落日
とある地方で神が見つかった。
像や絵などではなく、紛れもなく生命活動を行っていた。歪ではあったが人の形をしていた。
それが本当に神かどうかは誰にも分からないが、神と呼ばれたのだから神だったのかもしれない。
今はもう、それを確かめる術はない。
最初に神を見付けたのは、信心深い若い男だった。
毎日、神仏に祈りを捧げ物腰か柔らかく優しい男だった。困っている者がいれば己の身銭を気ってでも助けるような男だった。
その頃、日本中で自然災害が多発。中心である江戸も混乱しつつあり、財政難や幕府への不信感が不安につながりそこら中に拡がっていた。それに伴い不況や失職者が増え負のループが始まる。そうなれば、倒幕をかかげる攘夷が活発となりさらに不安が各地へと拡大していく。
不安が大きくなると、神仏にすがる者が多くなる。
この神と呼ばれた者も例外ではなかった。
始めは聞いた事のないような言語で声を発した。かろうじて聞き取れた「水」という単語に水を供えたがそうではなかった。数日後、豪雨により川が氾濫した。
また別の日に「地」と発した。翌日大きな地震が起きた。
偶然かそれとも都合よく解釈しただけか。それでも、同じような事が何度か続けばお告げではないかと騒ぎ始めた。それに加えて病気が良くなったという者が出てきたとなれば、神と呼ばれる事に時間はかからなかった。
日本中を覆う不安と同じように、この神の噂も瞬く間に拡がっていった。
自然災害や社会情勢の悪化で、益々お告げは増えていく。流行り病も起きた。
しかし、全てではないがその殆どを神のお告げにより、被害を最小限に食いとどめ、病もすぐに治り、嘘か本当かわからないが、死人も蘇ったとなれば、誰もが神が我々を救済してくれると信じて疑わなかった。
恐らくこれが最後のチャンスだったのかもしれない。
やがて神を奉り上げ、新興宗教が立ち上げられた。
民衆だけでなく、幕府の上層部にまで信者が生まれた。
規模が大きくなるにつれ、お告げは重要な物になった。今や政治の方針はお告げに左右されるとも言ってもいい。それほどまでに、お告げは人々を救った。
神は聞いた事のない言語で話す。そのお告げを正確に読み取らねばならない。間違えてしまえば死罪を告げられてもおかしくはない程だった。
正確に神のお告げを、真意を読み解くにはどうすればよいか。間違えれば死。彼らを狂わせたのは死か神だったのか。
誰かが言った。
「神を人の身に降ろせばいい」
誰も正常な思考など持ち合わせていなかった。
自然災害は以前よりも増えた。病は次から次へと流行る。攘夷はより過激になる。
大勢いたはずの仲間も神を妄信する幕臣に殺された。
神降ろしは太古からあった行いだ。
卑弥呼、イタコ、ユタ。
そういった信仰は今も根強く残っている。
しかし、彼らは霊的な物ではなく科学的に神を人の身に降ろす事を考えた。
不確かな物よりも確かな物の方が信用がおける。
幸か不幸か天人より科学力は飛躍的に伸びている。
神を鼻で笑う者も多かったが、中には興味を持つ天人もいた。
異常性に気が付かない程に、国は狂い病んでいた。
まず、始めに神を見付けた男が被験者となった。
結果は失敗。降ろす前に狂って死んだ。
信者は喜んで被験者となった。何人も狂い、廃人となる。成功したかと思えば、狂った信者の妄言であった。
成功率を上げる為に、実験を繰り返す。狂気でしかないそれを皆が希望と捉えられた。被験者を希望する信者は後を絶たない。死んだとしても、神の一員となったと奉られるからだ。
DNAや血液型、生体パターンなど。神に近い数値を持っている者ほど、成功率が上がる事がわかった。
神と近い者の選定は信者だけでなく日本に住む者も対象となった。
その結果、神に近い者が数人選定される。
そして、一番神に近しい者として『真選組副長 土方十四郎』の名が上がった。
※※※※※
「よろずやぁ〜おれはなぁ〜かみさまってやつになるんだ。すげぇだろ」
「土方くんどうした!?飲みすぎじゃない!?」
「なぁ、すげぇだろ?おれがかみになるんだぜ?」
「うん。すごい、すごい!すごいからもう飲むの止めような?」
ただの酔っ払いの戯言だと思っていた。
神の寄代として土方の名前がトップニュースになったのは、それから3日後のことだった。
※※※※※
攘夷が活発になれば、同様に真選組の出動も多くなる。
毎日のように起こるテロ。激化するにつれ死傷者も出始めた。攘夷浪士は日本各地にいるが、真選組は限られた人数しかいない。当たり前のように皆疲弊し、検挙率は急降下していく。そうなれば「真選組は何をしているんだ!」と叩かれる。そして、またテロが起きて、の繰り返し。
かぶき町の至るところで見た黒い制服を殆ど見かけなくなった。いつしか真選組は半数以下になっていた。
攘夷浪士のテロが多発すれば、幕府上層部からの圧力に加え、民衆からの非難も増えて行った。マスコミのバッシングでそれらは日に日に増長していく。
休む暇もなく働き、非難される。減るのは人員ばかりだ。一向に改善しそうにはない。真選組は疲弊しきり、いつ崩壊してもおかしくない状況にあった。
そこに舞い込んできたのが「土方が一番近く神降ろしに最適だから、是非協力して欲しい」という物だった。
「協力」とは言っているが実際には「脅迫」が近いだろう。
「断ればどうなるか分かっているな?」何も言わずとも狂信者の冷たい目が雄弁に語っている。評判が地の底まで落ちた真選組の信頼を回復し、文字通り江戸だけでなくこの国を救う神となる。
「承知致しました」
土方は包帯の巻かれた頭を深々と下げた。
※※※※※
テレビも新聞も雑誌も全て土方の名前ばかりだ。
それまで散々真選組の事を叩いていたマスコミは掌を返して、真選組を土方を絶賛する。
かぶき町の人間にも信者がいて喜んでいた。
「銀さん、あなた副長さんと仲良かったわよね?おめでとうって伝えてくれないかしら?」
「わかったよ。仲良くはねぇけど、会ったら言っとく」
吐き気がした。とっくにこの国は狂って病んでいる。
それから土方を見たのは2週間後。
いよいよ神降ろしが始まるという前日にお披露目が行われた。
テレビに映る土方は真っ白で上等な着物を纏い、白かった肌をさらに白くさせていた。元々、細身ではあったがさらに線が細くなったように思う。きらびやかな装飾品で着飾られたその姿は生け贄のように見えた。
真選組の代表としてインタビューに近藤は「とても光栄な事です」と努めて笑顔で答えていたが、悲しい目をしていた。沖田も山崎も他の隊士達も、誰一人として笑っていなかった。皆、同じように悲しみと悔しさを目に宿していた。
そして、俺は神が奉られた新興宗教の門を叩いた。
※※※※※
神、もとい土方のお告げはいつあるか分からない。
そのため24時間体制で常に信者が2,3人付いている。
土方は汚れどころか、皺の一つもない真っ白な装束を着せられている。あの頃の凜とした面影はなく、顔や身体に歪さが現れて、空虚な目をしていた。
神降ろし、という物は神と土方を科学の力で融合させ、ひとつにしたのだ。
土方がなのん前触れもなく、口を開いた。今日は「3日後に〇〇〇で地震が起きる」という内容だった。それを書き留めた信者が慌ただしく部屋を出て行った。
俺は、土方の護衛として付く事になった。門を叩いたその日に元々護衛だった連中を全て薙ぎ倒してこの役職を手に入れた。無論、土方を守る為だ。
護衛役が決まったその晩に屯所に訪れ、近藤に話した。
「トシの事を頼む」
と深く頭を下げた。同席していた沖田までもだ。
「土方を犠牲にしてお前らはどうするんだ」と掴み掛かろうとしたが、出来なかった。
明日から、真選組の残りの人員全てが激戦地へと向かう事になっているのだという。
「敵を殲滅するまで戻って来るな」という無茶苦茶な内容だった。近藤を含め皆、土方が犠牲になる事を望んでいない。反乱分子は早めに排除という事か。
土方は真選組を守る為に、犠牲になったというのに真選組は守られないのだ。名誉の戦死として名誉だけは守られるのだろうけれど。
あれから戦況を確認はしているが芳しくない。
あと、どれだけ俺の知っているヤツが生きているのだろう。
それとは真逆に民衆の生存率は飛躍的に向上した。
なにせ、的確なお告げを得られるようになったのだ。自然災害が来る前に、避難すればいいし、病の原因となる小動物は先に駆除してしまえばいい。大きな事故も分かるようになった。おまけに、土方にかかれば不治の病だってたちどころに治る。治癒を受けられる人間は限られているが。
それなのに、今日も知らない場所で真選組の誰かが死んだ。
土方が神になって半年が過ぎた。
この頃、お告げの内容が不吉な物や回避できない事が増え始めた。
ただ単に誰かが死ぬ。それもろくな死に方をしない。異形の動物が異常発生する。自然災害を回避した先で事故が起きる。
さらに的中率も少しずつ下がり、神はどうしてしまったのだと徐々にざわつき、神を交代させるべきでは?という意見も上がってくる程になった。
それから、益々お告げは不吉さを極め、それまで9割近かった的中率も1,2割となってしまった。
おまけに土方の姿も歪さを増していった。
これはいよいよ、となった。
次を外せば後はない。
最期になるかもしれない日に、多くの信者の見守る中、歪んで話しにくくなった口唇がゆっくりと開く。
「みんな…しぬ。こ、れはかえ、られ…ない。にげられな、い。おま…えた、ちが…えらん、だ」
「どういうことだ!?我々を殺す気か!!」
「みんな…しぬ。こ、れはかえ、られ…ない」
土方は壊れたように同じ言葉を繰り返す。
「殺せ!」
誰かが声を上げた。
「そうだ殺せ!」
誰かが賛同した。
「殺せ!」という声が重なり、大きくなっていく。狂信者達のコーラスが始まった。
その光景に気を取られて、土方に近付く気配に気付くのが遅れたのは完全に俺の落ち度だった。
どうにか突飛ばしたおかげで、急所は避けられたが傷は深い。短刀も引き抜かれてしまい、土方の真っ白な装束がたちまち真っ赤に染まっていく。
「そいつも殺せ!」
ああ、上等だ。
何せ、俺は土方を守る為にここに居るんだから。
※※※※※
それは3ヶ月前の事だ。
立て続けにお告げがありお告げの聞き役だけでなく、土方の世話役も全て出払い、二人きりになった。
「よ、ろずや」
「土方!?お前、俺が分かるのか!?」
「ああ…今だけはな」
土方が神になって初めての会話。お告げ以外は基本的に喋る事がない。目の前に居ても虚ろな目に俺が映る事はなかった。
それが、今は言葉を交わし光の宿った目に俺が写っている。
「『俺』が『俺』でいられるのはこれが最後だろうから、お前に伝えておきたい事がある」
もう一度俺の目を強く見てから話始めた。
「始めに言っておく。もう、この国は助からない。
保たれていた均衡を自分たちで崩した。プラスとマイナスで上手くバランスを取っていたが、プラスに傾きすぎた。生まれた人と同じ数だけ、死ぬ人間がいる、っていう話があるだろう?けれど、災害も病も回避するようになってマイナスがなくなってしまった。多少なら、どうにかなったが…俺たちはやりすぎたんだ。星全体の均衡を保つために、星によってこの国は滅ぶ。星全部が滅ぶのと、国が1つ滅ぶのを天秤にかければ国の方を選ぶだろう?」
淡々と語られるこの国の終わり。
別に何も感じなかった。ただ、そうだろうなと思った。土方が土方でなくなった時点で、俺の国は終わっていたのだから。
「今はまだなんとか『俺』と『こいつ』とで抑えてるんだ。けれど、もう時期それも限界が来る。ひとつになって分かった。『こいつ』は神じゃなくて『人間』だった。龍脈を抑えるための杭。その杭が引き抜かれたんだ。いずれ龍脈が暴走してこの国は滅ぶ。お告げと呼ばれる物も星に張り巡らされた龍脈から情報を読み取って自動的に伝えているだけだ。早い内にお前んとこのメガネやチャイナとか大事なヤツらを遠くに逃がせ。出来れば星の外がいい。……近藤さんたちの事は知ってるから気は遣わなくていい」
文字通り歪に笑う。
こうなる前は憎らしい程に端正で男前でイケメンだったのに。歪ませたのは、俺たちだ。
土方は続ける。
「本当は『俺』だって神になんざなりたくなかった。なるつもりもなくて、最後まで抵抗してやろうと思った。『俺』が融合した時『こいつ』の記憶が流れ込んできたんだ。『こいつ』も妾の子で、年の離れた優しい兄がいたそうだ。ところが、兄が病に倒れてしまって、何も出来ずにいた。そこに飛び込んできたのが、生け贄の話だ。「神様になれば兄を助けられると思った」だから、自分から手を上げたんだ。「神様になって、兄を守りたかったんだ」と。自分と重ねちまったのかな。それを知って抵抗する気が消えて、受け入れてた。『こいつ』は自分の名前さえ忘れちまってんのに、想いだけは消えなかった。人間ってやつはすげぇもんだ。今も何百、何千、何万もの意志が龍脈を通して『俺』の中に流れ込んでくる。『こいつ』はよくこれを何百年と耐えられたな。…もうじき『俺』の意識も龍脈の一部になって消えるだろうよ。…その前に言っておきてぇんだ。万事屋、お前は『俺』の事が嫌いだろうが、『俺』はお前の事、ずっと好きだった…」
※※※※※
最後の一人が倒れる。正気を無くして行動の予測出来ない信者よりも、攘夷浪士や天人の相手をする方が何倍も楽だ。
殆どが武芸などしたことのない者ばかりだったが、数が多すぎた。さらに、手負いの土方を守らねばならない。
片足を引きずりながら、土方の元へ向かう。
ヒューヒューと苦しそうに呼吸する音が聞こえる。
誰がどう見ても手遅れである事が分かった。
もう終わり。俺たちは自らの手で滅ぶ事を選んだ。
それは当然の報いだ。
坂本の船にいる新八や神楽たちだけが助かるだろう。アイツらならきっと何処でもやって行けるはずだ。
土方の鼓動が少しずつ弱まり始めた。それに連動するように、大地が小さく揺れ始める。
「土方、お前を1人にはさせねぇよ」
知ってたんだ。お前が神と呼ばれる影で、歪んでいく姿を化物と呼ばれていた事も。
友人たちとも離ればなれで。
「一緒に逝こう」
転がっていた真剣で二人分の身体を貫く。
刀で繋がるなんて俺たちらしくていいと思わないか?
ゆっくりと目を閉じる。痛みも悲しみも何も感じない。あるのは深い闇だけ。
「なあ、土方。俺もお前のことずっと好きだったんだ」
像や絵などではなく、紛れもなく生命活動を行っていた。歪ではあったが人の形をしていた。
それが本当に神かどうかは誰にも分からないが、神と呼ばれたのだから神だったのかもしれない。
今はもう、それを確かめる術はない。
最初に神を見付けたのは、信心深い若い男だった。
毎日、神仏に祈りを捧げ物腰か柔らかく優しい男だった。困っている者がいれば己の身銭を気ってでも助けるような男だった。
その頃、日本中で自然災害が多発。中心である江戸も混乱しつつあり、財政難や幕府への不信感が不安につながりそこら中に拡がっていた。それに伴い不況や失職者が増え負のループが始まる。そうなれば、倒幕をかかげる攘夷が活発となりさらに不安が各地へと拡大していく。
不安が大きくなると、神仏にすがる者が多くなる。
この神と呼ばれた者も例外ではなかった。
始めは聞いた事のないような言語で声を発した。かろうじて聞き取れた「水」という単語に水を供えたがそうではなかった。数日後、豪雨により川が氾濫した。
また別の日に「地」と発した。翌日大きな地震が起きた。
偶然かそれとも都合よく解釈しただけか。それでも、同じような事が何度か続けばお告げではないかと騒ぎ始めた。それに加えて病気が良くなったという者が出てきたとなれば、神と呼ばれる事に時間はかからなかった。
日本中を覆う不安と同じように、この神の噂も瞬く間に拡がっていった。
自然災害や社会情勢の悪化で、益々お告げは増えていく。流行り病も起きた。
しかし、全てではないがその殆どを神のお告げにより、被害を最小限に食いとどめ、病もすぐに治り、嘘か本当かわからないが、死人も蘇ったとなれば、誰もが神が我々を救済してくれると信じて疑わなかった。
恐らくこれが最後のチャンスだったのかもしれない。
やがて神を奉り上げ、新興宗教が立ち上げられた。
民衆だけでなく、幕府の上層部にまで信者が生まれた。
規模が大きくなるにつれ、お告げは重要な物になった。今や政治の方針はお告げに左右されるとも言ってもいい。それほどまでに、お告げは人々を救った。
神は聞いた事のない言語で話す。そのお告げを正確に読み取らねばならない。間違えてしまえば死罪を告げられてもおかしくはない程だった。
正確に神のお告げを、真意を読み解くにはどうすればよいか。間違えれば死。彼らを狂わせたのは死か神だったのか。
誰かが言った。
「神を人の身に降ろせばいい」
誰も正常な思考など持ち合わせていなかった。
自然災害は以前よりも増えた。病は次から次へと流行る。攘夷はより過激になる。
大勢いたはずの仲間も神を妄信する幕臣に殺された。
神降ろしは太古からあった行いだ。
卑弥呼、イタコ、ユタ。
そういった信仰は今も根強く残っている。
しかし、彼らは霊的な物ではなく科学的に神を人の身に降ろす事を考えた。
不確かな物よりも確かな物の方が信用がおける。
幸か不幸か天人より科学力は飛躍的に伸びている。
神を鼻で笑う者も多かったが、中には興味を持つ天人もいた。
異常性に気が付かない程に、国は狂い病んでいた。
まず、始めに神を見付けた男が被験者となった。
結果は失敗。降ろす前に狂って死んだ。
信者は喜んで被験者となった。何人も狂い、廃人となる。成功したかと思えば、狂った信者の妄言であった。
成功率を上げる為に、実験を繰り返す。狂気でしかないそれを皆が希望と捉えられた。被験者を希望する信者は後を絶たない。死んだとしても、神の一員となったと奉られるからだ。
DNAや血液型、生体パターンなど。神に近い数値を持っている者ほど、成功率が上がる事がわかった。
神と近い者の選定は信者だけでなく日本に住む者も対象となった。
その結果、神に近い者が数人選定される。
そして、一番神に近しい者として『真選組副長 土方十四郎』の名が上がった。
※※※※※
「よろずやぁ〜おれはなぁ〜かみさまってやつになるんだ。すげぇだろ」
「土方くんどうした!?飲みすぎじゃない!?」
「なぁ、すげぇだろ?おれがかみになるんだぜ?」
「うん。すごい、すごい!すごいからもう飲むの止めような?」
ただの酔っ払いの戯言だと思っていた。
神の寄代として土方の名前がトップニュースになったのは、それから3日後のことだった。
※※※※※
攘夷が活発になれば、同様に真選組の出動も多くなる。
毎日のように起こるテロ。激化するにつれ死傷者も出始めた。攘夷浪士は日本各地にいるが、真選組は限られた人数しかいない。当たり前のように皆疲弊し、検挙率は急降下していく。そうなれば「真選組は何をしているんだ!」と叩かれる。そして、またテロが起きて、の繰り返し。
かぶき町の至るところで見た黒い制服を殆ど見かけなくなった。いつしか真選組は半数以下になっていた。
攘夷浪士のテロが多発すれば、幕府上層部からの圧力に加え、民衆からの非難も増えて行った。マスコミのバッシングでそれらは日に日に増長していく。
休む暇もなく働き、非難される。減るのは人員ばかりだ。一向に改善しそうにはない。真選組は疲弊しきり、いつ崩壊してもおかしくない状況にあった。
そこに舞い込んできたのが「土方が一番近く神降ろしに最適だから、是非協力して欲しい」という物だった。
「協力」とは言っているが実際には「脅迫」が近いだろう。
「断ればどうなるか分かっているな?」何も言わずとも狂信者の冷たい目が雄弁に語っている。評判が地の底まで落ちた真選組の信頼を回復し、文字通り江戸だけでなくこの国を救う神となる。
「承知致しました」
土方は包帯の巻かれた頭を深々と下げた。
※※※※※
テレビも新聞も雑誌も全て土方の名前ばかりだ。
それまで散々真選組の事を叩いていたマスコミは掌を返して、真選組を土方を絶賛する。
かぶき町の人間にも信者がいて喜んでいた。
「銀さん、あなた副長さんと仲良かったわよね?おめでとうって伝えてくれないかしら?」
「わかったよ。仲良くはねぇけど、会ったら言っとく」
吐き気がした。とっくにこの国は狂って病んでいる。
それから土方を見たのは2週間後。
いよいよ神降ろしが始まるという前日にお披露目が行われた。
テレビに映る土方は真っ白で上等な着物を纏い、白かった肌をさらに白くさせていた。元々、細身ではあったがさらに線が細くなったように思う。きらびやかな装飾品で着飾られたその姿は生け贄のように見えた。
真選組の代表としてインタビューに近藤は「とても光栄な事です」と努めて笑顔で答えていたが、悲しい目をしていた。沖田も山崎も他の隊士達も、誰一人として笑っていなかった。皆、同じように悲しみと悔しさを目に宿していた。
そして、俺は神が奉られた新興宗教の門を叩いた。
※※※※※
神、もとい土方のお告げはいつあるか分からない。
そのため24時間体制で常に信者が2,3人付いている。
土方は汚れどころか、皺の一つもない真っ白な装束を着せられている。あの頃の凜とした面影はなく、顔や身体に歪さが現れて、空虚な目をしていた。
神降ろし、という物は神と土方を科学の力で融合させ、ひとつにしたのだ。
土方がなのん前触れもなく、口を開いた。今日は「3日後に〇〇〇で地震が起きる」という内容だった。それを書き留めた信者が慌ただしく部屋を出て行った。
俺は、土方の護衛として付く事になった。門を叩いたその日に元々護衛だった連中を全て薙ぎ倒してこの役職を手に入れた。無論、土方を守る為だ。
護衛役が決まったその晩に屯所に訪れ、近藤に話した。
「トシの事を頼む」
と深く頭を下げた。同席していた沖田までもだ。
「土方を犠牲にしてお前らはどうするんだ」と掴み掛かろうとしたが、出来なかった。
明日から、真選組の残りの人員全てが激戦地へと向かう事になっているのだという。
「敵を殲滅するまで戻って来るな」という無茶苦茶な内容だった。近藤を含め皆、土方が犠牲になる事を望んでいない。反乱分子は早めに排除という事か。
土方は真選組を守る為に、犠牲になったというのに真選組は守られないのだ。名誉の戦死として名誉だけは守られるのだろうけれど。
あれから戦況を確認はしているが芳しくない。
あと、どれだけ俺の知っているヤツが生きているのだろう。
それとは真逆に民衆の生存率は飛躍的に向上した。
なにせ、的確なお告げを得られるようになったのだ。自然災害が来る前に、避難すればいいし、病の原因となる小動物は先に駆除してしまえばいい。大きな事故も分かるようになった。おまけに、土方にかかれば不治の病だってたちどころに治る。治癒を受けられる人間は限られているが。
それなのに、今日も知らない場所で真選組の誰かが死んだ。
土方が神になって半年が過ぎた。
この頃、お告げの内容が不吉な物や回避できない事が増え始めた。
ただ単に誰かが死ぬ。それもろくな死に方をしない。異形の動物が異常発生する。自然災害を回避した先で事故が起きる。
さらに的中率も少しずつ下がり、神はどうしてしまったのだと徐々にざわつき、神を交代させるべきでは?という意見も上がってくる程になった。
それから、益々お告げは不吉さを極め、それまで9割近かった的中率も1,2割となってしまった。
おまけに土方の姿も歪さを増していった。
これはいよいよ、となった。
次を外せば後はない。
最期になるかもしれない日に、多くの信者の見守る中、歪んで話しにくくなった口唇がゆっくりと開く。
「みんな…しぬ。こ、れはかえ、られ…ない。にげられな、い。おま…えた、ちが…えらん、だ」
「どういうことだ!?我々を殺す気か!!」
「みんな…しぬ。こ、れはかえ、られ…ない」
土方は壊れたように同じ言葉を繰り返す。
「殺せ!」
誰かが声を上げた。
「そうだ殺せ!」
誰かが賛同した。
「殺せ!」という声が重なり、大きくなっていく。狂信者達のコーラスが始まった。
その光景に気を取られて、土方に近付く気配に気付くのが遅れたのは完全に俺の落ち度だった。
どうにか突飛ばしたおかげで、急所は避けられたが傷は深い。短刀も引き抜かれてしまい、土方の真っ白な装束がたちまち真っ赤に染まっていく。
「そいつも殺せ!」
ああ、上等だ。
何せ、俺は土方を守る為にここに居るんだから。
※※※※※
それは3ヶ月前の事だ。
立て続けにお告げがありお告げの聞き役だけでなく、土方の世話役も全て出払い、二人きりになった。
「よ、ろずや」
「土方!?お前、俺が分かるのか!?」
「ああ…今だけはな」
土方が神になって初めての会話。お告げ以外は基本的に喋る事がない。目の前に居ても虚ろな目に俺が映る事はなかった。
それが、今は言葉を交わし光の宿った目に俺が写っている。
「『俺』が『俺』でいられるのはこれが最後だろうから、お前に伝えておきたい事がある」
もう一度俺の目を強く見てから話始めた。
「始めに言っておく。もう、この国は助からない。
保たれていた均衡を自分たちで崩した。プラスとマイナスで上手くバランスを取っていたが、プラスに傾きすぎた。生まれた人と同じ数だけ、死ぬ人間がいる、っていう話があるだろう?けれど、災害も病も回避するようになってマイナスがなくなってしまった。多少なら、どうにかなったが…俺たちはやりすぎたんだ。星全体の均衡を保つために、星によってこの国は滅ぶ。星全部が滅ぶのと、国が1つ滅ぶのを天秤にかければ国の方を選ぶだろう?」
淡々と語られるこの国の終わり。
別に何も感じなかった。ただ、そうだろうなと思った。土方が土方でなくなった時点で、俺の国は終わっていたのだから。
「今はまだなんとか『俺』と『こいつ』とで抑えてるんだ。けれど、もう時期それも限界が来る。ひとつになって分かった。『こいつ』は神じゃなくて『人間』だった。龍脈を抑えるための杭。その杭が引き抜かれたんだ。いずれ龍脈が暴走してこの国は滅ぶ。お告げと呼ばれる物も星に張り巡らされた龍脈から情報を読み取って自動的に伝えているだけだ。早い内にお前んとこのメガネやチャイナとか大事なヤツらを遠くに逃がせ。出来れば星の外がいい。……近藤さんたちの事は知ってるから気は遣わなくていい」
文字通り歪に笑う。
こうなる前は憎らしい程に端正で男前でイケメンだったのに。歪ませたのは、俺たちだ。
土方は続ける。
「本当は『俺』だって神になんざなりたくなかった。なるつもりもなくて、最後まで抵抗してやろうと思った。『俺』が融合した時『こいつ』の記憶が流れ込んできたんだ。『こいつ』も妾の子で、年の離れた優しい兄がいたそうだ。ところが、兄が病に倒れてしまって、何も出来ずにいた。そこに飛び込んできたのが、生け贄の話だ。「神様になれば兄を助けられると思った」だから、自分から手を上げたんだ。「神様になって、兄を守りたかったんだ」と。自分と重ねちまったのかな。それを知って抵抗する気が消えて、受け入れてた。『こいつ』は自分の名前さえ忘れちまってんのに、想いだけは消えなかった。人間ってやつはすげぇもんだ。今も何百、何千、何万もの意志が龍脈を通して『俺』の中に流れ込んでくる。『こいつ』はよくこれを何百年と耐えられたな。…もうじき『俺』の意識も龍脈の一部になって消えるだろうよ。…その前に言っておきてぇんだ。万事屋、お前は『俺』の事が嫌いだろうが、『俺』はお前の事、ずっと好きだった…」
※※※※※
最後の一人が倒れる。正気を無くして行動の予測出来ない信者よりも、攘夷浪士や天人の相手をする方が何倍も楽だ。
殆どが武芸などしたことのない者ばかりだったが、数が多すぎた。さらに、手負いの土方を守らねばならない。
片足を引きずりながら、土方の元へ向かう。
ヒューヒューと苦しそうに呼吸する音が聞こえる。
誰がどう見ても手遅れである事が分かった。
もう終わり。俺たちは自らの手で滅ぶ事を選んだ。
それは当然の報いだ。
坂本の船にいる新八や神楽たちだけが助かるだろう。アイツらならきっと何処でもやって行けるはずだ。
土方の鼓動が少しずつ弱まり始めた。それに連動するように、大地が小さく揺れ始める。
「土方、お前を1人にはさせねぇよ」
知ってたんだ。お前が神と呼ばれる影で、歪んでいく姿を化物と呼ばれていた事も。
友人たちとも離ればなれで。
「一緒に逝こう」
転がっていた真剣で二人分の身体を貫く。
刀で繋がるなんて俺たちらしくていいと思わないか?
ゆっくりと目を閉じる。痛みも悲しみも何も感じない。あるのは深い闇だけ。
「なあ、土方。俺もお前のことずっと好きだったんだ」
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