four flowers

原作

「バレンタインなんざ滅んじまえ…」
 重い身体を引きずって私邸の玄関を開けたのは午前二時。こんな時間なら屯所で寝る方が楽なのだが、無性に私邸に帰りたくてたまらなかった。
 一体どこの誰がバレンタインという菓子配りイベントなんてやり始めたのか。言い出したやつを適当な罪状でしょっぴいてやりたいくらいだ。
 事の発端は警察庁長官の思い付きにある。犯罪防止を呼び掛けつつ好感度アップを狙おう!と急遽街頭でチョコを配る事になった。
 ペラっペラな防犯チラシと安物のハート型のチョコを入れた袋を朝も早くから配った。巡回があるからと、断ろうとしたがなぜか「トシと総悟は強制参加な」と銃を突きつけられて脅された。
 計画性がない防犯キャンペーンは、思ったより順調に始まった。
 早い時間は断られる足早に過ぎ去られる事もままあったが、次第に立ち止まって受け取ってくれる人も増えてきた。笑顔になってくれたり、子供たちに「おまわりさんありがとう」と敬礼されるとほっこりする。
 たまにはこういうのもいいかと思っていたのだが、徐々に女性の姿が増え始めていた。
 モテないモテないと嘆く連中から嬉しいオーラが漂ってきていた。だが、女性たちはこぞって俺か総悟へと向かっていく。おや?と思った頃には、チョコを渡そうとする者まで現れた。一人現れれば一人また一人と増えていく。仕事中である事、規則で受け取る事が出来ないとやんわりと断りを入れる。それで素直に引き下がってくれる者もいたが、無理矢理に渡してくる者も出始めた。そうなれば「ずるい!」「抜け駆けするな!」と喧嘩が始まる。あわや大騒動となり納めるのに時間も気力も奪われた。
 ようやく落ち着き、昼飯から戻ると今度は万事屋が三人でやってきた。一般市民もいる以上出前、あげないという訳にもいかない。面倒事起こすんじゃねぇぞ、と釘を刺しながらチョコの入ったチラシを渡してやった。
 それから数十分後。煙草を吸うために外していた間にまた万事屋が来ていたらしい。わざわざ変装までして。まあ、一度くらいはいいか。それに付き合わされるメガネとチャイナ娘も苦労するなと思っていたら、また変装してやってきた。
 三度目だが渋々渡してやる。チャイナ娘が喜んで飛び上がっていたのを万事屋がバレるからと諌めた。もうバレバレなんだけど。あとちゃんと食わしてやれよと思う。
 流石にもう来ないだろうと踏んでいたがまた現れた。変装のレパートリーが多いがそんな事に金をかけるくらいなら生活費に回せ。
 そして最悪のタイミングで総悟が戻ってきて、チャイナ娘と戦闘開始。遠慮なく二人がやり合うものだから、周辺には甚大な被害が出た。おまけに近藤さんが「すまいるでバレンタインイベントだから!」と消え失せてしまった。
 騒動が納まる頃には、すっかりボロボロで元気なのは総悟とチャイナ娘だけであった。
 屯所に戻れば始末書の山と弁償額に頭を抱えた。お詫びの菓子を持って頭を下げに行く日取りも決めなければいけない。
 いっそふて寝でも決め込んでやろうか、と思えば近藤さんを回収するように、とスナックからの電話。説明を受けなくても状況が想像できてしまう。
 回収に向かった先でもロクな事はなく、近藤さんを布団に押し込んだ時には日付が変わってしまっていた。
 屯所を出た時よりも部屋の書類は増えているしで、もう泣きたい気持ちでいっぱいだった。
 身体が重くて寝室でさえ遠く感じる。気を抜けば廊下で倒れて寝てしまいそうだ。
 居間の横を通った時だった。居間の襖が僅かに開いていた。前に戻ってきた時にはキッチリと閉めた筈だ。日常的にもキッチリと閉める質である。疲れと眠気でそれどころではないが、そういう時に限ってどうにも気になって仕方がない。
 もしや空き巣か。ここが警察官の私邸と知らずに侵入したのか。金目の物は置いていないが、立派な犯罪である。
 気配はないが証拠が残っている可能性もある。ゆっくりと襖を開けて電気を点けた。
 そこは特に荒らされたような形跡はないが、前に戻った時と違う点が一つだけあった。小さなちゃぶ台の上に一輪の花が置かれていた。花に疎くても流石に薔薇は知っている。控えめに巻かれたリボンは落ち着いた青い色だ。その下にはまた上品なメッセージカードが一枚。
 そんな事をする人物の心当たりは一人しかいない。キザったらしくて、中二病を患った着物の趣味の悪い男だ。
 こんなイベントの為にわざわざ危険を犯してまでやってきたのかと思うと、彼らしくもありバカにも程がある。
 それでも花とメッセージで疲れが吹き飛ぶのだから、自身も大概バカである。バカでなければ敵対している男と関係を持つなんて出来ないだろうが。
 来月どんなお返しを請求されるかと考えると恐ろしい。ひとまず、目が覚めたら花瓶を買いに行く事にしようと決めた。
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