stay with me
「あんたが、坂田銀時さんで?」
「おたく誰?」
「ああ、すいやせん。俺は、沖田総悟っていいやす。で、あんたが坂田銀時さんですかぃ?」
「…そうだけど、何か用…?」
「土方さんの事でさぁ」
「土方の…?」
大学の校門を出た所で、栗色の髪をした青年に声をかけられた。初めて見る顔だったが「土方」と言っていたので、土方の知り合いだろう。何故かは知らないが、俺を待っていたらしい。
「ま、ここじゃアレなんでどこか入りましょうか」
「なんで、お前が決めてんの!?」
沖田と名乗った青年は、俺の意見など聞く事もせずに、一番近くにあるコーヒーショップへと勝手に歩いて行く。
無視してもよかったが「土方」という名前が出た以上は着いていく他にない。
「テメェの奢りだからな!!」
その背中を追って俺も店内に入った。
「率直に言います。あんた土方さんと付き合ってるんで?」
「そうだけど、何なの君?」
ホイップをたっぷりと乗せた、いちごのフラペチーノをズルズルとすする。一番大きいサイズで、ホイップを限界まで盛ってもらい、カスタムしてめちゃくちゃ甘くかつめちゃくちゃ金額を高くしてやった。
ホイップ山盛りを見た沖田は、顔をしかめて「似た者同士…」と呟いた。
「まぁ、土方さんの保護者…ってとこですかね」
「で、その保護者さんが何の用?」
「土方さんが、どんな野郎も付き合ってんのか見に来たんでさぁ」
「へぇーそうなの」
土方、というのは俺が最近付き合い始めた男の名前である。初めて会った時には、お互いに気に入らないヤツという認識だったが、いつしか友人から親友、ついには恋人という間柄にまで変わっていった。
世の中には、男女という性別以外にDomとSubという性が存在する。そのおかげで、同性同士の恋人やパートナーは珍しくなく、異性の恋人やパートナーと同じ位置付けである。
俺がDomで、土方がSubだ。ただ、お互いに性質が弱いのかそれを知ったのは付き合ってからの事だった。つまり、人として惹かれ合った、という訳である。
「で、土方さんがSubっていうのは知ってるんで?」
「まぁ、一応は。向こうも俺がDomって知ってるし」
「プレイは?それとももう食っちまいましたかぃ?」
「まままままだ食ってねぇよ!!」
「もう食われてると思ってやしたが、土方さんまだ処女なんですねぃ」
「俺は好き子は大事にするタイプなの!」
「でも、プレイはしてるんでしょ?」
「たまにな。俺も土方も性質が弱いから、そんなにしなくて大丈夫なんだよ」
「ふぅーん。ま、そらならいいんですがねぃ」
どこか引っかかるような言い方に、沖田の顔を見るが彼は涼しい顔をしている。
「旦那、ひとつ言っておきますねぃ。土方さんには絶対に"stay"を使っちゃ駄目ですぜぃ」
「おお…わかった」
「それじゃあ、俺はこれで」
半分程、中身が残ったカップを持って沖田が席を立った。それをホイップを食べながら見送る。
(アイツ…最後にglare使ったな)
「土方に"stay"を使うな」と言った時に、僅かだが背筋がゾクリとした。あれが親切心で教えてくれたものなら、普通はglareなんて使わない。
(見に来たっていうより、忠告に来た…ってのが近ぇかな)
やっと土方を口説き落としたというのに、今度は保護者の登場だ。
一応、沖田の忠告はちゃんと受けておいた方がいいか、と思いながらストローを噛んだ。
「土方〜明日、飯食って映画観ようぜー」
「わかった。10時に駅でいいか?」
土方とのお付き合いは順調に進んでいる。あれから沖田の介入もなく、忠告もただの脅しだっただけだと気にしなくなった。
異性だろうが、同性だろうがデートする事には変わりない。男と付き合うのは初めてだったが、一緒に居たいと思うし、遊んだり、飯食ったりしたい。
普通の恋人と違って、そこにプレイが加わるがお互いに性質が弱いからか、簡単なコマンドを試したくらいだ。恋人ではあるが、パートナーとしての信頼関係を築く最中という所か。とりあえず、今のところ問題は起きていない。
複合型の商業施設のレストラン街で飯を食って、同じ施設内にある映画館に入った。
土曜日の午後は、家族連れや、学生、社会人、恋人で込み合っている。観る予定のアクション映画は公開されたばかりとあって人気が高い。事前に予約していい席を取っておいてよかったと思う。これだけの人がいれば、チケットを買うにも少し時間がかかりそうだ。
上映時間は2時間以上あるから、飲み物を買いに行く事にした。食後のアイスも。
「飲み物買って来るからちょっと待ってて」
「あ、俺も一緒に行く」
「すぐだから大丈夫だって。コーヒーでいいか?」
「ああ…ありがとう…」
土方は「待っていろ」というと必ずと言っていい程に「自分も一緒に行く」と言う。嬉しいけれど、彼氏としてはやっぱり色々とやってあげたいと思う。昔から世話焼きと言われていたが、特に土方に対しては尽くしてやりたい、と思う程に顕著に現れているように思う。
クールそうに見えて、土方は意外とずっと一緒に居たいタイプらしい。知らなかった一面を知れてさらに愛しさは増した。
すぐだから、とは言ったが土曜日の上映時間前のカウンターは予想よりも混んでいた。映画のコラボ商品がある為か、列が伸びている。上映時間には充分間に合ったが、思ったよりも時間がかかってしまった。小走りでもどると、土方は少し不安そうな表情をしていた。
「お待たせー!銀さんと一緒に居れなくて寂しかった?」
「んな訳ねぇだろ、バカ!」
「本当にぃ〜?着い着たがったクセに」
「違ぇつってんだろ!コーヒー寄越せ!」
「ごめんって!待ってよ土方!」
土方に追い付いた所で、左手を差し出すと
しっかりと握り返される。付き合い出した頃には、恥ずかしさからか抵抗していたが、今ではちゃんと応えてくれる。
同性でも普通の事なので、変な視線を送ってくるような人間はいない。むしろ、初々しさに暖かな視線すら感じる。映画のチケットのもぎりをしてくれたお姉さんにも、にこやかに案内してもらった。首に赤色のcollarが見えた。
「土方、最近顔色悪くねぇ?」
「いや、大丈夫だ。レポートが終わんなくてちょっと寝不足なんだよ」
「本当に大丈夫か?ちょっと寝た方がいいんじゃねぇの?」
「もう少しで終わるから、心配すんな。人の心配より、自分の心配した方がいいんじゃねぇのか?」
「だだだだ、大丈夫だって!!レポートなんてあっという間に書いてやるよ!!」
「ははは」と頭を掻きながら未だに真っ白な画面を睨み付ける。このレポートを出さないと割りと、かなり単位が貰えないので、何がなんでも完成させなければならない。
大学に併設されたカフェで開きコマを利用して、一緒にレポートをやろうと誘った。同じようにノートパソコンの画面を見詰める土方を盗み見ると、目の下に隈が出来ている。顔色も青白いと言っていい。ここに来る時もフラフラとしていて、倒れるんじゃないかと思った程だ。
土方は「大丈夫だ」と言い張っているが心配でたまらない。今すぐにでも、家に連れて帰って飯を作り、寝かしつけてやりたい。だが、嫌がる土方を無理矢理に連れて帰る訳にもいかないのも事実。Subだろうとそうでなかろうと、相手の事も尊重しなければならない。相手が望んでいなければ良くてお節介、悪くてありがた迷惑というヤツだ。「あと少しで終わる」と言っているならそれを信じるしかない。本当の本当にヤバいのであれば、glareを使ってでも休ませようと思っている。だが、それはあくまで最後の手段だ。
「よし!優しい銀さんが飲み物を奢ってやろう!」
「なら、俺も」
「お前は疲れてんだからここで待ってろって!」
財布を掴みレジへと向かう。
土方が小さく震えている事に気が付かずに。
レポートも無事に提出でき、久しぶりにゆっくりできる休日になった。午前中にちょっと出掛けて昼飯を食い、土方の家でゴロゴロしている。
スマホでゲームをしながら、雑誌を読んでいる土方をチラリと見る。
顔色は多少良くなっているように思う。最近は、お互いに課題やレポート、バイトやらで忙しかった。
会えなかった時間を思えば、触れたい欲が沸き上がってくる。付き合って半年程になるが、手は握ってもキスは触れる程度が数回。プレイだって少しずつコマンドを増やしたりはしているが、性的な接触はまだない。勿論、恋人としてもまだである。そろそろ、一歩進んでもいい頃だ、と思う。
幸いにも明日も休みで、泊まるつもりで遊びに来ているのだ。着替えも新品のパンツも持ってきている。
大学生だと言っても20歳はとっくに過ぎた大人の男なのだ。清いお付き合いがだって幸せだが、もっと深く触れ合いたい。
「あのさ、土方」
「なんだ?」
「俺達、付き合って半年くらいは経つじゃん?だから、なんていうか、その……先に進みたいな…って…」
照れながら切り出すと、初めはキョトンとしていた土方も意味がわかったのか顔を赤く染めた。
「そ、そうだな…!もうそんなになるもんな…!お、俺もその…なんだ」
土方の慌て方を見ると、嫌で先に進みたくなかったという訳じゃなさそうで安心した。むしろ、俺と同じような気持ちでいてくれて嬉しくなる。
OKが出たといっても、まだ日は高い。なんとなく"そういうこと"は夜という気がするので、もう少しこの甘い時間に浸かっていたよう。
「あ、あのさ、キス…しても…いい?」
「バカっ!んなモンいちいち聞くなよ!」
今まで確認なんてしたことなかったのに、緊張からかうっかり聞いてしまった。余計に恥ずかしい。
「じゃあ、す、するぞ…!」
「お、おう」
土方の頬を挟むように両手を添えると、土方はゆっくりと目を閉じる。眩しいくらいに顔面が綺麗で、よくこんなイケメンと付き合えたなとつくづく思う。五月蝿い程に鳴る心臓の音を聞きながら口唇を寄せていく。
♪ピリリリリリリ
あと少し、という所でスマホの着信音が鳴る。しかも、俺のスマホから。電源を切っておけばよかった。
そのせいで一気に現実に引き戻されてしまった。ノリノリだった土方も正気に戻ってしまって、逆さまになった雑誌を読み始めてしまった。せっかくのチャンスを邪魔された俺は、一言文句を言ってやろうと相手も見ずに電話に出たのが運の尽き。
「銀時、さっさと来い」
「銀時ー!エリザベスが!エリザベスがあああ!!」
「アッハッハッ!金時ー!待っちゅうがー!」
よりによって相手は高杉。さらにヅラと坂本も一緒に居るらしい。コイツらが揃うとロクな事がない。100%面倒事に巻き込まれる。そんなトラブルメーカーが3人揃っている。絶対に行きたくない。
腐れ縁のアホ共よりも、大好きな土方の方が大切だ。
「悪ぃけど今日は行かねぇからな!!」
「来ねぇなら"あの事"を先生とお前の彼氏にバラすぞ」
握られた弱味のせいで、抵抗しても結局は行かなければならなくなる。
"あの事"をバラされたら、命の危険と土方には絶対に嫌われる。
「わかったよ!!行きゃあいいんだろ!!」
ヤケクソで叫びながら通話を切る。顔を赤く上げると、悲しそうな顔をした土方と目が合った。
「あーえっと…ごめん!!バカ杉共が呼んでてさぁ…なんか、困ってるみたいでさ」
「行ってやれよ。友達なんだろ?俺は大丈夫だから」
「す、すぐに戻るから!いい子にして待っててくれよ!」
スマホと財布、鍵を引っ掴み玄関を出る。
俺と土方の未来を守るため、腐れ縁のアホ共を殴りに行くために。
「あーもう夜じゃねぇかよ!」
すぐ帰るハズだったのに、辺りはもう真っ暗になる程に時間がかかってしまった。
土方とのんびりゴロゴロする計画が台無しである。呼び出しの内容も実にくだらなくて、ヅラと一緒に暮らすエリザベスという生物がいなくなった、という事だった。
あまりにヅラが騒ぐので方々探し回ったというのに、一度ヅラの家にもどればエリザベスは普通にテレビを見ていた。
何の事はない、ヅラがエリザベスが日帰りで温泉に行ってくる、と伝えてあったのを忘れていただけだったのだ。
ひとまず、高杉と坂本は1発ずつ。ヅラは5発とお土産をぶんどった。
違反しないギリギリの速度でベスパを飛ばす。途中で電池が切れて土方に連絡ができなかった。途中で途切れた返事は見えないままだ。スマホを借りるか充電するか悩んだが、知らない番号だと電話に出ないかもしれないし、充電する暇があるなら一刻も早く帰りたかった。
すぐに帰ると言った手前、土方は心配しているだろうか。それとも鬼のように怒っているだろうか。どちらにせよ、土下座は免れないだろう。
土方のアパートの階段を一段飛ばしでかけ上がる。
ドアノブに鍵を刺して回す。ドアを開けたら、角を生やした土方が仁王立ちしていたらどうしよう。明日の朝日はもう拝めないかもしれない。
初めて土方の家に来たときよりも、緊張しながらドアを開けた。
「えっ…?」
部屋の中は薄暗く電気も付いていない。
待ちくたびれて眠ってしまったのか、それともコンビニにでも行ったのか。
だが、土方の靴は玄関にあるしなんだか変な感じがする。
眠ってしまっていたなら、申し訳ないと思いながらも手探りで電気のスイッチを探す。蛍光灯に照らされた短い廊下と小さなキッチンは出てきた時た何も変わらない。
足音を立てないように、ゆっくりと土方の自室に向かう。
「土方…?寝てる?ごめん、遅くなっちまって…」
小さく声をかけながら、ドアを開ける。
やはりこの部屋も薄暗い。そして、すすり泣くか細い声が聞こえた。
「土方?」
パチン、と入り口の近くの電気のスイッチを入れる。
明るくなった部屋の中央には、青い顔をした土方が膝を抱えて震えていた。
「土方!!おい、どうした!?大丈夫か?どっか具合悪いのか!?」
土方の目の前に腰を下ろして呼び掛けるも、震えが止まるどころか反応もしない。
この症状はもしかしてsub dropではないだろうか…?
プレイもしていない、コマンドもましてや命令なんてしていない。ならば、なぜ、どうして…?
パニックに陥りながらも、薬の存在を思い出す。Sub性が弱いといっても、持っていない訳ではない。どこにしまってあるか分からないが、キョロキョロと見渡せば机の上に散らばった錠剤が目に入った。薬は飲んだみたいだが、効いていないのだろうか。
ひとまず、薬の酒類を確かめるために錠剤の入ったシートを裏返す。
「これ…」
気づかぬ内に声が漏れた。そこに印された薬の名前は自分が知る限り一番強いものだ。市販されている物ではなく、病院で処方される物だ。それ以外にも様々な錠剤が散らばっている。どれもSub関連の物だった。土方は、Sub性はそれほど強くないと言っていた。薬も滅多に使う事はないと。
それがどうだろう。土方はsub dropで震えている。手当たり次第飲んだのか、オーバードーズの可能性もある。
薬が駄目ならafter careをするしかない。
正直、プレイだってあまり経験がないのだ。after careの経験はないと言ってもいい。ともかく褒めなければ。良い子だね、よくできました、と
しかし、何に対して褒めればいいのだろうか。
コマンドや命令をしたならそれに対して褒めればいい。だが、自分は何もしていない。
それでもどうにか「良い子」「よくできたな」「すごいな」と思い付く言葉を口にしてみる。しかし、土方の震えが治まる気配がない。それどころか、酷くなっているようにさえ思う。土方に言葉が届かない程に酷い状態なのか、自分の言葉に心が籠っていないせいか。それとも両方か。
どうしよう。どうすれば。ついに頭の中はそれだけでいっぱいだ。after careが出来るのはここには自分しかいない。考えれば考える程に焦りパニックになるばかりだ。それを感じ取っているのか、土方のsub dropも酷くなっていく。
「どいてくだせぇ」
いつの間に入ってきたのだろう。振り替えると、背後には沖田が立っていた。
その目には明らかな怒りが見てとれる。
「どけって言ってるんでさぁ」
ひと際強いglareを受け、怯えながらどけた。
沖田は俺がさっきまで居た位置に腰を下ろして、土方を抱き締めた。耳元で何かを囁いている。土方にだけ聞こえる声量のせいで何を言っているかまでは分からない。
だが、少しずつ土方の状態が良くなっているのを見ると、after careである事は分かる。
やがて土方の震えが治まる、顔にも血色が戻ってきている。穏やかな寝息を立てる土方を、沖田は軽々と抱えてて傍らのベッドに横たわらせた。
「いつまでそこに居るんですかぃ?」
こちらを振り返った沖田はglareこそ放ってはいないが目には怒りに満ちたままだ。
「俺は土方さんに"stay"を使うな、と言ったはずですが?」
「お、俺は"stay"どころか、何のコマンドも使ってない…!」
「じゃあなんで土方さんはsub dropしてるんですかぃ?」
「それは…」
「それで恋人だなんてなんの冗談で?あんたに土方さんは任せられません。帰ってくだせぇ」
「でも…」
「帰れ」
「その…すまねぇ…」
土方になのか、沖田になのか。ただ、今はそれしか言えずにその場から立ち去るしか出来なかった。
あの日から二週間が経った。土方の姿は見ていない。電話も繋がらない。メッセージを送っても、返事も既読すらつかない。
土方の家に何度か行ってみた。チャイムを鳴らしても反応がない。合鍵を差し込んでみれば、開かなかった。
駐輪場に土方の自転車があった。引っ越しはしていないようだ。ここで生活しているのだと思う。たぶん。
意図的に避けられている。土方の意思というよりも、沖田がやっているように思う。
自信はないけれど、土方はこういうやり方は好きじゃないように思う。
今日も駄目だった。チャイムを鳴らしても、誰も出てこない。外に出掛けているのか、居留守なのかそれを確かめる術を俺は持っていない。
「あんたが、坂田銀時か?」
聞いた事があるようなセリフが聞こえた。
けれど、今回は沖田よりも低い声だった。
そこには、短めの黒髪を立てて、アゴに髭を生やした男が立っていた。
「生憎、ゴリラに知り合いはいねぇんだけど」
「えっゴリラって俺!?いやぁ、トシが言ってた通りに銀髪なんだなぁ」
男は初対面にも関わらず親しげに話しかけてくる。
「なぁ、銀時、腹減ってねぇ?飯行こうぜ」
「はぁ!?そんな暇は…!」
「トシの事で話がある、と言ったら?」
「トシ」って誰の事だ?そういえば「トシが言っていた通りに銀髪なんだな」と言っていた。という事は。
「くっだらねぇ内容だったら許さねぇからな!」
「何食いたい?」
「何でも!!」
土方の話が出来るなら、どこだっていい。
いても立ってもいられずに、アパートの階段をかけ降りた。
ゴリラは近藤と名乗った。土方の1つ上で所謂幼馴染というやつだ。
適当にファミレスに入ると、近藤はまずは腹ごしらえだなと、メニューを見始めた。
「土方の事は!?」と言えば「腹が減るとイライラするからな。まずは食え」と笑って、テーブルのベルを鳴らした。
「いやぁー食った食った」
運ばれてきた大きなステーキを平らげて近藤は満足そうに言う。
飯を食いに来た訳じゃねぇのに、全く本題に入る様子がなくイライラが増すばかりだ。
「で、いつになったら話してくれんの?」
「分かった、分かった。まず、トシは今は総悟の所に居る。たまに帰ってるようだが、家に行っても会うのは難しいと思うぞ」
通りで会えない訳だ。たまに帰ってくる時も沖田が一緒の可能性がありそうだ。偶然帰っている時に行ったとしても、会わせてはくれないだろう。
「知っての通り、トシはSubで総悟はDomだ。ちなみに俺はNormalだ。トシも総悟も性質が強い。幼馴染だったし、パートナーになる話も出た事はあるが、相性があまり良くなくてな。基本的には抑制剤を服用しているが、どうしても必要な時にはプレイやafter careもやる事はある。そういうのもあって、総悟がdefenceのような状態になってる。根は悪いヤツじゃねぇんだ。俺の顔に免じて許してやって欲しい」
"defence" DomがSubを過剰に守ろうとする状態だ。
本来はパートナーに対して起こる状態だが、それに近い関係と信頼があるからそういう状態になっているのかもしれない。そうであれば、沖田の過剰な行動にも納得がいく。
「で、ここからが本題だ。トシがなぜ"stay"が駄目な理由だ。まずな、トシがは小さい頃に両親を事故で亡くしている。『良い子にして待っててね』と言われたが…帰って来る事はなかった。それからトシは"待つ"事が苦手になった」
確かに、土方からは両親はいないと聞いている。けれど、優しい義兄夫婦に引き取られて大切に育てられたとも。
「トシが高校生の頃だ。その頃は県外の高校に通っていて、トシは一人暮らしをしていた。バイト先で知り合った年上Domの男と仲良くなって、トシも兄のように慕っていたらしい。ある日、トシの家からトシがそちらに来ていないか、と連絡が来た。なんでも、学校にも来ておらず、家にも帰っていないと。その連絡から2週間後その男の家でトシが見つかった。膝を抱えて震える酷いsub dropした状態でな」
「それで、どうなったんだ…?」
「トシは即入院、男は逮捕され事件にもなった。トシはsub dropに加え栄養状態も酷かった。逮捕された男の話では、トシにセーフワードのないプレイを強いて、stayで何日耐えられるか仲間内と賭けをしていたんだと」
ちょっと調べれば出てくるぞと、スマホを渡された。画面には事件の概要が書かれている。「良い子で待ってろ」と命令され、Subである土方は抗えずに実行する事しか出来なかった。帰ってくるかも分からない男をただひたすらに待ち続けたのだ。
「それからだ、トシが待つ事が怖くなったのは。Subにとってはコマンドや命令はSubにとって絶対だ。お前にその意志がなくても、トシはお前の言葉をそういう風に捉えちまった」
土方はほんの僅かな時間でも、両親のように帰ってこないんじゃないか。男のように置いていかれるんじゃないかと不安で堪らなかったのだろう。
土方の傷が癒されるには時間が足りなかった。傷があまりにも深すぎた。
俺が「待ってて」と言うたびに、怯えながらも「分かった」と答えた土方。不安や恐怖が少しずつ積もって限界が来てしまった。
「お前は、俺に別れろって言いに来たのか?殴りに来たのか?両方か?」
「いや…まぁお前が酷い人間だったら殴ってやろうと思ってたけどな。今日は、トシに頼まれて来たんだ。アイツが心配してるだろうからって。本当はトシが誰かと付き合うのは不安だった。しかもDomだろ?けど、お前と付き合い出して、トシの雰囲気が少しずつ変わりだした。よく笑うようになったし、酔うとお前の話ばかりだぞ」
知らなかったとはいえ、土方に酷い事をしてしまったのにそれでも俺の事を心配してくれている。酔うと俺の話ばかりなのも初めて知った。
「大丈夫だ。トシは優しさだと分かっている。ずっとトシは『黙っててごめん』って言ってる。心配しなくてもそれくらいトシはお前の事が好きで大切な存在になってるんだ」
目の奥が暑くなり、じわりと視界が歪む。
土方は変わろうとしているのに、俺が何もしないなんて、そんな事は許されない。
「俺、土方の事知ったつもりでいて、全然知ろうとしてなかった…!土方に会って話がしたい。フラれても殴られてもちゃと土方に向き合いたい」
「知らなかったら、今から知ればいい。お互いにな。総悟は俺がどうにかするから」
そう言うと、近藤はスマホで誰かに電話をかけた。恐らくは沖田だろう。少し揉めていたようだが通話が終わると「大丈夫だ!」とニカッと笑った。
明後日の午後に指定の場所へ。本当はすぐにでも会いたかったが、考える時間も必要なのと沖田を宥める時間が必要という事だった。
さらに条件として、近藤が立ち会うという事で沖田がどうにか折れた。
「ありがとよ、ゴリラ!」
「ゴリラじゃねぇよ!」
久しぶりに笑った。
不安で不安で仕方がなかった。
次は土方と一緒に笑うのだ。
「ひ、久しぶり…元気だった…?」
「お、おう。それなりに…」
「オイオイ…お前ら大丈夫か?」
久しぶり過ぎて緊張のあまりにぎこちなかった。会いたかったのに、今すぐにでも帰りたい気持ちになっている。土方の目も泳いでいた。
けれど、ようやく土方に会えたのだ。この機会を逃せば、本当に土方とはサヨナラになってしまう。フラれようが殴られようが後悔だけはしてはいけない。
「土方ごめん!!俺、お前の事を知った気でいた…!知ろうとしなくて、傷付けてた…知らなかった、じゃ済まない事をした。許してくれとは言わない。俺の事を嫌いになっても、気が済むまで殴ってくれていい!」
「銀時…頭、上げてくれ…その俺も分かってくれる、嫌われたくないって言わずに逃げてた。俺だってお前の優しさに胡座かいてたんだ…」
「いや、俺が悪かった!」
「違う。俺の方こそ自分の事しか考えてなくて」
「俺が」「いや俺が」とペコペコと交互に頭を下げあう。
「お前ら、いつまでやってるんだ…」
「「あっ」」
近藤のツッコミがなければ、いつまでもペコペコしていただろう。同時に顔を上げると目が合って、お互いに情けない顔をしていてなんだかおかしくなって吹き出した。
「土方…お前に取り返しのつかない事したってわかってる。でも、やっぱりお前の事が好きなんだ」
「本当は待つのずっと怖くて、でもそんな事言ったらめんどくせぇって思われるんじゃねえかって…待つ事より嫌われる事の方が怖かった。そしたら、勝手に自分は駄目なSubなんだって考えちまって…お前はちゃんと帰ってきてくれたのにな」
「もし、お前がいい、って言ってくれたなら、もう一度やり直したい。お前の事もっと知りたい。もう一度、恋人になって欲しい。それで、パートナーになって欲しいんだ」
「これ…は…?」
1枚の紙を差し出した。
ただのコピー用紙には"好きなこと""嫌いなこと"から"セーフワード""やって欲しい""これは駄目"など様々な項目を書いてある。
「海外だとさ、パートナーになる時に書類を提出したり、お互いに紙を持っておく国もあるんだってさ。俺もお前も素直じゃねぇし、言葉にすんの苦手だろ?けど紙の上なら素直になれるかなって…」
「うん。ちゃんと書く。だから、お前も書いてくれるよな?」
「勿論だ。全部書く。書くとこなくなるくらい書くから…!」
土方が握った紙に皺が寄る。
切れ長の瞳からポロリこぼれた涙が、紙に吸い込まれた。
「土方、俺はお前の事が好きです。俺の恋人になってください」
「うん」
「そして俺のパートナーになってください…!」
その言葉と共に鞄の中から細長い箱を取り出す。
蓋を開けるとそこには、黒いレザーの細身のcollarが置かれている。
「ブランド物とか立派なやつじゃねぇけど、ずっとお前に渡したいと思ってた」
土方はついにその瞳からボロボロと涙をこぼし、その場に膝を付いた。
「…うん、うん」
言葉に出来ないのか、何度も頷く。地面には次々と涙が落ちていく。
「付けてもいい…?」
「うん」
自分も地面に膝を付く。土方は伏せていた顔を上げてcollarが付けやすいようにしてくれた。
土方の瞳は真っ赤になっていて、目が合うとまた大粒の涙をこぼした。でも、その顔は苦しいじゃなく、幸せそうに笑っている。
思った通りに、collarは土方によく似合っていた。一目見た時に絶対にこれにしようと、バイト代を貯めて買ったのだ。
「もうひとつ、我儘言っていい…?少しでも苦しいとか、嫌だって少しでも思ったら、セーフワード言って。殴って止めてくれてもいいから」
土方は返事の変わりに強い意思を持った瞳で見つめ返した。
「…!う"ん"っ…!!」
土方は少し怯えたようだったが、それに続く言葉を聞くと瞳を大きく見開き、抱き付いてきた。
1度止まっていた瞳からはまた涙が次から次へと溢れていく。
それにつられて、俺の瞳からも涙がこぼれた。土方を抱き返して「ありがとう」「大好き」「愛してる」と何度も繰り返した。その度に土方が泣くから、それを見た俺も一緒に泣いて、また同じ言葉を繰り返した。
「総悟か?ああ、大丈夫だったよ。…それにしても銀時にはやられた。何て言ったと思う?『stay with me』だってよ。俺たちはトシを辛い事から遠ざけるばかり考えていた…ははっ拗ねるなって。焼肉でも何でも奢ってやるから。…今は2人を祝福してやろうぜ」
stay with me.
ずっと一緒に俺の側に居て。
「おたく誰?」
「ああ、すいやせん。俺は、沖田総悟っていいやす。で、あんたが坂田銀時さんですかぃ?」
「…そうだけど、何か用…?」
「土方さんの事でさぁ」
「土方の…?」
大学の校門を出た所で、栗色の髪をした青年に声をかけられた。初めて見る顔だったが「土方」と言っていたので、土方の知り合いだろう。何故かは知らないが、俺を待っていたらしい。
「ま、ここじゃアレなんでどこか入りましょうか」
「なんで、お前が決めてんの!?」
沖田と名乗った青年は、俺の意見など聞く事もせずに、一番近くにあるコーヒーショップへと勝手に歩いて行く。
無視してもよかったが「土方」という名前が出た以上は着いていく他にない。
「テメェの奢りだからな!!」
その背中を追って俺も店内に入った。
「率直に言います。あんた土方さんと付き合ってるんで?」
「そうだけど、何なの君?」
ホイップをたっぷりと乗せた、いちごのフラペチーノをズルズルとすする。一番大きいサイズで、ホイップを限界まで盛ってもらい、カスタムしてめちゃくちゃ甘くかつめちゃくちゃ金額を高くしてやった。
ホイップ山盛りを見た沖田は、顔をしかめて「似た者同士…」と呟いた。
「まぁ、土方さんの保護者…ってとこですかね」
「で、その保護者さんが何の用?」
「土方さんが、どんな野郎も付き合ってんのか見に来たんでさぁ」
「へぇーそうなの」
土方、というのは俺が最近付き合い始めた男の名前である。初めて会った時には、お互いに気に入らないヤツという認識だったが、いつしか友人から親友、ついには恋人という間柄にまで変わっていった。
世の中には、男女という性別以外にDomとSubという性が存在する。そのおかげで、同性同士の恋人やパートナーは珍しくなく、異性の恋人やパートナーと同じ位置付けである。
俺がDomで、土方がSubだ。ただ、お互いに性質が弱いのかそれを知ったのは付き合ってからの事だった。つまり、人として惹かれ合った、という訳である。
「で、土方さんがSubっていうのは知ってるんで?」
「まぁ、一応は。向こうも俺がDomって知ってるし」
「プレイは?それとももう食っちまいましたかぃ?」
「まままままだ食ってねぇよ!!」
「もう食われてると思ってやしたが、土方さんまだ処女なんですねぃ」
「俺は好き子は大事にするタイプなの!」
「でも、プレイはしてるんでしょ?」
「たまにな。俺も土方も性質が弱いから、そんなにしなくて大丈夫なんだよ」
「ふぅーん。ま、そらならいいんですがねぃ」
どこか引っかかるような言い方に、沖田の顔を見るが彼は涼しい顔をしている。
「旦那、ひとつ言っておきますねぃ。土方さんには絶対に"stay"を使っちゃ駄目ですぜぃ」
「おお…わかった」
「それじゃあ、俺はこれで」
半分程、中身が残ったカップを持って沖田が席を立った。それをホイップを食べながら見送る。
(アイツ…最後にglare使ったな)
「土方に"stay"を使うな」と言った時に、僅かだが背筋がゾクリとした。あれが親切心で教えてくれたものなら、普通はglareなんて使わない。
(見に来たっていうより、忠告に来た…ってのが近ぇかな)
やっと土方を口説き落としたというのに、今度は保護者の登場だ。
一応、沖田の忠告はちゃんと受けておいた方がいいか、と思いながらストローを噛んだ。
「土方〜明日、飯食って映画観ようぜー」
「わかった。10時に駅でいいか?」
土方とのお付き合いは順調に進んでいる。あれから沖田の介入もなく、忠告もただの脅しだっただけだと気にしなくなった。
異性だろうが、同性だろうがデートする事には変わりない。男と付き合うのは初めてだったが、一緒に居たいと思うし、遊んだり、飯食ったりしたい。
普通の恋人と違って、そこにプレイが加わるがお互いに性質が弱いからか、簡単なコマンドを試したくらいだ。恋人ではあるが、パートナーとしての信頼関係を築く最中という所か。とりあえず、今のところ問題は起きていない。
複合型の商業施設のレストラン街で飯を食って、同じ施設内にある映画館に入った。
土曜日の午後は、家族連れや、学生、社会人、恋人で込み合っている。観る予定のアクション映画は公開されたばかりとあって人気が高い。事前に予約していい席を取っておいてよかったと思う。これだけの人がいれば、チケットを買うにも少し時間がかかりそうだ。
上映時間は2時間以上あるから、飲み物を買いに行く事にした。食後のアイスも。
「飲み物買って来るからちょっと待ってて」
「あ、俺も一緒に行く」
「すぐだから大丈夫だって。コーヒーでいいか?」
「ああ…ありがとう…」
土方は「待っていろ」というと必ずと言っていい程に「自分も一緒に行く」と言う。嬉しいけれど、彼氏としてはやっぱり色々とやってあげたいと思う。昔から世話焼きと言われていたが、特に土方に対しては尽くしてやりたい、と思う程に顕著に現れているように思う。
クールそうに見えて、土方は意外とずっと一緒に居たいタイプらしい。知らなかった一面を知れてさらに愛しさは増した。
すぐだから、とは言ったが土曜日の上映時間前のカウンターは予想よりも混んでいた。映画のコラボ商品がある為か、列が伸びている。上映時間には充分間に合ったが、思ったよりも時間がかかってしまった。小走りでもどると、土方は少し不安そうな表情をしていた。
「お待たせー!銀さんと一緒に居れなくて寂しかった?」
「んな訳ねぇだろ、バカ!」
「本当にぃ〜?着い着たがったクセに」
「違ぇつってんだろ!コーヒー寄越せ!」
「ごめんって!待ってよ土方!」
土方に追い付いた所で、左手を差し出すと
しっかりと握り返される。付き合い出した頃には、恥ずかしさからか抵抗していたが、今ではちゃんと応えてくれる。
同性でも普通の事なので、変な視線を送ってくるような人間はいない。むしろ、初々しさに暖かな視線すら感じる。映画のチケットのもぎりをしてくれたお姉さんにも、にこやかに案内してもらった。首に赤色のcollarが見えた。
「土方、最近顔色悪くねぇ?」
「いや、大丈夫だ。レポートが終わんなくてちょっと寝不足なんだよ」
「本当に大丈夫か?ちょっと寝た方がいいんじゃねぇの?」
「もう少しで終わるから、心配すんな。人の心配より、自分の心配した方がいいんじゃねぇのか?」
「だだだだ、大丈夫だって!!レポートなんてあっという間に書いてやるよ!!」
「ははは」と頭を掻きながら未だに真っ白な画面を睨み付ける。このレポートを出さないと割りと、かなり単位が貰えないので、何がなんでも完成させなければならない。
大学に併設されたカフェで開きコマを利用して、一緒にレポートをやろうと誘った。同じようにノートパソコンの画面を見詰める土方を盗み見ると、目の下に隈が出来ている。顔色も青白いと言っていい。ここに来る時もフラフラとしていて、倒れるんじゃないかと思った程だ。
土方は「大丈夫だ」と言い張っているが心配でたまらない。今すぐにでも、家に連れて帰って飯を作り、寝かしつけてやりたい。だが、嫌がる土方を無理矢理に連れて帰る訳にもいかないのも事実。Subだろうとそうでなかろうと、相手の事も尊重しなければならない。相手が望んでいなければ良くてお節介、悪くてありがた迷惑というヤツだ。「あと少しで終わる」と言っているならそれを信じるしかない。本当の本当にヤバいのであれば、glareを使ってでも休ませようと思っている。だが、それはあくまで最後の手段だ。
「よし!優しい銀さんが飲み物を奢ってやろう!」
「なら、俺も」
「お前は疲れてんだからここで待ってろって!」
財布を掴みレジへと向かう。
土方が小さく震えている事に気が付かずに。
レポートも無事に提出でき、久しぶりにゆっくりできる休日になった。午前中にちょっと出掛けて昼飯を食い、土方の家でゴロゴロしている。
スマホでゲームをしながら、雑誌を読んでいる土方をチラリと見る。
顔色は多少良くなっているように思う。最近は、お互いに課題やレポート、バイトやらで忙しかった。
会えなかった時間を思えば、触れたい欲が沸き上がってくる。付き合って半年程になるが、手は握ってもキスは触れる程度が数回。プレイだって少しずつコマンドを増やしたりはしているが、性的な接触はまだない。勿論、恋人としてもまだである。そろそろ、一歩進んでもいい頃だ、と思う。
幸いにも明日も休みで、泊まるつもりで遊びに来ているのだ。着替えも新品のパンツも持ってきている。
大学生だと言っても20歳はとっくに過ぎた大人の男なのだ。清いお付き合いがだって幸せだが、もっと深く触れ合いたい。
「あのさ、土方」
「なんだ?」
「俺達、付き合って半年くらいは経つじゃん?だから、なんていうか、その……先に進みたいな…って…」
照れながら切り出すと、初めはキョトンとしていた土方も意味がわかったのか顔を赤く染めた。
「そ、そうだな…!もうそんなになるもんな…!お、俺もその…なんだ」
土方の慌て方を見ると、嫌で先に進みたくなかったという訳じゃなさそうで安心した。むしろ、俺と同じような気持ちでいてくれて嬉しくなる。
OKが出たといっても、まだ日は高い。なんとなく"そういうこと"は夜という気がするので、もう少しこの甘い時間に浸かっていたよう。
「あ、あのさ、キス…しても…いい?」
「バカっ!んなモンいちいち聞くなよ!」
今まで確認なんてしたことなかったのに、緊張からかうっかり聞いてしまった。余計に恥ずかしい。
「じゃあ、す、するぞ…!」
「お、おう」
土方の頬を挟むように両手を添えると、土方はゆっくりと目を閉じる。眩しいくらいに顔面が綺麗で、よくこんなイケメンと付き合えたなとつくづく思う。五月蝿い程に鳴る心臓の音を聞きながら口唇を寄せていく。
♪ピリリリリリリ
あと少し、という所でスマホの着信音が鳴る。しかも、俺のスマホから。電源を切っておけばよかった。
そのせいで一気に現実に引き戻されてしまった。ノリノリだった土方も正気に戻ってしまって、逆さまになった雑誌を読み始めてしまった。せっかくのチャンスを邪魔された俺は、一言文句を言ってやろうと相手も見ずに電話に出たのが運の尽き。
「銀時、さっさと来い」
「銀時ー!エリザベスが!エリザベスがあああ!!」
「アッハッハッ!金時ー!待っちゅうがー!」
よりによって相手は高杉。さらにヅラと坂本も一緒に居るらしい。コイツらが揃うとロクな事がない。100%面倒事に巻き込まれる。そんなトラブルメーカーが3人揃っている。絶対に行きたくない。
腐れ縁のアホ共よりも、大好きな土方の方が大切だ。
「悪ぃけど今日は行かねぇからな!!」
「来ねぇなら"あの事"を先生とお前の彼氏にバラすぞ」
握られた弱味のせいで、抵抗しても結局は行かなければならなくなる。
"あの事"をバラされたら、命の危険と土方には絶対に嫌われる。
「わかったよ!!行きゃあいいんだろ!!」
ヤケクソで叫びながら通話を切る。顔を赤く上げると、悲しそうな顔をした土方と目が合った。
「あーえっと…ごめん!!バカ杉共が呼んでてさぁ…なんか、困ってるみたいでさ」
「行ってやれよ。友達なんだろ?俺は大丈夫だから」
「す、すぐに戻るから!いい子にして待っててくれよ!」
スマホと財布、鍵を引っ掴み玄関を出る。
俺と土方の未来を守るため、腐れ縁のアホ共を殴りに行くために。
「あーもう夜じゃねぇかよ!」
すぐ帰るハズだったのに、辺りはもう真っ暗になる程に時間がかかってしまった。
土方とのんびりゴロゴロする計画が台無しである。呼び出しの内容も実にくだらなくて、ヅラと一緒に暮らすエリザベスという生物がいなくなった、という事だった。
あまりにヅラが騒ぐので方々探し回ったというのに、一度ヅラの家にもどればエリザベスは普通にテレビを見ていた。
何の事はない、ヅラがエリザベスが日帰りで温泉に行ってくる、と伝えてあったのを忘れていただけだったのだ。
ひとまず、高杉と坂本は1発ずつ。ヅラは5発とお土産をぶんどった。
違反しないギリギリの速度でベスパを飛ばす。途中で電池が切れて土方に連絡ができなかった。途中で途切れた返事は見えないままだ。スマホを借りるか充電するか悩んだが、知らない番号だと電話に出ないかもしれないし、充電する暇があるなら一刻も早く帰りたかった。
すぐに帰ると言った手前、土方は心配しているだろうか。それとも鬼のように怒っているだろうか。どちらにせよ、土下座は免れないだろう。
土方のアパートの階段を一段飛ばしでかけ上がる。
ドアノブに鍵を刺して回す。ドアを開けたら、角を生やした土方が仁王立ちしていたらどうしよう。明日の朝日はもう拝めないかもしれない。
初めて土方の家に来たときよりも、緊張しながらドアを開けた。
「えっ…?」
部屋の中は薄暗く電気も付いていない。
待ちくたびれて眠ってしまったのか、それともコンビニにでも行ったのか。
だが、土方の靴は玄関にあるしなんだか変な感じがする。
眠ってしまっていたなら、申し訳ないと思いながらも手探りで電気のスイッチを探す。蛍光灯に照らされた短い廊下と小さなキッチンは出てきた時た何も変わらない。
足音を立てないように、ゆっくりと土方の自室に向かう。
「土方…?寝てる?ごめん、遅くなっちまって…」
小さく声をかけながら、ドアを開ける。
やはりこの部屋も薄暗い。そして、すすり泣くか細い声が聞こえた。
「土方?」
パチン、と入り口の近くの電気のスイッチを入れる。
明るくなった部屋の中央には、青い顔をした土方が膝を抱えて震えていた。
「土方!!おい、どうした!?大丈夫か?どっか具合悪いのか!?」
土方の目の前に腰を下ろして呼び掛けるも、震えが止まるどころか反応もしない。
この症状はもしかしてsub dropではないだろうか…?
プレイもしていない、コマンドもましてや命令なんてしていない。ならば、なぜ、どうして…?
パニックに陥りながらも、薬の存在を思い出す。Sub性が弱いといっても、持っていない訳ではない。どこにしまってあるか分からないが、キョロキョロと見渡せば机の上に散らばった錠剤が目に入った。薬は飲んだみたいだが、効いていないのだろうか。
ひとまず、薬の酒類を確かめるために錠剤の入ったシートを裏返す。
「これ…」
気づかぬ内に声が漏れた。そこに印された薬の名前は自分が知る限り一番強いものだ。市販されている物ではなく、病院で処方される物だ。それ以外にも様々な錠剤が散らばっている。どれもSub関連の物だった。土方は、Sub性はそれほど強くないと言っていた。薬も滅多に使う事はないと。
それがどうだろう。土方はsub dropで震えている。手当たり次第飲んだのか、オーバードーズの可能性もある。
薬が駄目ならafter careをするしかない。
正直、プレイだってあまり経験がないのだ。after careの経験はないと言ってもいい。ともかく褒めなければ。良い子だね、よくできました、と
しかし、何に対して褒めればいいのだろうか。
コマンドや命令をしたならそれに対して褒めればいい。だが、自分は何もしていない。
それでもどうにか「良い子」「よくできたな」「すごいな」と思い付く言葉を口にしてみる。しかし、土方の震えが治まる気配がない。それどころか、酷くなっているようにさえ思う。土方に言葉が届かない程に酷い状態なのか、自分の言葉に心が籠っていないせいか。それとも両方か。
どうしよう。どうすれば。ついに頭の中はそれだけでいっぱいだ。after careが出来るのはここには自分しかいない。考えれば考える程に焦りパニックになるばかりだ。それを感じ取っているのか、土方のsub dropも酷くなっていく。
「どいてくだせぇ」
いつの間に入ってきたのだろう。振り替えると、背後には沖田が立っていた。
その目には明らかな怒りが見てとれる。
「どけって言ってるんでさぁ」
ひと際強いglareを受け、怯えながらどけた。
沖田は俺がさっきまで居た位置に腰を下ろして、土方を抱き締めた。耳元で何かを囁いている。土方にだけ聞こえる声量のせいで何を言っているかまでは分からない。
だが、少しずつ土方の状態が良くなっているのを見ると、after careである事は分かる。
やがて土方の震えが治まる、顔にも血色が戻ってきている。穏やかな寝息を立てる土方を、沖田は軽々と抱えてて傍らのベッドに横たわらせた。
「いつまでそこに居るんですかぃ?」
こちらを振り返った沖田はglareこそ放ってはいないが目には怒りに満ちたままだ。
「俺は土方さんに"stay"を使うな、と言ったはずですが?」
「お、俺は"stay"どころか、何のコマンドも使ってない…!」
「じゃあなんで土方さんはsub dropしてるんですかぃ?」
「それは…」
「それで恋人だなんてなんの冗談で?あんたに土方さんは任せられません。帰ってくだせぇ」
「でも…」
「帰れ」
「その…すまねぇ…」
土方になのか、沖田になのか。ただ、今はそれしか言えずにその場から立ち去るしか出来なかった。
あの日から二週間が経った。土方の姿は見ていない。電話も繋がらない。メッセージを送っても、返事も既読すらつかない。
土方の家に何度か行ってみた。チャイムを鳴らしても反応がない。合鍵を差し込んでみれば、開かなかった。
駐輪場に土方の自転車があった。引っ越しはしていないようだ。ここで生活しているのだと思う。たぶん。
意図的に避けられている。土方の意思というよりも、沖田がやっているように思う。
自信はないけれど、土方はこういうやり方は好きじゃないように思う。
今日も駄目だった。チャイムを鳴らしても、誰も出てこない。外に出掛けているのか、居留守なのかそれを確かめる術を俺は持っていない。
「あんたが、坂田銀時か?」
聞いた事があるようなセリフが聞こえた。
けれど、今回は沖田よりも低い声だった。
そこには、短めの黒髪を立てて、アゴに髭を生やした男が立っていた。
「生憎、ゴリラに知り合いはいねぇんだけど」
「えっゴリラって俺!?いやぁ、トシが言ってた通りに銀髪なんだなぁ」
男は初対面にも関わらず親しげに話しかけてくる。
「なぁ、銀時、腹減ってねぇ?飯行こうぜ」
「はぁ!?そんな暇は…!」
「トシの事で話がある、と言ったら?」
「トシ」って誰の事だ?そういえば「トシが言っていた通りに銀髪なんだな」と言っていた。という事は。
「くっだらねぇ内容だったら許さねぇからな!」
「何食いたい?」
「何でも!!」
土方の話が出来るなら、どこだっていい。
いても立ってもいられずに、アパートの階段をかけ降りた。
ゴリラは近藤と名乗った。土方の1つ上で所謂幼馴染というやつだ。
適当にファミレスに入ると、近藤はまずは腹ごしらえだなと、メニューを見始めた。
「土方の事は!?」と言えば「腹が減るとイライラするからな。まずは食え」と笑って、テーブルのベルを鳴らした。
「いやぁー食った食った」
運ばれてきた大きなステーキを平らげて近藤は満足そうに言う。
飯を食いに来た訳じゃねぇのに、全く本題に入る様子がなくイライラが増すばかりだ。
「で、いつになったら話してくれんの?」
「分かった、分かった。まず、トシは今は総悟の所に居る。たまに帰ってるようだが、家に行っても会うのは難しいと思うぞ」
通りで会えない訳だ。たまに帰ってくる時も沖田が一緒の可能性がありそうだ。偶然帰っている時に行ったとしても、会わせてはくれないだろう。
「知っての通り、トシはSubで総悟はDomだ。ちなみに俺はNormalだ。トシも総悟も性質が強い。幼馴染だったし、パートナーになる話も出た事はあるが、相性があまり良くなくてな。基本的には抑制剤を服用しているが、どうしても必要な時にはプレイやafter careもやる事はある。そういうのもあって、総悟がdefenceのような状態になってる。根は悪いヤツじゃねぇんだ。俺の顔に免じて許してやって欲しい」
"defence" DomがSubを過剰に守ろうとする状態だ。
本来はパートナーに対して起こる状態だが、それに近い関係と信頼があるからそういう状態になっているのかもしれない。そうであれば、沖田の過剰な行動にも納得がいく。
「で、ここからが本題だ。トシがなぜ"stay"が駄目な理由だ。まずな、トシがは小さい頃に両親を事故で亡くしている。『良い子にして待っててね』と言われたが…帰って来る事はなかった。それからトシは"待つ"事が苦手になった」
確かに、土方からは両親はいないと聞いている。けれど、優しい義兄夫婦に引き取られて大切に育てられたとも。
「トシが高校生の頃だ。その頃は県外の高校に通っていて、トシは一人暮らしをしていた。バイト先で知り合った年上Domの男と仲良くなって、トシも兄のように慕っていたらしい。ある日、トシの家からトシがそちらに来ていないか、と連絡が来た。なんでも、学校にも来ておらず、家にも帰っていないと。その連絡から2週間後その男の家でトシが見つかった。膝を抱えて震える酷いsub dropした状態でな」
「それで、どうなったんだ…?」
「トシは即入院、男は逮捕され事件にもなった。トシはsub dropに加え栄養状態も酷かった。逮捕された男の話では、トシにセーフワードのないプレイを強いて、stayで何日耐えられるか仲間内と賭けをしていたんだと」
ちょっと調べれば出てくるぞと、スマホを渡された。画面には事件の概要が書かれている。「良い子で待ってろ」と命令され、Subである土方は抗えずに実行する事しか出来なかった。帰ってくるかも分からない男をただひたすらに待ち続けたのだ。
「それからだ、トシが待つ事が怖くなったのは。Subにとってはコマンドや命令はSubにとって絶対だ。お前にその意志がなくても、トシはお前の言葉をそういう風に捉えちまった」
土方はほんの僅かな時間でも、両親のように帰ってこないんじゃないか。男のように置いていかれるんじゃないかと不安で堪らなかったのだろう。
土方の傷が癒されるには時間が足りなかった。傷があまりにも深すぎた。
俺が「待ってて」と言うたびに、怯えながらも「分かった」と答えた土方。不安や恐怖が少しずつ積もって限界が来てしまった。
「お前は、俺に別れろって言いに来たのか?殴りに来たのか?両方か?」
「いや…まぁお前が酷い人間だったら殴ってやろうと思ってたけどな。今日は、トシに頼まれて来たんだ。アイツが心配してるだろうからって。本当はトシが誰かと付き合うのは不安だった。しかもDomだろ?けど、お前と付き合い出して、トシの雰囲気が少しずつ変わりだした。よく笑うようになったし、酔うとお前の話ばかりだぞ」
知らなかったとはいえ、土方に酷い事をしてしまったのにそれでも俺の事を心配してくれている。酔うと俺の話ばかりなのも初めて知った。
「大丈夫だ。トシは優しさだと分かっている。ずっとトシは『黙っててごめん』って言ってる。心配しなくてもそれくらいトシはお前の事が好きで大切な存在になってるんだ」
目の奥が暑くなり、じわりと視界が歪む。
土方は変わろうとしているのに、俺が何もしないなんて、そんな事は許されない。
「俺、土方の事知ったつもりでいて、全然知ろうとしてなかった…!土方に会って話がしたい。フラれても殴られてもちゃと土方に向き合いたい」
「知らなかったら、今から知ればいい。お互いにな。総悟は俺がどうにかするから」
そう言うと、近藤はスマホで誰かに電話をかけた。恐らくは沖田だろう。少し揉めていたようだが通話が終わると「大丈夫だ!」とニカッと笑った。
明後日の午後に指定の場所へ。本当はすぐにでも会いたかったが、考える時間も必要なのと沖田を宥める時間が必要という事だった。
さらに条件として、近藤が立ち会うという事で沖田がどうにか折れた。
「ありがとよ、ゴリラ!」
「ゴリラじゃねぇよ!」
久しぶりに笑った。
不安で不安で仕方がなかった。
次は土方と一緒に笑うのだ。
「ひ、久しぶり…元気だった…?」
「お、おう。それなりに…」
「オイオイ…お前ら大丈夫か?」
久しぶり過ぎて緊張のあまりにぎこちなかった。会いたかったのに、今すぐにでも帰りたい気持ちになっている。土方の目も泳いでいた。
けれど、ようやく土方に会えたのだ。この機会を逃せば、本当に土方とはサヨナラになってしまう。フラれようが殴られようが後悔だけはしてはいけない。
「土方ごめん!!俺、お前の事を知った気でいた…!知ろうとしなくて、傷付けてた…知らなかった、じゃ済まない事をした。許してくれとは言わない。俺の事を嫌いになっても、気が済むまで殴ってくれていい!」
「銀時…頭、上げてくれ…その俺も分かってくれる、嫌われたくないって言わずに逃げてた。俺だってお前の優しさに胡座かいてたんだ…」
「いや、俺が悪かった!」
「違う。俺の方こそ自分の事しか考えてなくて」
「俺が」「いや俺が」とペコペコと交互に頭を下げあう。
「お前ら、いつまでやってるんだ…」
「「あっ」」
近藤のツッコミがなければ、いつまでもペコペコしていただろう。同時に顔を上げると目が合って、お互いに情けない顔をしていてなんだかおかしくなって吹き出した。
「土方…お前に取り返しのつかない事したってわかってる。でも、やっぱりお前の事が好きなんだ」
「本当は待つのずっと怖くて、でもそんな事言ったらめんどくせぇって思われるんじゃねえかって…待つ事より嫌われる事の方が怖かった。そしたら、勝手に自分は駄目なSubなんだって考えちまって…お前はちゃんと帰ってきてくれたのにな」
「もし、お前がいい、って言ってくれたなら、もう一度やり直したい。お前の事もっと知りたい。もう一度、恋人になって欲しい。それで、パートナーになって欲しいんだ」
「これ…は…?」
1枚の紙を差し出した。
ただのコピー用紙には"好きなこと""嫌いなこと"から"セーフワード""やって欲しい""これは駄目"など様々な項目を書いてある。
「海外だとさ、パートナーになる時に書類を提出したり、お互いに紙を持っておく国もあるんだってさ。俺もお前も素直じゃねぇし、言葉にすんの苦手だろ?けど紙の上なら素直になれるかなって…」
「うん。ちゃんと書く。だから、お前も書いてくれるよな?」
「勿論だ。全部書く。書くとこなくなるくらい書くから…!」
土方が握った紙に皺が寄る。
切れ長の瞳からポロリこぼれた涙が、紙に吸い込まれた。
「土方、俺はお前の事が好きです。俺の恋人になってください」
「うん」
「そして俺のパートナーになってください…!」
その言葉と共に鞄の中から細長い箱を取り出す。
蓋を開けるとそこには、黒いレザーの細身のcollarが置かれている。
「ブランド物とか立派なやつじゃねぇけど、ずっとお前に渡したいと思ってた」
土方はついにその瞳からボロボロと涙をこぼし、その場に膝を付いた。
「…うん、うん」
言葉に出来ないのか、何度も頷く。地面には次々と涙が落ちていく。
「付けてもいい…?」
「うん」
自分も地面に膝を付く。土方は伏せていた顔を上げてcollarが付けやすいようにしてくれた。
土方の瞳は真っ赤になっていて、目が合うとまた大粒の涙をこぼした。でも、その顔は苦しいじゃなく、幸せそうに笑っている。
思った通りに、collarは土方によく似合っていた。一目見た時に絶対にこれにしようと、バイト代を貯めて買ったのだ。
「もうひとつ、我儘言っていい…?少しでも苦しいとか、嫌だって少しでも思ったら、セーフワード言って。殴って止めてくれてもいいから」
土方は返事の変わりに強い意思を持った瞳で見つめ返した。
「…!う"ん"っ…!!」
土方は少し怯えたようだったが、それに続く言葉を聞くと瞳を大きく見開き、抱き付いてきた。
1度止まっていた瞳からはまた涙が次から次へと溢れていく。
それにつられて、俺の瞳からも涙がこぼれた。土方を抱き返して「ありがとう」「大好き」「愛してる」と何度も繰り返した。その度に土方が泣くから、それを見た俺も一緒に泣いて、また同じ言葉を繰り返した。
「総悟か?ああ、大丈夫だったよ。…それにしても銀時にはやられた。何て言ったと思う?『stay with me』だってよ。俺たちはトシを辛い事から遠ざけるばかり考えていた…ははっ拗ねるなって。焼肉でも何でも奢ってやるから。…今は2人を祝福してやろうぜ」
stay with me.
ずっと一緒に俺の側に居て。
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