今日は逆です
「つかれた…」
時計の針はとっくに12時を回り、日付が変わっている。「はぁー」とかなり大きなため息を付いたが、副長室は他の部屋と離れているから聞こえはしないだろう。というか仮に隣の部屋まで聞こえていたとしても、遅番以外は近藤さんを筆頭に皆ぐっすり寝ているから、起こしてしまうという事はないだろう。それは警察としてどうなのだ、と思う所はあるが今はそんな事はどうだっていい。
疲れた。とにかく疲れている。
朝から通報が入り現場にかけつけ、それが終わると今度は総悟が破壊したビルのお詫びだ。罵声を浴びてやっと戻ったら、部屋には書類が山積み。どれもこれも間違いは多いし、期限は迫っているし、半分近くは始末書だ。それをどうにか終わらせて一息つこうとすれば、今度は近藤さんの回収の呼び出しが。酒臭いし重い身体を引き摺って布団に放り投げてようやく眠れる。だが、眠れるのは僅かな時間で爆音と共に叩き起こされるのである。
違いはあれどそんな感じの日々が続けば流石に疲れる。まともに食事も睡眠も取れていない。休ませてくれ、と言った所で事件は起きるし総悟は破壊活動をするし、近藤さんは元気にストーカーしている。なんで俺以外はみんな元気なの?なんでそんな生き生きしてんの?
「仕事したくねぇ…」
全部放り出してしまいたい。俺だってダラダラしたい時だってある。仕事したくない。働きたくない。風呂入るのも着替えるのもめんどくせぇ。もうこのまま寝てしまおう。
………
……
…
ドォーンッ!!
「おはようごぜぇます。土方さん。清々しい朝ですねぃ」
バズーカを構えた総悟がニヤリと笑う。外はまだ暗く日が昇る前のようだ。
随分と早起きだなと思ったが、確かコイツは遅番。つまりは夜勤明けでバズーカぶちこみにきたって事か。
眠れたのは2.3時間程度か。眠れただけでもマシな方。睡眠不足と疲労で頭が酷く痛む。二度寝しようにも部屋も布団もボロボロだし、総悟の前で寝るなど出来るはずもない。
「あぁ、最高の目覚めだな」
どうにか皮肉を言うだけの元気はあるらしい。その元気もいつまでもつかどうか。激しい頭の痛みに耐えながら、ふらふらと立ち上がった。
「新八ー!そっちだ!」
「捕まえました!!」
かぶき町中を探し回って、ようやく迷い猫を捕獲した。やんちゃぶりに振り回されたが、大冒険に満足したのか今は新八の腕の中で大人しくしている。
「じゃあ、俺は次に行ってくるから、そっちは頼んだ」
「わかりました。依頼人さんに届けたら先に戻ってますね」
「銀ちゃんしっかり稼いでくるアル!」
新八と神楽に見送られ次の依頼人の所へ向かう。かぶき町を走り回ったのに、疲れも感じず身体は軽い。
理由は分からないのだが、ここの所やる気に満ち溢れ、労働意欲が湧いてくる。「働くぞ!」と宣言した時には新八と神楽に「拾い食いしたのか」「どこかに頭をぶつけたのか」と随分な物言いをされた。だが、働きぶりを見てそのやる気が本物だと思ったのか今は喜んでくれている。
おかげで今月の家賃も払えるし、食料品や日用品をしっかり買えた。食べ放題だが焼肉にも行けた。それでもまだ働きたい気持ちが溢れている。しかも、依頼人に喜ばれて新しい依頼人を紹介される、というループが出来ていてドンドン依頼が舞い込んでくるのだ。働けるし稼げるし、何もせずともまた依頼が来る。正直、楽しい。
本日3件目の依頼も無事に終えて万事屋への帰路につく。喜ばれたおかげで依頼料の他にお土産まで貰って、心も財布もホクホクである。いい事というのは続くようで毎日こんな感じなのだ。
帰れば新八と神楽が夕飯を作って待っている頃だろう。お金のない時にはご飯と卵だけとか、小さな半額になったししゃもが1匹なんてざらだったがここ最近は主食も主菜もあるしデザートだって付いてくる。飯が食えるのは嬉しい事だ。
少し気がかりなのが、土方に会えていない事である。いつだって忙しそうにしているから、そう頻繁に会えないのだが1週間近く顔すら見ていない。いつもならデートは出来なくても巡回中に会って会話する、という事くらいはあるのだがそれすらないのだ。討ち入りでもあるのかと思っていたが、ニュースはいつも通りだし総一郎くんは団子食ってたし、ゴリラは昨日もお妙に殴られていた。
また1人で抱えこんで無理しているのかと心配していると、前からフラフラと歩いてくる人間が見えた。覚束ない足取りは酔っぱらいかとも思ったが、見慣れた黒い制服は酔っぱらいなんかじゃない。
「土方っ…!」
「あ…?ああ、よろず、やか…」
駆け寄ってみれば、隈は酷いし覇気のない目はどこかぼんやりとしている。今にも倒れそうな身体を抱き締めてみれば、折れそうな程に細く感じた。顔も血色が悪いし、髪から艶も失われている。
「お前ちゃんと休んでんの!?」
「え…?あ、うん。やす、んでる」
近付くまで俺に気が付いてなかったようだし、口調もたどたどしいというか、もう全部が危なっかしくて見てられない。
「携帯出して!」
「なんで?」
「いいから!」
ゆっくりとした動作で土方がジャケットから携帯を取り出す。いつもなら「なんでだよ!」と嫌がるくらいはするのに、疑問に思いながらも素直に出すあたり判断力も思考力も落ちているようだ。
「もしもし!ゴリラ?ちょっと土方くんうちに連れて帰るからな!」
『万事屋か?えっなにトシに何かあ』
ゴリラの返答を待たずに通話を切った。用件は伝えたのだから問題ないだろう。
続けて万事屋に電話をかけて、夕飯を1人分追加して貰うのと風呂の準備をお願いした。新八は何か察してくれたようで「マヨネーズ買ってきますね」と返事をした。
「行くぞ」
「どこに?」
「万事屋」
「なんで?」
「お前を休ませる」
手を引けば抵抗はない。いつもなら全力で抵抗してくるのに。受け答えは出来るけどきっと反射で返してる。
万事屋に戻るとまず土方をお風呂に入れる。ちょうどいい湯加減に最後の気力も尽きたのか、フニャフニャにだ。無抵抗の土方の身体と頭を洗ってやる。全力で抵抗されてもおかしくないのに、身を預けてくるから相当疲れているようだ。
着替えさせて居間にいけば温かな夕飯が4人分。ハンバーグとみそ汁とポテトサラダ。定春も今か今かと山盛りのドッグフードを前に尻尾を振っている。
まだぼんやりとした土方をソファに座らせてその隣に腰を下ろす。「いただきます」と声を出せば土方からも「いただきます」と聞こえてきた。マヨネーズを手にとって自分でかけていたので少し安心した。食べるペースはゆっくりとしているが、ちゃんと食べてくれるなら休めば回復するだろう。
食べ終わって、暫くすると土方が船をこぎだした。身体も暖まって、腹が満たされたら次は睡眠だ。新八が用意してくれていた布団に寝かしつける。目の隈は酷いが穏やかな寝息が聞こえて胸を撫で下ろした。
目が覚めた。天井が見える。久しぶりにゆっくり眠れたような気がするが頭も身体も重く感じる。とりあえず起きて着替えなければ。今は何時だろうか。寝坊したなら山崎が鉄がお越しに来るがいない所を見ると寝坊ではないらしい。
起きなければと思うのだが、正直このまま寝ていたいしそれに…
「…仕事したくねぇ」
「じゃあ休んじまおうぜ」
その声に驚いて勢いよく横を向くと、そこには万事屋が寝転んでこちらを見ていた。
「万事屋!?お前なんで!?」
「なんでってここ俺ん家だし。お疲れのお前をここまで引っ張ってきたんだけど覚えてねぇ?」
「あ…」
そういえば巡回中に万事屋に会って、嬉しくてフワフワしていたら何だか温かくて満たさたような事をボンヤリと思い出した。
「とりあえずそのままでいいから飯にしよう。な?」
手を引かれて起こされる。そういえば暖かい手に掴まれていたような気もする。
「おはようございます」
「おはようアル!」
居間に行けば新八と神楽の笑顔に迎えられ、テーブルには朝飯が用意されていた。定春は一足先にご飯を食べている最中だった。
「食いながら聞いてくれる?銀さんは土方くんを休ませようと思います」
みそ汁を啜っていると万事屋が口を開いた。
その言葉に新八も神楽も賛成するようにコクコクと頷く。
正直、その申し出はありがたい。だが、嫌だ嫌だと言っても仕事はなくならないし他にできる人間もいない。どうやったって自分がする以外にはないのだ。
「という訳で俺が副長やるから、土方くんは万事屋な」
「……は?」
予想外の提案に反応が遅れる。おまけに何にも言葉が浮かばなかった。
コイツなんか言ってるぞ、と思い新八と神楽を見るが何事もなかったかのように朝飯を食べている。
「あー大丈夫、大丈夫。屯所には連絡入れてっから。飯食ったら出るから後よろしくな」
「分かりました。気を付けて行ってくださいよ」
「トシの事は任せるアル!」
そう言うと万事屋は最後に白飯を口に放り込むと慌ただしく出ていってしまった。
「俺ぁ、どうすれば…」
「何もしなくていいネ。今日は万事屋アルよ」
急に万事屋をやれと言われてもどんな依頼が入っているかなんて知る訳がない。万事屋が何か仕出かすのではないかと不安もある。
「新八、今日の依頼は…」
「今日は依頼もないですし、ゆっくりしてください」
「なら探さねぇと」
「あぁ大丈夫ですよ。最近は依頼が立て込んでいたので今日はお休みなんです」
「トシは休むのが仕事アル!」
"休むのも仕事"
仕事はしたくないが、残してきた仕事は気がかりだし、何もしないというのも性に合わない。
なら"休む事を仕事にしてしまえばいい"のだ。休んでいるけれどそれは仕事だから当たり前だ。屁理屈と言われようが仕事である。万事屋が何かやらかさないかと不安もあるが今日は甘える事にしよう。
「……そうだな。じゃあ休むっていう仕事するか」
そう言うと二人が顔を綻ばせる。
笑った顔だけで心がポカポカとしてくるから不思議なものだ。総悟だってこんな風に笑えば可愛げがあるというのに。
「銀ちゃんは朝ごはんの後は必ずジャンプ読んでるネ。だからトシも読むアル」
「あー…俺ぁマガジン派で」
「そう言うと思って買っておきました」
「今日発売日ですもんね」と新八がマガジンを渡してくる。発売日と言われてようやく今日が水曜日である事が分かった。パラパラと捲ってみれば、前回読んだ話と繋がらない。表紙の数字をみれば2つ増えている。つまりは2週間は読んでいないという事になる。
「どうしたアルか?」
「ああ…その、週が飛んでて話が繋がらねぇんだ…」
「先週のですか?」
「いや…先々週だな…たぶん」
たぶんというのは、正直前回読んだ号に自信ないのだ。下手すれば1ヶ月読んでなかったのかもしれない。曜日も前に読んだ号もハッキリと覚えていなくてちょっとショックを受ける。休んでいなかったという事実に身体が重くなったように感じた。
「すみません…」
「謝る事はねぇよ。ありがとな」
わざわざ買ってきてくれていた気遣いが嬉しい。礼を言えば新八も嬉しそうにしてくれた。
「とりあえずお昼までダラダラするといいアル。銀ちゃんは依頼がない日はずーーーっとダラダラしてるネ」
「ソファに寝そべってジャンプ読んでるかテレビ見てるかなんですよ。最近は働いてくれてますけど」
新八が依頼のリストを目の前に置いた。厚みのあるそれはしっかりと働いてきた証だ。
「土方さんはゆっくりテレビ見ててください。僕はリストの整理をしちゃいますね」
「トシは何のテレビが好きアル?」
「あー…テレビなぁ」
見るのはニュースが主だ。見たい映画でもしてれば見るが今の時間はやっていない。神楽は一緒に見ようと言っている訳だが、ニュースなんて見てもつまらないだろう。
「もしかして見ないアルか?」
「見ない訳じゃねぇけど…ニュースばっかだしなぁ」
「私もニュース見るアルよ!銀ちゃんが見てるからだけどナ」
「万事屋が?意外だな」
「見てるのはトシばっかりネ。夜になったら真選組は出てないか、トシは無事かって毎日見てるアル。正直、うっとうしい時もあるけど、それだけ銀ちゃんがトシの事が好きって事アル」
「…っ!」
それ程までに想われているとは知らず顔が熱くなる。テロや事件があればニュースになる。それで無事を確認していたなんて知らなかった。恥ずかしいという気持ちと同時に嬉しさが込み上げてくる。
「昨日、土方さんを連れて帰ってきた時の銀さん凄く心配そうな顔してました。だから、銀さんの為にもしっかり休んでくださいね」
「おう」
照れ隠しにぶっきらぼうな返事しかできなかったが、新八は特に気にする様子はない。
「トシ!ドラマの再放送見ていいアルか?!」
「好きなの見ればいいさ」
「トシも一緒に見るネ」
そう言うと神楽が隣に腰を下ろし、チャンネルを変える。ミステリーのようで、名前は知らないが見た事のある女優が主役のようだ。
「ふふふ」
「?どうした、今笑う所あったか?」
「違うヨ。トシと一緒に居られるのが嬉しいネ。…仕事も大事アルけど、休むのも大事ネ。疲れたらいつでも来るヨロシ」
「ええ、歓迎しますから遠慮なく来てくださいね」
「ああ、ありがとな」
最近は仕事ばかりで立ち寄る事も出来なかったし、どこか遠慮もあった。けれどもう少し甘えてもいいのかもしれない。そんな風に
「全員切腹だコノヤロー!!」
「よ、万事屋!?」
屯所に殴り込みに行けば、右の頬をに湿布をしたゴリラがいた。またお妙に殴られたらしい。周りの隊士もゆるゆるとした雰囲気でさらに腹が立ってくる。
「万事屋じゃねぇ!坂田副長と呼べ!!」
「坂田副長!?ねぇ、トシは大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃねぇから俺が副長なんだよ!とりあえずゴリラ切腹な。オラ、介錯してやっからそこ座れや」
「待って!?ちょっと説明してく…ぎゃああああ!!」
※※※※※
「すみませんでした」
「分かりゃあいいんだよ分かりゃあ」
首に包帯を巻いたゴリラが綺麗な土下座をみせた。土方が疲労で限界なこと、その原因がゴリラたちにあることを一つ一つ説明すると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「で、ちゃんと土方を休ませること。1日じゃ回復しねぇから纏まった休みな」
「はい…」
「今日は俺が代わりに副長やるから言う事に逆らうんじゃねぇぞ」
「はい…」
局長の方が立場が上のはずだが素直に頷いている。それだけ思い当たる所があるのだろうが、なら最初から土方ばかりに負担がかからないようにして欲しいものだ。
「じゃあ副長命令だ。ゴリラは1週間キャバ及びストーカー禁止」
「ええ!?1週間もお妙さんに会えないの!?」
「あ"?俺は土方と2週間以上は会えてないけど?」
「あ、はい…すみません…」
ゴリラが大きな身体を縮こませる一方で、総一郎くんはのんきに寝転がって話を聞いている。
「総一郎くん」
「総悟でさぁ、旦那」
「1週間はサボらず真面目に仕事しろ。溜まってる始末書も全部提出な」
「ええー?土方さんはサボりなのに、俺は仕事なんですかぃ?」
「サボってんのはお前!!……土方に甘えんのもいい加減にしておけよ」
「別に俺は甘えてなんか…」
「自覚ねぇならハッキリ言ってやる。お前は土方に甘えてるただのガキだ。今すぐ直せとは言わねぇ。だがこのままじゃあいつか痛い目を見るぞ。1週間だ。ひとまずこの1週間で自分の行いを見つめなおせ。わかったな?」
「………わかりやした」
まだ不満がありそうな顔をしてはいたが、頷いたならこちらのもの。この様子なら暫くは大人しくしてくれるだろう。
「沖田隊長を黙らせるなんてさすがは旦那ですね」
「ジミーいたの?」
「始めから居ましたよ!だいたい、俺を呼んだのあんたでしょ!!」
「あ、そうだった。じゃあよろしく」
説教も終わった所でジミーと副長室へと移動する。まずは山になっているであろう書類の整理からだ。
部外者なので機密には関われないが、整理くらいはできる。内容によってはハンコを押すだけでいいものもある。
集中して整理していけば、書類は半分程まで減っていた。機密書類などはジミーが預かるという事になりここからが本題だ。
「始末書ばっかだな。分かってたけど」
「ええ…まぁチンピラ警察なもんで…目を通して貰って大丈夫そうならハンコ押してください」
「わかった。……はぁ?なんだこりゃ。素人目で見ても出来が悪すぎるだろ!」
「やっぱりそう思います?」
始末書や報告書の書き直しが多いため土方の負担が減らないのだという。報告書は無理でも完璧な始末書の書き方くらいは隊士に叩き込んでやる。
「旦那、始末書得意なんですか?」
「始末書じゃねぇけど反省文は山ほど書かされたからな。最後は反省文で花丸貰ったぞ」
「それいいんですか?悪いんですか?」
ジミーの心配もよそに、始末書の添削と該当の隊士を呼び出し書き直させる。当然のように総一郎くんの書き直しが一番多かった。
ただ涙目になる隊士が多く出たなかで、総一郎くんだけが文句も泣き言も言わずに取り組んでいる。一時的だとしても俺が言った事を受け止めてくれているのだろう。
全て終わるともう14時を過ぎていた。食堂で遅い昼食を取ると今度は巡回に出る。
流石にいつもの着流しで巡回に出る訳にはいかないので制服を借りて着替えた。
ジミーに案内されながら巡回ルートを歩いていると賑やかな集団が前からやってくるのが見えた。
「土方!」
「おう、万事屋」
「あ、銀ちゃん!」
「銀さん!」
着流しの土方と一緒に神楽と新八も居る。どうやらご飯を食べに外へ出てその帰りらしい。
「銀ちゃん!トシすごいアルよ!!」
「何がだ?」
「お馬さん当てたアル!」
お馬さん…恐らく競馬だろうが土方はそういうのに無縁のはずだ。それに神楽も新八もいい顔をしないのだが、なぜかいつもよりもニコニコとしている。
「一番当てたらお金がいっぱい貰えたネ!」
「僕初めて万馬券を見ました…!」
「万馬券!?」
競馬場に足繁く通っているが万馬券どころか勝つ事すら滅多にない。それなのに土方が万馬券を当てたというのだ。
「ちなみになんて馬に賭けたの…?」
「ツナマヨだが?」
「ああ…」
馬ですらマヨネーズなのか。らしいといえばらしいが、ツナマヨという馬は下から数えた方が早いくらいの人気のなさだ。その馬が勝ったなら万馬券になったとしても頷ける。
「ご飯も美味しかったネ!競馬場ってあんなに綺麗だったアルな!」
「それは僕も驚きました。あ!驚いたといえば、競馬場のイベントのシークレットゲストがお通ちゃんだったんですよ!!」
神楽と新八のはしゃぎっぷりがすさまじい。いつもは嫌な顔ばかりなのに、なんでそんなに笑顔なの。万馬券まで当てるしで俺の時とは真逆じゃないか。
「万事屋悪ぃな、仕事代わってもらっちまって。本当は今日、休みだったんだろ?」
「いいっていいって!俺は珍しく働きてぇし。それに、好きなやつが困ってたらどうにかしてやりてぇ、って思うもんだろ?気になるんなら今度飯でも奢ってくれよ」
「そりゃ、いつもだろうが」
「そうだっけ?」
まだ目元の隈はうっすらと残っているし、完全回復って訳じゃない。それでも昨日の表情を失くした死人のような顔だったのが、ちゃんと笑えるようになったのだ。休息といい気分転換にもなっているようだ。
「じゃあ、万事屋さん。俺は巡回の途中なので」
「副長さんご苦労様です」
お互いにぺこりとお辞儀をしてひとまずお別れする。冗談に乗ってくれるなら機嫌もいいのだろう。土方が笑ってくれるなら俺はいくらだって頑張れる。
「よっし!行くぞジミー!」
「行きますけど、みんな俺の存在忘れてましたよね」
※※※※※
「つーかーれーたあああああ」
時刻はもうすっかり深夜だ。万事屋の階段を登る足が重いったらありゃしねぇ。
巡回から帰り再び書類というか始末書のチェック。隊士の稽古と通報が入り流石にクタクタである。
これを毎日土方はこなしているのかと思うと頭が上がらない。チンピラ警察と言われようと、この町を守るお巡りさんなのだ。
万事屋の灯りは落ちていて「お帰りなさい」を期待していた身としては寂しいが、こんな時間まで起きていては休まらない。
音を立てないように静かに歩き、そっと寝室の襖を開けた。
そこには川の字になって眠る3人の姿があった。
かわいい…!かわいいんだけど、神楽も新八も俺にはそんな事してくれなかったよね!?
何!?何が違うの!?なんで、土方ならいいの!?
「かわいい」と「そこ代わってくれ」と叫びそうになるのをグッと堪えて、俺も傍で寝ようとしたのだが。
ぐにっ
「あ」
神楽側から近づいたのが悪かったのか、神楽の寝相が悪かったのか。足を踏んでしまったのだ。
むくりと寝惚けているだろう神楽が身を起こした。
「万事屋そんな所で寝てたのか?」
「お、おはよう土方…寝落ち、みたいな?ははは…」
朝、土方によって起こされるとそこは居間の入口近くだった。寝惚けた神楽に吹っ飛ばされてそのまま意識を失ったらしい。
「風邪引くから気をつけろよ。神楽と新八起こしたら朝飯食おう」
「おう」
正直、身体中痛いし疲れも取れていないけれどそれでも心は満たされている。
今日は俺も土方もゆっくり休んで、そうしたらまたいつもの日常に戻ろう。
たまには逆の立場になるのも悪くはないかもしれない。
1/1ページ