君の声でごはんがおいしい
「お〜い、お兄さん危ないよ〜」
「へ?」
気の抜けた声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には液体を頭から丸かぶり。
天パはしっとりストレートになったけれど、服はびちゃびちゃ。着れたものじゃない。
おまけに口の中にまで入ってしまい、甘ったるい味が口内に広がった。ぺっぺっと吐き出してはみたものの、少し飲んでしまったようだ。
「あーあ、全部被っちまいましたかぃ。危ないって言ったじゃねぇですか、旦那」
「危ねぇならもっとテンション上げて言えや!!!」
どこかで聞いた事があると思ったら、声の主は沖田だった。少し汚れているのは、討ち入りでもあったのだろう。
「土方さーん。さっきの液体、旦那が被っちまったみたいですが、どうしやす?」
沖田が振り返った先には、犬猿の仲である土方の姿が。汚れていてもそれすら様になるのだから、無性に腹が立つ。
「よりによってテメェかよ…面倒事に巻き込まれやがって」
「巻き込んだのはそっちだろうが!!慰謝料払えや、税金ドロボー!!」
「税金払ってから言え、クソニート!!」
「まぁまぁ旦那。ひとまず落ち着いてくだせぇ。慰謝料は土方の財布から出しますんで、これで勘弁してくだせぇ」
そう言うと黒い財布から数枚の札を取り出して渡してきた。中々の額。クリーニングに出して、いちごパフェを食ってもお釣がくる。
「テメェ、総悟!俺の財布、いつの間に!」
「ボサッとしてるのが、悪いんでさぁ」
「で、ところでこの液体なんな訳?」
「さぁ?ラベルもなくて分からねぇんで、土方さんで試そうとしたんですが、バレちまって瓶ごと投げられたら旦那が被っちまったんです」
「はあああああ!?ふざけんなよ!これが猛毒とかだったらどうすんの!?」
「今、ピンピンしてんだからそれはねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇ!!なんかあったら追加で慰謝料ふんだくるからな!化けて出てやるからな!」
「何か分かったら連絡するから、それまで大人しくしてろ」
「絶対、すぐ調べろよ!すぐ連絡しろよ!! 」
「わかった、わかった…総悟、行くぞ」
「へーい」
正体不明な液体は被ったが、金は手に入ったし。ピンク色の怪しさ満点の液体だったが、今のところ身体に変化はない。ムラムラする、なんてお約束な効果も出ていない。まぁ、適当に腹が痛いとか言って慰謝料巻き上げてもいいかもしれない。
ひとまず着替えのために万事屋に戻る事にした。
シャワーを浴びて、液体を落とす。ちょっとベタベタしていたからようやく、不快さから解放された。
新しい服に着替えてようやくスッキリ。
ソファに横になっていると、電話が鳴った。真選組からかと思ったが、どうやら依頼のようだった。内容が簡単な割には、提示された金額は中々よかった。これは運がいい。
液体を被ったのは災難だったが、それからの運は良さそうだ。今なら、パチンコで大勝できるかもしれない。
よっこらせ、と重い腰を上げると神楽に「おっさん臭いアル」とゴミを見るような目で見られた。
※※※※※
「いやー!今日の依頼は最高だったなぁ!」
「これだけあれば食材も日用品も買えますね!」
「やっと豆パンじゃなくて、卵かけご飯が食べられるアル!」
依頼人の老夫婦に驚く程、感謝された。
さらに資産家だったようで、提示された金額よりも上乗せで貰ったし、お土産まで持たせてくれた。
一緒に行った神楽が孫娘のように思えて、老夫婦は大層喜んだ。
「こんなに可愛い子がくるなんてねぇ」とニコニコと笑うと、神楽もニコッと笑う。
メインの依頼は俺と新八の二人でも充分だったので、神楽は老夫婦の話し相手になってもらうことにした。
依頼が終わる頃には、神楽と老夫婦は本物の孫娘と祖父母のようにすっかり仲良くなっていた。息子夫婦と孫娘は仕事で遠くに引っ越してしまって、あまり会えないから今日は楽しかったと、本当に嬉しそうに言う。
その時に渡された依頼料は電話で聞いていた金額よりも多い。新八が「こんなに貰えないですよ」と断ったが「お嬢さんに話相手に貰ったからね」と譲らない。ならば、話し相手の依頼をして貰った、という事にしてありがたく受け取る。
「次は依頼じゃなくて、普通に遊びにくるネ!」と言う神楽に高級なお菓子まで持たせてくれた。
懐は暖かいし、神楽もご機嫌。謎の液体を被った事も忘れる程だ。
万事屋に帰る前に、スーパーに寄って食材や日用品をカゴいっぱいに入れる。米や肉を買うのはどれくらいぶりだろう。いちご牛乳も甘味も久しぶりだ。
酢こんぶも買えて神楽はさらに嬉しそうだ。
万事屋に帰り両手のビニール袋を置くと、ドスンと重い音がした。食材だけでなく、洗剤なんかも一緒に詰め込んである。
すっからかんだった冷蔵庫も中身がいっぱいになる。それまで冷たいただの箱だったものが、ちゃんと冷蔵庫として機能をし始めた。
今日は少しいい肉を買って、すき焼きにしようとなった。外食にしようかと思ったのだが、神楽にすき焼きをリクエストされてしまった。今回の立役者でもあるのだから、その要望を無下にする事はできない。
3人とも腹を空かせているから、新八と2人で台所に立つ。神楽はテレビを見ていて貰う。そうでないと仕事が増える確率が上がってしまうのだ。
2人で分担すれば、作業は早い。新八がすき焼きの用意をしている間に米を研ぎ、炊飯器にセットする。買ってきた惣菜を皿に3等分。さすがに、おかずを全部作るまでに空腹で死にそうだ。スーパーの惣菜だってあなどれない。充分に美味い。
テーブルにカセットコンロとすき焼きの鍋。炊きたてのご飯におかずを何品か並べていく。
肉もしっかり入っている。卵も割った。さぁ、後は食べるだけだ。
「「「いただきます!」」」
「わん!」
一斉にすき焼きに向かう箸。ご飯は戦争。弱肉強食。勝者だけが、肉を食う資格がある。
今回は充分に行き渡るだけの肉があるのだが。
掴み取った肉を卵に潜らせる。これだけで、唾液が口の中に広がる。久しぶりのお肉様!いただきます!
ん?
んんん??
味がしない…?
たまたま味が薄い肉でも取ってしまったのかと、今度は別の肉を取る。卵に付けつずにそのまま口に入れる。
味がしない。甘いとか、辛いとか。一切ない。
「おいおい、ぱっつぁーん。味付け忘れてんぞ」
「え?ちゃんと味付いてますよ?」
「そうネ。銀ちゃんがおかしいんじゃないアルか?」
そんなまさか。今度は出汁だけ飲んでみる。
味がない。匂いはすき焼きの匂いがする。
冷蔵庫に走り、いちご牛乳を飲む。甘くない。水を飲んでいるようだ。デザートに買ったプリンも味がしない。
「あっ!私の酢こんぶ!」
神楽の酢こんぶも食べてみたが、酸味も何もない。ただの昆布だ。出汁を取った後の昆布みたいに何も味がない。
「あ、味がしねぇ…」
醤油や酢も試してみた。それらもただの水と同じような状態。
「銀さん…?」
「銀ちゃん、大丈夫アルか?」
さすがに新八と神楽も様子がおかしい事に気が付いたようだ。
「味が全然しねぇんだ。醤油も酢も一番牛乳も水を飲んでるみてぇだ」
「え!それって病院に行った方がいいんじゃないですか?ついに糖にやらっれちゃったんじゃないですか?」
「銀ちゃん、どこかで拾い食いでもしたアルか?だから、拾い食いはするなと言ったネ」
「糖でも拾いでもねぇよ!心配してんの、貶してんのどっち!!……あれ、もしかして」
拾い食いはしていないが、一つだけ心当たりがあるではないか。
あのピンク色の謎の液体。もしかして、あれが原因ではないだろうか。
「あれかあああああ!!ちょっと真選組に電話してくる!!」
台所からドスドスと足音をさせて電話に向かう。
何コール目かでようやく繋がった。
「おい!V字ハゲのクソマヨラーいる!?」
「えっ?旦那ですか!?副長なら今、出てまして…」
「その声誰だっけ?ジミ崎くん?」
「山崎です!もしかして、あの液体の事ですか?」
「そうだよ!まだ何か分かんねぇの!?こっちはメシ食っても味がしなくてイラついてんの!すき焼きなんて、滅多にできねぇんだぞコノヤロー!!」
「す、すみません!今、調査中なんですがまた結果が出てなくて…」
「さっさとしろよ!慰謝料ふんだくってやるからな!!」
「は、はいいいい!!」
ガチャンと受話器を乱暴に置く。善良な一般市民の俺がなんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだ。
あぁ、腹が立つ。味はしねぇが、肉は肉。こうなったら、全部の肉を食ってやる。
「て、おいいいいいいい!!肉も何もねぇじゃねぇかああああああ!!」
「ごちそうさまアル」
「ごちそうさまです」
電話してる間に全部食われていた。ご飯は戦争。この世は弱肉強食。戦場から離脱した者に肉はない。
仕方なくすっかり冷めてしまった白飯をモソモソと口に運ぶのだった。
「あー!腹が立つううう!!」
1日経てば治っているんじゃないかと思い、朝飯を食べてみたが、やっぱり味がしない。
焼いた塩鮭からは塩分を全く感じなかった。
依頼もないしイライラしながら町を歩いていると、団子屋が目に入った。イライラした時にはもう甘いものに限る、と注文したのはよかった。
だが、当然ながら味はしない。たっぷりとあんこを乗せて貰ったというのに。これでは意味がないし、余計に腹が立つ。
「おや、旦那今日も暇そうですねぃ」
巡回中の沖田が声をかけてきた。その後ろにはすかしたクソマヨラー。
「よお、税金ドロボー。こっちはテメェらのせいで迷惑してんだよ。慰謝料出せやコノヤロー」
「その件は山崎から聞きやした。調べちゃいますが、残ってた液体が少ないのと、どの薬物とも合致するモンがなくて難航してるみたいでさぁ」
「さっさとしろよ。善良な一般市民が巻き込まれてんだぞ」
「どこに善良な一般市民が居るんだ」
「ここですぅー。おや?マヨネーズの食べ過ぎで目が悪くなっちゃったんですかぁ?」
「んな訳ねぇだろ!テメェこそ、糖の取り過ぎでバカになっちまったんじゃねぇの?」
「いいや、味が分かんなくなっちまったのは、絶対あの液体のせいだね!おかげで、甘いはずの団子が…あ、甘ぇ…?」
急に味がした。確かに甘い。新しい団子を口に含むが、今度は味がしなかった。
「味がしたんですかぃ?」
「あぁ…でも、すぐに味がなくなっちまった」
「気のせじゃねぇのか?」
「あ、味がした」
味がしたりしなかったり。何か法則やら条件でもあるんだろうか。
「何か決まりでもあるんですかねぃ?」
味がない。
「どうせ、慰謝料ふんだくる為の嘘じゃねぇのか?」
味がする。
新しい団子を口に含む。
「ちょっと、総一朗くん喋ってみて」
「総悟でさぁ」
味がしない。
「クソマヨラー喋れ」
「だれがクソマヨラーだ、クソニート」
味がする。
「なんかわかんねぇんだけど、コイツが喋ってる時だけ、味がするんだけど…」
理由は分からないが、クソマヨラーの声がする時だけ味が分かる。総一朗くんや周りの人間の声だと味がない。
なんなんだこれは。
「山崎に伝えて調べさせるから、もう少し待ってろクソニート」
「それじゃあ旦那」
「それより、慰謝料出せ!せめてここの支払いしてけよ!」
「テメェで払え」
二人が遠ざかって行くと、次第に甘味も消えていった。毒ではないようで安心はしたが、迷惑である事にはかわりない。それに、大好きな甘味を食べても甘くないのだ。大問題である。生きている意味が分からなくなる程だ。
なぜ、土方が話している時だけ味がしたのかは分からないが、深く考えない事にした。
最後の一つの団子はやっぱり味がしなかった。
「「ゲッ」」
味がしないのは分かっているが、それでもやっぱり飲みたい。そういう訳で、飲み屋に来たのだが、土方に遭遇してしまった。着流し姿という事は仕事が終わったという事だろう。
お互いに見たくない顔だ。離れて座ろうとしたが「銀さんに副長さん!悪いんだけど、その席しか開いてなくてね」という大将の声で、隣に座らざるを得なかった。
「税金で酒を飲むとはいいご身分ですねー。なぁーんにも分かってないのに、余裕こいてていいんですかー?」
「その件は山崎に調べさせてる。大人しく待ても出来ねぇのか」
「んだとコラ!?」
「ちょっと!銀さんも副長さんも、喧嘩は勘弁してくれよ!」
お通しを出されながら、大将に注意されてしまい大人しく聞き入れる。コイツのせいで、出禁にでもなったら困る。ツケが効く店は限られてるんだから。
酢の物はさっぱりしていて美味い。腹立たしいことこの上ないが、声を聞いたお陰でちゃんと味がする。
「なんか喋れよ」
「は?」
「だって、お前が喋らねぇと味がしねぇんだもん」
「急に喋れ、っつたって…」
最初の声の効力が切れたのか味を感じなくなり始めた。ともなくコイツが喋らない事には味わえないのだ。そんなに口数の多いやつじゃねぇし、無愛想で口下手な陰キャにゃ無理な話か。もう少し、お喋りが上手く出来ねぇとモテねぇぞ。
「なんかねーの。面白かった話とか」
「面白かった…近藤さんのケツ毛が燃えた…とか?」
「どんな状況だよそれ」
「お前んとこのメガネの姉貴が」
「あーお妙ならやるな」
こちらが話を振れば、ポツリポツリと喋りだす。
意外と喋れんじゃねぇか。弾むまではいかないが、世間話程度にはなった。お陰で美味い飯が食える。
お互いに酒も入ってきて、土方の目元がほんのり赤く染まる。癖なのか考える時に、口元に指を当てる。刀を握っているにしては綺麗だと思う。その仕草がなんだかエロく見える。半開きの赤い口唇が艶かしい。今までこんなにマジマジと見る事はなかったが、綺麗な顔してるよなぁ……
………今、何を考えてた!?相手は男!犬猿の仲!お互いに大嫌い!顔を見れば喧嘩が当たり前だろうが!!
危ない、危ない。酒でちょっとおかしな方向に行ってたわ。ご無沙汰だからとかそんなんじゃねぇから。
「何、百面相してんだ天パ?頭の中までパーになったか?」
うん。やっぱりコイツはムカつく。ハゲろ。
「という訳で、解決法が見つかるまで土方さんを貸しやす」
「は?今なんて?」
「解決法が見つかるまで土方コノヤローを貸すって言ったんでさぁ」
「はああああああ!!??」
味のしない団子を頬張っていたら、とんでもない事を言われた気がする。
「理由は分かりませんが、土方さんが喋ってる間は味が分かるんですよねぃ?だから、飯の時だけ土方クソヤローを貸す、って言ってんでさぁ」
「いやいやいや総一郎くん。そりゃあ、飯の味が分かるのはありがてぇよ?でも、クソムカつく野郎の顔を見ながら食わなきゃなんねぇんだろ?百歩、いや一万歩くらい譲って俺が許したとしても、新八と神楽が許さねぇよ」
「いいですよ」
「いいアルよ」
「という訳だから、総一朗くん。………えっ?」
「満場一致みたいですねぃ。飯の時間の前に連絡してくれたら、土方さん向かわせますんで。コレ、うちの備品なんで壊さないようにしてくだせぇ」
俺が固まっている内に携帯を握らせた沖田はさっさと消えてしまった。
え?なんで?ニコチンマヨラーが家にくるんだよ?
なんでお前ら笑ってんの?
「よかったですね、銀さん」
「よかったナ、銀ちゃん」
「何にもよくねえええええ!!!!!」
「邪魔するぞ」
「マヨラ!」
「土方さん、お待ちしてました!」
土方が現れるなり、待ってました!と言わんばかりの歓迎ムード。それに困惑する俺と土方。
やっかい事に巻き込んだ本人が歓迎されると思ってはいなかったろうし、普段の俺たちとの関係を考えればそりゃあ戸惑う。
「おう…」と遠慮がちに応えて、神楽に手を引かれながら応接室に入った。
今日の食事当番は新八だったのだが、普段よりも気合いが入っているように思う。
盛り付けとか、彩りとか、品数とか普段はそんなじゃないよね?彼女が彼氏に手料理を振る舞う、みたいな物を感じる。
もしかして、手抜いてた?食えればいいとかそんな感じでやってました?
「いただきます」
いつもの食卓に1つ声が増えるだけで、なんだか違和感がある。あの神楽が土方に「これ美味しいヨ」とおかずを勧める。俺にはそんな事したことないじゃん。むしろ、俺のおかずを奪っていくじゃん。
新八も神楽もガンガン土方に話しかけていく。それに土方も答える。初めは緊張からか強ばっていた表情も次第に、にこやかになっていく。
なんだあのイケメンスマイル。女の子が見たら「キャー!」ってなるやつじゃん。いやでも、あいつニコチンマヨラーだからね。騙されんなよ。
新八と神楽が土方と話すお陰で、ご飯か美味しく食べられる。ムカつく程美味いけど、ムカつく。
それにポテトサラダとかエビマヨとか、土方が好きそうなメニューなのなんでだよ。俺の好きなメニューなんて滅多に出さねぇじゃん。喧嘩した時なんて、嫌いな食べ物のフルコースで出してくるじゃん。
扱いの差が大きすぎる。でも、飯は美味い。新八くん、腕上げた?出汁でも変えた?
ムカつく。美味いけど、ムカつくなぁ。くそぅ。
※※※※※
それから、1週間程経った。未だに解決法も被った薬がなんなのかも分からない事を、責めながらも土方と飯を食う。
神楽なんていつの間にか「トシ」呼びだし、新八は今度稽古を付けて貰うのだと喜んでいた。
土方もこの状況に慣れてきたのか、態度が柔らかくなったし神楽や新八には笑顔を向ける事も多くないしなった。俺に対しては無愛想なままだし、「今日も分かりませんでした」という業務連絡くらいしかない。
なのに飯は美味いからなんかよくわからんが腹が立つ。新八と神楽が楽しそうに話しているのも、よくわからんがモヤモヤする。でも、飯は最高に美味い。ここに来て料理の腕を上げるなんて。自分は天才かと思う。新八は、なんでだろう?まさか、土方に惚れてる……なんてことは…?
いやいやいやいやいやいや、アイツはアイドル好きの童貞だぞ?そんなはずはない。
目の前で掃除している新八は至って普通だし、一昨日はお通のライブに出掛けていたし。
いやいやいやいやいやいや、土方は顔が整ってるし、俺よりは弱いけどそこそこ強いし、女子供には優しいっちゃ優しい。そこに惚れ…?
童貞捨てる前に、処女を捨てるつもりじゃ…?
ままままままままさかそんな新八に限ってそんな事ないよね?ないと言ってくれ!300円上げるからああああああ!!
「旦那〜居やすかい?」
少し乱暴に玄関を叩く音がすると思い、廊下に出てみるとそこには人影が。声からして、全ての元凶沖田だろう。
「なに?総一郎くん。銀さん忙しいんだけど」
「総悟です旦那。そうですかぃ。そりゃあ残念だ。やっと薬が何か分かったてぇのに。それじゃあ失礼します」
「待って待って!お待ちしてました!!」
くるりと踵をかえそうとしたのを必死に止めて応接室へ。
「クソサド何しに来たアルか」
「テメェには用はねぇんだよ」
「やんのかゴラァ!」
「ちょっと神楽ちゃん!すみません、沖田さんお茶です」
「新八!こんなヤツにお茶なんて出さなくていいアル!」
「あーもう!お前ら!話が進まねぇから!で、なんな訳あれ?」
「ありゃあ、ただの健康食品でさぁ」
「「「健康食品??」」」
「通りで毒物にも麻薬にも登録がねぇと思った」
あの薬品は毒でもなんでもない全く逆の健康食品だと言う。
沖田の話によれば、主にダイエットや治療にも使用される安全性の確認も取れている。
摂取する濃度や体質にもよるが、通常であれば効果は半日から長くても3日程度。一時的に味覚を遮断、つまり味がしない状態にすることで食べる量を減らすという為のものだ。味が分からないと必然的に食欲も減る。ダイエット目的に若い女性を中心に広まっており、太りすぎや特定の疾患のある人に対して使用されている。
ただし、まだ地球には入ってきておらず全く情報がなかった。薬物の類いだと思い込んでいた為に、特定が遅くなってしまったのだという。
「恐らく旦那は原液を高濃度で被っちまいましたから、それが原因じゃねぇかと」
「なんだよ…ただの健康食品かよ…」
心配して損した。毒や薬物でなくて本当によかったが、甘い物が美味しく食べられなかったのは正直キツかった。いつ死んでもいいように、甘い物をひたすら食ってやろうと思っても、全く味がしないのだから。
逆に味が分かる時には、いけ好かない土方がいるので楽しくない。
「沖田さん。土方さんと居る時には味がしていたのは何故ですか?」
「それが本題なんですがねぃ。……実は"惚れてる相手の前では味が分かる"っていう作用があるんでさぁ。特に声が重要らしいそうで。幸せを感じると分泌されるホルモンが薬に作用して、味が分かるようになるらしいですぜ」
は?え??惚れてる相手の前では味が分かる…?
ごめんちょっと理解が追い付かない。
土方が居ると味が分かる?惚れてる?誰が、誰に?
「いやぁ、前からそうじゃねぇかと怪しんでいやしたが、本当に旦那が土方さんに惚れてるとはねぇ」
「災難だっとはいえ、土方さんと一緒に居れてよかったですね!」
「銀ちゃん!トシとはどこまで行った方がアルか?Aか?Bか?Zまで行ったアルか?」
土方が家に来る事になって「よかったですね」と言われたのはそういう意味?
土方に惚れてるのは新八でなくて……
「土方に惚れてるのって…俺…?」
「「「えっ」」」
3人の表情が固まる。
俺何か変な事言った…?俺が変なの…?
「まさか銀さん」
「嘘アルよな?」
「気がついてなかったんですかぃ…?」
「俺ぁ、土方に惚れてるのは新八だとばっかり…」
「はあああああ!?何言ってるんですか!僕はお通ちゃん一筋ですよ!それに、土方さんを見かける度に、脇目も振らずに駆け寄って行ってるのあんたでしょうが!」
「トシと一緒にご飯食べるようになって、銀ちゃんめっさご機嫌だったアル」
「う、うそ…」
「因みに旦那、これの副作用的な物として気持ちをの度合いによって美味しさが変わるらしいんですが…どうでした?」
「いや、なんかいつもより美味ぇな、って。俺も新八も腕を上げたのかと思ってたし、新八は出汁とか味付けでも変えたのかなって」
「銀さん。よく聞いてください。僕、出汁もいつものですし、味付けも変えてません」
「え」
「人によっちゃあ、目玉焼きですら高級料理に感じるらしいんでさぁ」
「え、マジで…?この前の卵焼きすげぇ、美味かったんだけど…」
「あれ、銀さんのだけ1週間前に期限切れてるの使いました」
「か、神楽は!?飯炊くの上手くなったよな!?」
「いつも通りにスイッチ押してるだけアル。あと銀ちゃんの卵は流しに落ちたやつネ。すぐ拾ったから綺麗アル」
嘘だ…俺が土方に惚れてるなんて。
確かに野郎を見掛けたらついつい、喧嘩ふっかけに行ったりとか、奢らせようとしてるけど。
誰かと話てたら割り込んだりするけど。居酒屋に行ったら、遭遇しないようにと思って探したりしてるけど。
「嫌だ、嫌だと言っても身体は正直ってやつですねぃ」
「言い方!!」
「本当に俺…土方の事が好きなの…?」
「誰かと話してる時に、相手睨んでる時ありますよ」
「トシに会えた日は1日ご機嫌だったアル」
「マジで…?」
「自覚なしたぁ、重症でさぁ…」
「銀さん…」
「銀ちゃん…」
「やめろ!!可哀想な人を見るような目で見るな!!!」
※※※※※
「旦那が落ち着いたようなんで、俺が一肌脱いでやりまさぁ。土方さんには、今日は旦那と二人きりなんでケツの準備しといてくだせぇ、と言っておくんで」
「そんな準備いらねぇから!!」
「銀さん応援してますよ!」
「銀ちゃん!トシとズッポシやって、玉の輿掴むアルよ!」
「やめて!1人にしないで!!新八いいいいいい!!神楽あああああ!!」
恐らく土方に電話をする沖田の後ろに新八と神楽が続いて、万事屋を出ていく。そうだ!定春がいるじゃねぇか!と思ったが、昼寝から目覚めると同じように外に出て「わん!」と一声鳴いてから器用に玄関を閉めた。
どどどどどどどうする、俺!?逃げるか?逃げよう!まだ夕飯には時間がある…!!急に依頼が入ったとかにすればいい。そうだ、そうしよう!!
「万事屋?そんな所で蹲って何してんだ?」
「ひひひひひひ土方!?」
玄関にはいつの間にか土方の姿が。蹲って頭を抱えていた俺を首を傾げながら不思議そうな目で見ている。
「そこで総悟たちに会ったんだが、すぐに万事屋に行けって言われてな。近藤さんにも、今から有休だとか言われるし…なんかあったんじゃねぇかと思って来たんだが。どうした?腹でも痛ぇのか?」
「べべべべべべ別になんでもねぇよ!?大丈夫、大丈夫!はははははは!」
「?そうか?汗がすげぇけど、熱でもあるんじゃねぇか?」
なんでこういう仕事は早ええんだよ!!いっっつも仕事サボってんじゃねぇか!!この分じゃゴリラにも気付かれてるみたいだし。
しかも、土方の今日の巡回ルートこの辺りじゃねぇか!狙いやがった!分かってて、今日言いに来やがった!!
「大丈夫!ほんっっっっっとに大丈夫だから!ちょっと久しぶりに筋トレしてて汗かいただけだから!」
「それならいいんだが。お前もぐうたらしてるだけじゃなくて、ちゃんと鍛練してるんだな」
「お、おう当たり前よ!……えっ待って!なんで普通に上がってくるの!?まだ飯の時間じゃねぇだろ!?」
土方があまりに自然な動作でブーツを脱いで上がってくる。巡回中ならそのまま帰ると思ってたのに!その間に逃げるつもりでいたが、逃げられないではないか。いや、これから依頼に行くと言えばいいじゃないか!
「そ、それにこれから依頼に出なきゃならなくなってさ!悪ぃけど、今日はナシって事で」
「さっき、メガネもチャイナも『依頼は一切入ってないから、万事屋でゆっくり過ごしてくれ。銀さんもそのつもりでいるから』ってすげぇ念押しされたんだが」
「(あいつらああああ!)えっ、あっ、俺の勘違いだわ!あっそうだ!材料がさねぇんだよ!ほら、神楽が全部食っちまってさ…!」
「ああ、それならそろそろ来ると思うぞ」
「来る?」
「副長ー!材料お持ちしました!」
「おお、悪ぃな」
(根回し完璧かよおおおおおお!!!)
両手にスーパーの袋を持った山崎が憎らしい。
すぐに買えるような量ではないので、予め買い行かせておいてタイミングを狙って到着するようにしたに違いない。
なにこの策士。アイツ本来はバカでしょ?ねぇなんで、こういう事には全力なの!!なんで頭回るの!!
山崎も全部分かってます、って顔してるしさ!
「副長、局長が『書類は俺たちでやっておくからたまにはゆっくり万事屋の家で休んでくれ。万事屋によろしくな』だそうです」
「近藤さんたちだけで出来んのか…?つーか、なんで万事屋で休め、なんだ?」
(土方ナイス!!そのまま俺の家で休むのを断れ!!)
「ここなら飲み過ぎても安全だからじゃないですかね?ほら、外だとハメ外して飲めないですから」
「それもそうか」
(なんでだよ!!なんでそこで納得するんだよ!!)
「あ、あとこれは沖田隊長からです」
土方に渡される怪しい茶色の紙袋。沖田がロクな物を用意すると思えない。なのに、土方はちょっと嬉しそうに受け取るんだから、学習能力がないのか、悪戯に慣れすぎているのか、それとも単にバカなのか。
「旦那3日程で中和剤が届く予定なんで、もう少し待ってくださいね。それじゃあ副長をよろしくお願いします」
それじゃ、有無を言わさず戸は閉められてしまった。
玄関には俺と土方の2人だけがポツンと立っている。この分では、全ての逃げ道を塞がれているだろう。土方も万事屋でゆっくりなど、嫌がりそうだと思っていたのに案外あっさり受け入れている。そこ嫌がれよ。なんでだよ。
「おい、万事屋」
「なに?」
お願いだから「万事屋でゆっくりなんかしたくねぇ、飯食ったら帰る」って言ってくれねぇかなぁー!
「生物があるから冷蔵庫に入れねぇと」
「あ、生物ね…はは…そうだね…」
もう諦めて腹を括るしかないと思った。
※※※※※
夕飯は時間のかかる物にした。出来るだけ土方と一緒に居たくないからだ。手伝う、と申し入れがあったが「料理経験なさそうだし」と断った。実際には側に居られると意識してしまうからだが。
自分ではそんな事はないと思っていても、『土方に惚れている』と言われてしまうとどうしても意識してしまう。
肌が白いなーとか、憎たらしい程イケメンだけどちょっと可愛いよなーとか。
ジミーが一緒に持ってきたのか、いつの間にか着流しに着替えてるし。なんか変な気持ちになりそうで怖い。
出来るだけ、時間をかけよう、土方の事を考えないようにしよう、とした結果かなりの品数が出来てしまった。フルコースかよ。気合い入ってるように思われんじゃん!
「すげぇ…」
ほら、純粋に土方が驚いてんじゃんか!俺のバカ!!
「悪ぃな…事故みてぇなモンだが、一応は総悟が迷惑かけたのにここまでさせちまって…」
やはり多少は気にしていたんだろう。フォロ方だし。そうでなきゃ、わざわざ俺の飯のために来たりなんかしなさそうだもんな。
「あー…別に気にすんなよ。それに、ほら、おかげで血糖値下がったみたいだしよ…」
「そうか」
なんでフォローしてんの俺!?そこは「お前のせいで甘味が満足に食えねぇ」だろうが!!
もう駄目だ。これ以上喋ったら墓穴しか掘らない。
「えーと…食おうぜ」
「おう」
手を合わせる姿なんてもう何度も見た筈なのに、なぜか今日はいつもと違うように見える。普段は殴る蹴るの暴力的なチンピラなのに、所作は意外にも綺麗だ。きっと育ちがいいのだろう。
つい見とれていると、土方と目が合ったので慌てて逸らした。
沈黙が辛い。いつもなら新八と神楽が土方に話しかけるから、俺から話しかける事はそんなに多くはなかった。しかし、今は自分から話しかける事をしないといけない。だってコイツ、美味しい物を食べると無口になるタイプなんだもん。
「えーと…今日は、そのーいい天気だったな!」
「あ、ああそうだな」
「……」
「……」
こんなんで会話が続くかー!!俺もっと話せるキャラだったよね!?土方見掛けたらガンガンに絡みに行ってたよね!?何喋ってた!?いつもの俺、何を喋ってたんだー!!
わ、わからねぇ…何を話していいかわからねぇ…
「あー…悪ぃ。俺が喋らねぇといけねぇんだよな。総悟が喋らなくても声が出せる物を用意してくれたらしくてな…」
そう言って取り出したのは、あの紙袋。沖田の用意した物がこの状況を改善させる物だとは到底思えない。むしろ悪化させるに決まっている。
が、その予想に反して出てきたのはカバーかかった文庫本のようだ。
『どうせあんたの事だから旦那とお喋りなんて、できないでしょ。そこで、俺のオススメの小説を入れときやした。栞を挟んでいる所から読めばきっと旦那も喜ぶと思うんで、そこを音読してやってくだせぇ』
音読!!その手があったか!!
それなら会話が出来なくても、土方の声がするし俺も味がわかる!
なんだ、総一郎くんもなかなか気が利くじゃないか。
ページを開き咳払いを1つしてから土方が読み始めた。
『あの人に出会ってから、あの人の事が頭から離れない』
(恋愛小説か…?ぷぷぷまさかあの総一郎くんがね〜さぁてどんな内容かなぁ)
『この胸を焦がすようなあの気持ちを感じたい…!でもこの想いは決して…!』
(棒読みなのが気になるけど、飯は美味ぇし総一郎くんの弱みでも握れるかもだし)
『駄目よ…彦三郎さん…!あなたには奥さまが…!』
『あいつは俺の遺産が目当てなんだ。本当に愛してるのは、君だよ、お春ちゃん』
そして彦三郎の手はお春を抱きよせ、その豊満な胸に…
「ちょっと待てええええええ!!それまさか官能小説ううううう!?」
『お春はいけないと分かっていながらも彦三郎の接吻を』
「ストップ!!ストップ!!なんで続けんの!!お前そういうキャラじゃねぇだろうが!!」
「いやでも、やめちまったら味がしねぇんだろ?」
「そりゃそうだけどよ…」
『お春の身体は疼き若い彦三郎のその熱い、に…に…ぅ…を』
卑猥な単語なのか、土方が顔を真っ赤にしながら口ごもる。濡れ場なのかそれまでハッキリしていた声は聞こえるか聞こえないかの音量になっていた。それでも必死に言おうとする様子が、無理矢理に言わせているような気がして変な気分になってくる。
(反応してんじゃねえええええ!!こうなったら…!)
おかずもご飯も一気に掻き込む。これ以上聞かないようにするには、全て食べてしまうしか方法がない。
「ごちそうさまっ!」
「へっ?もう食い終わったのか?」
「ひ…もご…じかた…の…もごもご…飯が…冷める…からな…!」
「そんな気ぃ使わなくてもいいのによ」
「いいいいんだよ!ちょっとトイレ!」
前屈み気味にトイレに駆け込む姿はなんて情けないのだろう。トイレの中でちょっと泣いた。
「…なんだアイツ?そんなにトイレに行きたかったのか?間に合ったかな?お、うめぇなこの煮付け」
そんな銀時の様子など知らない土方は、夕食をしっかりと味わっていた。
あれから3日目の昼頃に中和剤が届けられた。効果を確認した後、土方はお役後免となり「じゃあな」とさっさと万事屋を去っていった。
正直、中和剤の届くまでの3日間は地獄だった。ゴリラが有休消化のためと休みの延長を勝手に決め、沖田からはモザイクの入る玩具や本が大量に届けられ、土方に見られないうちに全て捨てた。
一番の障害は土方だ。意識する前は平気だったのに、意識した途端にどう接していいかわからなくなった。
土方の声がしても味が分からない。味わう所じゃなくなった。いつも飯を掻き込んでさっさと終わらせた。
少しだけ静かになった万事屋で3人で食卓を囲むのも1ヶ月が過ぎた。
新八と神楽が言っていた通り、味付けも出汁も以前と変わっていない。甘いも辛いもわかる。美味しいとも思う。
でも物足りない。味気ない。
久しぶりのすき焼きだというのに箸が進まない。
「銀さん、すき焼き冷めちゃいますよ」
「どっか悪いアルか?変な物でも食べたか?」
「いや、そういうんじゃねぇんだ…」
『お、これ美味ぇな。志村が作ったのか?』
『ほら、神楽。喋るなら食ってからにしろ』
『万事屋、たまには一杯どうだ?』
足りないのだ。足りないから、味気ない。美味しくない。
どんな高級な食材でも調味料でも敵わない物が、ない。
「そういえば、近藤さんが今日は土方さん非番だから外に出てるって言ってましたよ」
「早くから戻ってこないと、全部食べちゃうアルよ」
「ちょっと行ってくる…!」
箸を机に叩き付けるようにして置き、玄関に走っていく。
かぶき町を駆け回りその姿を必死に探した。
「土方…!」
「万事屋?」
ゼエハアと息を切らす俺を不思議そうに見つめる。
「お前、飯まだ…?」
「いや、これからだが」
「じゃあ、うちに来い!!」
「はぁ?何の為に?」
「飯が味気ねぇの!美味くねぇんだよ!」
「また、味が分からねぇのか?山崎に持って来させるからちょっと待ってくれ」
懐から携帯を取り出そうとする手を掴んで止めた。触れただけで、心拍数が跳ね上がる。
「味は分かるから必要ねぇ!…なんつーか…もうとにかく来い!」
「おい?万事屋?どうしたんだ、万事屋!?」
掴んだ手をそのまま引っ張って、困惑する土方を無視して万事屋へと足を進める。
どう言ったらいいか分かんねぇ、それでもお前がいなきゃ、どんな飯でも味気ないんだ。お前が居れば期限切れの卵だろうと最高に美味ぇんだ。
気が付いちまったから、お前がいる幸せに。
「へ?」
気の抜けた声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には液体を頭から丸かぶり。
天パはしっとりストレートになったけれど、服はびちゃびちゃ。着れたものじゃない。
おまけに口の中にまで入ってしまい、甘ったるい味が口内に広がった。ぺっぺっと吐き出してはみたものの、少し飲んでしまったようだ。
「あーあ、全部被っちまいましたかぃ。危ないって言ったじゃねぇですか、旦那」
「危ねぇならもっとテンション上げて言えや!!!」
どこかで聞いた事があると思ったら、声の主は沖田だった。少し汚れているのは、討ち入りでもあったのだろう。
「土方さーん。さっきの液体、旦那が被っちまったみたいですが、どうしやす?」
沖田が振り返った先には、犬猿の仲である土方の姿が。汚れていてもそれすら様になるのだから、無性に腹が立つ。
「よりによってテメェかよ…面倒事に巻き込まれやがって」
「巻き込んだのはそっちだろうが!!慰謝料払えや、税金ドロボー!!」
「税金払ってから言え、クソニート!!」
「まぁまぁ旦那。ひとまず落ち着いてくだせぇ。慰謝料は土方の財布から出しますんで、これで勘弁してくだせぇ」
そう言うと黒い財布から数枚の札を取り出して渡してきた。中々の額。クリーニングに出して、いちごパフェを食ってもお釣がくる。
「テメェ、総悟!俺の財布、いつの間に!」
「ボサッとしてるのが、悪いんでさぁ」
「で、ところでこの液体なんな訳?」
「さぁ?ラベルもなくて分からねぇんで、土方さんで試そうとしたんですが、バレちまって瓶ごと投げられたら旦那が被っちまったんです」
「はあああああ!?ふざけんなよ!これが猛毒とかだったらどうすんの!?」
「今、ピンピンしてんだからそれはねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇ!!なんかあったら追加で慰謝料ふんだくるからな!化けて出てやるからな!」
「何か分かったら連絡するから、それまで大人しくしてろ」
「絶対、すぐ調べろよ!すぐ連絡しろよ!! 」
「わかった、わかった…総悟、行くぞ」
「へーい」
正体不明な液体は被ったが、金は手に入ったし。ピンク色の怪しさ満点の液体だったが、今のところ身体に変化はない。ムラムラする、なんてお約束な効果も出ていない。まぁ、適当に腹が痛いとか言って慰謝料巻き上げてもいいかもしれない。
ひとまず着替えのために万事屋に戻る事にした。
シャワーを浴びて、液体を落とす。ちょっとベタベタしていたからようやく、不快さから解放された。
新しい服に着替えてようやくスッキリ。
ソファに横になっていると、電話が鳴った。真選組からかと思ったが、どうやら依頼のようだった。内容が簡単な割には、提示された金額は中々よかった。これは運がいい。
液体を被ったのは災難だったが、それからの運は良さそうだ。今なら、パチンコで大勝できるかもしれない。
よっこらせ、と重い腰を上げると神楽に「おっさん臭いアル」とゴミを見るような目で見られた。
※※※※※
「いやー!今日の依頼は最高だったなぁ!」
「これだけあれば食材も日用品も買えますね!」
「やっと豆パンじゃなくて、卵かけご飯が食べられるアル!」
依頼人の老夫婦に驚く程、感謝された。
さらに資産家だったようで、提示された金額よりも上乗せで貰ったし、お土産まで持たせてくれた。
一緒に行った神楽が孫娘のように思えて、老夫婦は大層喜んだ。
「こんなに可愛い子がくるなんてねぇ」とニコニコと笑うと、神楽もニコッと笑う。
メインの依頼は俺と新八の二人でも充分だったので、神楽は老夫婦の話し相手になってもらうことにした。
依頼が終わる頃には、神楽と老夫婦は本物の孫娘と祖父母のようにすっかり仲良くなっていた。息子夫婦と孫娘は仕事で遠くに引っ越してしまって、あまり会えないから今日は楽しかったと、本当に嬉しそうに言う。
その時に渡された依頼料は電話で聞いていた金額よりも多い。新八が「こんなに貰えないですよ」と断ったが「お嬢さんに話相手に貰ったからね」と譲らない。ならば、話し相手の依頼をして貰った、という事にしてありがたく受け取る。
「次は依頼じゃなくて、普通に遊びにくるネ!」と言う神楽に高級なお菓子まで持たせてくれた。
懐は暖かいし、神楽もご機嫌。謎の液体を被った事も忘れる程だ。
万事屋に帰る前に、スーパーに寄って食材や日用品をカゴいっぱいに入れる。米や肉を買うのはどれくらいぶりだろう。いちご牛乳も甘味も久しぶりだ。
酢こんぶも買えて神楽はさらに嬉しそうだ。
万事屋に帰り両手のビニール袋を置くと、ドスンと重い音がした。食材だけでなく、洗剤なんかも一緒に詰め込んである。
すっからかんだった冷蔵庫も中身がいっぱいになる。それまで冷たいただの箱だったものが、ちゃんと冷蔵庫として機能をし始めた。
今日は少しいい肉を買って、すき焼きにしようとなった。外食にしようかと思ったのだが、神楽にすき焼きをリクエストされてしまった。今回の立役者でもあるのだから、その要望を無下にする事はできない。
3人とも腹を空かせているから、新八と2人で台所に立つ。神楽はテレビを見ていて貰う。そうでないと仕事が増える確率が上がってしまうのだ。
2人で分担すれば、作業は早い。新八がすき焼きの用意をしている間に米を研ぎ、炊飯器にセットする。買ってきた惣菜を皿に3等分。さすがに、おかずを全部作るまでに空腹で死にそうだ。スーパーの惣菜だってあなどれない。充分に美味い。
テーブルにカセットコンロとすき焼きの鍋。炊きたてのご飯におかずを何品か並べていく。
肉もしっかり入っている。卵も割った。さぁ、後は食べるだけだ。
「「「いただきます!」」」
「わん!」
一斉にすき焼きに向かう箸。ご飯は戦争。弱肉強食。勝者だけが、肉を食う資格がある。
今回は充分に行き渡るだけの肉があるのだが。
掴み取った肉を卵に潜らせる。これだけで、唾液が口の中に広がる。久しぶりのお肉様!いただきます!
ん?
んんん??
味がしない…?
たまたま味が薄い肉でも取ってしまったのかと、今度は別の肉を取る。卵に付けつずにそのまま口に入れる。
味がしない。甘いとか、辛いとか。一切ない。
「おいおい、ぱっつぁーん。味付け忘れてんぞ」
「え?ちゃんと味付いてますよ?」
「そうネ。銀ちゃんがおかしいんじゃないアルか?」
そんなまさか。今度は出汁だけ飲んでみる。
味がない。匂いはすき焼きの匂いがする。
冷蔵庫に走り、いちご牛乳を飲む。甘くない。水を飲んでいるようだ。デザートに買ったプリンも味がしない。
「あっ!私の酢こんぶ!」
神楽の酢こんぶも食べてみたが、酸味も何もない。ただの昆布だ。出汁を取った後の昆布みたいに何も味がない。
「あ、味がしねぇ…」
醤油や酢も試してみた。それらもただの水と同じような状態。
「銀さん…?」
「銀ちゃん、大丈夫アルか?」
さすがに新八と神楽も様子がおかしい事に気が付いたようだ。
「味が全然しねぇんだ。醤油も酢も一番牛乳も水を飲んでるみてぇだ」
「え!それって病院に行った方がいいんじゃないですか?ついに糖にやらっれちゃったんじゃないですか?」
「銀ちゃん、どこかで拾い食いでもしたアルか?だから、拾い食いはするなと言ったネ」
「糖でも拾いでもねぇよ!心配してんの、貶してんのどっち!!……あれ、もしかして」
拾い食いはしていないが、一つだけ心当たりがあるではないか。
あのピンク色の謎の液体。もしかして、あれが原因ではないだろうか。
「あれかあああああ!!ちょっと真選組に電話してくる!!」
台所からドスドスと足音をさせて電話に向かう。
何コール目かでようやく繋がった。
「おい!V字ハゲのクソマヨラーいる!?」
「えっ?旦那ですか!?副長なら今、出てまして…」
「その声誰だっけ?ジミ崎くん?」
「山崎です!もしかして、あの液体の事ですか?」
「そうだよ!まだ何か分かんねぇの!?こっちはメシ食っても味がしなくてイラついてんの!すき焼きなんて、滅多にできねぇんだぞコノヤロー!!」
「す、すみません!今、調査中なんですがまた結果が出てなくて…」
「さっさとしろよ!慰謝料ふんだくってやるからな!!」
「は、はいいいい!!」
ガチャンと受話器を乱暴に置く。善良な一般市民の俺がなんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだ。
あぁ、腹が立つ。味はしねぇが、肉は肉。こうなったら、全部の肉を食ってやる。
「て、おいいいいいいい!!肉も何もねぇじゃねぇかああああああ!!」
「ごちそうさまアル」
「ごちそうさまです」
電話してる間に全部食われていた。ご飯は戦争。この世は弱肉強食。戦場から離脱した者に肉はない。
仕方なくすっかり冷めてしまった白飯をモソモソと口に運ぶのだった。
「あー!腹が立つううう!!」
1日経てば治っているんじゃないかと思い、朝飯を食べてみたが、やっぱり味がしない。
焼いた塩鮭からは塩分を全く感じなかった。
依頼もないしイライラしながら町を歩いていると、団子屋が目に入った。イライラした時にはもう甘いものに限る、と注文したのはよかった。
だが、当然ながら味はしない。たっぷりとあんこを乗せて貰ったというのに。これでは意味がないし、余計に腹が立つ。
「おや、旦那今日も暇そうですねぃ」
巡回中の沖田が声をかけてきた。その後ろにはすかしたクソマヨラー。
「よお、税金ドロボー。こっちはテメェらのせいで迷惑してんだよ。慰謝料出せやコノヤロー」
「その件は山崎から聞きやした。調べちゃいますが、残ってた液体が少ないのと、どの薬物とも合致するモンがなくて難航してるみたいでさぁ」
「さっさとしろよ。善良な一般市民が巻き込まれてんだぞ」
「どこに善良な一般市民が居るんだ」
「ここですぅー。おや?マヨネーズの食べ過ぎで目が悪くなっちゃったんですかぁ?」
「んな訳ねぇだろ!テメェこそ、糖の取り過ぎでバカになっちまったんじゃねぇの?」
「いいや、味が分かんなくなっちまったのは、絶対あの液体のせいだね!おかげで、甘いはずの団子が…あ、甘ぇ…?」
急に味がした。確かに甘い。新しい団子を口に含むが、今度は味がしなかった。
「味がしたんですかぃ?」
「あぁ…でも、すぐに味がなくなっちまった」
「気のせじゃねぇのか?」
「あ、味がした」
味がしたりしなかったり。何か法則やら条件でもあるんだろうか。
「何か決まりでもあるんですかねぃ?」
味がない。
「どうせ、慰謝料ふんだくる為の嘘じゃねぇのか?」
味がする。
新しい団子を口に含む。
「ちょっと、総一朗くん喋ってみて」
「総悟でさぁ」
味がしない。
「クソマヨラー喋れ」
「だれがクソマヨラーだ、クソニート」
味がする。
「なんかわかんねぇんだけど、コイツが喋ってる時だけ、味がするんだけど…」
理由は分からないが、クソマヨラーの声がする時だけ味が分かる。総一朗くんや周りの人間の声だと味がない。
なんなんだこれは。
「山崎に伝えて調べさせるから、もう少し待ってろクソニート」
「それじゃあ旦那」
「それより、慰謝料出せ!せめてここの支払いしてけよ!」
「テメェで払え」
二人が遠ざかって行くと、次第に甘味も消えていった。毒ではないようで安心はしたが、迷惑である事にはかわりない。それに、大好きな甘味を食べても甘くないのだ。大問題である。生きている意味が分からなくなる程だ。
なぜ、土方が話している時だけ味がしたのかは分からないが、深く考えない事にした。
最後の一つの団子はやっぱり味がしなかった。
「「ゲッ」」
味がしないのは分かっているが、それでもやっぱり飲みたい。そういう訳で、飲み屋に来たのだが、土方に遭遇してしまった。着流し姿という事は仕事が終わったという事だろう。
お互いに見たくない顔だ。離れて座ろうとしたが「銀さんに副長さん!悪いんだけど、その席しか開いてなくてね」という大将の声で、隣に座らざるを得なかった。
「税金で酒を飲むとはいいご身分ですねー。なぁーんにも分かってないのに、余裕こいてていいんですかー?」
「その件は山崎に調べさせてる。大人しく待ても出来ねぇのか」
「んだとコラ!?」
「ちょっと!銀さんも副長さんも、喧嘩は勘弁してくれよ!」
お通しを出されながら、大将に注意されてしまい大人しく聞き入れる。コイツのせいで、出禁にでもなったら困る。ツケが効く店は限られてるんだから。
酢の物はさっぱりしていて美味い。腹立たしいことこの上ないが、声を聞いたお陰でちゃんと味がする。
「なんか喋れよ」
「は?」
「だって、お前が喋らねぇと味がしねぇんだもん」
「急に喋れ、っつたって…」
最初の声の効力が切れたのか味を感じなくなり始めた。ともなくコイツが喋らない事には味わえないのだ。そんなに口数の多いやつじゃねぇし、無愛想で口下手な陰キャにゃ無理な話か。もう少し、お喋りが上手く出来ねぇとモテねぇぞ。
「なんかねーの。面白かった話とか」
「面白かった…近藤さんのケツ毛が燃えた…とか?」
「どんな状況だよそれ」
「お前んとこのメガネの姉貴が」
「あーお妙ならやるな」
こちらが話を振れば、ポツリポツリと喋りだす。
意外と喋れんじゃねぇか。弾むまではいかないが、世間話程度にはなった。お陰で美味い飯が食える。
お互いに酒も入ってきて、土方の目元がほんのり赤く染まる。癖なのか考える時に、口元に指を当てる。刀を握っているにしては綺麗だと思う。その仕草がなんだかエロく見える。半開きの赤い口唇が艶かしい。今までこんなにマジマジと見る事はなかったが、綺麗な顔してるよなぁ……
………今、何を考えてた!?相手は男!犬猿の仲!お互いに大嫌い!顔を見れば喧嘩が当たり前だろうが!!
危ない、危ない。酒でちょっとおかしな方向に行ってたわ。ご無沙汰だからとかそんなんじゃねぇから。
「何、百面相してんだ天パ?頭の中までパーになったか?」
うん。やっぱりコイツはムカつく。ハゲろ。
「という訳で、解決法が見つかるまで土方さんを貸しやす」
「は?今なんて?」
「解決法が見つかるまで土方コノヤローを貸すって言ったんでさぁ」
「はああああああ!!??」
味のしない団子を頬張っていたら、とんでもない事を言われた気がする。
「理由は分かりませんが、土方さんが喋ってる間は味が分かるんですよねぃ?だから、飯の時だけ土方クソヤローを貸す、って言ってんでさぁ」
「いやいやいや総一郎くん。そりゃあ、飯の味が分かるのはありがてぇよ?でも、クソムカつく野郎の顔を見ながら食わなきゃなんねぇんだろ?百歩、いや一万歩くらい譲って俺が許したとしても、新八と神楽が許さねぇよ」
「いいですよ」
「いいアルよ」
「という訳だから、総一朗くん。………えっ?」
「満場一致みたいですねぃ。飯の時間の前に連絡してくれたら、土方さん向かわせますんで。コレ、うちの備品なんで壊さないようにしてくだせぇ」
俺が固まっている内に携帯を握らせた沖田はさっさと消えてしまった。
え?なんで?ニコチンマヨラーが家にくるんだよ?
なんでお前ら笑ってんの?
「よかったですね、銀さん」
「よかったナ、銀ちゃん」
「何にもよくねえええええ!!!!!」
「邪魔するぞ」
「マヨラ!」
「土方さん、お待ちしてました!」
土方が現れるなり、待ってました!と言わんばかりの歓迎ムード。それに困惑する俺と土方。
やっかい事に巻き込んだ本人が歓迎されると思ってはいなかったろうし、普段の俺たちとの関係を考えればそりゃあ戸惑う。
「おう…」と遠慮がちに応えて、神楽に手を引かれながら応接室に入った。
今日の食事当番は新八だったのだが、普段よりも気合いが入っているように思う。
盛り付けとか、彩りとか、品数とか普段はそんなじゃないよね?彼女が彼氏に手料理を振る舞う、みたいな物を感じる。
もしかして、手抜いてた?食えればいいとかそんな感じでやってました?
「いただきます」
いつもの食卓に1つ声が増えるだけで、なんだか違和感がある。あの神楽が土方に「これ美味しいヨ」とおかずを勧める。俺にはそんな事したことないじゃん。むしろ、俺のおかずを奪っていくじゃん。
新八も神楽もガンガン土方に話しかけていく。それに土方も答える。初めは緊張からか強ばっていた表情も次第に、にこやかになっていく。
なんだあのイケメンスマイル。女の子が見たら「キャー!」ってなるやつじゃん。いやでも、あいつニコチンマヨラーだからね。騙されんなよ。
新八と神楽が土方と話すお陰で、ご飯か美味しく食べられる。ムカつく程美味いけど、ムカつく。
それにポテトサラダとかエビマヨとか、土方が好きそうなメニューなのなんでだよ。俺の好きなメニューなんて滅多に出さねぇじゃん。喧嘩した時なんて、嫌いな食べ物のフルコースで出してくるじゃん。
扱いの差が大きすぎる。でも、飯は美味い。新八くん、腕上げた?出汁でも変えた?
ムカつく。美味いけど、ムカつくなぁ。くそぅ。
※※※※※
それから、1週間程経った。未だに解決法も被った薬がなんなのかも分からない事を、責めながらも土方と飯を食う。
神楽なんていつの間にか「トシ」呼びだし、新八は今度稽古を付けて貰うのだと喜んでいた。
土方もこの状況に慣れてきたのか、態度が柔らかくなったし神楽や新八には笑顔を向ける事も多くないしなった。俺に対しては無愛想なままだし、「今日も分かりませんでした」という業務連絡くらいしかない。
なのに飯は美味いからなんかよくわからんが腹が立つ。新八と神楽が楽しそうに話しているのも、よくわからんがモヤモヤする。でも、飯は最高に美味い。ここに来て料理の腕を上げるなんて。自分は天才かと思う。新八は、なんでだろう?まさか、土方に惚れてる……なんてことは…?
いやいやいやいやいやいや、アイツはアイドル好きの童貞だぞ?そんなはずはない。
目の前で掃除している新八は至って普通だし、一昨日はお通のライブに出掛けていたし。
いやいやいやいやいやいや、土方は顔が整ってるし、俺よりは弱いけどそこそこ強いし、女子供には優しいっちゃ優しい。そこに惚れ…?
童貞捨てる前に、処女を捨てるつもりじゃ…?
ままままままままさかそんな新八に限ってそんな事ないよね?ないと言ってくれ!300円上げるからああああああ!!
「旦那〜居やすかい?」
少し乱暴に玄関を叩く音がすると思い、廊下に出てみるとそこには人影が。声からして、全ての元凶沖田だろう。
「なに?総一郎くん。銀さん忙しいんだけど」
「総悟です旦那。そうですかぃ。そりゃあ残念だ。やっと薬が何か分かったてぇのに。それじゃあ失礼します」
「待って待って!お待ちしてました!!」
くるりと踵をかえそうとしたのを必死に止めて応接室へ。
「クソサド何しに来たアルか」
「テメェには用はねぇんだよ」
「やんのかゴラァ!」
「ちょっと神楽ちゃん!すみません、沖田さんお茶です」
「新八!こんなヤツにお茶なんて出さなくていいアル!」
「あーもう!お前ら!話が進まねぇから!で、なんな訳あれ?」
「ありゃあ、ただの健康食品でさぁ」
「「「健康食品??」」」
「通りで毒物にも麻薬にも登録がねぇと思った」
あの薬品は毒でもなんでもない全く逆の健康食品だと言う。
沖田の話によれば、主にダイエットや治療にも使用される安全性の確認も取れている。
摂取する濃度や体質にもよるが、通常であれば効果は半日から長くても3日程度。一時的に味覚を遮断、つまり味がしない状態にすることで食べる量を減らすという為のものだ。味が分からないと必然的に食欲も減る。ダイエット目的に若い女性を中心に広まっており、太りすぎや特定の疾患のある人に対して使用されている。
ただし、まだ地球には入ってきておらず全く情報がなかった。薬物の類いだと思い込んでいた為に、特定が遅くなってしまったのだという。
「恐らく旦那は原液を高濃度で被っちまいましたから、それが原因じゃねぇかと」
「なんだよ…ただの健康食品かよ…」
心配して損した。毒や薬物でなくて本当によかったが、甘い物が美味しく食べられなかったのは正直キツかった。いつ死んでもいいように、甘い物をひたすら食ってやろうと思っても、全く味がしないのだから。
逆に味が分かる時には、いけ好かない土方がいるので楽しくない。
「沖田さん。土方さんと居る時には味がしていたのは何故ですか?」
「それが本題なんですがねぃ。……実は"惚れてる相手の前では味が分かる"っていう作用があるんでさぁ。特に声が重要らしいそうで。幸せを感じると分泌されるホルモンが薬に作用して、味が分かるようになるらしいですぜ」
は?え??惚れてる相手の前では味が分かる…?
ごめんちょっと理解が追い付かない。
土方が居ると味が分かる?惚れてる?誰が、誰に?
「いやぁ、前からそうじゃねぇかと怪しんでいやしたが、本当に旦那が土方さんに惚れてるとはねぇ」
「災難だっとはいえ、土方さんと一緒に居れてよかったですね!」
「銀ちゃん!トシとはどこまで行った方がアルか?Aか?Bか?Zまで行ったアルか?」
土方が家に来る事になって「よかったですね」と言われたのはそういう意味?
土方に惚れてるのは新八でなくて……
「土方に惚れてるのって…俺…?」
「「「えっ」」」
3人の表情が固まる。
俺何か変な事言った…?俺が変なの…?
「まさか銀さん」
「嘘アルよな?」
「気がついてなかったんですかぃ…?」
「俺ぁ、土方に惚れてるのは新八だとばっかり…」
「はあああああ!?何言ってるんですか!僕はお通ちゃん一筋ですよ!それに、土方さんを見かける度に、脇目も振らずに駆け寄って行ってるのあんたでしょうが!」
「トシと一緒にご飯食べるようになって、銀ちゃんめっさご機嫌だったアル」
「う、うそ…」
「因みに旦那、これの副作用的な物として気持ちをの度合いによって美味しさが変わるらしいんですが…どうでした?」
「いや、なんかいつもより美味ぇな、って。俺も新八も腕を上げたのかと思ってたし、新八は出汁とか味付けでも変えたのかなって」
「銀さん。よく聞いてください。僕、出汁もいつものですし、味付けも変えてません」
「え」
「人によっちゃあ、目玉焼きですら高級料理に感じるらしいんでさぁ」
「え、マジで…?この前の卵焼きすげぇ、美味かったんだけど…」
「あれ、銀さんのだけ1週間前に期限切れてるの使いました」
「か、神楽は!?飯炊くの上手くなったよな!?」
「いつも通りにスイッチ押してるだけアル。あと銀ちゃんの卵は流しに落ちたやつネ。すぐ拾ったから綺麗アル」
嘘だ…俺が土方に惚れてるなんて。
確かに野郎を見掛けたらついつい、喧嘩ふっかけに行ったりとか、奢らせようとしてるけど。
誰かと話てたら割り込んだりするけど。居酒屋に行ったら、遭遇しないようにと思って探したりしてるけど。
「嫌だ、嫌だと言っても身体は正直ってやつですねぃ」
「言い方!!」
「本当に俺…土方の事が好きなの…?」
「誰かと話してる時に、相手睨んでる時ありますよ」
「トシに会えた日は1日ご機嫌だったアル」
「マジで…?」
「自覚なしたぁ、重症でさぁ…」
「銀さん…」
「銀ちゃん…」
「やめろ!!可哀想な人を見るような目で見るな!!!」
※※※※※
「旦那が落ち着いたようなんで、俺が一肌脱いでやりまさぁ。土方さんには、今日は旦那と二人きりなんでケツの準備しといてくだせぇ、と言っておくんで」
「そんな準備いらねぇから!!」
「銀さん応援してますよ!」
「銀ちゃん!トシとズッポシやって、玉の輿掴むアルよ!」
「やめて!1人にしないで!!新八いいいいいい!!神楽あああああ!!」
恐らく土方に電話をする沖田の後ろに新八と神楽が続いて、万事屋を出ていく。そうだ!定春がいるじゃねぇか!と思ったが、昼寝から目覚めると同じように外に出て「わん!」と一声鳴いてから器用に玄関を閉めた。
どどどどどどどうする、俺!?逃げるか?逃げよう!まだ夕飯には時間がある…!!急に依頼が入ったとかにすればいい。そうだ、そうしよう!!
「万事屋?そんな所で蹲って何してんだ?」
「ひひひひひひ土方!?」
玄関にはいつの間にか土方の姿が。蹲って頭を抱えていた俺を首を傾げながら不思議そうな目で見ている。
「そこで総悟たちに会ったんだが、すぐに万事屋に行けって言われてな。近藤さんにも、今から有休だとか言われるし…なんかあったんじゃねぇかと思って来たんだが。どうした?腹でも痛ぇのか?」
「べべべべべべ別になんでもねぇよ!?大丈夫、大丈夫!はははははは!」
「?そうか?汗がすげぇけど、熱でもあるんじゃねぇか?」
なんでこういう仕事は早ええんだよ!!いっっつも仕事サボってんじゃねぇか!!この分じゃゴリラにも気付かれてるみたいだし。
しかも、土方の今日の巡回ルートこの辺りじゃねぇか!狙いやがった!分かってて、今日言いに来やがった!!
「大丈夫!ほんっっっっっとに大丈夫だから!ちょっと久しぶりに筋トレしてて汗かいただけだから!」
「それならいいんだが。お前もぐうたらしてるだけじゃなくて、ちゃんと鍛練してるんだな」
「お、おう当たり前よ!……えっ待って!なんで普通に上がってくるの!?まだ飯の時間じゃねぇだろ!?」
土方があまりに自然な動作でブーツを脱いで上がってくる。巡回中ならそのまま帰ると思ってたのに!その間に逃げるつもりでいたが、逃げられないではないか。いや、これから依頼に行くと言えばいいじゃないか!
「そ、それにこれから依頼に出なきゃならなくなってさ!悪ぃけど、今日はナシって事で」
「さっき、メガネもチャイナも『依頼は一切入ってないから、万事屋でゆっくり過ごしてくれ。銀さんもそのつもりでいるから』ってすげぇ念押しされたんだが」
「(あいつらああああ!)えっ、あっ、俺の勘違いだわ!あっそうだ!材料がさねぇんだよ!ほら、神楽が全部食っちまってさ…!」
「ああ、それならそろそろ来ると思うぞ」
「来る?」
「副長ー!材料お持ちしました!」
「おお、悪ぃな」
(根回し完璧かよおおおおおお!!!)
両手にスーパーの袋を持った山崎が憎らしい。
すぐに買えるような量ではないので、予め買い行かせておいてタイミングを狙って到着するようにしたに違いない。
なにこの策士。アイツ本来はバカでしょ?ねぇなんで、こういう事には全力なの!!なんで頭回るの!!
山崎も全部分かってます、って顔してるしさ!
「副長、局長が『書類は俺たちでやっておくからたまにはゆっくり万事屋の家で休んでくれ。万事屋によろしくな』だそうです」
「近藤さんたちだけで出来んのか…?つーか、なんで万事屋で休め、なんだ?」
(土方ナイス!!そのまま俺の家で休むのを断れ!!)
「ここなら飲み過ぎても安全だからじゃないですかね?ほら、外だとハメ外して飲めないですから」
「それもそうか」
(なんでだよ!!なんでそこで納得するんだよ!!)
「あ、あとこれは沖田隊長からです」
土方に渡される怪しい茶色の紙袋。沖田がロクな物を用意すると思えない。なのに、土方はちょっと嬉しそうに受け取るんだから、学習能力がないのか、悪戯に慣れすぎているのか、それとも単にバカなのか。
「旦那3日程で中和剤が届く予定なんで、もう少し待ってくださいね。それじゃあ副長をよろしくお願いします」
それじゃ、有無を言わさず戸は閉められてしまった。
玄関には俺と土方の2人だけがポツンと立っている。この分では、全ての逃げ道を塞がれているだろう。土方も万事屋でゆっくりなど、嫌がりそうだと思っていたのに案外あっさり受け入れている。そこ嫌がれよ。なんでだよ。
「おい、万事屋」
「なに?」
お願いだから「万事屋でゆっくりなんかしたくねぇ、飯食ったら帰る」って言ってくれねぇかなぁー!
「生物があるから冷蔵庫に入れねぇと」
「あ、生物ね…はは…そうだね…」
もう諦めて腹を括るしかないと思った。
※※※※※
夕飯は時間のかかる物にした。出来るだけ土方と一緒に居たくないからだ。手伝う、と申し入れがあったが「料理経験なさそうだし」と断った。実際には側に居られると意識してしまうからだが。
自分ではそんな事はないと思っていても、『土方に惚れている』と言われてしまうとどうしても意識してしまう。
肌が白いなーとか、憎たらしい程イケメンだけどちょっと可愛いよなーとか。
ジミーが一緒に持ってきたのか、いつの間にか着流しに着替えてるし。なんか変な気持ちになりそうで怖い。
出来るだけ、時間をかけよう、土方の事を考えないようにしよう、とした結果かなりの品数が出来てしまった。フルコースかよ。気合い入ってるように思われんじゃん!
「すげぇ…」
ほら、純粋に土方が驚いてんじゃんか!俺のバカ!!
「悪ぃな…事故みてぇなモンだが、一応は総悟が迷惑かけたのにここまでさせちまって…」
やはり多少は気にしていたんだろう。フォロ方だし。そうでなきゃ、わざわざ俺の飯のために来たりなんかしなさそうだもんな。
「あー…別に気にすんなよ。それに、ほら、おかげで血糖値下がったみたいだしよ…」
「そうか」
なんでフォローしてんの俺!?そこは「お前のせいで甘味が満足に食えねぇ」だろうが!!
もう駄目だ。これ以上喋ったら墓穴しか掘らない。
「えーと…食おうぜ」
「おう」
手を合わせる姿なんてもう何度も見た筈なのに、なぜか今日はいつもと違うように見える。普段は殴る蹴るの暴力的なチンピラなのに、所作は意外にも綺麗だ。きっと育ちがいいのだろう。
つい見とれていると、土方と目が合ったので慌てて逸らした。
沈黙が辛い。いつもなら新八と神楽が土方に話しかけるから、俺から話しかける事はそんなに多くはなかった。しかし、今は自分から話しかける事をしないといけない。だってコイツ、美味しい物を食べると無口になるタイプなんだもん。
「えーと…今日は、そのーいい天気だったな!」
「あ、ああそうだな」
「……」
「……」
こんなんで会話が続くかー!!俺もっと話せるキャラだったよね!?土方見掛けたらガンガンに絡みに行ってたよね!?何喋ってた!?いつもの俺、何を喋ってたんだー!!
わ、わからねぇ…何を話していいかわからねぇ…
「あー…悪ぃ。俺が喋らねぇといけねぇんだよな。総悟が喋らなくても声が出せる物を用意してくれたらしくてな…」
そう言って取り出したのは、あの紙袋。沖田の用意した物がこの状況を改善させる物だとは到底思えない。むしろ悪化させるに決まっている。
が、その予想に反して出てきたのはカバーかかった文庫本のようだ。
『どうせあんたの事だから旦那とお喋りなんて、できないでしょ。そこで、俺のオススメの小説を入れときやした。栞を挟んでいる所から読めばきっと旦那も喜ぶと思うんで、そこを音読してやってくだせぇ』
音読!!その手があったか!!
それなら会話が出来なくても、土方の声がするし俺も味がわかる!
なんだ、総一郎くんもなかなか気が利くじゃないか。
ページを開き咳払いを1つしてから土方が読み始めた。
『あの人に出会ってから、あの人の事が頭から離れない』
(恋愛小説か…?ぷぷぷまさかあの総一郎くんがね〜さぁてどんな内容かなぁ)
『この胸を焦がすようなあの気持ちを感じたい…!でもこの想いは決して…!』
(棒読みなのが気になるけど、飯は美味ぇし総一郎くんの弱みでも握れるかもだし)
『駄目よ…彦三郎さん…!あなたには奥さまが…!』
『あいつは俺の遺産が目当てなんだ。本当に愛してるのは、君だよ、お春ちゃん』
そして彦三郎の手はお春を抱きよせ、その豊満な胸に…
「ちょっと待てええええええ!!それまさか官能小説ううううう!?」
『お春はいけないと分かっていながらも彦三郎の接吻を』
「ストップ!!ストップ!!なんで続けんの!!お前そういうキャラじゃねぇだろうが!!」
「いやでも、やめちまったら味がしねぇんだろ?」
「そりゃそうだけどよ…」
『お春の身体は疼き若い彦三郎のその熱い、に…に…ぅ…を』
卑猥な単語なのか、土方が顔を真っ赤にしながら口ごもる。濡れ場なのかそれまでハッキリしていた声は聞こえるか聞こえないかの音量になっていた。それでも必死に言おうとする様子が、無理矢理に言わせているような気がして変な気分になってくる。
(反応してんじゃねえええええ!!こうなったら…!)
おかずもご飯も一気に掻き込む。これ以上聞かないようにするには、全て食べてしまうしか方法がない。
「ごちそうさまっ!」
「へっ?もう食い終わったのか?」
「ひ…もご…じかた…の…もごもご…飯が…冷める…からな…!」
「そんな気ぃ使わなくてもいいのによ」
「いいいいんだよ!ちょっとトイレ!」
前屈み気味にトイレに駆け込む姿はなんて情けないのだろう。トイレの中でちょっと泣いた。
「…なんだアイツ?そんなにトイレに行きたかったのか?間に合ったかな?お、うめぇなこの煮付け」
そんな銀時の様子など知らない土方は、夕食をしっかりと味わっていた。
あれから3日目の昼頃に中和剤が届けられた。効果を確認した後、土方はお役後免となり「じゃあな」とさっさと万事屋を去っていった。
正直、中和剤の届くまでの3日間は地獄だった。ゴリラが有休消化のためと休みの延長を勝手に決め、沖田からはモザイクの入る玩具や本が大量に届けられ、土方に見られないうちに全て捨てた。
一番の障害は土方だ。意識する前は平気だったのに、意識した途端にどう接していいかわからなくなった。
土方の声がしても味が分からない。味わう所じゃなくなった。いつも飯を掻き込んでさっさと終わらせた。
少しだけ静かになった万事屋で3人で食卓を囲むのも1ヶ月が過ぎた。
新八と神楽が言っていた通り、味付けも出汁も以前と変わっていない。甘いも辛いもわかる。美味しいとも思う。
でも物足りない。味気ない。
久しぶりのすき焼きだというのに箸が進まない。
「銀さん、すき焼き冷めちゃいますよ」
「どっか悪いアルか?変な物でも食べたか?」
「いや、そういうんじゃねぇんだ…」
『お、これ美味ぇな。志村が作ったのか?』
『ほら、神楽。喋るなら食ってからにしろ』
『万事屋、たまには一杯どうだ?』
足りないのだ。足りないから、味気ない。美味しくない。
どんな高級な食材でも調味料でも敵わない物が、ない。
「そういえば、近藤さんが今日は土方さん非番だから外に出てるって言ってましたよ」
「早くから戻ってこないと、全部食べちゃうアルよ」
「ちょっと行ってくる…!」
箸を机に叩き付けるようにして置き、玄関に走っていく。
かぶき町を駆け回りその姿を必死に探した。
「土方…!」
「万事屋?」
ゼエハアと息を切らす俺を不思議そうに見つめる。
「お前、飯まだ…?」
「いや、これからだが」
「じゃあ、うちに来い!!」
「はぁ?何の為に?」
「飯が味気ねぇの!美味くねぇんだよ!」
「また、味が分からねぇのか?山崎に持って来させるからちょっと待ってくれ」
懐から携帯を取り出そうとする手を掴んで止めた。触れただけで、心拍数が跳ね上がる。
「味は分かるから必要ねぇ!…なんつーか…もうとにかく来い!」
「おい?万事屋?どうしたんだ、万事屋!?」
掴んだ手をそのまま引っ張って、困惑する土方を無視して万事屋へと足を進める。
どう言ったらいいか分かんねぇ、それでもお前がいなきゃ、どんな飯でも味気ないんだ。お前が居れば期限切れの卵だろうと最高に美味ぇんだ。
気が付いちまったから、お前がいる幸せに。
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