わがままな君(万土)
土方は一度熟睡すると中々起きない。
徹夜がつづいて疲れきってベッドに死んだように眠ると朝から晩まで、丸1日寝ていたりもする。
今日も起きるのは遅くなるだろう。昼前に起きてくればいい方だ。
お互いの休日にこうなったのは、自分のせいでもある。数週間ぶりに身体を重ね、年甲斐もなくがっついてしまった。それはお互い様だと思ってはいるが、それを土方に言えば確実に顔を赤くしながら怒りだし、機嫌を損ねるのは目に見えている。そうなれば、お預けどころか暫く触れる事すら許してくれないだろう。
起こさないように、そっとシーツから抜け出す。散乱した衣服をかき集めてまとめて洗濯機に放り込み洗剤を入れてスイッチを押す。掃除機もかけたいがあまり音を立てて起こしてしまいたくない。ゆっくり眠っていて欲しいのが半分、中途半端に起こされて不機嫌を買いたくないのが半分。
掃除機をかけるのは諦めて、夕飯の片付けから始める。食器は明日でいいとシンクに置いたままだ。
夕飯はそこそこにリビングで求める事、一回。汚れたからとそのまま浴室になだれ込み、二回。寝室で三回。最低でも三回。それ以降はあまり覚えていない。食器を食洗機に入れたら、次はリビングと浴室の掃除をしよう。少しでも痕跡が残っていれば、顔を赤くするのは分かっている。その顔も可愛いから見たくてたまらないのだが、これもほどほどにしておかなければならないのは身をもって知っている。
掃除が終わる頃には11時を過ぎていた。洗濯物を干すついでに、寝室に様子を見に行こう。
ベランダに出ると青い空が広がる快晴であった。よく乾きそうないい天気だ。パンッとシワを伸ばしてから、丁寧に干していく。風を受けて白いシャツが気持ち良さそうに泳ぐ。
音を立てないように静かにドアを開ける。
土方はまだ穏やかな寝息を立てる、ベッドの住民のままであった。静かにベッドに腰をかける。
幸せそうに眠っているが、目元が赤い。改めて思うと相当な無理をさせていた。声は枯れているだろうし、起き上がれない程に身体を痛めているかもしれない。
「んん…」
土方が身じろいだ。瞼がゆっくりと持ち上がり、青みがかった灰色の瞳が現れる。
「はよ…」
「おはよう。すまない、起こしてしもうたか」
「いや…ちょうどめぇさめたから…いい」
寝起きの瞳はトロリとして、喋り方は子供のように拙い。それが、情事を思い出させて下半身が反応しかける。
それを理性でねじ伏せて、あらかじめ持ってきて置いたミネラルウォーターを渡す。それを受け取った土方は寝起きで力が入らないのか、キャップを開けられずに眉根を寄せた。それを軽く捻ってからもう一度渡す。完全に開けてしまうと拗ねるからだ。
土方は満足したようにキャップを捻って喉を潤した。
土方の機嫌を取るのは大変に難しい。少しでも選択肢を間違えただけで、機嫌は急降下だ。以前また子がプレイしていた乙女ゲームが浮かぶ。好感度を上げて、正しい選択肢を選べば意中の相手と結ばれるというあれだ。土方と乙女ゲームは似ているようで、全く似ていない。ゲームには決まったルートがあって正解が最初から用意されている。だが、土方は当たり前だが現実にいて正解などあってないものだ。
昨日、正解だった選択肢も翌日には不正解になる事だってある。付き合い始めた当初は頭を抱える程に悩んだ。ストレスで髪回りを気にした程だ。
しかし、それが土方なりの甘えだとようやく理解して歓喜した。
土方は元来、真面目でストイックだ。口数もそう多い方じゃない。文句も言わず黙々と仕事をこなし、日頃から我儘放題の晋助とは大違いだ。何度爪の垢を煎じて飲ませてやろうかと思った事か。
その土方が自分に対しては、我儘を言う。今日はこれが食べたいと思ったら、やっぱり気分じゃない。この色がいいと言うから買えば、この色は嫌だと言い出す。
まるで昔話に出てくる女王様のようだ。これでは、さしずめ自分は恋人ではなく従者のような気分だった。
我儘ばかり言う。無愛想だと言われる表情をコロコロと変える。好きなだけ文句も言う。
そう、自分にだけ。
嫌という程に、振り回される。いっそ落ちてしまおうと思っても、しがみついてまた振り回されてしまう。
それが堪らなく嬉しくて、幸せで仕方がなかった。
振り回されて呆れて疲れ果てても、自分から振り回されにいっている。どんな理不尽な我儘も可愛いく思えてしまうのだがら、もうとっくに骨抜きにされてしまったのだろう。毎日、驚かされて、楽しくて仕方がない。それが土方がくれた幸せだ。
結局、土方から出される選択肢は全て正解であって不正解なのだ。
「腹は空いておるか?」
「うん」
「何が食べたい?」
「…エッグベネディクト」
「ならば、出掛ける準備を」
「やだ。作れ」
「生憎、材料がない」
「買ってくればいいだろ」
また始まった。起き抜けからこれだ。自分にしか見せない土方の顔だ。
こうなったらどうやっても意見を曲げない。従者は両手を上げるしかない。
「お前が作ったやつがいい。それ以外は食いたくねぇ」
「承知しました、女王様」
「誰が女王様だ!!」
へそを曲げきる前に従者は出掛ける支度をしよう。
場合によって首を切るような女王様だって居るのだ。土方はそういうのが上手そうだから心配ないような気もする。そうしたら、土方の一番近い所に自分の首を飾って欲しい。
「出掛けてくるから、もう少し眠るとよかろう」
「うん、そうする」
小さく欠伸をした土方は再び布団にくるまった。
目は覚めたとはいえ、まだ身体は睡眠を欲している。
瞼が降りたのを確認してベッドから腰を上げようとすると、シャツの裾を引かれた。降りたはずの瞼が開いて、土方の指先がシャツを掴んでいる。
買い出しに行くという使命がなければ、襲っている所だった。
「万斉」
「どうした?」
「マヨネーズ忘れたら殺す」
「…承知した」
それだけ言うとあっさりと指先を離して、枕に顔を埋めてしまった。
再びゆっくりとドアを閉める。土方が眠りから目覚める前に戻って来なければ、今度はどんな我儘が待ち構えているか分からない。
スマホに必要な物をメモをする。一番上にはマヨネーズの文字。
パーカーを羽織り、車のキーを取る。キーに付いたマヨネーズのストラップが揺れた。
帰ったら出来上がる頃に、土方を起こそう。
着替えも用意しておいて、急に出掛けたいと言われてもいいようにしておかなければ。
ゴロゴロしたい気分だと言われてもいいように、菓子や飲み物もあった方がいいだろうか。
どちらにせよ飛びきりの我儘が自分を待っているのだ。
徹夜がつづいて疲れきってベッドに死んだように眠ると朝から晩まで、丸1日寝ていたりもする。
今日も起きるのは遅くなるだろう。昼前に起きてくればいい方だ。
お互いの休日にこうなったのは、自分のせいでもある。数週間ぶりに身体を重ね、年甲斐もなくがっついてしまった。それはお互い様だと思ってはいるが、それを土方に言えば確実に顔を赤くしながら怒りだし、機嫌を損ねるのは目に見えている。そうなれば、お預けどころか暫く触れる事すら許してくれないだろう。
起こさないように、そっとシーツから抜け出す。散乱した衣服をかき集めてまとめて洗濯機に放り込み洗剤を入れてスイッチを押す。掃除機もかけたいがあまり音を立てて起こしてしまいたくない。ゆっくり眠っていて欲しいのが半分、中途半端に起こされて不機嫌を買いたくないのが半分。
掃除機をかけるのは諦めて、夕飯の片付けから始める。食器は明日でいいとシンクに置いたままだ。
夕飯はそこそこにリビングで求める事、一回。汚れたからとそのまま浴室になだれ込み、二回。寝室で三回。最低でも三回。それ以降はあまり覚えていない。食器を食洗機に入れたら、次はリビングと浴室の掃除をしよう。少しでも痕跡が残っていれば、顔を赤くするのは分かっている。その顔も可愛いから見たくてたまらないのだが、これもほどほどにしておかなければならないのは身をもって知っている。
掃除が終わる頃には11時を過ぎていた。洗濯物を干すついでに、寝室に様子を見に行こう。
ベランダに出ると青い空が広がる快晴であった。よく乾きそうないい天気だ。パンッとシワを伸ばしてから、丁寧に干していく。風を受けて白いシャツが気持ち良さそうに泳ぐ。
音を立てないように静かにドアを開ける。
土方はまだ穏やかな寝息を立てる、ベッドの住民のままであった。静かにベッドに腰をかける。
幸せそうに眠っているが、目元が赤い。改めて思うと相当な無理をさせていた。声は枯れているだろうし、起き上がれない程に身体を痛めているかもしれない。
「んん…」
土方が身じろいだ。瞼がゆっくりと持ち上がり、青みがかった灰色の瞳が現れる。
「はよ…」
「おはよう。すまない、起こしてしもうたか」
「いや…ちょうどめぇさめたから…いい」
寝起きの瞳はトロリとして、喋り方は子供のように拙い。それが、情事を思い出させて下半身が反応しかける。
それを理性でねじ伏せて、あらかじめ持ってきて置いたミネラルウォーターを渡す。それを受け取った土方は寝起きで力が入らないのか、キャップを開けられずに眉根を寄せた。それを軽く捻ってからもう一度渡す。完全に開けてしまうと拗ねるからだ。
土方は満足したようにキャップを捻って喉を潤した。
土方の機嫌を取るのは大変に難しい。少しでも選択肢を間違えただけで、機嫌は急降下だ。以前また子がプレイしていた乙女ゲームが浮かぶ。好感度を上げて、正しい選択肢を選べば意中の相手と結ばれるというあれだ。土方と乙女ゲームは似ているようで、全く似ていない。ゲームには決まったルートがあって正解が最初から用意されている。だが、土方は当たり前だが現実にいて正解などあってないものだ。
昨日、正解だった選択肢も翌日には不正解になる事だってある。付き合い始めた当初は頭を抱える程に悩んだ。ストレスで髪回りを気にした程だ。
しかし、それが土方なりの甘えだとようやく理解して歓喜した。
土方は元来、真面目でストイックだ。口数もそう多い方じゃない。文句も言わず黙々と仕事をこなし、日頃から我儘放題の晋助とは大違いだ。何度爪の垢を煎じて飲ませてやろうかと思った事か。
その土方が自分に対しては、我儘を言う。今日はこれが食べたいと思ったら、やっぱり気分じゃない。この色がいいと言うから買えば、この色は嫌だと言い出す。
まるで昔話に出てくる女王様のようだ。これでは、さしずめ自分は恋人ではなく従者のような気分だった。
我儘ばかり言う。無愛想だと言われる表情をコロコロと変える。好きなだけ文句も言う。
そう、自分にだけ。
嫌という程に、振り回される。いっそ落ちてしまおうと思っても、しがみついてまた振り回されてしまう。
それが堪らなく嬉しくて、幸せで仕方がなかった。
振り回されて呆れて疲れ果てても、自分から振り回されにいっている。どんな理不尽な我儘も可愛いく思えてしまうのだがら、もうとっくに骨抜きにされてしまったのだろう。毎日、驚かされて、楽しくて仕方がない。それが土方がくれた幸せだ。
結局、土方から出される選択肢は全て正解であって不正解なのだ。
「腹は空いておるか?」
「うん」
「何が食べたい?」
「…エッグベネディクト」
「ならば、出掛ける準備を」
「やだ。作れ」
「生憎、材料がない」
「買ってくればいいだろ」
また始まった。起き抜けからこれだ。自分にしか見せない土方の顔だ。
こうなったらどうやっても意見を曲げない。従者は両手を上げるしかない。
「お前が作ったやつがいい。それ以外は食いたくねぇ」
「承知しました、女王様」
「誰が女王様だ!!」
へそを曲げきる前に従者は出掛ける支度をしよう。
場合によって首を切るような女王様だって居るのだ。土方はそういうのが上手そうだから心配ないような気もする。そうしたら、土方の一番近い所に自分の首を飾って欲しい。
「出掛けてくるから、もう少し眠るとよかろう」
「うん、そうする」
小さく欠伸をした土方は再び布団にくるまった。
目は覚めたとはいえ、まだ身体は睡眠を欲している。
瞼が降りたのを確認してベッドから腰を上げようとすると、シャツの裾を引かれた。降りたはずの瞼が開いて、土方の指先がシャツを掴んでいる。
買い出しに行くという使命がなければ、襲っている所だった。
「万斉」
「どうした?」
「マヨネーズ忘れたら殺す」
「…承知した」
それだけ言うとあっさりと指先を離して、枕に顔を埋めてしまった。
再びゆっくりとドアを閉める。土方が眠りから目覚める前に戻って来なければ、今度はどんな我儘が待ち構えているか分からない。
スマホに必要な物をメモをする。一番上にはマヨネーズの文字。
パーカーを羽織り、車のキーを取る。キーに付いたマヨネーズのストラップが揺れた。
帰ったら出来上がる頃に、土方を起こそう。
着替えも用意しておいて、急に出掛けたいと言われてもいいようにしておかなければ。
ゴロゴロしたい気分だと言われてもいいように、菓子や飲み物もあった方がいいだろうか。
どちらにせよ飛びきりの我儘が自分を待っているのだ。
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