月(高土)

『必ず迎えに行くからな、俺のかぐや姫』



随分と懐かしい夢を見た。
確か高校生の時に隣の席に居た同級生が俺に向けて言った言葉だ。
個性的と言えば聞こえはいいが、所謂中二病を拗らせたような人物で高杉晋助という名前だったのを覚えている。
出来る事なら関り合いになりたくない相手であったが、何がよかったのか気に入られてしまった。問題児でロクに学校に来ることのなかった高杉を手懐けたと教師陣に喜ばれ、そのままなし崩しに高杉お世話係のようなポジションになっていた。
それ以来高杉は俺と常に一緒に居るようになり、ニコイチ扱い。教師の言う事は聞かないが、俺の言う事は素直に聞くという事で益々お世話係が定着していく。総悟には「二人は付き合ってる」など噂を全校に流されどれだけ否定しようとも、隣に高杉が居るのだから全く説得力がない。
3年生になり進路を本気で考えるような時期になった。周りは受験勉強や就活で必死になっている。進学組である俺も例に漏れず、毎日参考書に向かっている。一方の高杉は勉強する訳でも面接の練習するでもなく、今まで通りに過ごしている。
「進路は大丈夫なのか?」と問えば「心配してくれんのか?」となぜか嬉しそうに返すので聞くのはやめた。
そんなある日、当時長かった俺の髪を撫でながら高杉が言ったのだ。「俺の嫁になれ」と。
ついに頭がイカれてしまったのかと思ったが、本人は本気らしい。
「俺の嫁になれば勉強しなくていいし、働かなくていい。ただ一生俺の傍に居てくれればそれでいい」
俺が女であればクラッときたかもしれないが、生憎と俺も高杉も男である。いや女であってもこんな中二病と一緒になりたいと思う人間が居るのだろうか。
「初めて見た時にお前の事はかぐや姫みてぇに綺麗だと思ってたんだ」
言いながら髪に口付ける。言うなれば王子様のような仕草だが、正直気持ち悪い。女にやれ女に。
「俺がかぐや姫だったら進学もしねぇ働きもしねぇプーとは絶対に付き合わねぇな。諦めろ」
進学しようが就職しようが付き合う気も嫁になる気もさらさらないが、どうにかこれで諦めて欲しい。
「それもそうか…」
このまま諦めてくれ!その願いも虚しく、続く高杉の言葉に簡単に砕かれた。
「なら…必ず迎えに行くからな、俺のかぐや姫」



今まで忘れていた出来事を今朝見た夢で思い出してしまった。あれから高杉から連絡はないから、とっくに諦めてくれたのだろう。
3徹明けの頭はまだボンヤリとしているが、夢のせいで目が覚めてしまった。食パンをトースターに入れて、電気ケトルで湯を沸かす。買い置きのコーヒーがなくなりかけているから、買い出しに行かなければいけない。
リビングのテレビを付けると知らないニュースばかり。たった3日で世の中から置いてけぼりにされるらしい。
トースターから食パンを取り出して、コーヒーを入れてリビングに戻ると次のニュースに変わっていた。
『…人目の日本人宇宙飛行士となり、月より帰還された高杉晋助さんですが…』
ブフォー!!っと漫画みたいに勢いよく飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。今、聞き間違いでなければ「高杉晋助」と聞こえた気がする。
だが、同姓同名なんていくらでもいる訳だし、と画面を見れば学生の時よりも大人びているが確かにあの高杉晋助である。いやいや、もしかしたら自分に似た人間が3人は居るのだから同姓同名で
そっくりなやつがいても何にもおかしくはない。
『日本に帰られたらまず何をされたいですか?』
『迎えに行きたいやつが居るから、まずはそいつに会いに』
『もしかして、それはプロポーズ…という事でしょうか?』
『そういう事だ』
過去のインタビューが流れ、高杉のプロポーズはかなり話題に上がっているらしい。顔の作りはいいしイケメンに分類される高杉は女性にも大変人気があるらしい。
町行く人へのインタビューも「かっこいい!」や「プロポーズされる女性が羨ましい!」と口々に答えている。
まさかな…という考えが頭を過る。だが流石に高杉も立派な大人になっているのだ。好きな女性が居たとしてもおかしくはない。
あんな夢を見てしまったから変に意識しているのだと自分に言い聞かせていると、インターホンが鳴った。1度ではなく何度も連続で鳴らされる。
「朝っぱらからうるせぇんだよ!!」
とりあえず怒鳴ってやる!と勢いよく玄関を開けるとそこには、スーツと花束を抱えた高杉が立っていた。
「迎えにきたぜ、俺のかぐや姫」



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