サブ土

「最悪だ……」
「おや、土方さん。ヨくなかったですか?」
「そういう事じゃねぇよ!」
 投げ付けた灰皿をヒョイと佐々木が避ける。「では満足したんですね?」と少し表情を緩めながら近付いてくるから、余計に腹立たしくなる。
「うるせぇ。禿げろ」
「エリートは禿げませんので」
 ベッドに腰かけた佐々木の手には煙草。そこからゆらゆらと煙が立ち上っている。
 空いた手で土方の髪に触れる。手つきは優しく、うっかり苛立った心が和んでしまった。
「土方さん、機嫌を治してはくれませんか?」
「機嫌も悪くねぇ」
 土方は自分が吸っている煙草をジッと見た。少しでも大人になろうと、武士になろうと見よう見まねで吸い始めた。慣れない内は咳き込み、涙目になった事も今では懐かしく感じる。
 元々、煙草になんて興味はなかった。義兄も吸ってはいなかったし、特になんとも思ってはいなかった。
 きっかけは、浪士組が真選組と名を変えるまでの間の出来事。とある幕臣に呼び出された事があった。
 その頃はまだ腹芸も出来ず、また浮かれていた事もあり何も考えずホイホイ呼び出しに応じてしまったのだ。
 おかしい、と思った頃には慣れない強い酒を強かに飲まされ前後不覚。思考どころか指先ひとつまともに動かせない。今思えば薬でも盛られていたのだろう。
 奥に敷かれた布団に連れていかれ、のし掛かられたその時だった。
 ぐらりとその身体が横に倒れたかと思うと、身体が浮いた。今度はなんだ、と思ったがどうやら背負われているらしい。
 朧気ながら助かった事と体温とで酷く安心感を覚えた。そして、鼻を擽る煙草の匂い。せめて礼くらいは、と思ったがそこが限界で次に目を覚ました時には見慣れた天井が見えた。
 結局、あの時助けてくれた人物は分からず終いだった。唯一覚えていたのが煙草の臭い。随分浅はかだが、いつかその人物に辿り着けるのではないかと吸い始める事になった。
 それがまあ、こんな時に記憶が蘇るなど。
「テメェ、喫煙者だったのか」
「辞めましたがね。ただ、たまにこうして吸いたくなるんですよ」
 煙草の銘柄など数えきれない程にある。こんなのは偶然だ。直感は良く当たるのだが、この時ばかりは外れて欲しいと願う。
 佐々木の煙草を吸う姿は様になっていた。やっぱりどうにも腹が立つ。
「土方さん、私に見とれていますね?」
「はぁ?やっぱり前髪後退してくれ、頼むから」
 あの時憧れてしまった男が佐々木だなんて、本当に腹が立って仕方がないのだ。
 
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