が染まっている。
そんな姿を見たら、コイツに懸想している町娘たちは吐くか卒倒するだろうな。

「誰がホモだ!総悟、いつもやり過ぎだって言ってんだろ!!ほとんど、ぶっ壊してんじゃねぇか!証拠残ってなかったら始末書だからな!」
「へーへー」
「聞いてんのか!」
「聞いてませーん」
「総悟!!」

また、はお前の方だろう。土方に火を貰いに行くと、見ていたかのようにタイミング良く現れる沖田。
そりゃあ、嫉妬ってやつじゃねぇのか。大事な兄を取られたと思ってるのか、それとも…
それに気が付いてねぇからお前はガキなんだ。

「土方副長ー!こっちに隠し部屋があるようです!」
「わかった。すぐ行く」

土方は制服を翻して声がした方に走っていく。
沖田と二人きりなど嬉しくもない。

「いつまでやるんですかぃ?それ。ライター壊れてないでしょ」
「さぁな。少なくとも、お前には教えてやらねぇよ」
「乳繰り合うなら、見えない所でやってくだせぇよ。こっちは多感なティーンですぜ?」
「よく言う」

多感なティーンは返り血浴びて平気な顔はしねぇよ。
吸殻を足で消し、2本目を咥える。
懐から取り出した安っぽいプラスチックのライターで火を付けた。




※※※※※



「よー!晋ちゃん、いらっしゃーい!」
「帰る」
「待って待って待って!お前が帰っちまったら、ここの支払いどーすんの!?」
「テメェで払え」
「銀さん、もうツケはきかないからね」
「だからさ、一生のお願い!」

馴染みの飲み屋に行けば、見たくない野郎が居て早々に帰ろうとしたが、袖を掴まれてしまった。
離せ。その馬鹿力はどっから出るんだ。

女将にまで「銀さんが払うか見張っていてくれ」と頼まれてしまう。俺はコイツの保護者じゃねぇんだが。最悪、俺の財布から出すやつじゃねぇか。ふざけんな。

「それで?どーなの」
「何がだ」
「土方くん」
「どうもしねぇよ」

俺が注文した、だし巻き玉子を銀時が勝手に食べる。なんで真ん中から取るんだ。美味ぇ、じゃない。返せ。

「記憶。戻って欲しいの、欲しくねぇの」
「それは、俺が決めることじゃねぇ」
「怖ぇのか」
「………そうかもな」
「町に出りゃあ、女の子たちからキャーキャー言われてる、天下の副長様が本命には全く手が出せねぇみたいだな」
「俺ァ、土方を…十四朗を大事にしてぇだけだ」
「テメェが決められねぇなら、俺が貰っちまうぜ?」
「十四朗に手ェ出したら殺すぞ」
「冗談。はーっ!美味かったわ!ごっそーさん!」

財布から札を出して机に置いて店を後にするのを見送った。
すっかり冷めてしまった、だし巻き玉子を口に運ぶ。

「あの野郎、足りねぇじゃねぇか」

机に無造作に置かれた札は、明らかに額が足りていない。
払わないよりはマシか。
皺の付いた札を財布にしまう。

「いい酒が入ったんだけど、どうだい?」
「貰う」

確かにいい酒だ。
銀時じゃあ、一生飲めねぇかもな。

『怖ぇのか』

一人になると銀時の声が頭の中に反響する。
真選組のもう一人の鬼と恐れられているなど笑うしかない。
あぁ、怖いさ。死ぬよりも余程。


十四朗が居るから、真選組に居る。
近藤にも沖田にも興味はない。幕府だってどうでもいい。
十四朗が近藤を守る事を望むなら守る。
真選組が必要ない、と言うなら全て壊してしまってもいい。
片目を失っても、腕がなくなっても、脚がもげても、十四朗の為なら全部なくしたっていい。
巡回中に襲われたと聞けば肝を冷やす。
からかいに行くフリをして、内心は気が気でない。
討ち入りで物言わぬ死体になっていならば、きっと気が触れてしまう。






俺の世界に十四朗が居てくれるなら、それでいい。けれど十四朗の望む世界に俺は居るのだろうか。








※※※※※





「土方。火」
「はぁ!?ライターやっただろうが」
「忘れた」
「お前なぁ…」

土方の煙草から火が移る。吸い込む。吐きだす。

「討ち入り後の一服は美味ぇな」
「次はちゃんと持って来いよ」
「覚えてたらな」

よかった。今日もお前が生きている。
お前がいなきゃ、俺は煙草が吸えねぇんだ。
もう二度と冷たい口唇には触れたくなどない。

「高杉?どうかしたか?」
「なんでもねぇよ」


手を伸ばせば触れられるというのに、口唇にも体温にも触れられない俺は、この世界で一番の臆病者だ。




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